※この作品はR-18です。

【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】   作:ドン・ドナシアン

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158 女豪商~話し合いレイプ(1)

 マアのいる自由流通商会の建物は、王都の商家が立ち並ぶ界隈にある。

 この辺りには特に立派な大商家の建物が立ち並んでいるのだが、マア商会は周りの大きな建物の三個分の幅を取り、さらに五階建てであって威圧感も物々しい。

 それでいて、周囲の建築物のように無駄な装飾がなく、建物自体には派手さはない。

 質実剛健で無駄を好まない一代の女豪商のマアに相応しい建物のような気がした。

 一郎とエリカは、そのすぐ前の通りにスクルズの移動術で転送してきた。

 

「今度は、無理矢理の押しかけじゃないんですね?」

 

 エリカが確認するように一郎に訊ねた。

 昨夜から、ずっと女たちのところを突然に押しかけてはレイプごっこを続けている。

 当然にマアのところにも、襲撃すると思ったのかもしれない。

 

「若返ったとはいえ、六十を越したお婆ちゃんだしね。心臓でも停まったら困る。その辺りは、俺もわきまえているのさ」

 

 一郎はお道化た。

 もう一箇月以上前になるが、マアの部下がイザベラ王女の毒殺未遂に手を貸したことをきっかけに、その主人であるマアを襲撃し、そのまま性奴隷の刻みをして一郎の支配下においてやった。

 マアの商家がキシダインの軍資金の基盤になっていることから、その金の流れを遮断するとともに、そのままイザベラ王女の後継人にしてしまうと企てたのだ。

 そして、それは成功し、一郎たちはマアというタリオ公国からやってきた世界的な豪商の女を味方にすることができた。

 だが、それだけじゃ申し訳ないので、一郎の淫魔術を駆使して、マアの肉体を徹底的に治療し、マアの見た目の若返りをしてあげた。

 一郎としては、強引な手段でものにするマアへのせめてもの罪滅ぼしでもあり、また、動機の半分は淫魔術の実験のつもりだった。

 

 しかし、マアの喜びようはすさまじいほどで、泣く子も黙る冷酷非道の雌狸(めすだぬき)という評判のマアが、いまや一郎に対しては、まるで飼い慣らされた走狗のように、かしずいて仕えてくれる。

 これまでキシダインに渡っていた膨大な贈賄も、かなりが遮断するか、滞るように処置しており、その分がひそかにイザベラ側に流入している。

 さらに、やり手の商売人として有名なマアが、イザベラ王女の家庭教師になったこともあり、自由流通商会全体はともかく、マア個人はイザベラ派に寝返ったと思われていると思う。

 

 それに対して、キシダインがどう動くかと注目していたが、いまのところ、これといって特段の動きはない。

 もともと、キシダインは、そもそも女というものを根本的に軽視しているところがあるようであり、マアくらいどうということもないとか楽観視している気配である。

 こっちとしても、急激に動きすぎると、ハロルド公であるキシダインが自由流通そのものを王都から追い出す処置をしないとも限らないので、まだ大きく動いてはいないが、実は一郎の指示でマアの率いる自由流通商会群は一斉にキシダインを見限ることになっている。

 そうなったら、キシダインは軍資金の流れを一気にとめられて、相当の痛手のはずである。

 

「あら、ロウ様のお鬼畜には、年齢制限があるのですか? ミランダはマアさんとほとんど同じ歳ですのよ」

 

 スクルズが横から口を挟んでくすりと笑った。

 これには、一郎も苦笑するしかない。

 確かに、ミランダは六十歳でマアは六十二歳だ。だが、見た目「巨乳小学生」のミランダと、年輪のように皺が刻まれた老嬢のマアでは同じじゃないだろう。

 

 もっとも、そのマアも、もうすでにロウの淫魔術の「治療」で三十歳くらいの女さかりの美女になった。まあ、これを公表してしまうと、ロウの淫魔術のことが出回り、王都どころか、世界中が大騒ぎになると、アネルザが大袈裟なことを言うので、このスクルズに施してもらった『欺騙リング』を普段はしてもらって、世間には元の老女に映るように処置はしている。

 

 さて、起き抜けにエリカと愛を交わし、さらに王宮に忍び込んでイザベラとシャーラを鬼畜にレイプし終わったというものの、まだまだ、世間が本格的に動き出すには早い時間だ。

 陽はあがっているが、まだ朝もやも残っているくらいである。

 しかし、大きな商家が立ち並ぶ界隈とはいえ、さすがは商人たちが暮らす通りだ。

 それぞれの建物の入口前を小僧のような下働きたちがあちこちで掃除をしている。

 

「やあ、おマアに取り次ぎを頼むよ。約束はしている」

 

 一郎はマアの商会前に向かっていき、そこで掃き掃除をしていた少年に声をかけた。スクルズが預かっているミウと同じくらいの年齢だ。

 名前はスタンといい、マアに商売を習いたいと押し掛けた孤児だそうだ。ほんの気紛れでマアが引き取ったらしいが、なかなかに見込みがあるとマアが言っていたと思う。

 

「ああ、ロウさん、今朝は随分とお早いですね。おはようございます。エリカさんも、スクルズ様も」

 

 男の子がにこにこと微笑んで頭をさげる。

 もう、何度も来ているのですっかりと顔なじみだ。しかし、スクルズはこれが二度目の訪問のはずだが、まるで馴染みの客のように愛想笑いをしている。まだ幼くとも、さすがは商人の端くれだ。物腰の柔らかさは武器だろう。一郎も親しみが持てる。

 

「おはよう、スタン」

「おはようございます」

 

 エリカとスクルズもそれぞれに挨拶をした。

 

「お待ちください」

 

 スタンが道具を置いて、奥に引っ込んでいく。

 やがて、ラレンを連れて戻ってきた。

 ラレンというのは、マアの腹心というべき四十男だ。一郎を見て呆れた顔で苦笑を浮かべながらやって来る。

 

「こりゃあ、また、早いな、ロウ。マア様はお待ちかねだ。どうぞ」

 

 ラレンが一郎たちを商会内に促す。

 最初は、あまり一郎の訪問にいい顔をしていなかったラレンだったが、いまは受け入れる気分になっている気配だ。いい顔をしなかったのは当然で、一郎のことをマアの財産目当ての男娼のように思っていたと思う。まあ、その通りなのだが……。

 しかし、一郎との付き合いができて、殊の外マアがいきいきとしているので、思い直す気になったようだ。

 また、一郎はただ金だけ持っていくだけじゃなく、この商会に王女の付き合いを作ったし、公にはしていないが王妃まで紹介をしている。いまも、こうやって、王都第三神殿の筆頭巫女にして、王都でも人気者のスクルズも一緒だ。

 一郎の人脈の広さを認めてくれて、やっとマアとの交友を受け入れてくれた感じになっている。

 

「今日はいろいろと趣向があってね。予告はしていたけど、このままおマアを連れ出させてもらう。明日には送り届けるよ」

 

 マアが暮らす事務所を兼ねた生活空間は、建物の二階にある。一郎はラレンの先導で階段をあがりながら言った。

 また、一階がマア商会の事務室で二階がマアの事務室になるのだが、三階以上は商会会議所としての空間と従業員たちの生活スペースだそうだ。だが、そちらにあがる階段が別なので、この階段はマアの部屋にしか繋がっていない。

 

「それなんだが、マア様を護衛なしでひとりで外出するというのはねえ……。やはり、護衛をつけさせてもらうわけにはいかないのか。マア様には敵が多くてな」

 

 ラレンが渋い顔をした。

 マアの身体を一日借りるという話をしたとき、ラレンが渋ったのは、マアの護衛のことだ。

 自由流通を引っさげてタリオ公国から商会群を引き連れてやってきたマアは、この国の商業ギルドにとっての不倶戴天の敵だそうだ。

 日常的にも命を狙われるのは茶判事のことであり、なにかあったら問題だという。

 だが、一郎は肩を竦めた。

 

「それについては話はついたろう、ラレン。この商会の用心棒は、このエリカひとりにだって、歯が立たなかったじゃないか。おマアの安全は俺が保証する。心配するな。それにうろうろするわけじゃない。スクルズの移動術で向かうだけだし、大丈夫だよ」

 

 ラレンの申し出も理解できないわけじゃないが、さすがに第三者を連れていくわけにはいかない。

 それで、商会の雇った「優秀」な用心棒よりも、余程に一郎たちが腕がたつことを証明するために、エリカたちを連れていき試合をしてみせた。もちろん、エリカたちの誰ひとりに対しても、用心棒たちは数名がかりでも勝てなかった。

 マアが一郎たちに身を任せると強く宣言したこともあり、それでラレンの認めざるを得なかったのだ。

 また、最初は金で動く冒険者ということで、警戒をしていたラレンだったが、すでに一郎たちの評判を認識していて、一郎たちがマアをどうにかするような者たちじゃないことは認識してくれている。

 そもそも、冒険者ギルドを統括して名前の売れているミランダだって、ここに連れてきたことがあるのだ。

 そういう意味の信用はあると思っている。

 

「まったく問題ありませんよ、ラレン殿。このスクルズもマア様の安全は保障いたします。ちょっと羽目を外して愉しむだけです」

 

 スクルズが後ろから声をかけてきた。

 

「はあ……。まあ、スクルズ様まで、そう言われるなら……」

 

 ラレンは諦めたように言った。

 もっとも、今日はマアがひとりで出かけるというのは決まったことなので、今更変更はない。ラレンは純粋にマアが心配なだけなのだ。

 しかし、一郎が屋敷でなにをしようとしているのかを知れば、絶対に承知などしないかもしれないが……。

 

「マア様、ロウ殿たちです。エリカさんと、スクルズ殿もご一緒です」

 

 階段をあがったところで、ラレンがマアの事務所を兼ねた私室の前の扉に立ち、室内に声をかけた。

 

「おう、待っていた。ロウ殿、入ってくれ。ふたりもね……。ラレンはもういいぞ。ロウ殿のお世話はあたしがいるからね」

 

 部屋の中からマアの生き生きとした声が戻ってきた。

 

「ほらな……。張り切っているだろう? 昨日から、今朝はロウがやって来るということで準備万端だ。趣向を凝らしてるのさ」

 

 ラレンが一郎の耳元でささやいた。

 一郎は首を傾げた。

 

「趣向?」

 

「まあ、入ればわかる。いずれにしても、マア様があんなに愉しそうに道楽をするようになってくれて、俺も嬉しい。いずれにしても、これからも、マア様を頼むよ、ロウ……。じゃあ、皆さんもよろしく」

 

 ラレンがエリカとスクルズに頭をさげてから、階段を降りていく。

 マアについては、このまま連れていくことになっている。

 

「やあ、マア、おはよう」

 

 部屋に入った。

 訪問は五日から十日に一度程度であり、これで五回目くらいになるだろうか。すでに勝手知ったる部屋だ。

 しかし、室内に入ると、いい香りがしてきた。

 

「おう、ロウ殿、座ってくれ。皆もな。朝食はとったか? まだだといいんだけどね」

 

 マアが顔に満面の笑みを浮かべて一郎たちを出迎えてきた。

 首には欺騙リンクをしていて、老女姿であり、身体の前に前掛けをしている。

 それはいいのだが、いい香りだと思ったが、みそ汁の匂いだとわかった。

 それだけじゃない。

 会議をするような大きな机があるのだが、そこに一人前の食事が準備されている。

 日本食だ。

 器は日本のものとは異なるが、皿に載せた真っ白いご飯と、みそ汁に似たスープ、焼いた川魚の塩焼きに卵焼き。醤油に似た調味料の入った小さな小瓶もある。

 懐かしい日本食の完全再現だ。

 

「おお、これはすごい──。もしかして、これを準備してくれたのか?」

 

 前々回の訪問のときに、寝物語として懐かしい食事の話題になった。一郎が外来人だということはマアにも教えたので、一郎はもう食べることができなくなった普通の日本食のことを話した。

 あのとき、随分と詳しく説明を求めるものだと思ったが、一体全体どうやったか知らないが、こうやって再現されている。

 

「おう、そうだ。喜んでくれたみたいで嬉しいのう。米と魚以外は輸入物だ。海の向こうとの貿易が盛んな西岸諸国で偶然に少量だけ食材が入ってな。ロウ殿の懐かしい食材というのが、どうもそれに似ていると思ったのだ。料理の仕方は、ロウ殿の言葉を元に料理人を雇って再現をさせた。どうだ? そなたの懐かしい食事に似ているか?」

 

「似ているというものじゃない。ちょっとは違うところはあるけど、そっくりだ。これは驚いた」

 

 一郎は席に座りながら言った。

 異なるのは味噌汁だ。香りは似ているがちょっと違っていた。かなり似せられているようだが味噌ではない。また、一見豆腐のようなものもあるが、なんとなく違うみたいだ。しかし、ほかのものは一緒だ。塩焼きも卵焼きも、一郎が昔から知っている料理のやり方で再現されている。

 性欲には見境のない一郎だが、食道楽ではない。

 でも、これは嬉しかった。

 

「だったら、どこか違うのか教えてくれたら、それも再現するぞ。金に糸目をつける気はないのだ」

 

 マアが給仕でもするように、一郎の後ろに立って嬉しそうに言った。

 金に糸目をつけない……。

 もしかして、この平凡そうな日本の朝食もどきの食事にはもの凄い金額がかかっているのだろうか。

 そういえば、輸入物で少量だけの仕入れとか言ったか……?

 そもそも、西岸諸国というのは、確か、この大国のハロンドールを端から端まで横切るよりも長い距離が離れている大陸の反対側になるはずだ。

 そこから運ばせるだけでも、かなりの値段がかかるはずだが……。また、距離に対して時間が短すぎる。金に糸目をつけてないというのは、その輸送に要する矛盾だけでもわかる気もする。

 

「えっ、これはロウ様の懐かしの食事なのですか?」

 

「本当に?」

 

 エリカとスクルズも驚いている。

 この世界にやってきて、そろそろ一年になるが、こういう食事には出逢ったことはない。

 エリカたちにとっても、珍しいものだと思う。

 そして、いま気がついたが、一郎の食事の下に敷いている布は魔道具だ。何気ないものだが、これが食事を出来立ての状態に魔道で保持しているのだとわかった。

 

「おう、そなたたちの分もある。よければ食べていってくれ」

 

 マアが奥にある厨房のようなところに向かっていく。

 

「あっ、お手伝いします」

「わたしも……」

 

 エリカとスクルズが追いかけていく。

 それにしても、驚いた。

 この世界にこんなものがあるとは思わなかったのだ。

 もともと、米はあったので、エリカたちにはできるだけ、米が食べたいと言ったことがある。

 だが、こんなものまであるとは……。

 一郎は醤油のようなものを魚の塩焼きにかけてみた。

 香りについては間違いなく、醤油と同じものだ。

 

 しばらくすると、三人がそれぞれの分を盆に載せてやって来た。

 一郎の向かいにマアが座り、両隣にエリカとスクルズがつく。

 箸まである。

 これも先日語ったので、マアが準備してくれたのだろう。エリカたちについては、フォークとスプーンを準備してきた。

 

 食事を始める。

 さらに驚いた。

 味については、まさに日本食といっても過言ではない。日本食そのものではないと思うが、外国で食べる日本食という感じだ。

 醤油についても、ちょっと違う気もするが、舌の肥えているわけじゃない一郎には十分だ。

 

「いやあ、なによりの心尽くしだよ、おマア。本当に嬉しい」

 

 一郎は食事をしながら心から言った。

 マアもにこにこしている。

 

「こんなに、ロウ殿に喜んでもらうとは、苦労した甲斐があったな。まあ、今回は時間がなかったからここまでだが、教えてもらったほかのものも研究をさせている。てんぷら……だったか? あれも料理人を雇って研究させている。ほかに、かれい……か? あの香辛料がどうとかいうやつな。ただ、流石に、その再現はロウ殿の記憶が頼りだ。今度、場を整えるから、ロウ殿の覚えている匂いの香辛料を教えて欲しい」

 

「もちろんだとも、おマア。本当に嬉しい」

 

 一郎は言った。

 だが、あの寝物語をしてから、まだ半月程度のはずだ。

 金に糸目をつけていないとはいえ、この再現力はすごい。

 一郎は、マアの持っている力の一端を改めて思い知って気分だ。

 

「これらはもしかして、海の向こうにあるワオン国の産物では? しかもそれは、ソイの汁では?」

 

 スクルズが口を挟んだ。

 

「ソイの汁?」

 

 エリカは、ちょうど醤油の小瓶……ソイの汁というらしいが……に手を伸ばしかけていたが、怯えたように手を引っ込めた。

 

「確かに、ソイの汁だな。そして、ほとんどの食材はワオン国のものだ。エルニアの宰相のところに持っていくとか言っていたのをぶん奪ったのだ。ロウ殿が気に入ったなら、正式に流通に乗せる。この王都でも食べられるようにしてみせる。任せろ」

 

 マアが笑った。

 なんか怖いことを耳にした気がしたが、忘れることにした。

 それにしても美味しい。

 

「これはソイの汁というのか……。もしかして貴重品?」

 

 何気無く訊ねた。

 すると、スクルズがにっこりと微笑んだ。

 

「この小瓶分で、小さな家くらいなら買えると思います。国王陛下の食事でも、おいそれとは使えないものですわ、ロウ様」

 

 スクルズが微笑みながら言った。

 一郎は驚いてしまった。

 そして、さらに訊ねると、このソイの汁というのは、さっき名が出たワオン国という海の向こうの島国の産物らしく、そうやって遥々と大海を運んでくるので、貴重になるのだという。

 その高額さで、この大陸でも再現をしようとしているが、いまだにそれに成功した者はいないらしい。

 原材料さえわからないようだ。

 醤油といえば大豆だが、もしかして、一郎と同じように、日本から召喚された古い外界人が苦労して再現をしたりしたのだろうか。

 一度、機会があれば、そのワオン国に行ってみたいものだ。

 

「ロウ様、さっき向こうで聞きましたけど、これはマア殿の手料理だそうです。研究は料理人にさせたけど、この食事そのものを作ったのは、マア殿だそうですよ」

 

 エリカが横からささやいてきた。

 一郎はさらにびっくりした。

 

「えっ? だったら、随分と早くから準備してくれていたのか? これ、出来立てみたいだけど、俺たちがいつ来るかわからなかったろう?」

 

「年寄りは早起きは得意でな」

 

 マアは首にしている金属の欺騙リングに触れながら笑った。

 いまの見た目は、そのリングがあるので老嬢だが、本当は三十過ぎの知的美人だ。もともと化粧に興味があったくらいであり、若いときのマアは美貌だったのだろう。いまは、それを一郎が取り戻してあげたというところだ。

 

「ねえ、マアさん、ロウ様がこんなにお喜びになる料理なら、わたしもお手伝いしたいですわ。今度、機会があれば教えてください」

 

 スクルズだ。

 神殿長代理ほどの貴族巫女が一郎に手料理をふるまいたい?

 冗談なのかと思ったが、スクルズは真面目な表情だ。

 ちょっと、恐縮してしまった。

 だが、一度食べさせてもらったことがあるが、確かにスクルズは料理はそれなりの腕がある。

 ときどき持ってくる手作りの菓子なども、確かに美味しい。

 

「うう、料理かあ……。野宿のときの食事は得意なんだけど……。まともな料理は……」

 

 エリカがちょっと困った顔をしている。

 一郎はエリカの頭に軽く触れた。

 

「いや、エリカの作る野外料理もいい味だよ。いつも野宿のときには愉しみにしている。俺は大してなにもできないしね……」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 エリカが真っ赤な顔になった。

 一郎は、エリカの頭に手を置いたまま、マアを見た。

 

「いずれにしても、時々でいいから、今朝のような食事ができるなら、おマアを味方にしてよかった。値段のことは怖いから訊かないことにするさ。だけど、俺は女道楽だけど、食道楽じゃないからね。無理はしなくてもいい。身体については、無理をさせてもらうけど」

 

 一郎は食事の手を休めて、身体の前で指を立てて宙で股間を弄るような仕草をした。

 三人の女たちが一斉に顔を赤くする。

 

「ロウ様、お下品です」

 

 そして、エリカが叱った。

 一郎は笑って、食事を愉しむ態勢に戻る。

 

 やがて、食事も終わり、卓が片付けられて、一郎たちは脚付きのテーブルから、柔らかいソファに席を移動した。

 長椅子に一郎とエリカが座り、卓を囲む左右にスクルズとマアが座る。

 これがコゼとかシャングリアだったら、ふたり掛けだろうと容赦なく、一郎の反対側に身体を詰め込んでくる。

 そう思うとちょっとおかしくなった。

 そして、落ち着いたところで、ちょっと思い出したことがあり、スクルズに声をかけた。

 

「なんでしょう、ロウ様?」

 

 スクルズが小首を傾げた。

 

「実はベルズ殿に、言玉を送りたい。ちょっとした伝言でね。そろそろ、起きていると思うし、頼めるか? 万が一、そばに人がいるかもしれないので、ベルズ殿にしか聞こえないように処置して欲しいんだけど……」

 

「お安いごようです。どうぞ」

 

 スクルズの言葉が終わるや否や、一郎の目の前に大きなシャボン玉のような半透明の球体が出現した。

 言玉というのは、一郎のいた世界における電話にも似ていて、離れた場所にいる相手に対して、声の伝言を送る魔道だ。

 どのくらい離れた場所に、声を届けられるかについては、その術者の能力によるが、スクルズは言玉だけなら、王都から何十日も旅をするような遠方まで言玉を一瞬で送れる。

 同じ王都内だったら自由自在だ。

 本人にしか聞こえないような特殊な言玉だって造作もないだろう。

 

「……“屋敷で待っていますよ、ベルズ殿。その呪いが我慢できなくなったら、すぐに向かった方がいいですよ。それ、自分じゃできませんからね”……。さあ、これでいいです。送ってくれ」

 

 一郎はスクルズに小さく頷いた。

 半透明の球体が目の前から消滅する。

 

「これで、いまの言葉がベルズ殿のところに?」

 

「向かいました。もう届いていると思います。だけど、いまのはどういう意味ですか?」

 

 スクルズが訊ねた。

 一郎はにやりと微笑んでみせた。

 

「新しい実験だよ。淫魔師の呪いさ……。ベルズ殿が屋敷でやる宴に必ずやってくるように呪いをかけたのさ。昨夜、別れる寸前にね……。つまり、朝起きてから一定の時間が過ぎると、淫魔術による淫情の操りがベルズ殿の身体で始まるようにしたのさ。どうにも、ベルズ殿はなかなか屋敷にはやって来ないしね」

 

「別れる寸前って、スクルズのところに跳躍する前ですか? なにをしたんです?」

 

 エリカも訊ねた。

 

「まあ、陳腐な責めさ。効果があるから、使い古されて陳腐になるんだけど、まあ、陳腐なありきたりの悪戯かな」

 

 一郎は笑った。

 スクルズとエリカは、きょとんとしている。

 

「さて、ちょっと真面目な話をしてよいかな、ロウ殿」

 

 すると、急にマアが真面目な表情になって口を挟んで来た。

 

「真面目な話?」

 

「うむ……。ミランダから頼まれていた話だ。ギルドのランという奴隷娘を不当に売り買いした男……。つまり、そのエリカを手に入れようと、操り師とやらをけしかけた分限者だ。やっと、行方がわかった」

 

 マアが言った。

 

 

 *

 

 

「……つまりは、いまある世界の秩序が因果関係の系列において最新の状態だというとだな。だから、因果の系列を支えている根本の段階における神が存在しないということであれば、まさにこの現実も存在しないということになる。だが、わたしたちは確かに存在し、それは世界も同じだ。すなわち、この世界が存在するという、まさにその事実により、神はいまでも存在するということだ……。これを言い換えれば、自分自身があり得ることが、すなわち、神が存在するということの証明ということだ。《我存在す。故に神あり》。これを神学の第一定理と称している……」

 

 ベルズは神学教育を受けている生徒たちに向かって講義を続けた。

 今日やっているのは、神官試験を目指す二十人ほどの男女の男神官見習いと見習い巫女に対する試験準備教育だ。

 いずれも三十歳を超えている者はおらず、そして、二十歳を下まわる者はない。

 つまりは、週に三回ほどやっているこのベルズの神学教育は、なんらかの事情により、成年以降に神殿界に入ってきた者たちが、見習いから正規の神官になるための試験勉強なのだ。

 これをベルズがやっているのは、第二神殿の巫女としての奉仕作業の一環である。

 まだ早朝といえる時間だが、この時間に勉強会をしているのは、ここにいるほとんどの神官見習いが、朝の労務の義務を抱えているからだ。それが始まる前の時間を活用して、こうやって有志に対して神学を教えているということだ。

 

 また、ベルズはこの早朝勉強会に加えて、やはり同じ頻度の魔道訓練も担任している。

 こっちは昼間の時間であり、見習いではなく、中級神官、あるいは上級神官となる者がベルズの指導を受けにやって来る。

 神官としての地位は、絶対に魔道能力が高くなければならないと定まっているわけではないが現実的にはそうだ。

 神官とは、魔術遣いの代名詞といえるところもあり、ある程度の魔道力がなければ、上級神官どころか、中級神官にもなれないし、逆に、ベルズやスクルズのように人並外れた魔道の能力があれば、序列を無視して神殿の上位の地位になったりする。

 神殿界で出世を望む者であれば、少しでも魔道を向上させるための修行は常識だ。

 神学講座についての希望者は第二神殿からしか来ないが、魔道修行については、第一神殿からも第三神殿からもやって来る。

 第一神殿はともかく、第三神殿にはベルズよりも魔道能力の高いスクルズがいるのだが、スクルズは教え上手というわけじゃない。だから、ベルズのところに修行を求めに来るようである。

 

 だが、ベルズに言わせれば、それはスクルズに理由がある。

 なにしろ、ロウと出逢ってからのスクルズは、昔ほど神殿に関して真面目ではない気がするのだ。

 ベルズからすると、むしろ暇さえあれば、王都大神殿の筆頭巫女としての立場を忘れて、足繁くロウの屋敷に通っているように見える。

 もっとも、それでスクルズの神殿界における評判がさがっているというわけじゃない。

 むしろ、逆であり、ロウの淫魔師の恩恵で、まさに神がかり的な魔道力の向上をしただけじゃなく、ロウに毎日抱かれているせいか、以前のような可憐さだけじゃなく、妖艶さまで増した感もあるスクルズの美しさは、この国だけじゃなく、ティタン教会の総本山のあるローム大神殿にある教皇庁にまで伝わっていると耳にする。

 そして、神殿長不在でありながら、いまだに新神殿長が送られてこないのは、次の神殿長として、神殿長代理になっているスクルズを抜擢しようという話も持ちあがっているからだという噂がある。

 もしも、そうなれば、スクルズが史上最年少の王都神殿長になるのは間違いない。

 

 いずれにせよ、ハロンドール王国も、北のエルニア魔道王国も存在する前から人類を導く信仰としての位置づけのあったティタン教会であるが、その発展は人族が最初に築いたとされるローム大帝国とともにある。

 時代が進み、ローム帝国が事実上崩壊して、その領域がタリオ、カロリック、デセオの三公国に分裂し、ローム帝国全盛期の時代には辺境の開拓地域にすぎなかった地域にできたハロンドール王国やエルニア王国が繁栄を築くようになったが、教会としての中心が旧ローム帝国の帝都に存在している教皇庁であることは変化してない。

 エルニア魔道王国は、ティタン教会から完全に離れて、独自の宗教にとって変わられているが、ハロンドール王国内の神殿人事については、いまだにタリオ公国内にある教皇庁が握っているのである。

 

 そのときだった。

 不意に股間に違和感を覚えた。

 

「んっ?」

 

 ベルズは講義の声を中断して、首を傾げてしまった。

 なにかの勘違いかと思ったが、急に巫女服の内側に包まれている肉芽に痒みを覚えたからだ。

 そして、次の瞬間、愕然とした。

 突如として、猛烈な痒みが股間全体に発生したのだ。

 痒いなんてものじゃない。

 激痛にも似た激しい掻痒感だ。

 

「くわっ」

 

 ベルズは思わず悲鳴をあげて腰を屈ませた。

 

「先生──」

「ベルズ様──」

「どうしました──?」

 

 驚いた生徒たちが一斉に声をかけてきた。

 ベルズは慌てて身体を真っ直ぐにした。

 

「な、なんでもない……。大丈夫だ。続けるぞ……。べ、別の講義にしよう。で、では、そなた……。教本の第十章の冒頭の一節を読め。ほかの者はその文章の中でクロノス神が女神アティナ神に向かって告げた質問の意味を考えよ。各人の意見を訊ねるぞ」

 

 とりあえず、生徒のひとりを指名して音読を命じた。

 そして、全生徒の視線と注目が、音読を開始した生徒の声と、目の前の教本に向かったのを確認しつつ、生徒たちの横を通り過ぎて、自然なかたちで教室の後ろに来た。

 

 それにしても、なんという痒さだ。

 ベルズは歯噛みした。

 こんなことをするのは、ロウに決まっている。

 ここにロウはいないはずだが、あの男が精の力で支配している女の身体を自由自在に操って、淫情でも痒みでも痛みでも好きなように引き起こすことができることはわかっている。

 ベルズは、全員が自分を見てないのを確認しつつ、こっそりと股間に手を持って来ようとした。

 こんなところで、服の上からとはいえ、股間を愛撫するなど破廉恥極まりないが、我慢できるような痒みではない。

 ここはちょっとでもいいから……。

 

「えっ?」

 

 ベルズは今度こそ声をあげていた。

 人目に隠れて、股間をスカート越しに擦ろうとした瞬間に、突然に腕の力が抜けて股間に触れなくなったのだ。

 手だから駄目なのかと思って、空いている机の角に股間を当てようとした。

 しかし、それもできない。

 とにかく、ベルズが痒みを癒そうとすると、ベルズの身体が勝手にそれを阻止するのだ。

 

「先生?」

 

 すると、たまたま近くだった生徒が振り返って声をかけてきた。

 ベルズはかっと顔が赤くなるのを感じた。

 もしかして、おかしな動作をしているのを見られたか?

 しかし、それよりも股間の痒みだ。

 もしかして、これは自分では掻くことができないのか?

 こんなことは魔道でもできるわけがないし、ロウの仕業に決まっているが……。

 

「な、なんでもない……。それよりも、集中せい」

 

 ベルズは叱咤して、振り返った生徒を戒めた。

 まだ、当てた生徒による教本の朗読は続いている。

 そのときだった。

 目の前の言玉が出現したのだ。

 半透明の言玉であり、送信相手を限定する特別なものだ。つまり、言玉が弾けても、余人には伝わらないようになっているのだ。

 どうやら、送ってきたのはスクルズのようだ。

 その言玉が目の前で弾ける。

 

 “屋敷で待っていますよ、ベルズ殿。その呪いが我慢できなくなったら、すぐに向かった方がいいですよ。それ、自分じゃできませんからね”──。

 

 声ではなく、直接に頭にロウの声が響いてきた。

 ベルズはかっとなった。

 やっぱり、ロウか──。

 なんという悪戯を……。

 それにしても、呪いだと――?

 

「先生、読み終わりましたが……?」

 

 そのとき、怪訝そうな声がした。

 朗読をさせていた神官見習いの生徒だ。

 ベルズは歯を喰いしばった。

 

「す、済まんが急用ができた。この続きは明日の同じ時間に……。きょ、今日はこれで解散だ……」

 

 ベルズはやっとのこと言った。

 だが、股間が痒くて堪らない……。

 ベルズは発狂しような苦しみを必死になって耐えて、私室に急いだ。

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