【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
166 神殿長代理の訪問
「はい、
一郎は、女王の駒を右に動かして、マア側の将軍の駒と王の駒を両方とも狙う位置に置いた。
ランガというチェスに似た駒遊びの真っ最中であり、ここは一郎の屋敷のいつもの広間であって、相手をしているのはマアだ。
マアはいつもの欺騙リングはしていないので、本来は六十歳を超えた老嬢のマアも、いまは三十歳そこそこの若い美女姿である。
「くっ」
相手をしているマアが眉を動かした。
そして、少しのあいだ熟考した挙句、嘆息しながら王の駒を女王の狙う筋から横に外す。
一郎は将軍の駒を奪うのではなく、すかさず王の移動した方向に女騎士を寄せた。
「あっ、そう来たか」
マアが声をあげた。
そして、じっと盤面を睨んだ挙句、両手をあげた。
「負けかな。十手ほどで詰みか……。参ったのう。このあたしがランガで負けるとはねえ。しかも、覚えて一箇月の素人のロウ殿に……」
マアががっかりしたように溜息をついた。
いまは夜が訪れたばかりの時間であり、珍しくも、向こうからやって来たマアとランガというゲームをやっていたところだ。
ランガというのは、この世界におけるチェスのようなものであり、決まった動きのできる王の駒を守る女王、宰相、将軍、神官、騎士、戦車、歩兵といった駒を動かして、相手の王を奪い合うという駒遊びだ。
教えてもらったのは、このマアであり、一箇月前だが、確かに一郎はすぐに覚えて、あっという間にマアを打ち負かすようになった。
マアは若い頃から、このランガをよくやっていたらしく、かなりの達人に部類に入るらしい。
ランガ遊びを教えたのも、ほんの気紛れのようなもので、まさか自分の相手を一郎がまともに務められるようになるとは考えもしなかったようだ。
ましてや、負けるとは……。
「やってみるさ、おマア。俺が得意なのは、次の一手を考えることだよ。十手先なんてとてもとても」
「嘘をつけ」
マアは持ち手の駒を盤上に捨てた。
敗北を認めたということだ。
一郎は軽く笑った。
しかし、実のところ、いまマアに喋ったことは本当だ。
一郎はずっと先を読んで打っているわけじゃない。だが、なんとなく、次に打つべき、もっともいい手を思いつくだけなのだ。
それを連続しているだけの話である。
だが、それだけで、一郎はたった数回ゲームをこなすだけで、あっという間にマアには負けなくなってしまった。マアはすっかりと衝撃を受けているみたいだ。
別段に、一郎は召喚される前に、将棋やチェスの達人だったというわけじゃないのだが、なぜか手がわかるのは、これも魔眼保持者の勘の良さのおかげだというのは間違いないだろう。
「んふううっ」
「うはっ」
そのとき、一郎とマアが向き合っている卓から少し距離のある長椅子に座っている三人娘からあられもない声がした。
今度はエリカとコゼのようだ。
こっちから見えるのは、ちゃんと服を着た三人娘が長椅子に並んで密着して座り、腰から下をそれぞれに一枚の毛布で包んでいる姿だが、実は三人とも毛布の下はすっぽんぽんだ。
やらせているのは、膣を責めるタイプだけの十個ほどの淫具をまとめて渡し、その中でどれが一番感じるかという報告をすることである。
適当に済ませようとしても、一郎には淫魔術があるので、後で実際に確かめれば、本当にそれが一番効果があるかどうかがわかる。
ちゃんと真の一番を選べなかったら、全員の前で排便の罰だと申し渡しているので、三人ともかなり一生懸命だ。
しかし、選ぶためには、十個の全部の淫具を一度以上は確かめなければならないし、なかなかに大変そうでもある。
そもそも、何度も達しては……あるいは達しそうになっては、次の淫具を確かめるということを繰り返していては、最後にはなにが一番感じる淫具なのか、訳もわからなくなると思う。
おそらく、いまはその状態に近いのではないだろうか。
一郎は耳をすませた。
「どうだったのだ、コゼ? あの細くて、お尻の穴と一緒に曲げて入れるやつだろう。やっぱり両方が効くのか?」
「はあ、はあ、はあ……。た、多分……。あ、あたしはご主人様にたくさんお尻を愛されているから、やっぱりお尻はだめ……。で、でも、エリカがいましているやつも、結構すごかったし……。わからないわ……」
「そうか……。エリカはあの触手みたいなひらひらが棒の部分とは別に動き回るやつだったな……。すごいか?」
「う、うん……。す、すごい……と思う……」
エリカが半分朦朧としている感じで言っている。
一郎はくすりと笑った。
ひとりひとりが一番自分の身体に効果のある淫具を身体で選べという実に馬鹿馬鹿しい命令に、怒るでもなく諾々と従っている三人の健気さが愉快な気持ちになったのだ。
「エリカはなにを使っても、すごいというだけで、なんの参考にもならないわよ。そもそも、どれでもあっという間にいっちゃうし、真剣に選んでるの? エリカの意見って、本当になんの参考にもならないわねえ」
コゼが不満げに言った。
そして、毛布の下で腰をちょっとあげて、ごそごそと身体を動かして、三人の長椅子の前の卓に拡げている布の上に、股間から外したばかりの淫具を置いた。
ここから見ても、湯気が見えるかのように、ねっとりとコゼの愛液が温められている。
「わ、わたしだって、一生懸命にやってんのよ。でも、お股が振動すると、ロウ様につけていただいたぴあすが揺れて、なにがなんだかわかんなくなって……」
エリカが怒ったように怒鳴っている。
一郎は噴き出してしまった。
一方で、エリカもまた、さっきのコゼと同じように、一度腰をあげて両手を毛布の下に突っ込み、悶えさせるような仕草をしながら、淫具を取りだした。
ごとんと卓に載せたバイブは、ちょっと太めの張形で、エリカの蜜を吸って表面の触手のひだに糸を引いている。
「よし、休ませてもらったから、次はわたしがこれを試そう」
シャングリアが手を伸ばして、エリカが股間から外したばかりの淫具を手に取る。
「そのまま?」
コゼが呆れたように言った。
エリカも、赤面して「ちょっと」とか声をかけている。
「いまさら……。とにかく、なにをお前たちが選ぶかはわからないが、意見は正確に教え合おうな。命じられた限り、ちゃんと言いつけ通りに本当の一番を選びたい。ロウの期待に応えたいのだ。他の者の身体に合致する淫具であろうとも、きっと順番なんかは参考になるはずだ」
「あ、あたしは、これをいくわ。小さいの……」
コゼはまだ息が整わない感じだったが、選んだのはイボ付きのローターだ。
「わ、わたし、ちょっと休憩……」
エリカはがくりと脱力して背もたれに倒れこむようになってしまった。
「さっきも休憩したじゃないのよ。いいけど、全部一度以上は試さないとわからないのよ。わかってんの?」
コゼがちょっとからかい気味に言った。
一方で毛布の下で膝立ちになり、股間を引くような恰好で淫具を指で押し込んでいる。
さらに、シャングリアも顔を上気させながら、鼻息を荒くしつつ、やはり膣に淫具を挿入させている。
「だ、だって、一度いくと、すぐにやってもわかんないし……」
エリカは泣きそうな顔をしている。
なんだか面白い。
「いちいち、いくからよ。途中でやめなさいよ。いつもみたいに、ご主人様がやっているわけじゃないんだから」
コゼだ。
「とめようとしても、力入んないし、そのときには、いっちゃうのよ。どうしたらいいのよ──」
エリカがさらに大きな声をあげた。
そんなに一生懸命に言わなくてもいいのにと、一郎もここで噴き出してしまった。
「可愛い女の子たちね。大切にしなさいよ、ロウ殿」
一郎がエリカたちに視線を向けていることに気がついたマアが、一郎とともに、エリカたちに視線を向けると、一郎に声をかけてきた。
「俺にはすぎた女たちだと思っているよ。女を抱くことしか、とりえのない俺を大切にしてくれる。あいつらがいなければ、俺はこの訳のわからない世界で放り投げられて、野垂れ死んでいたかもしれない。その分では、特にエリカには感謝だな」
「まあ、ロウ殿がほかにとりえがないとは思わんがな。少なくとも、ランガではあたしに勝つんだ。これでも、ランガはあたしの得意の遊びだったのだ。負けることも滅多にないほどのな……」
「まるっきり素人というわけじゃないよ。まあ、召喚される前の世界にも、同じような遊びがあるしね」
一郎の言った。
すると、マアがなにかを納得したようにほっとした顔になった。
「なるほど、ロウ殿は丸っきり素人というわけでじゃないということか。よかった。なら、まだ救われるな。十代の頃からランガだけは好きで嗜んできた。これが覚えて一箇月の素人に歯が立たないとなると、あたしの数十年はなんだったのかということになるしねえ。そうか、そうか……。ロウ殿も経験者か……」
実際のところ、マアはこのチェスに似た駒遊びには、かなり自信を持っていた感じだった。
だから、動き方をやっと覚えたばかりの一郎に、たった一箇月で勝てなくなったことが、余程に悔しかったのだろう。だから、一郎がまるっきりの素人ではなかったということが、なぜか安心したのではないかと思う。
もっとも、本当のことをいえば、一郎は召喚される前に、確かにチェスも知っていたし、将棋も知っていたが、それは知っていたということに過ぎない。
実際のところ、まるっきり素人だ。
でも、それを教えると、またマアががっかりとするかもしれないので、黙っておくことにした。
「だが、丸っきり同じというわけじゃないであろう? 異世界のランガというのはどういうものなのだ?」
マアが何気無い口調で訊ねた。
一郎は盤面に転がっている女騎士の駒を手に取った。
「ほとんど一緒だよ。でも、こっちのランガの一番の違いは男駒と女駒があることかな。しかも、男騎士の駒と女騎士の駒が動きが同じで対等の力がある。女の力が強いこの世界らしいなと思ったよ」
一郎は言った。
チェスに似たこのランガという駒遊びだが、基本的な駒の動きが少し違うだけでほとんど遊び方はチェスや将棋と同じだ。
しかし、興味深いのは、王と女王以外は、すべて男駒と女駒に二種類に分かれていることだ。どの駒もはっきりと性別が判別できる形状になっている。
「この世界で女の力が強い? 異なことを……。確かにロウ殿の周りには女傑は多いが、それは例外だぞ。あたしも含めてね。力のある男の中では、なかなか活躍できない女が大部分だ」
マアが笑った。
だが、一郎は首を横に振った。
「俺の前の世界の歴史では、能力とは別に、女の地位が必ずしも高くなかったんだ。俺がいた時代こそ、女性であることだけで、社会で活躍する機会が奪われるのはよくないという考えが生まれかけてきたが、それでも浸透した価値観とはいえなかった。それに比べれば、この世界は同じ実力があれば、多くの女性が男の対等に活躍している。妊娠するか、しないかだって選べるしね。だから、駒の力も対等だ。この男将軍の駒と女将軍の駒には力の差がない」
一郎は盤面にある男女の将軍駒を選んで並べながら言った。
この世界にやって来て思ったのは、実に多くの女性が社会進出しているなということだ。
なかなかに女性の地位が高いのだ。
それは、もしかしたら、この国の神話では、実質的に世界を作ったのは、太陽神にして女神たちの夫のクロノスではなく、彼の妻の女神たちだという神話が関係しているのかもしれないし、サビナ草という安価で無害で絶対の避妊薬があるということも関係があるかもしれない。
とにかく、女騎士のシャングリアのように、軍にも女はたくさんいるし、冒険者に男性と同数程度も女冒険者の登録がある。
一郎には近代になりかけている欧州中世と似たこの社会が、実に社会で活躍する女性が多くて、しかも認められているということに驚く気持ちもある。
それがこんな遊戯にも表れている。
男駒も女駒も完全に対等であり、力に差はない。まあ、性質に違いはあるが……。
「面白い視点だな。だが、その力のある女がこぞって、ロウ殿に集まろうとする。その集まりに、あたしも加えてもらったのは嬉しいことだがな」
マアが盤面に転がっている駒を全部避けて、さっき一郎が置いた男女の将軍駒の周りに、女駒だけを集めて置く。
一郎は苦笑した。
「だけど、もっと興味深いのは、女駒を敵から奪えば、今度は味方駒として仕えるというルールかな。それに比べれば、男駒は敵にやられれば、二度と盤面には出ない。もしかしたら、この世界では、男に比べれば、女は裏切ることが多いという象徴なのかもね」
一郎は男宰相の駒を置き、騎士の駒に集まっている女駒から幾つかを移動する。
このランガという遊戯で愉快なのは、女駒に限り、敵から奪うと自駒として、盤面に打てることだろう。それがゲームを面白く複雑にしている。
「いやいや、裏切るのは女よりも男だ。そういうことは、あたしはずっとどろどろの社会の駆け引きを見続けてきたからね。むしろ、女は裏切らないよ。本当に男に惚れればね。本物の男に出逢うまでは、まあ、移り気をするかもしれない。それだけのことさ」
マアが一郎が一度男宰相に持っていった女駒を元に置き直す。
一郎は肩をすくめた。
「それを裏切りっていうんじゃないかな。まあ、確かに、俺は俺に尽くしてくれる女たちが裏切るなんて考えもしないけどね」
一郎は笑った。
すると、マアの笑みがすっと消える。
「ロウ殿は、クロノスだよ。一度出逢えば、女が決して離れられないクロノスだ。クロノスに集まる女は自然とクロノスに尽くす。そして、仕える」
「クロノスねえ……」
一郎は頭を掻いた。
正直なところ、一郎のことをクロノスだと称した最初の女はアネルザだっただろうか。
女神を従えて、この世界を作った創造神にして、天空神でもあるクロノスに喩えられるのは、この世界の男にとって最大の誉め言葉なのだそうだ。
しかし、神話のクロノスも、一郎と同じように、自分では能力のないただの女たらしという訳じゃないだろう。クロノスに喩えられるのは、少しこそばゆい。まあ、一郎の周りの女たちが、クロノスの女神たちのような実力集団なことは確かだけど……。
一郎は、なんとなく、きゃあきゃあとはしゃぐようにして、一郎の淫らな命令に素直に従って、淫具選びに没頭しているとエリカたちをちらりと見た。
しかし、思い出したことがあり、すぐに視線をマアに戻す。
「そういえば、アネルザが言っていたが、先日のキシダイン邸主宰の夜会は、かなり閑散としていたらしいね」
一郎はにやりと笑う。
仕掛け人はマアだ。
そのことを知っているのは多くはない。
三人娘は知らないし、イザベラも知らない。
工作をしているのは、アネルザと目の前のマアであり、一郎は時々その相談に参加するだけのことだ。
もともとハロルド公たるキシダインが自分の活動資金を得るために、本来は商業ギルド以外には認めていなかった「自由流通」という商活動を第二王女のエルザが嫁いだタリオ公国に限り、王都内のみであれば認めるというかたちで呼び込んだマア商会以下の商会群だったが、そのマアを寝取って、一郎はマアを自分の仲間に引き入れた。
その結果、マアは表向きには、ハロルド公との癒着を続けている素振りをしながら、ひそかに、どんどんとキシダインの財政基盤を徹底的に破壊し続けている。
これがすでに効果を出し始めているのだ。
マアがやっているのは、自由流通協会という、この国の商取引をもともと支配している商業ギルドの不倶戴天の敵でありながらも、商業ギルドに属する大商人を裏で次々に乗っ取り、手を回してこの国の流通をどんどんと統制下に置くということだ。
その過程において、マアはキシダインの影響に属する商家はどんどんと潰し、王女イザベラに反抗的な商売人は破産させ、その間隙にイザベラに友好的な新興の商売人を入れ替えるということをしている。
その神がかり的な速度での商取引世界の支配をマアに成功させているのは、一郎に支配されることでもたらしたマアの商売の能力の引き上げだ。
もともと、交易商レベルの高かったマアだが、一郎による「淫魔師の恩恵」で飛躍的に能力が向上している。
いまのマアにかかれば、この国の商売人など、赤子にも等しいだろう。
この勢いなら、あと一年もすれば、この国のすべての物流がマアの支配下に完全に陥るのではないだろうか……。
いずれにせよ、まだ、マアが一郎の女になって二箇月ほどだが、すでにその影響が出始めたということだ。
アネルザやマアが中心となって宣伝して、王女イザベラの評判は、どんどんと高まりつつある。
マアは、それを見極め、イザベラの評判のあがっている地方領地の物流を盛んにし、キシダイン派の領主の土地では、徹底的に商取引が失敗するように仕向けている。
キシダインのところに人が集まらないのは、キシダイン派の貴族たちが王都の社交どころじゃなくなり、次々に領地に戻っているということもある。
そして、本来であれば、それでも人が集まるはずなのだが、この二箇月でキシダインの周りにいた重鎮たちの領地経営が傾いたことで、キシダイン派の影響力が急に低くなっているようだ。つまりは、キシダインに取り入ることに旨味がないと貴族社会や商売人たちが考えるようになったということではないかと思う。一郎はマアたちの仕掛けがこんなに早く影響を与えだすとは思わなかった。
「ああ、あの評判の悪いグラム兄弟を招いての夜会かい? あたしは物見遊山で参加したよ、ロウ殿。紹介状も来たしね。キシダインの機嫌の悪さはまさに見物だったよ。是非、ロウ殿に見せたかったね」
マアが笑った。
「えっ、本当?」
これには驚いた。
まさか、キシダイン派の衰退を裏で仕掛けているマアが堂々と、キシダインの夜会に出席するとは思わなかったのだ。
だが、人を喰ったようなマアならやりかねないと思った。
しかし、マアがキシダインの夜会に参加したなら、一度確かめたいと思ったことがる。
「それで、アン夫人とは会った?」
一郎は小さな声で言った。
イザベラのために、キシダインとの全面対決を決めたところではあったが、気になっているのはアンというもともとの第一王女のことだ。
一郎には面識はないが、調べてみると、第一王女のアンという女性は、王族にしては高慢なところがひとつもなく、優しくておっとりとしている評判のいい女性のようだ。
二年前にキシダインに嫁いでから、ほとんど社交界に出てこないアンのことを懐かしんで、とても会いたがる令嬢も多かった。
貴族の令嬢界におけるアンの評判を探る過程において、アンについては悪意のある評判などひとつも見つけることができなかった。そして、そのアン夫人は、実にキシダインのことを愛し抜いているみたいなのだ。少なくとも、調べる限り、ふたりは、本当に仲睦まじいというのが専らの評価である。
しかし、キシダインの失脚は、アンの失脚でもある。
アンはアネルザの実の娘であり、矛盾するようだが、キシダインを追い込むにしても、アンを不幸にしないですむやり方はないだろうかと、一郎も思わないでもなかった。
「アン夫人は夜会などには出んよ。あたしは一度も会ったことはない……。それよりも、そのことだがな、ロウ殿……。あの噂、とても妙だと思わんか?」
するとマアが声を潜めた。
「噂?」
「夜会などの表舞台にほとんど出ては来んが、キシダインとアン夫婦の仲睦まじさは有名だ。しかし、妙なこととは思わんか? そもそも、ほとんど社交界に、アン夫人を出さんキシダインに、どうして女房孝行だという噂が立つのだろうのう? アン夫人そのものを目撃した者も少ないのに……」
「キシダインが作った噂だということ?」
「それに、あたしの情報力をもってしても、アン夫人のことはほとんどわからん。どんな生活をしているのかということさえもね。だけど、それは実に奇妙なこととは思わんか、ロウ殿。実のところ、あたしの商会の情報で引っ掛からないということは、余程に厳重にアン夫人のことが屋敷の外に漏れないようにしているということだ。だが、たかが、元王女の日常生活だけのことではないか。なぜ、そこまで厳重に秘密にする必要がある」
「マアの諜報が届かない?」
一郎は驚いた。
超一流の商売人のマアは、情報収集力も超一流だ。
そのマアにも、アンのことが調べられないというのは、アンについて、かなりの厳重な情報管理をキシダインが敷いているということだ。
確かに奇妙なことだ。
「ロウ殿、アン夫人については一度調べた方がよい」
「確かに……」
一郎はうなずいた。
アネルザと相談して、アンについては一度確認をしようと思った。
なんとなくだが、ちゃんと調べた方がいいという予感がした。
こと女のことに関する限り、一郎は自分の直感がかなりの精度で正しいということを知っている。
アンについては、調べた方がいい。
一郎の直感がそう言っている。
だが、いまはいい。
今夜は、それよりも、目の前のマアを悪戯したくなった。
考えてみれば、いつも見た目が欺騙リングのせいで老嬢だから、遠慮するところがあるが、実際のマアは三十歳そこそこ肉体の元気な女である。
一郎が淫魔術でマアの身体を若返らせたのだ。
「ところで、勝負には負けたおマアには、罰を受けてもらわないとね。俺の女は誰も彼も、一度以上やっている。貞操帯管理の生活をすごしてもらうよ」
一郎は最近では淫具置き場になっている感もある亜空間から、大小のディルド付きの革紐の貞操帯を取りだした。
一郎の淫魔術の刻んである貞操帯であり、嵌めると不規則な間隔と不規則な強弱で、ディルドが定期的に局部とアナルを苛む仕掛けになっている。それだけでなく、これを嵌めると糞尿も一郎が外さない限りできないので、完全に、一郎に下半身を管理されることになるというわけだ。
もちろん、自慰もできない。
一郎の女なら、いつかは必ずに通過しなければならない洗礼だ。
「わっ、なんだ、それは──」
マアが真っ赤になった。
「まあ、三日ということにするか。忙しいマアのことだから、すぐにとは言わない。だけど、十日以内に開始の日を決めないと、強制装着するよ。それから三日は、これを付けっ放しで生活をしてもらう。多分、商売のことなんて考えられなくなるからね。まあ、休暇と思って、三日間の空き日程を作ってよ」
「そ、そんな……。それに、いまはキシダイン派を追い詰めている大切な時期で……。そんなことにかまける余裕は……」
「問答無用だよ。じゃあ、強制だね。今日から三日──。いい子だったら、三日で許してあげよう。調教が不足だと判断したら延長もあるかもね。ほら、立って──」
一郎はマアの手を掴んで立たせて引き寄せる。
そして、目の前に立たせたマアのスカートに手を入れて、下着をおろしだす。
「ちょ、ちょっと……。ちょっと待っておくれ。さすがにいまからは……。わ、わかった。日程を作る。作るから……」
マアは抵抗しようとする。
でも、そんなに強い抵抗じゃない。
あっという間に、一郎はマアのスカートから下着を抜いてしまった。
「そ、そんな……」
マアが赤い顔をして、涼しくなったスカートの前を両手で押さえる。
「大丈夫だよ。それよりも、おしっこがしたければ、ここでしていいよ。掃除はシルキーがいるから問題ない。さもないと、次におしっこができるのは明日の朝だよ。俺が商会に行くから、そのときじゃないと外せないよ。どんな魔道でも無駄だからね。絶対に外せない」
一郎は笑いながら、ノーパンになっているマアのスカートをめくる。
マアが悲鳴をあげた。
そのとき、突然に目の前の空間が変化し始めた。
転送術が繋がろうとしているようだ。
「旦那様、スクルズ様のご来訪です」
シルキーの声だけが響いた。
門からの訪問にしろ、魔道ポッドや移動術の魔道による侵入にしろ、この屋敷に入ろうとする者については、シルキーに厳重な警戒をお願いをしており、一郎の許可なく誰も侵入できない。
だが、頻繁にやって来るというよりは、ほとんど入り浸っているスクルズについては、無条件に一郎たちがいるところに転送術の出口を繋げるように言い渡している。
だから、シルキーは、一郎の許可を口にする前に、一郎の前に移動術の出口を繋げたのだ。
「ロ、ロウ様、失礼します。ちょっと、お願いが……。あらっ、お取込み中なのですね……。向こうも?」
スクルズはいつもの筆頭巫女姿だった。
一郎は片手にマアの下着を持ち、さらに片手でディルド付きの貞操帯を持っていた。
それに、ちょっと離れたところでは、エリカたちが淫具遊びの真っ最中だ。
スクルズは瞬時に、その両方に視線を動かした。
「おお、スクルズか──。問題ない。こっちの話は終わりだ。ほら、ロウ殿、スクルズだ」
マアがほっとしたように、一郎から離れ、その代わりにスクルズを一郎の前に押しやる。
一郎は苦笑した
まあいいか……。
マアの貞操帯管理デビューは今度でもいい。
だが、数日中にはやらせよう。
考えてみれば、マアだけ、この貞操帯生活の儀式をやってないというのは、片手落ちというものだ。
一郎はマアの下着と貞操帯を亜空間に収納しなおした。
「どうした、スクルズ。もちろん、お願いは受けるよ。なんのことかわからないけどね。ほかならぬスクルズの頼みだ。いつも俺が頼んでばかりで悪いしな」
スクルズには、なにかにつけて呼び出して、一郎がクグルスに作成させた淫具に、一郎の淫魔術に合わせた魔力を刻んでもらって魔道具に加工してもらったりしている。
王都一の魔道遣いとも称されるスクルズを淫具作りに使うというのは、なんとも贅沢なことだが、スクルズは嫌な顔ひとつせずに、にこにこしながら協力してくれる。
そうやって、日頃世話になっている以上、スクルズの頼み事ならばきかねばならないだろう。
あっちでエリカたちに試させている淫具だって、スクルズに全部魔道を込めさせた。
そのおかげで、一郎でなくても、操作具を動かせば魔力が動いて淫具が作動する仕掛けになっているのだ。
つまりは、王都一の魔道遣いのスクルズが淫具の電池代わりということだ。
まあ、贅沢だろう。
いずれにしても、スクルズがわざわざ頼み事をしにやって来るとは珍しいことだった。
「で、でも、よろしいのですか……」
スクルズが、部屋の様子を眺めながら遠慮がちに言った。
「構わん、構わん──。のう、ロウ殿」
マアが横から口を挟んだ。
一郎はマアがかなり焦った様子に、ちょっと笑ってしまった。
「ああ、構わないよ……。おい、エリカ、コゼ、シャングリア、一時やめだ──。お前たちの報告は後で聞く。それよりもスクルズだ。頼みごとがあるそうだぞ。ちょっと、そっちもやめだ」
一郎は大声を出した。
「えっ? あっ、スクルズ」
「んひいっ、うわっ、あっ、スクルズ」
「おう、スクルズか」
コゼ、エリカ、シャングリアがやっとスクルズに気がついて、こっちを見た。
だが、全員が淫具遊びにかまけていたので、まだ半分以上頭が回っていない感じだ。
それに、あのままではすぐには動けないだろう。
一郎は淫魔術を三人に注いで、多少はまともな状態にした。
エリカたちがやっと我に返りだす。
とにかく、慌てたように淫具を外しては、横に脱いでいた下半身の下着や衣類を身につけようとしている。
すると、シルキーが出現して、三人に股間を拭く布を渡しだす。
さすがは、屋敷妖精だ。
「ロウ殿に頼みというのは、危険なことか?」
マアが訊ねた
スクルズは、慌てたように手を左右に振って否定した。
「とんでもありません、マアさん……。いえ、できればマアさんにも来ていただいた方がいいのかも……。実は第二神殿のベルズのところに、アネルザ殿下とミランダがシャーラを連れて来ているのです。でも、少々熱くなられてきたようで、ロウ様にふたりをなだめて欲しいそうで……。ベルズからそのように伝言が来たので、わたしがやって来たということなのです。申し訳ありませんが、わたしも伝言を受けただけなので、詳しいことは……」
「アネルザ王妃様とミランダがシャーラを連れて、ベルズ殿のところ? 珍しい組み合わせだな」
一郎は言った。
「少し前のことですが、ロウ様が仲間内の団結を深めるという狙いで、ここで愉しい催しをなさいましたよね。それでミランダや王妃殿下も思うところがあったようです。きっと、これからのことで、わだかまりがないようにという配慮で、王妃殿下はシャーラを呼び出し、膝を交えて話をしようとしたと聞いています。ただ、ベルズはとても困っているようで……」
「じゃあ、危険なことではないのね」
急いで服を整えたらしいエリカがやってきて、ほっとした表情で言った。
コゼもやって来る。
シャングリアはまだだ。向こうでごそごそしている。
そのシャングリアも含めて、エリカもコゼも、まだ身体が怠そうだ。
一郎は淫魔術で三人を元気にする。
眼に見えて、三人の足腰がしっかりとなる。
「じゃあ、とりあえず、みんなで行くか」
一郎の言葉に全員が頷く。
しかし、思い出したことがあり、一郎はさらに口を開いた。
「そういえば、先日の慰霊祭はご苦労様だったね。見事な式典だったと評判のようだ。さすがはスクルズと、王都でも称賛の声で持ちきりのようだし……。声をかけそびれてね」
声をかけると、スクルズは恥ずかしそうな顔になった。
第三神殿や冒険者ギルドへの襲撃によって亡くなった者に対する合同慰霊祭が行われたのは数日前のことだ。
あのクライド事件の被害にあった第三神殿で催されたものであり、一郎も市民に紛れて見物したが、国王も参加する盛大な式典だった。
その式典を主催したのが、いま神殿長代理の地位にあるスクルズなのだ。
もちろん、大勢の王都の市民も集まった。
一郎もその他大勢の市民とともにその式典を見たが、式典の中心に立つスクルズの姿は、荘厳にして可憐であり、また、その凛々しくて美しい姿に、多くの市民とともに感嘆したものだ。
一方で、実はその神殿長代理を好きなように嗜虐して嬲っているのだと思うと、改めて自分の立場に嬉しくなる。
「ありがとうございます、ロウ様……。しかし、わたしの力ではないのですよ。これに関わった皆様の力です。でも、もしかしたら、なんとか無事に終わることができたのも、ロウ様のおかげかもしれません」
スクルズははにかむように言った。
「俺のおかげ?」
「はい……。式典の準備にあたり、ロウ様が頼める仕事はほかの者に頼めと言ってくださいましたので、その通りにいたしました。その結果、かえってうまく物事が回るようになりました。やっぱり、わたしひとりで抱え込んでしまうのではなく、皆様にお願いすればいいのですね。ご忠告に感謝します」
スクルズが頭をさげた。
一郎は首を捻った。
およそ、そんなことは言ったことはないし、スクルズの仕事のやり方に忠告などするわけがない。
ただ、仕事で忙しそうなスクルズを呼び出すとき、「そんなものは他の者にやらせればいい。みんな、スクルズを助けたがっているんだから」くらいは言ったかもしれない。
スクルズを呼び出すための方便だが、スクルズは、そのことをいいように解釈したのだろう。
「……それに、式典のときも、ロウ様らが来られていることは見えていました。おかしなこともされているのでびっくりしましたが、おかげで、緊張もほぐれました……」
スクルズが笑った。
「えっ、あれが見えてたの?」
エリカが真っ赤になった。
一郎もこれには苦笑で返すしかなかった。
あの慰霊祭の式典のとき、一郎たちは、一般市民のために準備された広場の中の群衆の中にいたのだが、実のところ、エリカを相手に、コゼとともにふたりがかりで「痴漢ごっこ」をしていたのだ。
つまりは、身体の前で指縛りしたエリカを後ろから思う存分に、コゼとふたりがかりで悪戯しまくったというわけだ。
あの大群衆の中で一郎たちの姿を見つけられたというのは信じられないが、スクルズの物言いによれば、どうやらあの痴漢ごっこまで見られていたようだ。
周囲の誰にも知られていないと思っていただけに、一郎も少しびっくりした。
「なに? なんだ? あの慰霊祭のとき、なにかしたのか? 聞いていないぞ、わたしは」
そのとき、シャングリアが大きな声をあげて、やって来た。
どうやら、シャングリアも、やっと身支度が終わったようだ。
慰霊祭のときには、男爵家の家柄であり、自身も「騎士」の称号を持つシャングリアは、ほかの貴族と同様に貴族席にいた。だから、あのときは、一郎たちの近くにはいなかったのだ。
「ただの痴漢ごっこだ。気にするな」
一郎は笑った。
「ちかん? ちかんとはなんだ?」
シャングリアが首を傾げた。
「今度、実践で教えてやる。必ずな」
一郎は“必ず”という言葉に力を入れて言った。
「それに、わたしもまた、ロウ様のご一部とご一緒でした。だから、それもあり、あまり緊張しなかったのです」
すると、スクルズが顔を赤くして言った。
「俺の一部?」
一郎は首を傾げた。
「はい、あの慰霊祭の朝、ここでロウ様に犯していただきました。実は、そのときの精をしっかりとお股に溜めたまま、式典をさせていただきました。だから、あんな大役を無事にやりとげられたのです」
スクルズがにこにこしながらそう言った。
一郎はさすがに呆れた。
エリカたちも、マアも目を丸くしている。
「俺の精を入れたまま式典を主宰したのか?」
「ロウ様に犯されているのだと思いながら、ぎゅっと股に力を入れながら祈りを捧げました。愉しゅうございました」
「大した淫乱巫女ねえ」
コゼが声をあげた。
*
エリカたち三人にマアを加えた五人で、スクルズに連れられて移動術で到着したのは、第二神殿内にある巫女の私室が集まっている棟の一画だった。
筆頭巫女であるベルズの私室の横にある集会場のような場所の前であり、入り口の扉は閉まっているものの、十人ほどの巫女が扉の前に集まっていた。
また、いつもは直接に私室に転送術で訪問するのだが、今日は部屋の前の廊下だ。スクルズによれば、そうしてくれと、事前にベルズに念を押されていたようだ。
「スクルズです。ベルズに頼まれて来たのですが……」
スクルズが声をかけると、巫女たちが一斉に振り向いた。
「おう、スクルズ様」
「スクルズ様、マア様もですか? これは頼もしい」
「シャングリア様に、マア様まで」
スクルズとマアとシャングリアの登場に、そこにいた巫女たちは色めきだった声をあげた。
マアは移動術で転送する直前に、欺騙リングを首に嵌めたので、いつもの老嬢の見た目だ。
ただ、下着は返していないので、スカートの下はノーパンである。
ちょっとひとりだけ恥ずかしそうにしている。
実年齢では六十を超えても、やはり羞恥はあるのだろう。
まあ、当然か……。
また、当たり前だが、一郎の名を呼ぶ者はいない。それどころか、巫女の生活棟であるこの場所に、男である一郎がやって来たことに、明らかに訝しむ表情をしている。
ただ、第三神殿の神殿長代理のスクルズと一緒なので、さすがに「出ていけ」と怒鳴る者はいない。ただ、ここでは「ロウ」としての名と顔は売れていないので、以前一度訪問したことを覚えている者以外は、何者だろうかと思っていることだろう。
「こちらはロウ様とお仲間の女性たちです。ベルズに連れてきてもらうように頼まれたのですが……。ベルズはどこなのですか?」
スクルズが巫女たちに言うと、巫女たちのひとりが進み出た。
「アネルザ王妃殿下とミランダ様と一緒に室内におられます。王妃殿下はお忍びであるということで、神殿長にも来訪はお伝えしていません……。それと、室内の状況についてはわかりません……。ベルズ様が防音の結界を刻んでおられるようです。声も音もしませんので……。ただ……」
そのとき、説明をしている巫女が困惑顔をした。
「ただ、なんですか?」
スクルズはにっこりと微笑んだ。
一郎から見ても、こうやって誰かと会話するときのスクルズは、思わず引き込まれるような優しい笑みを浮かべる。
相手の巫女が少し顔を赤らめるのがわかった。
「……た、ただ、時折慌てたように部屋から出てきては、ベルズ様はお酒を持って来るようにお命じになるのです。中には四人しかいないはずなのですが、もうかなりのお酒をお運びしました。わたしたちも、どうしたものだろうかと訝しんでいるところなのです」
酒……?
四人で酒を飲んでいるのか……?
そして、ふと見ると、部屋の前に数本の蒸留酒の大瓶が置いてある。
どうやら、慌てて贖ってきたような感じであり、まだ封も新しくて、切られてもいない。
声を掛けられれば、すぐに運んでいけるように待機しているのだろう。
いずれにしても、ミランダはともかく、正王妃のアネルザの訪問だ。
巫女たちが緊張しているのは当然だろう。
だが、中にシャーラもいるのだろう?
そんなに派手な酒盛りをしているのだろうか。
そもそも、一郎はシャーラが酒を飲んでいる姿を見たことがないが……。
「……わかりました。では、ここから先は、ベルズとわたしが引き受けます。皆さんは部屋に戻ってください……。また、王妃殿下はお忍びで参られたのですからね。今日のことは他言無用に願います」
スクルズが言うと、巫女たちは顔を見合わせていたものの、やがて散会しはじめた。
それにしても、スクルズが念を押した「他言無用」という言葉には、なんの効果もないだろう。
なにが起こっているのか知らないが、巫女たちが騒然とするくらいのアネルザたちの酒盛りは、尾ひれをつけて噂になるのかもしれない。
まあ、王妃が神殿や冒険者ギルドと仲良くすることについて知られても、困ることはないのでどうということはないが……。
いずれにしても、室内にアネルザ、ミランダ、シャーラ、ベルズがいることは、一郎の魔眼で確認した。
「では、行きましょうか、ロウ様、マアさん……。エリカさんたちご三人は、少しだけここでお待ちください。念のために待機を……」
とりあえず廊下から人がいなくなると、スクルズが巫女たちが準備していた酒の瓶を二本ほど抱えて、にっこりと笑った。
一郎が頷くと、スクルズは魔道の「言玉」を室内に送る。
来訪を中に知らせるためだ。
「おう、来たか、スクルズ。とにかく、ロウ殿、頼む……。中は入ればわかる……」
すると、がたんと扉が音を立て、次いで、疲れたような表情のベルズが飛び出してきた。
扉を開いた瞬間、誰かの罵声が聞こえた気がしたが、ベルズが扉を閉めることで、防音の結界は働いたらしく、声は途絶えた。
なんだ……?
アネルザかミランダは酔っているのか?
なんとなく一郎は思った。
「おう、ロウ殿、よくぞ来てくれた。とにかくお願いする。中を鎮めてくれ……。スクルズ、あんたは入らない方がいい。みんなもな。若い女は危険だ。あれ? マア殿……。いや、マア殿ならあり得るか……。よければ一緒に……。マア殿なら言うことをきくかも……。いずれにせよ、中に──」
ベルズは早口で言った。
そして、スクルズが持っていた酒瓶を一郎に押しつける。
すると、じっとベルズの様子を見ていたマアは、すっと後ずさりをした。
「いや、悪いね。突然に用事を思い出したよ。悪いが帰る。ああ、心配しなくていいよ。家人を呼んで迎えを呼ぶ。あたしのことは気にしないでおくれ」
マアがそのまま離れた。
一郎はまるで逃げるように立ち去ったマアに呆気にとられた。
「さすがにマア殿だな……。やっぱり勘づいたようだ……。だったら、やっぱりロウ殿だ。これはロウ殿しかおらん。さあさあ、部屋の中に……」
ベルズが酒瓶を持たされている一郎を扉の前に押しやる。
「おいおい、ベルズ殿」
一郎は狼狽した。
だが、抗議する暇も余裕もない。
ベルズはさっと扉を開けて、一郎だけを室内に押し込んだ。
しかも、一郎が部屋に入ると、すぐさま背後で扉がばたんと閉じる。
「な、なんだよ……」
一郎は条件反射的に扉を手に取ったが鍵が閉まっている。
鍵というよりは魔道の施錠術のような感じだが、とにかく、外から室内に閉じ込められてしまった。
「おい、ベルズ、どうしたのさ。酒は持って来たのかい? ミランダが飲む物がなくて、困っているだろう。早く持って来るんだよ」
そのとき、アネルザの怒鳴り声が響いた。
そして、ミランダのけたたましい笑い声……。
ぎょっとして、室内を見た。
部屋には、確かにアネルザとミランダとシャーラの三人がいた。
そして、大量の料理と十数本の酒の空き瓶が卓と床の両方に転がっている。
しかし、三人は上半身が裸体であり、乳房を丸出しにしている。
なんで、あんな格好を……。
「ロ、ロウ殿、た、助けてください」
声をあげたのはシャーラだ。
シャーラはアネルザに引き倒されて、アネルザに馬乗りにされていた。なにをしているのかはわからない。
そして、ミランダは、そのふたりの横で気でもおかしくなったかのように笑い続けている。
シャーラはともかく、アネルザとミランダが、完全に泥酔状態にあるのは明らかだ。
「ロウ殿だって──?」
「ロウ?」
アネルザとミランダが同時にこっちを見た。
そして、形相が変わる。
思わずたじろいだ。
ふたりの表情で連想したのは獲物を狙う肉食獣の姿だ。
アネルザが立ちあがる。
すると、シャーラも起きあがった。
「王妃殿下、ミランダ、では、わたしはこれで失礼します。ロ、ロウ殿、あとはよろしくお願いします」
シャーラがそばにあった自分の服を抱え込むと、移動術を刻んで、あっという間に消えてしまった。
一郎は呆気にとられた。
「アネルザ、ロウを逃がさないで──」
ミランダが叫んだ。
「わかっているわよ」
大柄のアネルザが飛び出して来て、一郎の襟首を有無も言わさぬ感じでむんずと掴んだ。
「捕まえたよ、この色男──。さあ、あたしらと酒を飲もうよ。わたしはあんたに惚れ抜いているよ。このクロノス──。ほら、酒だ──」
そのアネルザがもの凄い力で一郎を引っ張り座らせる。
「ははははは、このロウ──。まさか、あんたが来てくれるとは思わなかったわ。ほら、飲んでよ──」
ミランダが一郎に乳房を擦りつけるようにして、空いている盃を一郎に渡そうとする。
これはふたりとも、完全に泥酔だ。
一郎は閉口した。