【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
「遅くなりました、お母様」
「アン」がやって来た。
アネルザは、庭園に真ん中に準備した茶会のテーブルについたまま顔をあげた。
周りを花が囲んでいるテーブル付きのベンチに腰かけているのはアネルザとサキだ。
サキについては、今回のことでロウに特にお願いをして、連れてきてもらった。アネルザの実家と縁のある遠方の外国の高位貴族の令嬢という触れ込みだ。
この会合の後で考えている最後の詰めのためだ。
実際のところ、人間族の女として着飾ってやって来たサキは、備わっている威厳もあり、令嬢どころか、亡命でもしてきたどこかの王族の姫でも通用するのではないだろうかと思うような風格だ。
アネルザの提案に、最初はロウは渋ったが、アネルザの申し出の必要性は感じて理解をし、さらに、サキに話してくれることになった。
サキも退屈凌ぎとしてはいいだろうということで、こうやって来てくれたということだ。
王宮内をうろうろとすることになるので、隠れて入り込むよりも、こうやって正規のアネルザの客ということにした。
場合によっては、これからも、アネルザとともに骨を折ってくれることを頼んだ。
サキは笑って承知してくれた。
サキについては、実は妖魔だということはわかっているが、あの破廉恥競技会以来、アネルザはなんともいえない親しみのようなものをこのサキに感じている。
まあ、同じロウという希代の男に躾けられた女ということでは、人間族も妖魔族も変わりなく、同じ女だと思っている。
いずれにせよ、ロウに教えられたことは、いまでも信じられない。
いや、信じたくない……。
とにかく、腹は煮え返っている。ロウからはくれぐれも自重しろと厳しく念を押されてはいるのだが……。
「よく来たな、アン。こっちは、わたしの友人だ。ゆえあって、しばらく王都に滞在することになった。詳細は訊くな。教えられん」
「そうですか。お母様がお世話になっております。アンでございます」
アンがにっこりと微笑んで優雅に挨拶をした。
すると、サキが横で不敵に微笑むのがわかった。
いや……。
これは……。
アネルザは、ぐっと握った拳をテーブルの下に隠した。
すると、サキが横で口を開いた。
「サキだ。このアネルザとは、とても親しい仲でな。まあ、わしのことは、そこにある花同様に、なにかの置きものとでも思ってくれ。気を使わんでよい。わしはお前ら母娘の会話に口を出すなと、
サキが立ちあがることもせずに言い放った。
「主殿?」
アンが小首を傾げる。
「わしのことは気にするなと申したぞ」
サキがアンを睨んだ。
アンがたじろいだ表情になるのがわかった。
アネルザはくすりと笑った。
「そ、そうですか……。では、改めてご挨拶だけでも……」
「不要だ」
サキがぴしゃりと言い放つ。
アンがますます面食らっている。
アネルザは、サキの態度に少しびっくりしたものの、逆に落ち着きもした。
いずれにせよ、茶会などに参加させると騒動を起こす可能性があるということで、ロウが事前に念を押したのだろう。
だが、それを堂々と喋るとは思わなかった。
まあいい……。
どうせ、面食らうだけで、なにを言ったのかわからないだろう。
案の定、目の前のアンは、サキの言葉の内容よりも粗暴な態度に困惑しているみたいだ。
しかし、あんなに乱暴な口調にも関わらず、それでいて、醸し出す高貴さがあるのだから、このサキも大したものだ。
また、この席にはふたりの「女奴隷」が後ろに立っている。一応、この茶会の給仕をするために、このふたりはここにいるというかたちだ。
また、テーブルの上には、アンを迎えるために準備した菓子や果物が並べられている。
すでに座っていたアネルザとサキの前には、湯気のたっている茶も置いてあった。
「サキについては、その通りにせよ。気にするな。サキが挨拶は不要と申せば不要なのだ。いないと思え。とにかく、座るがよい、アン」
アネルザは言った。
アンはちょっと困惑している感じだ。
「そ、そうですか……。ところで、ご無沙汰しておりました、お母様」
アンは、いつも通りのにこやかな笑みを頬に浮かべ、明るい薄桃色のスカートをちょっとだけ摘まんで、アネルザに小さく会釈をする。そして、アネルザの向かいの席に腰をおろした。
そのとき、アンの連れてきた侍女のひとりが、アンの腰掛ける椅子を持って介添をした。
アンにはふたりの「侍女」が同行しているのだ。
アネルザは、アンがアネルザに向かい合う席に座るのを待ち、アンの連れて来たふたりの侍女に視線を向けた。
「……同伴の者には、別の席を準備させておる。そこで自由に過ごすがいい。今日はアンとふたりきりで大切な話があるのだ。席を外せ」
アネルザは言った。
少し離れた場所に同じような茶会の準備だけをしたテーブルがある。
お互いの席を眺めることくらいはできるが、声は到底聞こえない。
そういう位置だ。
アネルザは、そこを顎で指した。
すると、ふたりの侍女は当惑した表情になった。
なにしろ、アンとアネルザがこうやって茶会のかたちで会うのは珍しいことではないが、同伴する侍女たちを遠ざけるように指示したのは、これが初めてだからだ。
アネルザは、これまでは気にも留めていなかったが、そういえば、アンと会うときには、いつも複数のキシダイン家の侍女が一緒にいたということを思い出していた。
彼女たちは、アンのもともとの侍女ではない。
キシダイン家の昔からの侍女だ。
こんなことにも、気がつかなかったとは……。
アネルザは、これまでのことを思い出して悔いた。
「ふたりきりと申しますが、お母様も侍女を連れているじゃありませんか。この者たちも、そばにいてはいけませんか? それにサキ様だっておられるし、ふたりきりとは……」
アンが甘えるような口調で言った。
しかし、アネルザは、厳しい表情を装って首を横に振った。
「……大切な話があると言ったはずだ、アン。侍女は遠ざけよ。それに後ろにいるのは、奴隷女だ。人間ではないわ」
「わしについては、単なる置物だ。そう申したぞ」
アネルザに次いで、サキもすかさず笑いながら言った。
アンは困惑の表情になった。
「わたしたちは、席を外しましょう、アン様」
アンの侍女が口を挟んだ。
すると、アンが侍女に向かって小さく頷いた。
「では、そのように……」
アンが頷き、アンのふたりの侍女がアネルザにお辞儀をしてから、示されたテーブルに離れていく。
「それで、急のお呼びだてですが、なにかございましたか、お母様?」
アンがにっこりと微笑みながら言った。
そのアンの前に茶器が置かれて、そこに赤茶色の飲み物が注がれる。
「なあに……。エルニア産のラクト果が珍しくも手に入ってな。それで、お前を呼び出して、食べさせてやろうと思ったのだ。子供の頃に、そなたが好きだったのを思い出してな……。ただ、ラクト果は高価だ。侍女風情には勿体ない。それで遠ざけたのじゃ」
アネルザはうそぶいた。
アンは、意地悪なお母様と笑って、テーブルの真ん中にある赤いラクト果の実を手で摘まんで口に入れた。
アネルザは、アンがおいしそうにラクト果を食べるのを注意深く見ていた。
もっとも、会う前はこういう仕掛けで確認しようと思っていたのだが、実際には不要だった。
顔を見るだけで確信した。
むしろ、なぜいままでわからなかったか不思議なくらいだ。
「……それで、夫のキシダイン公はどうだ? 夫婦仲良くしておるか?」
アネルザは、込みあがるものを耐えた。
そして、アンが二つ目のラクト果を食べ終わったところで不意に訊ねた。
アンが驚いた表情になった。
「な、なんですか、突然……? もちろん、仲良くしております。キシダイン様は、それはもう、お優しいお方ですから……」
アンは言った。
「そうであろうな……。お前たちの仲の良さは王都でも評判じゃ。だが、十日ほど前から、グラム兄弟というタリオ公国の客がお前の屋敷を訪問しておるであろう? 実のところ、あの兄弟はわたしは好かん。女を殴ったり、蹴ったりするのが性癖だという悪評は聞き及んでおる。先日も王宮で小さな騒ぎを起こしてな」
「えっ、グラム様たちが?」
「そうだ。それで、その兄弟がキシダイン邸にずっといるとあっては、ちょっとだけ心配になってな」
アネルザがそういうと、アンはぷっと噴き出した。
「グラム様たちなら、確かに屋敷に滞在しておられます。でも、礼儀正しい方々ですよ、お母様。でも、お母様の言うことなら、本当なのかもしれませんね……。だけど、本当にあの方々たちが、実はそんな困った方々なのですか? そうであれば、人は見かけによりませんね」
アンは口を押さえて小さく笑った。
そんな仕草は、アネルザの知っている娘時代のアンとまったく同じだ。
「ならば、いい」
アネルザは茶を飲み干し、それを皿に置いた。
後ろに侍っている「女奴隷」のうち、左側の者が新しい茶をそこに注いだ。
左側……。
アネルザは、緊張でどっと口に溜まった唾を飲み込んだ。
そして、思わず立ちあがりそうになった。
やはりそうだ──。
そうであるという確信は、目の前のアンと会ったときに感じていた。
だが、信じたくはなかった。
あの優しいアンの幸せが偽物であり、目の前のアンが口にしたことが、アネルザを騙すためにつき続けられた出鱈目だということなど……。
「ひんっ」
だが、浮きあがりかけた腰に、不意に舌で局部を舐めあげるような刺激が襲い掛かった。
アネルザは、思わず声をあげるとともに、どすんと尻もちをつくように椅子に腰を落としてしまった。
「ははは、どうした、アネルザ? 尻でも触られたか? いや、これは済まん。わしは置物であったよ。もう口は挟まん」
サキが愉しそうに笑った。
アネルザはサキを睨んでから、次に、背後にいる「女奴隷」を睨みつけた。
「どうかしましたか、お母様?」
一方で、目の前のアンがびっくりした声をあげる。
「な、なんでもない──」
アネルザは顔が赤くなるのを感じながら、平静を装って言った。
そんな悪戯をした者の正体はわかっている。
だが、おかげで、興奮しかけた頭が、別の興奮で塗り替えられて、落ち着くことができた。
すでに、さっきの刺激はなくなっているが、アネルザを落ち着かせるのが、さっきの刺激の狙いだろう。
しばらく他愛の無い話をした。
アネルザの眼には、アンにいつもと変わったところは感じなかった。
とにかく、アネルザは本題に入ることにした。
これを伝える役目があるから、じっと我慢していたのだ。
さもなければ、こんな女といつまでも、親しく話してなどいられない。
アネルザは落ち着くために、何度目かの深呼吸をこっそりとした。
「……ところで、今日、わざわざ呼びだてしたのは、実のところ大切な話がある……。これは他言無用だ。特に、キシダインには黙っておれ。明後日には正式にお触れが出されるが、重臣への披露は明日だ。お前も知らなかったことにせよ。よいな──」
アネルザは言った。
アンが口にしかけていた茶を皿に戻して、訝しむ視線をアネルザに向ける。
「大切な……お話……ですか?」
アンが言葉を噛みしめるように、小首を傾げてアネルザをじっと見る。
「かねてから懸案になっていた王太子問題のことだ。あの陛下はついに、お心を決められたぞ……。突然のことだが、明日、城郭郊外の演習場にて、王族や主立つ貴族が集まる王軍の演習の謁見の席でついに王太子が発表される……。新しい王太子はイザベラじゃ──」
「え、ええっ──?」
アンが目を丸くして、悲鳴のような声をあげた。
アネルザは、大きく舌打ちをして、アンに落ち着けという仕草をした。
アンは口をつぐんだ。
だが、その表情には、大きな動揺と驚きの色がある。
「とにかく内密だぞ、アン──。お前とキシダインの仲は知っておるが、これは王家のこと──。夫婦のこととは思うな。キシダインとイザベラが王太子の座を巡って争っていたことはわかっておるが、もう決まったのだ。明日の謁見式では、これまでずっと空席だった王太子席に、イザベラが座るように陛下が促される。キシダインは、一段下の重臣席だ。この意味は誰であろうとわかるはずだ……。まあ、そういう段取りだ」
「ちょ、ちょっと待ってください、お母様──。そんなことは、あまりにも突然で……」
アンが口を挟もうとするのをアネルザは制した。
さらに続ける。
「わざわざ、お前に知らせたのは、明日の夕刻に、キシダインが屋敷に戻ったとき、おそらく、かなり荒れるだろうと思うからだ。あの者も、ひそかに王太子を期待しておったからな。だから、それとなく、キシダインの心を慰めてやれ。ただし、事前に知っていたことは絶対に口にするな。よいな、アン──」
アネルザははっきりと言った。
「そ、そんな……。で、でも……。お、お母様は、キシダイン様のお味方ではなかったのですか?」
アンが色をなした口調で言った。
「わたしは、別に誰の味方というわけでもない。キシダインも身内なら、イザベラも身内だ。イザベラが王太女になれば、王妃として、それを支えていくつもりだ。キシダインもそうであろうよ。王太女になったイザベラを今度はハロルド公として支えるだろうて……。心配するな、アン──。あのキシダインは、王太子になれなかったくらいで自暴自棄になる男ではない。自分の夫を信頼せよ」
アネルザは言った。
しかし、目の前のアンは、それでも大きな動揺をしているようだ。
そして、慌てたように、アネルザにいとまの挨拶をして立ちあがった。
何度もキシダインには伝えるなと念を押したが、この「アン」が一刻も早く、さっきのアネルザの言葉をキシダインに伝達したいと考えていることは確かだろう。
アンは、離れていた侍女と合流して、そそくさと立ち去っていった。
「サキ?」
そのとき、後ろの「性奴隷」のひとりが声をかけた。
サキが頷く。
「特に置き土産のようなものはないな。魔道具は置いていっておらん。普通に話しても大丈夫だ」
サキが言った。
心配していたのは、さっきのアンがここでの会話を盗聴するような魔道具を残していくことだった。
どうやら、そういうものはないらしい。
「ならいいか」
アンたちが完全に視界から消え去ったのを確認し、それを待っていたかのように、背後の「女奴隷」がアネルザの両側に腰をおろした。
「よく耐えたな、アネルザ。あそこで、お前に暴れ出されたら、全部の計画がぶち壊しになるところだった。とにかく、明日までに始末はつく。アン殿のことも任せてくれ。どういう状況なのか、まだわからないが必ず助ける。とにかく、全力を尽くすから」
口を開いたのは、左後ろに立っていた「女奴隷」だ。
そして、その「女奴隷」が『変身の指輪』の効果を解除した。
変身の指輪は、マアの準備した物らしい。
女奴隷の装束はそのままだが、身に着けているのがロウになった。
一方でもうひとりの女奴隷も変身を解く。
こっちはエリカだ。
ふたりが、自ら「奴隷の首輪」に見せかけた偽物の首輪を外して、テーブルに置いた。
「あれは、本物のアンではなかったよ、ロウ殿。一目瞭然だった。おそらく、いままで、アンだと思い込んでいた女は、真っ赤な偽者だったのだと思う。それをわたしは、アンだと思い込んでいたのだ……」
アネルザは口惜しそうに言った。
はらわたが煮え返りそうだった。
いまこそ確信した。
おそらく、アネルザは、アンがキシダインに嫁いで以来、ただの一度もアンと会ってはいない。
アンだと思い込んでいたのは、いまの得体の知れない女だ。
多分、ロウたちが女奴隷になっていたのと同じ手段で、アンに成りすましていただけだと思う。
口惜しくて堪らない……。
あのキシダインめ……。
とにかく、アンが本物かどうかは、ロウが見極めるということになっていた。それが、二杯目の茶を注ぐときの取り決めだったのだ。
よくわからないが、ロウはどんなに巧妙な「変身」だろうと、目の前にいる相手が偽者だった場合は瞬時にわかるらしい。
そして、そのロウから指示されたのは、そのアンを呼び出して、国王が秘密裏にイザベラを王太子に選んだという偽情報を伝えることだ。
その目的は、最終的にその偽情報を自然なかたちでキシダイン自身の耳に入れるようにすることだった。
キシダインも、他の者の情報ならともかく、キシダインの味方のはずのアネルザからの言葉なら信用するはずだ。
もっとも、それは、全部ロウに言われたことなのだが……。
そして、そのとき、やって来たアンが偽者だったら、二杯目を左後ろのロウが注ぎ、本物だったら、右後ろのエリカが注ぐという取り決めにしていた。
アネルザには、つい数日前までには思いもよらない話だったが、ロウは、アネルザに呼び出されてやって来るアンは、十中八九、偽者だと判断していたようだ。
そして、二杯目を注いだのは、左後ろのロウだった。
つまり、さっきのアンは、偽者ということだ。
「これまでのことは知らないが、さっきいたのは、ルイという名の女だ。おそらく、キシダインの部下なのだろうな。俺たちと同じように、変身の指輪を使っていたようだ」
ロウが言った。
すると、サキが口を挟んだ。
「確かに、変身の魔道具を持っていたな。間違いない」
サキの言葉にロウが頷く。
「いままでも、さっきのように、どうしても外にアン王女を連れ出さなければならないようなことがあれば、あのルイという女性が変身の指輪で変身して、外に出ていたのだと思うよ。おそらく、アン王女の身代わりを完璧にこなせるように相当に訓練しているんだろうね……」
ロウが言った。
アネルザは唖然としてしまった。
だが、さすがに首を横に振った。
「……まさか……。いや、確かに、さっきの女はアンではない。ラクト果をおいしそうに食べたのが証拠だ。あのラクト果は、エルニアでしか手に入らない珍しいものだが、子供の頃、一度だけアンに食べさせたが、あの酸っぱさにアンは一度で大嫌いになった……。いや、そんなことは問題じゃない。わたしにはすぐにわかった。あれはアンじゃなかった……」
「おそらく、本物のアン王女は、キシダイン邸の奥深くに、ずっと監禁され続けているんじゃないだろうか。そう思う……。勘だけどね」
「そなたの言うとおりだな……。だが、さっきだけでなく、わたしが会っていたアンはずっと偽者で、本物のアンが閉じ込められているなど……。それにまったく気がつかないなど……。実の娘なのに……。なんという迂闊……」
混乱していた。
自分でもロウが正しいということはわかっている。だが、そうであれば、アンが非常に不幸な境遇にあるということになる。
さもなければ、わざわざ、偽物のアンを作るなど危険なことをキシダインがする道理がない。
また、そうであれば、自分は実の娘もわからない大馬鹿者ということにもなるのだ。
すると、反対側にいるエリカが口を開いた。
「……王妃殿下、わたしは難しく考えることは苦手ですが、これだけは言わせてください。このロウ様が、“勘だ”といわれた言葉が、いまだかつて間違っていたことを知りません。本当に、アン王女様は、結婚以来、ずっとキシダイン邸に監禁されているのではないでしょうか」
アネルザはエリカの言葉に呆然としてしまった。
あの優しくて、心の綺麗なアンが、キシダインにずっと閉じ込められている……?
確かに、そんな噂があることは知っていた。
そのたびに、こうやってアンを呼び出しては、真偽を確かめて、噂など根も葉もないことだと自分に言い聞かせた……。
だが、そのアン自体が、まさか偽者だとは……。
本当に……?
そんな……。
「……も、もしも、それが真実なら、わたしはキシダインを許さん。あんな男、八つ裂きにしてやる──。おのれ、どうするか、見ておれ──。いや、もう我慢できん──。いまから、キシダイン邸に乗り込む──。そして、アンと無理矢理に会う──。そして、あの男の首を捩じり切ってやる」
アネルザは激昂して立ちあがった。
だが、その瞬間、またもや、尻の穴を舌で舐められる感触が襲いかかった。
「やんっ」
アネルザはまたもや、椅子に座り直してしまった
「可愛い声を出すじゃないか、アネルザ」
サキが横で笑った。
ロウも笑っている。
まったく、この男は……。
アネルザは、顔が赤くなっているのを感じながら、ロウを睨みつけた。
「まあ、落ち着くことだ。相手は影響力の大きさでは、国王陛下も認めざるを得ないキシダイン公爵閣下だ。うまく立ち回らないと、この国で内戦になるぞ。まあ、俺たちに任せておけよ。そのための明日の策だろう? まずは、キシダインを追い詰める大義名分を手に入れることだ。そのために、あいつには、まずは思い切った手を打ってもらう。そして、それを証拠にキシダインを告発する。確かな証拠をかざされては、さすがにキシダイン派の連中も、表立って動くことはできん」
ロウがにこりと笑った。
アネルザは大きく息を吐いた。
「……わかった。もう、なにもかも、ロウ殿の策に乗る。その代わりに、アンを任されてくれないか? もはや、わたしは、ただただアンが幸せになってくれるのを願うだけだ」
「じゃあ、任されるよ。とにかく、この一件をミランダにクエストとして依頼してくれるか? 依頼はアン王女をキシダインから引き離すこと……それでいいんじゃないかな。まあ、このところ、ミランダには借りばかり作っているしね。ギルドのクエスト扱いにしてくれれば、ミランダも喜ぶだろうさ」
「言うとおりにしよう……。ともかく、アンを頼むぞ、ロウ殿。面倒を看てくれ。約束したぞ──」
アネルザはそれだけを言った。
「わかった──」
ロウがしっかりと頷いた。
アネルザはほっとした。
これで、なにもかもよくなる。
ロウに任せさえすれば……。
そして、何気なく、ロウの姿を改めて見た。
「それにしても、そなたのその格好、笑えるな。侍女姿も似合うぞ」
女奴隷特有の肌を露にした短いスカートの装束だが、それを着たまま、男の姿になったロウは、かなり滑稽な姿だ。
「そ、そうですよね。わたしもとても可愛いなあって、思ってたんです」
エリカも隣で笑った。
「確かに……」
サキも笑いだした。
「な、なんだと──。お前ら、この場でまとめて犯すぞ」
すると、ロウが真っ赤な顔になった。
しばらく、笑ったあと、アネルザはサキに視線を向けた。
「さて、とにかく最後の詰めだ。これだけはやっておいた方がいいだろう。まあ、手伝ってくれるかい、サキ?」
「ああ、任せておけ」
サキが笑った。
「そのことだけど、本当にするのか? 大丈夫か?」
ロウが心配そうに言った。
アネルザは肩をすくめた。
「それこそ、こっちに任せておけだ、ロウ殿──。なにもかも手筈通り進んでも、肝心のあの腑抜けが動かなければ面倒だ。心配ない。あの男の扱いはわかっておる。とにかく、お前に教えてもらったアンのことをあいつが知っていたかどうかも、確かめないとならないしね。まあ、お前を裏切るようなことはせん。それだけは信用してくれ。そのための証人のサキでもある」
「もちろん、信用はしているけど……」
「だったら任せることだね。この役目はわたしにしかできん。とにかく、あの愚か者はしっかりと繋ぎとめておく。万が一にも、キシダインに真偽を確認させるようなことなどさせんよ。では、サキ、頼むよ──。乗り込むよ」
「ああ」
サキが優雅に立ちあがった。
*
後宮の廊下を進んでいたルードルフは、目当ての部屋の前にいる四人ほどの衛兵を見て、目を丸くした。
もちろん、ルードルフの配置したものではない。
この後宮は、建物自体を厳重にして、個別の部屋ごとに警備の者を配置するような無粋なことはさせていないのだ。
なにしろ、ここは王であるルードルフが、男として男女の営みを愉しむ場所だ。あまり、衛兵の影が多すぎると興醒めだ。
しかも、あそこにいる衛兵は……。
そして、近くまで進んで確信した。
やはり、ここにいるのは、王妃アネルザが使っている専属の衛兵だ。
それが意味するのはひとつだろう。
ルードルフは心をざわつかせた。
「ここで待て」
ルードルフは、連れていたふたりの護衛騎士に声をかけてから、その衛兵たちの前に進んだ。
衛兵たちが直立不動の姿勢をとる。
「王妃がここにいるのか?」
訊ねた。
衛兵たちがいるのは、ルードルフはこれから入ろうとしていた部屋だった。中にいるのは、最近、タリオ公国から贈り物としてやって来た高級娼婦であり、このところ気に入って、続けて抱いている愛奴のひとりだ。
今夜はここに渡るということも告げていた。
だが、王妃の衛兵がいるということは、まさか、ここに王妃が乗り込んできたということか?
嫌な予感しかしない……。
もう十年も王妃とは身体を合わせたことはないし、男女の営みをしてくれるつもりで来たのではないと思う。
そうであれば、まあ、嬉しいかもしれないが……。
それよりも、面倒な話を持ってきたに決まっている。
ルードルフは、なによりも面倒が嫌いだったので、このまま戻ろうかと考え出した。
「はっ、王妃殿下は室内でお待ちです。サキ様というご友人とおふたりで待っておられます。……様と一緒に……」
衛兵が直立不動のまま答えた。
告げたのは、王妃とサキという女が中にいるということと、もともとルードルフが抱くつもりだった寵姫の名だ。
つまりは、三人の女がいるということか……。
それにしても、サキだと? 誰だ?
「サキと申したか?」
「はっ」
聞いたことのない名だ。
王妃の友人?
「何者だ、そのサキとは?」
「私には王妃殿下のご友人としかわかりません」
衛兵の言葉に首を傾げるしかなかった。
ルードルフはその衛兵の顔に、すっと顔を近づけた。耳元でささやく。
「美女か?」
美女なら入ろうと思った。
醜女なら
「えっ? あっ、失礼しました……。た、大変な美貌の女性です……」
衛兵が小さな声で応じた。
ルードルフはにんまりとしてしまった。
だったら、入るか。
珍しいことだが、王妃が新しい女を連れて来てくれたという可能性もある。すっかりと奴隷宮を片付けてしまって、そんなことはなくなったが、以前は自分が集めていた奴隷女を折檻の一環として、ルードルフに抱かせにくるということもあったのだ。
国王に抱かれるのが、折檻というのは多少は鼻白むところはあるが、王妃の集める女奴隷は、実に品がよく、しっかりと調教もしてあり、女として美味だった。
だから、ひそかな愉しみでもあったが、あるいは、それだろうか……。
とにかく、入ることにした。
「わかった。開けよ」
ルードルフが命じると、衛兵が扉を叩いて、王の訪問を告げる。
そして、扉が開かれた。
中は薄暗かった。
奥に寝台がある。
薄っすらとしている寝台に、女が両手両足を拡げて仰向けになっているのが視界に入った。
「ルードルフ、来たかい」
その寝台の横にある椅子に脚を組んで座っているのはアネルザだ。
険しい顔でルードルフを睨んでいる。
寝台の反対側で同じように椅子に座っているのが、サキという女だろう。
なるほど、大変な美女だ。
高貴の雰囲気のある、非常に気の強そうな女だ。
しかし、驚くのは寝台の上だ。
そこにいるのはルードルフが抱く予定だった寵姫だ。
しかし、目隠しをされて、耳にも覆いのようなものをされている。口には猿ぐつわだ。そして、敷布が身体に被せられているが、そこからはみ出している両手首を両足首には、革紐が結ばれて、寝台の四隅に括りつけられている。
しかも、うんうんと苦しそうに悶えている。
これは……。
「全員、下がれ。余と王妃たちだけでよい」
ルードルフの指示で衛兵も護衛兵も退出していく。
扉が閉じられると、自動的に部屋に結界がかかるのがわかった。ルードルフはちょっと驚いた。
この宮廷内は魔道雄封じの結界が張り巡らされてあり、許可なく不用意に魔道を遣うと、たちまちに警告が鳴り響くし、そもそも、魔道そのものが発動しないようになっている。
しかし、いま確かに魔道結界がかかった。
危険なものではないというのはわかり、おそらく、防音の結界だと思う。
アネルザは、辛うじて魔力があるだけで、魔道は遣えないはずであり、防音の結界を張ったとすれば、そのサキだろう……。
だが、このサキは宮廷魔導師隊の施す魔道封じの結界を上回るほどの魔道を遣えるのか?
「アネルザ、どうして……?」
とにかく、ここにアネルザがいる理由を確かめようと思った。
「そこに座りな、ルードルフ……。お前に訊きたいことがある……。面倒な話は抜きだ。アンのことだよ。どこまで知っていた? そして、いつ頃から知っていて、知らないふりをしていたんだい?」
アネルザが脚を組んで座ったまま静かに言った。
しかし、座れと言われても、椅子ひとつ準備されているわけじゃない。
床に座れということか?
とにかく、ぞっとした。
これは大変に激怒している。
しかも、アンのことだと?
つまりは、キシダインのことか……。
もしかして、ついに、キシダインがアンをどういう扱いをしているかを耳にしたのか?
いや、それはないだろう。
キシダインはなかなか尻尾は掴ませない。
だから、ルードルフとしても処置することができないのだ。
ルードルフが手に入れられない情報にアネルザが到達するわけもない。
「ア、アンがどうしたのだ?」
とりあえず言った。
すると、アネルザが立ちあがって、こっちにすたすたと歩いてきた。
「アネルザ?」
目の前にやって来たアネルザに、ルードルフは面食らって声を出した。
しかし、次の瞬間、火の出るような平手が頬に炸裂した。
「んひいっ」
ルードルフはひっくり返りそうになった。
だが、辛うじて脚を踏ん張ってそれに耐えた。
「お前には訊きたいことがあるし、話もある。だが、それは久しぶりに調教をしてからだ。どうせ、十年経っても、気持ちの悪い性癖は直ってないんだろう。しかも、わたしが相手をしないから、躾けてくれる女もいなかったはずさ。ほら、いつまで服を着てんだい。ここで脱ぎな。それとも、十年経てば躾を忘れたかい、この駄犬が──」
反対側の頬をまた平手打ちされた。
「んぐうっ、お、お許しを……」
自然に哀願の言葉が口から迸った。
同時に、これ以上ないくらいに股間が固く勃起するのがわかった。
痛めつけられたり、苛められたりすればするほど興奮するのが、ルードルフの隠れた性癖だ。
しかし、確かに、国王ともなれば、そんな性癖を満足させてくれる女などいない。
従順で王に従うように躾けられている女ばかりだ。
試しに、ルードルフを責めさせても、決して満足させてくれるような責めはしてくれない。
いままでに、ルードルフの性癖を心の底から満足させてくれたのは、このアネルザだけだ。
だから、ルードルフは、いつまで経ってもアネルザに頭があがらないのだ。
夫婦仲が冷え切り、すっかりとその相手もしてくれなくなっても……。
だが、これは……。
もしかして、アネルザが今夜は相手をしてくれるのか……?
なんという僥倖──。
「もう股間を勃起させたのかい、変態が──。さっさと全裸になるんだよ。今夜は徹底的に躾直すからね。そのためにサキに来てもらったんだ。寝台の上に穴は準備している。しっかりと躾直ったら、入れさせてやる。このど変態──」
また平手──。
もう我慢ならない──。
「脱ぐ、脱ぎます、女王様」
甘えるような声が口から出る。
これだ。
これなのだ。
これこそ、ルードルフが求めていたものだ。
ルードルフは急いで服を脱ぎ捨てていく。
そのあいだも、容赦のない平手がどんどんと飛んでくる。
ルードルフの股間はどんどんと堅くなる。
「アネルザ、面白い人間族の男だな。代わろう……。それと、国王とやら……。お前が遅いので、この雌はすっかりとできあがっておるぞ。可哀想に……」
サキと紹介された女が立ちあがって、さっと寝台の寵姫から敷布を取り去った。
やっぱりだ。
寝台の上で手足を拡げて拘束されている寵姫は全裸だった。
しかも、股間に黒々とした淫具が挿さっている。
そして、これも魔道だと思うが、その淫具は激しく蠕動運動をしており、まるで小便でも洩らしたのかと思うくらいの愛液が股間から溢れていた。
かなりの長い時間、こうやって責め抜かれてきたということがわかる。
また、おそらくそれだけじゃないだろう。
全身が異常なくらいに上気して汗びっしょりだ。
媚薬のたぐいも使われているのかもしれない。
いまでも、激しく悶えまくっている。
「さて、とにかく、アネルザには、お前を懲罰代わりに苛め抜いてくれと頼まれておる。ちょっとばかり、聞き分けがよくなるようにな。とにかく、お前には、明日の王軍大演習とやらまで、ここで、わしの調教を受けてもらうぞ。ぎりぎりまで、一歩も出さんからそう思え」
サキが無造作に女から淫具を抜いた。
猿ぐつわの下から寵姫が感極まった声をあげたのが聞こえた。
そして、サキが淫らな運動を続ける黒い男根型の淫具を持ってこっちに来る。
その頃には、やっとルードルフは全裸になり終わっていた。
アネルザにその場に正座をさせられる。
「尻を出せ、国王──。お前の尻がこのくらいのものを受け入れられるのはアネルザから聞いておる。いいというまで、尻の穴にこれを仕舞っておけ」
サキがルードルフの目の前に淫具を見せた。
これを挿すのか? 尻に?
かなり太いな……。
恐怖が走る。しかし、興奮もする。
ますます、股間が堅くなる。
駄目だ……。
想像するだけで射精しそうだ。
「ははは、サキ、そんなことをしたら、こいつはあっという間に精を放つよ。筋金入りの変態なんだ」
アネルザが大笑いした。
これだ、これ……。
この蔑むような笑い……。
これこそ、ルードルフが望んでいたものだ。
「心配ない……。国王、お前が粗相をせんように、贈り物をしてやる」
サキが勃起しているルードルフの股間に手を伸ばしたかと思った。
「んぐううっ、おごおおおっ」
ルードルフは正座のまま雄叫びをあげてしまった。
股間の根元に細い革紐のようなものが食い込んだのだ。
しっかりと締めつけて、ルードルフに激痛を与える。
「これで勝手には射精もできん。さて、手を後ろにせい、国王。そして、尻を大きくあげろ。聞き分けがよければ、この淫具に潤滑油を塗ってやる。さもなくば、強引に突っ込む。わしはどっちでもいいがな」
サキもまた蔑むように大笑いした。
この方も女王様だ。
このサキもまた、女王様だった──。ふたりの女王様……。
ルードルフは興奮した。
「お、お許しを……」
ルードルフは両手を背中に回して頭を床に着けた。すぐに、高く尻をあげるようにする。
「おお、なかなかよいぞ、国王──。では、ご褒美に潤滑油を塗ってやろう。
ぼとりと革枷が床に落ちた。
まるで宙から落ちてきたように思ったが、もしかして収納術という魔道か?
やはり、かなりの高位魔道遣い?
ちょっと思ったが、思念はそこまでだ。
頭の上にアネルザの靴が乗って、しっかりと体重をかけられる。
「ほらほら、しっかりと床に顔をめり込ませな、変態。そして、もっと尻をあげるんだよ」
「汚い尻だのう。ほら、痒み剤は塗り終わったぞ」
一方で、尻の穴にさっきの張形が挿入してきた。
「おおおおっ」
ルードルフは歓喜の声をあげてしまった。
(第31話『羞恥遊びと最後の詰め』終わり、第32話『別れの性愛』に続く)