【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
185 襲撃開始~襲いかかる巨石
「正直に言えば、替え玉を使うことも検討したんですけどね。だけど、やっぱり、上手の手から水がこぼれるということもある。キシダインを完全に嵌めるには、実際に姫様に登場を願うしかなかったんですよ。お許しください」
一郎はできるだけ、気楽に聞こえるように言った。
王都郊外の演習場に向かう馬車の中だ。
四人乗りの小さな馬車であり、八人乗りの大きな本来のイザベラの馬車とは別のものだ。
そこに、一郎とイザベラ、そして、シャーラとスクルズという四人で乗っている。馭者を務めているのは、王兵に扮しているエリカだ。
本来のイザベラの馬車ではなく、四人乗りの小さな馬車にイザベラに乗車してもらったのは、キシダインの私兵を率いるベーナムの落とす岩がイザベラの馬車を直撃する可能性があるからだ。
崖の上から落下させる岩など、どこに落ちるかわからないが、モルドに扮してキシダイン邸に入り込んでいるコゼからの情報によれば、ベーナムはイザベラ襲撃にあたり、その前後を遮断して警護の兵を孤立させるだけでなく、落石そのもので馬車を潰そうとしているらしい。
まあ、落石の罠は予想していたので、むしろ、コゼにはその通りに実行させるように促した。予期している策の方が防ぎやすい。
とにかく、考えていた手筈通りに、一郎は大きな八人乗りの馬車にイザベラが乗っていると見せかけて、それに続く四人乗りにイザベラを移動させているところである。
狭い間道だが、八人乗りの馬車は無理でも、四人乗りであれば、ぎりぎり二列になれる。
イザベラとともに乗車している馬車は、二列になっている馬車の谷側だ。
ベーナムが落下させる岩は山側から来るのだから、最悪、真っ直ぐにこっちに向かっても、内側の馬車に阻まれて、この馬車が残れる可能性が高くなる。
また、隣で移動している馬車や八人乗りの馬車も、馭者の人形を乗せただけの無人だ。それを魔道で馬を操って動かしている。
さらに、隊列の前後を進む冒険者たちについても、異変があれば逃げるように申し渡させた。
実のところ、冒険者で編成したイザベラ私設騎士団だが、キシダインの手の者がかなり混じっていることは認識している。
残念ながら、それを炙り出す猶予はなく、今回は作戦から排除するしかなかった。いくら、戦力が欲しいといっても、後ろから裏切る可能性のある連中とともに、大事な策は戦えない。
一郎は、味方を絶対に信頼できる一郎の女たちだけで固めることにした。
「わかっておる、ロウ。そなたが、わたしのために練ってくれた策だ。わたしは、皆に命を預ける……。それに、皆が命を懸けているのに、わたしだけ安全な場所に引っ込んでいたとあっては、ロウの女のひとりとして、これから肩身が狭くなるではないか。わたしは、むしろ、わたしを正面に使ってくれたことに感謝しておる」
一郎の隣に腰かけているイザベラが軽口を言った。
その言葉が決して大言壮語でないことは、一郎はイザベラの感情を読むことでわかっている。
これから山賊に扮した五百人ものキシダインの私兵の襲撃を受ける。
そして、キシダインはその襲撃に失敗する──。
キシダインとしては、警護兵を含めて十数名のイザベラ一行など、最終的には皆殺しにするつもりのはずだ。
さもないと、生き残った者の証言で、襲ったのが決して山賊のようなものではないと発覚するかもしれないからだ。
だから、ベーナムという獣人の隊長に、ありったけの私兵の五百を指揮させて襲撃を企てているのだ。
しかし、残念ながらキシダインの企ては成功しない……。
全滅に近い損害を受けるのは、ベーナム隊の方だ。
そうなれば、キシダインとしては、今度こそ言い逃れは不可能だ。
なにしろ、イザベラを襲った兵のことごとくが、キシダインの私兵であることは、捕らえた兵の証言でもいいし、遺棄した死兵の面通しでも証明できる。
それが一郎の策だった……。
思い切った手だが、のらりくらりとイザベラ暗殺未遂の嫌疑をかわしてきたキシダインから、誰もが納得するような証拠を得るには、これだけの大きな襲撃をさせた方がいいはずだった。
だが、一郎としても、まさか、キシダインが私兵の総員を襲撃に参加させるとは思わなかった。
落石の罠は予期していたのだが、襲撃の人数は予想よりも多かった。昨日の今日だから、そんなに動員できるとは考えなかった。
まあ、さすがは、ハロルド公というところだろう。
キシダインが五百もの兵で襲撃するという情報を寄せたコゼからの驚いた声はよく覚えている。
しかし、もう賽は振られたのだ。
こうなったら、一郎の女たちを信じるしかない。
彼女たちであれば、キシダインの私兵など、五百どころか、その倍いても蹴散らしてしまうだろう。
もっとも、本音を言えば、この命懸けの賭けのような状況を作り出して、自分の女たちを危機に陥らせていることについては、忸怩たる思いであることは確かだ。
なによりも、戦うのは女たちであり、一郎自身が戦闘にはほとんど役に立たないからだ。
一郎にできることと言えば、せめて、危険な正面に自分の身体を晒すことしかない。
「エリカさん、敵の罠の場所に到達して、落石が始まったら、馬車を停止させてくださいね。動いている馬車に防護の結界を張るのは難しいのです。でも、停止さえしてくれれば、岩石程度の落石の直撃に耐える結界を張れます」
スクルズがどことなく呑気に聞こえる声で言った。
このイザベラの馬車に、いまは王都一と称されている第三神殿の神官長代理のスクルズが同乗していることは、ベーナムたちはわかっていないだろう。
スクルズについては、もちろん最初は襲撃を防ぐ戦力として期待したが、信仰上の戒律で直接戦闘の参加には支障があると耳にして、この要員から外そうとも考えた。
だが、計画全般のことを知り、問題ないと進んで馬車に乗り込んできた。
一郎は迷ったが、少し前に酔って第二神殿で大暴れした罪滅ぼしとスクルズが笑って言ったので許した。
いずれにしても、スクルズの魔道術があれば、かなりの戦力になることは確かなのだ。
「わかってるわ、スクルズ……。ところで、ロウ様、戦闘が始まったら、絶対にわたしから離れないでくださいね。お願いですから」
エリカが馭者台から声をあげた。
一郎は苦笑した。
キシダインの襲撃に際して、イザベラ自身が囮になることについては、なんの不満も主張しなかったエリカだが、一郎がイザベラとともに襲撃をされる馬車に乗るという主張には、エリカはあまりいい顔しなかった。
結局のところ、一郎が押し切ったが、エリカは、だったら、それを認める代わりに、馭者役は自分がすると強い口調で言った。
エリカとしては、作戦の必要性や内容などどうでもよく、とにかく、一郎の身を案じてくれているようだった。
まあ、エリカらしいというところだろう。
無論、エリカのようなエルフ族の美戦士が、それだけ一郎を本気で心配してくれるのは嬉しい。
「さて、そろそろかな……」
一郎は窓の外の景色に目をやって言った。
ベーナムの襲撃ポイントが迫っている。
全員の顔が引き締まった。
そして一郎は、向かいの席で緊張した様子のシャーラに視線を向けた。
エリカを含めた四人の女の中で、もっとも緊張しているのがシャーラであることは確かだったからだ。
これまで孤軍奮闘でキシダインの刺客からイザベラを護り続けたシャーラ……。
だが、今日については、キシダインの刺客を避けるのではなく、あえて受け止めるのだ。
しかも、五百人もの手勢──。
イザベラを護ることこそ、自分の生きる価値と思い込んでいるシャーラにとっては、緊張するなというのが無理なのかもしれない。
「シャーラ……」
一郎は手を伸ばして、シャーラの片側の乳房をぎゅっと揉んだ。
「ひっ──。な、なんですか、ロウ様」
シャーラが耳まで真っ赤にして、抗議の声をあげた。
「もっと気楽にいけよ、シャーラ……。この中で一番弱い俺が大舟に乗った気持ちでいるんだ。俺の百倍も強いお前がそんなに緊張してどうする」
一郎は笑った。
シャーラは、当惑した様子だったが、すぐに大きく息を吐き、照れたように微笑んだ。
一郎は、シャーラの心から、張りつめていたものがすっと消えていくのを感じた。
「お、恐れ入ります……。少し楽になりました……」
シャーラが笑った。
一郎は、さらに手をシャーラのズボンの股間に移動させる仕草をした。
「……もっとリラックスできるように、ここも揉んでやろうか?」
一郎は言った。
すると、シャーラは顔を真っ赤にした。
「や、やめてください。戦えなくなってしまいます」
シャーラが慌てたように言った。
一郎だけでなく、スクルズとイザベラも声を出して笑った。
「来ます──」
そのとき、エリカの吠えるような声が馭者台からして、馬車が急制動で停止する。
そして、次の瞬間、地が割れるような轟音が上から轟き始めた。
スクルズが真剣な顔になり、すかさず両手を天井に伸ばす仕草をした。
*
丘陵の頂上には、臨時に設置された天幕が敷き詰められており、その向こう側には、謁見台になっている式典台が階段状に設置されていた。
王軍大演習といえば、矢弾と魔道の光線の飛び交う派手な模擬戦だ。演習というよりは、戦場を再現した戦闘劇のようなものであり、王侯貴族ばかりでなく、多数の市民も集まる大演習祭である。
開始は午後からであるというのに、すでに一般市民のために開放されている丘陵の一角はかなりの人手でごった返していた。
遠目だが、臨時の屋台などが並んでいるのがわかり、本当にお祭り騒ぎだ。
「ハロルド公、キシダイン公爵閣下、ご到着──」
護衛の騎馬とともに侵入したキシダインの乗車する馬車が定められた場所に停止すると、慌てたような触れ係が大声でキシダインの名を叫ぶのが聞こえた。
それとともに、大きなラッパの音が鳴り響く。
キシダインは、出迎えのために急いで集まって来た貴族たちに手をあげて挨拶をしながら、キシダインのために設置されている専用の幕舎に向かう。
さすがに、まだ刻限が早いので、集まって来た貴族たちも若い者ばかりだ。
本来であれば、公爵であり、王位継承権を持つほどのキシダインが到着するのは、もっと陽が中天に近くなってからだ。
この辺りの上級貴族用の幕舎群の並ぶ地域は、人もまばらだった。
実のところ、こんなにも早い時間にも関わらずにキシダインが、ここにやって来たのは理由がある。
ここから少しの距離があるダドリー峡谷という場所で予定しているイザベラ王女襲撃について、万が一にもキシダインの関与を疑われないためだ。
今日、キシダインと王太子を争っていた第三王女のイザベラは、この郊外の演習場に向かう途中で山賊の襲撃を受けて死ぬ──。
襲撃するのは、山賊に扮するキシダインの私兵隊長のベーナムたちだが、ベーナムのする仕事に間違いがあるわけがない。
しかも、ベーナムは絶対に信用のできる部下のほか、本当の山賊を使って襲撃の準備を整えた。
その人数は五百──。
王女が警戒している気配はなく、キシダインは襲撃そのものの成功は疑っていない。
考えているのは、事の後、いかにして、キシダインの関与を隠し通すかだけだ。
いずれにせよ、この王都から演習場に向かう経路には大きく三経路があり、ダドリー峡谷という谷地沿いの隘路を使う経路は、もっとも遠回りになる経路になる。
イザベラ王女をはじめとする主立つ王族の一行が進む経路などは警護上の秘密だが、キシダインの執事のモルドが、イザベラ王女が進んでくる道と刻限の正確な情報を掴んできた。
それによれば、イザベラは、意表をついて、狭くて遠回りになるダドリー峡谷経由の道をかなり早い時間にやって来る計画のようだ。
まあ、イザベラの警護責任者のシャーラからすれば、キシダインが、常にイザベラの命を狙っているのはわかっているだろうから、意表をついた時間や経路を選んだのだろうが、むしろ、それはキシダインにとって好都合だ。
この時間で、しかも、遠回りのダドリー峡谷回りであれば、通行はまばらだ。
つまり、襲撃を邪魔をするほかの貴族はいないということなのだ。
シャーラも、襲撃を考えている者がいる場合に備えて、その裏をかいて経路と時間を選択したのだろうが、所詮は小娘の考える浅はかな知恵にすぎない。
わざわざ、狙ってくれと言わんばかりの危険な隘路を経路として使うというのは、策士、策に溺れるというものだろう。
実際のところ、ダドリー峡谷で襲撃の準備をしているベーナムからは、すでに馬車の中で、「獲物」が隘路に侵入したという報せを魔道通信で受けていた。
馬車がここに到着する直前だったので、その襲撃の結果の報告はまだだが、イザベラ一行は三台の馬車と十数騎の騎馬の警護だけだそうだ。
キシダインは、必ず皆殺しにしろという指示をベーナムに伝えていた。
襲撃結果の報告は、キシダインにあてがわれる専用幕舎の中で受けることになるだろう。
キシダインはその幕舎に向かっている。
「おう、キシダインか──。こんなに早い時間に珍しいな。ちょうどよい。退屈していたところじゃ。わたしの幕舎に来るがよい。茶でも振る舞おう」
そのとき、不意に声をかけられた。
驚いたことに、声をかけて来たのは、正王妃のアネルザだ。
キシダインがこの刻限に到着したのさえ珍しいことなのに、王妃のアネルザがすでに到着しているなど、あり得ることではない。
キシダインは呆然としてしまった。
「こ、これは、王妃殿下……。な、なぜ、こんなに早く……?」
やっと口を開いたが、それは言葉の途中で遮られた。
そして、はっとした。
今回の襲撃に際して、キシダインがここまで思い切った手を打つことを決めたのは、アネルザが溺愛しているアンをキシダインが粗暴に扱っている噂がアネルザに入ったと聞いたからだ。
急いで言い訳をしようと思ったが、思いの外、アネルザは上機嫌にも見えた。
キシダインは咄嗟に口をつぐんだ。
「そなたこそ、十分に早いであろうが。いいから、ついて来い。話があるのだ」
アネルザが言った。
そして、ふと気がつくと、十数人の王兵にアネルザとキシダインは取り囲まれた状況になっていた。囲んだのは、アネルザが連れて来ていた護衛兵のようだが、キシダインの連れていた部下は、その囲みの外側に追い払われるかたちになっている。
キシダインはびっくりした。
「いいから、幕舎に来よ、キシダイン」
アネルザが半ば強引に、屋根のある幕舎にキシダインを連れ込んだ。
だが、入ることを許されたのはキシダインだけであり、キシダインのほかの部下と護衛は、巧みに外に締め出されてしまった。
また、幕舎の中にはほとんどなにも置いてはおらず、ただ中央に一個の椅子があるだけだ。
椅子の前には机すらない。
しかも、幕舎の中には、あらかじめ入っていたらしい三十人ほどの武装した王兵が周りを囲んでいた。
「こ、これはどういうことです、王妃殿下?」
さすがに、キシダインは不快さを露わにして声をあげた。
王妃といえども、公爵であるキシダインを随行の者と引き離して、大勢の王兵が囲んでいる場所に連れ込むなど、無礼にもほどがある。
これでは、まるでキシダインが捕縛され、監禁でもされたような感じではないか。
「座るがよい」
しかし、アネルザは、それだけを言った。
キシダインは、さらに不満をぶつけようと思ったが、アネルザの顔を見て言葉を失ってしまった。
アネルザは、これまでにキシダインが接したことのないような恐ろしい形相をしていたのだ。
「いいから座れ、キシダイン。それとも、兵に無理矢理に座らせられたいのか?」
アネルザの物言いには、はっきりとしたキシダインに対する憎しみのようなものを感じた。
キシダインはぞっとした。
とにかく、アネルザが怒るとすれば、おそらくアンのことだと思った。
キシダインが長年にわたってアンを虐げてきたという事実が、国王のルードルフやアネルザの耳に入ったというのは、昨日モルドに教えられたばかりだ。
「ア、アネルザ殿下、なにを怒っておられるのか皆目見当もつきませんが、私は殿下を怒らせるようなことはなにもしておりませんぞ。もしかして、この私を陥れる偽りの中傷のたぐいを耳をしたのかもしれませんが、それは、根も葉もない出鱈目であり……」
キシダインは、わざと笑顔を作って、ちょっと大袈裟に肩を竦めた。
そして、媚びを売るような仕草で、アネルザとの距離を詰めた。
だが、その瞬間に一斉に幕舎にいる兵が剣を抜いた。
「ひっ」
キシダインはびっくりして、その場に尻もちをついてしまった。
すると、アネルザが声をあげて笑った。
「なにも地面に座ることはあるまい、キシダイン。せっかくの椅子だ。それに座れ……。それから、迂闊に動くな。兵が驚くであろう。ここにいる兵は、全員がわたしの身の回りを護るために日頃からわたしに仕えるものじゃ。ハロルド公であろうとも、容赦はせんと思うぞ……。とにかく、しばらく、椅子に座っておればいい。それだけだ。命を奪おうというわけではない……。まだ、な……」
アネルザがキシダインを立ったまま見下ろして言った。
「ま、まだ……?」
キシダインは、思わず、その不吉な言葉を繰り返した。
「そうだ。まだ、なにもせん──。“まだ”な──。魔道通信などで、どこかに連絡や指示をされても困るから、ここで大人しくしてもらうだけじゃ……。だが、そのうち、なにかの報せが届くかもしれん。そのときには、あるいは扱いが変わるかもしれんがな」
アネルザが言った。
そのとき、外からひとりの女が新たに入ってきた。
驚いたことに、第二神殿の筆頭巫女のベルズだ。
「王妃殿下、この幕舎全体を魔道で塞いだぞ。もう、この男は外に出られん。それから、この男になんらかの魔道通信が来れば、自動的に目の前で開くように処置もした。ついでに、会場全体にも、魔道の風でその通信を流す。ここにいる全員が聞くことになるだろう」
「ご苦労、ベルズ」
アネルザが言った。
そして、キシダインを睨む。
「……というわけだ、キシダイン。どんな魔道通信がお前にやって来るのか愉しみだな」
アネルザがにやりと笑った。
キシダインは背に冷たいものを感じた。