【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
196 ある日の午後
「スクルズ様、ベルズ様はもう少ししたら、顔を出すということでした。ウルズ様がもう少しでお寝つきになりそうなのです。わたくしめが交代すると申し出ましたが、必要ないと申されまして……。その代わり、挨拶をすぐにしない無礼をミランダ様に謝って欲しいと言っておられました」
出現したブラニーがミランダの前のお茶を温かいものに交換しながら言った。ブラニーの外見は、人間族の十歳程度の童女であり、ロウたちが暮らしている幽霊屋敷と称される城郭外の屋敷に住みついているシルキーによく似ている。このブラニーは、この小屋敷と呼んでいるスクルズ保有の屋敷に住みついている屋敷妖精なのだ。
もともとは、ロウたちと一緒に赴いたミラン城郭の近くの廃神殿に住みついていた屋敷妖精だが、縁があり、スクルズがこの王都で購入した屋敷に移動してきて住みつくことになった。
屋敷妖精は、高位魔道遣いにだけに仕え、屋敷の全般を強力な魔道で管理してくれる便利な存在なのだが、王族でも手に入れることのできない非常に稀有な存在だ。
その屋敷妖精がスクルズの眷属ということなのだ。
もっとも、スクルズの眷属とはいっても、本当はロウの眷属だとスクルズは思っている。実際、このブラニーは、スクルズに眷属として仕えているが、ロウに対してもしもべだと口にしている。
シルキーのような男女の性関係はないが、このブラニーにも、ロウは一度口によってではあるが、精を体内に注いでいる。それで、ロウの淫魔術による支配がブラニーにも刻まれてしまったようなのだ。
ただ、同じ相手には、ふたりの屋敷妖精は重複して仕えることはできないという屋敷妖精の掟があるらしく、それで、この屋敷はロウではなく、スクルズの名義ということにして、実質的にはロウの王都内の拠点でもあるこの屋敷に住んでもらうことにしたという経緯である。
「なにをいまさら他人行儀な……。わかっているわよ。ちょっとあたしの来るのが早すぎたのよ。ロウの屋敷に集まる刻限には、まだ随分とあるし、ゆっくりでいいわよ。どうせ、出発するのは、ウルズの昼寝が終わって、さらに夕方になってからなんだし」
ミランダがゆったりと椅子に腰かけたまま言った。
伝説のシーラ・ランクの元冒険者であり、怪力無双で知られる武芸を持つミランダだが、見た目はブラニー同様の人間族の童女だ。
童女姿のブラニーに世話をされる童女の外観のミランダに、スクルズはちょっと可笑しみを感じてしまった。
「なあに?」
ミランダがスクルズを見た。
スクルズは微笑んだまま、首を軽く横に振る。
「なんでもありませんわ、ミランダ……。それにしても、随分とおめかしされていますね? お似合いですわ。それにこんなにお早く訪れるなど、やはり、ひと足早く、ロウ様のところに向かってはどうなのですか? わたしたちは、夕方になってしまいますが、別にミランダまでそれに倣うことはありません。どうぞ、行ってください」
スクルズはくすくすと笑った。
冒険者ギルドの副ギルド長であり、実質的にはギルド長である多忙のミランダが、まだ午後になったばかりだというのに、この王都内のブラニーが管理する屋敷にやって来たのは、今日はロウの愛奴の女たちが、幽霊屋敷に招待をされて、全員集合するからだ。
キシダインとの抗争も終わり、全員で慰労会をしたいとロウが発言をして、それで今日の夕方に全員が幽霊屋敷に行くことになったのだ。
それに合わせて、今日はミランダも休暇を取ったようだが、スクルズとベルズも、午後を休暇にしてこの屋敷で過ごしていた。
また、ここに集まってくるのは、このブラニーの屋敷には城郭外の幽霊屋敷とを繋ぐ「移動ポッド」が設置されているからだ。
なにしろ、ロウが屋敷妖精のシルキーと三人娘と暮らしている屋敷は、王都の城門を出た郊外にある。王都の街並みからは完全に離れたひっそりとした河川沿いの林の中であり、馬車でも一ノスはかかる。
だが、スクルズは、ロウの屋敷とこの私室を瞬時に移動できる魔道の設備を壁の一角に備えつけていて、ここからなら、その魔道設備で瞬時にあの屋敷に移動できる。
これが「移動ポッド」であり、かなりの高位魔道による維持管理が必要であるが、ロウの性奴隷になることで急上昇をしたスクルズの魔道力により、スクルズにも施せるようになった。
これがあれば、魔道力がなくても、移動術を駆使でき、いつでも、好きなように行き来できる。
それでいて、ロウの仲間でない者には、ただの壁の模様であり、そこに触れても『跳躍術』は発動しないようにもしている。
スクルズの工夫であり、いずれにしても、この「移動ポッド」が、ここには『幽霊屋敷』のほかにも、『第二神殿』『第三神殿』、さらに宮殿内の『小離宮』『王妃宮』と繋げられているので、ロウやロウの愛奴たちは、どこかに秘密裏に向かいたいときには、まずはここを経由して向かうことが専らだ。
今日も、マアなども、ここに来て、ロウのところに向かうはずだ。
それはいいのだが、夕方の集合に対して、ミランダは随分と早くここにやって来た。なにしろ、まだ昼過ぎだ。
しかも、随分とおめかしをしてやって来たように見えるので、ミランダもそれなりに張り切っているのが丸わかりだ。
「冗談じゃないわよ。おめかしなんてしないわよ。ふ、普通よ。普通。ただ、あいつに会いに行くんだから、贈り物の服を着ていかないと悪いと思っただけよ。それに、わたしだって、ここでランとも待ち合わせているんだから、夕方に一緒に行くわよ。ただ、あたしはギルドに住みついているから、せっかくの休暇なのに部屋にいるんじゃあ、いつもと一緒だから、どこかに出て行けって、マリーに追い出されたのよ」
ミランダは真っ赤な顔になった。
そして、飲みかけのお茶をテーブルに戻す。
そのとき、手元が震えてがちゃんと大きな音を立てた。ミランダの内心の動揺が透けて見えるようで面白い。
なんだかんだで、やっぱりミランダも、愉しみにしているようだ。
だから、ついつい、早くギルドを出て、ここに来てしまったのだろう。
そう思うと、スクルズは口許に笑みがこぼれてしまった。
また、ランもマリーも、冒険者ギルドで働くギルドの事務員だ。
ただ、マリーは違うが、ランはロウの愛奴のひとりでもある。
ランは、以前、エリカも陥れた操り師に騙され、記憶を抜かれて闇奴隷として娼館に売られてしまった若い娘であり、それにかかわる捜査の中でミランダが保護して、ギルドの使用人として雇ったものだ。
だが、詳細は知らないものの、あのマアの調査で、その操り師をそもそも雇った分限者を特定したらしい。それで手を回して、ランが奴隷解放されるだけの金子を取りあげたらしく、最近になって奴隷解放されている。
それはともかく、そもそも操り術で記憶を抜かれたランを回復させるために、ロウの淫魔術が必要になったということになり、ロウが抱いて性奴隷の刻みをしたようだ。
それで、すっかりと懐いてしまったとらしい。
また、ロウに支配されれば、その女の能力が跳ねあがるという、特殊な効果により、ランはギルドの職員として必要な事務仕事に関する能力を大向上したらしく、いまでは、なくてはならないギルド管理の戦力のひとりのようだ。
そのランは、夕方になって来るらしく、さっきもミランダは、ランを待ってから向かうのだと言い張っていた。
「それは必要はありませんよ、ミランダ。ランも時々はここに来るし、勝手は知ってます。ブラニーもいますから、ミランダが先に向かっても問題ないでしょう。まだ、ロウ様のところには、誰も集まっていないはずです。いつもの三人だけですから、先にロウ様に愛されてもらってはいかがですか?」
スクルズは言った。
すると、ミランダの顔がますます真っ赤になった。
「そ、そんなことしたら、張り切っているみたいじゃないのよ。みんなと一緒でいいのよ。それに、今夜は、例の剃毛の日なんでしょう──。そんな日に早々と向かったら、なにをされるか──。今日だけは絶対に早くは行かないわ──」
ミランダが声をあげた。
スクルズはまたくすりと笑ってしまった。
そうなのだ。
ロウは、キシダインとの闘争に打ち勝った自分へのご褒美だと宣言して、支配している女全員の陰毛を剃らせて欲しいと言っている。
それが今日ということになっていた。
すでに、早々と剃られてしまったアネルザやイザベラの侍女団のような者たちもいるが、大部分は今日の集まりでということになっていた。
ただ、三人娘のうち、まだ剃毛の終っていないコゼとシャングリアは、夕方前までに終わらせるとも言っていたので、もしかしたら、今頃剃毛の儀式が始まっているのかもしれない。
「そういえば、ミランダは剃毛を受け入れないことに決められたそうですね。ロウ様がお嘆きになっていましたよ。なんでも、あのダドリー峡谷の戦いの功績を盾に、ロウ様の要求を跳ねのけられたとか」
スクルズは、紅茶に手を伸ばして口にしながら言った。
それで気がついたがブラニーの姿がいつの間にか消滅している。
ブラニーは世話が必要なときには、瞬時に姿を出現させるくせに、必要のないときには、姿を消す場合が多い。
まあ、そのあいだも、スクルズたちの世話だけでなく、ウルズの世話をしているベルズを見守り、屋敷全体を警戒して、侵入者対策なども卒なくやっている。
おそらく、そのために、必要なとき以外には姿を消すのがやりやすいのではないのだろうかと思う。
「あ、当たり前よ──。とにかく、なんでも一個の要求を聞き入れる約束だからね。だいたい、なんて男なのよ。女の毛を剃るだなんて」
ミランダが思い出したように息巻いた。
あのキシダインの私兵と戦ったダドリー峡谷の戦いにおいて、その指揮官だったベーナムという獣人にとどめを刺した者には、ロウがなんでも言うことをきいてやると約束をしていて、結局、コゼとシャングリアとミランダが同時にとどめを刺したらしく、三人がその権利をもらったのだ。
その権利をミランダは、自分の陰毛を守るために行使したというわけだ。
「でも、コゼさんもロウ様を丸一日独占し、シャングリアさんも半日の独占をして、それはそれは、とても素敵な時間をお過ごしになったらしいですよ。ミランダもそれにお使いになったらいかがです? お股の毛は諦めて」
スクルズは笑った。
「冗談じゃないわよ──。ドワフ族の女があそこの毛を失うなど、あたしは、他のドワフ族のいい笑いものよ──」
ミランダが激昂して声をあげた。
よくはわからないが、ドワフ族は体毛に特別な価値観を持っているところがあるので、剃毛など非常識極まりないことなのかもしれない。
すると、ミランダがスクルズを睨んできた。
「あんたも、遠慮することないのよ──。言えないのなら、あたしが代わりに言うわよ──。馬鹿馬鹿しいロウの要求になんて、言いなりになることないんだから──。ランにも同じことを言ったわ。女の意思に反して、絶対に剃毛なんてさせないから、嫌なら正直に言って──」
ミランダが息巻いた。
だが、スクルズはそれを微笑みで返した。
「いえ、わたしは、剃って頂くつもりです。それに、剃毛の後には、ロウ様の所有物である証を付けて頂けるそうですよ。むしろ愉しみですわ」
スクルズが言うと、ミランダは溜め息をついた。
「あんたはそう言うと思ったわ……。とにかく、あたしの今日の使命は、あんたのような変人はともかく、剃毛などという非常識から、みんなをあの好色男から守ることよ─。」
ミランダがきっぱりと言った。
スクルズはにこにこと微笑んだ。
「でも、ミランダ、非常識が多数派になれば、それはすでに常識に変わります。常識も、ひとりしかいなければ、それこそ、非常識ですわ」
「剃毛を受け入れないのが少数派だっていうの──? そんなわけないでしょう──」
ミランダが声をあげた。
スクルズは、むきになるミランダがなんだか面白くて、ちょっと笑いたくなったが、とりあえず自重することにして、話題を変えることにした。
「……そうですか。ところで、その控えめなお化粧も、ミランダによく似合っていて可愛いですわ。ロウ殿もお喜びになるでしょう。でも、今日のご趣向は温泉だそうですわ。よければ、化粧落ちしない魔道を施しましょうか?」
「温泉? そうなの? なら、頼むわ」
ミランダが言った。
スクルズは魔道を刻む。
これで、折角のミランダのお洒落が台無しにならない。
「ありがとう」
「いえ……」
それからしばらく、他愛のない話をした。
一方で、なかなかベルズが来ないなあとも思ったが、ウルズが愚図っているということはないだろう。
この前も同じようなことがあり、様子を見に行ったら、一緒に添い寝をして寝ているベルズの姿を見つけたことがある。
実のところ、神殿長代理として多忙のスクルズよりも、圧倒的にベルズがウルズを世話をする時間が多い。
もっとも、スクルズが、時間があれば、ロウのところに向かってしまうせいでもあるとは、反省しているものの、とにかく、もうウルズはベルズには、かなり慣れている。
ベルズがあやして、愚図るということはほとんどないはずだ。
「それにしても、あんたも変わったわね。ロウに会ってから……。あっ、いい意味でよ」
すると、ふとミランダか言った。
「変わりましたか?」
スクルズは飲んでいたお茶を置き、小首を傾げた。
そのとき、すっとブラニーが現れた。
「温かいものに、お取り替えいたします」
ブラニーがテーブルのお茶をそれぞれに入れ換えだす。いつの間にか、空近くになっていたようだ。
「ところで、ベルズは?」
スクルズはブラニーに声をかけた。
「ウルズ様と一緒にお休みに……。お声をかけますか?」
「いいえ、必要ないわ」
スクルズは笑って首を横に振った。
やっぱり、一緒に寝てしまったようだ。
いつも、きちんとしているベルズが、ウルズとだけになると、なんとなく気を抜いた感じになり、うたた寝などをするのが愉快だ。
すると、ミランダがまた小さく笑ったのが聞こえた。
視線を向け直すと、ブラニーから入れ替えてもらったばかりのお茶を菓子と一緒に口にしている。
「やっぱり、変わったわ。風格があるというか……。芯があるというか……。前とは違う。なんだか達観したような……。まあ、ロウの影響なんでしょうけどね」
ミランダが言った。
「風格……ですか?」
「ええ。風格というか、心の底にどっしりとした芯のようなものがあって、誰に対しても朗らかで余裕のある雰囲気を自然に醸し出すようになった気がするわ。こう言ってはなんだけど、一年前は、ただ美しいだけの筆頭巫女でしかなかったという印象だったわ。それが、いつの間にか、代理だけど、この王国の歴史でもっとも若い神殿長として相応しい趣きを示すようになっている。とっても、不思議よ」
「そのことなんですが、ミランダ……。実のところ、本当にわたしの神殿長就任の話があるようなのです。もちろん、まだ本決まりではありませんが、ハロンドール国王陛下の推薦と、タリオ公国に影響力の高いマアさんが教皇庁への働きかけもやってくださっているようで……」
スクルズは少し複雑な思いで言った。正直、神殿長就任の話については、嬉しさよりも不安が大きい。
また、実のところ、国を支配している国王と、信仰を支配している神殿界の関係は複雑だ。
この世界で現在知られている国々の基礎は、現在では事実上、三公国に分かれているローム帝国であり、そのローム帝国が成立したときには、このハロンドール王国も魔道王国エルニアも、辺境と称される蛮地でしかなかった。
そのローム帝国と同様に古い歴史を持つのが、旧ローム帝国の帝都地区に存在するローム大神殿を中心とする神殿界なのだ。
いまは、人間族の土地が拡がるにつれて、神殿界もハロンドール王国などに拡がったが、ハロンドール王国内の神殿は、あくまでもいまはタリオ公国内に呑み込まれている旧ローム帝国帝都地域に存在する大神殿の権威の下にあり、当然に神殿長などの人事も大神殿内にある教皇庁が握っている。
その教皇庁の長が教皇だ。
とはいっても、当然ながら、各地域の神殿も、世事と無関係の存在ではない。
ハロンドール王国の王都である三神殿の神殿長の選定をハロンドール王の意思と関係なく、教皇庁で進めることは、事実上はできない。
以前から、ハロンドール王国の宮廷と王都神殿界が、教皇庁に対して急激な魔道能力が飛躍したスクルズを正式の神殿長の大抜擢することを推薦してくれていたのだが、今回のキシダイン事件の直後に、改めてハロンドール王国の宮廷が教皇庁に強い推薦をしてくれたみたいなのだ。
マアについては、もともとタリオの商業界を支配するような女豪商なので、ハロンドール王以上の影響力を教皇庁に対して持っている。
ロウとの関係で、マアは以前から、スクルズの名を教皇庁に積極的に入れてくれてもいた。
そんなことがあり、いきなりのことであるが、しばらく空位のままになっていた王都の第三神殿の神殿長に、いまは代理神殿長であるスクルズを就任させる人事が持ちあがったというわけだ。
「そうなの? すごいじゃない」
ミランダが目を丸くした。
しかし、スクルズとしては複雑だ。
神殿長など、本来であれば、まだ二十五歳のスクルズが就任するような役職ではない。タリオ公国にある教皇庁内にはさらに高位の役職はあるが、このハロンドール王国内では神殿界の最高位なのだ。
それにスクルズがこの若さで就任するなど……。
「わたしとしては複雑ですが……。でも、ロウ様の子爵位への授爵が決まったということなので、目指そうとも……。神殿長ともなれば、この王国では最上級貴族と同じ扱いを受けられます。少しでもロウ様をお助けできるのではないかと……」
「あなたは、なんでもロウなのね」
ミランダがちょっと笑った。
「まあ、でもまだ決まりではありません。教皇庁からは教皇猊下に意見を提出するための査察団も派遣されると耳にしていますし……。まあ、どうなることか」
「へえ……。でも、候補に入るだけでも大変なことじゃないのよ。まあ、いずれは、あなたなら神殿長も当然なんでしょうけど、二十代の神殿長ということになれば、王国の歴史始まって以来ということになるのかしら……。それにしても、どうして、宮廷はそんなに熱心にあなたを神殿長に推すの? あっ、もちろん、それに相応しいとは思っているけど……」
ミランダが言った。
スクルズは微笑んだ。
「アン様を受け入れる報酬のようですわ。陛下からは、アン様の身柄をくれぐれもお守りするように、きつく頼まれております。わたしの魔道であれば、宮殿以上の安全を保つことも可能ですし……。もちろん、わたしは快くお受けしました。それに対する報酬が、教皇庁への働きかけなのです」
「アン様を? まあ、当然に大切に保護はするんでしょうけど、あの国王陛下がアン様のことをあなたに頼んだの?」
ミランダには意外のようだ。
まあ、わかる気もする。
もともと、いまのハロンドール王のルードルフは、好色なだけの怠け者という評判であり、人気のある王ではない。
だから、わざわざ、娘のことを心配して、スクルズになにかを頼むというのが想像できなかったと思う。
「陛下もひとりの父親として、ご心配なのでしょうね。くれぐれも、悪い虫がつかないように守ってくれと申されましたよ」
スクルズはくすくすと笑った。
すると、ミランダが目を細めた。
「悪い虫? 思い切り、悪い虫と接触させているじゃないのよ。アン様たちのところに、あいつが通ってくるというのは耳にしているのよ。そもそも、手引きをしているのはあんたでしょう、スクルズ?」
「わたしは陛下には、なんの問題もありませんので、お任せくださいとお返事をさせていただいただけです。ロウ様を近づけないと約束したわけではありませんから……」
「やっぱり、あんたは変わったわよ」
ミランダが呆れたという表情になった。
「……ところで、今日は、そのアン様たちはどうしているの? 神殿預かりになっているだけで、別に神殿で修行をするわけでもなし、あなたと一緒にくればよかったんじゃなの?」
「……ふふふ……。ミウも含めて、三人ともそれぞれの自室で自慰をしていますわ。この時分は毎日の決まった日課なのです。邪魔をしては悪いので、終わるまで部屋に留めていますわ。それとも、呼びましょうか。ロウ様のお言いつけなので、自慰のノルマはこなさないといけませんが、それはここでもできますので……」
すると、ミランダが憤慨したような顔になる。
「なんですって──。昼間から自慰を強要するなんて──。それって、どうせ、あのロウの差し金でしょう──。あんたはロウの言いなりだから、刃向かうつもりはないのだろうけど、あいつ、このところ、絶対に調子に乗ってんじゃないの──。いいわ──。やっぱり、あたしは年長者として、あの鬼畜男に説教をする──。そもそも、以前はもっと大人しかったくせに、ここのところ、すっかりと歯止めがなくなったように、やりたい放題だじゃないのよ──。しかも、いま、ミウも名前が出てたわねえ──。いつの間に手をつけたのか知らないが、あんなに幼い娘に手を出すなど、好色にも限度があるわ──」
ミランダが激昂した様子で叫んだ。
スクルズは慌てて否定した。
「アン様とノヴァについては、確かにロウ殿の言いつけです。でも、ミウは違うのです。ロウ様とはまったく関わりのないところで、わたしが言いつけております。ミウはいまは、一日に何度も自慰をして、あの身体に性的快楽を染み込ませなければならないのです」
スクルズは言った。
ミランダが目を丸くした。
「えっ、ミウに自慰をあんたがさせていると言ってんの?」
ミランダは唖然としている。
スクルズが声をひそめた。
「……ミランダだけに申しあげますが、これは聖職界に伝道されている魔道遣いとしての修行の秘宝なのです。ミウは非常に高い素質を備えた魔道遣いの卵です。だからこそ、ミウは性の快感を覚えなければなりません。しかし、ミウは承知のとおり、あんな酷い目に遭い、母親が惨たらしく犯されて殺されるのを見てしまい、さらに、自分自身も快楽とはまったく別の状況で犯され続けました。だから、性的なものに対する心の拒否感が強いのです。このままでは、ミウは危険すぎて、排除のことも考えなければなりません」
「排除?」
「殺すことです」
ミランダ目を丸くした。
「殺す……? どういうことなの、スクルズ? しかも、魔道遣いの修行の秘術が自慰?」
だが、スクルズはもちろん大真面目だ。
軽口を言ってるわけじゃない。
あの年齢のミウに自慰のような行為を教えているのは、好色でしているわけじゃない。魔道遣いの修行として必要でさせているのである。
スクルズが巫女見習いとして神殿に入ったのも、ミウとほぼ同じ歳のときだったが、スクルズが高い魔道力を保持しているとわかったら、すぐに、この「修行の秘法」をやらされていた。
「……ドワフ族、そして、エルフ族などは、生まれながらにして魔道力を備えている種族です。そして、心を制御して魔道力を抑えたり、あるいは発散したりすることを自分の手足を動かすことと同じようにできます。でも、人間族は違うのです。人間族が魔道力を使いこなすようになるには、まずは、ドワフ族やエルフ族と同様に、魔道力を統制することを覚えなければなりません。でも、実のところ、それは大変なことなのです」
「人間族にとって、魔道力を扱うことが難しいということは、耳にしたことはあるけど……」
ミランダが言った。
エルフ族やドワフ族に比べて、人間族には魔道を自在に扱える者が圧倒的に少ない。だから、いかにうまく魔道遣いを育てるかということについては、おそらく、他種族よりも、ずっと研究されているだろう。
その魔道研究をするのも、神殿界の役割のひとつだ。
すべての魔道遣いが神殿に属するわけじゃないが、神殿界で出世しようとすれば、高位魔道遣いであることは絶対条件だ。
「……それは、人間族が本来は魔道力を扱う者ではないということに起因するのかもしれません。そして、魔道力を備えている人間族の大部分についても、それをうまく扱えないことは問題ありません。魔道力を統制することを覚えなければ、魔道を発揮できないだけのことですから……。ただ、ミウについては……」
スクルズの言葉に、ミランダが困惑顔になった。
おそらく、スクルズはちょっと深刻な表情になってしまったのだと思う。
「ミウがどうしたのよ?」
ミランダが訊ねた。
スクルズは嘆息した。
「……ミウについては、備えている魔道力が大きすぎるのです。わたしも、このような例は初めてです。でも、ミウはとても大きな魔道力を身体に備えることができるということがわかりました……。ミウはこの神殿にやって来る以前に、魔道力を統制する訓練を一度も受けずにすごしてしまいました。また、ミウやその周りの者たちも、ミウが魔道遣いの力があることには、まったく気がつきませんでした。なにしろ、ミウは魔道力はとても不安定で、普段のときはほとんど魔道力がない状態なんです。それが時折、高位魔道遣いに匹敵するくらいの魔道力を集めることがあるのです……。ミウが魔道遣いであることに気がついたのは、ロウ殿です」
「あの男は不思議なくらいに勘がいいからね」
ミランダが言った。
スクルズも頷いた。
だが、ロウには、単に勘がいいというだけでは説明のつかないような洞察力もあるとも思っている。
スクルズは、ロウには、女の身体を不思議な術で操ったり、亜空間に引き込むという信じられない能力のほかにも、まだまだ秘密があるみたいだ。
しかし、いまは、それは口にしなかった。
「ミウは、この神殿でやった簡単な施術で、魔道遣いとして覚醒しました。いまは魔道を遣えます。しかし、そのことで、非常に困ったことになったのです」
「困ったこと?」
ミランダは首を傾げた。
「ミウにはまだ魔力を自分の意思で統制することはできません……。いえ、できるのですが、大きな怒りの発作のようなものが、不意に出現して、無制御の魔道が暴走することが度々あるのです。その怒りの大部分は、あのクライドに向けられているものなのですが、その怒りが普段の生活の中の何気ないことをきっかけに噴き出してしまうようなのです。そして、ミウの攻撃的な魔道が不意に発動します……。それでも、ミウでなければ問題はなかったでしょう。けれども、ミウは類いまれな大きな魔道力の持ち主です。だから、ミウは自分で制御のできない高位魔道を無意識に暴走させてしまうのです。いろいろとやっていますが、わたしには、うまくミウを導けなくて……」
「制御できない魔道──?」
ミランダは声をあげた。
それがどんなに危険なものであるかは、ミランダにもわかるだろう。
ドワフ族、エルフ族、人間族、そして、獣人族もそうだが、その隠された本性は、怒りによって引き起こされる攻撃性だと言われている。
魔道力を制御できないうえに、大きな魔道力を有する者はまれに存在する。
だが、それは社会にとても危険なものである。
なにしろ、ちょっとした怒りを覚えてしまうだけで、魔道力が暴走して、魔道力による暴力を振るうことがあるからだ。
人間族に限らず、その種族の世界でも、生まれつきの障害で魔道力を制御できない子供が現われた場合は誅殺することになっている。
可哀想だが、それ以外に集団の安全を保つ方法がない。
ミランダには、やっと事の重大さがわかってくれたようだ。
とても深刻そうな表情になった。
「このままでは、本当に危険な存在になりかねません。それで自慰を覚えさせました」
「それがわからないわね……。ミウの問題はわかったけど、それと自慰がなんの関係があるのよ」
ミランダの疑念に対して、スクルズはにっこりと笑った。
「それが修行の秘術なのですよ、ミランダ」
「秘術って? 自慰をすることが?」
ミランダは眉をひそめた。
「自慰に限りません。魔道力を制御するということは、怒りを制御することと同じです。人間族の魔道遣いは、制御できない強い怒りを覚えた場合、しばしば魔道力の暴走を起こします。特に、ミウのように高い魔道力の持ち主が暴走を起こせば、周りに危害を及ぼしてしまいます。本人の意思とは無関係に……」
「はあ……」
ミランダは生返事だ。
よく理解できないらしい。
「わたしたち聖職者の魔道遣いの修行では、頻繁に肉体の接触をします。つまりは、愛の行為ですね。幼児期をすぎれば、絶頂を伴う疑似性愛により、精神の緊張を和らげることも体得させます。つまり、快楽を身体に染み込ませて、常に緊張を解くことを覚えさせるということですね。異性愛に限りません。同性愛についても、魔道遣いである聖職者には大切な修行行為です」
スクルズの説明に、ミランダは最初は困惑した感じだったが、しばらく待っていると、だんだんと腑に落ちたような表情になってきた。
「……そういえば、あんたとベルズ、そして、ウルズ……。さらに、三人を狙ってロウに排除され、いまは行方不明になっているノルズとも、あんたたちは同性愛の関係だったとわね。それは、それが背景ということ? つまり、秘密の修行仲間?」
「そうですね……。実のところ、なぜ、高位魔道遣いが好色の方が好ましいのか完全にわかっているわけじゃありません。でも、高位魔道遣いは例外なく好色です」
スクルズはきっぱりと言い切った。
ミランダもちょっと考え込んだ感じになる。
「まあ、どうしても、うまくいかないときには、ロウ様にお願いすることも考えています……」
「ロウに──? まさか、あんたは、あの十歳の童女でしかないミウをあの鬼畜男に抱かせようと思っているんじゃないんでしょうね」
ミランダが声をあげた。
「あら? なぜ、いけないのですか? ロウ様は、こと性愛については、素晴らしい能力をお持ちです。きっと、ミウのことも優しく抱いてくれて、性愛に対するわだかまりを失くしてくれ、ミウに緊張を和らげる習慣を身に着けてくれると思います」
スクルズはあっけらかんと言った。
「馬鹿言ってんじゃないわよ。あの男が嗜虐趣味だと忘れたわけじゃないでしょうね?」
「それがどうしたのです? ミウにはきちんとロウ様の相手をするように申し伝えます。大丈夫と思いますわ」
スクルズは応じた。
そのときだった。
扉が開いて、ベルズが現われた。
「すまんな。添い寝をしているうちに、眠ってしまった。ウルズは昼寝だ。ミランダ、御機嫌よう」
ベルズは空いている席に腰掛ける。
ブラニーが出現して、ベルズのお茶を準備し始める。
「ベルズ、いま、聞いたんだけど……。ミウだけど、あんたも、場合によっては、あんなに年端もいかない子をロウに抱かせるつもりなの?」
ミランダが声をあげた。
ベルズが面食らった顔になる。
「なんだ、藪から棒に? もしかして、ミウの不安定な魔道力のことか? それなら、まあ、選択肢のひとつということだな」
「わかんないわねえ、聖職者というのも……」
ミランダが呆れたというような声をあげた。
スクルズは笑ってしまった。
「ところで、ベルズ、今日の集まりではどうするの? つまり、剃毛のことだけど……? もしも、気が進まなくて、仕方なくロウ様に従おうということなら、ミランダが責任をもって、抗議してくださるそうよ」
スクルズは笑ったまま言った。
すると、ベルズは首を傾げた。
「あれか? わたしは受け入れるつもりだ。ロウ殿には借りもあるし、先日やってきて、一生懸命に剃毛させてくれと主張してきた。そんなに言わなくても、ちゃんと受け入れると応じた。わたしも、ロウ殿の愛奴のひとりのつもりだし」
「本当?」
ベルズの返事にミランダも信じられないという顔をしている。
「やっぱり非常識はミランダの方かもしれませんよ」
スクルズはちょっとからかい気味に言った。