【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
「おっ、これは婆さんの新作か? なるほど、こりゃあ、アーサー王かい。よくできた紙人形だ。きっとこれも評判になる。なにしろ、ラバン婆さんの紙人形は、本当に評判がいいからな」
小物売りの亭主が機嫌よく、まずは、ビビアンが籠に入れて運んできた五十ほどの紙人形を受け取った。
相手は商家だが、大通りに店を構えるような大旦那ではなく、小さな家と同じ屋根の下の屋台とも見紛うほどの小さな商店だ。売っている物はちょっとした小物であり、庶民を相手にする店である。
そこに、定期的に内職で作った品物を卸しにいくのが、「ラバン婆さん」という、身寄りのないひとり暮らしの老女という設定になっているビビアンの仕事だ。
ビビアンが渡したのは、色を染めた紙を数種類準備して、人の姿に見えるように織り込んだ手のひらほどの平ぺったい紙人形である。紙は粗末なものを使っているので、色を染めることには手間取るものだが、折り込むのは元来手先の器用なビビアンにとっては簡単だ。また、高貴な者も近くで見慣れているので、簡単な細工で王族などの装束を真似ることもできる。頭の被り物も紙で拵え、目と口をそれなりに筆で入れると、自分でもなんだが、どことなくアーサーに見えないこともない。
別段、この商売は金儲けが目的ではなく、ごく自然に、このハロンドール王都の人の波に溶け込むのが狙いだったが、ビビアンの作った紙人形はよく売れた。
「アーサー王じゃない。大公様じゃよ。ほれ、王冠じゃなく、大公の肩飾りをしているじゃろう。タリオ公国は皇帝に忠誠を尽くす三公国のひとつじゃ。言ってみれば、アーサー大公は、王様じゃなく、大きな領主殿だ」
ビビアンは言った。
自らが超一流の魔道戦士であり、二十歳で大公に即位して以来、わずか十年でタリオ公国を大国ハロンドールと並ぶと称されるほどの富国強兵を成し遂げた一代の英傑のアーサーは、この隣国ハロンドールでも人気者である。
なにしろ、大変な美男子なのだ。
アーサーは、この国の第二王女であるエルザ姫を后のひとりとして以来、友好国の君主として、数回この王都を訪れており、その都度、王都臣民が驚きとともに関心を寄せるほどの派手な演出で王都を行進している。
数日前も、キシダインに招かれた客人だったグラム兄弟が王家に迷惑をかけたことに対する詫びという口実で、王都を部下とともに訪問していた。
ビビアンも、一介の平民の老婦として、アーサーたちの王都内の行進を眺めたが、全員が絢爛豪華な揃いの赤い武具で揃えた二十騎ほどの護衛騎士が白馬に跨った姿は大したものだった。
なによりも、絶世の美男子であるアーサーと腹心のランスロットが先頭を並んで進む光景は、なるほど、他国の君主でありながら、この王都の者が絶賛して見惚れるほどの素晴らしいものだった。
まるで神話の世界から抜け出てきたように、神秘的に美しい姿であり、王都の女たちが誰も彼も、身分に関わらず称賛するのも無理はないとは思う。
まあ、あの男は見てくれだけはいいし……。
ビビアンは思った。しかし、すぐに「見た目だけ」というのは、アーサーには気の毒な評価かもしれないと、心の中で考え直した。
なにしろ、幼少の頃から、あらゆる才能に抜きんでいていたアーサーは、剣王ランスロット、神域の魔道主マーリンなどの能力ある部下を得て、二十歳にして伯父の前大公を廃し自らが大公となって以来、近隣諸国が「タリオの麒麟児」と呼ぶほどの実績を示した。
すなわち、十年をかけて公国内の革命的な改革を押し進め、領主から人民と土地の支配権を取りあげて完全な中央集権による独裁体制を作りあげると、この闘争の過程で前大公を担ぎ上げた旧領主たちを前大公とともに容赦なく処断し、全ての公国内の敵を一掃した。国内に敵のなくなったアーサーは、部下たちの献策を次々に実行して、それが効を奏してタリオ公国は、一気に力を増大したのだ。
いまや、タリオ公国は、大公アーサーを中心として、史上最高ともいえる繁栄をしている。
しかも、国内闘争が長かったので、彼の支配する軍隊は、戦いを生き抜いた精鋭であるし、息のかかっている傭兵団にしてもかなりの数になる。
流通だって、数年前に商業ギルドを廃して、自由流通制度に移行してから、びっくりするほどに商取引が盛んになって、タリオ公国を誰もが認める三公国で随一の強国にのし上げた。
しかも、数年前からその自由流通制度をほかの二公国にも強要することで、瞬く間に商業力において、大国ハロンドールをしのぐほどの富国も成し遂げた。
まさに英雄の所業だ。
それは認めよう。
「大公でも、王様でもいいさ。強くて頼り甲斐のあるお方らしくて、羨ましい限りだね。まったく、うちの王様とはえらい違いだ……。おっと、こんなこと誰かに聞かれたら、不敬罪で首を刎ねられちまうか」
主人が大袈裟な素振りで、両手を顔の前で振りながら豪快に笑った。
ビビアンは苦笑した。
この国に間者として潜入してきて以来痛感していることだが、この国の王のルードルフは、驚くほどに人気がない。
好色でどうしようもない怠け者というのが貴族と平民共通の評価であり、また、王族に連なる御三家と称される三公爵家が揃って不出来で、一族たちが度々にわたって市民に迷惑をかけるということも続いていて、それに一切の関心を王家が示さないことが、国王の不人気に拍車をかけている。
まあ、それでも、しばらく前に、御三家の一角であるキシダイン公が失脚して公爵家が廃爵され、御三家が二家になったときには、多くの市民がひそかに喝采したみたいだ。だが、それでも、王家の人気回復にはつながらなかった。
ただ、それを切っ掛けに、王太女になったイザベラについては、それなりに人気がある。
その証拠に、ビビアンの作ったイザベラ人形は、そこそこの売り上げのようだ。
今回も、全部で百個ほどの紙人形のうち、二十個はイザベラ人形だ。
主人がにこにこ顔で百束の紙人形を受け取り、空になった籠に銅貨をじゃらじゃらと放り込んだ。
前回卸したときの倍の値がついている。
しかも、以前は色紙を仕入れるのに、ビビアンの持ち出しで仕入れていたが、今回については、材料になる色の薄紙をまとめて渡された。
ビビアンの作る紙人形がよく売れるので、独占をして、この店だけに卸して欲しいみたいなのだ。だから、材料代も負担するから、どんどんと作って、この店だけに売ってくれと言われている。
その通り、ビビアンの作る紙人形は、この小さな小物屋の棚の中心の目立つ場所に置かれている。
先日渡したスクルズ人形は、ほとんど売り切れに近い状態だ。
色々と作ったが、この王都では、史上最年少で、王都大神殿のひとつの女性神殿長になったスクルズがもの凄く庶民に愛されている。
清楚で美しく、敬虔で誰にでも優しいスクルズの姿は、本当にこの王都の人気者だ。
もっとも、ビビアンとしては、数箇月前に、この王国内の廃神殿の事件において、スクルズと関わって、その正体を知っているだけに、美しくて優しいということには共感するが、「清楚」という部分については、複雑な気持ちだ。
ビビアンの知る限り、あのスクルズの好色さはかなりのものであり、一緒に、あの男に抱かれたときには、聖職者とも思えないほどの乱れぶりだったし、はしゃぎぶりだった。
「こんなにもいいのかい? まあ、ありがたくもらうよ。ところで、この前のはいいのかい? またやってやろうか? こんな婆でよければね」
ビビアンは籠の中の銅貨を巾着にしまうと、主人に向かってにやりと笑った。
王都に派遣されているタリオの間者として老婆に扮しているビビアンだったが、あまりにも、男日照りが続くと、発散できない性欲のために身体が疼いて仕方がなくなる。
それで、前回半分冗談で、この男の性器を吸ってやろうかと持ち掛けたら、お前みたいな婆あじゃあ、勃つものも勃たないと笑われた。
だったら、精を口の中に放させることができたら、金をもらうと賭けをしたのだ。
その結果、ほんの少しの時間で、この男はビビアンの口の中に精を放ってしまった。
性の技にかけては百戦錬磨のビビアンに、素人の四十男が平静を保てるわけがないのだ。
久しぶりだったし、できれば、そのまま食ってしまいたかったが、見た目は老婆に化けれても、身体の若さは細工できない。ましてや、女の性器など年齢を誤魔化せない。
ならば、本当は若い女が老女に化けているとわかり、怪しい女だと評判になるかもしれない。
アーサーの野望に付き合っての、いずれ手を出すつもりの「友好国」の情報を継続的に入手するための潜入任務だが、慎みのない色呆け婆あだと思われるのは問題ないが、年齢を誤魔化している間者と発覚するのは面倒だ。
「い、いいのか? か、金は払うよ。だけど、女房が奥に……」
すると、主人は真っ赤な顔になって、ひそひそと言葉を発した。
やはり、ちょっと期待していたのかもしれない。前回も終ったときには、随分と満足したみたいだった。
だから、店を訪れたときに、すぐに言い寄るのかと思ったら、どうやら、妻が店の奥にいるようだ。
それで素知らぬ振りをしていたのか……。
「金はいらんよ。あたしもしたいんだ。そっちの物陰に行きな。あっという間に終わらせてやるよ」
ビビアンは店の外には見えない奥側の棚の影に主人を導いた。
すると、なるほど、奥で女の話声がした。近所の夫人でも来ているのかもしれない。愉しそうな世間話の声がする。
「そっちに座って……」
ビビアンはたまたまあった台に男を腰掛けさせて、自分は男の股のあいだに跪いた。
すぐに、ズボンの前のぼたんを外して下着をずらさせる。
そして、肉棒を眼前に露出させた。
「いい気持ちにしてあげるからね」
ビビアンは笑って生々しい男の性器を口に咥えた。
あまり身体を洗っていないのか、強い臭気がする。
その臭さがビビアンの好色を痺れさせる。
ビビアンの股間はすぐにびっしょりと濡れる。
「ああっ……」
舌を動かすと、あっという間に主人の性器が勃起して、同時に気持ちよさそうな喘ぎ声も出してきた。
舌を縦横無尽に動かし、亀頭部を刺激しまくる。
男が快感に顔を歪めたのがわかった。
「ああ、い、いいな……。き、気持ちいい……。なかなかだ……」
主人が満足気に言った。
肉棒から漂ってくる生臭さに酔いそうになりながらも、一心不乱に一物を吸いあげる。
「おお、そ、そんなにしたら……」
男がビビアンの頭を押さえるようにして、腰をぶるぶると震わせた。
ビビアンの口の中で肉棒が大きく膨らんで、熱い粘液が口の中に放たれる。
「ああ、やっぱり、男の精はいいねえ」
一度口を離して笑うと、ビビアンはもう一度男の性器に吸いついて、粘っこい白濁液を喉の奥に押し込んでいった。
*
小物屋の主人と遊んだあと、ビビアンは老女の姿のまま、王都の街中を市場に向かう方向に進んだ。
紙人形を運んでいた籠に袋入りの飴を載せている。市場の隅で売るためだ。市場というものは人の噂話のるつぼだ。実に様々な情報が人々の言の葉に載せられて運ばれてくる。
ビビアンは、さっきの小物屋の近くで、今度は飴を仕入れて市場に向かった。
市場に近づくにつれて、人混みが増えて、行き合う人の数が多くなる。
とにかく、このところ、ハロンドールの王都では最近さまざまなことが進んでいた。
ビビアンは、この数箇月、うらぶれた老婦の姿でそれらをなんとなく見てきた。
タリオ公国から派遣された間者としてだ。
大公であるアーサーが各国に送り出したタリオ公国の間者は、それなりの数がハロンドール内に入っており、無論、その多くが王都ハロルドに集中していた。
ビビアンが仕えているタリオ公国のアーサーには、実のところ野望がある。
自分を、魔族王であった冥王を封印してローム帝国を建国した初代帝になぞらえており、この大陸を統一して、自らが唯一の皇帝になろうという野望だ。
もっとも、アーサーは一国の「王」といえども、形式上はまだ滅んではいないローム皇帝の家臣であり、デセオ、カロリックの大公と並ぶ領土主でしかない。
そもそも、このハロンドール王国からして、タリオ一国の規模では及びもつかないほどの大国であり、鎖国をして対外的な国交のほとんどを実施していない魔道王国エルニアにしても、タリオ公国のような小国とは比べ物にならない。
それを自分の代で統一しようというのだ。
アーサーがなりたいのは「英雄」なのだ。
子供の頃、ローム初代帝のロムロスの絵本を読み、それに憧れ、自分もそうなりたいと思ったのだそうだ。
幼児の戯言だ──。
それを三十になる今まで、その思いを持続しているのだ。
余人が聞けば狂人と思うかもしれない。
だが、アーサーは大真面目だ。
だから、戦略結婚で王女を妻のひとりとして迎え入れたこの国に、実に多くの間者や工作員を派遣して、いずれ計画する侵略のための土台を作ろうとしている。
ビビアンも、そうやって派遣された諜報員のひとりだ。
アーサーは、ひとりの女工作員にすぎないビビアンに、自分の策謀の全貌は示さないが、おそらく、ビビアンのように派遣されている特殊工作員は、このハロンドール王国内に百人はいるんじゃないだろうか。
アーサーのとりあえず狙いは、名目上の宗主であり皇帝家を廃して、三公国を統一することだと思うが、同じくらいに狙っているのが、このハロンドール王国なのである。
「おい、婆さん、飴の袋をふたつほどくれ」
市場に近い雑踏で声をかけられた。
ビビアンと同じように潜入しているタリオの間者の男である。商人の恰好をしている。
もともと、諜報員としては指揮官クラスだったビビアンだったが、このあいだ、屋敷妖精をタリオ公国家に連れてくるという特殊任務に失敗して、部下のないひとりの工作員に格下げされた。
元来、一匹狼の方が動きやすいビビアンとしては、部下持ちでなくなったことについては不満はないが、あの仕事で叱責されたことには納得はいっていない。
見栄っ張りのアーサーが、自分に屋敷妖精を仕えさせたいという気紛れでビビアンに命じたあの仕事だが、高い魔道遣いにしか従属しないと言われている屋敷妖精を呼び寄せるというのに無理があるのだ。
とにかく、降格されたからだけではなく、いずれにせよ、ビビアンはアーサーがあまり好きではない。
完全無欠のアーサーなのだが、実のところ、女嫌いなのだ。
もっとも、女を抱くのが嫌だというのではなく、女全般を軽視していて、男よりも能力が劣るものとして馬鹿にしているのだ。
だから、屋敷妖精の確保というどうでもいいような任務失敗を口実に、それなりに諜報員として実績を積んでいたビビアンを降格したのだろう。
本当に腹がたつ。
どうでもいいのだが……。
「あいよ」
ビビアンは籠をおろして、飴の袋を二個出した。
すると、男は代金を渡すときに、手のひらに小さくたたんだ紙片を滑り込ませてきた。
ほとんど、顔を合わせることなく、ビビアンは再び籠を担ぐ。
そして、人気のないところで紙片を覗くと、夕方にアーサーの宿泊している屋敷に顔を出すように指示があった。
ビビアンは、紙片を粉々にすると、それをばらばらに溝に捨てた。
*
アーサー一行は、王家の準備した王都内の屋敷に逗留している。
王都滞在中のアーサーたちの世話は、王弟である南家公爵家のランカスター家が担っており、屋敷の警備もアーサーたちの世話も、その公爵家の手配だ。
ハロンドール王国内の公爵家はいまは二つであり、いずれも王族であるが領土はなく、毎年定まった年金により、公爵家を支えている。
だから、領土持ちの貴族たちほどの実権はないものの、気位だけは高く、ビビアンからすれば、膨れあがった自尊心が服を着て歩いているような一族たちだ。
王都のあちこちを闊歩しては威張り散らして騒動を起こし、年金だけでは支えられない贅沢な生活費をさまざまな闇商売に手を出しては、王都の治安を乱す元凶にもなっている。
実に人気がない。
いまのハロンドール王も民衆には不人気であるものの、さらに嫌われている二家の公爵家があるので、ルードルフ王も呆れられてはいるが憎まれてはいない。嫌われ者の象徴として、あえて存在を許しているのかと思うくらいだ。
いずれにしても、屋敷に忍び込むのは簡単だった、
ビビアンは、アーサーたちがいるはずの部屋まで迷うことなく進んだ。
このところの老婆の恰好はしていない。
年齢相応の三十歳半ばの熟女姿だ。
公爵家から派遣された家人たちと接することなく、アーサーの待っている部屋の扉を叩いた。
「入れ」
返事があり、室内に入ると、アーサーのほかに、腹心にして今回の護衛長に任じている若き将軍のランスロット、そして、ビビアンに代わって、ハロンドール正面の諜報を束ねることになったコンバーという男が揃っていた。
コンバーは、アーサーの部下の中では二線級だが、ランスロットはアーサーの腹心中の腹心だ。
ここで、しばらくのあいだ、会議のようなものをしていた気配である。
「ビビアン殿、しばらくだな。早速だが情報をもらいたい。第三神殿長のスクルズの弱みが欲しい。なんでもいい。あの女を追い詰めることができるような材料が欲しい。あるいは、アネルザ王妃でもいい」
口を開いたのはランスロットだ。
三十歳のアーサーよりも若く二十七歳だ。
公国では有名な魔道戦士であり、指揮にも長けているという評価の美貌の男だ。
アーサーはすでに二人の妻があるが、ランスロットは独身なので、本国では大変な人気だ。
しかし、身持ちも堅く、浮いた話はない。
あまりにも女気がないので、アーサーと男色の関係ではないかと訝しむ者も少なくないくらいだ。
ビビアンも、一度ならず、筆おろしでもしてやろうと、ランスロットの少年時代に声をかけたことはあるが、けんもほろろに断られた。
いまだに、男女の関係になったことはなく、アーサーの直属の部下の中で、ビビアンが性的関係になったことのないほとんど唯一の男である。
「弱み? 藪から棒だねえ。あたしの任務は王都の民衆に紛れ込んで、民の声や民政の情報を集めることだよ。いきなり、天上人たちの弱みと言われてもねえ」
ビビアンは立ったまま肩をすくめた。
もともと、前大公の弟であるアーサーの父の代からの「影」であるビビアンは、アーサーについても、幼馴染のランスロットについても、ふたりが少年の頃から知っている。
いまは、一方は大公であり、もうひとりはその腹心だが、ぞんざいな口をきくことについては許してもらっている。
それに、アーサーもランロットについても身体の関係はないが、早世してしまったそれぞれの父親たちとは、しっかりと肉体関係があった。
ビビアンからすれば、どうしても、かしこまる気持ちになれない。
「噂話で十分だ。色々と上手くいかなくてな。弱みでも握れれば、上手く立ち回れる」
アーサーが卓の上の葡萄酒を優雅に口にしながら微笑んだ。
余裕のあるような口調だが、長い付き合いでもあるビビアンには、このアーサーが内心でかなりの苛立ちを抱いているのがわかった。
今回、アーサーがハロンドールを訪問したのは、表向きにはグラム兄弟のことを大公自ら謝罪するという名目であるものの、実際には寡婦になったアン王女との「お見合い」の意味があるということは耳にしていた。
アーサーにとって、妻にする女に関しては、政略目的以上に、一流の女の蒐集という意味合いが強いことを知っているので、大国ハロンドールの王女とはいえ、誰かの妻だったアンをアーサーが娶ろうとするというのは意外だった。
なにしろ、自らクロノスだと自称しているアーサーは、超一流の女だけを妃として集めようとしているのだ。
いまの妃はふたりだが、ひとりはハロンドール王国の第二王女のエルザ、もうひとりはこの大陸の宗教を支配しているローム大神殿の教皇クレメンスの孫娘のエリザベートだ。どちらも、アーサーには過ぎた女だとビビアンは思っているが、アーサーにしてみれば、王女とはいえ庶子腹のエルザも、大司教には違いないが本来は貴族籍ではないエリザベートも、自分の妻としては相応しくないと思っているみたいだ。
だから、ふたりとも正妃ではなく、正妃を空位としたまま、第二妃、第三妃の称号を与えている。
アーサーが領土拡張とともに、いま力を注いでいるのが、正妃候補集めなのだ。
だが、王女とはいえ、グラム兄弟を始めとして、何人もの男たちに凌辱されたことが公になっているアンを、アーサーが妻として欲しがるというのは、アーサーの性質からすれば、考えられないような気がしていた。
一方で、ビビアンは、目の前のアーサーの不満の理由も知っている。
ハロンドールに入り込んでいる諜報員の束ねから外されたかたちのビビアンだったが、アーサーが王都を訪問してからの状況については、しっかりと情報を得ている。
ハロンドール王のルードルフに、性技に長けた美人の性奴隷五人を贈り、グラム兄弟のことを詫びたアーサーだったが、内々に進めていたアンとの婚儀の話については、そんな話などなかったかのように、ルードルフにはぐらかされてしまい、しかも、後宮に引っ込んで出てこないルードルフには、最初の面談以降、これ以上の直接面談の機会は得られそうにないようだ。
それで、王妃アネルザのところに行ったが、アンを国外に出すなど冗談じゃないと、無礼千万にも王妃宮を追い払われたらしい。
仕方なく、せめて、アンに会おうと第三神殿に使いを出したものの、スクルズからはアン王女は、王家の預かり物であり、どんな相手であろうと男の訪問を許すことはないと拒否されたみたいだ。
ハロンドールがいかに大国でも、一連の扱いは、いまや飛ぶ鳥を落とす勢いのあるタリオ大公に与える仕打ちではない。
それで、すっかりと怒ったのではないかと予想はしていた。
案の定、かなり腹を立てているみたいだと感じた。
もっとも、馬鹿にされて怒っていることなど、絶対に表に出さないのがアーサーという男である。
根っからの格好付けなのだ。
「弱みねえ。だけど、そういうのは、このコンバーの役目では? あたしは王宮工作の任務をおろされて、ほかの諜報員との繋がりも持ってないしねえ。大して役に立つ情報もないと思うけど? でも、アーサー殿がなにを狙っているのかを教えてもらえれば、それに応じる情報も提供できるかもしれません」
ビビアンはちょっと嫌味を足した口調で言った。
つまらない理由で諜報の束ね役を外されたビビアンだったから、これくらいの物言いは許されるだろう。
それに、アーサーの価値観からすれば「傷者」であるはずのアン王女を欲しがるというのはやっぱり不自然だ。
この男がなにを考えているのか知りたい。
まあ、軍事政略にかけては大した男のアーサーだが、女の話については「坊や」だから、くだらないことを考えているというのは予想している……。
そもそも、政略としては、すでにエルザを妃にしているのだから、同じ王室から二人目を貰う必要はない。
アーサーには別の狙いがあるに違いない。
すると、ビビアンに代わってハロンドール担当ということになっているコンバーが口を開いた。
「も、もちろん、やることはやってます、ビビアンさん。国主工作は上手くはいっていたと思ってたんです。好色の国王に定期的に新しい女をあてがって、喰い込んだりして……。だけど、いざ、アン王女再婚のことを正式に進めようとした途端に、あちこちで物事が動かなくなってしまって」
コンバーが顔を赤くした。
ビビアンの後輩格の諜報長のコンバーだが、この男ともビビアンは寝たことがある。
それこそ、尻の毛まで抜くほどの快感を味わわせてやった。
やはり、それ以来、こいつもビビアンには頭はあがらない。
それにしても、いまの言葉には、ビビアンも呆れてしまった。
この国の王宮工作をするためのやり方というのをこいつは、まったくわかってなかったようだ。
「この国の王宮を動かしているのは王妃のアネルザだよ。国王なんて、好色の怠け者で有名で、大抵のことは王妃に丸投げなんだ。最近は王太女になったイザベラもいくつかの正面を受け持っているみたいだけど、それをいいことに、国王は後宮に閉じこもっている。王妃を動かさないと、この国は動かないよ。国王なんて、あてになるものかい」
ビビアンは言った。
すると、コンバーがますます顔を赤くした。
「女の言いなりになるなど、やはりこの国も末期だな。まあ、だからこそ、やりやすいが……。いずれにしても、このまま、アン王女にも、イザベラ王女にも個人的な繋がりができないまま帰国したのでは、なんのためにわざわざ来たのかわからん。役に立つ情報があるなら教えてくれ、ビビアン」
アーサーが言った。
滅多なことでは女相手に頭などさげないアーサーなので、先代からアーサーの一族に仕え、しかも、アーサーの父親の愛人のひとりでもあったビビアンといえども、いまのようにアーサーが頼み事のように言ってくるのは珍しい。
それだけ、アン王女の護りが固いのだろう。
だが、いま、アン王女だけでなく、イザベラと個人的な繋がりが得たいと口にしたか?
もしかして、アーサーの狙いは、アンではなく、王太女になったイザベラ?
イザベラなら、いずれはこのハロンドールの女王になる。
一流の女の収集癖のあるアーサーなら、正妃として申し分はないと考えるかもしれない。
あるいは、アン王女を切っ掛けにして、イザベラを狙っている?
常識を考えればふざけた思考だが、瑕疵のあるアンに近づいて、実際にはイザベラを獲物にしようとしているということか?
普通ならあり得ないが、自分が女にもてるのを熟知しているアーサーなら、まだ十七歳のイザベラを攻略するのは容易いとでも考えているかもしれない。
アンとの婚約など、いくらでも取り消せるし、それを契機にイザベラに繋がりを作って、イザベラを正妃にする?
ビビアンは、なんとなくだが、自分の勘が正しいような気もした。
でも、ビビアンの情報の限り、あのイザベラについても……。
「大公殿の真の狙いは王太女殿下なのですか?」
ビビアンは言った。
すると、アーサーは悪戯を見透かされたような無邪気な笑みを浮かべた。
「さあな。だが、実のところ、魔道通信でルードルフ王と話したとき、確かにアン王女について口にしたが、妻として得たいのがアン殿の方だと断言したわけではない。王は誤解したかもしれないけどな。しかし、考えてみればわかるはずだ。この俺が王女と言えども、男たちに凌辱されたような女を妻にするわけあるまいに」
アーサーが大笑いした。
やっぱりそうかと思った。
まあ、アーサーが狙っているのがイザベラだとしても、アンだとしてもどうでもいいが……。
「とにかく、弱みといえるかどうかはわかりませんが、アネルザ王妃の愛人、そして、スクルズ猊下の想い人なら知っていますよ」
キシダイン事件を契機に子爵の地位を得たアネルザの愛人のことは大して調べなくても有名だ。
一方で、スクルズの恋人については誰も知らないことだが、ビビアンの立場はアーサーに仕える諜報員だ。
手に入れた情報が有益であれば、当然に母国に渡す。
友情よりも、諜報員としての役割が優先するのは当たり前である。
それに、あの廃神殿事件のあとで、スクルズを含めたあの男の愛人たちと一緒に、あの男と十日間も遊んだが、はっきりとスクルズのことを口止めはされなかった。
「アネルザ王妃の愛人というと、確か、ロウという冒険者だったな。実力のある冒険者のようだが、それでも移住一年にして一代貴族になるとはすごい。だが、スクルズ殿の想い人とはなんだ? 天空神と結んだはずのスクルズ殿に男がいるなど、本当であれば、大変な醜聞だぞ」
アーサーが驚いた口調で言った。
アネルザの愛人としても知られているロウのことは多少は知っているようだが、スクルズのことは驚いたみたいだ。
まあ、当然だが……。
「スクルズ殿の想い人というのが、そのロウ殿なんですよ、アーサー大公。彼こそは真のクロノスです。一流の女はみんな彼に惹かれます。そんな男なんです」
ビビアンは、かつてロウに抱かれたときのことを思い起こしながら言った。
男あしらいには自信を持っていたビビアンが、あの男の前では、ただただ翻弄されるだけの無力な女になりさがった。
あれ程の快感を与えてくれた男は、後にも先にもロウしかいないと思う。
「真のクロノス?」
ロウに対するビビアンの評価に、アーサーが不快な表情になった。