【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
「単刀直入に命じる。明日、第三神殿のスクルズ殿と面談する。その護衛をお前たちがしろ。拒否は許さん」
アーサーは、まるで応じるのが当然という様子で一郎に言った。
一郎は、別にアーサーの部下というわけでもない。
そもそも、ここがタリオ領ならともかく、アーサーにとっては外国であるハロンドール領だ。
なんという無礼な態度なのだろうと思った。
それとも、命令をしなれている者というのは、元来こういうものなのだろうか。
だいたい、マリーは、アーサーに対して指名クエストとして受け付けるかどうかは、ミランダでなければ決定できないということを説明しているはずだ。
ここに通される前にも、マリーは一郎にそれだけは念を押したと告げながらも、申し訳なさそうにしていた。
マリーはギルド職員としては有能であり、相手が大公であろうと、筋はきちんと通して、それについては強調しているはずなのだ。
そして、ふと気がついたが、部屋に入って来て以来、アーサーが凝視しているのは、ただただ一郎に対してだけだ。
しかし、実のところ、一郎たちに対面する者は、大抵は、まずはエリカの美貌に目を奪われる。
次に、ほかの女たちにも視線を向け、さらにエリカたちが外面だけでもわかるくらいに、一緒にいる一郎に意識を向けていることに気がつく。
それから、やっと、これだけの美女たちの中心にいる一郎が、大して顔もよくなく、若くだってないぱっとしない男であることに注目するのだ。
……にもかかわらず、アーサーが注目しているのは、一郎に対してのみだ。
そうだとすれば、この会合に先立ち、アーサーは、一郎について、それなりの知識を得たうえで臨んだのだろう。
さもないと、わざわざ、国の客として来訪しているアーサー大公が一介の冒険者に指名依頼などするわけがない。
いずれにしても、一郎は護衛任務など受ける気はない。
アーサーたちに、冒険者の護衛など必要ないことは明白であるし、裏があることがわかっている得体の知れないクエストなど受けられるわけがない。
「マリーは説明したとは思いますが、まだ指名依頼としてギルドが受けるかどうかは……」
一郎は、できるだけ柔和な印象を与えるように気を付けて表情を作りながら、口を開いた。
だが、手摺りに置いているアーサーの指が苛立たしそうに椅子を叩いた音で遮られた。
一郎は口を閉ざして、思わずアーサーに視線を向けた。
「冒険者殿は耳が聞こえんようだ。拒否は許さんと言ったはずだが」
アーサーが馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「なぜ、俺たちなんですか? そもそも護衛ってなんなんです。それが必要とも思えませんけど」
込みあがりかけたものをぐっと我慢して、一郎は静かに言った。
もともと、外来人の一郎には、この世界の上位階級の者たちに、無条件にへりくだってしまうような感情はない。
それに比べて、目の前のアーサーは、気軽な態度を装うことで隠しているものの、一郎のような平民や冒険者という相手に対して、かなりの蔑視の意識を抱いているのだろうか。
一応は一代子爵という地位を持っているものの、冒険者であり、身分のない移民出身であることが公になっている一郎など、アーサーのような立場からすれば、平民以下には違いない。
この恰好のいいアーサーの表情の端々に、そういう心が醸し出ているように思った。
まだ出逢ったばかりだが、だんだんと、一郎は、自分がこの男が好きでなくなってきていることに気がついた。
「冒険者、俺は面倒な話が好きではない。駆け引きは嫌いだし、ましてや、冒険者を相手のやり取りに時間をかけたくない。俺は、お前を雇うと言っている。お前は冒険者だし、金さえもらえば、どんなことでもするはずだ。値を釣りあげたいのなら欲しい額を言え。支払ってやる」
「冒険者というのは、金を貰えばなんでもするということではありませんよ。俺たちにも矜持というものはあるんです」
「矜持? 冒険者が?」
アーサーがまた笑った。
さすがにむっとした。
さっきから、この男は一郎がなにかを喋るたびに、口元を歪めるような笑みを浮かべる。
いやな感じだ。
「いい加減にしろ、冒険者──。大公殿下を相手に無礼であろう」
一郎たち囲むように両側に立っている護衛のひとりが、咎めるように言った。
一番入り口側にいる男であり、一郎の背中側に立つ男だ。
この五人の護衛の関係はわからないが、ステータスから判断して、ランスロットという男が護衛長のような立場であることは確かだ。
口を開いたのは、五人の中では、もっとも武芸が劣っている者だ。年齢も低いし、おそらく下っ端だろう。
わざわざ、率先して怒鳴るなど、なんとなくだが、まるで役割が決まっているような……。
「別の物言いをしてもいい。ここには、俺の護衛が五人いて、全員が剣を持っている。見たところ、お前は武器を持っていないし、武器を持っているのは両横の女だけだ。つまりは、武器を持った者を相手にして、丸腰でいるのも同じということだ。言うまでもないが、お前の連れの女はお前を守るほどの腕はない……」
アーサーが笑みを浮かべたまま言った。
一郎は今度こそ驚いた。
「俺たちを脅迫しているのですか? ここはギルド本部内ですよ」
「それがどうした。先に言っておくが、俺は若い頃から敵が多かった。しかし、欲しいものは必ず手に入れてきた。諦めたことなどない。目的を達するためであれば、直接行動も使うし、搦め手も使う。しかし、冒険者を相手に駆け引きなど面倒くさい。断れば暴力も使うかもしれないと言っているだけだ。俺が欲しいのは、“わかりました”という言葉だけだ」
いくら大公でも、失礼な態度だと思ったが、一方で一郎は違和感も覚えた。
それで思ったが、もしかして、さっきからアーサーはわざと一郎を怒らせようとしている?
目的はわからないが、アーサーの態度が一郎を意図的に挑発させようとしているものであるとすれば、納得できるものもある。
さっき急に、一番下っ端の護衛が一郎に怒鳴ったのも、最初から役割が決まっていたのではないだろうか。
そのとき、不意に横から声が挟まれた。
「たかが神殿に行くのに、別に護衛が必要なくらいに軟弱なの? あそこには、あなたたちを取って喰おうとする者なんていないわよ」
コゼだ。
どちらかというと人見知りの傾向があるコゼが、初対面の相手に自分から口を開くのは珍しい。
しかも、大公相手への毒舌だ。
一郎は思わず横のコゼを見た。
コゼはかなり怒っているようだった。
どうやら、一郎に対するアーサーの態度に、黙っていられなくなったみたいだ。
しかし、そのとき一郎は、目の前のアーサーがかなり不快そうに、目を細めたのがわかった。
これまでの物言いや態度には、演技じみたものがないではなかったが、なぜかコゼが口を開いたいまの一瞬だけは、アーサーの顔には心の底からの感情が浮き出た気がする。
根拠のない一郎の勘だが……。
アーサーは、かなりのコゼへの蔑みを抱いたような……。
一郎は、コゼをなだめようと、もう一度コゼに視線を向けた。
「静かにしていることだ、…………ごときが……」
そのとき、アーサーが小さく舌打ちしたのが耳に入った。
ほんの小さな声だったし、一郎はコゼに視線を向けていたので聞き取れなかったのだが、コゼの顔が真っ蒼になり、身体がびくりと震えて硬直したようになった。
一郎はびっくりした。
そのとき、反対側のエリカが急に立ちあがったことに気がついた。
「なんですって──」
驚愕したが、エリカは拳を握ってアーサーに殴りかかっていた。
「大公──」
動いたのは、あのランスロットいう護衛長だ。
すでに、アーサーとエリカのあいだを割るように半身を入れている。
しかし、エリカの拳がアーサーに届くのが早かった。
アーサーの頬にエリカの拳が当たり、アーサーがのけ反った。
まるで自らあたりにいったようにアーサーはまったく動かなかったのだが、ランスロットがほとんどエリカの身体を押さえたので、それほどの勢いをアーサーにぶつけられず、アーサーはわずかに顔を後ろにそらしただけで終わった。
「離しなさいよ──」
ランスロットに掴まれたエリカが、さっと身体を捻って、ランスロットの腕をとって投げ飛ばす。
「うわっ」
ランスロットがほかの護衛たちのところに飛んでいった。
相手の力を利用した上手い投げだ。
一郎はいきなり始まった乱闘に目を丸くしつつも、エリカの武術の技に感嘆してしまった。
「貴様──」
「なにをするか──」
巻き込まれなかった側の護衛たちが血相を変えた感じで、剣を抜いた。
一郎はどうするか迷った。
このまま暴れるか──。
それとも、いったん捕らわれるか──。
一方で、コゼは顔色を変えたまま、まだ硬直している。
なにを言われたのだ……?
「やめい──」
そのとき、大きな怒鳴り声が響きわたった。
アーサーだ。
にやにやしながら顎を擦っている。
そこは、さっきエリカが拳を叩きつけた場所だと思う。
「し、しかし……」
「大公──」
「アーサー大公、ですが、この女は──」
護衛たちは色めき立っている。
「剣を収めよ──。最初からの手筈だったはずだ。挑発して怒らせた。怒るのが男ではなく、女の方というのは意外だったがな。案外に冷静なのだな。それとも臆病か? しかし。自分の女を罵られて激昂しないというのは、男としてどうなのかな?」
アーサーは、余裕のある態度だ。
しかし、ちょっと侮蔑と失望のような感情が醸し出ているのがわかった。
「それにしても、ランスロットが投げられたのは驚いたな。いまのは本気で投げられたのだろう、ランスロット?」
アーサーがランスロットに笑いかけた。
ランスロットは、悔しそうに顔をしかめて立ちあがった。
一郎は首を傾げた。
だが、よくわからないものの、やはり、さっきからの態度は一郎を挑発しようとしている一連の行為のようだったみたいだ。
とにかく、一郎はエリカをとっさに掴んで引き戻すと、ソファに強引に戻して抱き締めた。
一緒にコゼの身体も強く抱き寄せる。
だが、いまだに、コゼは震えている。
一体全体、アーサーはコゼになにを言い、どうしてエリカはいきなりアーサー大公に殴りかかるという暴挙をしたのだろう?
一郎はエリカの耳元にささやいた。
「……エリカ、こいつは、なにを言ったんだ?」
ほとんど音にはならないささやき声だ。
一郎の問いに、まだ真っ赤になって怒ったままのエリカは、ちょっと躊躇した表情になった。
だが、ほんの小さな声で、一郎だけに聞こえるように、エリカが一郎の耳元に口を寄せる。
「コゼのことを……
かっとなった。
一郎は、自分がアーサーを殴りたくなった。
しかし、まずはコゼだ。
一郎はエリカから手を離して、コゼを両手でぎゅっと強く抱きかかえ直す。
コゼはまだ震えている。
「厠女」というのは、一郎やエリカが一生懸命に、コゼの心の奥に封印した暗い闇を引き起こしてしまう引き金だ。
決して、コゼに言ってはならない言葉なのだ。
アーサーを睨みつけた。
「おっ、やっと男の顔になったな……。まあいい。とにかく、手を出したのはお前たちだ。このことは、ただで済むわけにはいかないな。この国の客として招かれているこの俺が、いやしくも一介の冒険者に暴力を振るわれたのだ。王妃殿下には抗議をしないとなあ……」
アーサーはにやにやと笑っている。
してやったりの顔だ。
一郎は、やっとアーサーの狙いに気がついた。
やはり、これまでずっと、一郎を挑発するための態度だったというのは間違いないみたいだ。
目的は、つまりは、王妃アネルザに「借し」を作ることだろう。
アンとの政略結婚の話を進めるためにやってきたアーサーは、この王都に到着した途端に、急に進展しなくなった状況に業を煮やしていた。
なにしろ、肝心のルードルフには一度面談したきり、それからは後宮に引き込まれてしまって会えず、国王の政務の大部分を代行している王妃アネルザは、頑なにアーサーを拒否して、ほとんど門前払いの態度だ。
また、アンに会うために独自に動こうとしても、スクルズは王家の許しなく、誰であろうとも「男」をアンには会わせられないと、アーサーを拒否している。
すべて、一郎が背後でやらせていることであり、「牛歩戦術」ではないが、それでのらりくらりとやり過ごさせるつもりだった。
アーサーは、この状況を打開したかったのだろう。
一郎が王妃アネルザの愛人だというのは、実のところ、王都の社交界では有名だ。
大して調べなくてもわかる。
だから、アーサーは強引に一郎を呼び出して、怒って手を出させようとしたに違いない。
いくら一郎でも、一国の大公を殴ったとあれば、大逆罪に等しい犯罪だ。
侮辱されたからというのは言い訳にもならないだろう。
完全なる一郎たち側の落ち度だ。
アーサーが一郎への処分を要求すれば、アネルザはアーサーを懐柔するために、ある程度の申し出に応じるしかない。
アネルザが一郎たちを見捨てるわけがないから、アーサーの譲歩を引き出すために、アネルザはやむ無く、相当の代償を支払うだろう。
うまく嵌められたのだと思った。
しかし、許せない。
いまだに小さく震えているコゼのことだ。
さっきまで、あんなに無邪気に笑っていたコゼをここまでしたアーサーを、決して一郎は許さないと思った。
「わかりました……。取引をしましょう。面倒なことは嫌いだというのは俺も一緒です。スクルズ殿のことは知っていますし、アン様に会いたいというなら俺が頼んでもいいです。スクルズ殿は応じると思います」
一郎は言った。
アーサーに屈服するのは癪だが、ここは応じるしかない。
とりあえず、アンには申し訳ないが多少は妥協をする――。
一度の面談がそのまま婚姻になるわけじゃない。
しかし、アーサーは、面白い言葉を耳にしたかのように、お道化た態度で首を横に振った。
「なにを偉そうに──。なにか勘違いをしているようだが、俺が冒険者ふぜいと取引などするわけがないだろう。お前ができるのは、俺に従うことだけだ。さもないと、俺は俺を殴ったエルフ女を断固として処断しろと、この国の王宮に要求する。一国の大公を殴ったのだ。ただで済むわけないだろう」
アーサーは一郎に見下したような視線を向けた。
一郎は歯噛みした。
「えっ、そんな……」
エリカはやっと自分が感情のままアーサーに手を出したことが大事であることがわかったみたいだ。
さっきまでの怒りの形相が一転して、焦燥の表情になっている。
すると、アーサーの顔が勝ち誇ったようになった。
「……とはいえ、お前がスクルズ殿に、縁のある男というのは知っている。護衛のクエストは引き受けろ。もちろん、真の役割は護衛じゃない。スクルズ殿を説得して、アン殿を俺の前に出すことだ。それに成功すれば、俺を殴ったエルフ女については、王妃殿には寛大な処置をするように申し出てやる」
アーサーは言った。
アンに会えたとしても、それだけで、すべてを不問にする気はないようだ。
とことん利用する気配だ。
一郎は腹が煮えるのをぐっと我慢した。
それはともかく、アネルザとの関係は意図的に言い触らしている部分はあるものの、なんとなくだが、アーサーは、一郎とスクルズの関係についても知っている様子だ。
だとすれば、情報源は彼女だろう。
いつぞやの廃神殿のクエストのときに、一郎が助けてやったタリオの諜報員の女……。
エレインと名乗ったが、ステータスにはビビアンとも、レイクとも名前が現われていた……。
コゼの過去について調べたのも、彼女かもしれない……。
一郎は顔をあげて、一郎たちをいまにも切りかかろうとするように殺気を向けている護衛たちを見た。
そのときだった。
突如として、部屋の扉が開き、そこに、顔にびっしょりと汗をかいているミランダが立っていた。
どうやら、かなり急いで、ここに戻ってきた感じだ。
小さなミランダに不似合いな大きな乳房が、荒い息遣いのために前後に揺れている。
護衛が数名、さっとミランダの前を阻むように立つ。
「どうにも、この冒険者ギルドというところは無礼なのだな。入室の許可をした覚えはないが?」
アーサーはミランダをじっと見た。
「そ、それは失礼をしました、大公陛下……。ところで、話はあたしが伺います。指名クエストということでしたが……」
ミランダは焦った口調でがばりと頭をさげたあと、すぐに少し早口の口調で言った。
しかし、アーサーがそれを阻む。
「……しかし、丁度いいから抗議したい。俺はこのギルドの職員の許しを得て、指名クエストをしようと思っている彼らと面談をしていた。ところが、たったいまのことだが、ちょっと話をしていたところで、このエルフ女に顔を殴られたのだ。無論、王宮にも抗議するが、ギルドとしても落とし前をつけるべきであろう。このギルドの規則では、一国の賓客に対して、所属の冒険者が暴力を振るうというのは、どんな処分になるんだね?」
アーサーが不遜そうな態度のまま言った。
ミランダが目を丸くした。