※この作品はR-18です。

【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】   作:ドン・ドナシアン

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233 女間者の告白

「えっ?」

 

 絶頂の余韻から醒めると、またもや風景が変わっていた。

 いまのいままで、真っ白な空間でロウと抱き合っていたのに、いまは、入ったことがない見知らぬ部屋の一室にビビアンはいた。

 

「ほら、ビビアン」

 

 ロウが大きな薄い布を出して、ビビアンの全身にかけてくれた。

 ビビアンもロウも素っ裸だったのだ。

 ロウも自分自身をそれで包んでいる。

 どういうこと?

 たったいままで、不思議な真っ白い空間にいたはずなのだが……。

 

「ご主人様、お帰りなさい──。あら、やっぱり来たのね、ビビアン……」

 

 コゼがロウに飛びついてきて、ぐっとその腕に掴んできた。

 そして、ロウの隣にいるビビアンを一瞥する。

 ビビアンはぞくりとした。

 コゼが微笑みながらも、しっかりとビビアンに、殺気に近い警戒を油断なく寄せているのがわかったからだ。

 ビビアンも諜報員としては、そこそこの実力者である自負はある。

 だから、他人の監視の視線に敏感であることは、諜報員としての本能のようなものだ。

 まあ、タリオ公国の諜報員として、ロウたちとは反対側の立ち位置にあるビビアンだ。

 ロウの愛人を兼ねた護衛としては、まだビビアンに用心深さを向けるのは当然だろう。

 

 一方で、さっき対立したことで、ビビアンは、コゼにしてもエリカにしても、凄腕の女傑であることを肌で知っている。

 そのひとりであるコゼが、こんなにも無条件にロウに甘えた仕草を示すのが不思議だ。コゼがビビアンに警戒して接近してきたというのはわかるが、どちらかというと、ロウに甘えるのが第一優先で、ビビアンを見張るのは二の次という感じだ。

 

「ロウ様、こちらにどうぞ。ビビアンも座って」

 

 声をかけてきたのはエリカだ。

 そこにいたのは、そのコゼのほかに、エリカ……、さらに、ほかに三人の女がいる。

 

 ひとりは、さっきまで冒険者ギルドにいたはずの若い職員のラン──。

 アーサーがギルドを突然に訪問したとき、マリーという女職員とともに、毅然とした態度で対応をした若い娘だ。

 なぜ、ここにいるのかという疑問はある。

 ふと見ると、本人自身も同じように思っているのか、落ち着かない態度だ。

 

 もうひとりは、驚いたことに、イザベラ王太女の腹心のエルフ女のシャーラだ。

 もちろん、接するのは初めてだが、諜報員として、顔くらいは知っている。

 シャーラは、王太女の護衛長であり、まだイザベラが王宮でなんの地位もない王女のひとりだったときから、侍女としてイザベラを後継者争いに伴う暗殺から守り抜いたほどの女傑だ。

 確か、ナタル森林の森エルフ出身であり、親はナタル森林国のエルフ族の貴族としてはそれなりの人物だったと思う。

 理由は知らないが、出奔同然にナタルの森を出て、数年の放浪の末にハロンドール王都に流れ着き、一度冒険者ギルドに所属したのち、縁があり、味方がほとんどいなかったイザベラの護衛をするために侍女としてギルドから派遣されて、いまに至っているという女である。

 すでに冒険者からは除籍していて、イザベラが王太女になってからは、騎士の称号を受けて、護衛長に任じられている。

 王太女の腹心中の腹心だ。

 どうしてここにいるの知らないが、ロウが呼んだのだろうというのは予想がつく。

 そうだとすれば、ビビアンの予想通りに、王太女のイザベラとロウとは、あのキシダイン事件を通じて繋がっているということだろう。

 

 残りのひとりはわからない。

 二十代後半くらいの美女であり、年齢には似つかわしくない風格のようなものを感じた。

 椅子に座っているのは、その女とシャーラだ。

 ほかの者は、複数ある長椅子には座らず、直接に床に腰をおろしている。

 

「早速で悪いけど、情報を提供してもらいたい。あのアーサーがなにを考えているかだね。それで、こうやって情報交換をするのに適する者に集まってもらった。シャーラについては、急で悪かったけど、姫様もアネルザも執務中だしね。ふたりには情報を通しておいてくれ。いや、俺があとで行くかな」

 

 ロウがビビアンを女たちの輪の中に誘導しながら、シャーラに言った。

 ビビアンがロウに導かれたのは、エリカが座っている隣であり、やはり床に直接に座っているランに挟まれる位置だ。

 そこにロウとともに座ると、ロウの隣には強引にコゼが割り込んできた。

 ランが遠慮するように、横に移動する。

 

「コゼ、我儘よ──。ごめんね、ラン」

 

 エリカがコゼをたしなめている。

 

「あ、あたしは別に……」

 

 ランは慌てたように、手を顔の前で振った。

 コゼは、素知らぬ顔だ。

 いまだに、ロウの腕に両手でしがみついている。

 それでいて、いまだにロウの反対側のビビアンに注意を向けているのがわかる。本当にロウが大切なのだろう。

 

「なかなかに女が広いな、ロウ殿。今度はビビアン殿か──。タリオ公国では重用されておる有能な女間者殿だぞ。先日はイザベラの侍女の全員を愛人にしてくるし、いつも、ロウ殿には驚かされる」

 

 口を開いたのは、ただひとり名前がわからない美女だ。

 また、ビビアンが相手を知らないのに、向こうがビビアンを知っているということに驚いた。

 

「なんとなく、成り行きでね、アーサーのこともあるし協力してもらうことにした。シャーラにしても、タリオについて、王宮で知っている情報と合わせたい。俺の勘だけど、アーサーは油断ならない男のような気がするね。単に、アンとの婚約話を進めるためだけに、ハロンドールに来ているんじゃないと思うよ」

 

 ロウが言った。

 

「話し合いはいいですけど、外交に関しては、わたしはそれほどに、深いところまで状況に通じているわけではありませんよ。姫様の護衛長にすぎませんし」

 

 シャーラが困惑したように言った。

 いずれにしても、ビビアンがロウに捕らわれたのは、たった今のことなので、王宮にいたはずのシャーラは、なんらかの手段で急遽、ロウに呼び出されて、すぐに駆けつけたということだろう。

 それとも、あらかじめビビアンを捕えることを予定していた?

 いや、あのアーサーとの会同のときのことを考えれば、ロウがタリオ公国に敵愾心を抱いたのは、あの会合が切っ掛けであり、それ以前はなんの意識もなかったと思う。

 だから、ビビアンがタリオの間者と気がついていたとしても、捕らえようと考えたのは、あの会合の最中に違いない。

 そもそも、普段、ビビアンは、王都の市井に紛れ込み、あの会合に参加するような立場じゃない。

 ロウがビビアンの普段の居場所を知っているわけがないと思う。

 従って、ロウはシャーラを突然に呼び出し、シャーラはそれに即座に応じた──。

 少なくとも、ロウは彼女にそれをさせるだけの立場にあるということだ。

 

「なにを言ってんだ、シャーラ。世情に通じ、姫様を狙う様々な敵から長く守り抜いてきたあなたじゃないか。それに、ビビアンの話は直接に聞いておく必要もあると思うよ。アーサーが何人の間者を王国に潜入させているか……。そういうことを聞きたくないか?」

 

「間者? ほかにも潜入者が?」

 

 シャーラの表情が一変した。

 ビビアンを問い詰めるように睨んでくる。

 

「待ちなさいよ、シャーラ──。とにかく、ビビアンもロウ様に認められたんでしょう。だったら、仲間よ。なにか飲む? 喉が渇いたでしょう」

 

 エリカだ。

 ビビアンを除けば、全員が目の前に、なんらかの飲み物を置いている。ソファに座る者はテーブルに、床に座るものは、盆に載せて、それぞれの前にある。

 果実水、紅茶、水のようなもの、ばらばらだ。

 ロウに前には、湯気の出ている緑色のお茶がある。

 

 湯気──? しかも、そのお茶は半分くらいが飲みかけだ。

 それでふと疑念が沸いた。

 つまりは、ロウの前にあったものは、ロウが席を離れる前に準備されていて、ロウがそれに口をつけてから、階下に降りて、ビビアンを出迎えたということだ。

 それなのに、まだ湯気が出ている?

 なんでもないことなのだが、仕事柄、細かいことに疑問を抱いてしまう。

 

「あっ、あたしがします、エリカさん」

 

 ランが慌てて立ちあがる。

 だが、それをロウが制した。

 

「いいから、ランはここにいてくれ。大切な話し合いの要員だ。それに比べれば、コゼとエリカは、俺同様になにも知らん。エリカ、頼むよ」

 

「はい、ロウ様……。それで、なにがいいの、ビビアン?」

 

 エリカがビビアンに声をかけてきた。

 なにがあるのかを訊ねると、名を知らない女が準備のできる飲み物を口にした。

 つまりは、ここはその女の住居なのか……。

 ビビアンが果実水が欲しいと言うと、エリカは厨房と思われる奥に消えていった。

 

「あ、あのう、ロウ様……。でも、あたし、ただのギルドの職員で……」

 

 ランが困惑したように言った。

 

「ランのことは耳にしているよ。書類仕事を一手に引き受けるようになり、ギルドの情報にかなり精通するようになっているだろう? ミランダも書類仕事が得手じゃない。むしろ、細かいことは、最早、ランの方が知っていると思っている。国内情勢や国際情勢なんかも、おマアの教育に参加して、かなり勉強しているそうじゃないか」

 

「あ、あたしにできることなら、なんでもします──。ロウ様、なんでも言ってください──」

 

 ランが元気に言った。

 ロウに声をかけられたのも、褒められたのも、本当に嬉しそうだ。

 直観だが、このランもまた、ロウが好きだと思う。

 まず、間違いない。

 しかし、それにしても、ロウには何人愛人がいるのだろう。

 聞き間違いでなければ、ソファの女は、ロウがイザベラの侍女の全員を愛人にしたと口にもしている。

 まあ、なにかの喩え話なのだとは思うが……。

 

「ランはよい生徒だな。あたしが保証する。侍女たちよりも、ほかにやって来る貴族の令嬢たちよりも筋がいい。一を聞いて、十を知る能力がある。大したものだ」

 

 ソファの女だ。

 なんで、この女が応じる?

 ビビアンは首を傾げた。

 

「いやいや、あたしなんて、ただの平民で……。このあいだまで、メニューの文字を読めたくらいで……」

 

 ランは恐縮している。

 

「だけど、いまでは、ギルドにあるかなりの古文書なんかもすらすらと読むそうじゃないか。ミランダも舌を巻いていたよ」

 

「そ、そんな……。そんな……。ロウ様のおかげで……。あ、ありがとうございます」

 

 ロウがさらに褒めると、ランは顔を真っ赤にした。

 とても可愛らしい。

 それにしても、メニューしか読めなかった女が、いまでは古文書を読む?

 このランは何歳?

 十代後半にしか見えないのだが……。

 

「ちょ、ちょっと、まだ、わけがわからないんだけど……。あたしって、いつ、ここに? ……というよりは、ここどこ?」

 

 とにかく、ビビアンはロウに視線を向けた。

 そもそも、全身に残る気怠さと、身体の火照りを考えれば、ビビアンの記憶の通りに、たったいままでロウに抱かれていて、すぐにここにやって来たということなのかもしれないが、ビビアンには、ここに入ってきた記憶がない。

 意識を失ったという感覚もない。

 気がつくと、一瞬にしてここにいたのだ。

 『移動術』──?

 そう思ったが、あのとき、ロウしかいなかったし、そんな感じでもなかった。

 いや、亜空間がどうのこうのと言っていたか……?

 

「それよりも、あんた、どうだったの? ご主人様のことだから、うんちしながら、いい気持ちにされなかった。あれをされると、もうなんでも、いいやって気になるのよね」

 

 そのとき、コゼが突然に声をかけてきた。

 少し前の醜態を思い出して、ビビアンはかっと顔が熱くなった。

 

「そんなこと、どうでもいいでしょう、コゼ──。あんた、いい加減にしなさい──。それよりも、ロウ様にくっつき過ぎよ──。いい加減に離れて──。ちょっと交代しなさい」

 

 ビビアンは言い返そうとしたが、それよりも早く、厨房から戻ってくる途中のエリカがそれを遮って、コゼに怒鳴った。

 エリカは運んできた盆をビビアンの前に置いて、コゼをロウから引き剥がそうとした。

 ちょっと大人げないエリカの行動に、ビビアンはたじろいだ。

 

「なにすんのよ──。ご主人様自身が、あんたとご主人様のあいだに、ビビアンを連れてきたのよ──。愛が深くないのよ」

 

 コゼが馬鹿にしたようにエリカに返事した。また、ロウの腕をさらにぎゅっと掴む。

 すると、エリカの顔が怒りで真っ赤になる。

 

「き、聞き捨てならないわよ、コゼ──」

 

 エリカが怒鳴った。

 なんだ、これ──?

 ロウの隣に座ることがそんなに重大事か?

 ビビアンは交代してやろうかと、エリカに声を掛けようと思った。

 

「そんな他意はないよ。ただ、たまたま座っただけだ。だったら、ひとりは俺の膝の上でもいいぞ」

 

 ロウがそう言った瞬間、コゼがさっと体勢を変えて、ロウの胡坐の脚に横抱きされるように収まった。

 その素早さは呆れるほどだ。

 エリカは、なにか言いたそうにコゼを睨みつけたが、思い直したのか、さっきまでコゼがいたロウの隣の場所に陣取った。

 ビビアンは、エリカの前にあった飲み物を載せた盆を移動させてやった。

 

「それで、さっきの話どうなの、ビビアン?」

 

 コゼがロウに横抱きされたまま言った。

 すると、またもや、ビビアンが応じるよりも早く、エリカが口を挟む。

 

「もういいでしょう、その話は──。アーサーの話でしょう」

 

「なによ、ちょっと訊いただけじゃないのよ。それに、あんたも気になるんじゃないの? こいつがどれくらいご主人様に屈服したのかとかね。愛されたのかとかも……。そもそも、なにせ、ご主人様に武器を向けようとしたんだから、ちゃんと改心したのか確かめないと」

 

 コゼがきっぱりと言った。

 ロウに武器を向けた覚えはなく、向けたのはコゼとエリカに対してであり、どちらかといえば、ロウたちから先に危害を向けられそうになったのだ。

 まあ、ロウが淫魔師だと知り、危険だと思って、処断しようとしたのは確かだが……。

 

「改心って……」

 

 そして、ビビアンは思わず呟いた。

 第一、改心しなければならないことが、なにひとつあるとは思えない。

 むしろ、タリオの諜報員として得ていた情報をこれから、ロウたちに漏らすということについて、正直罪悪感がある。

 まあ、すでに諦めているが……。

 

「だが、そなたこそ、そもそもロウ殿を暗殺しようとしたんじゃないのか? そういえば、シャーラもそうだったらしいな」

 

 ひとりだけソファーに座っている女が愉快そうに口を挟んだ。

 ビビアンは、その内容に驚いた。

 

「えっ、そうなんですか──?」

 

 声をあげたのはランだ。

 知らなかった気配だ。

 それにしても、コゼはもともと、ロウを殺そうとした?

 シャーラも?

 

「い、いまさら、そんなこと言わなくていいじゃないですか、おマアさん──。いまは、あたしが、ご主人様を一番大好きなんです。だから、いいんです──」

 

「だったら、ビビアンがロウ様を好きになってくれれば、それでいいんじゃないのよ……。ぐずぐず言わないでいいのよ──。それと、あんたが一番だというのは取り消して──。一番奴隷はわたしなんだから……」

 

 エリカがぴしゃりと言った。

 今度はコゼが怒ったように真っ赤になった。

 

「う、うるさいわねえ──。なにかというと一番一番って……。あんたこそ、ご主人様を連れてきてしまった罪悪感で仕方なく、ご主人様にお仕えしているんでしょう」

 

「仕方なくですって──。とんでもないわよ──。わたしはロウ様が大好きよ──。いっつも、どんなことだって……、恥ずかしいこと、痛いことも、苦しいことも、心からロウ様を受け入れてるじゃないのよ──」

 

 エリカが激昂したように叫ぶ。

 ビビアンは、ちょっとたじろぎの気持ちになってきた。

 そもそも、いまの会話にそこまで怒る要素あったのだろうか?

 もしかしたら、このふたりは果てしなく仲が悪いのか?

 それにしては、アーサーがコゼを侮辱したとき、エリカは真剣に怒っていたが……。

 まあ、いまのは、このコゼがわざとエリカを怒らせるように誘導した感じではあったが……。

 すると、コゼがにんまりと微笑んで、ロウに笑いかけた。

 

「へえ、ねえ、ご主人様、いまの聞きましたよね? じゃあ、エリカに、うーんと恥ずかしい悪戯をしてもらいましょうよ。なんでも心からやるんですって。あたし、また、新しいこと考えたんですよ」

 

 コゼが媚びを売るような物言いをする。

 ビビアンは、今度は呆れてしまった。

 

「あんたたちって、本当はどういう関係なの?」

 

 ビビアンは思わず言った。

 

「そんなこと、どうでもいいじゃないですか。とにかく、話を進めてもらえませんか。ところで、ここにいる女性がタリオ公国の諜報員というのは本当ですか? それに、さっきのハロンドールに潜入している間者について……」

 

 イザベラの護衛長のシャーラが真面目な顔でたしなめるように言った。

 

「タリオの間者が多数この国に入り込んでいるのは事実だぞ、シャーラ殿……。そもそも、このあたしからして、商売を通じて得られたこの国の内情を本国に伝える義務を負っておる。そのための手の者も多数抱えておる。いまは、その手の者はロウ殿のために動かしているがな」

 

 名の知らぬ女がそう言って笑った。

 そもそも、この女は誰なのだ?

 いまの言葉からすれば、タリオ人?

 

「まあ、いろいろとあると思うけど、ビビアンについては、もう信用していい。すでに仲間だ。それを前提に話をする」

 

 しばらく、黙って微笑んでいただけだったロウが言った。

 すると、急に全員がほっとした表情になり、また、全員の目がビビアンに集中した。

 あまり息の合った絆のようなものは感じなかったのに、ロウのひと言で急にまとまった感じだ。

 ビビアンは、本当に首を傾げる気分だ。

 

「ところで、この人は誰で、なぜ、あんたは、あたしを知っているのよ?」

 

 ビビアンはシーツで身体を隠したまま、ソファの女に言った。

 すると、その女がけらけらと笑いだした。

 

「頻繁に会うという間柄ではないが、何度か顔を見たことがあるぞ。そなたのことは、以前から注視はしていた。まあ、アーサーに仕えるよりも、このロウ殿の方が仕えようがあることは保証する。大切にしてくれる」

 

 その女が言った。

 ビビアンは怪訝に思った。

 自分のことを知っているこの女だが、以前にも会っているようだ。

 少なくとも、向こうは知っているし、アーサーに近い人物の気配である。

 しかし、ビビアンは知らない。

 

 ただ、どこかで見たことがある気も……。

 それはともかく、つまりは、ロウは、アーサーに極めて近い女である彼女を自分側に引き入れているということだ。

 

 それにしても、誰──?

 

「おマア……。マアだよ。ここの商会の会長だよ……。ここはその会長であるおマアの部屋だ。ビビアンの話を聞くなら、マアのところで話し合うのが一番だと思ってね」

 

 ロウが言った。

 マア?

 マアって、商会の会長のマア?

 女豪商にして、泣く子も黙る古だぬきのマア?

 この若い美女が?

 

 えっ?

 いや、なにを……。

 んん──?

 いや……。

 まさか……?

 

 いや、まさかだ……。

 しかし、そう言われてみれば、マアの面影はある。

 若いときのマアも知っているビビアンは、いまやっと、目の前の女がその若いときマアの姿とよく似ているということがわかった。

 

 いや、似ているが、こんなに美人でもなかったか……。

 似ている?

 似ているというものじゃない……。

 

 これは……。

 

「ええええっ」

 

 ビビアンは絶叫した。

 いや、こいつは、やっぱり、マアだ。

 だけど、六十を超えた婆さんだったはずだ。

 こんなに若いって──。

 

「びっくりしますよね。あたしも、最初は驚きましたし……」

 

 ランが笑った。

 

「まあ、あたしたちも驚いたよねえ」

「確かに……」

 

 コゼとエリカも大きく頷いている。

 ということは……。

 えええ──?

 

「も、もしかして、あんたって、女を──。あんたの淫魔師の力とやらは、もしかして、もしかして、もしかして、女を若返らせることもできるのかい──?」

 

 ビビアンは驚いた。

 任務上、若い女に化けることもあるし、実際に今日もそんな感じで若作りをしていた。

 しかし、目の前のマアには、そんな誤魔化しじゃない、正真正銘の若さがある。

 これは本物だ。

 

「ほ、本当にマア殿──? 本当に──?」

 

 ビビアンはほとんど絶叫に近い声で言った。

 マアの顔がはにかんだ表情になり、ちょっと頬が赤らんだ感じになる。

 

「ロウ殿の能力だ。ロウ殿は女が望むものをくれる……。あたしには若さ……。ランにはそこら辺の貴族宰相にも負けんような知恵と業務処理の力を……。シャーラ殿も、エリカ殿も、コゼ殿も、みんなロウ殿の恩恵を受けて強くなったのだ。そなたは、なにを貰うのだ?」

 

 マアが言った。

 ビビアンは、ロウに飛びついた。

 それこそ、襟首を掴んで、ぐっと顔を寄せる。

 

「あ、あたしにも若さをちょうだい、ロウ──。あ、あんた、そんな能力があったの? どうして、もっと早く教えないのよ──。若くしてよ──。それに、あんたの力って、女を若くするだけじゃないでしょう──。あんたの女と噂がある者は誰も彼も、急に綺麗になっているわ。もしかして、それもあんたなんでしょう──」

 

 ビビアンは、アーサーに命じられている王都の市井調査の傍ら、ロウやその周りの者について少しずつ調べてきた。

 それでわかったが、ロウの周りには、最近になって、とても綺麗になったと周囲から噂をされている女が何人もいる。

 恋をして美しくなったとか、幸せだから綺麗になったとか、そういう話じゃない。

 皺や染みが消えたり、肌や髪が美しくなったり、ちょっと目鼻立ちの一部がよくなったりという目に見える変化だ。

 ビビアン自身が、その女たちの全員を昔から知っているわけじゃないので、変化そのものはわからないものの、思い当たる女は全員がロウの女の可能性のある女たちかも……。

 

 王宮では、ちょっと以前では日陰者扱いだったイザベラ侍女団が、最近では、美人女官団とか称され、高い評判で王宮内を闊歩したりしているらしい。

 ミランダ、スクルズ、シャングリアだって、前からそれなりに美しかったり、可愛らしいという評判はあったが、このところは、それに拍車がかかっている感じのようだ。

 おそらく、ロウなのだろう。

 若さを女にもたらすことができるなら、美しさだって簡単に与えられるはずだ。

 それが伝承の「淫魔師」に違いない。女に美と若さを与える……。これは、すべての女がその力にひれ伏すという伝説に十分な能力だ。まさに、「クロノス」の力だ。

 

「あたしにも若さと美しさをちょうだいよ──。それをくれるなら、アーサーでも、タリオ公国でも、魂だってあげるわよ」

 

 ビビアンはロウの首根っこを握ったまま言った。

 

「大袈裟だなあ……。だったら、ビビアンの知っていることをここにいるみんなに教えてやってよ。幼くすることはできないけど、俺の女である限り、見た目の若さくらいなら簡単にあげられる」

 

 ロウが事も無げに言った。

 ビビアンは狂喜した。

 

 それから、やっとビビアンの持っている情報を全員に示すことになった。

 ビビアンは、自分が知る限りのことについて説明した。

 

 ビビアンがまず言ったのは、アーサーがかなりの野心家であり、彼の頭には、いずれは周辺国を統一して、まずは、ロームの皇帝になり、最終的には、このハロンドールも、北方の魔道王国エルニアの併合も、視野に入れているということだ。

 そのために、常識外れの数の特殊工作員を各国に潜入させている。

 いまアーサーの手が集中している国は、まずは同じローム帝国内の二個の公国、そして、ハロンドール王国だと言った。

 アーサーは、この国の王は無能だと思っていて、いまは懐柔施策をしているが、ローム帝国を統一したら、すぐにハロンドール王国に攻め入るつもりのはずだと説明した。

 アーサーの頭では、これを十年以内に成し遂げるつもりで、動いていると……。

 そのために、本気で多数の情報員や工作員を各地に潜入させているということも……。

 

「こんなにも……?」

 

 ハロンドール王国に入り込んでいる諜報員などの概数を言ったとき、まず声をあげたのはシャーラだ。

 百人は入り込んでいて、三分の一は王都にいる。

 シャーラは、具体的な要員の名前などを知りたがり、ビビアンは知る限りについて教えてやった。

 まあ、シャーラもすぐにタリオの諜報員を処断したりはしないはずだ。

 殺せばそれっきりで、別に送られた工作員がそれに変わるだけだ。

 それよりも、誰が諜報員なのかわかっていて、泳がせて情報をとる方がいい。

 ビビアンが諭すまでもなく、シャーラはそのつもりでいるみたいだ。

 

「王都以外には、南が多いねえ……」

 

 マアが、ハロンドール王国に入り込んでいる諜報員の拡がり方の情報に接して、呟くように言った

 

「アーサーの思惑までは、あたしにはわかりませんけどね。ほかにも諜報員は各地にいますよ。冒険者、軍人、小役人、市井の民、ときには盗賊や領主の妻などになりすましているかもしれません。アーサーは、そういうことにかけては、とても長けています。残念ながら、あたしにも、すべての諜報員の全容などわかりません。アーサーのほかには、数名が知るだけでしょう。あたしもまた、アーサーの駒のひとつなんです」

 

 ビビアンは、その呟きに丁寧に返した。

 それにしても、自分よりも歳下としか思えない相手が、実際には六十を超えた老女だというのがいまでも違和感がある。

 

「南になにかあるのか?」

 

 ロウが言った。

 すぐにシャーラが口を開く。

 

「もともと、キシダインの影響が強かった領主が集まっているところですね。キシダインの失脚で、幾つかの権益も失っているので、いまの体制には不満もあるかもしれません。まあ、表になど出してませんが」

 

「その不満に乗じて、アーサーが手を出そうとしているということは?」

 

 ロウが疑念を口にしたが、残念ながらビビアンには、それに答えられるだけの情報を持っていない。

 そう応じると、ロウはわかったと、小さく頷いた。

 

「そういえば、南側の地方正面については、冒険者ギルドについても、よい噂は聞きません。貴族に対する鬱憤をぶつけるようなクエストが多くて、それでトラブルも多発しています。それと、冒険者間の喧嘩のような騒動も少なくないし……。最近では盗賊関係のクエストが最も集中している地域でもあるかもしれません」

 

 ランが言った。

 その表情は真剣だし、話し合いが本格的になる前のおどおどしていた態度はない。

 毅然として、口調もしっかりとしている。

 まるで、人が変わったかのようだ。

 ビビアンは正直、ランのことを軽く見ていたので驚いている。

 やはり、ロウに集まる女は、全員がひと癖もふた癖もある者ばかりだ──。

 改めて思った。

 

「あたしも流通の視点で調べてみるよ」

 

 マアがロウに言った。

 ロウが「よろしく頼む」と言うと、マアが嬉しそうな表情になった。

 

 また、今回のアンとの婚約話についても説明した。

 もっとも、これについては、ビビアンの持っている情報は皆無に近い。

 ビビアンは、アーサーと語ったときの言動から、アーサーがアンとの婚約をハロンドール王に打診しているのは、単に新たな婚姻話を持ちあげる切っ掛けが欲しかっただけで、アーサーがアンを妃にしたいと思うはずがないと言った。

 おそらく、正妃として迎えるなら、イザベラ王太女狙いじゃないかと。

 あの男は見栄っ張りであり、自分の女にそれなりの箔を要求する。

 王太女であり、次期女王のイザベラであれば、形式的な婚姻だけでも、アーサーは満足するだろうと意見を言った。

 

「価値のあるいい女を蒐集する──。アーサーにはそんな女癖があるとは耳にしたことがあるね」

 

 マアが言った。

 

「そういう意味では、いまのエルザ様も、エリザベート様も、大公は気に入ってはいない。エルザ様は庶子腹だし、エリザベート様は、ティタン教会の大司教猊下の孫娘だけど、どの王家との繋がりもなく、王族でもない。アーサーは、彼女たちに第二妃と第三妃の地位しか与えていないわ。正妃は空位よ」

 

 ビビアンも続けた。

 

「正妃など娶る予定もないのに、空位にしているのか? それは女性に失礼だろう」

 

「あれは、そういう男なのよ、ロウ」

 

 ビビアンは吐き捨てた。

 実力のある大公だとは評価しているが、ふたりの王妃たちの扱いについては、ビビアンはアーサーを軽蔑している。

 

「アンは単なる噛ませ犬にするだけで、本命はイザベラ姫様ということか……。先に伝えておくかなあ……。まあ、明日の会談が終わってからにするか。先入観のないところで、アンにも判断してもらおう」

 

 ロウが言った。

 すると、エリカが口を挟んだ。

 

「そのことですけど、本当にアン様をアーサーに会わせるのですか?」

 

「まあ、これでもクエスト扱いだしね。アネルザにも会わせるよ。茶会でも開いてもらうさ。話はまだだけど、俺が言えば断りはしないだろう。場を作らせる。イザベラ姫様も呼ぶ。向こうの狙いを知っていれば、逆にアーサーの心の内を引き出すいい機会だ。もっと、アーサーの性質とかも知りたいし」

 

 ロウが言った。

 ビビアンは、気になってしまって口を開いた。

 

「ところで、アン王女にしても、イザベラ王太女殿下にしても、さっきからロウは、ふたりと特別な関係みたいなことを仄めかすけど、実際にはどんな関係なの?」

 

「ふたりとも俺の女だね。性奴隷さ」

 

 ロウが白い歯をビビアンに見せた。

 ビビアンは目を丸くした。

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