【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
第三神殿から連絡があったのは、昨日の夜のことだった。
午後であれば、いつでも対応するという神殿長のスクルズからの伝言であり、正式の印章による蝋印が施されてあった。
断り続けていたアンとアーサーの面談に、やっと神殿側が応じるというのだ。
アーサーは、早目の昼食をとって、いま宿泊しているランカスター公爵家の準備した屋敷から、第三神殿に向かうことにした。
いまは、移動中の馬車の中にいる。
正直にいえば、王女とはいえ、傷物のアンの婚約を打診したのは、ハロンドール王への
キシダインに嫁ぐ前であれば、血統もよく、ハロンドールの第一王女として価値があったが、複数の男に凌辱された女と公になっている今のアン王女に価値はない。
実のところ、アーサーが本気で正妃として考えているのは、この国のイザベラか、ナタル森林国のエルフ女王のガドニエルだ。
いずれも、次期王女、現王女として、国を離れられない立場だが、それぞれの国に留まりながら、定期的に国を訪問し合う「形式婚」であれば、問題はないはずだ。
ただ、いまのタリオ公国は、小国から、やっと中堅国の評価を受けるようになった発展途上に過ぎず、ハロンドール王国やナタル森林国に比べれば格下であるため、対等の婚姻関係を進めるには、タリオ公国の実力をさらにあげる必要がある。
だが、数年以内には、それなりの国力にする予定だ。
それに、アーサーは自分の外見が、男としてかなりの美形であることも知っている。
まだ男を知らぬような少女のイザベラ、あるいは、結界に包まれた幻城に閉じ籠って一切の世間との交流を断っている世間知らずのエルフ女王のガドニエルなど、アーサーと対面する機会さえあれば、簡単に落とす自信もある。
そういう意味では、今回の訪問で、アンとの面談が実現しようと、できまいとどうでもよかったが、アーサーが申し込んだにも関わらず、会うことができないというのは、沽券に関わることで気に入らなかった。
しかも、一度はアーサー自身が直談判で第三神殿に赴き、スクルズに、アンと会わせるように詰め寄ったのだ。
そのときも、スクルズは氷のような冷たい微笑で、アーサーを門前払いした。
さすがに、異国で騒動を起こすわけにはいかないから、強引に入り込むのは自重したが、アーサーとしては、あそこまで軽く扱われたのは我慢ならない屈辱だった。
だから、やっと面談がかなったのは、ほっとしている。
これが、ロウという冒険者の下級貴族が段取りしたものというのが、小癪に障るが……。
「たった一日で、手のひら返しだな」
馬車で神殿に向かって進みながら、アーサーは向かいに座るコンバーに話し掛けた。
そもそも、第三神殿に預けられているアンと面会したいというのは、王都に到着した直後に申し込んでいた。
ハロンドール訪問前の成り行きから、当然に認められるものだと思っていたし、アーサーの訪問を拒否されるとは考えてもいなかった。
だが、蓋を開けてみれば、こちらの使者に対する神殿の回答は、王家の許しがなければ、王女には会わせないの一点張りで、頑としたものだった。
だからといって、王家に言っても、アネルザが相手にしないし、ルードルフは後宮から出てこず、話にならない。
アーサーとしては、馬鹿にされている気持ちだが、愚昧を敵とすればの思いであり、虚しく思っていた。
しかし、ようやく、対面の話になり、アーサーとしては、面目だけは立ったというところだ。
馬車には三人がいて、アーサーのほかには、コンバーとランスロットだ。
ランスロットは、今回のハロンドール訪問では、護衛長を兼ねて、アーサーの幕僚として常に同行させている。
ランスロットとコンバーのほかには、三人の護衛が外にいるが、騎馬で馬車の前後を警護しながら進んでいる。
一国の長としては、かなり質素な人数だが、アーサー自身が魔道にも武術にも長けているので、本国でもこんなものだ。
「段取りしたロウには、確かな影響力があるのでしょうね。大言に相応しい実力があるということでしょう」
ランスロットが静かな口調で言った。
アーサーは内心で舌打ちした。
この男は、戦士としても、将軍としても有能であり、アーサーへの忠誠心も高く、部下として非常に有能であるものの、欠点はやや「脳筋」の傾向があることだ。
だから、昨日、ロウたちに圧倒されて以来、ロウに対して過大評価の傾向がある。
しかし、あれは、ただ能力のある女に守られているだけの見せ掛けだけの男であり、魔道も遣えず、武術の心得もないのはしっかりと見切った。
あのとき、一瞬で銃を出したように見えたのは、おそらく、
また、アーサーを弾き飛ばした仕掛けがなにかはわからないが、多分、特殊な防護魔具を装着していただけだと思う。
あんな男がアーサーに勝るなど、認めるわけにはいかない。
「そのことですが、あれから神殿そのものに、あのロウが立ち寄った形跡はありません。ただ、王太女の使者が夕方に訪問しました。状況からして、第三神殿の突然の態度の変化はそれによるものなのだと思います……。そのう、ロウの功績とは言えんでしょう……」
コンバーだ。
ハロンドール正面の諜報員の束ねをさせている男であり、今日は、護衛に扮して馬車に同乗させていた。
コンバーを同乗させたのは、昨夜、ビビアンから新たに報告のあったハロンドール王家に関する情報について、整理したいからだ。
コンバーについては、本人自身の諜報員としての能力は低いが、管理者としては実直であり、派手ではないが堅実な仕事ぶりを示していて、アーサーとしては、高く評価している。
だいたい、コンバーの情報の分析については、いつもアーサーの考えに合致する。
これは、コンバーが優秀な証拠だろう。
それに比べれば、ランスロットにしてもそうだが、コンバーの前任者のビビアンは、アーサーの考えと一致せず、意見が食い違うことが多かった。
コンバーは、今日は、護衛のひとりにやつしているが、いつもはハロンドールの宮廷に出入りする小役人だ。ハロンドールの下級貴族としての肩書きも作りあげている。
「さもあろう。つまりは、王太女正面が動いたということだ。あの男の力量とは評価できん」
アーサーは吐き捨てた。
「そ、そうです。その通りだと思います」
コンバーが大きく頷く。
やっぱり、コンバーはわかっている。
アーサーは満足した。
すると、ランスロットがくすりと笑った。
「なにがおかしい――?」
「ビビアンによれば、ロウは、あれから王太女を訪問したということです。だから、ロウが動かしたのは王太女なのでしょう。そして、王太女が第三神殿に使いを出した……。昨夜のビビアンの情報に合致します。ロウを過小評価したいのはわかりますが、あれは、なかなかの男と思いますよ」
ランスロットが含んだような笑みを浮かべながら言った。
「過小評価をしているつもりはない。ただ、事実として評価しているだけだ。あれは女に頼っているだけの男だ。逆に言えば、お前は、単に負けたからという理由だけで、過大評価しすぎだ」
「そうですか? でも、得体の知れない男であることは確かでは? まあ、いまのところ目に見えるのは、ロウが女を動かすことによって、事を動かすというやり方をしていることですが、それひとつについてだけでも、実に面白い」
「なにが面白いものか。お前まで、あれがクロノスだというのか?」
アーサーは、ビビアンが、ロウをしてクロノスだと、その実力を絶賛したことを思い出して不愉快になった。
しかし、まさか、ランスロットまでが、ロウをクロノスと評価するのだろうか?
「複数の実力のある女が慕う男というのが、クロノスの定義なら、そうなのでしょう。ビビアン殿の評価に俺は賛成です。少なくとも、あのとき一緒にいたエリカにしても、コゼについてもそれなりの猛者ですね。これから会うスクルズという女神官も魔道にかけては超一流のようですし」
ランスロットは、あっさりと言った。
アーサーは、ロウを高評価するランスロットの物言いが愉快ではなかったが、それ以上議論するのはやめた。
ランスロットには、アーサーに対して、歯に衣着せぬ発言を許しているが、そうしなければ、アーサーの周りはアーサーへのご機嫌取りで埋まってしまう。
しかし、面白くないものは、やはり面白くない。
ただ、ランスロットは根っからの武人なので、そのランスロットが、武人ではないロウを高評価したのは意外だった。
「コンバー、ところで、ビビアンの夕べの情報は、どう評価する?」
アーサーは、コンバーに話を振った。
ビビアンの情報というのは、ロウの行動の調査を任せたビビアンからの新たな報告であり、王妃アネルザの愛人と知られているロウが、実はイザベラの恋人だというものだ。
王妃アネルザの愛人という噂は、その隠れ蓑というのだ。
次期女王が、全くの平民どころか、移民でしかない男を恋人にするなど、常識はずれだが、だからこそ、王妃の愛人ということにして、噂が表に出ないようにしているというのだ。
にわかに信じがたいものがあり、コンバーに裏を取るように指示した。
そもそも、それが正しいなら、王妃からして、イザベラとロウの恋愛を後押ししていることになる。
しかも、ビビアンが言うには、ロウが王宮に通いやすいように、移動術に長けるスクルズが全面的に協力しているというのだ。
寄ってたかって、一介の冒険者が王太女と恋愛するのを助けるなど、根も葉もない噂としても馬鹿馬鹿しい。
とにかく、調査をコンバーに任せた。
そもそも、ビビアンが先代の大公から仕えている有能な諜報員であることはわかっているが、あの女のように、毎日毎晩、男を変えるような尻軽女は、アーサーは真の意味で信頼できない。
人間として低俗であり、そんな女に重要な仕事を任せたくない。
だから、前々から機会を狙っていて、手の者の束ねも先回の廃神殿の調査失敗のきっかけを利用して、このコンバーに交代させたのだ。
だいたい、あの淫女がアーサーを内心で軽んじているのはわかっている。
アーサーは、それに応じる扱いをしてやっただけだ。
「もしかしたら、ビビアン殿の情報は正鵠を射ている可能性はあります。王太女の侍女団が不自然なくらいに、ロウについて親しげに評するのは、すぐに裏がとれました。実際に、王妃を訪問するのと変わらぬ頻度で、ロウは王太女を訪問してます。王太女がロウと親しく話す現場も少なくない者が目撃してました。これらは、その気になれば、あっという間に裏取りできました」
コンバーは言った。
アーサーは唸った。
愛人がいるくらいは、最終的には目論んでいるイザベラとの婚姻に問題はないが、愉快な話ではない。
女の価値は惚れる男の質だと思っており、この情報が正しいとすれば、アーサーとしては、イザベラの価値が大きく低下した気分になった。
やがて、馬車が第三神殿に到着した。
スクルズはいなかったが、案内に副神殿長の男が待っていて、アーサーに恭しく礼をした。
「ご案内します」
副神殿長が先に立ち、神殿の奥に向かう。
前回、直談判でやってきたときには、入り口に近い部屋だったので、これだけで扱いが違う。
奥に進むのは、アーサーとランスロットだけにした。ほかは、ここで待機だ。コンバーの役目もこれで終わりである。
奥に近い応接間の前に着く。
室内に入る。
果たして、中にロウがいた。
昨日の女ふたりも一緒だ。三人とも、ソファには腰かけずに、壁を背にして立っていた。
「なぜ、お前がここにいる?」
アーサーは思わず言った。
「なにって、護衛ですよ。クエストでそう依頼したじゃないですか……。ところで、ご機嫌麗しゅうございます」
ロウがおどけた口調で言い、きちんとした礼をした。
一緒にいる女ふたりも、合わせたように頭をさげる。ロウに比べれば、女ふたりの作法が付け焼刃じみていてぎこちない。
それにしても、昨日もそうだったが、ロウは学のない移民あがりのくせに、礼儀作法はきちんとしている。
品は悪くないし、所作もしっかりしている。
そういえば、ハロンドールにやって来る前はどこにいたのだろう。
一応、調べさせるか……。
アーサーは思った。
「ところで、これをお渡ししていいですか、大公陛下。王妃殿下からの茶会の招待状です。時期は、明日の今頃にでも。ただし、数名のみの内輪のものなので、大袈裟な護衛はご遠慮とのことです」
ロウがさっと封筒を出して、ランスロットに両手で渡した。
まったく、こいつは行儀がいいのか、悪いのかわからない。
冒険者が大公に話しかける口調としては砕けすぎている。しかし、招待状を直接渡さないのは作法通りだ。
もっとも、ここで、ついでのように渡すのは無作法だ。
それにしても、王妃との茶会?
あれほど、私的な面会を断り続けられてきたアネルザ王妃が、一転して茶会への招待と来た。
ロウに任せれば、事態は進展すると勧めたのはビビアンだったが、こんなにも動くものなのか。
アーサーは苦笑した。
「承知したと応じてよい」
アーサーは言った。
すると、ロウがにっこりと微笑んだ。
「では、後ほど返事をしておきます。それと、茶会には王太女殿下も同席なさるということです」
「イザベラ殿が?」
個人的に会う機会をまったく設けることができなかったイザベラなので、面談の機会が与えられたのは喜ばしい。
アーサーとしては、願ったり、叶ったりのことである。
ルードルフ、アネルザ、イザベラについては、この王都の滞在間に、なんとか親交を深めたいと思い、世話役のランカスター公に頼んで、夜会などを開いたりしてもらったりした。
だが、ことごとく出席を断られて、閉口をしていたところでもあったのだ。
「たまたま、時間ができたということです」
「たまたまなあ……」
アーサーは嘆息した。
とりあえず、副神殿長の案内に従い椅子に座る。
すぐに、副神殿長が退出して、入れ替わりに巫女がやってきて、アーサーの前に紅茶を出してきた。
そして、茶に口をつけるか、つけないかくらいで、扉が開いて、スクルズが入ってきた。
微笑んでいるが、相変わらずの氷のような微笑だ。
アーサーに対して、すっと頭をさげかけて、いきなり、その顔をぱっとあげた。
「まあ、ロウ様、お越しだったんですか? わたしのところへの伝言は、大公陛下のご関係の方がお見えとだけ連絡がありましたもので」
スクルズが満面の笑みを浮かべて声をあげた。
人の顔はこんなにも変わるのかと思うほどの劇的な変化だ。
「その通りですよ、スクルズ様。今日は大公陛下の護衛で来ています。クエストでしてね」
ロウが苦笑交じりに言った。
「えっ、そんな、他人行儀……。あれっ? つまりは、ロウ様はそちら側なんですか?」
スクルズが驚いたように目を見開いている。
「そちら側も、こちら側もないわよ。それよりも、大公陛下が無視されて、怒ってるわよ、神殿長様」
コゼという小柄な女が呆れたような物言いで口を挟んだ。
随分とぞんざいな口調だから、本来はもっと親しいのだろう。
スクルズの態度にしても、ロウの女であることがわかっているコゼの態度にしても、ロウとスクルズが男女の関係があるという、ビビアンの話は本当かもしれない。
そうでないとしても、かなり親しい間柄だろう。
「これは失礼をいたしました、大公陛下。本神殿の神殿長のスクルズでございます。先程は、結構なお土産をありがとうございます。す、べ、て、教会の教えを拡げるためのものとして、大切に使わせていただきたいと思います」
スクルズが改めてアーサーに頭をさげた。
たったいま、ロウに向けたものとは異なる氷の微笑に戻った。
自分に媚びも売らず、面と向かっても頬を赤らめることなく接するこの女に、逆にアーサーは興味を持ちそうになった。
また、お土産と言ったのは、アーサーが先触れとともに渡した贈答品のことだ。
教会に対する寄付用のものと、スクルズ個人に対するものにわけたが、“すべて”という言葉を強調したので、個人的には受け取らないという意思表示に違いない。
まあ、どちらでもいいが……。
「アーサーだ。今回はご足労かける。ところで、早速だが、アン殿に会いたいが、ここで会えるのか? それとも、別の場所で?」
「ここに連れてまいります。ただし、アン様は色々なことがありましたので、男の方が複数おられるような場所では落ち着かなくなり、平静を保つことがおできになりません。従って、護衛のお方はご遠慮してただけますか? それと、わたしも同席させていただきます。あと、アン様の侍女が一緒に来ます」
「構わない」
アーサーは、ランスロットに合図をする。
ランスロットは、アンに対する贈り物を持たせていたが、それをアーサーの座るテーブルの前に置く。
「では、俺は……」
ランスロットがアーサーに頭をさげる。
「ロウ様はどうぞ、こちらに」
すると、スクルズが卓を囲むソファのひとつに、ロウを誘導する仕草をした。
これには、アーサーは驚いた。
「護衛は退出させるのではないのか? このロウも必要ない。この男は護衛ということで案内を命じたが、アン殿と会うのに、こいつらを同席させるつもりはない。出ていかせる」
アーサーは言った。
「まあ、それはご同意できません。ロウ様が来られているのは知りませんでしたが、来られているのがわかった以上、ご一緒していただきます」
スクルズがきっぱりと言った。
アーサーはその頑なな態度と意外な拒否の言葉にびっくりした。
「特に同席をさせる必要はあるまい。ちょっとした世間話をするだけだ」
「いいえ、ロウ様も同席していただきます」
スクルズは断言した。
なんでこんなにこだわるのかというほどの、頑とした態度だ。
「スクルズ様、俺たちは席を外そう。アン様をお願いする」
すると、ロウが口を挟んだ。
「わかりました。では、そのようにいたします」
一転して、スクルズが意見を変えた。
アーサーは、これには驚くともに、心の底から呆れてしまった。