※この作品はR-18です。

【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】   作:ドン・ドナシアン

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235 元王女の赤らむ頬(表面)

【アーサー視点】

 

 

 ロウと女たち三人が出ていく。

 アンはすぐに、やって来るということだったが、アーサーはそれまでのあいだ、スクルズとふたりきりということになった。

 すでに人払いをしているので、侍女役の巫女もいない、完全にふたりだけだ。

 アーサーは、一度このスクルズに訊ねてみたいことがあったので、いい機会だと思った。

 

 美貌の若き女神殿長として名高く、さらに、王国一の魔道遣いとの定評もあるスクルズが、なにを考えて、一介の冒険者と恋仲であるのかということだ。

 もちろん、本当は、そのような関係ではないのかもしれないが、たったいまのあからさまな態度を人前で見せれば、その「噂」が真実であるという証拠のようなものだ。

 

 まあ、とはいえ、まだそんな噂などにはなっていない。

 しかし、神殿長ほどの高位神官になった女性は、天空神と生涯の愛を誓うという意味合いから、一切の男性関係を持たないのが不文律のはずだ。

 敬虔で純潔のはずの女神官長が、特定の男の恋人がいるなど、大変なことだ。

 しかも、スクルズは、若く美貌の女巫女として、ハロンドール王国に留まらず、ローム地方でも有名だ。

 大変な醜聞になるだろう。

 

「ところで、スクルズ殿、あなたと、あのロウはどういう関係なのです?」

 

 単刀直入に言った。

 スクルズは怪訝な表情になった。

 

「どういう関係とは?」

 

 そして、にっこりと微笑んで、小さく首を傾げた。

 さっきまでの、感情がこもっていないような氷の微笑とは違う。

 だが、ロウに向けたような心からの満面の笑みとも異なる。

 なんともいえない複雑な笑みだ。

 

「あなたと、ロウに男女の関係があるという噂があるようだ。だから、本当なのかどうかを訊ねたいと思ってな」

 

「まあ、タリオ大公の大公陛下ともあろうお方が、随分と醜聞好きなのですね。しかも、大変な下世話な物言いで驚きました」

 

 スクルズがころころと笑った。

 その態度には、別段に焦った様子もないし、不安そうな態度もない。

 平静そのものだ。

 むしろ、アーサーを軽んじるような態度もあって、逆にむっとした。

 それは気に入らない。

 

「真実なら、大変な醜聞だからな。天空神の伴侶の誓いをしたはずの女性高位神官が、天空神との誓約を破ったとあれば、単純な破門ではすむまい。大変な騒ぎになるのだろうな」

 

 アーサーはにやりと笑ってみせた。

 そして、テーブルにある茶を優雅に口にする。

 

 さて、どう出るかな……?

 怯えるか……。

 あくまでも、誤魔化そうとするか……?

 逆切れをして、怒りだすのか……?

 

 いずれにしても、この女の弱みを握ったということができれば、それでいい。

 実際に、なにかの脅迫を具体的にするつもりはないし、下世話な話を世間に暴露するほどの恥知らずではない、

 ただ、アーサーに生意気な態度をとる目の前の女神官が焦る様子でも眺めることができれば、前回邪慳にされた溜飲もさがる。

 その程度だ。

 まあ、場合によっては、今後の取引の材料にもさせてもらうが……。

 つまり、反応によっては、今後、このスクルズを利用するための取引の材料にするつもりだということだ。

 民衆に人気があり、ハロンドールの王都でも重い立場にあるスクルズは、将来においても、いくらでも利用価値がある。

 

「ロウ様は、わたしにとって、特別なお方です。これでご満足ですか?」

 

 しかし、スクルズはあっさりと言った。

 アーサーは、驚いてしまった。

 

「特別な関係とは?」

 

「ご想像のとおりですわ」

 

 スクルズはにっこりと微笑んだ。

 

「否定しないのか?」

 

 アーサーは、まじまじとスクルズの顔を見直してしまった。

 脅迫めいた言い方をしたが、決して、スクルズの素直な告白を期待したわけじゃない。

 そもそも、スクルズは高位魔道遣いであり、このハロンドール王都でも、指折りの女傑のひとりだ。

 自尊心も高いだろうし、アーサーに対する態度は、一国の大公にも怯まない毅然としたものだった。

 年齢に似合わない度胸もあり、なかなかの女傑だと、アーサーは評価していた。

 だからこそ、ただの成りあがりの一介の冒険者と男女の関係があるということなど、実際にそうであっても、絶対に認めたりはしないと確信していた。

 

「ええ。否定しません。暴露したければ、どうぞ。逆に、タリオ公国の大公陛下は、醜聞で女を脅迫する下衆男だと、言い触らしてさしあげましょう」

 

 スクルズがにこにこしながら言った。

 アーサーはたじろいでしまった。

 いくら脅迫の材料をぶつけたところで、それを怖れていなければ、効果はない。

 それに、アーサーが他人の隠れた私生活を覗き見し、それを拡げるような愚劣な男だとされては、なによりも、アーサーの品性が耐えられない。

 

「流言をばら撒けば、俺と刺し違えるとでも?」

 

 アーサーは言った。

 すると、スクルズが噴き出した。

 アーサーは呆気にとられた。

 

「まさか、そんなことで刺し違えなどできませんよ。あたしが教会を破門になった代わりに、アーサー陛下の性格の低級であることが表沙汰になった程度では、陛下もそれほど傷つきも致しませんでしょう?」

 

 スクルズが笑いながら言った。

 笑顔も仕草も、辛辣さの欠片もないが、喋っている内容は皮肉交じりで強烈だ。

 アーサーは、辟易した。

 

「……ただ……」

 

「ただ?」

 

 スクルズが急に真面目な表情になった。

 アーサーは、いきなり醸し出された強い威圧に、思わず姿勢を正した。

 

「ただ、正直に申しますと、教会を破門になったところで、大して困りません。なにかの脅迫の材料にでもなさりたいのであれば、どうぞ、お好きに……。しかし、これだけは申しておきます」

 

「んん?」

 

「わたしのことはともかく、この一件で、ロウ様のことを脅迫のようなことをなさいますことについては、お気を付けください。ロウ様に危害を加えようとする者は、間違いなく、このスクルズの敵です。ロウ様に手を出すなら、お覚悟なさってください」

 

 スクルズがきっぱりと言った。

 アーサーを相手に、啖呵を切った目の前の女に、今度こそ、アーサーは驚愕してしまった。

 

「……アン様の準備ができたようですね」

 

 すると、スクルズが顔を扉に向けた。

 控えめなノックがあり、スクルズが返事をして、侍女をひとり連れた貴婦人が入ってきた。

 アーサーは立ちあがった。

 

 おっ?

 

 アーサーは内心で少しだけ驚くものがあった。

 入ってきたのは、アン王女だ。

 正確には、すでに王籍からは外れているので王女ではないが、ハロンドール国王の第一王女であり、正王妃にして、マルエダ辺境侯の第一女アネルザとのあいだに生まれた血統も由緒正しい、アン王女である。

 だが、アーサーが驚いたのは、その美しさだ。

 

 アンと会ったのは、これが初めてではない。

 いまは、アーサーの妃にしているエルザとの政略結婚のときに、数回顔を合わせている。

 そもそも、最初に、アーサーが婚姻の相手として打診をしたのは、第一王女のアンの方であり、血筋もいいことから、アーサーはそれを望んでいた。

 しかし、王妃のアネルザが、実子のアンを国外に出すことを嫌がって、アーサーに嫁ぐのは、第二王女のエルザになったのだ。

 王妃の実子であるアンに比べて、エルザはルードルフが平民の侍女に産ませた子であり、庶子腹だ。

 アーサーとしては、馬鹿にされた気分だったが、当時は、タリオ公国には、それに否とするほどの国力はなかった。

 タリオ公国が流通改革に成功し、その成功を背景に強引に中央集権を進めて、さまざまな制度改革を断行して、曲がりなりにも、国として対等の物言いができるようになったのは最近なのだ。

 せめて、数年早く、改革が成功して、いまほどの国力があれば、アンの婚姻の相手は、アーサーだったろう。

 

 それはともかく、アンに対して、驚きを感じたのは、現われたアンがアーサーの記憶にあった姿よりも、ずっと綺麗だったからだ。

 所作も美しく、なによりも、女としての色香がある。

 これほどの女だったのか意外に思った。

 

 だとしたら、やはり、惜しいことだ。

 男たちに汚された身体でなければ、再婚といえども、アーサーの妃のひとりとして迎えてもよかっただろう。

 

「アーサー=ブルテン、タリオ大公です。幾久しく」

 

「ア、アン=ハロンドール・ラングーンです」

 

 アンは静かに言って、儀礼のために身体を低くした。

 挙措が美しい。

 着ているものも華美ではないが、品がよいものであり、アンをとても惹きたてている。

 また、アンの名乗りは、元のハロンドール王家の王族としての姓に加えて、キシダインとの離縁に際して、名義のみのラングーン公爵家の籍を受けているせいである。

 ハロンドールの風習では、婚姻や養子、あるいは、授爵などにより、新たな姓を賜ったりすると、前の姓に新たな姓を後に重ねて名乗るのだ。

 だが、アンのいまの名乗りでは、キシダインに嫁いでいたときの姓が欠落している。

 彼女の中では、自分の姓として残すことを憚る唾棄すべき婚姻だったという意味だろう。

 

 そして、アーサーは、アンがアーサーを前にして、頬を赤く染めて、吐息のようなものをかすかについたのがわかった。

 内心でほくそ笑んだ。

 大抵の女がアーサーを前にしたときに示す反応であり、アーサーとしては日常のことだ。

 たったいままで、アーサーに媚びを売らないどころか、脅しのような態度をとるスクルズに対面していただけに、なんだかほっとする態度だ。

 

「お目にかかれて光栄です、アン殿」

 

 アーサーは、改めて、古いハロンドールの儀礼をとった。

 すると、アンの目が驚いたように見開き、赤かった頬がさらに、真っ赤になったのがわかった。

 そして、アーサーの所作に動揺をしたのか、体勢を崩しでもしたかのように、膝を小さく折った。

 

「あっ」

 

 アンがよろめいたので咄嗟に手を伸ばしたが、アンの横に立っていたスクルズがさっとアンの腰に手を伸ばして支える。

 

「さあ、どうぞ、アン様……。ノヴァもこちらに……」

 

 スクルズがアンをそのまま、ソファに腰をおろさせるようにした。

 アーサーとは、向かい側の席だ。

 それはいいのだが、スクルズは、アンと一緒についてきた侍女を自分の横に座らせたのだ。

 侍女が同席するとは聞いていたが、まさか座るとは思わなかった。

 アーサーは面食らったが、アンもなにも言わないし、スクルズは侍女を座らせるなど、どうかしたのだろうか。

 しかし、当の侍女も、顔をうつ伏せにしてどうしていいかわからないように、小さくなっているだけで、大人しくされるままにしている。

 遠慮をするつもりもないようだ。

 なんだ、この侍女は、と怪訝に思った。

 

 とにかく、アンとの会話を始めた。

 とはいっても、アーサーとしては、アンとの婚約話は、ルードルフ王との駆け引きの材料にするつもりだけのものであり、大して本気でもない。

 だから、アンの人となりに興味もないし、この縁を深める予定もない。

 予定では、最終的には、アンについては、キシダインとの婚姻時代の「瑕疵」を盾に断り、そのときには、タリオとハロンドール間の流通を抜き差しならないものにしておいて、ハロンドールの流通を牛耳り、この国の王家に、アーサーがなくてはならないものにしておいてから、的をイザベラに切り替えるつもりなのだ。

 場合によっては、婚約話をちらつかせておきながら、さらにこの国の王家に喰い込み、さまざまな工作を進めて、この国の屋台骨を徹底的に弱らせるというのも一案だ。

 まあ、まだ、そのときでもないが、それらは、これからの話だろう。

 

 だから、アンとの話題も月並みなものでしかない。

 時候について、王都やタリオ公国の流行りのものについて、食べ物について、趣味についてなど、他愛のないものばかりだ。

 ただ、アーサーとの会話のあいだにも、ちらちらとアーサーを覗き込むようにしては、顔を赤く染め、さらに落ち着かないように、脚を右に左にと、もじもじと恥ずかしそうに動かすのが印象に残った。

 

 また、贈り物として持ってきた宝石箱を手渡したとき、指先同士が触れたときには、はっとしたように、びくりと身体を震わせもした。

 おそらく、指先とはいえ、アーサーと肌が触れ、羞恥を覚えたのだと思うが、結婚の経験があるとも思えない初心(うぶ)な反応だ。

 アーサーは、ちょっとアンが初々しく感じた。

 

「よければ、また話をしたいですね。また、ご訪問をしてもいいですか?」

 

 ともかく、アンのはにかむような、照れるような表情が素晴らしく可愛くて、アーサーの心は跳ねた。

 惜しむらくは、このアンが汚された女であることだ。

 それは、アーサーの妻として相応しくない。かえすがえすも残念だ。

 

 いずれにせよ、アーサーは、アンがアーサーに好意を抱いたのをはっきりと確信している。

 だから、まるで誘うような口調で優雅に話しかけた。

 

「えっ?」

 

 だが、アンは、アーサーの言葉を聞いていなかったのか、問い返してきた。

 その目はうるうるとしていて、アーサーに向ける情熱のようなものも感じる。

 ここまで、好意を向けられると、アーサーも申し訳なく思う。

 なにしろ、婚約話をこっちから持ってきながら、実際にはその気がないのである。

 アーサーは、くすりと笑った。

 

「また、遊びに来てもいいですか、アン殿? 俺とあなたは、とてもいい話し相手になれると思います。……とはいっても、ハロンドールにいられるのも、あとは数日のこと……。ああ、そうだ。今度は是非、タリオ公国に来るといい。今度は、アン殿をタリオで歓待いたしましょう。エルザも会いたいでしょうし」

 

 アーサーは言った。

 すると、アンが首を傾げた。

 そして、にこりと笑った。

 

「た、大公殿が、わたしのような者に心を配られることはないでしょう……。どうか、お構いなく。きょ、今日は愉しい会話でした……。お、お気をつけてお国にお戻りください……。で、では……」

 

 アンが言った。

 アーサーに向けて、とても熱い視線を向けていたと思っていたので、あっさりとした別れの挨拶は意外だった。

 

「さ、さあ、ノヴァ……」

 

 そして、アンはすぐに、侍女と手を取らんばかりに、一緒に身体を支え合うようにして、部屋を出ていってしまった。

 アーサーは、肩透かしにあった気がして、呆気にとられた。

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