【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
穏やかな日射しに満ちた昼下がりの宮廷の庭園である。
ロウを仲介して受け取ったアネルザからの案内状にある刻限に間に合うように、アーサーは宮廷の大手門に到着した。
すでに、伝達がしてあったらしく、宮殿敷地内に入ったところで、すぐに衛兵が騎馬で現われて、アーサーたちの乗る馬車の案内につく。
ハロンドール王宮は広い。
タリオ公国の大公宮のように周囲を囲む堀のようなものはないが、その代わりに、大手門と呼称される正門を越えても、すぐには宮殿に到着しない。
大門を潜ってしばらくは広大な庭園があり、それを突っ切っている路を進んだ正面に位置するのが正宮殿だ。
また、正宮殿以外の各離宮には、正宮殿までの分かれ道をそれぞれの方向に向かうことになる。
今日の目的地は正宮殿ではなく、それに隣接する王妃殿だ。
正面からは見えないが、王妃殿は正宮殿の左半分側の後ろにあり、奥行きがあるので広さは正宮殿と代わりない。
いまの王妃のアネルザが国王のルードルフを尻に敷いているのは、知らぬ者のない有名な話であり、そのアネルザが自分の権威を見せつけるために、正宮殿に匹敵する王妃宮を建設させたのだという。
正宮殿の右半分の後方にあるのが、国王の愛人たちの住まいである後宮だ。つまりは、王妃宮と後宮は隣接するかたちになるようだ。
また、その後宮と王妃殿とは地下で繋がっていて、いずれも王妃の管轄だ。
もっとも、いまの国王のルードルフは、治政の場所である正宮殿にはおらず、専ら、後宮に入り浸っているそうだ。
アーサーも、一度、正宮殿の謁見室で対面をしてからは、ルードルフ王の姿を一度も見ていない。
正宮殿にて、政務をやっているのは、王妃のアネルザであり、また、王太女になったばかりのイザベラである。
このふたりが、事実上、国王の執務を代行しているというのが、いまのハロンドール宮廷の実情なのだ。
「結局のところ、今回の訪問では、これといった成果はありませんでしたね、大公陛下。今日の茶会で話が進めばいいのですが、王妃のことですから、やはり、アン殿を国外に出すことについては、よしとしないでしょう」
ランスロットだ。
今回の訪問の目的が表向きは、アン元王女との婚約の打診ということになっているので、そのことを言っているだろう。
今日の茶会では、護衛は最小限ということであったので、事実上、護衛はこのランスロットしかついていない。
ほかの護衛は、宮殿の敷地内に入るまでは、馬車に騎馬で同行させていたが、宮廷敷地内に入ったところで、護衛騎士をハロンドール王軍騎士と交代している。
「それでもいい。今回は顔見せのようなものだ。それに、この国の機能がほぼ麻痺しているということが確かめられた。考えているものを前倒しにしようと思っている。いまが狙い目だろう。国王は女道楽に没頭して、政務を顧みないどころか、王宮にも出仕しない。ランスロット、場合によっては、あの老害たちよりも先に、ハロンドールが片付くかもな」
アーサーは笑った。
馬車の中とはいえ、仮にもハロンドール王宮の敷地内で語る内容ではないが、馬車の中はアーサーとランスロットのふたりきりであり、ほとんど、口の動きだけで会話をしている。
万が一にも、外に漏れることはない。
また、“老害”というのは、名目上の宗主ということになっているローム皇帝庁のことだ。
あいつらは、もはやなんの実権もないが、かたちだけはタリオを始めとする三公国の宗主であり、その皇帝庁については、タリオ公国内の小さな山村に押し込めている。
「俺には、まだ、ハロンドールは安定しているように思えますけどね。国王が政務に関わらなくても、王妃と王太女で政務が安定していているのでは。流通にも混乱はないし、むしろ、活性化しているように感じます」
ランスロットは言った。
あえて、反対意見を返しているのかもしれないが、このハロンドールの現状について、アーサーとランスロットの見解は異なっている。
アーサーは、国王が無能で、女が政務を代行しているような状態の現状は、つけ入る隙が大きいと思うのだが、ランスロットはそうは感じないようだ。
ただ、もうアーサーは決めていた。
いずれにしても、ランスロットは根っからの武人だ。
謀略のたぐいに長けているわけでもなく、それを求めてもいない。
ランスロットに期待するのは、戦場における働きだ。
もっとも、ランスロットの分析にも一利ある。
ハロンドールの流通を支配させるために送り込んでいる自由流通商会だが、この国の旧態依然とした商業ギルドを駆逐しつつあるのはいいが、逆にうまくとって代わりすぎて、混乱なく新たな流通体制に移行しそうな気配なのだ。
もともと、アーサーが目論んだのは、商業ギルドが支配しているこの国に、王都のみを自由流通で乗っ取り、流通の二重構造による混乱を助長することだったのだ。
ところが、この国に乗り込ませたマアは、女のわりには、思いのほか有能過ぎたようであり、王都のみならず、この国の主要領主にも食い込み、あっという間に自由流通で、この国の全土を固めつつある。
これでは混乱どころか、流通が上手く流れるようになり、むしろ国を強くしてしまう。
思いのほか、この国が混乱しないのは、マアによる自由流通による乗っ取りが上手くいきすぎているからだと思う。
「あのマアの婆あには、この国から近く撤退させる。もう一度、この国の商業ギルドを復活させる。その方が混乱を呼べそうだ」
「一度、支配力を失ったこの国のギルドを復活させるのですか?」
ランスロットは首を傾げた。
うまくいかないと考えているのだろう。
「うまくいかなくてもいい。すでに種は蒔いた。商業ギルドの呼び戻しに成功すれば、ラングーン公に莫大な富が入るように工作をしている。あの男も必死になって、動くだろうさ」
ラングーン公というのは、今回、アーサーたちの世話人となったこの国にふたつある公爵家のひとつであり、いまのルードルフ王の王弟だ。
ルードルフが女にだらしないのに対して、公爵は金にだらしない。
アーサーも二重三重に手を回させて、借金で雁字搦めにしている。
アーサーが工作させたのは、退行しつつある商業ギルドを復活させるだけで巨万の財が入り、首が回らなくなりかけている借金がなくなって、再び財力を得られるという魔法のような夢物語だ。
だが、あの公爵はこの話に乗るだろう。乗らなければ破滅というところまで、追い詰められている。金のためなら、もうあの男はどんなことでもする……。
実際、ラングーン公は、タリオ大公アーサーの面倒を看るような表の政務をこなす傍ら、資金繰りに困って、この国では禁止されている闇奴隷の売買にも大規模に関与しているくらいだ。
必ず、ラングーン公は、商業ギルドの復活に手を出す。
さらに、アーサーは、今回の訪問のあいだに、もうひとつの公爵家であるグリムーン家にも、この話に噛ますことに成功していた。
二大公爵家が揃って、商業ギルド復活に動けば、ハロンドール王宮も無視できない。
女が支配している宮廷では、うまくは対処できないはずだ。
しかも、その運動に合わせて、アーサーは、マアたちを一気にタリオ公国に引きあげさせて、自由流通を停滞させるつもりだ。
うまくいかなくても、それで流通が一時的にでも混乱して、市民生活に支障が出ればそれでいい。
あとは、次の工作が待っている。
「マーリンを呼んである。今夜には、この王都に到着するだろう」
アーサーは言った。
ランスロットは、不快そうな感情を隠そうともせずに、ただ頷いただけだ。
マーリンは魔道遣いだが、ランスロットが表側の男だとすれば、マーリンは裏側の人間である。
ふたりとも、アーサーの腹心中の腹心だが、性質は異なる。
ランスロットは、軍を率いて敵と戦うことに秀でているが、マーリンは部下を使って、特殊な工作を実施する。目的のためなら、暗殺、誘拐、大量破壊、人質工作、各種不正行動や擾乱行動などなんでもする。
アーサーに言わせれば、新しく国の体制を作り替え、さらにそれを拡げるという仕事は、きれいごとだけではいかず、表と裏があって、初めて成功するものなのだ。
だが、正義感の強いランスロットには、マーリンのやり方は気に入らないようだ。
また、そのマーリンからは、あの老害連中の驚くべき謀略のことも届いていた。
マーリンの飼っているノルズという女間者からの情報らしいが、なんと連中は、ついに狂ったのか、自分たちの権力を取り戻すために、禁忌の魔道に手を出そうとしているというのだ。
アーサーは、放っておけと指示をした。
これをうまく活用すれば、ついに老害の連中を片付ける完璧な大義名分を手に入れることができる。
しばらくすると馬車が停止した。
扉が開く。
すでに、王宮の前庭を通り過ぎて、王妃宮の裏側の花園の入口に到着していた。
ひとりの女騎士が扉を開いた。
「シャングリアと申す者です。ここからは、徒歩となります。王妃殿下の特命により、わたしがご同行します」
端正で美しい顔立ちの若い女騎士だ。
ほかに待っていたのは、数名の王軍騎士たちである。
ただ、雰囲気からして、アーサーを案内するのは、その女騎士ひとりのようだ。
「わかった」
アーサーは、馬車を降りた。
すると、ほかの騎士たちの後ろから、ロウが現われた。女ふたりの冒険者も一緒だ。
アーサーは驚いた。
「なんだ、お前は?」
「なんだとはひどいですねえ。指名クエストにしたのは、そちらですよ。名目は護衛ですが、それは大公陛下が期待しているものではないことはわかっています。昨日同様に、王妃殿下の茶会の席まで、シャングリアと一緒に案内をします」
ロウが女騎士のことを呼び捨てにしたことで、アーサーはやっと、シャングリアというのが、このロウと恋仲という変わり者の女騎士だということを思い出した。
エルフ族の女戦士といい、人間族の小柄な女といい、このシャングリア、そして、昨日のスクルズ、まあ、この男の周りには、美女が揃っているということだけは、認めざるを得ないだろう。
「王妃殿下がお待ちですよ。王太女殿下も」
ロウはそれだけを言って、すぐに先を歩き始めた。
そのロウの前後と横に、シャングリアを含めた三人の女がさっと位置につく。
どうにも、この男と一緒だと調子が狂う気がする。
とにかく、後を進む。
特に誰も口を開くことなく、やはり両側に美しい庭園が拡がる小路を進んでいく。
やがて、大きな樹木群があり、その樹木が作る木陰に幅広のテーブルが準備されていた。
長テーブルの片側には、ふたり分の席があり、そこには誰も座っていない。
一方で、それに面する反対側には、ずらりと席があり、王妃アネルザ、王太女イザベラ、昨日話をしたアン、そして、スクルズまでいる。イザベラの護衛長のシャーラという女エルフも座っている。
不思議な集まりだなと思った。
そして、そちら側には全部で九個の席がある。つまり、四席分の空きがある。
空いているのは両端と中央だ。中心に座っているのは、王妃と王太女だ。だた、それを挟む最中央の席も空席になっている。
アーサーは訝しんだ。
配席から、王妃と王太女に挟まれた場所はもっとも上座となる。
しかし、この国でそのふたりよりも、上座に座るべき者というと国王以外にはない。
もしかして、この茶会にルードルフ王が?
アーサーは首を傾げた。
また、ほかに、お茶の接待の準備をする女たちが十人ほどいる。
遠目だが、その女たちに指図をしている状況から、どうやら、あれはイザベラの侍女たちのように思える。
よく見れば、昨日はアーサーとアンの面談に不相応な同席をしたアンの侍女が、今日はアンの後ろに立っている。
「よく来たな、アーサー大公。そなたの護衛も同席でよいな?」
最初に口を開いたのは、王妃アネルザだ。
侍女たちは、アーサーとランスロットを誘導するように、やはり、アネルザたちの反対側にあるふたつの席に、アーサーたちを導いた。
アーサーは、ランスロットに目で合図して、アーサーの隣に座らせる。
座ると、すぐにアーサーたちの前に茶が準備された
菓子やちょっと口に摘まめる果物も、テーブルに並んでいる。
「お招きいただいて……」
アーサーが敬礼をしてから、挨拶の言葉を口に仕掛けると、ここまで案内をしてきたロウたちが、なぜが反対側に回っていく。
そして、驚くことに、両端に空いていた三個の空席に、ロウの仲間のふたりの女、そして、シャングリアという並びで分かれて座る。
さらにびっくりしたことに、一番中央の上座の席に、ロウが当たり前のように腰かけたのだ。
アーサーは目を丸くした。
「結界を張りました。ロウ様。ここでの会話は、どこにも聞こえませんし、見えもしません。魔道で遮断されて、遠目からの監視も不可能です」
ロウが座ると、すぐにスクルズがロウに声をかけた。
魔道結界?
だが、声だけじゃなく、視覚も遮断するとなると、かなりの高位魔道だ。
やはり、スクルズはそれなりの猛者のようだ。
「さて……。では、改めて、あなたと話したい、大公……陛下」
ロウが目の前に置かれた茶を一口だけすすってから言った。
それを置いたのは、やはり周囲の侍女たちだ。
ただ、ほかの者たちに対する世話と異なり、ロウに対してだけは、三人ほどいた近くの侍女が争うように、ロウの世話をしようとしたように見えた。
それだけではなく、なんとなくだが、侍女たちだけでなく、正面に座る女たちの全員が、ロウを見ている……?
そんな錯覚がした。
いずれにせよ、どうして、ロウがこの茶会の第一声を?
「その前に説明をしてもらいたいものだな。なぜ、お前がそこに……? いや、王妃殿下、この集まりはなんなのですか?」
ロウに訊ねようとして、すぐにアーサーは、視線をアネルザに向け直した。
一介の冒険者でしかないロウを、アーサーに対する上座に置くなど、王妃特有のアーサーに対する愚弄だと思ったのだ。
ロウがアネルザの愛人であることは、ビビアンからの情報で知っているから、それは即ち、アネルザの遊びだ。
間違いない。
そのロウを上座にすることで、王妃はアーサーを馬鹿にする魂胆だと思った。
「なにか怒っておるのか、アーサー大公? 実のところ、わたしも、ほかの女も、どうして、集められたかよくは知らん。ただ、ロウが集まれと言うから集まった。そういうことだ」
アネルザが笑った。
ロウは、そのアネルザと反対側のイザベラのあいだにいるのだが、アーサーににっこりと微笑みを向ける。
「アーサー大公、あなたに申しあげたいことは、ただひとつだけです。俺の両横に並ぶ女たち、接待の侍女たちも含めて、全員が俺の女です。政略であろうと、寝取りであろうと、恋愛であろうと、いかなる理由があっても、俺の女をほかの男に委ねるつもりはない。それを言いたかったのです。では、お気をつけて本国にお帰りください……。さようなら」
ロウが言った。
「なっ」
アーサーは唖然としてしまった。
だが、なんの冗談なのだと思った。
ロウの発言の真意を図りかねて、アーサーはすぐには言葉が出てこない。
だが、愛人だという王妃のアネルザはもちろん、不敬罪にも匹敵する無礼な物言いをされたはずのイザベラにしても、アンにしても、ロウの発言に対して怒るどころか、笑っている。
「昨日会ったそこのアンに会わせました。今日は横にいるイザベラ……。あなたが会いたいという希望だったので、俺の女だけど、会う段取りはしてあげました……。でも、あなたが、このイザベラやアンとの婚姻を考えているということを耳にして、今日は正確なことを教える気になったんです。このふたりは俺の女です。ふたりに限らず、ここにいる全員が俺の女です。手を出すことは許しません……。おわかりですか?」
ロウの物言いは一応は丁寧であるものの、大変な無礼なものだ。
それに、イザベラやアンが自分の女なのだという嘘を堂々と口にするのは、どういう料簡なのだ──?
なにかを謀ろうというのか?
それにしたって、ただの冒険者が、王妃のみならず、まだ未婚のイザベラを含めた二人の王女とも愛人などとは……。
「王妃殿下、私はわけのわからないことを言われて困惑しています。冗談を聞くつもりはないのです。改めて、なんのために、こんな茶番を準備して、くだらない芝居を見せるのか納得のいく説明をしてもらいたい──」
アーサーは立ちあがった。
馬鹿にするにもほどがある。
想像するに、アネルザが、アンにしろ、イザベラにしろ、エルザに次いでふたり目の王女をタリオ公国に送るつもりはないのはわかっている。
それを拒否するための嫌がらせなのだろうが、アーサーとしては、イザベラとの婚姻については、お互いの国に留まったままの「形式婚」というものを準備している。
話を聞く前に、この仕打ちはうんざりだ。
「そなたに話をしているのは、ロウだぞ、なぜ、さっきから、わたしに話しかける」
アネルザが微笑みを浮かべつつ、肩をすくめた。
すると、ロウがさっとイザベラに片手を伸ばした。
「どうにも、この女たちの全員が俺の女だということを納得していただけないようですね。ただ、俺もこれからのことがあるだろうし、多少は表にこれを晒すことにしたんですよ。さもないと、あなたのような者がこれから俺の女に手を出そうとして面倒かもしれないし……。俺の女たちはますます綺麗になるし……」
そして、ロウはなにを思ったのか、横のイザベラの手を取り、強引に引っ張って、自分の膝の上に横抱きにした。
しかも、イザベラのロウの身体側の片腕を、自分の腕を上から被せることで堅め、その腕をイザベラの背中を通して、反対の腕を掴むようにした。
つまり、両手を片手で拘束したということだ。
そのまま、ロウはイザベラの唇を奪った。
アーサーは目を見張った。
「ロウ、まさか、そのまま、ここで性交をする気か? まあ、ここで、とめ立てする者はいないかもしれんが」
アネルザは横で呆れた表情で笑っている。
「んっ、んんっ、んんんっ」
イザベラは脚をばたばたさせて暴れているが、驚いたことに他の者は、誰もロウの蛮行を防ごうとはしない。
まるで日常のことであるかのように、平然としている。
イザベラの侍女であるはずの周りの女たちも、まったく慌てていないし、邪魔をしようとする気配さえない。
護衛のシャーラでさえ、苦笑をしているだけだ。
「な、なにを──」
やっと口づけから解放されたイザベラが、真っ赤な顔でロウに抗議の声をあげた。
しかし、横抱きをされているロウの前から、強引に降りる気配はない。
アーサーは、やっと確信した。
さっきのロウの言葉は嘘じゃないのだ。
本当のことなのだ。
演技ではないのは、ロウに口づけをされて、怒った顔をしながらも、はにかんだように照れている表情が混じっているイザベラを見ればわかる。
アーサーも朴念仁じゃない。
女が本気で男に惚れているか、それとも、なにかの芝居をしているのかということくらいは、目の前で接すればわかる。
「大公陛下、これで不満足なら、イザベラ姫様の裸を見せるわけにはいきませんから、イザベラ姫様が絶頂をする姿だけでもお見せしましょうか。それなら、やっと、俺がイザベラ姫様の男であることを納得しますか?」
ロウがイザベラの両腕を封じている側ではない方の腕を、イザベラのスカートの中に無造作に入れた。
「な、なにをする──。や、やめんか、ロウ──。こんなところで──。やっ、やああっ、いやああっ」
ロウの手がもぞもぞとイザベラのスカートの中で動く。
さすがに、イザベラも必死に両手でそれを阻もうとするが、全身全霊の本気の拒否ではないことは明らかだ。
アーサーには、まるで恋人同士のじゃれ合いにしか見えない。
そして、やはり、ほかの女はロウの行動を阻止しない。
好き勝手にさせている。
無視して、菓子や果実を口にしている女たちさえいる。
すると、やっとロウがイザベラのスカートから手を出した。
しかし、その手には小さな白い下着がひらひら動いている。
ロウの腕の中のイザベラが、両手でドレスのスカートを押さえて、涙目になっている。
「い、いいかげんに、やめよ──」
声を出したのは、ランスロットだ。
アーサーの横で真っ赤になっている。
一方で、あまりの馬鹿げた痴態に、アーサーは呆気に取られてしまっていた。
「……では、納得いただけましたか、大公陛下? 彼女が俺の女であることを……。もちろん、アンもそうですよ。なんだったら、アンには俺の一物を舐めさせますか?」
ロウが挑戦的な視線をアーサーに向ける。
「まあ、ご主人様……」
だが、ロウの言葉に、当事者のアンは、怒るのではなく、恥ずかしそうに真っ赤になっている。
あの感じだと、信じがたいことだが、アンはロウが命じさえすれば、本当にロウの股間をアーサーの前で奉仕さえしそうだ。
それにしても、ロウのことを“ご主人様”だと──?
「わ、わかった、もういい──」
アーサーもそう言った。
目の前で、他人の性行為を見物させられるなど冗談じゃない。
それにしても、これをするつもりで、スクルズは視覚を封じる結界であたりを包んだのか。
なんということだ──。
そのとき、あのときのビビアンの言葉を思い出した。
彼こそが、本物のクロノスだと――。
不愉快だ。
実に不愉快だ。
強い女を集めて、その女たちに守られているだけの男ではないか。
「もういい、不愉快だ」
アーサーはそのまま席を立った。
ランスロットが慌ててついてくる。
「大公陛下、お送りしよう」
シャングリアが立ちあがったのがわかった。
アーサーは見送りは不要と断った。
女騎士も、それ以上は無理に送ろうとはしなかった。
その背中に、ロウたちの会話が聞こえてくる。
「……ひ、ひどいぞ、ロウ──。ななな、なんの真似だ──。と、とにかく、ひ、ひどい──。下着も返せ――」
イザベラが怒鳴っている。
しかし、声の雰囲気からは、まだロウに横抱きにされたままの気配だ。
「……これもしっかりと証拠を見せつけるためですよ、姫様。姫様がほかの男に奪われるなど、全力で阻止します。もちろん、アンも。まあ、姫様については、婚姻を逃したことへの責任は、何らかのかたちでとりますから。俺は腹を括りました」
「本当だな、ロウ──。
アネルザの嬉しそうな声も聞こえた。
アーサーは、あまりの不愉快さに、それ以上耐えられなくて、急いでその場を離れていった。
(第40話『ふたりのクロノス』終わり)
*
【ロウ=ボルグ・ハロンドール・ナタル・サタルス】
…………。
…………。
……サタルス帝にまつわる公的な記念日は幾つかあるが、伝承によれば、サタルス帝の女性たちが、特別な記念日だと毎巡、私的な祝祭をした日がほかにふたつあるという。
サタルス帝の私生活に関する一級資料として知られている『コゼ日記』(『コゼ』の項を参照)には、この私的記念日が「転移の日」「クロノス宣言の日」と呼ばれていたとあるものの、しかしながら、その私的記念日がいかなる由来の日であったかがほとんど伝わっておらず、長く、サタルス帝研究者たちの謎のひとつとなっていた。
しかしながら、サタルス帝の冒険者時代からの愛人でありながら、早世したスクルズ(『スクルズ』の項を参照)の神殿長としての日誌が近年になって発見され、その死の数箇月前にあたる該当の日付に、スクルズが王妃茶会に参加したという記録があることがわかり、研究者の間では、これがなんらかの関連があったのではないかと推測がなされている。
なお、……。
…………。
…………。
ボルティモア著『万世大辞典』より(ここに再録した引用文はすべてスクルズ記念国際図書館から許可を受けて初版本から抜粋して採録したものである。)