【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
244 ひとつ目の陰謀
【ハロンドール王国・王都ハロルド】
ハロンドール王国の王都ハロルド──。
マーリンは、一箇月ほど前からここにいる。
王都の城郭内の北側に、庶民を相手にするような小さな薬師の店も持っている。
本来、ここで店をやっていたのは、半年前に王都に住みついたばかりのマルリスという老人だ。
だが、そのマルリスは、薬の原料となる薬草を仕入れるために、城外に出たところで、マーリンが殺した。
薬師として成功しているが、身寄りもなく、人付き合いもほとんどないマルリスという老人は、入れ替わるのに都合の良い相手だった。
マルリスの死体を処分して、姿かたちの外観を魔道で作ったマーリンは、そのまま、マルリスという男になった。
ここに、マーリンを送ったのは、タリオ大公のアーサーだ。
マーリンは、アーサーに仕え、アーサー以外の命令には従わない。
そのアーサーに受けた指示は、できるだけ早い時期までに、このハロンドールを乱せということだ。
乱し方の大要は受けているが、細部のところについては、マーリンに一任されている。
それが、アーサーのやり方であり、信頼を得た相手については、そういう自由裁量権を与えられる。
だが、アーサーの期待に応えられなければ、だんだんと自由はなくなり、指示が具体的かつ、詳細なものに代わり、一切の意思は認められない。
使える者はとことん使うが、使えないと判断すれば、ばっさりと処分することもある。
まあ、大抵は、その始末をするのは、マーリン、あるいは、マーリンの直接の手の者の仕事なのだが……。
いずれにしても、マーリンは準備のために、一箇月を使った。
ただ、このハロンドールという国を王都に位置して見るためだけに使った。
それでわかったのは、国としては可もなく不可もなくというところだということだ。
物価は安くはないが、飢えるほどに高くはない。
都市部と地方部の貧富の差は激しいが、それで命がけで政府を倒したくなるというほどでもない。
善人が不幸になり、悪意のある者が我が物顔で闊歩する理不尽さはないとはいえないが、どこにでもある程度であり、目に余るほどの悪はなく、怨嗟のような民の声は聞こえてこない。
社会から逸脱する不法者の候補の者たちも、うまく冒険者ギルドという受け皿があり、治安も安定している範疇だろう。
こういう国を乱すには、簡単ではない。
思い切ったことをする必要があると判断した。
アーサーからは、国を混乱させろとは言われているが、潰せとは言われていない。
乱してから、最終的には戻させてもいいのだ。
アーサーに必要なのは、時間だろう。
皇帝庁に思い切った動きがあり、アーサーはそれに乗じて、大きなことをしようとしている。
そのアーサーが欲しているのは、最低限、アーサーが動く期間、ハロンドールがローム地方のことに関与できなくすることだろう。そして、アーサーに都合がいいように、表向きの友好国であるハロンドールが対応してくれることだ。
最大限に望むこととなれば、この国に内乱でも起こってくれて、大国だと言われているこの国の力が大きく減殺されることであるはずだ。
アーサーの腹心を任じているマーリンには、それくらいのことは、アーサーに直接確かめることなく、理解しているつもりだ。
その日の夜、マーリンは、店の奥にある生活用の部屋を兼ねた作業場に閉じこもり、いつもの魔石に魔道を込めた。
すると、周囲が白い霧のようなものに覆われて、その霧に執務室の光景がぼんやりと現れる。
マーリンの魔道と魔道具によるものであり、遠いタリオ公国の大公府と通信をするための特別な魔道だ。
向こうでも、同じような霧が魔石によって発生し、そこには、マーリンの姿がぼんやりと映っているはずだ。
「マーリンか」
霧にアーサーの姿がぼんやりと映った。
声はしっかりと届いている。
定期的に行うことになっている連絡であり、ハロンドール工作を任されながらも、多くの手の者を抱えているマーリンには、アーサーに伝えなければならない情報は多数ある。
「老害たちは、育てている獣たちを森に放ちました。封印されているものを解放するために、森の瘴気が各地で破られています。森は大きく乱れ、いまや魔獣が横行しています」
マーリンは言った。
ところどころを隠語を使っているが、アーサーにはそれでわかるはずだ。
“老害”は名目上のタリオ公国を始めとする三公国の宗主であるローム皇帝──。
“森”とは、エルフ族の支配するナタル森林国──。
“獣”とは、皇帝庁が密かに組織している活動組織のこと──。
投影のアーサーの顔が不機嫌そうに歪む。
「ついにか……。それにしても、あの年寄りども、やっていいことと、駄目なことの区別もつかなくなったか。失った過去の栄光を取り戻すために、この世界を滅ぼすのか?」
「都合のいい夢を描いているようですな。初代帝ロムルスと同じ力が、血統によって、自分たちにもあるものだと錯覚をしているのですよ。それでいかがなさいますか?」
さすがに、この陰謀は世界に与える影響が大きすぎる。
万が一にも成功するとも思えないが、仮に成功すれば、タリオ公国としても、目障りな皇帝庁から権威を失わせるというというような小さなことでは済まない。
この世界の滅亡に関する問題だ。
「あいつらにそんな力があるか。静観しておけ。場合によっては、森の女王に恩を売るが、まあ、状況を見極めてからだ。恩を売れれば、安くものを買えるかもしれんがな」
「御意に……」
マーリンは頭をさげた。
引き続き、情報収集──。
ノルズにはそう伝えるつもりだ。
ただ、ノルズからは、この件に関して、“魔女”を解放させたいと言ってきていた。これについても、当面は自重せよと指示することになるだろう。
いずれにせよ、アーサーの考えも確認できた。
やはり、アーサーは、徹底的に大きな騒動を起こさせたいようだ。
まあ、さもなければ、いくらアーサーに英雄の素質があるといっても、結局はタリオ公国という小国をせいぜい中堅国に拡大したくらいで、生涯を終わりかねない。
だが、世が大きく乱れるならば、アーサーという英雄は、時流に乗り、歴史に残る偉人として輝かしい業績を残すのだろうと思う。
「ところで、そちらの状況は? 今回も報告事項はないか?」
向こう側のアーサーから皮肉っぽい物言いで訊ねられた。
マーリンは苦笑した。
まだ、一箇月だ。
しかし、アーサーは、それでも、なんの成果も行動もないということが怠慢に感じるのかもしれない。
いずれにしても、ちょうど今夜から動くつもりだったことがある。
それを耳に入れておこうと思った。
「手頃な女を見つけました。テレーズ=ラポルタ……。ハロンドールの南地方に領土を持つ女伯爵です。一箇月ほど後、ルードルフ王の政務を補佐する女官長として、王都に派遣されます」
「あの男の政務の補佐? そんなものが必要なのか?」
この国のルードルフ王が全く政務を顧みず、王政のほとんどを王妃アネルザと王太女のイザベラが代行しているのは有名な話だ。
ルードルフが正宮殿に出てくるのは、数日に一回くらいのことであり、しかも、どうしても外せない儀礼くらいである。
当然に、アーサーもこの国の王宮の状況は承知している。
「テレーズ=ラポルタという女伯爵は、年齢は四十五歳の年増なのですが、大変な美女なのですよ。テレーズが王宮にあがることで、ラポルタ領には、代わりに執政をする官僚団と多額の支度金と定期的な資金援助が行われます……」
マーリンの説明に対して、アーサーが舌打ちした。
「そういうことか……」
「まあ、最近は年増好みだそうで」
マーリンも笑いながら言った。
「それで、その女伯爵がどうした?」
「すり替えます。黒を扱う女を飼っておりますゆえに。ちょうどいいかと」
マーリンが“黒”という隠語を使うと、アーサーの目が大きく開いた。
“黒”というのは、闇魔道のことだ。
闇魔道は禁忌の魔道のひとつであり、他人を操り、意のままに動かす術のことである。
マーリンは、少し以前から、闇魔道を扱う女を保護していた。
あるところから逃亡し、山道で野垂れ死に仕掛けていた女であり、マーリンはその女の命を助ける代わりに、隷属の支配を受け入れさせた。
いまでは、完全なマーリンの奴隷である。
「……うまくいくか? 王宮だぞ……」
アーサーの顔が怪訝な表情になる。
「うまくいかずとも、足がつくことはありません。失敗すれば、その段階で命がなくなるように呪術を刻んでおります。失敗と認識した段階で、口を割る前に死にます」
死んで問題はない。
拾った女だ。
だが、万が一にも成功すれば、労せずしてこの国を乗っ取ったのも同じだ。
また、アーサーに説明した通り、マーリンの呪術は完璧だ。
絶対に逆らえない人形というだけでなく、任務に失敗したと認識した時点で、すべての生態活動が停止することになっている。
マーリンやアーサーの名が出ることはない。
無意識にされて、自白をすることもできないようになっている。
それに、おそらく、テレーズが女官長として入れば、主要な居場所は、正宮殿ではなく、後宮になるはずだ。
後宮ならば、警戒も緩くなる。
現に、性奴隷の贈答に事よせて、タリオの間者を王の近くに幾人か侍らせている。
「よかろう、やれ……。今後、これに関する報告は必要最小限にせよ。この件はお前に一任する」
マーリンは頷いた。
それについては、マーリンの方から申し出ようと思っていた。
あまりにも、重大な陰謀でありすぎる。
人形にした道具で情報が発覚しなくても、この魔道通信で洩れる可能性もある。
「ありがたき」
マーリンは目の前の霧の中の像に頭をさげた。
「……ただし、うまく王を操れれば、ひとつだけやって欲しいことがある」
すると、アーサーが言った。
そのとき、急に、向こう側のアーサーの表情が不機嫌そうになった。
マーリンは怪訝に思った。
アーサーがさらに続けた。
「ロウ=ボルグ、この男を失脚させろ。女たちの前から消せ。どんな方法でもいい。殺しても構わん。ただし、絶対に情報が洩れないやり方でやれ」
「わかりました」
マーリンには、すぐに、その男が一箇月ほど前に、アーサーにこの王都で恥をかかせた冒険者上がりの子爵だということがわかった。
どうやら、さっきのアーサーの複雑そうな表情は、マーリンへの追加指示が、ロウへの私怨によるものだったからみたいだ。
詳しいことは知らないが、あの自信家のアーサーが、その自信を砕かれるようなことがあったらしい。
この王都訪問の最後の茶会に参加したときのことのようだ。
知っているのは、そのときに同行をしたランスロットだが、アーサーから箝口令を言い渡されて、ランスロットも口を割らないので、マーリンも詳細は知りようもない。
いずれにしても、マーリンには、それほどの重大人物とは感じられなかったロウという男のことをアーサーがかなり毛嫌いしていることは知っている。
「それでは……」
マーリンは魔石から魔力を抜く。
霧が消滅した。
それから、二ノスほどがすぎた。
来訪者は、遠慮がちに店の外の通りから小さな鈴を鳴らした。
「入れ」
大声ではない。
外になど、ほとんど聞き取れないはずの低い声だ。
だが、ほんのしばらくすると、部屋の中に黒づくめの女が立っていた。頭にやはり、黒いフードを被っている。
どこから忍び込んだのかは知らない。
「来たな、テレーズ」
マーリンは言った。
「テレーズ?」
女が訝しむ口調で応じる。
もちろん、この女の名はテレーズではない。
しかし、そんなことはどうでもいい。
今後、この女がそれ以外の名を使うことはない。
すり替わりが成功すれば、生涯をそのテレーズとして生きる。失敗すれば、その場で死ぬだけだ。
「テレーズ=ラポルタ──。一週間後に地方を出立して、この王都にやって来る。国王に仕える女官長としてな……。お前は、その女になりきれ。どんな手段でもいい」
マーリンは、金貨の入った袋が三袋、宝石の入った袋が二袋、それぞれに置く。
かなりの財産だ。
「……やり方は任せる。この金を使え。使い方も自由だ。ただし、完全にすり変われ。発覚しそうになったり、失敗しそうになったら死ね」
マーリンは、女に呪術を刻み直した。
女が一瞬だけ、苦しそうに大きく息を吐いた。
悪意のある呪術が刻まれたときの反応だ。
これで、任務が失敗しても、誰の工作なのか発覚することはない。
「わかりました……。それで、成功したあと、どうすれば?」
「王の後宮に入り込んでいる手の者から伝える。お前からはなにもするな」
「かしこまりました」
女が言った。
案外に若いのかな?
声でなんとなく、そう思った。
それでわかったが、マーリンはこの女の年齢を知らない。
かなりの闇魔道の使い手だということは知っているが、そういえば、生い立ちとか家族のこととか、なにも聞いていない。
隷属できたことで、興味を持つ必要がなかったからだが、それを思い出した。
まあいい……。
マーリンは、一個の魔石を女に投げた。大きさは親指の先ほどだ。
女がそれを宙で受ける。
「これは?」
「魔道が刻んである。それを身体に入れろ。魔道を注げば、一度だけ、目の前の相手に姿形を変えられる。元には戻れん」
女が頷く。
そして、懐からナイフを出して、左腕を裂いた。
血が流れ落ちる。
女が傷口から、魔石を押し込む。
そのとき、やっと呻き声らしいものを女が出した。
「光魔道は遣えんのだったな」
マーリンは治療術を女に注いだ。
魔石を入れた女の腕の傷が消滅するのがわかった。
「終わりだ、去れ」
すると、黒づくめの女が闇に融けるように消えて見えなくなった。
いつの間にか、机に載せていた金貨と宝石の袋が消えている。
ふと見ると、あったはずの女の血の痕さえも、床からなくなっていた。