【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
【ナタル森林国・褐色エルフの里】
「いやあ、いやあ、いやあ」
ユイナは森の中を走り続けた。
大中小の魔獣がすっかりと、ユイナを取り囲んでいる。
いまは、三十匹はいるだろうか。
もしかして、さらに多いのかもしれない。
ユイナが作った『特異点』は、巨大な空間の亀裂となって、大量の瘴気を噴き出すとともに、一斉に魔獣を異空間から解放してしまったのだ。
それから、どうなったのかもわからない。
まず最初に、瘴気の激しい噴出に巻き込まれて、ユイナは岩場に全身を叩きつけられた。
そして、ユイナの身体の二倍も三倍もあるような魔獣が亀裂から、次々に飛び出すのを見たのだ。
それから、とにかく逃げ出して、いまに至っている。
あれから、かなりの時間が過ぎているが、まだユイナは魔獣の輪の中から逃亡しきることができない。
襲撃されそうになり、なんとか身を隠して、連中をやり過ごし、やがて見つかってしまい、またもや逃げて、再びどこかに隠れる。
それを繰り返している。
ユイナには武術の心得もなければ、魔獣からの逃亡の役に立つような魔道が遣えるわけでもない。
ただ、魔道研究が好きで、人よりも多くの魔道を知っており、古代魔道にも詳しく、魔道十二戒で使用も研究も禁止されている禁忌の術にだってある程度精通している。魔道具作りにも自信があり、素人研究者としては一端の者という自負もある。
ユイナがやろうとしたのは、魔獣を使役して自在に操る古代魔道による召喚術という魔道だ。
それができれば、強くもないユイナにとっても、大きな武器になる。
もしかしたら、冒険者というものにもなれるのかもしれない。
だから、ユイナの持っている禁忌の魔道書の手順に従って、術式を刻んで術を再現しようとしたのだ。
場所は、褐色エルフの里から少し離れた森の中だ。
しかし、失敗した。
召喚どころか、魔獣の集団出現が起きてしまい、支配するどころじゃなく、その牙や爪に引き裂かれないために、命からがら逃亡するしかなくなった。
また、ユイナの魔道で開いてしまった特異点という名の、異空間との亀裂がどうなったかもわからない。
「ひいっ、ひっ、ひいっ」
懸命に走る。
これまで、ずっと岩場や草むらなどに、隠れながら逃げてきたが、なんとか里に向かおうとしたのが悪かったのだろう。
隠れる場所などない比較的樹木が開けた場所にきてしまった。
そして、すっかりと魔獣に囲まれてしまったのだ。
逃亡中のあいだに、様々な魔獣の姿を見たが、いまユイナを追いかけるのは、ガグと呼ばれる人間の三倍もある身の丈の毛むくじゃらの二本脚の魔獣だ。それと確か、ティンタロスという口の大きな四つ足の獣──。
それが共闘するように追いかけてくる。
彼らは脚が速く、力も強大だ。
捕まれば、一瞬にして、ユイナなど八つ裂きになるに違いない。
そして、はらわたを喰われて、ユイナを餌にする。
だが、幸いなのは、彼らの身体がかなり巨大なことだ。
ガグは人の三倍の身の丈だし、ティンタロスだって四つ足だがユイナの二倍はある。
その大きさが、まばらとはいえ、周囲に生えている大きな樹木に阻まれて、足止めになっている。
もっとも、すぐにその樹木をなぎ倒して、追いかけてくるので、そのあいだに逃亡することには成功していない。
まだ、里には距離もある。
それに、里に逃亡したところで、この魔獣を里に呼び込むだけだ。
もう、ユイナにはどうしていいかわからない。
とにかく走るにも限界はある。
すでに息は切れている。
このままでは、もうすぐ足がもつれて、やがて、倒れる。
そのときは、終わりだ。
「うわっ、なんで」
ユイナは脚をとめた。
前にティンタロスに回られたのだ。
とっさに、横に移動して、少しでも樹木のある側に逃げようとした。
しかし、そっちにも数体のガグがいる。
もう駄目だ──。
ユイナは死を覚悟した。
そのとき、不意に目の前のガグとティンタロスがなにかに打たれたように倒れた。
強い電撃を浴びて倒れている。
さらに、武器を持った十人ほどの里のエルフ族の男たちが、草むらを割って出現した。
次々に、魔獣たちが倒されていく。
圧倒的な殺戮だ。
ユイナはその場にしゃがみ込んだ。
白刃が近くを舞いまわる。
魔道も飛ぶ。
だが、すべて、ユイナに関係のない戦いだ。
次々に魔獣が殺されていく。
やがて、静かになった。
ユイナは座り込んだままだ。
とりあえず、追いかけられていた魔獣の全部が、死ぬか、逃げるかしている。
助かったのだ。
ユイナを助けてくれた者たちの集団から、数名が近づいてきた。
「プルトさん、エクトスさん……」
ユイナの里である「褐色エルフの里」の警備隊を組織しているふたりだ。
ほかにいるのは、その隊の者たちみたいだ。
「ユイナちゃんか……。なぜ、ここに? 突然に魔獣が大発生がしたという情報に接して、討伐に出てきたんだが、どうしてここにいる? 討伐が終わるまでの外出禁止令を耳にしなかったのか?」
幼いころからユイナを知っているプルトは、いまだにユイナを“ちゃん”付けで呼ぶ。
それはいいのだが、ユイナが解放してしまった特異点の亀裂から、魔獣が大量に発生したことで、里の警備隊が出動していたようだ。
あれから、半日は過ぎていると思うが、里に近い森だったこともあり、早々に異常を把握してくれたのだろう。
そして、討伐に出てきた。
ユイナは、その彼らに偶然助けられたということだ。
ほっとして脱力したが、ユイナにはやらなければならないことがあったし、言わなければならないこともある。
それは、ユイナにとっては、極めて都合の悪い事態を引き起こすだろうが、放っておくと、このままではとんでもないことになる。
ユイナが開いてしまった特異点という大きな亀裂は、いまだに大量の瘴気を噴出し続けているはずだ。
そこから、いくらでも魔獣が出現する。
とにかく、塞がなければ、里の周りが魔獣だらけになる。
もしかしたら、魔族まで現れるかも……。
「プ、プルトさん……。お、お願いがあります……。少し離れた森のある場所に、特異点が開いています……。それを塞ぎたい……。でも、魔獣がいては、わたしでは近づけないんです。しかし、魔獣をなんとかしていただければ、わたしが塞げると思います……。どうか……」
ユイナはがばりと、地面に手をついて頭をさげた。
しらばっくれれば、ユイナのやったことは発覚しないかもしれないが、おそらく、あの特異点を塞ぐことができるのは、ユイナにしかできない。
「どういうことだ? 特異点の場所がわかるのか、ユイナちゃん」
プルトが驚いている。
ここまでの魔獣の大発生となれば、当然に特異点の解放がされたと考えるのが常識だ。
プルトたちも、それは予想していたはずだ。
おそらく、魔獣を追いかけながら、その場所を探そうとしていたと思う。
それをしなければ、いくら魔獣を駆逐しても、いくらでも特異点の亀裂から魔獣が発生する。
しかし、特異点の発見は非常に難しく、開いたばかりの特異点があっという間に見つかることはほとんどない。
「いや、待て、どういうことか白状してもらうぞ……。いや、その前に、特異点の封印が先だな。しかし、しっかりと、その後で説明してもらう」
黙っていたエクトスが酷薄な口調でユイナに言った。
*
光は、天井近くのずっと高い場所にある小さな明かり取りの窓だけだ。
だから、昼間でも随分と薄暗く、夕方になればほとんど夜と変わりはなくなる。
もちろん、夜になれば真っ暗であり、囚人であるユイナに与えられる蝋燭はないので、ほとんど、灯かりのない生活をずっと続けていることになる。
褐色エルフの里の中にある囚人用の石塔だ。
その最上部に近い牢で、ユイナはもう半月は過ごしている。
囚人としてだ。
罪状は、禁忌の魔道に手を出して、特異点の亀裂を発生させて、大量の魔獣と瘴気を放出させた罪だ。
判決は死刑──。
ただし、プルトたち警備隊が活躍して、魔獣は里の近くから駆除することができたし、幸いにも、亀裂の大きさそのものはかなりだったが、短い時間で封印をすることができたので、規模の割りには、被害は大きなものにはならなかった。
発生した魔獣とたまたま森で出くわして負傷した者はいたが、死者はいない。しかし、もちろん、里の警備隊にも負傷者はいる。
もっとも、魔獣は処理できたものも多いが、逃亡を許したものもかなりあるそうだ。
褐色エルフの里から出た警備隊は、里の近辺から魔獣をなくすのが目的であり、完全な殺戮を目指したものではなかったからだ。
だから、そうやって逃げた魔獣が、どこかでほかの誰かを殺してしまっている可能性はある。
いずれにしても、死者がいなかったことは、罪の軽減にはならない。
もちろん、すぐにユイナが原因であることを告白して、特異点の封印を迅速に行えたことも、死刑判決を回避する材料にはならなかった。
禁忌の魔道に手を出して魔獣を溢れさせ、一時的とはいえ、森に大量の瘴気を発生させるなど、問答無用の死刑だ。
祖父のトーラスが里の
いつだったか、あのロウとエリカが、ユイナが原因の魔妖精騒動で冤罪になりかけてしまった、あの裁判と同じだ。
今度は、冤罪でもなく、あのときの真犯人だった自分が、罪人となったのだが……。
ただし、あのとき、プルトに泣きついて罪を自白し、すぐに特異点封印の処置をしたことだけは評価された。
死刑判決であるが、不名誉刑を受け入れれば、死刑は受けないですむという選択をすることが許されることになった。
不名誉刑というのは、額に罪人の紋様の刺青をし、エルフの世界からの追放を受け入れることで、死を減じてもらうというものだ。
エルフ族の守護神であるアルティスの女神からの加護を失うことを意味し、死んでもエルフ族の黄泉の世界には受け入られないとされていて、むしろ死刑よりも厳しいとされている。
ユイナは、不名誉刑を受け入れた。
だから、いま、ユイナの額には、エルフ語で死人を意味する文字が魔道で刻まれている。
不名誉刑といえば、クリスタル石を不法に売りさばいた罪により、この里で死刑判決を受けたダルカンという前の長がいる。
彼の場合は、顔への刺青と追放というのが、死刑の代替えに受けた不名誉刑だったが、ユイナの場合は、刺青に加えて、エルフ族以外の種族に対する奴隷としての隷属化処置が、死刑に代わる不名誉刑になった。
褐色エルフの里の全員を騙して、さらに、イライジャの夫だったトードも殺しているダルカンよりも、ユイナに対する不名誉刑がずっと重いというのは納得できないものもあるが、それだけ禁忌の魔道というのは、罪が重いということなのだろう。
とにかく、ユイナが奴隷としての追放を受け入れたことで、ユイナの首には、『隷属の首輪』が嵌められた。
すでに、隷属は受け入れているが、その相手は決まっていないので、隷属の対象はまっさらである。
これから、売り手が決まれば、その人物を主人として首輪に刻み、一応は、ユイナはその相手の奴隷になるということだ。
あの裁判以降、トーラスには会っていないが、数日前に里の長をやめたという。
本当に迷惑をかけたと、ユイナは後悔している。
どうして、あんなことになってしまったのか。
とにかく、想定していた瘴気よりも、遥かに多い量の瘴気が大発生した。
だから、ユイナの制御を越えてしまい、大量の瘴気と魔獣の発生を許してしまったのだ。
後悔しても、したりない気分である。
いずれにせよ、あの裁判から、ユイナがこの石塔に監禁される日々が続いている。
この塔には、特殊な魔道と結界が掛かっており、魔道は遣えず、脱走することも不可能だ。
ユイナがここにいるのは、ユイナを奴隷として売るエルフ族以外の種族の奴隷商を探すためだ。
おそらく、人間族ということになると思うが、エルフ族以外の奴隷商など、ローム三公国か、あるいは、ハロンドール王国から呼び寄せるしかなく、それで、売り手が見つかるまで、ここで収監されることになったというわけだ。
食事は、一日二回。
糞尿は、壺にして、日に一度壺を抱えて捨てに行く。
もちろん、外に出るわけではなく、牢がある階の隅に、魔道によりふんだんに水が沸く大甕があり、そこにある下水から下に捨てて洗うのだ。
身体を清潔にするための水もそこでもらえる。
一応は、奴隷として売ることになっているので、身体を洗うことは自由にできる。その方が値がつくからだ。
そして、この日、やっとユイナの買い手だという商人が現われた。
連れてきたのは、エクトスだ。
彼は、あのダルカンという里長に対する闘争のときは、イライジャ同様に、ユイナとも同志のような関係にあったが、あの特異点事件のとき以来、人が変わったようにユイナに厳しくなった。
まだプルトは、トーラスの孫娘であるユイナに、遠慮のようなものもあるのだが、エクトスは、裁判でも徹底的に、ユイナの罪を糾弾した。
理由はわからないが、とにかく、魔獣や魔族に対して激しい憎悪を抱いている感じであり、それを呼び寄せたユイナは、彼にとって唾棄すべき対象になったようだ。
その人間族の商人というのを連れてきたのは、エクトスのようだ。
でっぷりと肥った人間族の中年の男であり、ユイナが、手枷と足枷を嵌められて、若い牢番ふたりによって、牢のある階の面談室のような広い場所に連れて来られたとき、エクトスと商人がそこにいたというわけだ。
その部屋に、エクトスと肥った商人が椅子に座っていて、ユイナはその前に立たされた。
すると、エクトスは、ユイナに一枚の羊毛紙を示した。
面接を許可するバロアの署名が入っている。
バロアというのは、トーラスがユイナのことで辞職したので、暫定の里長をすることになったらしい。
ロウに対する裁判では判事をし、あの裁判で、ロウは冤罪だとして、無罪を言い渡したあの女性である。
ユイナの裁判でも、彼女が判事だった。
何事にも、何人へも公正誠実――。
それが、バロアの評価だ。
「この人間族の商人がお前を買う。エランド・シティと通商をしているデセオの商人だ。エランド・シティにおける公示で、犯罪奴隷の売り渡しの情報に接して、お前を購いにきたのだそうだ」
エクトスは、羊毛紙をかざしながらユイナに言った。
すると、隣の椅子に座っている肥った商人が、腹を揺すりながら笑った。
「購うかどうかは、商品を見てからですな。私は奴隷商人ではありませんが、たまたま、エルフ族の娼婦を手に入れたいと、デセオのある娼館に頼まれておりましてな。まあ、条件が合うなら入手しておこうかと」
デセオ公国か……。
もちろん、ユイナは行ったことはないが、退廃と享楽の国とも称される独特の文化を持った国だと耳にする。
あらゆる性行為が禁忌ではなく、そこの人々は毎日毎夜、開放的な性を愉しむのだそうだ。
娼婦も男娼も侮蔑の対象ではなく、むしろ、性技に長ける娼婦や男娼は、尊敬される存在なのだそうだ。
そうか……。
デセオ公国に連れていかれるのか……。
ユイナはぼんやりと思った。
「条件は合うだろうさ。こいつは犯罪奴隷だ。不名誉刑を受けて、エルフ族の世界を追放されるためにここにいる。はっきり言って、値はいくらでもいい。二束三文で十分だ」
エクトスは吐き捨てた。
「二束三文って……」
さすがにむっとして呟く。
ユイナは、エクトスを睨んだ。
だが、エクトスは冷たい視線を向けるだけだ。
まったく、余程にユイナが嫌いになったのか……。
「だが、我がデセオでは、カロリックやタリオとは異なり、奴隷の身分保障がうるさくてですなあ。最低生活の保障や衣食住の面倒をとることは義務づけられておるのですよ。まあ、獣人は別ですが……。税もかかりますしな……。つまりは、元手を回収できる奴隷でなければ、維持費がかかるということです。商品として通用するかどうか調べても?」
「ふん、存分にしろ」
エクトスは言った。
ユイナは、黙って会話を耳にしていたが、デセオというのは、随分と、奴隷扱いがいい国らしい。
ユイナとしては、かなり条件がいいのかもしれない。
「いずれにしても、額の文字は娼婦としては減点ですなあ。顔はいいのですが、なんとも惜しい。消せませんか?」
「エルフ族の呪術で刻まれた刺青文字だ。消えん」
「そうですかあ……。うーん、顔はいいのだがなあ。じゃあ、身体を見るか。ちょっと服を脱いでもらえるか? 裸が見たい」
商人が言った。
ユイナはびっくりした。
「は、裸──? 冗談じゃないわよ。なんで、裸にならなけりゃあなんないのよ──」
怒鳴りつけた。
商人がちょっと竦んだような仕草をした。
ユイナは上下が繋がった灰色の貫頭衣の囚人服を着ていたが、それをぎゅっと手錠のついた腕で抱く。
「こりゃあ、気が強いですなあ。納得して、性奴隷になるのではないのですな。すると、調教が必要なのか……。しかし、先方は、すでに心構えをしている娼婦を注文しているし……。うーん」
「エルフ族の女を裸にして検分するだと──。本気で言っておるのか、貴様」
そのとき、エクトスが不機嫌そうに怒鳴った。
褐色エルフの里近辺のエルフ族は、ほかの里のエルフ族に比して、とりわけ他種族に対する差別意識が強い。
ユイナのことを嫌悪しているエクトスだが、エルフ族のユイナが人間族に辱められるのも気に入らないようだ。
だが、その人間族に、ユイナを売り渡すのだから、矛盾する感情だとは思うが……。
「いずれにせよ、こいつは奴隷として売られることは受け入れている。問題ない」
「だが、心では受け入れていない。デセオ公国では、娼婦というのは、ただ綺麗だったり可愛かったりの女であれば、簡単になれるという職業ではないのです。それなりの性技の修行も必要だし、それには覚悟も要する。とにかく、裸を見なければ話にならない。私は娼婦候補として、この娘を買おうかどうかを考えているのです」
商人はきっぱりと言った。
エクトスは鼻を鳴らした。
「ふん、まあいい。仕方ない。ユイナ、裸になれ。全部そこで脱げ」
エクトスは、牢番の男に、ユイナの手錠だけを外すように命令した。
外さないと、服を脱げないからだろう。
「じょ、冗談じゃないわよ──。承知しないわよ、エクトス──」
大声で叫んだ。
だが、エクトスが杖で魔道を放った。
魔道が遣えないように結界を張り巡らされているこの石塔だが、例外もある。
プルトとともに、里の警備責任者として許されているエクトスのような者に渡される特殊な魔道の杖だ。あれは、エクトスが魔道を遣うことを可能にするのだ。
ユイナに魔道が飛び、全身が硬直した。
身体が動かせなくなる。
胸を抱くようにしていた両手がだらりと下に垂れた。手錠も外れて床に落ちた。
「脱がせろ……」
「や、やめろお」
動かなくなったのは身体だけであり、舌は動く。意識もしっかりしている。
ユイナは、思い切り声をあげた。
男の牢番ふたりが好色そうな顔になって、ユイナに近づいてくる。
「へへへ、こりゃあ、思わぬ、役得ってとこかな」
「まあ、許してくれよな、ユイナ。これも命令でな」
エクトスに命じられた門番たちは、ユイナに襲いかかるように、囚人服に手を掛けてくる。
「ふ、ふざけるな、エクトス──」
ユイナは絶叫した。
だが、身体がまるで金縛りになったように動かない。
首から下がユイナの意思から切り離されてしまったみたいだ。
しかし、他人の手なら動くみたいだ。
その証拠に、両脚はしっかりと床を踏んで立っている。
でも、ユイナには感覚がない。
「おっ、くれぐれも、傷はつけないようにしてくださいね。商品になりませんから」
商人が心配そうに声をかけてきた。
だが、ユイナはそれどころじゃない。
あっという間に、囚人服の貫頭衣を頭から剥ぎ取られた。
貫頭衣の下は、腰を覆う下着だけだ。
胸巻きのたぐいは与えられていない。
ユイナの乳房が露わになって、男たちの前で曝け出さされた。
「だ、誰か、助けてよお──。誰かああ──」
ユイナは力の限り叫んだ。
すると、エクトスがせせら笑った。
「誰がお前のような、魔獣を里に呼び込む悪党を助けるものか──。せいぜい、酬いを受けるといい。そもそも、お前は、エルフ族の名誉よりも、不名誉を受け入れた恥知らずだ。それなりに扱ってやる」
「冗談じゃないわよ──。死刑を選んで、黙って殺されろというの――。結局、誰も死ななかったじゃないのよう。わあっ、やめ、やめええっ」
ユイナは泣き叫んだ。
下着が腰からおろされる。
ついにユイナは一糸まとわぬ、素裸にされてしまった。
横にいる若い牢番ふたりが、ユイナの陰毛や胸に目をやって、同時に血走った目になり、ユイナは恐怖してしまった。
「ほう、使い込まれてはいないようですな。ところで生娘なのか、お前?」
商人が椅子に座ったまま言った。
ユイナはかっとした。
「お前に関係ないでしょう──」
「生娘かどうかが関係あるのか? あっ、そうか、性奴隷として引き取るのだったな。生娘だと値打ちがあるということか?」
エクトスが何気無い口調で言った。
両側の牢番が好色の目を向けているのに対して、エクトスはユイナを裸にしても、何の興味もないように、こっちを眺めている。
むしろ、そばの牢番よりも、エクトスに怒りが沸く。
「生娘に値打ちなどありませんよ。そういう好事家がいるのは確かですけどね。だが、私はちゃんとした娼館に売るのですから、生娘なのは価値が下がります。経験がないということですから。それだけ手間がかかるということですしね」
「そういうものか」
「いずれにせよ、健康に異常はないみたいですね。ちょっと痩せかけているけど、それは囚人暮らしの影響でしょうな。食べさせれば、肌の張りも取り戻すでしょう。さて、では性器の方も確認させてもらいますね」
商人が立ちあがった。
「さ、触ったら殺すわよ──」
ユイナは喚いた。
そのときだった。
突然に階下に通じる側の扉が開いて、誰かが乱入するように部屋に飛び込んでいた。
「イライジャお姉さん──?」
ユイナは驚いて声をあげた。
いきなり、部屋に乱入してきたのは、あのイライジャだったのだ。
しかし、どうして、ここに?
イライジャは、ユイナの義理の叔母にあたり、かつては、この里で暮らしていたが、いまは離れている。
一年前、ロウという人間族の男と愛し合ったことを裁判で告白し、それが原因で里を追い出されていたのだ。
それが、どうしてここに?
ユイナは混乱した。
「奴隷商人を連れて塔に向かったと耳にしたから、急いでくれば、これ? エクトス、恥を知りなさい――」
イライジャが怒鳴った。
相変わらず、怒るとすごい迫力だ。
エクトスが鼻白むのが、ユイナにもわかった。