【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
「イライジャお姉さん──?」
とにかく、ユイナは、驚いて声をあげた。
どうして、ここに?
なにしろ、イライジャに会うのは、ほぼ一年ぶりだ。
ユイナの叔父であるトードの未亡人であるイライジャは、ユイナの叔母になるのだが、年齢が比較的近いこともあり、ユイナにとっては姉的な存在だった。
だが、ロウが裁かれた裁判で、イライジャはロウを庇うため、魔妖精が召喚をされたと思われる時間には、ロウと性行為をしていたと証言した。
イライジャとしては、自分の命を助けてくれた存在であるロウに対する恩返しのつもりだったと思うが、人間族を蔑視する感情の大きいこの里では、もうそれで、イライジャの住む場所はなくなってしまった。
さらに、祖父のトーラスが、イライジャの行為は死んだトードへの裏切りだと腹を立て、屋敷から追い出したこともあり、イライジャは、あれからすぐに里を出て、ユイナの前からいなくなっていた。
ただ、ユイナとは手紙のやり取りはしていて、エランド・シティで冒険者をしているということは知っていた。
エランド・シティは、ナタル森林国の首都のような都市で、ナタル森林では唯一、冒険者ギルドがあるのだ。
イライジャは、そこで冒険者になっていたはずだ。
なんでここに?
「エクトス、見損なったわよ。女囚を裸にしていたぶるのが趣味だとは、呆れた男ね。あんたは、もっと誇り高い男かと思っていたけど、どうやら、わたしの見込み違いだったようね。あんたも、これで、エルフ族の面汚しの同類よ」
イライジャがさっきの啖呵に次いで、さらに強い叱咤の言葉を口にすると、エクトスがさっと顔色を変えた。
ユイナは、このエクトスが人一倍、人間族に対する蔑視意識が強く、エルフ族としての自尊心が高いことを知っている。
エルフ族の面汚しというのは、エクトスにとって、なによりもの侮辱だろう。
「どうして、貴様が──。お前はこの里を追放されたはずだぞ、イライジャ──。それに、これは連れてきた商人が必要だというから、検分をさせているだけだ。奴隷として売り払われるこいつには当然の処置だ。ユイナは、死よりも不名誉を選んだ。こいつこそ、エルフ族の面汚しだ」
「あんたの矜持も結構だけど、それを押しつけないことね。それに、なんと言い繕おうと、あんたが人でなしだということは確かね。あんたは、ユイナを侮辱するために、こんなことをしているんでしょう」
イライジャがエクトスを睨みつけながら、呆気に取られている商人を押しのけ、床に落ちていた貫頭衣を拾って、ユイナの身体を隠してから抱き締める。
なにがなんだかわからないけど、ユイナはほっとして、脱力する心地になる。
すると、さらに面談部屋に人が入ってきた。
「エクトス、あなたに許可したのは、ユイナを購入する意思のある商人をユイナと面談させることよ。あなたらしくもなく、女囚を破廉恥に裸にするなんて、どういう料簡なの?」
イライジャの後ろからやって来たのは、暫定里長のバロアだった。
一緒に来たらしい。
「これは、バロア殿……。しかし、なにしろ、この商人がユイナを性奴隷として購うかどうかを決めるのに、裸を見る必要があるというものでしてね」
エクトスは悪びれた様子もなく言った。
「そうだとしても、せめて、女エルフを立会わせるとか、そういう処置が必要ね。こんな男しかいない場所で、関係のない牢番に服を脱がさせるというのはどうかしら。いずれにしても、裸にするのは、いまは許可できないわ」
バロアが言った。
エクトスは肩をすくめて、魔道を放った。
硬直していた身体が自由を取り戻す。
ユイナは、イライジャの腕から貫頭衣を取り、急いで服を着た。
下着は牢番のひとりがまだ手に握っていたので、ひったくって取り返す。
「ところで、追放されたイライジャを里に入れるのを許したのはバロア様ですか? それは、いくら里長代理でも許されることでは……」
「黙りなさい、エクトス──」
イライジャが怒鳴った。
相変わらず、凄い貫禄だ。
エクトスが一瞬たじろいだ表情になる。
「わたしは、追放なんて受けた覚えはないわよ。勝手に出ていっただけよ。そもそも、なんでわたしが追放されないといけないのよ。人間族の男と寝たから? 馬鹿じゃないの──」
イライジャが鼻を鳴らす。
エクトスが真っ赤な顔になる。
しかし、ユイナも、そういえば、イライジャが出ていったとき、罪を正式に鳴らされるような手続きはなかったことを思い出した。
だけど、イライジャは、ほとんど里の全員から糾弾されるような立場になり、だから、ユイナもイライジャが里から追放されたと思い込んでいた。
「な、なんだと、人間族と通じた恥知らずな女のくせに……」
「やめなさい、エクトス──」
バロアが一喝した。
そして、商人に顔を向ける。
「……商人殿、身内の醜態を晒してしまい、失礼をしました。しかし、事情が変わりまして、このユイナについては、競売で売り払うことになりました。ユイナの検分は、女エルフの立会で改めて認めます。けれども、競売の期日は、百日後ということになります」
「百日後? つまり、三箇月半ということか──?」
エクトスが声をあげた。
「後日に競売? おお、これはちょっと勘定が合わなくなってきました。実のところ、私の取引先は、デセオの高級娼館でありまして、この女囚については、ちょっと気が強すぎるし、納得済みでなければ、娼館で働くのは難しいと考えていたのです。そもそも、競売ともなると、競り落としの値もあがるでしょうし……。申しわけないですが、今回はなかったということに……」
「申し訳ありません。しかし、公示の内容を後で変更をしたのは、こっちの落ち度……。お詫びに、この里でできるほかの取引きをしてもいいのですが……。例えば、クリスタル石などどうでしょう。純度の高いクリスタル石のうち、この里で許可されている出荷分で、まだ売り先が決まっていないものがあります。条件さえあえば、そちらと契約をすることは可能ですが……」
「おう、それは願ってもない。クリスタル石は、魔道施設や様々な魔道具に必要ですが、このナタル森林国でしか産出できず、常に品不足にあるのです。数はいくらでもかまいません。売っていただければ……。いや、もしも、定期的に取引きが可能であれば、当方としても、値段の交渉に応じる準備があります……」
クリスタル石とは魔石とも呼ばれ、魔道に必要な魔力を充満することができる特殊な鉱石だ。
現存するほとんどの魔道器具は、このクリスタル石がなければ作動しないが、クリスタル石は、このナタル森林国でなければ、生産することができないので、ナタル森林国にとっての特別な産業物である。
だから、外の世界の商売人にとっては、そのクリスタル石を定期購入できるというのは、非常に魅力的な話なのに違いない。
しかし、それはわかるが、この商人は、クリスタル石を取引きできそうだということで、ユイナを買おうかどうかを検討していたときと比べて、遥かに嬉しそうだ。
なんだか、それに腹がたつ。
「いいでしょう。では場所を変えて話をしましょう。改めて、わたしの執務室の方においでください」
バロアが商人にそう言って、後刻、商売の話をするということで、ここから一度引き取るように告げた。
商人は乗ってきた馬車を里の中に入れて、宿泊所代わりにしているらしい。
そこにいるので、誰かを寄越して欲しいとバロアに言い、部屋を出ていった。
「な、なによ──。わたしよりも、魔石が重要? なんか、腹立つ」
ユイナは憤慨を口にした。
「黙りなさい──」
しかし、イライジャが強い口調で叱ってきたので、すぐに口をつぐんだ。
「だ、だけど、イライジャお姉さん、どうして、ここに?」
ユイナは、イライジャに訊ねた。
「仕事よ」
「仕事?」
ユイナは首を傾げた。
「バロア様、商人を返すとはどういうことですか? ユイナは不名誉刑の受け入れにより、エルフ族以外に奴隷として売り渡すのが取り決め。早い者勝ちで売り払えばいい。競売とはなんです?」
エクトスが不満そうに言った。
すると、イライジャが荷から三通の手紙のようなものを取りだした。
「それは?」
エクトスが怪訝な表情になった。
「ユイナの買い手の申し出者よ。三人分あるわ。不名誉刑による奴隷売り払いについては、原則として申し出順となっているけど、複数の申し出者があった場合は、必要により、競売にかけることになっているわ。近親者の希望によりね。なにしろ、奴隷として払った代金は、家族に渡すことになっているんだし、高い方がいいものね。そして、これは、トーラス様の競売を希望する旨の申出書よ」
イライジャがさらに書類を取りだした。
四通の手紙のような書類──。
それをバロアに渡す。
「三人分の購入申し出者? なんのことだ? そもそも、なんで、お前がそれを持ってくる? しかも、トーラス様の申出書まで?」
ユイナも驚いたが、エクトスも呆気にとられている。
「なんでなんて、ご挨拶ね。わたしって、これでも一年も冒険者をやっていて、顔も広いし、シティで出ていた公示について、ユイナを買いとることを希望する商人を見つけることは、面倒じゃなかったわ。だけど、わたしが仲介をした商人たちは代理人ばかりで、まだ商人の全員が森の外にいて、競売の時期を可能な限り先に延ばすことを求めているの。だから、わたしは今回の犯罪奴隷の売り払いに参加する仲介業の者として、後日の競売の開催を要求したのよ」
イライジャがエクトスに説明した。
よくわからないが、エランド・シティで冒険者をしているイライジャは、ユイナが犯罪奴隷として売られるという里から出した公示に、シティで接したのだろう。
それで、買い手を探して、彼らを仲介し、申し込みの書類を持参して、ここまで来てくれたということのようだ。
ユイナは唖然とした。
「そ、そんな馬鹿な。三箇月後だと──。こんな娘、とっとと売り払って……」
エクトスが怒りだしたが、それをバロアが制する。
「それはあなたが決めることじゃないわね、エクトス。あんたが魔獣嫌いで、それを呼び込んだユイナに、人一倍怒っていることはわかるけど、わたしとしては、この里の掟に従って、業務を進めるしかないわね」
「しかし、バロア殿……」
「とにかく、複数の申し出者が同時に現れ、さらにどの申し出者も競売を希望して、手付金も支払っている。しかも、ある程度の期間を置いた時期における競売の開催をね。それだけでなく、ユイナの保護者であるトーラスの競売の申出書まである。手続きは完璧ね。イライジャを仲介者のひとりと承認し、彼女の求める競売を認めるしかないわ。そもそも、ほかにも、これから申し出者がいるかもしれないし」
バロアが言った。
エクトスは不愉快そうに鼻を鳴らして、黙って席を立ち、部屋を出ていった。
「便宜に感謝します……」
イライジャがバロアに頭をさげた。
バロアが頷いた。
そして、そのバロアは、ふたりの牢番に視線を向けた。
「さて、あんたたち、ふたりについては、今後、ユイナの監視任務から外すわ。見張りは交代させる。女囚に手を出すような牢番には、任せられないしね」
「そんな、俺たちは……」
「エクトス様の命令で……」
「わかっているわ。だから、処罰はしない。だけど、今後はこの塔には近づけもしない。とにかく、ユイナを牢に戻しなさい」
バロアの命令に、不満そうに牢番ふたりが頷く。
「さて、ユイナ、あんたは牢よ。競売が百日後になったといっても、あなたの罪は変わりないわ。奴隷として売られるのが、今日ではなく、百日後になったということよ」
「ユイナと話がしたいんです。牢越しでいいので、ふたりきりになりたいんです。今度は、家族としての面談を求めます」
イライジャが口を挟んだ。
「いいでしょう。許可します。あなたたちふたりは、ユイナを牢に入れたら、距離を取って監視なさい」
バロアが牢番に命令をして、部屋を去った。
そして、ユイナはイライジャとともに、牢番に連れられて、牢に戻った。
牢のある場所はうす暗く、廊下に通じる壁も、人が屈んで潜れるほどの鉄格子の扉があるだけで、ほかは石壁である。
ユイナは牢に入り、イライジャは鉄格子の向こう側にしゃがむようになった。
ふたりの牢番は、離れていったようだ。
「イ、イライジャお姉さん……、あ、あのう……」
ユイナは、まずは今回のことを言い訳しようとしたが、イライジャに睨みつけられて、口を閉ざしてしまった。
「言いたいことは山ほどあるし、なんでこんなことをしでかしたのか、じっくりと聞いてお説教をしたいところだけど、そんな時間はないわ。あんたは、このままでは、どこの誰ともわからない相手に売り飛ばされて、生涯を奴隷として暮らすことになるわ……。今日来た男……。あいつ、善良そうなこと並べていたかもしれないけど、あれの、奴隷扱いは厳しいわ。とりあえず、購入しても、娼婦として見込みがないと思えば、容赦なく代金を回収するために、闇商人に売り払うわ。そして、あんたは、娼婦には向かない。あいつに買われたって、結局、そういうところに、売り払われるのが落ちよ」
イライジャが怒ったように言った。
奴隷扱いが優しそうだったので、イライジャの言葉には驚いたが、まあ、確かに、そんなうまい話はないはずだというくらいの分別は、ユイナにもある。
「だけど、イライジャお姉さんの見つけてくれた買い手なら、いくらか安心なんでしょう?」
ユイナは言った。
どうせ、売られるのだ。
だったら、せいぜい、大切にしてくれるところに売られたい。
そして、隙が多いところに……。
イライジャの紹介なら、あまり冷酷には扱われずに、少しは安心できる気がした。
「あれ? あんなの偽物よ。全部、適当な名前をでっちあげただけよ。三箇月後の競売には、あの中からの商人なんて、誰も来ないわ。書類を偽造して、手付金も準備したのよ。あんたのせいで、とんだ出費だわ」
イライジャは低い声で言った。
ユイナはびっくりした。
「な、なんでそんなことを──?」
「馬鹿、声が大きい」
イライジャが叱った。
ユイナは慌てて、声を潜める。
「……で、でも、なんでそんなことを……?」
「あんたをすぐに売り払われたりしないためよ。複数の買い手が競合すれば、里の掟により、あんたは日付を置いて、競売にかけられると決まる。とにかく、これで百日の余裕ができたわ」
「だけど、百日後に誰も現れなかったら……」
「多分、百日後なら現れるわ。少なくとも、興味を持っていた奴隷商はいたし、冒険者も使い捨ての奴隷として、いいかなあと口にしていた者も多かった。エルフ族なら魔道が遣えるしね。ただ、エランド・シティとここは離れているので、すぐには応じられなかっただけよ。でも、百日の余裕があるなら、それまでに別の買い手が現れるわ。しかも、複数ね……」
「そ、そうなんですか……?」
「そうよ。そして、これから、何人かの競売希望者が、競売に参加するかどうか、あんたを見に来るかもしれない。だけど、とにかく、あんたは、できるだけ、売り物になんて、ならないということを見せつけなさい。顔はできるだけ汚す。病気のふりでもでなんでもして、そいつらに興味を無くさせるのよ。いいわね──」
イライジャが真剣な口調で言った。
だが、ユイナにはいまひとつ、イライジャの考えがわからない。
「で、でも、買い手がつかなかったら、里の掟により、わたしは処刑されて……」
ユイナが死刑にならなかったのは、死よりも重いとされる不名誉刑を受け入れたからだ。だが、その不名誉刑の条件となる奴隷として、売り払えなかったら、やはり処刑されることになる。
ユイナとしては、奴隷として、誰かに買ってもらわないとならないのだ。
「いいから、わたしの指示に応じなさい。これは賭けよ。その余裕ができた三箇月のあいだに、わたしは、ロウを探す。そして、地に頭を付けてでも、あんたを落札してくれるように頼む。あんたは、実は、あのロウを好きでしょう? どうせ、奴隷として落札されるなら、彼の奴隷になりたいはずよ」
イライジャは言った。
今度こそ、ユイナは驚愕した。
「ロウって、あいつ、死んだんじゃないの──?」
ユイナは声をあげた。
すると、イライジャが心痛そうな顔になった。
「……もしかしたら、わたしがあんたに、それを仄めかす言葉を手紙で送ったから、あんたが自棄になったのかと思っているわ。もしも、そうだったら、わたしは責任を感じている。でも、あのとき手紙に書いたように、ロウとエリカが死んだと、冒険者ギルドの記録に載ったのは事実よ。だけど、あれから、また、記録が修正されたの。多分、生きてるわ」
イライジャは言った。
ユイナは呆気にとられた。
死んでない?
もちろん、そう思ってた。
あいつが死ぬわけない──。
死ぬはずがない──。
何度も、自分に言い聞かせた。
そして、ユイナは確かめたかった。
どうしても、その真偽を確認したかったのだ。
だから、無理をしてでも、冒険者になろうと、禁忌の術に手を出し、冒険者として仕事ができるように、魔獣の召喚術を会得しようとしたのだ。
失敗して、魔道を暴発させ、大きな特異点を作ることになってしまったが……。
「ほ、本当に生きているの、あいつ──?」
ユイナは声をあげた。
「あいつって言うのはやめなさい。あんたは、手をついて、どうか奴隷にしてくれって頼む側なんだから。それに、これは賭けだと言ったでしょう。本当に、あのロウが生きているかはわからない。生きていても、あんたやわたしの相手をしてくれる保障もない。だけど、賭けてみる価値はある。なんとして説き伏せて……」
「それよりも、あいつは、本当に生きているの──? それを教えて──。ほかは、どうだっていいわ──」
ユイナは怒鳴った。
イライジャがまた声を鎮めるように、手で仕草をする。
ユイナは、落ち着こうと大きく息を吐いた。
「すごく最近だけど……冒険者ギルドの共通検索記録が再び訂正されたの。ハロンドール王国王都を拠点とする冒険者として、ロウ=ボルグとエリカという名が新しい
「い、生きていたの……」
ユイナは安堵のあまり、全身の力が抜ける思いがした。
あいつが生きている……。
死んでなかった……。
生きてる……。
「……だから、ユイナ、わたしは、なんとかロウとエリカを見つけて、あんたを落札してくれと頼んでくる。彼にはそんな義理などないし、むしろ、わたしたちには悪感情を持っていると思うわ。保障なんてないけど、賭ける価値はあると思わない? エリカもいるなら、なんとかなるかも……。いえ、するわ……。なんとかする。ロウの奴隷にだったら、あんたはなりたいでしょう?」
イライジャは言った。
ロウの奴隷になら、なりたいかだって?
そんなの、答えは決まっている。