【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
252 女三人の愚痴三昧
ミランダが冒険者ギルドの表側の執務室から奥側の部屋に戻ると、応接用の椅子に座って寛いでいるアネルザがいた。
テーブルには火酒が置いてあり、肴の干し魚が皿に載せて置いてある。
戸棚を見る。
ミランダは溜息をついた。
「アネルザ、昼間から酒かい? いい身分だねえ。それはともかく、飲むのはいいけど、酒は持参しろと言ったじゃないか。なんだって、あたしのばっかり飲むんだい」
ミランダは文句を言った。
アネルザが口にしている酒も肴も、ミランダが寝酒で準備して置いてあるものだ。
また、戸棚から勝手に出したみたいだ。
スクルズとロウが、とうとう強引に“ほっとらいん”という移動術の跳躍設備を、この冒険者ギルドの最奥のミランダの執務室を兼ねた私室に設置したのは十日ほど前だ。
だが、この数日、アネルザが、それを利用して、ミランダの部屋に入り浸りになっていた。
もともと、王宮にある宮殿群のうち、アネルザのための宮殿である王妃宮にある王妃の寝室には、“ほっとらいん”があったのだが、ミランダの部屋にも設置したことで、こうやって、気軽にアネルザが遊びに来れるようになったというわけだ。
はっきりと言って迷惑だ。
「堅いことを言うんじゃないよ、ミランダ。このところ、急に政務から離されて暇なのさ。あの女官長がやってきてから、どうにもルードルフが政務に目覚めてしまってね。おかげで、あの怠け者の代役をやっていた王妃はお祓い箱というわけさ」
アネルザが自嘲気味に笑った。
ミランダは、アネルザの前に行き、テーブルにある酒瓶に手を伸ばした。
だが、さっとアネルザがそれを手で持って逃がす。
「……今度、箱で返してやるから……」
アネルザがミランダの顔を見て、真面目な顔で言った。
ミランダは肩をすくめて、戸棚からアネルザが使っていたグラスとは別に、自分用のグラスを出す。
「約束だよ」
ミランダが空のグラスを差し出すと、アネルザが相好を崩して、酒瓶から酒を注ぐ。
「だけど、お前こそ、いいのかい? まだ仕事中じゃないのかい」
アネルザが目の高さに、自分の杯をかざしながら言った。
「ドワフ族を舐めんじゃないよ。二樽を越さない限り、あたしは
ミランダも自分の目の高さに酒の入ったグラスを持ってきた。
「ありがたいねえ」
アネルザがぐいと酒を飲む。
ミランダもそれに合わせて、酒を口に入れた。
「まあ、国王が国王の仕事をする。よく考えれば結構なことさ。薔薇の樹に薔薇の花咲く。それが当たり前で、あんたがここで不貞腐れる必要なんてないんだよ」
「普通なら、そうなんだろうけど、馬鹿が働き者になるなんて、一番始末に悪いさ。馬鹿は怠け者がいい。そういう意味ではあいつは、結構、いい王様だったんだよ」
「いまは?」
「最悪だね」
アネルザが吐き捨てるように言った。
ミランダは苦笑した。
この数日、毎日同じ愚痴を聞いているので、アネルザが不貞腐れている事情は、大体把握している。
それによれば、テレーズという新しい女官長がルードルフ王のところにやって来たのは、十日ほど前のことらしい。
ラポルタ領という王国の南域に属する女伯爵であり、ミランダもそれほど詳しいわけではないが、アネルザ曰く、ぱっとしない貧乏伯爵だそうだが、とにかく、四十を半ばすぎているのに、醸し出す色香はそれなりのものなのだそうだ。
そのテレーズという女伯爵をいつもの癖で、あの好色の王がなにかの行事のときにでも、見染めたらしい。
それでルードルフ王は、女伯爵のテレーズに国王付きの女官長という職務を準備し、そばに仕えることを要求したそうだ。多額の準備金と定期的な支援金、さらに、優秀な官僚団の派遣が代償だ。
無論、性の相手も含まれる。
テレーズという女伯爵はそれを受けた。
ミランダの価値感からすれば、上級貴族が身売りをするのかと驚きたくなるが、あの国王にまつわる話としては珍しいことではないし、なんの権力もない貧乏伯爵家だ。
まあ、いつものことであり、アネルザは気にもしてなかったそうだ。
だが、事態がいつものことでなくなったのは、テレーズが女官長として王宮に入った直後かららしい。
なにを思ったか、国王はテレーズの着任以降、急に勤勉になり、そのテレーズという女官長とともに、毎日、宮廷に出仕して仕事をしているのだという。
女官長というのは、本来、国王の性の相手をするのではなく、国王に仕事をさせるのが役割であるので、そのこと自体は問題などありようもない。
しかし、それにより、これまで内々の業務として、アネルザが代行していた国王業務の執政は、途端に必要のないものになった。
つまりは、テレーズという女官長が、ルードルフ王を勤勉に目覚めさせたことで、急にアネルザのやることがなくなったというわけだ。
ついでに、実権も失い、こうやって、昼間からミランダのところに酒を飲みに来るくらいしかすることがなくなったというわけだ。
「まあいいさ。しばらくは、のんびりするがいいよ、アネルザ。だけど、普通は、王妃というのは、こういう暇な時間があれば、上級貴族の女性を招いて茶会社交をするとか、芸術家などを育てるために金を使うとか、演劇や競馬にでも行くとか、まあ、そういうことをするんじゃないのかい? あんたは、酒かい」
「ほっといてくれよ。わたしは変わり者の王妃で通ってるんだ。わたしが招く茶会なんて、怖がって誰も来やしないよ。それよりも、気心知れた友達と飲んでいた方が楽さ」
「友達ねえ」
ミランダは失笑した。
まあ、王妃に友達と言われるなど、一介の冒険者ギルドの副ギルド長としては誉だろう。
事実、ロウという男があいだに入らなければ、王妃と一対一で酒を飲むなど考えもしなかったし、全く敬語も使わずに、会話をするなどあり得ることじゃない。
こういった関係を築けたのも、ここにはいないロウのおかげだと思う。
だが、目の前のアネルザも、もしも、ロウがいれば、ミランダのところなんて通わずに、真っ直ぐにロウのところに向かっているだろう。
そして、ロウはアネルザの気分など一新してくれるような、素晴らしい時間を与えると思う。
かなり、特殊なやり方だが……。
「ところで、あの男は、まだ王都には戻らないのかい? 退屈でしょうがないよ」
アネルザが酒を呷りながら言った。
ミランダは笑った。
「よくも、面と向かって、あんたの相手をしてあげているあたしの前で、退屈なんて言うものさ……。まあ、わからないねえ。本来であれば、ダンジョン化した洞窟の特異点の封印なんてクエストは、数箇月単位の仕事さ。彼らだったら、数日で終わらせるかもしれないけど、さすがに、あたしにも、いつ戻るかなんて見当はつかないよ」
ロウたちのパーティは、いま、ミランダの権限による指名クエストの遂行中だ。
このところ、ハロンドール国内のみならず、大陸共通の現象として、突然の特異点の発生と、それによる瘴気の噴出と魔物の放出という現象が多発していた。
特異点というのは、いわゆる異空間との亀裂のことである。
かつて冥王という魔族の王が全世界を滅亡に導いたとき、ロムルスという英雄が現われて、その冥王とその眷属の魔族や魔物たちを亜空間に封印して、世界に平和をもたらした。
特異点というのは、その封印した異空間とこちらの世界との空間の亀裂のことなのだ。
封印されている向こう側との亀裂が開くと、瘴気とともに魔物がこちら側に溢れることになる。
瘴気というのは、魔物や魔族にとって、生存に必要不可欠のものであり、これがなければ、彼らは生存できず、逆にいえば、瘴気が溢れれば、この世界は再び魔族や魔物の溢れる土地に逆戻りするということだ。
特異点がどういう過程で発生するのかというのは、いまだに解明されていないが、とにかく、特異点が発生するたびに、すぐに封印をしなければならない。
さもなければ、開いた異空間との亀裂はどんどんと拡大し、噴き出す魔物は巨大で始末に負えない種類になって、もしかしたら、魔族と称する冥王の眷属たち、ひいては冥王そのものの復活に繋がるかもしれないのだ。
そこに至るまでには、かなりの濃厚な瘴気の蔓延が条件となるものの、特異点は発生と同時に封印しなければならないものと決められている。
その特異点の発見と封印に、異常な眼力と能力を有するのが、ロウたちのパーティなのだ。
特異点の発生は、近辺に強力な魔物が多量に発生することでわかるのだが、その場所を特定することは極めて難しい。
ところが、ロウたちは、いつもその場所に到着するや、あっという間に発見し、特異点の核となる魔瘴石をすぐに破壊して、特異点を封印してしまうのである。
どうやっているのか、ミランダさえも知らない。
とにかく、おそらく、いま存在する全世界の冒険者パーティの中で、特異点封印については、最高の権威の連中であることは間違いない。
それで、今回、王都から数日の距離に発生した魔物の大発生現場に向かってもらい、特異点の封印の依頼を指名クエストとした。
ロウたちが出発したのは五日ほど前だから、まだ到着間もない時期であり、常識であれば戻るような時期じゃないが、そもそも、規格外のところがあるから、どうなるのか予想はつかない。
「ふうん、じゃあ、しばらく暇だねえ」
アネルザが不満そうに、また酒を口にした。
ミランダも酒を飲む。
しかし、ふと気がつくと、杯が空になっていたので、酒瓶に手を伸ばした。
手酌で継ぎ足す。
「そういえば、例の影武者作戦はどうなったんだい、アネルザ? 例の男は捕まえたかい?」
「マーリンかい?」
アネルザは軽く肩をすくめて、酒を舐める。
「そんな名前だったかねえ、ビビアンが言っていたのは?」
ミランダは干し魚に手を伸ばした。
影武者というのは、アネルザとミランダで考えたロウを守るための処置のひとつだ。
もう二箇月以上前になるが、タリオ大公のアーサーという野心家の異国の大公とロウとのあいだで諍いのようなことが起き、ロウは、アーサーを茶会に招き、その席で自分は、王太女イザベラとアン王女の愛人だから、手を出すなという趣旨のことを言ったらしい。
アスカという魔女に目をつけられていて、ずっと名を隠すように冒険者活動をしていたロウだったが、ついに表に顔を出すことを決意したということのようだ。
ミランダはその茶会そのものには出ていないが、経緯は知っているし、事情も把握している。
実際、ロウはあのとき以来、意図的にイザベラを王宮の外に連れ出し、一対一ではなく例の三人と一緒だが、数回ほど演劇の鑑賞のようなことをしている。
イザベラの外出自体、極めて珍しいことなので、あっという間に、仲睦まじくロウのエスコートで歩くイザベラの姿は高級貴族たちのあいだで話題になったそうだ。
まあ、実態は、演劇鑑賞という名の野外調教であり、股間を苛む貞操帯を装着させられた王太女のイザベラが、ロウに連れまわされて、淫靡な悪戯を受けたというのが事実のようだが……。
とにかく、ロウはこれまでのように、自分の死亡記録を冒険者ギルドに乗せるなどの小細工をして存在を隠すということをやめたということだ。
それよりも、ある程度、イザベラの愛人だということを表に出すことにしたみたいだ。
ミランダも、それに合わせて、ハロンドール王国冒険者ギルドとして、新たな
タリオ公国でも例外はない。万が一、アーサーに拉致されるようなことがあったとしても、タリオ公国の冒険者ギルドで、ロウの救出のために敵対もしてくれる。
それはともかく、それを機会に、確かにロウの周りに、怪しい人影が増えたというのは、アネルザならずとも、ミランダも気がついてきた。
イザベラの恋人というだけで、王都では時の人なのだから、アーサーの手の者ならずとも、ロウに貴族どもの諜者が向けられることは予想できる。
だが、ロウがたらしこんだビビアンというタリオの女間者は、タリオ公国の大物の諜報の長である魔道遣いがこの国への工作のために、入り込んでいる可能性を示唆したのだ。
そのビビアンが名を出したのが、マーリンという老人だ。
もっとも、ビビアン自体、公国の中枢にまで踏み込んでいるわけじゃないし、ビビアンそのものが、本国から別任務を与えられ、ハロンドールから離れて、カロリック公国に行ってしまった。協力は仰げない。
それでアネルザがやったのが、「影武者作戦」だ。
ロウのそれらしい偽者を王都にうろつかせて、間者たちの混乱させるのと、あわよくば釣り出しに寄与させようということだ。
また、アーサー対策だけでなく、もともと、ロウとエリカが狙われているというアスカという魔女の存在もある。
ロウの周りには、エリカ、コゼ、シャングリアという一騎当千の女が常時ついているので、大抵のことに不覚をとることはないとは思うが、ロウは好色すぎて、なにかといえば、隙も多い。
その警戒心のなさについては、もうどうしようもないので、ミランダやアネルザのような女が動いてあげないとならないと思っている。
「まあ、一応はロウの偽者をうろうろさせている。やらないよりはましというくらいだろうけどね。いまのところ、引っ掛かるものはない。ロウの周りを間者らしき者が動いている気配は確かにあるんだけど、同じくらいの頻度でわたしやイザベラ、その他の王宮貴族の周りも動いている者がいる。炙り出しは難しいさ」
「まあ、仕方ないさ」
「マアがいれば、もう少しうまく動かしたかもしれないけど、やっぱり、わたしも、こういう調査のようなことは苦手でねえ」
アネルザが自嘲気味に笑った。
それはミランダも同じだ。
お互いに部下や手足にできる冒険者はいるが、あくまでも、それは表のことであり、あまり、あからさまにロウのために、彼らを動かすわけにはいかない。
むしろ、それが連中に対する隙になるかもしれないのだ。例えば、ロウの身辺護衛をする者を作って、そいつらに刺客を混ぜられたら、逆に危険になってしまうということだ。
それで、不慣れながら、アネルザとミランダが直接に動いて、諜者狩りのようなことをするしかないのだ。
「そういえば、マアは元気かねえ。そろそろ、タリオに着いた頃だと思うけど……。だけど、あの男は、そういう結節があるたびに、なにかにつけて全員集合をさせて、馬鹿げた遊興をするよねえ。あのお別れ会もすごかった」
「確かに」
ミランダも思い出して笑った。
タリオ公国本国の意向で、マアが自由流通商会の主出つ商家を率いて、ハロンドール王国の王都から撤退をしたのは、十日ほど前のことだ。
つまりは、ロウがクエストに出発する直前だ。
例によって、ロウの呼びかけで、ロウの女が全員集められて、乱痴気騒ぎをした。
小便我慢耐久競争……。
アナル綱引き……。
淫具を装着しているのは誰でしょうゲーム……。
早絶頂リレー……。
淫具限定借り物競争……。
ロウが考えたおよそ馬鹿馬鹿しい遊びを、紅白に分かれて「運動会」と称してやらされた。
まあ、同じようなことをキシダイン対決の直前にもやったが、今回はイザベラの侍女団もいて人数も増え、それなりに盛りあがったのは事実だ……。
それはともかく、あのマアもタリオ公国に去った。
マアとしては、あくまでも一時帰国のつもりであり、戻って来る気満々だったから、早晩、ハロンドールに帰って来るのは間違いないが、それはタリオ公国とハロンドール王国のあいだに流れる不穏な気配が消滅してからになるだろう。
あるいは、マアはローム三国の流通を支配して、ロウに贈るのだと息巻いていたから、本当にそれをしてしまうのかもしれない。
ロウは、冗談のように受け入れていたが、ロウが絡むと、あの若返った老女は、なにをするかわからないところがあるので怖い。
「そういえば、ロウをクエストに出したりして大丈夫なのかい、ミランダ? 考えてみれば、むしろ、クエストとやらの遂行中を狙われて、刺客に襲われるということはないかい?」
すると、思い出したようにアネルザが酒を口にしながら言った。
ミランダは肩をすくめた。
「……とはいっても、こっちにも都合があるしねえ。特異点封印のクエストは、最優先で処理させないとならないし、それには、あの連中が最適なんだよ。まあ、スクルズも付いて行ったし、彼女たちに限って、遅れはとらないさ」
「スクルズ? あいつ、また一緒に行ったのかい? マアが帰国する直前のクエストでも同行していったじゃないかい。いくら、ロウが心配でも頼みすぎだろう、ミランダ」
アネルザが非難するような視線をミランダに向けた。
ミランダは口にした杯をテーブルに戻す。
「冗談じゃないさ。あたしが頼んでたと思っているのかい、アネルザ。あいつは、勝手に付いて行っているんだよ。そりゃあ、あれ程の魔道遣いだから、一緒に行けば、ロウにとっても頼もしいのは違いないけど、いくらなんでも、王都大神殿の神殿長様に、報酬もなしに、クエストの手伝いなんかさせないさ。いや、報酬が準備できても、とんでもないことさ」
ミランダの言葉にアネルザは、溜息をついた。
「神殿長というのは、暇なのかねえ?」
そして、呆れた声を出した。
そのときだった。
例の“ほっとらいん”になっている姿見の鏡面が揺れた。
誰かがやってくるみたいだ。
ミランダは、アネルザとともに、姿見に注目した。
「珍しいねえ、ベルズじゃないかい」
アネルザが声をかけた。
現われたのは、第二神殿の筆頭巫女のベルズだ。
いつもの巫女服を着ている。
なにか不機嫌そうだ。
「ああ……。これは王妃殿下……。昼間から酒とはいい身分だな……。ミランダも一緒か? また、仕事をランに押しつけたのか?」
「押しつけはしないけど、あいつのおかげで書類仕事もギルドの管理も楽になったのは確かだね。まあ、あたしが自分でするよりも、余程に効率がいいし、正確だ」
ミランダは言った。
そして、一緒に飲むかと訊ねると、鼻で笑って断られた。
ベルズは、ミランダとアネルザが座っているソファに混じって腰掛ける。
「ところで、スクルズがロウ殿とクエストに一緒に行ったというのは本当か、ミランダ?」
すると、ベルズがいきなり言った。
アネルザが酒を飲みながら大笑いした。
「なんだい、ベルズ、情報が遅いねえ──。もう五日も前のことじゃないか。一緒に行ったらしいよ。ミランダの話によれば、帰りはいつになるかわからないとのことだね」
「ああ、やっぱりか──。あの不良神殿長め──」
ベルズが頭を抱える。
ミランダはくすりと笑った。
「どうしたんだい?」
「どうしたも、こうしたもないよ。あいつ、数日ほど留守にするから、そのあいだのスクルズがしなければならない礼拝や、神学講義、第三神殿の魔道訓練の指図とかを全部わたしに押しつけていったんだ──。一日か二日のことだと思ったから、承知はしたけど、もう五日じゃないか。しかも、明日は三神殿合同の巫女礼拝があるのだ。あれは、スクルズでないと務まらない──」
ベルズが嘆くように言った。
アネルザが横から口を開く。
「諦めるんだね。明日なんて、間違いなく戻らないよ。そもそも、あいつが王都を留守にするなんて言ったら、大抵はロウのお供だよ。前回もそうだったじゃないか。把握してないのかい、ベルズ」
「いちいちしてはおらんな、殿下。スクルズはあの若さで神殿長のようなことをやっているので、あれの頼みなら、できるだけ便宜は図るようにしている……。魔道技術研究のサロンについても貢献してくれてるし……。まあ、お互いだしなあ」
「魔道技術研究のサロン? ああ、そういえば、お前はそんなこともやってるのだったな。お前こそ、忙しかろう」
アネルザが言った。
ベルズは結構忙しい。
第二神殿の筆頭巫女をしつつ、三個神殿の若い神官たちへの神学講義、魔道訓練の講師をし、さらに、神殿界、魔道技師、王軍魔道師などの職や身分の垣根を越えた魔道技術者の定期的な集まりを主宰して、王国の魔道技師の発展に寄与する活動をしたりしているのだ。
その活動が、さっきベルズが口にしたサロンだろう。
ともかく、ミランダに言わせれば、ロウにつきまとってばかりのスクルズよりも、余程に勤勉である。
それを思い出したが、スクルズもそのサロンとやらの集まりに関わっているとは知らなかった。
「忙しくないとは言わんが、それはスクルズも同じだし、協力し合っている」
ベルズが言った。
しかし、アネルザが鼻で笑う。
「忙しいものかい。むしろ、なんで、神殿長の仕事を放っぽりだして、ロウにばかりにくっついていられるのか、わたしもミランダも疑問に思っていたくらいだ」
アネルザが豪快に笑った。
「ねえ、ベルズ、スクルズがあんたが主宰の魔道技術研究のサロンに関与してるなんて初耳だけど、それって、長距離転送魔道のことじゃないだろうねえ。あたしのとこに、無理矢理に作っていった“ほっとらいん”の延長の……」
なんとなく、ミランダは口を挟んだ。
「おう、よく知ってるな、ミランダ。いままで、この活動にはなんの興味を示さんかったスクルズが、急にその技術発表をしてなあ。あれは画期的だ。神殿界もスクルズの研究投資に前向きだし……」
だが、それを聞いてアネルザが吹き出した。
「なんだ、それは――。もしかして、スクルズがロウのために、マアと温泉を贈ったときに、作ったものじゃないのかい。あいつのことだから、余人ために役立てようということじゃなく、ロウのクエストを楽にするための投資に、お前が巻き込まれてるんだよ」
アネルザの言葉に、ベルズは一瞬驚いた顔になったが、すぐに口惜しそうな表情に変わった。
「ああ、やっぱり、あれもロウ殿絡みか──。なんかおかしいなあとは思ったのだ……。だとしたら、なんで、わたしばかり貧乏くじを……。もう絶対に、スクルズのお願いなど聞いてやるものか」
ベルズが言った。
ミランダも笑ってしまった。
「やっぱり、少し飲みな、ベルズ。多少は飲んでも、魔道ですっきりできるだろう?」
ミランダは立ちあがって、杯を取りに行った。
ベルズは、今度はいらないとは言わなかった。むしろ、果実水で割れというので、それも戸棚から出してテーブルに置く。
ベルズは勝手に火酒と果実水を半々に混ぜ、それを魔道で杯ごと冷やして口にした。
「……だけど、新しい働き者の女官長のおかげで、王妃殿下が仕事を干されて、不貞腐れているという噂だが、こうやって、油を売っているところを見ると、本当のようだのう」
するとベルズがアネルザに視線を向けて言った。
「同じ神官仲間の行動は把握してないのに、王宮貴族のことは、よく知ってるじゃないかい」
アネルザが皮肉っぽく言い返す。
「これでも、もとはといえば、上級貴族の令嬢だからな。むしろ、貴族としての方が目もあれば耳もある」
ベルズが言った。
元は商家の養女であるスクルズに対して、ベルズもそうだし、あのウルズも貴族出身の巫女だ。
まあ、ウルズは下級貴族の出身ですでに没落して、身寄りがないも同然だが、ベルズは、ブロア伯爵家という建国以来の名家出身になる。
なんでも、嫡家は子弟のひとりを必ず神官にしなければならないという習わしがあり、それで第三女のベルズが入信したということらしい。
神官に入るとともに、名目では実家とも縁も切れるが、実際にはベルズは上級貴族の令嬢としての別の顔を持つ。
だから、王宮事情もそれなりに知っているのだろう。
「まあ、暇なのは事実だね。国王がいるなら、怠け者の代わりに、仕事を代行する必要もないしね。ミランダには、だったら上級貴族の夫人でも集めて茶会でもやったらといわれたところさ」
アネルザが言った。
だが、ベルズは険しい顔になった。
「そんなことを言っていないで、王妃がいない王宮でなにが起きようとしているのか把握したほうがいいな、殿下。その様子じゃあ、意図的に王妃に情報を入れないようにされている気配だけど、王宮内に新しい宮殿の建設計画が急に持ちあがったことは知っておらぬのか?」
ベルズが言った。
アネルザが驚いた顔になる。
「新しい宮殿? そんな話は知らんぞ。そもそも、そんな予算などない。昨年は不作だったしな。王宮としても、かなりの散財をして、小麦などを大量に輸入して、飢饉を防いだりしたのだ。その財政の圧迫から、まだ回復しておらん」
「だったら、その新宮殿に加えて、離宮の建設も着手が命じられたのも知らんのか? そもそも、王宮にできる新しい宮殿は、テレーズ宮と名付けられるという話だ。それを王妃が知らないと?」
ベルズの言葉に、アネルザが唖然としている。
さすがに、ミランダも知らなかったが、本当なら大変な話というのはわかる。
そもそも、王都の新宮殿に携わる工人だけでも、大変な人数が王都に殺到することになるだろう。
それこそ、数千人の単位で人口が増加するに違いない。
関連業務も拡大して、ギルドの仕事も増大する。
「知らん──。まったく知らん──。なんのことだ? そもそも、テレーズ宮だと──。なんで、そんなことになっているのだ。あいつはただの女官長だろう」
「ルードルフ陛下の大のお気に入りのな……。わずか、数日であの国王陛下に、自分の名の宮殿を作らせる触れを出させるとは、何者だろうかと、貴族界は大騒ぎを始めているのに、なぜ、王妃殿下がそれを知らん? しかも、ここでのんびりと酒など飲んでおる」
「すぐに調べる。本当ならただでおかん。サキとも相談して、あの馬鹿をもう一度後宮に押し込める。新しい宮殿に離宮だと? 冗談ではない。国が傾くぞ。そもそも、大臣はなにをしているのだ。そんなこと不可能なことは、すぐにわかるだろうに」
アネルザは立ちあがった。
すぐにでも、王宮に戻る気配だ。
そのときだった。
廊下側から部屋の扉が叩かれた。
返事をするとランだった。
ミランダは入るように言った。
「あっ、これは王妃殿下、それに、ベルズ様……」
ランはびっくりしたように言った。
ミランダはそれを制した。
「ところで、どうかしたのかい?」
訊ねた。
なんとなく、ランがなにかを焦っているような表情だと思ったのだ。
「は、はい……。実は、先ほどですけど、ロウ様とエリカ様のことを聞きまわっている女がギルドにやって来たと、マリーから一報が入って……」
「ロウとエリカのことを──?」
アネルザが声をあげた。
ミランダも眉をひそめた。
「いまも、いるのかい?」
ミランダも言った。
もしも、まだいるなら、とりあえず顔を確かめようと思った。
命を狙う者がいることがわかっているロウとエリカだが、そのふたりの組み合わせといえば、ロウが口にしていたアスカという魔女を連想する。
ミランダが、新しい
それで、そのアスカとやらが、ふたりの存在を見つけたとはいえないだろうか。
だいたい、アスカという魔女からは、一度、クライドというとんでもない刺客を送られたこともある。
新たな記録に接しさえすれば、やはり、ロウが死んではいなかったと推測するのは当然だ。
一箇月というのも、記録に接して、すぐに刺客を送り込んだとして、ちょうど計算が合う時間である。
「怪しいねえ」
アネルザも眉間に皺を寄せた。
「いえ、どこに行ったら会えるのかとしつこく訊ね回っていたみたいですけど、誰も知らないと応じて、しばらくすると諦めて戻ったみたいです……。あたしも連絡を受けたのは、いなくなった後だったので……」
ランは答えた。
ミランダは頷いた。
とりあえずはいい……。
有名なロウだが、どこに住んでいるのかは、絶対に表にならないように、注意深く処置している。
王都内にある小屋敷とロウたちが言っているウルズを保護している家でさえ、冒険者たちに訊ねたくらいでは、辿りつけないと思う。
それに、あそこには、ブラニーという屋敷妖精もいる。
屋敷妖精は、屋敷の管理については、大魔道遣いに引けを取らない能力を発揮する。
そこらの間者や刺客では、内部を垣間見ることも不可能だろう。
ましてや、ロウたちの本当の住まいである「幽霊屋敷」には届くはずはない。
そこにも、シルキーという屋敷妖精がいるし……。
「受付を仕切るマリーはどういう対応をしたんだい? その女はマリーにはロウのことを訊ねなかったのかい?」
「訊ねたそうです。特定の冒険者の秘密に関することは教えられないと答えたみたいです。ロウという名の冒険者が所属することは確かだけど、ほかのことは一切教えられないと……。ただ、かなりしつこかったと聞いています。幼馴染だから教えろの一点張りで……」
マリーのみならず、全ギルド職員には、その辺りは徹底させていた。
特に、ロウとエリカについては、身の危険もあるので、いかなることがあっても、情報を漏洩するなと厳命しているのだ。
マリーの対応は、ミランダの指示通りだ。
「どんな女だった? もちろん、マリーにもすぐに確認するけど」
「褐色の肌のエルフ族だったそうです。まだ若い……」
「黒エルフか?」
すると、いままで口を開かなかったベルズが反応をした。
視線を向けると首を傾げている。
「どうかしたかい、ベルズ?」
ミランダは声をかけた。
「うむ……。シャーラ辺りに聞けばすぐにわかると思うが、確か、黒エルフ、あるいは、褐色エルフ、ダーク・エルフとも称するはずだが、その連中は、森エルフの中でも、特に閉鎖的で、あまり人間社会に出てくるような種族ではないはずだと思ってな。人間族嫌いなのだ」
ベルズが言った。
エルフ族というのは、ナタル森林を故郷とする長命で美しい外見が特徴の種族なのだが、大きく森エルフと街エルフに分かれる。
種族としての違いはないのだが、人間の社会に進出して、一緒に暮らしている者を街エルフと称するのに対して、森エルフというのは、いまだにナタル森林の中で里という小集落を作って昔ながらの生活を守っている者たちだ。
森エルフは、街エルフを軽蔑していて、顕著な者たちになると、自分たちに人間が接触するだけでも嫌悪する者もいるという話だ。
シャーラもエリカも、もともとは森エルフだが、ナタル森林を出て街エルフになった者ということになる。
「ますます怪しいな。人間嫌いのエルフ族をわざわざ人間社会に送るというのは……。ミランダ、とにかく、調べさせろ」
アネルザが言った。
ミランダも頷いた。
「そうだね……。だったら、そういえば、あのふたりにさせるか……」
「あのふたり?」
ミランダの呟きに、アネルザが反応した。
「シズとゼノビアという女二人組のパーティだよ。一度、エリカに手を出そうとして、ロウに捕まった。精を受けて、ロウに逆らうこともないし、腕がいいことはあたしが保証する。そもそも、こういう調査とか、特別な工作とかいうことが、むしろ得手の連中だ。新規登録だけど、すぐに、
「任せるよ、ミランダ。できれば、生け捕りにしておくれ。ロウをどうしようとしているのか、捕まえて自白させる」
アネルザは言った。
ミランダはアネルザを見る。
「了解したよ。ただ、これはあんたの依頼するクエストということでいいかい? 依頼料は支払ってもらうよ」
ミランダの言葉に、アネルザが目を見開いた。
「金をとるのかい? 水臭いじゃないか。ロウのためだろう」
「ロウのためなら動くさ。だけど、ギルドとしてのことは別だよ。シズとゼノビアを動かすには、依頼料がいる。つまりは、その
ミランダは、アネルザに白い歯を見せた。
アネルザが口元を緩める。
「がめついねえ……。まあいい。すぐに既定の依頼料を届けさせる」
「箱ごとの火酒もだよ──」
ミランダは念を押した。