【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
「余は、季節の変わるまでに、さらに、五人の女を完全に堕として見せる。誰か賭けるか?」
やっと見つけたルードルフ王は、後宮と正宮殿を繋ぐ渡り廊下の途中にある休息場で、側近たちを集めて、意気揚々と喋っているところだった。
顔は得意満面であり、身振り手振りにより、腰の動きまで添えて、六人ほどの若い男たちに、女の抱き方を語り続けている。
周りにいるのは、ルードルフの側近というよりは遊び相手の近習といってよく、国王であるルードルフのご機嫌を取り結び、終始上機嫌にするためだけに集められている連中だ。
その中のふたりほどは、美女かと見惑うほどの美少年だ。
テレーズは、そのふたりとルードルフが身体の関係があることをしっかりと知っている。
テレーズは溜息をついた。
こういう連中は、最初の段階で排除して追い払ったはずだ。
ルードルフのご機嫌取りはテレーズひとりで十分なのだ。
ほかに、ルードルフを操れる者がいるというのは、テレーズにとって、都合のいい話ではない。
だが、いつの間にか、また集められている。
この数人は、先日追い払った者たちとは異なるので、テレーズの闇魔道の効果が消えたということではない。
つまりは、いなくなった近習の代わりに、ルードルフが新しい要員を集めてきたということだ。
あるいは、誰かが、あてがったかだ。
「陛下が何人の女を堕とすかどうかなど、賭ける者はおりませんよ。陛下でございますれば、何人もの女でも思いのままでございましょう」
「そうそう、絶倫にして、女泣かせ。どの女も陛下に腰を振って近づきます。十人どころか、二十人でも容易いのでは?」
「陛下のご威光に、世の美女はことごとく、陛下に甘言をささやきます」
近習たちが歯の浮くような言葉を代わる代わるささやく。
ルードルフは得意満面だ。
つまりは、ルードルフが堕とすと豪語しているのは、女の話なのだ。しかも、後宮に何人の新しい女を入れるのかということではなく、上級貴族の夫人を何人抱けるかという話であり、そういう意味では、テレーズもその堕とした人数の中に含まれているのだろう。
五人でも、十人でもいいのだが、昼間から女の話とはなかなかに度し難い。
それにしても、なかなかに操り難い男だ。
離れた物陰から、ルードルフたちを眺めながら、テレーズは思った。
テレーズがマーリンから与えられている指示は、このルードルフを操って、国政を混乱させ、ハロンドールという国に失政の大穴を開けることだ。
それで、テレーズという女伯爵にとって代わり、闇魔道の力を利用し、国王付き女官長として王宮に入り、まずは閨でこの男の心を“とりあえず”掴まえた。
心を掴まえるというのは、闇魔道的な意味であり、この男の喜怒哀楽の感情を意のままに動かすことができるようになったということだ。
テレーズは、操る相手の思考そのものを動かすことはできないが、感情を操ることで同じことができる。
さすがに一国の王に闇魔道をかけることについて、当初は警戒もし、王家の護りのようなものがあってテレーズのような悪意のある魔道に対処している可能性も考えたのだが、接触してみたら、簡単に闇魔道が通ってしまった。
呆気にとられたくらいだ。
ただ、“とりあえず”というのは、まだ完全には支配しきっていないということだ。
テレーズの闇魔道は、感情の中でも、悪感情、すなわち、怒り、嫉み、悲しみ、恐怖、絶望といった負の感情をもって支配するというのを本質としている。
しかし、この国王は、常人よりも、驚くほどに悪感情が小さいのだ。
これには、閉口している。
だから、操り難い。
一度、爆発的な負の感情を発揮しさえしてくれれば、それ以降は、闇魔道を完全に浸透させて、次々に悪感情を誘発させて、ほとんど意のままに暴君にでも、なんにでも、変えることができるだろう。
だが、驚くほどに、この男は悪感情を心に染めるということがない。
数日前、あのアネルザ王妃が、国庫の予算について怒鳴り込んで来たとき、横のテレーズも鼻白むほどの罵詈雑言を浴びせた。
これなら闇魔道でルードルフの悪感情を掴まえられると喜んだが、そのときにルードルフに浮かんだ感情は、恍惚と歓喜、そして、欲情だった。
なんのことはない。
この男は、アネルザ王妃に屈辱的に怒鳴られることで、性的興奮を覚えていたのだ。
呆れるとともに、ハロンドールの国王が王妃に頭があがらないという噂の本質がわかった気がした。
いずれにしても、まだ完全ではない闇魔道ではあるものの、なんとか支配はしている。
悪感情ほどにうまくは操れないものの、喜びのような感情だって、テレーズは動かせる。
たとえば、テレーズが国庫を空にしてでも、新しい宮殿を作り、金に物を言わせて離宮を作りましょうと耳元でささやく。
それに合わせて、ルードルフの心に悦びの感情を拡大させるのだ。
すると、ルードルフはその気になり、大臣を呼んですぐに実行を命じるというわけだ。
これを使って、まずはこの国の財政を一気に悪化させようと思った。
最初は、思いのほかうまくいき、何箇月もまともに正王宮で政務したことがないというルードルフを政務の場に連れて行き、宮殿建設と、そのための増税を大臣や官吏たちに指示させた。
もちろん、いきなりやって来て、矢継ぎ早に奇天烈としか思えない指示を発するルードルフに官吏たちは面食らったみたいだが、それはその場でテレーズが闇魔道でそいつらの心を制御してしまう。
ある意味、好色なだけで能天気な国王とは異なり、常人であれば、なんらかの負の感情を常に抱えている。
それを見つけて、闇魔道で掴まえることは簡単だ。
そうやって、テレーズはあっという間に、ハロンドールの王宮を操ることに成功してしまったのだ。
しかし、それからが、あまりうまくいかない。
問題はやはり、ルードルフ王なのだ。
思考でなく、感情を支配することで成立するテレーズの闇魔道は、悪感情ではない、正の感情だけでは、うまく支配できない。
そもそも、操る相手の真にやりたいことや、やりたくないことまでを強要するのは、極めて難しいのだ。
ルードルフは根っからの怠け者だ。
最初にうまく焚きつけて、政務に連れ出すことで、こっちに都合のいい命令指示をさせたが、元来、政務などやりたくない男なので、すぐに政務など放り出して怠ける方向に心が動き、目の前のように、後宮に引きこもりそうになってしまうのだ。
今日だって、テレーズは、政務室に連れ出して、この国の商業ギルドの復権に邪魔な自由流通側の数軒の商家の取り潰しの書類にサインをさせようと画策していた。
さらに、王都を中心とした新しい増税についての承認だ。
増税の名目は、この前、強引に計画実行を指示させた新たな宮殿と離宮建設のためだ。
そのための財源確保となる。
宮廷内には反対者が多いが、主要な大臣や官吏にはテレーズの闇支配が進んでいて、この国王さえ強引に周りを振り回せば、それらも動く。
ところが、この王はとにかく政務から逃げてしまうのだ。
それで、いまでは、新王宮建設計画も、なんとなく頓挫というか、停滞したかたちになっている。
ルードルフを操ることで、国政を混乱させようと目論んでいるテレーズとしては、非常にやり難い。
今日も、ちょっと目を離している隙に、こうやって政務をやめて、後宮に消えてしまいそうになってしまった。
とにかく、あの男が書類にサインをしてくれないと、なにも動かない。
国王が長期に仕事をしないときには、この国はなぜか王妃が業務を代行をして、王妃のサインでも国政が動くことになっているらしく、国王が後宮に引っ込むと、あのやりにくい王妃に実権が戻ってしまう。
ルードルフを政務に連れ出すだけで、王妃から実権を奪うことに成功したテレーズだったが、また、ルードルフが後宮に引きこもると、再び王妃に権力が戻ってしまう。
その意味ではテレーズは焦っていた。
あの王妃がテレーズを眼の仇にしていることはわかっている。
マーリンからも、アネルザから、ハロンドールの権力を引き離せと指示を受けている。
なによりも、不思議なことなのだが、王妃のアネルザには、テレーズの闇魔道がまったく効果がないのだ。
理由は不明だ。
しかし、あの国王への罵倒事件のときだって、罵るアネルザ側がむしろ、悪感情の塊だったのに、不思議にもテレーズの闇魔道は受けつけもしなかった。
もしかしたら、悪意のある魔道に対する防護処置でもしているのかもしれない。
その意味では、この王宮には、テレーズの支配を完全に拒否する存在はほかにもおり、例えば、王太女のイザベラだ。
マーリンからも、まずは、イザベラ王女の心を自在にしたいという指示は届いていた。
おそらく、これは、マーリンというよりは、大公であるアーサーの指示だと思う。
テレーズは下っ端だが、マーリンに直接仕えるくらいの地位なので、アーサー大公が自分の妃のひとりとして、まだ独身で婚約者もいない王太女のイザベラを狙っているのは知っている。
それに邪魔なのは、一に王妃アネルザ、二にロウ=ボルグという成り上がり子爵……。
マーリンからは、しっかりと念を押されている。
しかし、イザベラ王太女はもちろん、その周辺の侍女たちですら、闇魔道が通じなかった。
これは、誤算だった。
つまりは、アネルザもイザベラの支配もうまくいかず、ロウについては、まだ顔を見る機会すらない。
王妃や王女を愛人にしているというとんでもない男だから、頻繁にご機嫌伺いに来ているのかと思えば、まったく王宮で顔を見ることもない。
ただ、数回、王太女を連れ出して、演劇鑑賞をするということはあったみたいだ。
特定の男など周りに寄せ付けず、男の影など皆無だった王太女が男にエスコートされて、外出をするなどなかったことらしく、一気にこの国の貴族界は色めき立ったようだ。
しかも、テレーズは目の当たりにはしなかったが、観劇のあいだ、イザベラは終始、ロウに親しそうにしがみつき、顔を赤く染め、時折びくりびくりとロウに反応したり、さらに、何度も甘い溜息を繰り返していたという見物者の話なので、どうやら、ロウよりも、イザベラがロウにぞっこんというのは真実だと思った。
それはともかく、国王を操りさえすれば、国政など、どうにでも好き勝手できると思っていたのだが、そもそも、国政をやらせるのに苦労するとは思わなかった。
とにかく、テレーズはルードルフの前に出ていった。
「陛下、なにも言わずに、いなくなられるのは、ひどうございます。テレーズは探しました」
虫唾が走りそうになるが、媚びを売るように、しなをつくってルードルフに話しかける。
近習との話に夢中になっていたルードルフが相好を崩した。
ルードルフの心には、テレーズに対する思慕の心を最大限に昂ぶらせるように、闇魔道で操っている。
つまりは、ルードルフはテレーズに心の底から傾注している状態なのだ。
しかし、この男のやりにくいのは、心の底からひとりの女だけにかまけるという思考も感情もないことだ。
テレーズに惚れながらも、ほかの女にも惚れるし、無論、抱く。
ほかの女に手を出さないようにさせることは不可能だった。
「おう、サキから伝言があってな。肌のきれいな双子の少女奴隷の準備ができるということらしい。ひとりは従順で純粋、ひとりは淫乱……。そんな風に躾けたそうだ。ちょっと興味が湧いてな」
ルードルフが悪びれる様子もなく言った。
また、サキかと思った。
あの女は、ルードルフの寵姫として知られているが、ただ王に美貌で取り入っているのではなく、いまのように、ルードルフが興味を持つような性奴隷の女や少年を連れて来ては、それを斡旋することで、ルードルフの寵愛を得ているのだ。
むしろ、テレーズの見る限り、サキ自身は王の閨に入っていない。
少なくとも、テレーズがやって来てからは、あれだけのルードルフのお気に入りのくせに、身体に触れることさえさせてない。
不思議な寵姫だ。
そして、サキもまた、テレーズの支配を受け付けない存在のひとりだ。
しかし、サキについては、さらにおかしな気配もある。それについての懸念は、マーリンにも伝えている。
指示役のマーリンからは、とにかく、自由流通の萌芽を切り取り、ちょっとでも優秀な部下を処断させ、無駄な出費をさせて、国庫を傾けさせ、重税をさせろと指示を受けている。
ほかにも、通すべき政策や新しい法律について、マーリンの手の者を通じて指示を受けている。
それらがどういう意味を成すのか、政務などちんぷんかんぷんのテレーズには意味不明だが、言われるままに動くだけだ。
ただ、それには、とにかく、ルードルフを国政に縛りつけておくことが不可欠なのだが、この数日、サキが妙に絡んできて、ルードルフを政務室から後宮に呼んでしまう。
本当にやり難い……。
「ねえ、陛下、お人払いを……」
テレーズは、ルードルフの横に割り込んで椅子に座り、身体を密着させて、甘えた声を出す。
反吐が出そうだ。
また、テレーズは、いまのいままで、ルードルフをこのまま強引に政務に戻そうかと思っていたが、いま、ルードルフの感情に触れてやめた。
おそらく、うまくいかない。
テレーズの闇魔道は、思考ではなく、感情を操るのだ。そもそも、その気がないのをやる気になどさせられない。
やはり、なにかの悪感情を抱かせないと……。
「人払い? どうした? 欲情したか?」
ルードルフがにやりと微笑む。
馬鹿がとは思ったが、笑顔は壊さない。
同時に周りの者たちに、闇魔道を伸ばす。
男たちの心の中に、ここにいては落ち着かないという気持ちを増幅する。
「へ、陛下、では、我々は……」
「それでは……」
若い近習たちが立ちあがる。
やっとふたりきりになった。
もっとも、まだ本物の護衛が遠巻きにいる。
すぐ近くまで来ないのは、この王が女好きで、女が逃げるので、遠巻きに護衛しろと徹底しているからだそうだ。
なんと、無防備なのだと驚くばかりだ。
実際、いまでも、テレーズはルードルフの首を刈ることが可能だ。
しかし、試しにどうして護衛を強化しないのか、閨で訊ねると、自分には王家の魔道防護があるので、問題はないのだと威張っていた。だが、テレーズにはその魔道防護というのが、なんなのかいまだにわからない。
実際、テレーズの闇魔道は、完全ではないにしろ、効果を及ぼしているからだ。
「陛下、ところで、女の話よりも、もっと有益なことを話しませんか?」
テレーズは猫なで声で言った。
すると、ルードルフがテレーズの腰に手を回して、ぐっと引き寄せる。
込みあがる苛立ちに耐えて、テレーズは両手をルードルフの胸に置いて、しだれかかる。
「女よりも有益なこと? 思いつかんな」
ルードルフが高らかに笑った。
この駄目王がと腹がたつが、ぐっと我慢する。
とにかく、このままでは、うまくいかないのだ。
なんとか、このルードルフから激しい悪感情を引き出すのだ。一度掴まえれば、あとはそれをどんどん増幅するように心の感情を操ればいい。
とにかく、最初だ。
それにしても、こんなに悪感情を引き出すのに苦労する相手は初めてだ。
心の底から、この王は能天気なのだ。
ハロンドールのような大国でなければ、およそ王など務まるような男と思えない。
「ロウ=ボルグ卿のことです。実は、よからぬ話を耳にしました。陛下のお耳に入れるべきかどうか迷いましたが……」
テレーズは意味ありげに言った。
ロウという男をとにかく失脚させろというのも、マーリンからの指示だ。
そのロウの悪い噂を吹き込んで、悪意を抱かせるとはどうだろうかと考えた。
ロウが王妃や王太女を寝取って、やりたい放題というのは、王宮では誰でも知っている。
おそらく、知らぬのは、この駄目王だけというのは、想像に難くない。
それを教えて、悪感情を作りあげるというのは、テレーズの役割からして一石二鳥である。
「ロウがどうかしたか?」
ルードルフが首を傾げた。
感情に触れるが、やはり、名を出しても、特に思うこともないみたいだ。だが、自分の妃を寝取られているのだから、もしも、それを知っていれば、いまのように平静ではいられないはずだ。
テレーズは、ルードルフが、ロウとアネルザの噂も、ましてや、イザベラ王太女にも手を出していることは知らないと確信した。
「ロウと王妃殿下のことです。口にするのもはばかられるのですが、男女の関係だという噂を……。この前も……」
テレーズは、ルードルフの耳元に、ささやくように言った。
だったら、もしかしたら簡単ではないのか?
あることないこと、ロウの悪口を吹き込めば……。
そもそも、ロウがアネルザの愛人というのは、この王宮では、かなり有名みたいだし、事実なのだ。
しかし、突然にルードルフが笑いだした。
感情には、一片の悪意もない。
テレーズは呆気に取られた。
「そうか、励んでいるようだな。この前も久しぶりに、あれが怒鳴り込んできて、かなり臆したが、結論からいえば、王妃は余が国政に励むのは気に入らぬらしい。余のような馬鹿は、女さえ抱いていればいいのだそうだ。まったく、王妃をうまく躾てくれているようだ。男というのはそれでいいのだ。実にありがたい」
ルードルフが笑いながら言った。
テレーズは呆気に取られた。
しかも、先日のことだと思った。そういえば、そんなことをアネルザは怒鳴っていた。考えてみれば、あれから、ルードルフを政務に縛りつけるのが難しくなった。
こいつは、あのアネルザの怒鳴り込みに、しっかりと欲情し、言葉としても自分に都合のいい部分しか取り込まなかったのだとわかった。
「し、知っていたのですか?」
それにしても、王妃が浮気しても怒らないとは……。
「知るもなにも、余が頼んだのだ。知っておるか、テレーズ。あれは、この世でただひとり、あの猛虎のような女を猫にできるのだ。ロウがアネルザに関わるようになって、余は平和になった。あれは頼りになる」
これは駄目だと思った。
ロウとアネルザの関係からでは、このルードルフから悪感情は引き出せそうにない。
それにしても、まさか、国王の公認とは夢にも考えなかった。
「それだけではなく、そのロウと王太女殿下も……」
テレーズは、今度はロウとイザベラの男女関係を暴露した。噂では、演劇観賞とのことだったが、テレーズはおそらく男女の関係があると仄めかしてみた。
すると、ルードルフがにんまりと笑った。
「確かに、あれも最近、妙に色っぽくなったしのう。ロウに女にしてもらっているということか……。まあ、あれの場合は、世継ぎの子種の問題があるが、それさえ解決すれば、何人の男の愛人があっても構わんし……。それに潔癖すぎるのが、君主として足りぬと思ったが、よい具合に練れてきて安心もしておる。しかし、念を押したが、結局のところ、手を出したか。まあよい」
ルードルフは笑った。
今度こそ、テレーズは驚愕した。
王妃を寝取っている男が、王女と男女の関係を持っても、なにも思わないのか?
この男の価値観はどうなっているのだ?
「そう言えば、久しくロウには、会っておらんな。また、一度呼んで、イザベラとどういうことをしているのか、聞いてみたいのう」
ルードルフがにやにやしている。
テレーズも、言葉を失ってしまった。
「陛下――」
そのときだった。
後宮側から、誰かがやって来て、不意に声をかけてきた。
顔をあげると、寵姫のサキだった。
相変わらず、神々しいばかりの美しさだ。海を越えた遠国の王女だという触れ込みだが、その遠国の名は聞いたことはなかった。
しかし、元々王族だということを信じさせる風格と威厳はある。
そして、背後にふたりの美姫の少女を連れている。
確か、ピカロとチャルタという名だったと思う。
このふたりも、遠い国の上級貴族の令嬢ということになっているが、さすがに、それは眉唾とテレーズは思っている。
外見はなるほど、肌も美しいし、大変な美貌だが、このふたりは、娼婦を思わせる淫乱さと下品さがある。
多分、どこかの高級娼婦として育てられた者たちを偽の身分を作って、後宮入りさせたのだと思う。
しかし、連れてきたのが王妃なので、国王も含めて誰もなにも言うものはない。
「ルーちゃん、遅いから迎えにきたよ。向こうで、お姫様たちが待ちくたびれてるから」
「さあ、行くよー。ぼくたちが案内するからね」
ピカロとチャルタのふたりが、ルードルフの両脇にやって来て、テレーズから引き離した。
ぴったりとふたりから乳房を腕にくっつけるようにされて、ルードルフはあっという間に好色な表情になる。
「おっ、それはすまんな。ちょっと話をしておってなあ」
ルードルフが笑った。
だが、次の瞬間、ふたりのうちのひとりがいきなり、ルードルフの頬を張り飛ばした。
テレーズは目を疑った。
「んはっ」
ルードルフがよろめく。
しかし、さらにもうひとりの側がルードルフの襟首を掴んで、強引に跪かせた。
「あっらあー、いけないんだあ、ルーちゃん。いつから、おれたちと一緒に歩くとき、二本足で歩いていいことになったの? これは、またお仕置きかなあ? 浣腸しちゃうぞう」
「し、しかし、ここでは……」
ルードルフが困ったように言った。
だが、テレーズにはわかるのだが、こういう目に合うのが、ルードルフは嫌ではないようだ。
しっかりと欲情の感情がルードルフから伝わってくる。
アネルザに罵倒されながらも興奮していたのは、わかっていたのだが、ルードルフには、ここまでの極端な性癖もあるのだと初めて知った。
しかも、さらに驚愕するのは、いまの状況に、遠巻きにしている護衛がまったく動揺する気配がないことだ。
つまりは、こういうことは、ルードルフ王にとっては、日常茶飯事なのだ。
まだ十日余りだったので、聞きしに勝るルードルフ王の変態ぶりに、テレーズは唖然とした。
なるほど、だから、生半可なことでは、悪感情を持つことがないのだとも思った。
「さあ、歩きなさい、お犬のルーちゃん。今日は躾なおすからね。美人の双子ちゃんは、おれたちの躾の後かな。いい子だったら、連れてきてあげる」
「そうだね。ぼくらの調教を受け直しかな。とにかく、待たせるなんて、許せないよ。後宮に着いたら、まずは裸になってもらうからね。そして、たっぷりと浣腸するよ」
「それから、おしりぺんぺんさ。おちんちんも、もみもみだよ。いいというまで、うんちを我慢できたら、おれたちが、道具を使って、お尻を犯してあげる」
「もしかしたら、ぼくたちを犯してもいいよ。その代わり、ここから、お犬ちゃんだ」
ふたりがけらけらと笑いながら、ルードルフを強引に四つん這いにしてしまった。
しかも、首に鎖付きの首輪までする。
テレーズは圧倒されてしまった。
しかも、ルードルフが興奮しているのは、感情を読むまでもなく、しっかりと膨らんでいるズボンだけでわかる。
「待って――」
しかし、テレーズは我に返った。
このまま、連れていかれるわけには……。
「ピカロ、チャルタ、陛下を連れていけ。この女と話があるでな」
すると、サキがテレーズの前に立ちはだかり、行く手を遮る。
ルードルフはピカロたちに連れていかれた。
四つん這いで歩かされながら……。
「お前、テレーズだったな」
すると、突然にサキがテレーズに語りかけてきた。
面と向かって、会話をするのは初めてだったが、凄まじい殺気だ。
テレーズは、自分がサキの威圧に触れて、呑まれたように全身が緊張するのがわかった。
なんだ、これ?
自然に身体が震えてくる。
これが一介の寵姫が醸し出す迫力かと思った。
なにもされてないのに、背中に冷たいものが走る。
「わしは、この国に興味はないし、国主が腐れようが、死のうが、困ろうが、なんの興味もない……。この国そのものも、どうでもよい。アネルザがお前への不満を漏らしておったが、わしとしては、なんでもすればいいと思っておる」
わし……? 国主……?
当然の口調の変化に、テレーズは戸惑った。
しかも、サキは遠くの護衛や離れていくルードルフには聞こえないように、テレーズの目の前でささやくように話している。
しかし、凄い気迫だ。
テレーズは口を開くことができなかった。
こんなのは初めてだ。
「……だから、お前がなにかをしてるのは、漠然とは気がついておるが、放っている……。だが、ひとつだけ言っておく……」
「ひ、ひとつだけ……?」
「あのルードルフの前で、ロウ=ボルグの名を出すな」
サキが凄みのある声で言った。
だが、なにをしているか知っていると言った?
まさか……。
「よいか、もう一度言う……。あの国王の前で二度と、ロウ=ボルグの名を出すな。わしは、そのためにここにおる。それが
「主殿?」
「お前に関係ない……。よいな。ロウという男に関わるな。興味も持つな。忠告は一度だけだ。次は殺す……」
サキがテレーズに視線を合わせるようにした。
その瞬間、テレーズの中に、大きな恐怖心が襲いかかった。
なにも、答えることはできなかった。
おそらく、なにかの魔術的な波動だ。
それで、恐怖を増幅されたのだ。
テレーズは、闇魔道遣いである自分に送り込まれた支配術の痕跡に驚愕した。
「ひっ」
テレーズはその場にしゃがみ込んだ。
「もっとも、わしが手を出さずとも、そろそろ、アネルザたちも、怪しいと気がつく頃だろうがな……。いまのところ、お前やルードルフなど脅威のうちにも入っておらんだけだ……。しかし、あのアネルザやイザベラたちが本気になれば、そこそこ面倒だぞ……。まあ、本音を言えば、わしとしては、面白ければ、それが一番だがな」
サキがにやりとテレーズに微笑みかけた。
テレーズは、生涯でこんなに恐怖を覚えた微笑みは初めてだった。
しかし、サキは、それで興味をなくしたように、後宮に向かって、ゆっくりと戻っていった。
だが、しゃがみ込んだまま、テレーズは思った。
いま、感じた魔道の波動は……。
おそらく……。
間違いない……。
*
マーリンはテレーズからの報告に接し、隠れ家にしている王都の片隅の薬師の家で、しばらくのあいだ、ひとりで思念に没頭していた。
信じられないことだった。
そもそも、なぜ、テレーズがその波動から、それを確信したのかもわからない。
しかし、テレーズは確かな情報として、それを報せてきた。
テレーズには、それを信じるだけの理由があるのだろう。
「しかし、魔族が王宮に?」
マーリンは、何度も心の中で繰り返した疑念を口に出してみる。
もしも、本当なら極めて都合がいいかもしれないが……。
皇帝家を追い込むために準備していた秘薬……。
それは、タリオ公国本国にあるが、ここに運ばせることは可能だ。
そして、マーリンは決心した。