【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
エリカたちが王都に戻ってきたのは、夜だった。
もっとも、クエストが終わってから立ち寄った「おマアの温泉」を出立したのも、たったいまのことである。
つまりは、一昨日にダンジョンの特異点の破壊に成功し、それを昨日の昼間に地方王軍に引き継ぎを済ませ、それからスクルズの移動術で夕方には温泉に到着して、丸一日以上をずっと五人で温泉で過ごして、やっと王都に戻ったということだ。
あのダンジョン化した洞窟から、ロウが「おマアの温泉」と呼んでいる秘境の温泉に行ったのも、そして、温泉から王都に戻ったのも、スクルズの設置した長距離転送装置によるものだから楽なものだ。
まさに、あっという間だった。
「そ、それでは、ロウ様……。お世話になりました……。あ、明日、屋敷の方に伺います。ところで、“ほっとらいん”の方に向かいますか?」
スクルズの設置した長距離転送施設の王都側の出入り口は、第三神殿の庭に設置されている。
そこで、スクルズが夜目にもわかるくらいに顔を赤らめて、ぎこちなくお辞儀をした。
エリカは苦笑した。
「そうだなあ。ちょっと日にちが開いたから、姫様のところに行ってくるよ。みんなは、先にギルドに向かってくれるか? そこで合流しよう」
ロウが言った。
姫様というのは、王太女のイザベラのことであり、ロウはイザベラと侍女軍団を性支配してから、毎日のように、王宮に転送装置で通い、イザベラをはじめとして、シャーラやバージニアやほかの侍女たちを抱きに行っている。
エリカが耳にしている限り、侍女たちもロウが毎日やって来ては、自分たちを愛してくれるのをとても愉しみにしているみたいだ。
自分の女には優しいロウであり、だから、ロウも逆に気を使って、できるだけ通っている節もある。
ただ、彼女たちを抱くときには、時間経過が消滅する亜空間に連れ込んで愛し合うみたいであり、出立したと思ったら、エリカたちの視点ではすぐに戻ってくる。
それでも、十人以上の女を次々に抱いてから屋敷に戻り、夜は夜でエリカたち三人と倒錯した性愛を愉しむのだ。
今日だって、たったいままで、あの温泉でエリカたちとたっぷりと遊んだ。
エリカ自身、まだ腰に力が入らない感じで、ふわふわしている。
それでも、ロウは、これから王宮に向かい、侍女たちに手を出すみたいだ。
どれだけ絶倫なのかと、正直圧倒されるものがあるが、それが淫魔師というものなのだろう。
例によって、亜空間で抱くと思うので、あっという間に戻るとは思うが……。
「だったら、わたしたちは歩いてギルドに向かいます。クエスト完了報告なので、受付側から入った方がいいでしょうし……。でも、ロウ様は“ほっとらいん”で来てください」
エリカは言った。
“ほっとらいん”というのは、スクルズの私室を始めとして、スクルズの名義になっているブラニーのいる小屋敷、王宮内のアネルザとイザベラの私室、エリカたちが暮らしている幽霊屋敷、さらに、先日ロウが強引に繋げたミランダのいる冒険者ギルドというように、ロウが女のところに通うのに都合がいいように、張り巡らされているスクルズによる転送装置であり、名付けたのはロウだ。
意味はわからない。
ただ、それを使えば、ロウは侍女たちとの行為の後で、ギルドの内側のミランダの私室にはなるものの、直接に跳躍してギルドに到着できる。
ひとりにさせるのは心配だが、“ほっとらいん”での移動だけなら、問題ないだろう。
「わかった。じゃあ、行こうか、スクルズ」
ロウがスクルズに声をかけた。
長距離転送装置、今度はロウがこれを“げいと”と名付けたが、その出入口は、いまいる第三神殿の庭にあるのだが、“ほっとらいん”の移動口は、スクルズの寝室にあるのだ。
なぜ、場所が違うのかといえば、“ほっとらいん”については、外聞を憚るものであり、そんなものを王宮内に設置していることが発覚すれば、警備上の問題もあり、大変な騒ぎになるからだ。
つまり、秘密なのだ。
それに対して、長距離転送施設側については、神殿内の誰もが接触することのできる庭にある。
なにしろ、スクルズは、長距離転送移動設備に必要な中継器を設置するための経費を神殿界に掛け合って出費させている。また、ベルズが主宰している魔道技術者のサロンにも売り込み、出費してくれる者を募ったりもしている。
だから、かなり公共性の高い設備なのだ。
出入口が目立つ神殿の庭にあるのも、それが理由だ。
しかし、今日温泉でロウに愛し合ってもらっている傍らで、スクルズと話したが、この長距離転送施設の設置は、そもそもロウのためなのだ。
ロウやエリカは冒険者なので、当然ながら今回のように、遠方にクエストで赴くことがある。
しかし、今回、設置したような転送装置をある程度王都を中心とした地域に張り巡らせておけば、スクルズは神殿長という職務を遂行しながら、クエストに同行することも可能になると思っているみたいだ。
どこまで、ロウにくっついていたいのだと呆れるが、まあ、ロウと四六時中一緒にいれる立場であるエリカとしては、スクルズの健気さもわからないでもない。
それはともかく、スクルズの公私混同に巻き込まれる神殿界の関係者も、スクルズの動機の真相を知れば、唖然とするだろうと思った。
「さあ、じゃあ、行こうか、スクルズ。ちゃんと歩いてな。ここから寝室までも移動術で向かおうなんて、横着したら駄目だよ」
ロウが笑って、スクルズの腕を取り、すっと歩き出した。
だが、数歩進んだだけで、スクルズは「うっ」と呻いて、立ちどまってしまった。
「いつも優雅に歩くスクルズじゃないか。そんな風にへっぴり腰で歩いちゃあ、駄目さ」
一郎がにやにやと笑って、持っていた腕を引いて、スクルズを真っ直ぐにさせる。
スクルズが甘い息を吐いた。
「意地悪ですわ、ロウ様……」
スクルズがうっとりとした顔で言った。
女のエリカから見ても、随分と艶めかしい。
「それが調教というものさ。嫌か?」
「も、もちろん、嫌じゃありません……。が、頑張ります……」
「ああ、頑張れ」
一郎が頷いた。
スクルズの動きがぎこちないのは、またまたロウが、別れ際にスクルズに悪戯を施したからだ。
スクルズが秘境の温泉から、この王都の第三神殿まで跳躍をしてくる直前のことであり、スクルズの「肛門調教」の一環として、明日の朝まで、スクルズのお尻に、「あなる棒」という張形を挿し込んで、股縄で封印をしてしまったのだ。
スクルズの動きが不自然なのは当然だ。
今回のクエストに同行したスクルズは、ちょっとした切っ掛けで、ロウからお尻の調教を受けることになった。
エリカたち三人は、なんだかんだと前でも後ろでもロウを受け入れられるように、調教を受け終っているが、スクルズについては、まだ、それをしていないということがわかったからだ。
それで、スクルズは、今回の旅のあいだ、クエスト終了をしたダンジョンの洞窟でも、その後で寄り道した秘境の温泉でも、かなりの頻度でお尻を責められていた。
そして、別れ際に、ロウに調教用の「あなる棒」を挿入されて、その上から股縄を締められたというわけだ。
もっとも、ロウもただの縄掛けだと称していたから、その気になれば、スクルズも縄を解くこともできるし、張形を抜くこともできるだろう。
でも、ロウはスクルズに絶対に自分で外すなと命令をしていた。
縄掛けを外さない限り、大便は不可能だし、放尿も縄をしたまままき散らすしかない。
スクルズも、この二日でかなりお尻で感じるようになっていたみたいなので、そのままひと晩をすごすのは大変だろう。
一応の期限は明日の朝ということになっている。
ロウが命じたのは、朝の祭儀が終わったら、張形を抜いてもらうために、ロウの屋敷にやって来ていいということだった。
おそらく、スクルズは、それまで外さないだろう。
ロウの言いつけを守り、しっかりとお尻の中に棒を挿入して過ごし、嗜虐の悦びに顔を染めながら、“ほっとらいん”で幽霊屋敷に嬉々としてやって来るスクルズの姿が目に見えるようだ。
「じゃあね、不良神殿長様。明日までしっかりね」
コゼがスクルズにさっと近づき、巫女服の上から腰の後ろに手を伸ばし、縄を掴んで乱暴に左右に動かした。
「ひんっ、んはああっ、コ、コゼさん──。い、悪戯は──」
スクルズが悲鳴をあげて腰を屈めた。
だが、その動きでも、お尻に強い刺激を受けてしまったみたいで、お尻に両手を当てて、しゃがみ込んでしまった。
「う、うう……。コ、コゼさん……」
スクルズがうずくまったたま、上気した顔で恨めしそうにコゼを見る。
「明日、また遊ぼうね、淫乱巫女ちゃん」
コゼがけらけらと笑う。
「コゼ……」
横でシャングリアが苦笑している。
エリカも呆れてしまった。
しかし、人見知りの傾向の強いコゼが、ああやって性的悪戯を仕掛けるのは、逆に愛情の裏返しだ。
エリカも大概の仕打ちに遭っているが、それは理解しているつもりである。
「ほら、立つんだ。だけど、そんなに効くか? どっちがつらい? お尻に入っている張形の方か? それとも、縄瘤が食い込んでいる股間の側か?」
一郎がスクルズを強引に立たせた。
「りょ、両方です……」
スクルズが真っ赤な顔で言った。
「そうか……。ふうん……」
ロウがなにかを企むような表情になった気がした。
嫌な予感もしたが、そのまま、エリカたちに手を振って、スクルズと腕を組んで去っていく。
エリカたちも、神殿を出て、冒険者ギルドに向かうことにした。
まだ、夜になったばかりなので、ギルドへのクエスト完了報告には十分に間に合う時間だ。
第三神殿と冒険者ギルドはあまり距離もないし、ギルドから“ほっとらいん”のある小屋敷までも近い。
もっとも、先日スクルズとロウが、冒険者ギルドの奥にあるミランダの私室を兼ねた執務室にも、ほっとらいんを設置したから、そこからでも、シルキーの待つ幽霊屋敷にはあっという間に帰れる。
「さて、わたしたちも行くか」
シャングリアが声をかけた。
エリカとコゼも頷き、まずは神殿の門に向かう。
クライド事件から、警備も厳しくなっている神殿だが、エリカたちのことは顔もわかっているし、『移動術』を駆使できるスクルズが魔道で呼び寄せると思い込んでいるので、いきなり内側から向かっても咎められることはない。
案の定、大したやり取りもなく、素通りできた。
夜になりかけている王都の大通りを三人で進む。
「今夜はアルティスとへラティスか。ロウと同じだな。クロノスも女を絶やす夜というのは存在しない」
シャングリアが空を見上げながら何気なく言った。
アルティスもへラティスも太陽神クロノスの五人の妻の女神であり、シャングリアが言ったのは月のことだ。
アルティスはエルフ族の女神、へラティスは人間族の守り神とされている。ほかに、ドワフ族の女神のミネルバ、一定の国を持たない遊牧の諸種族の守り神のテルメス、そして、正妻のメティスをもって、クロノスの五人妻だ。
夜になって輝く月も五個であることから、その月をもって、クロノスの五人妻になぞらえられている。
エリカは、エルフ族という狩猟種族なので、月の動きには詳しい。
夜目の効くエルフ族は、昼間よりも、夜に狩りを専ら行うくらいなのだ。
「確か、夜半になれば、正妻のメティスも顔を出すわ」
今日の日付だったら、確かそうだったと思う。
五個存在する月は夜になれば、入れ代わり立ち代わりに現われてきて、およそ、月のない夜というのは滅多にない。
だから、人々は五人の女神は、クロノスが抱くから輝くのであり、クロノスは女を絶やすことがないと言われているのだ。
「正妻といえば、ご主人様の正妻は、エリカということになるのかなあ?」
コゼが呟くように言った。
いま、エリカたちは、エリカとコゼが並んで前を歩き、シャングリアが後ろを進むというかたちで冒険者ギルドに向かっている。
「正妻? なによ、藪から棒に……」
エリカは困惑した。
おそらく、ロウと生涯を添い遂げるというのは、エリカの中では確定している。コゼもそうだし、シャングリアも同じだろう。
しかし、結婚とか、妻とかは考えたことはない。
「だって、最近、ご主人様は、結構頻繁に、姫様を連れ出すじゃない。世間に喧伝するみたいに……。だから、王都の中じゃあ、ご主人様はイザベラ姫様の恋人だって噂が拡がってるようよ。王太女様が冒険者に恋をした──という感じで、世紀のロマンスとか……。世間ではご主人様は、姫様と将来結婚するという噂になっているみたい。だから、そうなったら、あたしたちはどうなるのかなと思ってね」
「えっ、なにそれ?」
エリカは声をあげた。
確かに、あのアーサーの来訪以来、ロウはある程度世間に見せつけるように、イザベラを数回ほど外に連れ出している。
イザベラには、特定の男の相手がいるのだということを世間に仄めかすためだ。
しかし、王太女のイザベラとロウが結婚をするのだというのが、世間的な噂話になっているとは知らなかった。
「だって、時々耳にするわよ。あたしが耳にするくらいだから、貴族様とかは、もっと言ってんじゃないの? どうなの、シャングリア?」
「そうだな。そういうことには目聡いのが貴族だしな。あまりにも身分に差がありすぎて、本気に捉えている者は少ないが、突然に出現したイザベラの花婿候補に貴族界は大騒ぎだ。一部の貴族では、ロウに
「そ、そうなの?」
エリカはびっくりした。
「まあ、そうだ。特に、ロウは王妃とも昵懇であることは、貴族界ではかなり有名だ。取り込むことができるなら、取り込みたいと思う家はいくらもあるだろう。そういう連中が考えるのは、まずは妾だ。ロウが女好きであることは、わりかしすぐに調べがつくから、王妃や王太女に近いロウに、妾を送り込もうというのは、そういう貴族たちが最初に思いつくことだな」
シャングリアが笑った。
「ええ、なによ、それ──。そもそも、ロウ様が王太女の恋人と噂になったことで、妾をロウ様に送るの? それ、変じゃないの?」
「変であるものか、エリカ。そもそも、王妃様からして、ロウのことをクロノスという言葉を使って称賛している。クロノスなら、妻が複数いて当たり前だ。うまくいけば、正妻のイザベラ姫様と並ぶ妻の座に、妾から成りあがるかもしれないのだ。王妃様がとめているから静かなだけで、ロウの居場所が知られれば、ロウのところには、妾候補やその釣書が殺到していると思うぞ」
「そ、そんなことに、なっているなんて……」
「だから、あんたに訊ねたのよ、エリカ。もしも、そうなったら、正妻はあんたなのか、姫様なのかと思ってね。なんだかんだで、ご主人様に一番親しい女は、あたしたちよ。姫様に不満はないけど、姫様とご主人様が結婚したら、あたしたちは蚊帳の外に出されるのかなあ」
コゼが不安そうに言った。
エリカもちょっと心配になってきた。
確かに、そうなったら、どうなるのだろう。
「でも、正式に結婚なんてないでしょう。いくらなんでも……。人間族の国も、エルフ族の国と同じじゃないの? 例えば、いまのエルフ族の女王のガドニエル様がロウ様と結婚とかになったら、世界中のエルフ族が飛びあがって驚くわ」
「いや、そもそも、アネルザ様はその気だし、わたしは、そうなるのではないかと思っているのだがな」
「王太女殿下と──? まさか……」
エリカは唖然として、シャングリアを振り返る。
「いや、考えれば、あり得ないことではないのだ。そもそも、イザベラ様自身がそれを望んでいるんじゃないか。断言するが、これから王太女殿下の前に誰が現われようと、相応しい関係となりそうな男はいないぞ。ロウは姫様の置かれている特殊な立場からは、確かに優良物件だ」
「えっ?」
そう言われても、エリカには貴族界の事情などわからない。
シャングリアの話に聞き入った。
「先日は、アーサーが婚姻に関する調略目的でハロンドールにやって来たが、実際のところ、これ以上、ハロンドールとタリオが強く結んでも、利益があるのは向こうであり、こっちではない。ハロンドール王国は大国だ。三公国の特定の一国だけとのこれ以上の結びつきは、ハロンドールとしては得るものが少ない。ハロンドールと対等といえば、魔道王国のエルニアだが、あそこは王女しかいない。王太女殿下の相手はおらん」
「はあ……」
エリカは空返事をした。
「転じて、ハロンドール国内を見れば、それは適当な貴族の男子は大勢いるが、婚姻しても、キシダインのような外戚を作るだけだ。王家としては望まんだろう。いまの王家は、国内の大貴族に媚びを売らなけばならないほど弱くないしな。敵対しそうな有力貴族は、全部キシダイン事件のときに弱体化されている」
エリカは驚いていた。
その内容よりも、シャングリアが貴族の事情や国家間の力関係などのことをとうとうと述べたことに呆気にとられたのだ。
エリカの知っているシャングリアは、王都でも有名なお転婆姫であり、エリカやコゼと競争するようにロウに抱かれ、三人の中で誰よりもマゾで……。
そして、ロウの悪戯で素っ裸で王都を四つん這いで歩いたこともあって……。
油で女の股に火をつけられたこともあって、しかも、それを喜々とした思い出話として語るような変態で……。
だが、やはり貴族なのだ。
貴族情勢や外交情勢をきちんと理解し、それを語るような一面もあるのだと思った。
「……そういう意味では、外国の貴族の子弟と婚姻することもありえん。外国の外戚をわざわざ作るようなものだし、それなら、国内の方がましだ。つまりは、イザベラ様はもう王太女になられてしまったので、そのことで婚姻の相応しい相手がいなくなったのだ」
「そ、そうなの?」
「そうだ。だが、結婚しないということはあり得ん。子供はいるのだ」
「子供だけ?」
「極論すればな。夫はいらんが、絶対に子供は必要だ。さもないと、王家がなくなる。アン様はもはや、ほかに婚姻をなさるとも思えんしな……。まあ、最悪、三公国の有力国のタリオ公国の公妃となられているエルザ様のところから男子を養子とするという手もあるが、それもいろいろあって避けたいだろう。そもそも、まだ向こうも王子はおらんし……。王都の馬鹿公爵から養子をとるのも阿呆らしい。この国の民が絶望する」
ハロンドールには、ルードルフ王の父王の時代に作られた公爵家が二家あるが、領土は持たず名誉職のような立場だ。
国庫から年金を支払って、王国が二家を養っているが、闇奴隷などと結びついているという噂もあり、しかも、一族揃って傍若無人の行いが目立ち、実に民衆から評判が悪い。
そこから、次世代の国王ということになれば、ただでさえ人気に乏しい王家が、さらに不人気になるのは目に見えている。
そもそも、アネルザは、商業ギルドと自由流通の主動権争いの喧噪で二家の公爵家とは政治的に対立している。
公爵家からの養子は認めないと思う。
「それで、ご主人様ということ、シャングリア?」
コゼが口を挟んだ。
「もちろんだ。だったら、姫様が望む相手と結婚した方がよい。そして、それは力のない弱小貴族の方が望ましい。ロウなど打ってつけだ。言い換えれば、イザベラ様の立場からすれば、夫はいらんが子は欲しい……。アネルザ様も、イザベラ姫様がロウの子を身ごもってくれることを望んでいる。王妃様がときどき、そういうことを口にするが、あれは冗談で言っているのではないぞ」
シャングリアははっきりと言った。
ロウがイザベラ姫の夫となり、いずれは女王の夫に……。
そして、ロウの子が国王に……。
想像もできないことだが、シャングリアは十分にあり得ることだという。
「そうなったら……。すごいかもね……。でも、そうなると、やっぱり、あたしたちはどうなるのかなあ……」
コゼが溜め息をついた。
確かに、ロウが王太女の夫になったとすれば、エリカたちの立場はどうなるのか。
エリカにも、やっとコゼの不安が伝わってきた。
だが、シャングリアが笑った。
「なにも変わらん。いまだって、ロウはイザベラ姫様のところに夜這いに行くし、王都の屋敷には、スクルズ様が作った“ほっとらいん”もある。生活が変わるとは思えんな。ロウは、一晩でふたり三人どころか、それ以上の女を平気で抱く男だ。そもそも、いまも十数人も抱きに行ったのだろう? そして、多分だが、また夜もわたしたちを抱いてくれるのだろう。問題ない」
「なら、いいか」
コゼがほっとした顔で言った。
「なら、いいね」
エリカも安心した。
「それにしても、あんたも、やっぱり貴族女なのね。ただのマゾの変態女じゃなかったのね」
コゼがからかうように言った。
だが、シャングリアは首を横に振った。
「わたしは、マゾの変態女だ──。そのことに誇りを持っている──。ロウ専用のな──」
シャングリアが堂々と言った。
エリカは苦笑した。
しかし、それはそれとして、ふと、シャングリアはどうなのだろうと思った。
「そういえば、あなたはどうなの? 貴族よ。政略結婚などしないの?」
「わたしか?」
シャングリアが意外そうな表情になった。
「わたしの両親はもういない。一応はモーリア家の大伯父の庇護を受けているが、わたしと婚姻して得られるものは相手の貴族にない。だから、わたしは女騎士になったのだ。わたしは誰とも結婚などせずに、自分の力で生きていくつもりだった。その必要もあった」
シャングリアが言った。
伯父とは呼ぶのだが、実は遠縁の親族らしい。
シャングリアがその庇護を受けているのは、複雑な事情があるというのは耳にしている。
とにかく、実はシャングリアは、その「大伯父さん」とはほとんど血の繋がりはないようだ。
だから、ひとりで生きていかなければならないと考えたのだろう。
「だけど、あなたは人気があるわ。モーリア家も貴族家なんでしょう。それに、あんたは美人だし……」
モーリア家のシャングリア嬢といえば、お転婆姫として有名だが、一方でひとりの女性として、若い貴族のあいだで、人気があるのはエリカも少しは知っている。
シャングリアはもてるのだ。
そもそも美人だし、話し方はぶっきらぼうだが、付き合えばわかるが、とても素直だ。それに結構色っぽいし、好色なことも受け入れる。エリカは、自分が男ならシャングリアは、純粋にひとりの女として好ましいと思う。
「モーリア家などただの男爵家だぞ。ほかの貴族が取り合いをするほどのものじゃない。それに、大伯父も、ロウという新興貴族の噂くらいは耳にしているはずだ。男爵家の厄介者の娘が、王妃や王太女と縁を作ったのだ。いまでは、わたしがロウの女であることをむしろ望んでいるし、喜んでいるはずだ」
「ロウ様とイザベラ姫様の関係をあなたの伯父様はご存知なの?」
「そんなのは、もう有名なことだ。貴族はそういうことには目聡いのだ。目聡くなければ生きてはいけん。そもそも、王太女殿下はともかく、王妃殿下そのものが、あまり秘密にする気がない。アネルザ様は、ロウがイザベラ姫様の正式のお相手になることを望んでいるのだ」
「はあ……」
ちょっと驚いてしまった。
まあ、そういうものなのだろう。
とりあえず、納得することにした。
「……つまりは、モーリア家の大伯父という人は、シャングリアがご主人様の愛人になることを望んでいると?」
コゼが訊ねた。
「そうだぞ──。考えてみろ。ロウがイザベラ様の夫になれば、当然にさらに高い爵位はもらうだろうし、成りあがりだが大貴族だ。その妾になるのだぞ。モーリア家としては、政略結婚のなんの役にも立ちそうになかったわたしが、モーリア家を引き立てる役割を担ってくれるのだ。いまでは、思わぬ幸運に喜んでくれているさ」
「わたしには、わからない世界だわ」
エリカは言った。
「だが、これからは無関係ではいられない。ロウが望む、望まないに関わらず、いまやロウは一介の冒険者などではない。誰も言わないし、触れないだけで、ロウはもう王都でも有名人なのだ。あの茶会でロウがイザベラ姫様との関係を公にすることを決心したことで、ロウはそういう立場になったのだ」
シャングリアが言った。
エリカは溜息をつくしかなかった。
やがて、冒険者ギルドに着いた。
「あら、エリカさん、コゼさん、シャングリアさん、お帰りなさい。クエストご苦労様でした。無事に成功したことは、支部を通じて情報が入っています。王国からの報奨金も出ています。手続きしますか?」
すぐに受付のマリーがエリカたちを見つけて声をかけてきた。
ランとミランダはいないようだ。
奥で仕事をしているのだろう。
また、ギルドには十数人の冒険者たちがいたが、エリカたちを見て、好奇心とか、崇拝とか、羨望とか、とにかく複雑な視線をあちこちから向けてくる。
いまや、かなり有名な冒険者パーティになってしまったし、こうやって注目されるのはいつものことだ。
「ロウ様は、まだ?」
ロウは奥側の“ほっとらいん”でやってくるはずだが、イザベラのところで過ごすのは、亜空間を使うはずなので、向こうにおける時間経過はほとんどない。
場合によっては、ロウが先に到着していることも考えたが、まだみたいだ。
「はい、お見えにはなってません」
「じゃあ、待たせてもらうわ、マリー。ここで待ち合わせなの。それから成功報告の手続きをするわ」
エリカはシャングリアとコゼとともに、空いているテーブルを占拠して、マリーに応じた。
ロウがいなくても、成功報酬を受け取ることはできると思うけど、パーティリーダーのロウがいないと、少し手続きが煩雑になる。
トラブルを防止するためのギルドの決まりなのだが、どうせここに来るのだから、待っていた方がいい。
「ところで、エリカさん、そういえば……」
マリーがなにかを伝えるように、口を開いた。
エリカたちはロビー内の奥側の事務所に通じる扉に近いテーブルを占拠していたのだが、そのとき、その扉が開いて誰かが入ってきたと思った。
すると、マリーの目線がなにかを捉えたみたいになり、訝し気に首を傾げて、言葉を途中で切った。
なんだろうと思ったが、エリカは誰かの気配を背後に感じた。
だが、次の瞬間、いきなり乳房を後ろから鷲掴みされた。
「きゃあああ」
飛びあがりかけたが、その不審者の手がエリカの乳首に嵌まっているピアスを指で見つけて、くりくりと刺激してくる。
「いやああっ、な、なによおっ」
全身に痺れのようなものが走り、エリカは椅子から転がり落ちるように床に尻もちをついて逃げた。
「相変わらず、敏感ちゃんねえ。でも、いまのなに? なにか、胸につけてんの?」
エリカの胸をいきなり揉んだ人物がけらけらと笑っている。
その人物を見て、エリカは目を見張った。
「なによ、この黒エルフ?」
コゼがさっと動いて身構える。
シャングリアも咄嗟に立ちあがった。
「イライジャ? どうして──?」
そこにいたのはイライジャだった。
なんで、ここに……?
褐色エルフの里で別れたイライジャが、なぜかここにいた。
「だけど、大袈裟ねえ、エリカ……。でも相変わらず、とても感じやすいのね。お姉ちゃん、ちょっと嬉しいわ」
イライジャがくすくすと笑った。
だが、よく見れば顔が赤い。
もしかして、酔ってる?
そんな感じだ。
「とにかく、また会えて嬉しいわ。本当あんたたちが生きていてよかった──。あなたたちが死んだだなんて、わたしは全く信じていなかったのよ」
「知り合いか?」
シャングリアが不審な声で訊ねた。
「知り合いよう──。あなたは、シャングリアで、こっちはコゼちゃんね。あなたたちのことも、ミランダとアネルザから詳しく聞いたわよ。よろしくね、わたしはイライジャよ。エリカの幼馴染……。ふふふ、そして、ロウとは二度寝た仲よ。一度目はわたしの無理矢理だったけど」
イライジャがけらけらと笑った。
突然に現われたイライジャの赤裸々な言葉に、周囲も騒然としている。
「コゼちゃん?」
コゼがむっとした口調で応じたのが聞こえた。
「もしかして、イライジャ、酔っている?」
エリカはまだ腰を床につけたまま言った。
「なに言ってんのよ。酔ってなんかないわ。ただ、昼間からずっと奥でミランダとアネルザと飲んでいたけど」
完全に酔っている雰囲気で、イライジャが答えた。