※この作品はR-18です。

【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】   作:ドン・ドナシアン

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270 闘少女とどら息子

 人の死は呆気ないものだ。

 生まれながらにして奴隷だったマーズは、心からそう思う。

 死はいつも身近なものだった。

 だが、「親」のようにも思っていた興行主が突然に死んでしまったことには、心から打ちひしがれる思いだった。

 

 女の子ながらも、大の男と同じように石切り場の重労働をしていたマーズを闘奴隷として見出し、闘い方を教えてくれた興行主──。

 彼が死んだ。

 道を歩いていて、突然に倒れてそれっきりだったらしい。

 興行主の財産である闘奴の遺産を継いだのは、闘技などとは無縁の興行主の息子にあたる者だった。

 

 そして、その男は、マーズの所属する闘奴一座を解散することに決めた。

 マーズの親代わりであった興行主の老人が死んでから、あっという間のことだった。

 闘奴たちはそれぞれに処分されて、ほかの興行主や見知らぬ領主などに売られることになった。

 

 本来であれば、マーズもそうなるはずだったかもしれない。

 しかし、マーズは自分で自分を買い取って、「解放」を受けることにした。

 幸いにして、マーズを育ててくれた興行主は、マーズが闘試合で獲得した賞金をマーズのものとして保管してくれていて、すでにひと財産になっている。

 実際のところ、マーズはいつでも自由民になることができるくらいの賞金を稼いでいた。

 だが、そうしなかったのは、興行主がいたからだ。

 彼のところで、もっと強くなりたい。

 マーズの望みはそれだけだった。

 

 そんなことを言っているマーズを「欲がない者は強くはなれない」と笑ってたしなめたのも興行主だ。

 興行主が突然死する直前の頃であり、考えてみれば、それが興行主がマーズに教えた最後の教えだったかもしれない。

 

 欲を持たなければならないというのは、欲があって闘いの目的ができれば、鍛錬にもっと身が入るからだという。

 実際、懸賞で獲得した金で、奴隷解放を果たした闘奴隷も何人かいた。

 強さを極めるためには、強さの延長になにを求めるのか、目的を持たねばならないのだそうだ。

 マーズの望みは、もっと強くなることだけだったが、そのときの言葉で、ほかの望みを考えることにした。

 ふと、ある男性のことが頭に浮かびかけたが、結局のところ、それがはっきりとした「欲」というかたちになる前に、興行主は死んでしまい、マーズには相談する相手がいなくなってしまった。

 

 いずれにせよ、死んだ興行主は、強くなるためには、どうしたらいいかということを導いてくれた。

 マーズにとっては親も同然だ。

 だが、死んだ。

 わずか数日前のことだ。

 その日の朝までは、まったく普通だったのだ。

 やはり、死はいつも身近にある。

 

 マーズは興行主の闘奴の中では一番の稼ぎ頭だった。

 負けないというのもあったが、興行主は客を集めるために、マーズに全裸で試合をさせるような破廉恥なこともさせたので、いつも賭けられている賞金が上乗せになっていて、大きかったのだ。

 いまにして思えば、大勢の観客の前で全裸で試合をするのは屈辱だったが、おかげで奴隷解放できるまでの金があっという間に稼げたのだから、それも興行主の思いやりだったのかもしれない。

 そもそも、マーズも、あれをやらされたことにより、負けて犯されたくないという強い感情を抱いて、闘いに望めたと思う。

 

 千万の鍛錬も、一度の真剣勝負には敵わない──。

 

 それも興行主の口癖だったし、あれは、勝ち続けることに貪欲でなかったマーズを鼓舞するための、ひとつのやり方だったのだろう。

 また、実のところ、負ければ犯されるという条件で、男闘奴と試合をすることは、興行主がマーズを絶対的に守るためだったのだ。

 そういう条件なので、マーズと試合をする男闘奴は、たとえ勝っても、マーズにとどめを刺すわけにいかなくなる。

 観客の望みは、マーズが犯されることであり、マーズが生きていないと、犯せないからだ。

 結局一度も正規の試合では負けなかったから意味はなかったが、あの条件を受け入れたことで、マーズは必然的に、試合で殺されない保障をされていたのだ。

 死ななければ、手足がなくなっても、治療魔道で回復できる。

 興行主は、本当にマーズを大切に考えてくれていたのだと思う。

 

 十五歳にして最強の闘奴隷と謳われるようになったマーズは、獲得した賞金が自由民となるのに十分な額に達したとき、興行主から闘奴隷をやめて、奴隷解放するかどうかを訊ねられた。

 しかし、マーズは拒否した。

 マーズの生きる目的は強くなることだし、闘奴でなくなったら、どうしていいかわからなかったのだ。

 ほかのことには興味がない。

 興行主は、闘奴でなくなっても、闘技はできるのだと言ってくれたものの、闘奴でなくなるということは、興行主の縁も切れるということであり、それには不安しかなかった。

 結局、マーズは、興行主の下で闘奴であり続けることを選んだ。

 やめたくなったら、いつでもそうしていいと、興行主は言ってくれた。

 

 そして、そんな会話をして半年くらいに転機がやってきた。

 強くなることに限界を感じていたマーズは、興行主の命令で、ある男と闘試合をすることになったのだ。

 相手の名はロウ──。

 闘戦士でもなんでもなく、ひとりの冒険者だった。

 あの興行主は、マーズがさらに強くなるためには、負けることを味わわなければならないと言った。

 負けることに意味があるということがわからなかったが、そもそもどんな闘いであろうと、一対一の闘いで自分が負けるとは考えられなかった。

 しかも、ただの冒険者だ。

 このときばかりは、マーズは興行主が変になったのだと思った。

 

 そして、お互いに素裸でやった試合で、マーズは完膚なきまでに敗北した。

 闘技などまったくの素人で弱そうなロウに、マーズはなにもできず敗北して犯された。

 マーズは呆然とする思いだった。

 負ければ犯されるという緊張を強いるために興行主からは、ずっとそういう条件で戦いをさせられていたが、まさか、あんな細い腕の男に負けて犯されるとは夢にも思わなかった。

 

 でも、犯されたことはどうでもいい。

 負けたことさえも、口惜しいとも思えなかった。

 それくらいの完全な負けだった。

 

 強さには限界はない──。

 マーズはそれを知った。

 

 さらに鍛錬をして、もっと強くなろう──。

 マーズはそれを決意した。

 そして、またロウに挑むのだ。

 強くなったマーズをまた見てもらおう。

 それが新しいマーズの目標になった。

 

 闘い続けるための目的を持て──。

 興行主に言われたのは、あのロウとの試合の直後だ。

 そのときに思ったのは、ロウのことだった。

 ロウともう一度戦う……。

 いや、ロウに再び会って、強さとはなにかということについて教えてもらう。

 それは、目的になるのだろうか……?

 マーズは、興行主に訊ねてみようと思った。

 でも、それを相談することがないまま、興行主は急死してしまった。

 マーズは生きる手段を失った気持ちになった。

 

 だが、興行主が死んだことによる衝撃が、一日一日とすぎ、ゆっくりと薄まることで、少しずつマーズも我に返れるようになった。

 マーズを導いてくれる興行主はいなくなったものの、目的はあるのだと考えた。

 ロウともう一度会うのだ。

 戦いの目的は、それでいいのではないだろうか……?

 マーズの考えが正しいのかどうかを教えてくれる人はいなくなったが、マーズは正しいと考えることにした。

 マーズは、ロウと再び試合をすることを目的にした。

 

 だから、マーズは闘奴隷をやめることを決めた。

 「先生」、すなわち、あのロウのところに行くのだ。

 先生は、闘奴でも、興行主でもないから、マーズは闘奴をやめないと会えない。

 だから、やめる──。

 そして、強さを極めよう。

 強さは闘奴でなくても極められる。

 そう決心すると、それこそがマーズのやりたかったことだとわかった。

 考えてみれば、あれからマーズが思うのは、寝ても覚めてもロウのことばかりだった。

 

 マーズの初めての男……。 

 マーズに敗北の味を教えてくれた男……。

 生まれて初めて自分よりも強いと認めた男……。

 ロウ……。

 

 恥ずかしいがマーズは毎晩のように自慰をする。

 生死ぎりぎりの戦いと鍛錬が自慰による快感を求めるのだ。

 命の証を求めるかのように、身体が火照る。

 しかし、あれからマーズは満足する快感を味わっていない。

 いくら自慰をしたところで、あの快感には程遠い……。

 

 ロウに会いたい。

 ただ、会いたいのだ。

 

 一度、ちゃんと意識してしまうと、いてもたってもいられないほどに会いたくなった。

 マーズのことを受け入れてくれるかどうかはわからないが、土下座をしてでもお願いするつもりだ。

 生れて初めて負けた相手のところで、さらなる強さを極めたいというのもある。

 しかし、それよりもマーズは、ロウのところに行きたかった。

 

 暇さえあれば思うのは、ロウのことばかり……。

 ロウと裸で試合をして犯され、何度も女の快感を与えられてしまった。

 それが忘れられない。

 

 ロウに会いたいのだ──。

 ただ、会いたい……。

 

 会って顔を見たい。

 できれば話をしたい。

 会いたい──。

 思うのはそればかり……。

 

「やって来たか、マーズ」

 

 そしていま、マーズは、新しい「主人」である死んだ興行主の息子の前にいる。

 男の名はタルト──。

 タルトは、数日前までは、死んだ興行主の部屋だった場所にいて、そこに豪華そうな大きな椅子を持ち込ませて座っている。

 マーズは、その前に立たされた。

 

 その日の鍛錬が終わり、夕食と身体の手入れを済ませて、闘奴小屋で休んでいたところを呼び出されたのだ。

 奴隷解放の手続きのことは、すでに伝えてあったので、おそらくそのことだと思う。

 

「お前の新しい主人が決まった。グリムーン公爵閣下だ。よかったな」

 

 すると、いきなり言い渡された。

 タルトの口から出たのは意外な言葉だった。

 マーズは戸惑った。

 

「グリムーン公のところ……ですか? いえ、あたしは奴隷解放の手続きをお願いしたのです。どういうことでしょうか、タルト様?」

 

 貴族のことなど、なにも知らないが、公爵というと貴族の中でも最上位の貴族様だろう。

 それはいいのだが、闘奴一座を持っている貴族の一覧くらいは頭にあるが、グリムーンという貴族が保有している闘奴一座というのは耳にしない。

 もしかしたら、新興の一座でも立ち上げようというのかもしれないが、いずれにせよ、マーズには興味がない。

 

「やっぱり、闘奴というのは、強いばかりで馬鹿だな。だから、お前は、グリムーン公爵閣下のところに引き取られるんだ。大変な幸運だぞ。俺に跪いて感謝しろ。どうやら、お前を闘奴の試合のときに見物して、気に入ったんだとよ。よかったな」

 

 タルトは哄笑した。

 しかし、マーズは、世話役の者を通じて、奴隷解放の手続きをお願いしていたのだ。

 そのために十分な私額は貯まっていたはずだし、死んだ興行主は、正式な手続きをしてくれていて、興行主が死んでも、遺言により、あの金もマーズ自身のことも、目の前の息子のものにはならないということも知っている。

 賞金もマーズも、マーズ自身のものなのだ。

 その金でマーズは、奴隷解放ができるはずだ。

 

「い、いえ、あたしは、自由民になります。その手続きをお願いします。その公爵様のところには行きません。闘試合も一度引退しようと思ってるんです」

 

 マーズははっきりと言った。

 考えているのは、ロウのところに行って弟子入りすることなので、ロウがマーズを闘技の試合に出そうとするのかどうかがわからなかった。

 ロウは闘技の世界に生きる人ではないので、おそらく、マーズを弟子にしてくれても、闘試合には興味を抱かないと思う。

 それなら、それでいい。

 マーズの目的は、もっと強くなることなので、ロウのところで鍛錬ができるなら、闘試合には出れなくていい。

 それに、ロウは冒険者だ。

 うまくすれば、マーズをクエストに連れて行ってくれるかもしれない。

 ならば、鍛錬の場所が闘試合ではなく、クエストという本物の戦いの場になるだけだ。

 考えてみれば、そっちの方が強くなるためには魅力的だ。

 おそらく、闘試合では、これ以上の強さは求められないと思う。

 

「やっぱり、闘奴は馬鹿だな。どうにも、人間の言葉がわからねえ」

 

 タルトはげらげらと笑い続ける。

 言葉がわからないのは、お前だと思ったが、マーズはぐっと我慢した。

 しかし、このタルトは、マーズをグリムーンという大貴族に売るという。

 まったく理解できなかった。

 

「あたしは、奴隷解放を希望します。その手続きをしてください」

 

 仕方なく、もう一度言った。

 すると、笑っていたタルトの顔があきらかに不機嫌なものに変わった。

 

「解放──? 馬鹿なことを言うな、マーズ。お前は奴隷だ。奴隷は死ぬまで奴隷だ。それは闘奴であろうと同じだ。奴隷には変わりない。馬鹿か、お前は──」

 

 タルトはせせら笑った。

 その目の前には、飲みかけの酒がある。

 タルトはひとりであり、マーズは部屋の扉を背にして立っていた。

 

「ですから、あたしは、これまでの賞金で自分を買い取ります」

 

 とにかく、マーズははっきりと言った。

 すると、いきなり酒の入っている杯が顔に向かって飛んできた。

 マーズは簡単に避けたが、背中側で杯が壁に当たって床に転がる。

 

「さっきから、うるせえなあ。名の売れてる闘奴だから、調子に乗ってんのかあ? 闘奴だろうが、奴隷は奴隷だ。自由人なんかなれるか──。それとも、まさか、俺が許可しねえのに、あのミランダとかいうちび女に会ったんじゃないだろうなあ──?」

 

 怒鳴られた。

 だが、マーズは、突然にミランダの名が出てきたことに少し驚いた。

 ミランダといえば、あのロウとの闘いのときに関わった冒険者ギルドの人だ。

 どうして、突然にミランダの名が?

 

「ミランダさんがどうかしたのですか?」

 

「知らねえよ。ロウなんとかという男がお前を探しているとか、なんとか……。俺の持ち物が欲しけりゃあ、それに見合う金を払えってんだよ。ふざけやがって……。そういやあ、王妃の使いとかいうのも来たなあ。どいつもこいつも、なんで、俺がただで、闘奴を手放すと思ってやがんだ?」

 

 タルトは不機嫌そうに、ぶつぶつ言っている。

 だが、いまなんと言った?

 ロウがマーズを探していると言った?

 

「待ってください──。いま、なんと? 先生……、いえ、ロウさんが、あたしを探してると言いましたか?」

 

「ああ? ちび女の話か? お前には関係ねえ。お前が自由民になったら、冒険者がどうのこうのと言ってたが、お前は奴隷だ。金を出す者のところしかやるもんか。あのちび女も、王妃も、あほで、馬鹿で、糞ったれだ」

 

 タルトは酒瓶のまま、ぐびぐびと酒を口にする。

 マーズは耳を疑った。

 それは本当のことだと思っていいのだろうか?

 まさか、ロウの方がマーズを冒険者として欲しがっているなどと……。

 この酔っ払いの言葉なので確かなことではないが、しっかりとそう聞き取れた。

 

「な、ならば、あたしは自由民になり、ロウさんのところに……」

 

「うるせえってんだろうが──」

 

 タルトが今度は酒瓶を投げようとした。

 しかし、さすがに躊躇し断念する。

 

「そんな話はあったが、あのちびが金を出さないと言ったときに、その話は終わった。そもそも、もう、別の飼い主を見つけてあるんだ。誰にも文句は言わせねえ。俺には後ろ楯があるんだ」

 

「でも、あたしのこれまでの賞金で……」

 

 マーズは訴えた。

 あの金で解放手続きができるはずだ。

 死んだ興行主は、いつでもできると言っていたし、興行主が死んだことを教えてくれた闘奴の世話係をする老人もそう言っていた。

 マーズは、その世話係に、解放手続きを進めてもらうように頼んでいたのだ。

 世話係も、マーズの新しい門出に激励の言葉を告げてくれた。

 とにかく、奴隷解放してもらって、ロウのところで、新しい人生を送るのだ。

 

「ああ──? なんのことだ? 賞金? そんなものがどこにある。お前は無一文だ。なにを言っているんだ。奴隷が財産など持てるか──。ふざけるな」

 

 タルトが目の前の卓にあった酒瓶をまた掴んで飲んだ。

 とにかく、かなり酔っている雰囲気だ。

 もっとも、マーズはこの男の酔っている姿しか知らない。

 数日前に乗り込んできたこの男は、朝であろうと、昼であろうと、夜であろうと、いつ見ても常に酔っ払っている。

 こんな男がマーズたち闘奴の持ち主になったのかと思うと、うんざりする気分になるが、闘奴を育てることしか興味のなかったあの興行主の唯一の身内なのだそうだ。

 

「いえ、賞金が貯めてあるんです。ちゃんと調べてください。本当です」

 

 マーズは死んだ興行主との約束のことを訴えた。

 自分のものである賞金が、どこに保管してあるかも説明した。

 マーズはそれを教えられていたし、実際に何度も現物を見ている。

 だが、タルトは笑うばかりだ。

 

「そんなものはねえ。どこにもねえ。いつも、いつも、お前たち馬鹿は同じことを喋る。奴隷の金は主人のものだ。そして、お前らの主人は俺だ。わかったら、グリムーン公爵様のところに行け。俺が見つけてきた、お前たちの売り先の中では、一番の好条件のところだ。なにしろ、どこがいいのかわからないが、あのグリムーン様は、お前を性奴隷として欲しがっているんだからな」

 

 タルトが大笑いした。

 話が完全に通じないことにマーズはしばらく呆けていたが、やっとこのタルトが、マーズのものであるはずの貯まった金子を横取りしたのだとわかってきた。

 それがわかったとき、マーズにも憤怒が沸き起こった。

 

「あ、あたしのものであるものを盗んだのだな──。ゆ、許さないぞ──」

 

 怒鳴った。

 タルトの顔が恐怖で歪むのがわかった。

 

「うわっ、動くな──。命令だ──」

 

 タルトが絶叫した。

 それでマーズは、自分がテーブル越しにタルトを掴もうとしていたのだとわかった。

 マーズは命令によって、両手を前に出したまま静止している。

 奴隷であるマーズには、「主人」の命令に絶対服従の魔道が刻まれている奴隷の首輪がある。

 マーズ自身の目の前で手続きをしたわけではないが、興行主の遺産を譲り受けたタルトは、すでに新しい「主人」として、マーズたちを支配する処置を終っているのだろう。

 マーズは、タルトの言葉で動けなくなってしまった。

 死んだ興行主には、奴隷の首輪を使われたことがないので、実際にこんな効果があるなどということを初めて身をもって味わった。

 

「……ほう、本当に奴隷の首輪というのは、命令に言葉通りに従わせることができるのだな。俺を捕まえてどうするつもりだったんだ、マーズ。まさか、殺そうとでもしたか?」

 

 タルトはマーズが動けなくなったことでほっとしたようだ。

 顔から恐怖の色が消えて、下品さが滲み出ている。

 一方で、マーズはこの泥棒の前でなすすべのない状態にされて、口惜しさで頭が爆発しそうになっている。

 しかし、主人は主人だ。

 マーズは懸命に、自分の心を抑えた。

 

「こ、殺すなど……。た、ただ、あたしの金を……」

 

「お前の金などない。あれは俺のものだ」

 

 タルトが大きな声をあげた。

 かっとなった。

 やっぱり盗ったのだ。

 あれは、マーズがそれこそ死と隣り合わせで命懸けで獲得した金なのだ。

 それを奪うなど……。

 ぎりぎりと歯噛みした。

 しかも、あの金がなければ、奴隷解放できない。

 奴隷解放を果たせなければ、マーズはロウのところに行けない。

 そのことは、マーズを絶望的な焦りのような気分にさせた。

 

「だが、奴隷の首輪というのは面白いものだな。実際に奴隷の主人になどなったのははじめてだが、なんでも命じることができるのか? マーズ、その場で服を脱げ。全裸になってみろ、命令だ。脱いだら、両手を頭の後ろにやってがに股になって動くな」

 

 タルトがけらげらと下品に笑いながら、気紛れのように言った。

 

「な、なにを馬鹿な──」

 

 マーズは耳を疑った。

 しかし、気がついたときにはマーズは身につけている革の上下を脱ぎ始めている。

 マーズは乳房を覆う革チョッキと革の半ズボンをはいていたが、両手がそれに手をかけた。

 そして、あっという間にタルトの前でサンダルだけになる。

 「命令」により、マーズの手足は、マーズの意思とは無関係に動いている。

 初めて、奴隷の首輪によって身体を支配されることを味わったマーズは、そのことに恐怖した。

 サンダルも脱ぐ。

 素っ裸になると、マーズの手が頭の後ろに貼りついたようになり、脚を左右に折り曲げて動かなくなる。

 

「お前のような大女は、おれの好みじゃないが、よく見れば可愛い顔をしているし、ここにいるのは、むさい男闘奴ばかりで、入れる穴を持っているのはお前だけだ。ちょうどいいから、相手してやる」

 

 タルトはズボンを脱ぎ始めた。

 マーズはぞっとした。

 

「こ、こんなこと……。ゆ、許されんぞ……。う、訴える。そ、その公爵のところに売られて、お前の支配から抜けたとき……」

 

 マーズは悔し紛れに言った。

 すると、タルトがちょっと顔色を変えた。

 

「……公爵様か……。そりゃあ、確かに困るか……?」

 

 マーズの言葉に困ったようだ。

 これなら……。

 

「そうだ。喋ってやる。その公爵に訴える。とにかく……」

 

 しかし、すぐにタルトの顔に卑猥な笑みが浮かんだ。

 

「……いや、問題ねえ……。確か、公爵様はもう勃たねえとかいう噂だ。その代わりに、大勢の手下に気に入った女を毀れるまで犯させるんだった……。まあ、手を付けたことは正直に言うさ。その代わり、売値は半値にする。そっちの方が公爵様は喜ぶ。別に、公爵様も処女好きというわけでもねえだろう」

 

 タルトが立ちあがってマーズのところにやって来る気配を示した。

 マーズはどきりとしたが、タルトは思い出したように、マーズがいる方向とは反対の壁に向かい、棚からごそごそとなにかを探し出す。

 

「どうせ、闘うことばかりしか能のない色気のない女なんだろう。いつも俺が娼婦を呼び出しては使っている媚薬を使ってやる」

 

 タルトが持って来たのは小壺だ。

 油紙の蓋を外して、怪しげな油剤をたっぷりと指ですくった。

 動くことのできないマーズの前にやってきて、股間の女芯を絞り出すように動かしながら、媚薬だと口にした油剤を塗り始める。

 

「う、ううっ……。や、やめろ……。や、やめないか……」

 

 マーズは塗られた瞬間に襲ってきた怪しげな刺激に歯を食い縛って悲鳴を耐えた。そして、ぴんと背骨を仰け反らすように裸身を躍らせる。

 しかし、さっきの「命令」のためにそれ以上動けない。

 それをいいことに、タルトは油剤を潤滑油にして、マーズの媚肉に指を這わせて、媚薬の油剤を塗り込んでいく。そして、指を二本埋め込み、膣の奥までたっぷりと塗ってくる。

 マーズはいつの間にか、腰をぶるぶると震わせていた。

 

「ほう……。生娘じゃないのか……。意外だな。だが、生娘同様に狭いな……」

 

 タルトが笑いながらさらに油剤を股間に塗ってくる。

 指が触れている部分が信じられないくらいに熱くなり、ずきずきと疼いてきた。

 これが媚薬というものなのかと思った。

 早くもその恐ろしい効き目がマーズに襲い掛かってきた。

 

「どうだ。お前がどんなに強かろうと、動けなければただの女だ。たっぷりと泣き叫ぶがいい」

 

 タルトがマーズの股間から手を離して、壺を卓の上に置いた。

 そして椅子を持って来て、マーズのすぐ正面に座り直す。

 手を伸ばそうとする気配はない。

 マーズが媚薬にどう反応するかをじっと観察するつもりのようだ。

 

「う、ううう……」

 

 マーズの身体から力が抜けていくのがわかった。

 身体の芯がかっと灼けるようだ。

 全身がどろどろと熱で溶けていく。

 

「感じてきたようだな、闘奴マーズ……。おまんこが濡れて、真っ赤になってきたぜ」

 

「も、もう許して……」

 

 マーズは訴えた。

 タルトが座ったまま、マーズの硬く勃起した乳首をこりこりと揉み動かした。

 マーズは裸身をふるわせて、思わず声をあげた。

 

「女らしい声を出されると、こんなでか女でもやっぱり雌なんだとわかるな」

 

 マーズは必死になって顔を横に振る。

 こんな屈辱を与えられながら、女の反応をしてしまう自分が情けなかった。

 そして、またタルトが手を離す。

 しばらく、また観察をされる時間がすぎる。

 やがて、マーズはこの媚薬の恐ろしさを理解してしまった。

 

「こ、こんなの……。あ、熱い……。か、身体が熱い……」

 

 マーズが声を引きつらせた。

 必死になって手足を動かそうとする。

 だが、さっきの命令が効いていて、がに股で両手を頭の後ろで組んだ姿勢を全く変えることができない。

 

「もっともっと疼いてくるぜ。俺に犯されたくなったら、遠慮なく言いな。いつでも犯してやるからよ」

 

「た、助けて──。ああっ、こ、こんなの……。へ、変になる──。ああっ」

 

 マーズは激しく腰を動かしだした。

 言葉通りの恰好を変えなければ、それは自由にできるのだ。

 それがどんなに浅ましい姿なのかということを考える余裕もない。

 どんどんと痒みにも似た疼きが拡大する苦痛に、マーズは泣き声をあげて裸身を激しく揺さぶった。

 こんなの我慢できない。

 

「早く言えよ。どうして欲しいんだ?」

 

 犯してくれなどと死んでも言いたくなかった。

 だが、タルトに舐めるような目で見られている股間は、意思とは関係なくどんどんと熱くなり、刺激を求めて勝手に動き続ける。

 

「早くおねだりしろよ。気が狂っても知らねえぞ」

 

 もう駄目だ。

 気が狂うような疼きから逃れたくて、なにも考えられない。

 

「お、お願いだ。犯して……。なんとか……して……。ああっ、あああっ」

 

 我を忘れて叫んだ。

 タルトがにんまりと微笑んだ。

 

「じゃあ、両手はそのままで、その寝台に横になって股を開け。絶対に俺に攻撃するな。命令だ」

 

 タルトが言った。

 部屋の横にはタルトが使っている寝台がある。

 マーズはそこに横になった。

 

「思い切り愉しもうぜ。そら、俺のちんぽを入れてやる」

 

 いつの間にか下着まで脱いで、怒張を剥き出しにしていたタルトがマーズの媚肉の合わせ目に亀頭を分け入らせていく。

 

「ああ、あああっ」

 

 マーズは全身を仰け反らせて悲鳴をあげた。

 媚薬に苛まれた肉体は、タルトの太くたくましいものが入ってきたことで、気も遠くなるような快感を呼んだ。

 それでいて、冷静なマーズの一部が、ロウに与えられた快感とは、雲泥の差の物足りなさであることを教えてもいた。

 それがさらにマーズをもどかしい気持ちにさせる。

 

「お、おおっ、こ、こりゃあ、すげえ。締まる──。締めつけやがる──。おっ、おっ、とおっ、こりゃあ、まずい──。ひええっ、ひ、締め付けんなよ、おおおっ」

 

 タルトが奇声のようなものをあげて、あっという間にマーズの中で精を放ったのがわかった。

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