【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
「おじいちゃん──」
二階にあがると、そこは、研究所を思わせるひと繋がりの大きな部屋になっている場所だった。
たくさんの魔道書らしき書物や得体の知れない器具が並んでいる棚が壁を埋めている。また、中央に長いテーブルがあり、さらに、ここで寝泊りをしているらしく、マイセンのものであろう寝台もある。
そして、いた。
白髪のひげを蓄えた老人がテーブルの下でうずくまっている。
彼がマイセンという老魔道遣いであることは間違いない。
“マイセン
人間族、男
年齢:82歳
ジョブ
魔道遣い(レベル60)
生命力:40/200(回復中)
攻撃力:10
魔道力:8(能力低下)
状態
能力麻痺”
なにがあったかわからないが、生命力の衰弱が観察できる。
もっとも、いまは安定はしているようだ。
とりあえず、危険な状況は去ったように思える。
「大丈夫ですか、旦那様?」
レオンもサターシャとともに、マイセンを抱えて、椅子に腰かけさせた。
一郎は部屋の中を探索した。
怪しい存在は、やはり魔眼では観察できない。
「見苦しいところをお見せした。そなたのことは知っておる……。若いが最優秀な冒険者殿のロウ=ボルグ卿ですな。わしはマイセン……。老いた退魔師です……」
退魔師?
先日のクエストの最中に教えてもらったが、退魔師というのは死霊体などの悪霊を退治する能力者だろう。
宿屋の主人はマイセンは魔道遣いだと口にしていたが、退魔師と名乗るのだから、実際には、こっちの方が本職なのだろう。
魔道遣いとして、街の人を助けているので、街の人は魔術遣いと認識しているということだとは思う。
だが、マイセンのステータスには、退魔師のジョブはない。
魔術遣いであっても、退魔師の仕事をしていたということか?
あるいは、退魔師というジョブはないのか?
でも、退魔師といえば、ミウのステータスにはその表示があったが……。
だが……。
まあいい……。
後で、魔道遣いと退魔師の違いをもう一度イライジャにでも訊ねてみよう。
「ロウと呼んでください。ところで、なにがあったんです?」
「襲われたのです……。悪霊に……」
「悪霊?」
一郎はもう一度、周囲を魔眼で探知する。
しかし、やはり大丈夫と思う。
怪しい者はいない。
「消えました。しかし、また襲いかかってくると思います。わしは悪霊に狙われておるのです」
マイセンは言った。
一郎は質問を口にしようと思ったが、誰かが階段をあがってくる足音がしたので、とりあえず口を閉じた。
「旦那様──」
階下からあがってきたのは、メリジーヌだった。
一郎は、詳細を訊ねる前に、ミウの様子を確かめようと思い直した。
しかし、メリジーヌに続いて、ミウもイライジャとマーズとともにあがってきていた。
「ミウ、平気なのか?」
声をかけた。
たったいま倒れたはずだが……。
「わたしもちょっと座ってなさいと言ったんだけど」
イライジャも困惑した感じだ。
「問題ありません。ちょっと立ちくらみしただけですし……。それよりも、なにかあったのですか?」
ミウだ。
ちょっと、いつもより顔色が悪いように思う。
“ミウ
人間族、女
見習い巫女
冒険者
年齢:11歳
ジョブ
魔道遣い(レベル12)
退魔師(淫)(レベル30)
生命力:50
攻撃力:5
魔道力:***
経験人数:男1、女1
淫乱レベル:A
快感値:120
状 態
***
***”
一郎は愕然とした。
また、退魔師ジョブが……。経験人数も……。
だが、こうなると一郎もわかってきた。
さっき、この老人が悪霊に襲われたと言ったことと、ミウのステータスの異常さは無関係ではないだろう。
つまりは、老人の前に悪霊が現われた瞬間にミウのステータスから、「退魔師」のジョブが消滅して、その悪霊が消えると、ミウのステータスに「退魔師」が出現している。
これは偶然ではないだろう。
しかし、困ったことになったと思った。
おそらく、東の森で魔獣狩りをしたときか……。
だが、とりあえず一郎は素知らぬ顔をすることにした。
「では、詳しく話を聞かせてもらえますか?」
一郎は何気ない様子を保って、マイセンを促した。
一方でたまたま近くにいたエリカとシャングリアに、そっと耳打ちする。
「……絶対に、ミウから目を離さないでくれ……。ただし、気付かれるな……。絶対にだぞ……。おかしな動きをすれば、傷つけないよう無力化しろ。できるな?」
ふたりはちょっと驚いた顔になったが、素直に頷いた。
一郎たちは長いテーブルを囲んで座る。
ただ、さすがに全員分の椅子はない。
それで、行儀は悪いが、一郎とイライジャだけが椅子に座り、ミウも含めた他の者は部屋の隅で床に座ってもらうことにした。
エリカとシャングリアは、ミウを挟むようにしている。
メリジーヌはマイセンのために、慣れた手つきで薬液のようなものを差し出した。
そして、お茶を入れると口にして、一階に降りていく。
「サターシャ、レオンと一緒に一階に行ってくれ。わしはこのロウ殿と大切な話があるのでな」
マイセンがサターシャに視線を向けた。
「いやよ──。あたしも聞く。おじいちゃんを襲っている悪霊のことでしょう。この人たちを連れてきたのはあたしよ。あたしも話を聞く権利があるわ」
「いいから、行ってくれ。さもないと、わしはなにも喋ることができんのだ。いずれ話す。だから、いまは下に行ってくれ」
しかし、結局のところ、マイセンの強い口調によって、サターシャはレオンとともに一階におりていった。
かなり不満そうだった。
「ここから先はできるだけ内密にしたい。話を聞けば、街の者も動揺するだろう」
自称退魔師の老魔道遣いは、さらにちらりと床に座っているエリカたちを見た。
できれば、彼女たちについても、人払いをして欲しそうな気配だ。
一郎は迷った。
エリカたちをこの場から立ち去らせるのはいい。
必要なことは後で話せばいいのだ。
しかし、ミウのことがある。
できれば眼を離したくはない……。
だが、一方でマイセンの語ることをいまは耳にさせたくないということもある。
「いえ、話を聞きます。あたしたちはクエストを受ける者です。全員がきちんと話を知っておく必要があるのですから」
そのとき、突然に口を挟んだ者がいる。
ミウだ。
「えっ、いまのミウ?」
コゼが目を丸くしている。
一郎も少し驚いた。
旅が始まって以来、ミウはどちらかといえば、ずっと控えめで大人しい態度をとり続けていた。
いまのように、話に割り込んで意見を言ったりするタイプではない。
だが、このことで決心ができた。
「とりあえず、イライジャを残して全員さがってくれ。あとで全部説明するから」
エリカとシャングリアに目で合図する。
ふたりがかすかに頷き、ミウを促すように立たせた。
「行くぞ、ミウ。みんなもだ」
シャングリアが声をかけて、ぞろぞろと降りていった。
一郎は、マーズに、お茶は結構だと、メリジーヌに声をかけてくれと頼んだ。
「……お気遣いに感謝する。実は、今回のクエストの、真の依頼は悪霊の封印です。だが、悪霊がずっと街の近くにいたなどということを知れば、街の者も必ず動揺すると思いまして……。それで、アンデッド・モンスターの調査という名目でクエストを出させてもらったのです」
マイセンが言った。
つまり、調査クエストというのはダミーで、悪霊の封印依頼こそが本命というわけのようだ。
「ずっと?」
イライジャが横から口を挟んだ。
「十一年前に退治したある悪霊を街の近くのある場所に封印しているのだ。しかし、それがどうやら、その結界の一部が破れたようでな。悪霊の一部が漏れ出て、わしを襲うようになってきた」
マイセンが語り始めた。
それによれば、マイセンは十年以上前までは、悪霊などの封印を専門とする「退魔師」として生きていたらしい。この街に定着して、街の人を助ける「魔術遣い」と認識されるようになったのは、それ以降のことのようだ。
この街にやって来る以前は、どこにも定住はせずに、依頼に応じて世界を転々と渡り歩く人生を送っていたとのことだった。
そして、この田舎町に立ち寄った。
偶然に立ち寄ったわけではなく、たまたま依頼で近くを通ったということで、それで、息子夫婦が暮らしているこの家を訪ねてきたのだそうだ。
「そして、惨劇が起こったのです……」
マイセンが苦しそうに言った。
「惨劇というのは?」
一郎は言った。
「悪霊です……。悪霊がこの家で解放されてしまい、襲いかかったのです。なんとか封印には成功したものの、突然のことで対応が遅れ、息子夫婦は死にました……。もしかしたら、それ以前に退魔したはずの悪霊の一部がわしに憑りついたまま残っていたのかもしれません。いずれにしても、わしはそれを機会に退魔師としての生活をやめました……。それからは、サターシャを育てつつ、魔道遣いとして息子たちが暮らしてきたこの街の人を助ける日々を送ってきたというわけです……。息子たちを殺した悪霊の封印を見守りながら……」
「もしかして、その封印が解けたということですか?」
「完全に解けたわけではありません。もしも、封印が破られれば、わしの命はないでしょうな。なにしろ、その悪霊はわしのことを恨んでおるのです。だが、封印の一部は解けてしまったようなのです。そのために、わしはこのところ、度々襲われるようになったということです……。さっきのように」
「もしかして、その悪霊を封印した場所というのは、東の森に近い墓地ですか?」
「そのとおりです……。あなた方にお願いしたいのは、もう一度封印を完全に刻んでもらうことです」
だんだんとわかってきた。
おそらく、東の森に特異点が発生して瘴気が大量発生したことと、このマイセンがかつて封印した悪霊の結界が破れたことは無関係ではない。
東の森に特異点ができたことで、かなりの瘴気が墓地に流れてしまったのだと思う。
その瘴気が、アンデッド・モンスターを生み、彼らの影響で封印が緩んでしまったに違いない。
すでに特異点が消失しているので、放っておいてもアンデッド・モンスターは消滅するとは思うが、解けた封印はやり直す必要がある。
一郎は念のために確認してみた。
「墓地にアンデッドモンスターの出現の噂があるようですが、もしかしたら、悪霊が再び暴れ出したのは、そのアンデッドモンスターが出現した時期と重なりますか?」
「そのようですな……。ともかく、封印の手段はわしが準備します。どうか、墓地に赴き、封印をやり直して欲しいのです」
「具体的には、どうすればいいのですか?」
一郎は言った。
「新たな封印石を据え付け直すのです」
マイセンが立ちあがった。
小さな箱を持って来る。
中には、人の握り拳大の丸い石が入っていた。
「封印石です……。時間をかけて、わしが退魔の術を込めたものです。これを東の森に近い墓地にあるわしの息子夫婦の墓にあてがって欲しい。悪霊をその墓石に封印しているのです……。封印石をもう一度込め直せば、それで封印が掛かり直るはずです……。この石には、すでにわしの全力の術が込められておる。ただ、墓に押しつけるだけでいい……。わし自身がやれば、もっと簡単なのじゃが、なにしろ、わしはあの悪霊のせいで近づけんのでな……。悪霊は、わしを恨んで憑り殺そうとするのです。わしはもう老いている。わしには、悪霊の攻撃をここで防ぐことくらいしかできん」
「……でも、悪霊そのものと戦うにはどうしたらいいのですか?」
そのとき、イライジャが横から口を開いた。
「悪霊に剣や魔道は効かんが、悪霊自身もなにかに憑依をしなければ、危害をくわえることはできん……。つまりは、悪霊は生きている者に憑依して、その憑依した者の能力を使って攻撃をしてくるのだ。封印石を持って近づけば、おそらく、アンデッド・モンスターに憑依して襲いかかってくると思う。だから、実力のある者にしか、これを頼めんのだ。いずれにしても狡猾なやつだ。くれぐれも、悪霊の近くで気を失ったり、眠ったりすることがないようにしてくれ」
なるほどと思った。
一郎たちは、昨日まで東の森で魔獣退治をしている。
そこで、一夜を明かしていて、交代で眠りもした。
そのときに、森側に漂っていた悪霊のほんの一部がミウの中に入り込んだ可能性がある。
いや、間違いないだろう。
なぜ、そうなのかはわからないが、ミウのステータスに突然に退魔師のジョブが現われたのが、ミウが悪霊に憑りつかれた証拠だ。
考えてみれば、あのときからミウの様子はおかしかった。
おそらく、そして、東の森に近い墓地を通過したときに、さらに一気にミウの中に入り込んだのかもしれない。
あのとき、ミウが突然に気を失うようになった。
悪霊が本格的に憑りついたとしたら、そのときだろう。
だとしたら、マーズとふたりきりにしたのは、拙かったか……?
昨夜は、悪霊がミウに憑依して、マーズを襲ったのだろう。
だから、ミウのステータスの「経験人数」に“女”が“1”足された。
しかし、悪霊がマイセンを襲ったと思われるとき、ミウのステータスからは、退魔師も消滅していたし、経験人数に“女”は計上されていなかった。
「それで、憑依した者から悪霊を出すには?」
一郎は訊ねた。
肝心の点だ。
「憑依されれば、悪霊が自ら立ち去るのを待つしかない。悪霊を退けられるのは、退魔師だけです」
「では、マイセンさん自身の退魔の術では?」
マイセンは魔術遣いだが、退魔師を名乗るのだから、そっちの能力は高いに違いない。
「わしの力はすでに衰えております。その力はもうありません。封印石についても、やっと必要な力を込め終ったのです。もう一度作れるとは思えません。なんとか、その石だけで封印をやり直して欲しいのです……」
確かにステータスを覗く限りにおいて、マイセンの魔術遣いとしても、退魔師としても、その能力の源になる魔道力は枯渇している気配だ。
これが悪霊に追い詰められていることによるのか、単純な老いの影響なのかは判らない。
「ううん……」
一郎は唸った。
だったら、もしも、ミウの中に悪霊がすでに入っているとすれば、まずはそれを外に追い出すことを考えなければならない。
あるいは、まだ封印されている部分の本体を封印石の結界で塞いでしまえば、外に出ている部分の一部は自然に消滅するのだろうか……?
やはり、基本方針としては、まずはミウの中から悪霊を追い出し、次いで、封印石で封印をしてしまうことだろう。
いずれにしても、すでにミウの中には、その悪霊とやらが、入り込んでいる可能性が極めて高い。
依頼は受けるしかない。
「どうしたの?」
イライジャが一郎に声をかけてきた。
どうやら、険しい表情をしていたのだろう。
「悪霊を封印して以来、それを見守るために、ここで暮らしてきたのですか?」
一郎は話題を変えた。
ミウのことを、マイセンに伝えるのは避けた方がいいだろう。
どうせ、いまのマイセンにはできることはない。
「息子夫婦の遺したサターシャのこともありましたのでな……。それで、この街では、退魔師ではなく、一介の魔道遣いとして暮らしてきました」
「なるほど……」
一郎は言った。
つまりは、死んだ息子夫婦の土地で暮らすと決めたものの、こんな田舎では、悪霊退治の退魔師の需要などない。
だから、魔道遣いとして、彼らの生活を助けることをしてきたのだろう。
「では、依頼は悪霊の封印のやり直し……。つまりは、悪霊退治ということになりますね。その脅威の度合いにもよりますが、案件レベルとしては、冒険者ギルドを通じれば、最低でも
イライジャが口を挟んだ。
つまりは、依頼料が不足だと言っているのだ。
一郎としては、ミウのことがあったので、依頼の有無にかかわらず、この件は受けるつもりだったが、まだイライジャには、ミウの憑依している悪霊の可能性については伝えていない。
まあ、伝えたとしても、イライジャのことだから、
そういうプロ意識は、イライジャはきっちりとしている。
「わかっております」
マイセンが立ちあがって、さらに別の小箱を運んできた。
蓋を開くと、そこには十個の魔石が入っていた。
別命、クリスタル石、または、魔法石とも呼ばれている。
「すごい──」
イライジャが唸り声をあげた。