【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
「ちょ、ちょっと待って──。お待ちください──」
「とにかく、お待ちを──」
ギルドのロビー側から、マリーとランの悲鳴のような声が聞こえた。
さらに大きな喧噪も聞こえてくる。
ミランダは執務室にいたのだが、ただならぬことがあったということを悟った。
急いでロビーに向かう。
そこには、王軍の一隊がいた。
ギルド職員も、たまたまそこにいた冒険者たちも、唖然として立ち尽くしている。
ただ、まだ早朝といえる時間なので、室内にいたのは職員にしろ冒険者にしろ、そんなには多くない。
職員と冒険者を併せて十人程度だ。
それに対して、王軍の将兵は三十人くらいだ。
いずれにしても、王都内でありながら、王権不介入を認められている冒険者ギルドに対する行為としては、前代未聞だ。
ミランダは、驚くギルド員や冒険者たちに落ち着くように制して、自ら彼らの前に立ちはだかった。
王軍の指揮官らしき階級章をつけているのは若い男の騎士だ。
また、気配からして、まだギルドの外にもいる感じだ。
どうやら、冒険者ギルド本部を王軍に囲まれ、その一部が入ってきたところのようだ。
「冒険者ギルドに王兵を入れるなんて、どういうことだい──? ここのギルド長が誰だか、わかっていない新入り隊長かい」
ミランダは、その将校らしき男の前に立って怒鳴った。
このハロンドール王都の冒険者ギルドは、ギルド内への王軍不介入を認めさせるために、ギルド長に王族を迎えることを慣例にしている。
いまのギルド長は王太女のイザベラだ。
つまりは、このギルドに王軍が入るということは、王太女の所有する施設に軍が入るということと同様なのである。
なにをしに来たのかわからないが、犯罪者を追いかけることだけにかまけ、入ってはならない場所に兵を連れてきてしまった新入りの田舎者の隊長が犯した“勇み足”だと思った。
だが、その若い将校は、ミランダの権幕にたじろいだ様子を示しながらも、ちょっと困惑したように後ろに視線をやる。
誰を見た?
ミランダは訝しんだ。
これでも、百戦錬磨で、世の中の裏も表も知り尽くしていて、冒険者ギルドの荒くれ者を牛耳るミランダだ。
いまの一瞬の眼の動きだけで、これがこの男の独断でないことは悟った。
軍服についている紋章から判断して、この若い男が隊長であることは明らかなのに、彼はさらに後ろにいる誰かに判断を求めているような態度だ。
なんとなく、彼自身もギルドへの押し入りは不本意であると考えているような仕草であり、ミランダは違和感を覚えた。
そして、やっと気がついた。
騎士団じゃない。
こいつら近衛兵だ……?
やってきた連中は、いつも王都を巡回している
しかも、特別近衛隊──。
この服装はそうだ。
つまりは、王家直属兵ということだ。
この一隊は、王族の身辺警護や儀式などへの参加が一般的な任務であり、冒険者ギルドになんらかの犯罪者の引き渡しを要求にやって来たとしても、特別近衛隊がやって来るのは、極めて不自然だ。
「若い者を脅すな、ミランダ。こいつは、わしの命令で来ただけだ……。それに、冒険者ギルドへの不介入の約定を侵す意思はない。近衛隊がここにいるのは、わしがいるからだ。つまりは、護衛だ」
ひとりの美貌の女が一番後ろからやって来た。
「サキ……?」
びっくりした。
サキはロウの眷属の女妖魔だ。
しかし、ロウの指示で人間族の美女に化けて、国王の寵姫として後宮に入り込んでいたはずだ。
なんで、ここに?
しかも、近衛軍の将校の服を着ている。
「陛下の寵姫殿がどうしたのさ?」
それはともかく、わからないのは、この雌妖がなにをしに、ここにやって来たかだ。
表向きは、国王の寵姫ということになっているサキだが、この雌妖は国王の命令などでは動かない。
この雌妖が動くのはロウの指示だけだ。
もしかして、ロウの悪戯?
一瞬、その考えが頭をよぎったが、ロウは一箇月半以上前に、あるクエストのためにナタル森林に出発していて、王都にはいない。
ときどき思いつきで、ばかげたことをするのがロウの悪い癖だが、ここにロウの指示でやって来たというのはあり得ない。
だったら、後宮に引っ込んでいるはずの国王の寵姫が、どういう料簡で近衛兵を連れてギルドにやって来たのだろう……?
「おう、通達の写しは届いていないのか? 今日から、お前に代わって、冒険者ギルドの副ギルド長にはわしが就任する。副ギルド長のわしが、ギルドに来るのは当然だ」
サキが周囲の者にも聞こえるような声でそう言い、からからと笑った。
ミランダは唖然としてしまった。
「はあ?」
建前上は国王の寵姫であるサキに対しては、大変に無礼な態度だったが、あまりにも意外な言葉にミランダは思わず声をあげてしまった。
「これがギルド長の王太女殿下の署名と王太女印の入った辞令書じゃ。お前は今日で首だな──。解雇……というのか? まあ、とにかく、このギルド本部で寝泊りしているらしいが、部外者になったお前には直ちに出ていってもらう。もっとも、どこに行くか考えなくていい……。ちゃんと、暮らす場所は準備してやる」
サキが合図をすると、さっきミランダが詰め寄った将校が、ミランダに申し訳なさそうに、一枚の羊皮紙を示した。
そこらにある羊毛紙ではなく、ちゃんとした羊皮紙だ。
これだけで、この命令書が権威のあるものだとわかる。
そして、確かに中身はイザベラの命令書だ。
ただ、署名の書体が違う。
使っている王太女印は本物のようだが、これが偽物の辞令書であることは明白だ。
「な、なによ、これ? 姫様の字じゃないじゃないのよ。それにギルド長としての姫様は、王太女印なんて使わないわよ」
「おう、そうなのか? 苦労して似せて作らせたのに失敗か? まあいい。とにかく、出ていけ、本当に人間族の手続きとやらは面倒だのう」
サキが笑った。
言外に、これが偽物であることをあっさりと認めたサキの態度にミランダは唖然としてしまった。
そもそも、イザベラ王女は、国王の指示により、少し前から東の王領にあるノール海岸の離宮に旅立っている。
正式の理由は公表されていないし、王太女が王都にいないことも、まだ秘密なのだが、ミランダには知らされていたし、その理由も承知している。
妊娠だ。
ついに、ロウの子供たちが産まれるのだ。
それはともかく、王都にいないイザベラがミランダ罷免の文章など作れるわけない。
いや、そんな文章そのものがあり得ない。
しかし、サキはミランダの抗議を受けつける様子もなく、近衛兵に合図をした。
ギルドにいた冒険者たちは、突然の近衛兵の乱入に驚きながら、いまは壁側に張りついて、ミランダたちを呆然と見守るような態度だ。
また、ギルド職員たちも、どうしていいかわからない気配だ。
ミランダを不意に男たちが取り囲んだ。
ふと見ると、囲んだのは近衛兵ではなく、王宮魔道師たちだ。
近衛隊の連中は、魔道師たちとミランダをさらに囲むような感じだ。
一方で魔道師たちは、ミランダの足元に魔道印を刻み始めた。
「ちょ、ちょっと──」
「ミランダ様になにをするの」
焦って声をあげたのは、ミランダを見守っていたランとマリーだ。
立っているミランダの下に刻まれようとしているのは、転送術の魔道紋だ。
つまりは、サキはこの場所から、転送術でミランダをどこかに移動させようとしているということだ。
早朝だが白昼堂々の王権によるミランダの誘拐である。
ランたちが驚愕するのは無理もない。
「……説明してちょうだい……」
ミランダはサキに近づいて、ささやこうとしたが、サキは魔道師と近衛兵の囲みの外側にいるので、ふたりだけで話すことはできない。
このサキの真意も不明だ。
「王妃のたっての希望だ──。王妃は国主の命令で、高い場所でしばらく過ごすことになった。だけど、退屈するから酒の相手が欲しいということじゃ。だから、お前、行って来い。とにかく、大人しく行け。行けばわかる」
サキが笑った。
人間族の美姫としての優雅そうな笑い声だ。
だが、なんとなくわざとらしい。
「高い場所? まさか……」
一瞬わからなかったが、すぐに王都の監獄塔のことではないかと思った。
政治犯を収容するために作られた塔であり、厳重な見張りと逃亡防止の処置が張り巡らされている石造りの施設だ。
地下には「訊問室」という名の拷問部屋まであり、正式には別の名なのだが、王都の民衆はただ「監獄塔」と呼んでいる。
「まさか、アネルザ王妃殿下が収監されたの?」
「昨夜からひとりぼっちで退屈しているはずだ。だから、できるだけ早く、遊び相手を連れていきたくて、こんなに朝早くに来たというわけじゃ」
サキがあっけらかんと言った。
近衛隊たちも、その言葉に動揺の気配はない。
彼らも承知の事実のようだ。
国王が王妃を捕縛させたというのは衝撃的なことではあり、驚愕はしたが、まさかとは思わなかった。
思い当たるものがあるのだ……。
今回の国王によるロウへの仕打ちに対し、アネルザが激怒して、日に何度も抗議をしに行っているというのは承知していた。
アネルザの国王への諫言はとんでもない迫力であるらしく、情報によれば、アネルザの国王への物言いには、まったくの敬意などなく、それどころか、罵詈雑言が混じった糾弾に近いらしく、暴言どころか、感情に任せて、かなり過激なことも口にしていて、王妃といえども、不敬罪に取られても全く不自然なものではないと噂されていた。
もっとも、前々から王妃の言いなりの国王なので、あれだけ怒っているアネルザを無視し続けるというのも、意外だという評判のようだったが……。
その件について、アネルザから相談もされていた。
まあ、頭が冷えるまで待つのが寛容だろうとは忠告した。
幸いにも、最近になって、ハロンドール王国の国境を越えている。
ロウのだいたいの居場所は、彼らが各地の冒険者ギルドに立ち寄ることで、自動的に情報が入るようになっていて、いまのところ、無事に旅を続けており、目的のナタル森林に入ったことまでは確認をしている。
どう対処するか、彼らが戻って来る頃に考えればいい。
最終的には、ナタル森林におけるクエストが終わり、ハロンドールに入国する直前に決断すればいいことであり、ロウと連絡を取る手段を探っているところだった。
しかし、アネルザの腹立ちは半端なものじゃなく、ミランダの前では、あんな王など退位させてやるとまで息巻いていたくらいだ。
さすがにミランダも鼻白んだ。
それをほかのところで口にすれば、不敬罪どころか叛乱罪だ。
だが、アネルザの性格だ。
感情のまま、国王の前でもそう怒鳴りかねない。
もしかして、ついに国王を怒らせたか?
だが、そうだとしても、なんでサキが……?
ミランダの当惑をよそに、足元の転送紋がほぼ完成の状態になった。
魔道師たちが退がって、もう一度近衛兵に入れ替わる。
さらに、別の兵たちがどやどやとやってきて、ミランダの横に木箱を積み重ねてくる。
「これはなによ?」
「追加の土産だ。贈り物だ」
サキはにこにこしている。
「うっ、ちょ、ちょっと待て……」
そのとき、不意にサキが変な声を出した。
ミランダは、サキを見た。
すると、なぜか、たったいままでの微笑みが消滅して、急に怒ったような顔になっている。
ミランダは訝しんだ。
「……ふう……。しゅ、出発前に、服を脱いでもらおう。下着だけは許してやる。それ以外は置いていってもらうぞ。収監時の身体検査を省くためじゃ」
サキがなんでもないような口調で言った。
ミランダは耳を疑った。
「なっ」
いきなりの言葉にミランダは面食らうとともに、かっと頭に血が昇った。
下着姿になれって?
ここで?
いま?
しかし、次の瞬間、サキの顔がさらに険しくなって、拳に魔道の波動が漲るのがわかった。
背に冷たいものが走った。
妖魔将軍とも称されているサキの強さは本物だ。
さすがのミランダでも、一対一ではかなわない。
改めて思い出したが、サキの正体は妖魔だ。
本来であれば、人間族の世界などで大人しくしている存在ではなく、ましてや、王宮に潜入して、しがらみの多い貴族の中で生活をするなんてあり得ないのだ。
それをしているのは、ロウの命令だからだ。
ロウのいないいま、サキがミランダに敬意を払って、親しくする理由は実はない。
それに、ミランダに対して練っている魔道の強さは、ミランダどころか、このギルド本部全体だって吹っ飛ばすくらいの強いものだ。
本気なのか……?
ぞっとした。
「脱げ、ミランダ……。そもそも、お前が服に色々な仕掛けをしているのは知っている……。そんなものを持たせたまま塔に送るわけないであろう。それに、逃亡防止のために、収監する女については下着姿にして塔に送れというのは、テレーズの命令だ。アネルザも薄物一枚で送ったしな」
サキがミランダを脅すように言った。
これはなにを言っても無駄だ。
ミランダは悟った。
それに、サキが言ったことは本当だ。
冒険者ギルドの幹部であるミランダは、自分に危険なことが起きて、監禁のようなことをされたときに備えて、平素から身に着けているものにたくさんの仕掛けをしている。
いまの服は、ロウに贈られた可愛らしいデザインのものだが、当然に改良し、上着にもスカートにも色々と仕込んでいる。
当たり前の魔道探知くらいでは、発見できないような魔道具も隠している。
ミランダを捕らえようと思えば、確かに服を着せたままでは、簡単に逃亡を許すことになるだろう。
「じゃあ、せめて、どこかで着替えさせてよ。ここで下着になれなんて、あんまりじゃないかい」
言ってみた。
妥協を引き出すことで、隙を見出せる可能性がある。
なんとか、魔道具のひとつでも持ち込むことができれば……。
それに、サキに近づくことができれば、意図を訊ねることができるかもしれない……。
「もうひと言、服を脱ぐ前に、余計なことを喋ってみよ……。適当な人間をひとり殺す」
サキが凄みを含ませた声で言った。
ミランダは嘆息した。
仕方ない。
「お、お待ちください──」
そのときだった。
真っ蒼な顔をしたランがミランダとサキのあいだに割り込んできた。
「んっ、なんじゃ?」
サキがランを睨んだ。
ランは震えていた。だが、真っ直ぐに顔をあげて、サキを睨みつけるようにしていた。
「こ、これは違法です。い、いかなる王国の法でも、冒険者ギルド内で王軍による捕縛はできません」
「そこをどかんか、ラン。わしはお前と遊ぶつもりはない。足が震えとるではないか」
サキが馬鹿にしたように笑った。
「あ、あたしも遊ぶつもりはありません。一度、お引き取りください。その上で、王国とギルドの協定に基づいた手続きをしてください」
ランが毅然として言った。
ミランダはびっくりした。
「やめなさい、ラン──。もういいわ」
「よくありません。これは違法です」
「違法ではないわ。わしがミランダに代わる副ギルド長になったと言ったであろう。このわしがよいと決めた。ミランダを捕縛させる。捕縛理由は、お前に説明する必要はない」
「あなたの先ほどの罷免文書は、正式の手続きで届いたものではなく、まだ無効です。たとえ、有効だとしても、いずれにせよ、ギルド内では犯罪者の捕縛はできないのです。あなたが副ギルド長になったのであれば、ギルド法と王国の法の両方を守る義務があります」
ミランダは驚いてしまった。
最初にランを見たときは、騙されて性奴隷として娼館に売り飛ばされて、まるで死んだような目をしていた気の弱い娘だった。
それが、いまのように、ミランダでさえたじろぐ殺気を示すこのサキに決然と言い返すとは、どうやってランは、これほどの度胸を手に入れたのであろう。
「耳が聞こえんのか? 邪魔だ、小娘。わしは正直、苛々しておるのだ。最近、面白くないことが続いておるからな」
「ひ、引き渡し手続きを……し、してください。そ、それが協定です。ギ、ギルドはしょ、書類が、あ、あれば、は、犯罪者をひ、引き渡します……。きょ、協定及び王国法をじゅ、遵守して……」
「ほう、小娘……。ならば、言い直そう。わしの手には、お前の頭を一瞬で吹っ飛ばすほどの魔道の気が集まっておる……。これが法だ」
サキの手の中の魔道の波がさらに強くなった。
手のひらの周囲が陽炎のように揺れている。それほどに強い気を練っているのだ。
「それは法ではありません──。しょ、書類を出してください──。きょ、協定書の、だ、第十一条のだ、第二項の……」
ランの声は半泣きで、彼女の恐怖が背中越しにミランダにも伝わってくる。
それでも、ランはサキの前からどかない。
「やめなさい、ラン──。引っ込んでいるのよ──。サキ、行くわ」
ミランダはランに手を伸ばして、強引にサキの前から横にどける。
「で、でも、ミランダ……」
ランの顔はこれ以上ないというほどに真っ蒼だった。また、まだ恐怖に包まれたままらしく、歯ががちがちと鳴っている。
「いいのよ……。あなたの気持ちはわかったけど、大人しくしてなさい。命令よ」
ミランダは服を脱ぎはじめた。
ざわざわと周囲が騒ぎ出す。
マリーがランに歩み寄り、しっかりと抱き締めるのが見えた。
公然の中で下着姿になっていくミランダに、周囲の視線が刺さるのを感じる。
大きな羞恥を覚えながら、ミランダは身に着けているものを申し訳なさそうな顔をしている近衛兵に渡していった。
「それももらおう……。指輪もな」
下着だけになると、サキがミランダに手を伸ばした。
ドワフ族にとって、指に着けている指輪は魔道の源だ。
これがなければ、魔道を遣うことはできない。
人間族やエルフ族は、こういう道具なしでも魔道を遣える者はいるが、ドワフ族は無理だ。誰であろうと、ドワフ族は指輪による魔道の増幅がなければ、どんな小さな魔道であろうと、効果を発生することはできない。
ミランダは、手で下着だけの身体を隠しながら、大人しく指輪をサキに渡す。
「じゃあな。また、後でな」
サキがさっと離れた。
転送紋が発動して、ミランダの視界から景色が消滅し、すぐに、別の視界が出現した。
「おっ? 思ったよりも早かったねえ。歓迎するよ、ミランダ。サキは飲み仲間を連れてくるという約束を果たしてくれたようだね」
すると、けらけらと大きな笑い声がした。
広い石牢の真ん中で簡易寝台に寝そべり、横の台に乗せた酒を飲んでいる王妃アネルザがそこにいた。