※この作品はR-18です。

【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】   作:ドン・ドナシアン

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317 二人組ともうひとり

「おっ? 思ったよりも早かったねえ。歓迎するよ、ミランダ。サキは飲み仲間を連れてくるという約束を果たしてくれたようだね」

 

 すると、けらけらと大きな笑い声がした。

 王妃アネルザだ。

 簡易寝台に寝そべっていて、横に置いた台に干し肉と酒瓶と盃を置いている。

 どうやら、酒を飲んでいたようだ。

 ミランダは辺りを見回した。

 室内はそれなりに調度品が揃っていて、アネルザが寝ている簡易寝台も寝るには柔らかそうだし、長椅子については豪華なものだ。

 水の流れる洗面台もあって、奥にある布で隠れた一角は排便をする場所だろう。

 ただ、寝台の向こうの壁は全面が鉄格子であり、外からすべてを監視できるようになっている。

 いまは兵はいないようだが……。

 そもそも鉄格子の向こうは石壁に囲まれた閉ざされた空間であり、かつては階段に通じる場所だった気配だが、いまは石で塞がれている状態のように見える。

 一方で、ほかの壁はすべて石であり、ずっと高い場所にやはり鉄格子の嵌まった小さな窓がある。

 また、部屋の半分を木箱が占めている。

 

 牢のようだ。

 監獄塔の最上階に間違いない。

 ここには出口はない。

 魔道以外の脱出手段は存在しない。

 

「お前も、このクリミナの塔に、下着姿で送り込まれたかい、ミランダ? わざわざ服を剥ぎ取るのは、サキの冗談だ。許してやりな。わたしも寝室に近衛兵に押し入られたんだ」

 

 アネルザが身体を起こしながら、愉快そうに笑った。

 クリミナの塔か……。そういえば、監獄塔はそんな名だったか……。

 ミランダは嘆息した。

 まるっきりどういう状況か理解できないが、こうなったら諦めるしかない。

 

「随分と過激な下着じゃないかい。いつも、それかい?」

 

 ミランダは軽口を叩いた。

 アネルザは王妃だが、以前、馬鹿みたいにふたりで酒を飲んで、お互いに泥酔したことがあり、それ以来、ふたりきりのときには、名前で呼び合う気安い仲だ。

 そして、いまはふたりきりである。

 

 また、アネルザが身につけているのは、股間を隠す下着と乳房周りだけを覆う薄い生地のものだ。

 股間は透けてはないが、乳首は見えている。

 肩も臍も露わになっているし、上も下も紐で簡単に外れるようになっている。

 それに比べれば、ミランダは、太腿は出ているが、臍はちゃんと隠れている。

 しかし、どうでもいいが、やはり若い肌だ。

 ドワフ族やエルフ族とは異なり、人間族で四十歳も半ばを越えれば、肌の若さを保つのは困難な年齢のはずだが、露出している肌は瑞々しくて若い。また、いつもは自分を少し老けさせる化粧をしているようだが、寝室に押し入られたと言っていただけに、いまは化粧っ気がない。そのため、むしろ随分と若く見える。

 連行した兵も驚いたんじゃないだろうか。

 これも、ロウの精の持つ不思議な力の影響なのだろう。

 

「まあな。あれを愉しませるために、もっと過激なものもあるが、これはましな方だ。不幸中の幸いだな」

 

「過激なのって?」

 

「股の真ん中が最初から切れているのとかな。気をつけないと、ロウに生やされている小さいのがぽろりと出てくる。いま、はいているのは問題ないけどね」

 

 アネルザがからからと笑った。

 ロウは、アネルザの身体に悪戯をして、最初に支配したときからずっと、アネルザの股間に子供のものくらいの小さな男根を生やさせている。

 そういえば、アネルザの股間の下着の部分はほんの少し膨らんでるか?

 

 ミランダはちょっと笑みを浮かべてしまった。

 そして、とりあえず、サキが一緒に送り込んだ木箱を開ける。

 中は酒瓶だった。

 しかも、かなり上等の葡萄酒だ。

 ミランダの大好物だ。

 そして、いま気がついたが、簡易寝台はアネルザが横になっているものも含めて三台ある。

 ミランダは、アネルザのすぐ隣の寝台に、酒瓶の入った木箱ごと抱えて腰掛けた。

 

「どういうことか説明してもらうよ、アネルザ」

 

「説明と言われてもねえ……。まあ、サキが暴走しているのだろうよ……。いずれにせよ、わたしは腹を括ったよ。サキも承知のことさ……」

 

「どういうことだい?」

 

「まあ、素面(しらふ)で話すことでもないよ。それにしても、この牢のいいところは、出口がなくて、脱走不可能なだけに、目障りな監守がつかないことかねえ。看守は一階下にいるらしいよ。あいつ、不便は看守に言えと告げたくせに、叫ばないと看守は来ないのさ。とにかく、飲みなよ、ミランダ」

 

 確かに、この牢には監守はいないみたいだ。

 ミランダの知識によれば、監守はここよりひとつ下の階までしか来ない。ここは完全に閉ざされた最上階の閉鎖空間なのだ。ただの壁に見える壁だって、特殊な結界が張ってあり、外からも内からも簡単には壊すことはできない。

 なまじ監守がつくと、それが却って隙になるので、見張りは魔道を遣って行っていると耳にしたことがある。

 

 アネルザが寝台で身体を起こして、酒の入った盃を手に取るとともに、その横にあった空のコップをミランダに投げる。

 ミランダは盃を宙で受け取ると、持っていた酒瓶を開けて、コップに注ぐ。

 仕方がない。

 どうやら、今回のことには裏があるようだ。

 

「叛乱だよ」

 

 ミランダが酒を注いだのを確認すると、アネルザがぼつりと言った。

 

「叛乱?」

 

 ミランダは目を丸くした。

 誰もいないとはいえ、なんということを口にするのだ。

 魔道で声を傍受されていたら……。

 しかし、アネルザがくすりと笑った。

 

「問題ない。ここでなにをしようと、なにを喋ろうと、誰も咎めないし、そもそも、ここにはわたしらを見張っている者なんていないのさ。ここは叛乱の作戦本部だよ」

 

「はあ?」

 

 ミランダは眉をひそめた。

 この女はなにを言っているのだ?

 

「いいから、話は飲みながらだ。ちゃんと話すから。でも、話す限り、腹は括ってもらうよ。さもなきゃ、ここにずっと本当に監禁だ」

 

 アネルザが持っているコップを眼の高さに掲げた。

 とりあえず、ミランダもそれに倣う。

 

「……じゃあ、まずは乾杯だ。ここにはいない憎たらしいあの男にね──。あいつが一箇月半もいないおかげで、こっちは毎日毎日、身体が疼いて仕方がない苛つきの日々ばかりだ。それなのに、あいつはきっと、呑気に女たちといちゃいちゃしながら、愉しい旅を続けているに違いない。そのむかつく男に──」

 

 ミランダは噴き出した。

 

「それは乾杯の言葉かい──? それとも、ロウへの呪いの言葉かい?」

 

 ミランダは苦笑して、盃をかざしてから口をつける。

 本当に上等の酒だ。

 

「なんだい? 信じられないくらいの最高級品じゃないかい。もしかして、ここにあるの木箱全部、その最上級の酒なのかい?」

 

 ミランダは驚いた。

 すると、アネルザが笑い声が部屋に響いた。

 

「本当にドワフ族というのは酒好きの種族なんだねえ。ひと口だけで、目の色が変わったじゃないか。だったら、いきなり捕えられても、文句は言わないでおくれよ」

 

 アネルザがミランダを見て、にやにやしている。

 ミランダも苦笑した。

 さらに酒を飲む。

 いくらでも飲めそうだ。

 あっという間に空になったので、手酌で二杯目を注ぎ足す。

 

「もしかして、あたしを副ギルド長から解任して、しかも、ここに収監したのも、あんたの企みのひとつなのかい? なにを考えているんだい?」

 

 ミランダは少し声を荒げた。

 しかし、アネルザは軽く首を竦めただけだ。

 

「いや、別にわたしは、あんたを巻き込むつもりはなかったけどね……。捕縛計画はわたしの企みじゃない。でも、わたしが捕まるのは、わたし自身が納得済みのことだ。捕縛は事前にサキに知らされていたが、わたしはそのまま実行しろと、あいつに言ったんだ。しかし、まさか、下着姿で放り込まれるとは思わなかったけどね」

 

 アネルザがからからと笑った。

 

「わかるように説明しなよ」

 

 ミランダはアネルザを睨みつける。

 

「まあ、詳しい話は本人が来てからにしようよ。わたしだって、よくわからないところもあるしね」

 

「本人?」

 

 ミランダは首を傾げた。

 だが、アネルザはそれ以上は、語ろうとしなかった。

 仕方なく、ミランダはしばらくのあいだ、他愛のない話題を交わしながら、アネルザと酒を飲んだ。話はロウのことが多かった。

 

 やがて、アネルザとミランダの中間付近の空間が、不意に揺らぎだした。二ノスほど過ぎた頃だろうか……。

 転送術……?

 また、誰かが魔道でここに跳躍してくるのか?

 そして、思った通りに、そこに別の者が出現した。

 手に温かそうな料理の載った大皿を抱えている。

 

「もう酒盛りをしているのか? なら、わしも頂くか」

 

 出現したのは、早朝のギルドで会っていた人間族の寵姫の姿のサキだ。

 すでに着替えていて、軍装は解き、寵姫の服装をしている。

 サキが皿をアネルザの寝台の横の台に置いた。

 そして、アネルザから空のコップを受け取って、酒を注いでもらっている。

 サキは酒の入っている木箱を寄せて、椅子代わりに腰掛けた。

 

「しかし、主殿(しゅどの)に会えないというのは、本当に寂しいし、思ったよりもつらいものだな。本当のこと言うと、このところ苛々して、なんでもいいから、人でも物でもあたりたくなる。主殿との性交は、あれは危険だ。とにかく、王都を大騒ぎにするぞ。そうすれば、急いで戻って来てくれるだろう」

 

 サキがぐいと酒を飲み干した。

 すぐに、アネルザがサキに酒を注ぎ足す。

 

「おう、それはいいねえ。確かに、王都で異変ありとなれば、あの男も慌てて戻るかもな。なかなか、いい考えじゃないない、サキ」

 

「それで、ミランダの返事はどうだった? 国王を退位させて、主殿を王位につける算段に加わることに同意したか?」

 

「まだしてないよ。お前を待ってたんだ……。ところで、国王はイザベラだ。ロウはその夫として実権を握ればいい。だけど、わたしからも訊きたいことがあるね、サキ。随分と段取りと違わないかい。独断専行もいいけど、ちゃんと説明してもらわないと困るよ」

 

「ふん──。わしに命令できるのは主殿だ──。人間族の王妃といえども、わしを言いなりにできると思うな」

 

「そうかい……。ところで、どうでもいいけど、着るものが欲しいね。魔道で調製してあるのか、寒くはないが、この格好はあんまりじゃないかい? 寝具もマットはあるが、掛ける毛布もない。酒ばかりで、一枚の服もない。身体を拭く布も小さなものばかりだし」

 

 アネルザが言った。

 すると、サキがちょっとだけ顔を赤くして、厳しく顔をしかめる表情になった。

 ミランダは少しだけ違和感を覚えた。

 

「な、ならんわ。収監のときに言ったとおりだ。逃走防止じゃ。主殿を王として出迎える計画に同意するなら、着るものを渡す。同意せんなら、その下着も没収する」

 

「同意すると言ってるだろう、サキ。そもそも、首謀者はわたしだよ。あと、王はイザベラだ。ロウはその夫として、事実上の王となる」

 

 アネルザが言った。

 ミランダは驚いた。

 なんだ、この会話……?

 サキが咳払いのような仕種をした。そして、少し身体を伸ばして姿勢を直す。

 

「……わ、わかった……。まあ、イザベラが名目の女王でも構わん。主殿(しゅどの)が支配者であることに、変わりないからのう。ただ、あの腑抜けには、死んでもらう。まんまと女狐にしてやられた阿呆には、人間族の王位は勿体ない」

 

 サキがぐいと一気に酒を飲んだ。

 通称「監獄塔」と呼ばれる王都にある政治犯用の監獄の塔の最上階だ。そこに、ミランダは強引に連行されたのだが、ここで、アネルザとサキが、ミランダの前でいまの王を退位させるという陰謀を急に語り出したのだ。

 ミランダとしては、どうしていいかわからない、

 

「……んっ? これは美味だな。テレーズも奮発したのう」

 

 サキが葡萄酒の入ったコップを凝視して眼を見開いた。

 すると、アネルザが空いたサキの盃に、自分が抱えていた酒瓶から葡萄酒を注ぎ足す。

 そして、豪快に笑い声をあげた。

 

「あんなんでも、一応はわたしの夫なんだよ。殺すのは物騒さ。せいぜい流刑くらいにしてもらいたいねえ。まあ、成り行きだろうけど」

 

「ふん――。王が死なんで、王位が変えられるのか? 人間族では、それが普通なのか?」

 

「退位に同意させればいいのさ。まあ、わたしに任せな。貴族というのは、王都にいる者たちだけじゃない。わたしの父親は、マルエダ辺境侯だよ。それを中心に主要貴族が結集して、あいつに退位要求をする。断れば叛乱だと脅してやるんだ。臆病者のあいつは、それで退位するよ」

 

 アネルザが言った。

 ミランダは、アネルザとサキの会話を唖然として聞いていた。

 やはり、謀叛の相談?

 ここで?

 アネルザとサキが?

 しかも、なんで、ミランダの前でそんな話をする?

 ミランダは非常に困惑した。

 

「まあ、よかろう。わしとしては、主殿に相応しい人間族の地位が準備できればよい。主殿は人の下につくような者ではないぞ。わしの主人なのだ。人間族の王程度にはなってもらわねば困る」

 

「とりあえず、大公でいいんじゃないかい? あのアーサーも大公だしね。この国には大公はないが、イザベラの夫になるのだし、まあ、文句を言う者もないだろう。その辺りは、わたしが貴族たちを調整するよ」

 

「好きにせい。わしには、お前ら、人間族のやる謀略とか、駆け引きとかいうのはわからんし、好かんけどな。もっと単純に、強い者が王になる。それでいいと思う」

 

 サキが肩を竦める動作をした。

 

「いずれにしても、テレーズは早いうちに排除せねばならんね。あいつは稀代の毒婦だ。あれを野放しにしては、王国が傾く。それこそ、あんたの言い草じゃないけど、場合によっては死んでもらう」

 

「んんっ? こ、殺すのか?」

 

 すると、なぜか、サキがぶるりと震えて、困ったような表情になったことに、ミランダは気がついた。

 しかし、アネルザには、わからなかったみたいだ。そのまま語り続ける。

 

「まあ、だけど、そこまでしなくてもいいかもしれん。あの伯爵領には王宮の官吏が出向してる。いわば、あれの領土経営を人質にしてるようなものだ。それを揺さぶれば、テレーズも自分の置かれている立場を思い出すさ」

 

「そ、それよりも、あれは王を抱えておるのだ。王と一緒に心中させろ。過早な排除は得策ではないぞ。それは、待て」

 

 サキが言った。

 ミランダは酒を飲みながら、ふたりの会話に唖然としたままでいた。

 

「排除しなきゃどうすんだい、サキ。まさか、このまま、テレーズをのさばらせるのかい?」

 

 アネルザがサキに詰め寄った。

 一方で、ミランダは混乱している。

 テレーズというのは、この一箇月半で急に宮中内に勢力を伸ばしている女官長の名だ……。

 アネルザがミランダのところに来て、愚痴を溢したときに出た名でもある。

 ミランダとしても多少の情報収集はしていた。

 伯爵位を持つ領地貴族であり、国王に乞われて女官長として就任することになった四十女だ。

 そして、すぐに国王に気に入られ、いまでは、片時もテレーズを離さないほどに、国王は新しい女官長を溺愛してずっとそばに置いているという噂だ。

 もちろん、性の相手もしているそうだ。

 さらに、国王が急に政務を後宮でしか行わないようになったため、その国王の取り次ぎ役を女官長が担うことになり、それにより、急にその女官長が権力も握ったとか……。

 なにしろ、宰相であろうと、将軍であろうと、女官長を通じてしか国王に裁下をもらうことができないのだ。

 自然と、取り次ぎ役の女官長が権威を持つことになる。

 一気に権勢を大きくしたという噂だが、いまの話だと相当のもののようだが……。

 

「いや、ここから先の話は、部外者には耳にさせるわけにはいかん……」

 

 サキがミランダをちらりと見た。

 しかし、そう言われても、ミランダも面食らうしかない。

 拉致されるようにここに連れて来られ、いきなり、叛乱とか、ロウを王にするとか、いや大公だとか、加えて宮廷の陰謀のことを聞かされても、どう対応していいかわからない。

 

「その部外者をここに連れてきたのがお前だろうが、サキ。そもそも、ここまでやって部外者もないさ……。ところで、これ、美味そうだねえ」

 

 アネルザがサキが持ってきた料理の載った皿に手を伸ばす。

 手掴みで、油で揚げた骨付きの肉をとって口にした。

 

「なんだい、これ? こりゃあ、桂鳥(ケーバード)の魔道熟成肉じゃないかい。しかも、かなりの上級物だ。朝からどうしたのさ。貴賓客用の魔道貯蔵庫からかっぱらったのかい?」

 

 アネルザが肉を食べて、ちょっと驚いたように目を大きくした。

 桂鳥の魔道熟成肉──?

 話には聞いたことがあるが、王家でも滅多に口にすることは難しいと言われているほどに珍しい肉だ。

 恐ろしいほど美味いとされていて、ギルドにも時折依頼があるが、滅多に狩ることはできない。そのため、出回ればとんでもない高値で取り引される。

 王家では貴賓をもてなすために、何十年経とうとも腐敗することがないように魔道を施した特殊な食糧庫にそれを常に貯蔵しているはずだ。

 それをさらに熟成させたものがここに?

 

「ミランダも食え──。こんなものは、王妃のわたしでも滅多に食べれんのだ。遠慮するな」

 

「しないよ」

 

 とにかく食べようと思った。

 確かに、一介の冒険者ギルドの幹部程度では、滅多に食べれるものじゃない。

 手にとって食べた。

 まるで肉が口の中で溶けていくようだった。

 本当に、びっくりするほど美味しい。

 すると、サキが声をあげて笑った。

 

「これはテレーズの朝飯の一部だ。あの女は狂ったように宮廷費の金を使っておるぞ。なにせ、増税でどんどんと金が入るしな。貯蔵庫も空にする勢いで高級食材を消費している。その分、管理費から大金をはたいて、食材を仕入れさせているのだ」

 

「なにいっ?」

 

 アネルザが肉を口にしていた手を休めて声をあげた。

 

「食道楽だけじゃないぞ。着るものも、飾るものも、すべて一級品を揃えさせている。湯水のように金を使わせている。しかも、自分でも食いきれないもの、着れないもの、使いきれない物を運ばせて、大抵は手をつけずに捨てるか、倉庫に放り込む。その屋敷という名の倉庫も着工する。金にものを言わせた建物が王都内にふたつほどできるぞ」

 

 サキが笑った。

 

「屋敷という名の倉庫? なんのことだい?」

 

「使い道は国費で調達した物の貯蔵庫じゃ。倉庫の名目はテレーズ伯爵家の王都屋敷だがな。先日、自由流通の商家を取り潰して私財を取りあげたが、その屋敷跡を更地にして、新しい屋敷を建てる。テレーズは宮廷のルードルフから離れんので、物だけがそこに入れられるということだ。だから、倉庫だ」

 

「なんだい、それ? 伯爵家の王都屋敷を国費で建設? そんなことが許されるものかい」

 

「許されるのだろう。ルードルフは署名して、官吏に書類が回ったはずだぞ。いまのところ、文句を口にした大臣や高級官吏は耳にせんな」

 

「くそう――。先日からおかしいんだよ。なんで、あれだけの好き勝手ができるんだい――?」

 

 アネルザが吠えるように声をあげた。

 

「まあ、できるのだろう。ルードルフを抱えておるしな」

 

「あれは、それほど部下が無条件で従うほどの王じゃないんだよ。出来損ないの昼行灯(ひるあんどん)だ。それなのに、大勢の大臣や官吏が唯々諾々と従うんだ。おかしいんだよ――」

 

「それは……い、いや」

 

 サキはなにかを話しかけたように思ったが、すぐに気が変わったように口を閉じた。そして、またもや、不自然に顔をしかめたようになり、すっと目線をアネルザから逸らせたように見えた。

 なんとなくだが、そんな仕草は、サキにはなんとなく似つかわしくないように、ミランダは思った。

 まあ、気のせいかもしれないが……。

 

「とにかく、じゃあ、これは、女官長殿の残飯ということかい?」

 

 アネルザが不愉快そうに言って、さらに肉に手を出す。

 ミランダも負けじと手を出した。

 

「余りものというわけじゃないがな。食事を運ぶときに、こっそりと皿を抜かせたのだ」

 

 サキが口元を緩めた。

 そして、豪快に盃の酒を飲み干して、アネルザに空になった盃を差し出す。

 アネルザが苦笑しながら酌をした。

 

「そもそも、それも訊きたいねえ。いつからお前は、テレーズのご機嫌取りに成り下がったんだい? 昨夜は、あいつの言いなりだったじゃないかい」

 

「まあ、都合がいいからな。それで最初の話だが、テレーズには使い道がある。そのままにさせるがいい。あれのことは、わしに任せよ」

 

 サキが言った。

 

「使い道?」

 

 アネルザが眉をひそめた。

 

「都合がいいのだ。あれはルードルフを稀代の悪王にしてくれる女だ……。しかも、あれほどの贅沢好きの人間族の女も面白い。あのまましばらく放っておけば、いくらでも国費を使いまくる。王都にかなりの増税をしたが、そうでもせんと、王家の財は傾くのだ。いや、もう傾いておるかな。この食材ひとつを見ればわかるであろう。こういうものをあいつは、幾らでも買うのだ。だから、放っておけ」

 

 サキが愉しそうに言った。

 ミランダは唖然とした。

 アネルザもびっくりしている。

 

「じょ、冗談じゃないよ。そんなこと、させられるものかい。やっぱり、さっさと引きずり落とさないと大変なことになるじゃないかい」

 

 アネルザが怒鳴った。

 

「ならんわ。やらせておけ。わしはそのためにも、あれについておるのだ」

 

 サキが身体をびくりと動かして、吠えるような声をあげる。

 

「お、お前──。もしかして、一連の散財は、お前がやらせているのかい?」

 

「わしがやっておるわけじゃないが、やらなければ、やらせる……。よいか――。主殿を王にするにしろ、イザベラを女王にするにしろ、まずは、ルードルフを退位させねばならん。あれが天下の悪王にならねば、引きずり落とす大義名分は整わん。つまり、テレーズが贅沢三昧をして、国庫を傾けるのは都合がいいのだ」

 

 サキが急に真剣な顔になった。

 

「都合がいいとは?」

 

 アネルザだ。

 

「考えてみよ。テレーズの贅沢と悪評は、そのまま、ルードルフの悪評になるのだ。ルードルフに悪評が立ち、誰もが悪王として認めることで、それを廃する名分が成り立つ。贅沢三昧もただの贅沢ではだめだ。王が贅沢をするのは当然だからな。民衆が飢えるほどの苦労をするのに、贅沢をして国を傾けるから、あれを廃絶せよということになる。だから、無理矢理に退位させて、新しい者が王になるという流れになるのだ」

 

「まあ……、そうだろうけど……」

 

 アネルザが渋い顔をした。

 

「だから、増税も都合がいい。それよりも、もっと、テレーズに暴れさせよう。新王を担ぐのはそれからだ」

 

「ルードルフの評判をもっと落とさせるということかい? だが、それで苦労するのは王都の市民だろう」

 

「ある程度はやむを得まい。だからこそ、新王が歓呼して迎えられるのだ。お前にしても、大貴族を集めて弾劾させるというが、いま程度の悪評で、意見がまとまるのか?」

 

「それは……」

 

 アネルザが考え込む仕草になる。

 

「とにかく、あれは、能力持ちだぞ。相手を言いなりにする感情を作れるのだ。闇魔道だ。ルードルフは操られておる。主殿に対する捕縛指示を王がいきなり出したのも、あれが主殿を憎む王の感情を増幅させたからだぞ。だが、わしはあれに好きにさせておる」

 

「なんだって? 闇魔道だって? 本当かい、それは――?」

 

「間違いない。わしにはわかる」

 

「いや、間違いだろう。テレーズについては、以前から知っている。あいつが魔道遣いだなんで、耳にしたこともない」

 

「だったら、隠しておったのではないか? それとも、なにかの方法で入れ替わったとかな……。他人に成り済ます方法は、わしなら、十はすぐに思いつく」

 

 サキがさっきよりも顔を赤くしたまま、きっぱりと言った。

 ミランダも驚愕した。

 王が操られている? しかも、テレーズが偽者の可能性?

 そうであれば、とんでもないことだ。

 ギルドの力で調べさせるか……。

 

「そんなはずは……。あれには、そういうものを拒絶する宝具が……。いや、そうか……。そういうことか……」

 

 なにかを喋りかけたアネルザが急に言葉を濁らせた。

 王を守る宝具のことを言及しかけたと思ったが、なにか知ってる?

 

「あっ、もしかして、実はルードルフが突然に若い侍女の令嬢を凌辱したりしているという噂があるんだが、それは、その闇魔道とやらの影響かい?」

 

 そして、不意にアネルザが叫んだ。

 ルードルフ王が令嬢を凌辱――?

 なんだ、それ?

 

「噂ではないわ。事実じゃ。もう三人ばかり喰っておるぞ。もはや、集められた下級貴族の令嬢どもも、ひとりでは王の前には行かん。後宮は大変なことになっとる。テレーズが金をばら蒔いて、被害者たちを黙らせとるがな」

 

「ちっ、やはり、本当のことかい――。冗談じゃない。だったら、終わりだ、あいつ――。操りだろうが、知るかい――」

 

「言っておくが、操りといっても、大した操りではないぞ。わしの見たところ、凌辱が気持ちいいと暗示を与えただけだ。令嬢を襲うのは、あいつのちゃんとした意思だ」

 

「くそう――。いずれにしても、もう終わりだよ。どうせ、責任とる気はないんだろう? とにかく、誰がテレーズをして、王を闇魔道で操らせてるというんだい? その裏にいる相手は誰で、その目的はなんだい――?」

 

「そんなことは知らん。だが、それは調べた方がいいであろう。しかし、問題もない。ルードルフが操られてるとしても、そのルードルフを排除してしまえば、なんの問題もない」

 

「ううん……」

 

 アネルザは考え込む表情になる。

 

「とにかく、主要な大臣も、議会を牛耳る貴族もテレーズには逆らわんのは、そのためだと考えた方がよいな。あいつの闇魔道は感情を動かすのだ。操られた側は、だから操られてる自覚はない」

 

「ちょっと待ってよ──。国王陛下や宮廷内の重鎮が、そのテレーズという女官長に操られてるというの? それって、大変な陰謀じゃあ……。まさに、ハロンドールに対する侵略行為よ」

 

 ミランダは口を挟んだ。

 すると、サキがこっちに視線を向けた。

 

「おう、そうだった。そもそも、お前についての話の途中だったな。それをはっきりさせんで、べらべらと語ったか……。とにかく、その前に、まずは、わしの立場をはっきり言おう。わしはこの国のことなど、どうでもいいし、この国に棲む人間族どもが、滅びようが、腐れようが、侵略されて全員奴隷になって、挙げ句に、のたうち回って死のうがまったくの痛痒もない」

 

「言うねえ……」

 

 アネルザが渋い顔になる。

 

「妖魔将軍の二つ名まであるわしが、人間族の後宮などに入っておるのは、主殿に頼まれたからだ。それ以下でも、それ以上でもない。その主殿のことをこの国の王は、捕縛すると称しておる。そんな王はいらん──。操られてるいようともだ――。わしの主殿に手をかけると口にした時点で、すでに万死に値する罪を負った。そう思っておる」

 

 サキがまたもや、酒をぐいと飲み干した。

 アネルザが黙ってサキの空になったコップに酒を注ぐ。

 そして、自分の盃に酒を足した。

 

「……まあいい。操り云々(うんぬん)は置いとこう。そうであっても、あの男はもういい……。今度こそ見限った。あのろくでなしが……。だけど、やりすぎはよくないさ。お前の言うこともわかるが、全部終わってから、ロウとイザベラに与えるのが、空っぽの金庫と火の車の財政じゃあ、ふたりが苦労するだけだ」

 

 アネルザも酒を呷った。

 

「その苦労はお前の役目だな、王妃。とりあえず、役立たずの大貴族を幾つか挙げろ。テレーズに、そいつらに罪状をつけて、私財をとりあげろとそそのかしておく。そもそも、わしの見たところ、この人間族の国は無駄が多いな。この際だから、もっと切りつめろ」

 

「まあ、ちょっと面倒なのは、いくつか心当たりがあるねえ。まずは、役立たずのくせに、持っていくものが多い王族の血を引く二大公爵家だね。ロウが喧嘩を吹っ掛けた相手だし、あれは潰そう。そうすれば、財政など、立て直しておつりがくるかもしれん。ついでに商業ギルドだ。あれの財も奪うか。だけど、うまくやらないと内乱だよ。権力に相応しい権威も、私軍もあるんだ」

 

「これから内乱を起こそうというお前がなにを言っている。まあいい……。公爵かなんか知らんが、どうせ、自分で自軍を管理しているわけじゃないのだろう? つまりは信頼のおける部下に預けているというわけだ。そっちに、ピカロとチャルタを向かわせてもいい」

 

「あのふたりを?」

 

 ピカロとチャルタというのは、サキと一緒に王の後宮に入っている女のはずだ。

 曰く付きの得たいの知れない連中という以外は、ミランダもよく知らない。

 

「うむ……。あいつらは、別の仕事をさせてるが呼び戻そう。いざとなったら、いいなりになるようにたらしこませる。任せておけ。その連中が戦おうと決意しても、部下はそれには従わん。そういう状況を作っておく」

 

 たらしこむ?

 なんのことだろうと思ったが、口を挟める感じじゃないので黙っていた。

 

「だったら助かるねえ。くだらない王家の荷物がなくなって、ロウもやりやすくなる。むしろ、いい贈り物だ。どんどん、やっておくれ……」

 

 アネルザが笑った。

 そして、ミランダを見た。

 

「……というわけだよ、ミランダ……。もうわかったと思うが、わたしとサキは、すでに国王を見限って、ロウに後を継がせると決めている。まあ、とりあえずは、王太女のイザベラに王位を継がせるが、実権はロウだ。お前はどうする?」

 

「ちょっ、ちょっと待ってよ……。そもそも、ロウは承知なの?」

 

「承知じゃないさ。なにしろ、あいつがいなくなってから、事態が動いたんだ。だけど、別にロウになにかをしろというわけじゃない。働くのはわたしであり、ほかの者だ。ロウは王家として権威をふるまいたければ、そうすればいいし、一介の市民でいたければそうすればいい。いずれにしても、ロウに手を出そうとする者など、いないという環境を作る。わたしたちがやろうとしているのは、そういうことだ」

 

「ま、待ちなさい、アネルザ。いまの話なら、王は何らかの魔道にかかっている可能性が高いんでしょう。だったら、テレーズを排除して、王の支配を解けば、事態の改善も……」

 

「うるさい、ドワフ――。そもそも論だ。あれを守るために、ひと汗もかく気はない。主殿が本来立つべき場所を、地位を、立場を作る。そのためにわしは動くのだ。なんで、わしがあの腑抜けを助けねばならん」

 

 サキが不機嫌そうに口を挟んだ。

 アネルザがそれを制する。

 

「まあ、待て、サキ……。さて、ミランダ、わたしとサキの立ち位置は、いまのとおりだ……。テレーズの怪しげな能力のことはわたしもいま初めて聞いたが、正直、もうどうでもいい。操られていようと、いるまいと、テレーズごとルードルフを排除するだけだ。むしろ、体よく操られてくれて、よいきっかけになったくらいにしか思わない。わたしももう腹を括っている」

 

「腹を括るって……」

 

 ミランダは困ってしまった。

 

「とにかく、ロウには権力を握ってもらう……。サキの言葉じゃないが、これは基本方針さ……。ということで、ミランダがどうするのか、訊きたいねえ。傍観するというなら、それでもいい。事が終わるまで、ここにいてもらうだけだ。協力するというのであれば、一緒にやろう」

 

「ま、待ってよ……。い、いきなり言われても……」

 

 困惑した。

 あまりのことに、頭がついていかない。

 どうやら、アネルザは、国王がロウに対して捕縛指示を出したことで、怒り心頭に達してしまい、サキと組んで国王を退位させてしまう政変を起こそうとしているようだ。

 その原因が、どうやらテレーズという食わせ者の新女官長の陰謀ということもとわかってきたが、もはや、それはどうでもいいという。

 寝耳に水の情報だが、都合がいいので、それさえも利用している気配さえある。

 まあ、確かに、ミランダも、王がいきなり、ロウの捕縛命令を出したことで、どう対処すればいいのかと悩んではいたが……。

 

「お前も待て、アネルザ。ここから先の話は、みんなでしよう。これの意見も訊きたいしな」

 

 すると、サキが言った。

 これ……?

 

「これって、なんだい?」

 

 アネルザも首を傾げている。

 

「わしの仮想空間で同行をしてもらっておった。いずれにしても、こいつに話を持ち掛けたら、二つ返事で応じたぞ。これも、主殿に対する王の仕打ちには激怒していたようだ」

 

 サキが言った。

 そういえば、このサキは、ロウの収納術と同様に仮想空間の術を遣うのだと思い出した。いや、そもそも、ロウの亜空間の術そのものが、サキから伝授されたもののはずだ。

 

 すると、目の前にひとりの女が現われた。

 真っ白いローブに身を包んだスクルズだ。

 

「スクルズ──?」

 

「スクルズ──。サキ、お前、スクルズを巻き込んだのかい──? というか、王都に戻ってたのかい」

 

 ミランダに次いで、アネルザも声をあげた。

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