【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
「王家の宝珠ですが……。陛下がそれを所持していないのはどうしてでしょう? 今回の事態は、それが招いた災厄というのは、サキさんも王妃殿下も、お気づきですよね?」
スクルズが言った。
アネルザは、にやりと微笑んでしまった。
特段の思いなどなかったが、本物の「王家の宝珠」をルードルフから取りあげて偽物とすり替えさせ、ロウに手渡したらどうかと、サキをけしかけたのは、ほかならぬアネルザだ。
なにしろ、あの男は閨に入ると、絶対に肌身離さずに身体に触れさせておかなければならないという王家の宝物を、性行為の邪魔になるからという理由で、平気で外して寝台の横に置いたりしていたらしい。
その話をサキから教えられ、思わず、そのまますり替えてロウへの贈り物にしてしまえと言ってしまった。
サキもまた、アネルザから、その魔道具が王のみにしか許されない貴重な宝物だと教えられ、それなら確かに、ロウにこそ相応しいものだと納得し、大した苦労もなしに、サキ自身が準備した偽物とすり替えて、ロウにその王家の宝珠を渡したという。
スクルズの神官長への就任式のときだったと思う。
半年くらい前のことだ。
王家の宝珠というのは、歴代のハロンドールの王のみしか所持を許されぬものであり、それどころか、王以外に触れてはならぬとされている代々の国王伝承の魔道具だ。
なにしろ、悪意ある刃物や魔道、毒や呪いを宝珠保持者に向けた場合、その悪意を跳ね返して、攻撃を向けた者にその悪意をそのまま与えるという究極の防護具なのだ。
その性質上、あまり公にはされていないが、ハロンドール王がそれを持っていることについては、知る者は知っている。
ある意味、王冠や
それをロウに引き渡した。
しかし、スクルズは王が宝珠を持っていないことに気がついたようだ。
もっとも、王都三大神殿長は、その魔道力の高さから、数年に一度、宝珠に魔力を注ぐことを王家と神殿界の相互規約として定められている。
スクルズも、神殿長就任後、その規約に従って、宝珠に魔力を注いだはずだ。
そのときにでも、気がついたか……?
あるいは、今日サキとともに、仮想空間越しであるが、王宮に入ったそうだから、王にでも対面して、なにかに勘づいた?
「ちょっと待って──。いまのどういう意味? ちょっと聞き捨てならないことを言わなかった? ねえ、サキ、アネルザ?」
ミランダが声をあげた。
ふと見ると、サキがにやにやと笑っている。
「さあな……。なんのことか、さっぱりとわからん。のう、アネルザ?」
サキがアネルザを見た。
だが、ミランダが険しい顔でこっちを睨んできた。
「しらばっくれるんじゃないわよ、ふたりとも──。白状しなさい。もはや、あたしたちは、死ぬも生きるも一蓮托生の大悪行をしようとしているのよ。隠さないで──」
ミランダが怒鳴った。
すると、サキが微塵も悪びれた雰囲気もなく、軽く肩を竦めた。
「別にどうということもない。あるべきものをあるべき場所に移しただけだ。あの宝珠は、わしの眼から見ても、なかなかのものだった。だから、閨ですり替えて主殿に贈っただけだ。まあ、あの愚鈍な変態王にはもったいない。主殿にこそ相応しい」
「呆れたわね。どうやら、国王の大事な防護具のようなものみたいだけど、ロウは知っているの、サキ?」
「もちろんだ。喜んでくれた。ご褒美に抱いてくれたぞ。気持ちよかったのう」
サキが白い歯を見せた。
アネルザは苦笑した。
あのときは、ロウも、無条件で喜んだわけじゃない。むしろ、この国でもっとも重要な宝物と教えられて、最初は躊躇した気配だった。
結局は持っていったが……。
その後、サキとアネルザを抱いたが、あれも別にご褒美というわけじゃない。
あの男は、褒美であろうが、罰であろうが、結局は女の腰が抜けるほどに、激しく抱き潰していくのだ。
それにしても、さっさと戻って来ればいいのに……。
どうせ、のんびりと、一緒に出ていった女たちと愉しい日々を送っているに違いない。
もしかしたら、また新しい女を増やしたかも……。
本当に苛々する……。
「だ、抱いてもらった……のですか……?」
そのとき、スクルズが鬼気迫ったような口調で呟いた気がした。
首を傾げて視線を向ける。
すると、スクルズははっとしたように、顔を赤らめて視線を逸らした。
「だが、よくわかったな、スクルズ。さっき、不自然さに気がついたと申したが、偽物とはいえ、わしが準備したのだ。人間族にはばれない自信があったのだがな」
サキは悪びれた様子もなく、言った。
しかし、スクルズは首を横に振る。
「宝珠のすり替えに直接に気がついたわけじゃありませんよ、サキさん。今日、仮想空間越しですが、王宮に連れていってもらったとき、王陛下に感情支配の操り術が掛かっていたのはすぐにわかったのです……。つまり、宝珠の効果がなかったということです。あの宝珠は悪意のある攻撃なら、武器や毒による直接的な攻撃であろうと、魔道や呪いなどの間接的な攻撃であろうと、全てを跳ね返す効果があるはずですから……」
「なるほど、不自然なのは、ルードルフか。だが。あいつは、いつも変であろう」
サキがからからと笑った。
「確かに変でしたね。あんなに不機嫌そうな王陛下には、初めて接しました。従者に喚き散らしたりして、まるで別人でした」
「そうであろうな。あれでも、侍女としてやってきた令嬢を三人程喰って、少しはご機嫌になったのだがな。いまはすっかりと警戒をされておる。決して、単独では動かず、隙を見せないようになっておるな。ただ、わからんのは、いまだに侍女たちが逃げんことかな。一度、実家に逃げ込んでも、説得されるのか、悲痛な顔で戻ってきたりしてな。まあ、人間族というのは、律義な生き物なのかのう」
サキは首を捻りながら言った。
「さっきの話は、本当の本当だったのかい……。ルードルフが女妾じゃなくて、侍女としてやってきた貴族令嬢を襲ったというのは……」
アネルザはがっかりした。
「そうだな。わしも四六時中見張ってはおらんが、凌辱でしか性欲が発散できんから、隙を見せれば、襲いかかる野獣だぞ、あれは……。この前は侍女が行く厠に隠れていたこともあったしな。ただ、今日については、昨日、ひとりも抱けなかったので不機嫌だっただけだ」
「アネルザ殿下、これはわたしからも、申しておきますが、陛下にかかっていた闇魔道は、操りとはいっても、感情を増幅されるという性質のものであり、支配魔道としては強いものではありません。陛下が感情を操作されたとはいっても、あくまでも、その行動は陛下の意思によるものです」
スクルズはきっぱりと言った。
アネルザは首を横に振った。
「わかったよ。もういい」
「いずれにしても、わたしは大いに違和感を覚えましたが、同じように宝珠の効果を承知しているはずの王妃殿下がちっとも違和感をお感じになっていないことを不思議に思ったのです。むしろ、陛下が闇魔道にかけられているとお聞きになったときの態度が不自然でしたし……。だから、ちょっとお訊ねしただけです」
スクルズが愉しそうに笑った。
「なるほど、かまをかけられただけか……」
サキもつられるように笑った。
「でも、笑い事じゃないかもしれません、サキさん。全ての発端と申したのは、大袈裟なことではありません。言葉が足りませんでしたが、大事なことを言おうと思ったのです──」
「大事なこと?」
「はい、殿下。陛下の支配術は、多分、あのテレーズという女官長殿なのでしょうが、王宮内の家臣の方々にかけられていた操心術は、王陛下自身の魔道で効果を増幅もされておられました。おそらく、王家に伝わるほかの魔道具をお使いになったのではないでしょうか」
スクルズがあっさりとした口調で言った。
だが、アネルザはびっくりした。
「なんだって、ほかの魔道?」
「んんっ、なんじゃ、それは? 家臣たちが大人しくなっているのは、テレーズの闇魔道のせいではないのか?」
サキも驚いている。
「先ほども申しましたが、テレーズという女官長の発した闇魔道は、せいぜい悪感情が増幅する程度であり、その当人の持つ、知識や確立された価値観までを覆せるわけではないと思います。あくまでも、緩やかな変化です。でも、今日、仮想空間で連れて行っていただいた王宮に蔓延していた支配術は、もっと次元の異なるもので、隷属魔道に近いものです。わたしは、王家の魔道具ではないかと思うのですが……」
スクルズは言った。
「王家の魔道具? 確かに、宝具の中にそういうものはあるけど、使用も持ち出しも禁止しているものだよ──。あいつ、まさか自分の家臣たちに、そんなものを使っているのかい──」
隷属の魔道具を使ったとすれば、王に対する家臣たちの忠誠心を疑うようなものだし、王家による家臣たちへの裏切り行為にもなる。
王家の掟で犯罪者以外には使わぬものと、堅く封印をされていたはずだ。
それに手をつけたのか?
アネルザは愕然とした。
そもそも、スクルズが言及した魔道具については心当たりがあるのだ。
おそらく、王家の蒐集品に、そういうものは幾つかある。
いずれにせよ、あれは魔道そのものに大した秘密性がない。
ちょっとした魔道感知で、魔道にかけられていることがわかる程度のものだ。
魔道をかけられた家臣たちはともかく、違和感を感じた家族たちが調べれば、すぐに王家の宝物による操心術であることを見抜くだろう。
大切な父親や母親、あるいは子供を王家が操心術をかけて隷属させたと知れば、貴族たちの王家に対する忠誠心は一気に低下する。
操られたとはいえ、あの男、なんという馬鹿なことを……。
アネルザは呆れた。
「ほう、ピカロとチャルタをノール城に送ったために、あいつらが施していた主だつ者への操心は弱まったはずだが、あの家臣どもへの操心は、王も一枚噛んでおったのか。それはわからんかったな」
サキが笑った。
「さっき、ピカロたちをどっかに送ったと言ってたけど、ノール城に向かわせたのかい?」
アネルザは言った。
一方で、いまのサキの言葉で確信したのは、これまで、はっきりとは教えられてなかったものの、あのピカロとチャルタもなんらかの操心術を持つのだろうということだ。
まあ、そう思っていたが……。
サキュバスだし……。
「あいつらには、イザベラとアンを見守れと指示してる」
「そういうことかい。そういえば、もしかして、ヴァージニアたちの行方も知ってるかい?」
「おそらく、ノール城だろう。イザベラが連れていかれた翌朝早く、わしのところに来たからな。そのとき、イザベラたちが連れていかれた場所は教えた。すぐに追うと話してたから間違いあるまい」
「なら、よかった」
ほっとした。彼女たちも行方知れずで心配していたのだ。
すると、ミランダがだんと寝台の上の木箱を叩いた。
「なにを呑気に笑っているのよ、あんたら──。話を逸らさないで――。だったら、アネルザとサキが宝珠さえ盗まなければ、王宮がテレーズとかいう女に乗っ取られることはなかったんじゃないの──」
そして、声をあげた。
まあ、そうなのだろう。
そういう話なのであれば、王家の宝珠をルードルフがちゃんと装着していれば、テレーズの闇魔道の罠にルードルフが嵌まることもなく、また、ルードルフが王家の魔道蒐集品に手を出すこともなかっただろうし、家臣たちへの魔道工作も成功しなかったのは間違いない。
「話を逸らすつもりはないけど、もういいじゃないかい……。あれは、まあ、巡りあわせだね」
アネルザは、それだけを言った。
「避けられない運命じゃ」
サキも大きく頷く。
「もうひとつ言わせてください。そもそもの話です。それで、ちょっと思ったのですが……。その隷属の魔道具は、王族以外のテレーズでも扱えるものなのですか?」
「いや、あれは王族、というよりは、現王であるルードルフにしか扱えない。そのように調整がしてある。だけど、そもそもって?」
アネルザは、スクルズがなにを言いたいのかわからなかった。
「ならば、やはり、隷属の魔道具を活性化させたのは、陛下御自身なのですね……。では、そもそも、なぜ、陛下は王家の操り具などを持ち出したのでしょうか?」
「なぜって、宮廷の大臣や官吏を自分の思い通りに動かすためだろう。もともと、あの男には、王としての人望は皆無だからね。テレーズの無理な要求を官吏たちに応じさせるには、操り具でも遣うしかなかったんじゃないかい?」
アネルザは言った。
だが、スクルズは首を横に振った。
「でも、それはルードルフ王のもともとのお気質に合致しません。なぜ、テレーズというお方の要求を叶えねばならないのでしょうか。先程から何度か申しておりますが、わたしの見立てでは、彼女の闇魔道は、感情を操作するものだと思います」
スクルズが同意を求めるようにサキを見る。
「まあ、わしの見立ても同じだ。テレーズの闇魔道は、感情操作だ」
サキも頷く。
「ならば、陛下がやりたいと思う行動しかやらせることはできません。隷属の効果は、テレーズも利用したいと考えたとは思いますが、もしかしたら、ルードルフ王の動機は、別にあるのではないかと……」
「別の動機?」
「今日の仮想空間越しの訪問では、侍女をしておられる令嬢たちには会えませんでしたが……。先程のサキさんの話によれば、いまの陛下は、凌辱で性欲を発散するとか……」
「まあ、そうだな」
サキが再び頷いた。
「だけど、いくらなんでも、そんなことを数回もすれば、あっという間に王宮は大騒ぎになるでしょう。さすがに、警護の衛兵だって、黙認してやらせるわけがありません。でも、いまは、陛下を咎める声は宮廷にはないし、令嬢たちですら、完全には逃げてはいないのですよね……。むしろ、一度逃げても、すぐに戻ってるとか……」
スクルズの言葉で、アネルザははっとした。
「あ、あいつ、若い令嬢たちを犯すために、王家の隷属の魔道具を持ちだしているというのかい──」
そして、叫んだ。
「わたしは、侍女をしている令嬢の方々に会ってもおりません。ですから、いまのは当て推量です。でも、あの陛下のお人柄から考えれば、それが一番納得のいく動機なのではないかと……」
「いや、間違いない──」
そのとき、サキが自分の膝をばちんと叩いた。
全員の視線がサキに集まる。
「お前たちに告げていない情報もあったが、いまのですべてが合致した。あれは、おそらく、侍女の若い令嬢を操り具で逃げられんようにしておる。ただ、同意のもとの性交では勃起できんようにしたから、単に逃げられんようにしているだけと思うが……」
「同意では勃起できないようにした……?」
ミランダが怪訝な顔をして呟いた。
アネルザも、そこはちょっと気になったが、サキは無視して言葉を続けようとしている。
まあ、いいか……。
「そうか、王宮の連中が妙に大人しいのも、そのためか──。いや、すべてが納得できる。間違いない。それだけじゃない。娘を傷つけられた貴族どもが王宮にやって来たことがあったが、しばらくすると大人しくなった。人間族というのは、律義なものだと思ったが、あれは魔道具の影響か」
サキが声をあげた。
「いずれにしても、滅ぼしましょう」
スクルズもきっぱりと言った。
ミランダは、黙ったまま盛大に溜息をついた。
「まあいい……。さて、では血判の誓いに合わせて、義姉妹の契りをするぞ。スクルズに合わせて、ただの水にした。魔道的な影響はない。ただの誓いだ……。だが、誓おう」
サキがそう言って、魔道で片手で持てるほどの盃を出して指で触れた。
盃に水が溜まる。
そして、サキがすぐに盃をごくりと飲む。
「主殿のために……」
サキがひと言発して、アネルザに盃を手渡す。
「ロウと……生まれてくる新しい血のために……」
アネルザも水を飲む。
「すべてをロウ様に捧げます……」
次いで、スクルズ……。
最後にミランダに盃が渡る。
「じゃあ、ロウのために」
ミランダもちょっと苦笑混じりに言って、残っている水を飲み干した。
「これで、わしらは本当に仲間だ。じゃあ、主殿をこの国の支配者とするための悪だくみを開始するとするか」
サキが愉しそうに言った。
「そして、ロウ様に全員で叱られましょう。なんということをしてくれたのだと。きっと激しく折檻されるでしょう。愉しみです」
スクルズだ。
「わたしは、あのロウがわたしの前にやってきて以来、ずっと、こうしたかったのさ。あんな国王なんかに嫁いだことに失望したが、あのロウは英雄の器だよ。わたしの娘時代に出逢った占い
アネルザは言った。
「仕方ないわね……。ひとりくらい常識家がいないと、あんたらはどこまでも暴走しそうだし」
ミランダは笑っている。
しかし、さっきまでとは異なり、目に迷いがない。
完全に目が据わっている。
「とにかく、これで後戻りはない。ロウを絞首刑にすると息巻いた愚鈍な王には、さっさと引退してもらおう。面倒なことをいうようなら、逆に首に縄をかけてぶら下げてやる。ロウに手を出せるものなら、出してみな──」
アネルザは横に置いていた酒の入った盃を一気に呷った。
酒のせいなのか、それとも、ロウを担いで、王を交代させる政変を起こすのだという興奮のためか、一気に身体が熱くなった気がした。
すると、ミランダもまた、自分の手元にある酒を呷る。しかも、コップじゃなくて、瓶だ。
それを一気に飲み干した。
アネルザはちょっと唖然とした。
「こうなったら、やるよ──。王都の世論工作や貴族内の不安を煽る役目も任せておくれ。これでも、世話をしている冒険者はたくさんいる。こんなときこそ命を張ってくれる者もいる。王都中を反国王の流言の嵐にしてやる」
「ミランダは、逃亡をして行方不明ということにしましょう。隠れ処として第三神殿の一角を提供します。そこを臨時冒険者ギルドの秘密拠点にして、子飼いの冒険者を集めてはどうでしょうか」
スクルズだ。
「それはいいねえ。ということで、あたしを、ここから出してくれるんだろうねえ、サキ? いつまでも下着でいられないんだよ──」
ミランダがサキを睨みつけた。
「わかったよ。しつこいねえ」
サキが笑って、空中からミランダの服一式と指輪を出して手渡した。
仮想空間の術だろう。
ミランダが鼻を鳴らして、それを受け取る。
さらに、アネルザにも服を渡してきた。
アネルザはそれを受け取って、身に着ける。
「それと、わしはテレーズを使って、徹底的にルードルフの評判を落としてやろう。任せておけ。アネルザ、悪いが、テレーズはしばらく泳がせる。ルードルフの評判を、もう少し落とさないとならない」
サキが微笑んだ。
「わかったよ。同意するよ……。確かに、もう少し王都が荒れないとね……。わたしは、父の辺境侯をはじめとして、領地諸侯に手紙を書くよ。いずれにしても、ロウを早く保護しないとならないだろうね。あいつのことだから、問題ないと思うけど、万が一、ルードルフに身柄を先に押さえられたら面倒だ。最終的には、あいつには、王を追い出す政変の旗頭になってもらわないとならないしね……」
「ロウは国境を越えているのだろう。それよりも、先にイザベラとアンを抑える方がいいのう、アネルザ。とりあえず、わしの眷属を貸そう。すぐにでも向かうといい。アーサーが手を出そうとしているのは嘘ではなさそうだぞ」
「そうだね……。まあ、いずれにしても、王都の不安が広がることを利用して、信用のできる辺境貴族を反ルードルフでまとめてやろう。任せな──。でも、騒ぎを起こすのはいいけど、本当の内乱にはならないだろうねえ? その辺りは大丈夫かい、サキ?」
アネルザは言った。
「心配ないが、ピカロとチャルタを呼び返す……。あのふたりに任せておけば、主立つ王軍の将軍を全部しもべにし直す。王が命令しても軍が動かないという状況を作らせる。問題ない──。勝手には軍は動かさせない。戦いらしい戦いも起きずに、国王は退位するしかなくなる。その後も任せておけ。主殿に邪魔な者は、次から次に、あの二匹を向かわせて骨抜きにする」
サキがにやりと微笑む。
アネルザも、そのふたりの能力は、この際だから、この後、しっかりと問い質しておこうと決めた。いまは、とりあえず聞き流すが……。
「わたしも世論を煽りましょう。お任せください。それに考えていることもありますし……」
スクルズが口を挟んだ。
王国の歴史上最も若く就任した女性神殿長のスクルズは、その美貌と可愛らしさもあり、「
このスクルズが世論工作に加われば、その影響は大きい。
「いずれにしても、ロウの身柄を早く押さえたいわねえ。アネルザの言う通り、間違っても、王側にロウを先に確保されるわけにはいかないのよねえ。ナタル森林に入ってしまうと、冒険者ギルドの支部が、エルフ族の都のエランド・シティにしかないのよ」
ミランダは言った。
「まあ、あっちはあっちで、一騎当千の女どもが守っておる。主殿のことは、しばらく置いてもよい。ルードルフも、王国の外まで手を出せるわけじゃない……」
「うーん、そうかい?」
ミランダが納得したように黙った。
サキがアネルザを見る。
「アネルザ、さっきも言ったが、わしの眷属を貸すから、ノールの離宮に一度行け。手紙による世論工作など、ここでなくてもいい。お前の身柄そのものは、ここにいることにするが、事態が変化すれば、テレーズもなにをするかわからん。お前については身を移しておいた方が安全だ」
サキだ。
「まあ、そうするかね……。ところで、もうひとつあるよ。そもそも、テレーズの後ろにいるのは、なんなんだい? あいつの目的は? ハロンドール王国をどうしようっていうんだい」
アネルザは言った。
心当たりはある。
そもそも、ハロンドール王国に手を出そうという陰謀を企てることができる存在など、限られてくる。
エルニア魔道王国は鎖国中で、国の外のことには一切関心がない。
それは、ナタル森林のエルフ族の女王であるガドニエルも同様だろう。
ただ、あそこの女王は君臨するだけの象徴で、実権はナタル森林の都にある水晶宮という宮殿だ。いまの水晶宮の支配者は、カサンドラという女だったか……。
しかし、いずれにしても、そこが森林の外に謀略を仕掛けるなど考えられない。エルフ族は、極めて閉鎖的な種族なのだ。
残りは、ローム三公国……。
だが、そのうち、デセオ公国は退廃と享楽の国と呼ばれる独特の風習の国だし、カロリック公国は国内で獣人差別問題が勃発しており、外に目を向ける余裕はないはずだ。
名目だけの三公国の宗主である皇帝家?
いや、それはない……。
すると、消去法でタリオ公国ということになる。
さっきの話によると、タリオ公国のアーサーは、イザベラとの婚姻の打診をルードルフに寄せたらしい。
それ以前にも、自由流通について、マアを一時的に帰還させるなど、忙しく動いていたし、先日は、アンとイザベラのことで、ロウから恥をかかされた立場だ。
あのアーサーだったら、闇魔道師を送り込んで王宮を乗っ取るというような大それた謀略もやりかねない。
「なあ、サキ、もしかしたら、テレーズの後ろにいるのは……」
アネルザはサキに視線を向けた。
「うっ」
そのとき、サキが急に小さな呻き声をあげた。
そして、慌てたように、そのサキがアネルザの言葉を遮るように口を開く。
いきなりのことで、アネルザは訝しんだ。
「……な、なんの問題もない。安心しろ……。それは、わしに任せよ。お前ら王宮には入れんだろう。わしが調べる」
すると、すっと心が晴れる心地になった。
まあ、サキに任せておけば問題ないか……。
そんな気になる。
「じゃあ、任せるよ。だけど、面白くなってきたねえ……。だけど、早くロウが戻ればいいねえ。こうやっていても、思うのは主殿のことばかりだ」
アネルザはぽつりと言った。
「……本当に……。本当に……、本当に、ロウ様に早く会いたいです……。ロウ様がいないと、魔道を遣うのに集中が途切れるのか、魔道もうまく遣えない気までします。わたしのたったひとつの取り柄は、魔道だけなのに……。ロウ様がいなければ、なにもできません」
しかし、スクルズがふと寂しそうに呟いた。
自分の言葉で感極まってしまったのか、驚愕することに、俯いたスクルズの眼に涙が滲んだのがわかった。
アネルザはびっくりした。
でも、さっきから思わないでもなかったが、スクルズは冷静なようだが、かなり情緒が不安定になっている。
これも、ロウが一箇月半も不在していることによる影響だろう。
ミランダが苦笑しながら、スクルズに手を伸ばして、ぎゅっと抱き締めたのが視界に入った。
「とにかく、基本方針はそれでいいとして、詳しい話し合いをするか」
サキが声をかけた。
*
【四人組】
ロウ=サタルス台頭のきっかけとなったハロンドール王国晩期の「ハロルド王都の争乱(⇒『同項目』を参照)」において、ロウ=サタルス不在間にロウを担ぎあげた政変を主導したとされる四人の女のことを指す。
すなわち、王妃アネルザ、寵姫サキ、王都の第三神殿長スクルズ、ハロルド冒険者ギルドのミランダである。
現在では、当時、四人の全員がロウの愛人だったことが知られている。
『コゼ日記』には「女四天王」の表記もあるが、後日、サタルス朝によって編纂された『帝国正史』において「四人組」の用語を使用したため、現在に至っている。
四人組は、兇王ルードルフがロウに捕縛命令を出したことに反発して、政争によってルードルフの退位を目論んで闘争を開始したものの、複雑な各地の情勢が絡み合った結果……。
……。
……。
また、前述の『帝国正史』では、一連の争乱の過程で四人組のうち二人が命を落としたとされているが、これについては、矛盾する各種記録も残っており、特に、神格化されたスクルズに関しては……。
ボルティモア著『万世大辞典』より(ここに再録した引用文はすべてスクルズ記念国際図書館から許可を受け初版本から抜粋して採録したものである。)