【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
【ハロンドール王都】
「この市に並ぶ品物が随分少なくなったよねえ」
「値段も三倍みたいよ、お姉様。それでも、小麦なんかが入手できればいい方みたい。王都に入る物流そのものが滞ってるんだって」
ゼノビアの言葉にシズが応じた。
王都で毎日開かれる市だ。
だが、以前と比べて、かなり商人の数が減っている。
また、
だが、一見して、貴族や分限者の家人だとわかる。
庶民の数は少ない。品物の値があがっているうえに、度重なる重税で一般の市民には、市で買い物をする余裕もあまりないのだ。
「王都に入る品物の物流が滞っているのが原因なのはわかっているけど、なに考えてるんだろうねえ。まるで、わざと混乱を起こさせようとしているみたいじゃない」
ゼノビアは市場を通り過ぎながら、呟くように言った。
「最近、やーな、雰囲気よねえ……」
シズが不安そうな顔になる。
そろそろ陽が東の空から中天側に近くなり、朝から昼間に変わりかけの刻限だ。
ゼノビアとシズは、連れだって王都の城郭を冒険者ギルドに向かって歩いていた。
用件は、冒険者ギルドからの呼び出しによる「特別クエスト」である。それを受けに行くのだ。
ゼノビアたちは、一応はミランダから
いわゆる、強制クエストだ。
その強制クエストということで、宿泊している宿屋に連絡があり、いまこうやって、ギルドに向かっているということだ。
もっとも、それはちょっとおかしなことでもある。
実のところ、先日、事実上のギルド長のミランダが、突然に王軍に連行されてしまい、それ以来、この王都の冒険者ギルドは休業の状況になっていたはずなのだ。
ギルドは閉鎖され、職員も出仕していない。
しかも、そのミランダは、噂によれば、王都の中心近くにある、政治犯用の監獄塔に収牢されたらしいが、脱獄をしたという。
真偽は不明だ。
どうなっているのか、ゼノビアにもさっぱりとわからない。
いずれにしても、冒険者たちは仕事にあぶれ、下町にある
まあ、ゼノビアとシズについては、これまでに蓄えたものもあるし、状況が落ち着くまでしばらくのんびりとしようかと思っていたのだが、その矢先に、指名クエストがかかったのだ。
しかも、行方不明のはずのミランダの名による呼び出しだ。
クエストの内容も赴いてみないとわからない。
シズとも話して、とりあえず、ギルドに行ってみようということになった。
本当に指名クエストであれば、拒否はできないし、なにかの悪戯ということであれば、それはそれで、誰がなんのために、ミランダの名を使って呼び出しをしたのか興味もある。
「みんな気が立っている……」
そのとき、人の感情に敏感なシズがちょっと怯えるように言った。
ゼノビアは口元を緩めた。
剣技に優れ、何度も小戦場を渡り歩いたこともあるシズだが、あのロウの一件以来、随分と臆病になってしまった。
すぐに、何事にもびくつくのだ。
まあ、そんな風に人の心に敏感なのが、本来のシズだったのだと思う。それが、いろいろとあって、虚勢を張って生きていたということなのだろう。
しかし、ロウたちとの一件で、すっかりと虚勢の皮が剥がされてしまったのかもしれない。
もっとも、ゼノビアは、いまのシズも嫌いではない。
むしろ、可愛がりたくてどうしようもなくなる。
ゼノビアは、シズに左手を伸ばして、ぎゅっと手を握った。
「あっ、お姉様」
シズがぽっと頬を赤らめる。
だが、以前のシズなら、たとえゼノビアであっても、剣を握る側の右手を預けるということはしなかっただろう。
しかし、いまのシズは、平気でゼノビアに甘えてくる。
いまも、ぎゅっと手を握り返してきた。
本当に可愛い。
それでいて、頼りになるゼノビアの相棒なのだ。
「だが、確かにほんの少しのあいだに、この王都の随分と不穏になったよねえ。本当にどうしちまったんだろう?」
ゼノビアも首を捻った。
そもそも、市に物がすっかりと集まらなくなったのは、物流のせいだ。
多くの商人が摘発されてしまって、商売の流れが滞ってきたのである。
ほんの少し前まで、この王都には、新しい自由流通と、従来の商業ギルドというふたつの物流の流れがあった。
自由流通というのは、商売を自由にして、さらに税を安くすることにより物流を活発にし、国を富ませようという新しいやり方だ。ローム三公国では、タリオ公国を中心として、そのやり方で物の流れが圧倒的に大きくなり、自由流通を数年前に取り入れたタリオ公国など、いまや国の強さというだけなら、大国ハロンドールに追いつくのではないかとまで言われている。
その自由流通も、少し前までハロンドール王国の王都にも入り込み、しばらくのあいだ、旧態依然の商業ギルドと、新しい自由物流の一派が、この王都で凌ぎを削る状況だったらしい。
それが、ゼノビアとシズが王都にやって来る少し前までの状況だ。
ところが、突然に、タリオ公国からやって来た商会団がなぜか撤退してしまい、自由流通に流れていた物流の勢いが、一気に失われた。
しかも、先日には、解放されていた自由流通への市場開放が突如として禁止され、見せしめのように、二軒ほどの自由流通派の商家が潰されて、財を没収されてしまったのだ。
このことで、あの評判の悪い二公爵に、かなりの賂が流れたと噂されている。二公爵は、商業ギルドの庇護者を名乗っていた。
もっとも、ゼノビアには真偽はわからない。
だが、国王ルードルフの叔父にあたるグリムーン公とラングーン公が、この一件で、商業ギルドからかなりのものを贈られているというのは本当の話のようだ。
ところがである。
ほんの先日のことだが、その商業ギルド派の商人たちについても一斉に摘発があり、家財が没収されてしまったのだ。
その商人の数は、二十軒にもなる。
没収された家財はかなりの巨額なものだそうだ。
しかし、それよりも、物流の担い手の自由流通派も、商業ギルドも潰されてしまったというのが、王都の流通に大きく影響を与えてしまったのである。
「この混乱は、もっと大きくなるかもね。そのうちに、家一軒買える値段で、小麦のひと袋が交換されるようになるかもだよ」
市を通り過ぎながら、ゼノビアは小さくささやいた。
「怖いわ、お姉様」
シズがまた手をぎゅっと握ってくる。
ゼノビアはほくそ笑んだ。
本当に可愛い。
いずれにしても、なぜ商家が潰されたのかは判然としない。
どれも、国王の政道を批判したとか、王に対する批判勢力に資金を回したとかという極めて曖昧なものだ。
最近になって、王都市民にかかる税が三倍くらいになったので、あちこちでそれに対する抗議の集会や、ときには、それが暴徒のようなかたちになっているのは確かだ。
しかし、
そもそも、商業ギルドは国王派だ。そういうものが存在すればだが……。
とにかく、いまの政事の流れで、もっとも得をしているのが、商業ギルドとそれを庇護する二公だ。
だから、商業ギルド側が王政を批判する市民に同調するはずがないのだ。
それにしても、最近の王都の混乱は異常だ。
商家の摘発も、重税も、すべてルードルフ王の名で行われているが、この国の王が政治に全く興味がなく、後宮で女を抱くだけの
だったら、誰が、重税や物流の意図的な停滞などという一連の悪政をしているのか……?
テレーズ──。
最近になって、口の葉に載せられるのは、二箇月ほど前に女官長になったという四十女の伯爵夫人の名だ。
話によると、女好きのルードルフに取り込み、すっかりと骨抜きにして、国政を
いきなりあがった税も、ルードルフがテレーズのご機嫌をとるためだと噂されていて、それを裏付けるように、テレーズのラポルタ伯爵家の王都屋敷が二軒も建設され始めた。
しかも、最初に潰した自由流通の商家を潰した土地に、その屋敷を作り出したのだ。
自由流通は、王都の物価を一気にさげて、王都市民になかなかに評判がよかっただけに、わざわざ、市民感情を逆なでするように、自由流通の商家の跡地に税金を投入したとわかっている贅沢な屋敷を建てるのは、ゼノビアでさえも、どうなのだろうと思う。
また、テレーズという悪女の名をあっという間に、王都に広めたのは、数日前から誰かが王都のあちこちに、立て始めた風刺画の看板だ。
文字の読めない者にもわかるように、この重税がルードルフ王とテレーズという女官長が私腹を肥やすためのものだという風刺画が描かれ、それが王都のありとあらゆる場所に立ち始めたのだ。
これについても、誰がやっているのかはわからない。
それで、一気に国王と女官長の悪評が拡がり、抗議の集会なども活発化した気がする。
いずれにしても、商家への弾圧は有無を言わせないものであり、家財を没収された商家の一家のみならず、大勢の店の働き手も職を失い、重税で家財を失った庶民も含めて、流浪人が多くなり、王都の治安も一気に悪化した。
最近では、多くなった流浪人が盗人になったり、あるいは、重税を集める徴税官や役人が物陰で襲われるという事件も少なくなくなっている。
急速に悪化した王都の不穏さは、シズでなくてもゼノビアにも肌に伝わってくる。
そのときだった。
市の喧噪を抜けて、路地に近い一角を進んでいたところで、若い娘の悲鳴が聞こえてきた。
「お姉様──」
シズが手を放して、顔を険しくした。
「またか? だけど、若い女の声か……。どうする?」
ゼノビアはシズを見た。
「ううん……、一号……、いえ、二号対処で……。お姉様、よろしくお願いします」
シズが後ろに束ねている髪を解いて、長く垂らすようにした。さらに、腰にさげている剣を剣帯ごと外して、ゼノビアに渡してくる。
ゼノビアは苦笑した。
まあ、関わると思ったのだ。
こういうことを面倒事と厭わないのは、シズのいいところだとゼノビアは思っている。
「では、行ってきます」
シズは念の入ったことに、上衣の胸のぼたんをひとつ外して、胸の谷間が少し垣間見えるくらいに開いた。
外観がエルフ族だから、美形には違いないのだが、胸も大きくなくて、シズはこうやって男と同じ服装をしていると、女というよりは美青年に見える。
だから、女だと思って油断してくれるように、わざわざ乳房を少し出したのだろう。
しかし、それでもちょっと胸が小さくて、少し残念な感じだ。
口にすると傷つくので、ゼノビアは顔には表さないようにするが……。
そして、シズが悲鳴のあった方に消えていった。
ゼノビアは、物陰に隠れるようにして、ついていく。
「ほらほら、早くしねえか。ちゃんとできねえと、大事な服が水路に流れちまうぜ」
「ここから素っ裸で帰りたいなら、それでもいいけどな」
しばらく路地を進むと、路地の開けた場所にある大きな水路を背にした道に、五人程の男の集団がいた。
背中越しで見えないが、その内側から複数の若い女のすすり泣きが聞こえてくる。
ゼノビアは、シズよりもずっと距離を取って離れているので、よくは見えないのだが、どうやら、若い女たちがその五人程の男たちに、水路の柵側に追い詰められて座らされているみたいだ。
あれ……?
その五人のひとりがひと抱えの服のようなもの抱えて、水路に向かってかざしている?
それではっとした。
男がいまにも水路の水の中に落としそうにして持っているのは、女たちの服だ。
下着も見えている。
つまりは、男たちに囲まれている娘たちは、素っ裸……、少なくとも、それに近い格好ということだ。
ゼノビアはかっとなった。
そして、さらに近づくと、その界隈は、誰もない物陰ではなく、裏通りともいえる建物が並ぶ道だということがわかった。
遠巻きに口惜しそうな顔をしている住民たちの姿がちらほらと見える。
そういうことか……。
ゼノビアは納得した。
あいつらは、ここのところ王都でよく見かけるようになった「愚連隊」ということだ。
「なにやってんのよ、あんたたち──」
シズが割って入っていく。
それで、男たちの輪が広がり、内側が見えた。
若い娘がふたり、素っ裸で正座をさせられている。必死になって、手で裸体を隠している。
しかも、男たちの数名がズボンから性器を露出していた。
シズの声に男たちは、一瞬はっとなったが、シズを見て、武器も持たない小柄な女だということがわかって、ほっとするとともに、さらに卑猥な顔をシズに向けている。
「おう、どこの誰だか知らねえが、お嬢ちゃんかい? それとも、ちょっとだけおっぱいのあるお兄ちゃんかな?」
男たちのひとりがシズを見て、げらげらと笑った。
背中越しだが、シズが激怒したのが、ゼノビアにはわかった。
エルフ族の見た目のくせに、魔道が遣えない……。
見た目が女らしくなく、少年っぽい……。
しかも、シズは小柄であり、童顔なので十九歳という年齢よりも、ずっと幼く見える。
とにかく、そういう外観のことを言われるのが、シズはすごく嫌いなのだ。
ゼノビアに言わせれば、あんなに可愛くて、女らしい外観はないと思うのだが、シズは自分の見た目に強い劣等感を持っている。
「なにやってんのよって、言ってんのよ──。それに、ここは天下の往来よ。その服を彼女たちに返しなさい──」
シズが怒鳴り声をあげた。
だが、男たちはせせら笑っただけだ。
「こりゃあ、おっかねえ嬢ちゃんだなあ。俺たちは、別にどうということをしているわけじゃねえぞ。道を歩いてたら、このお嬢さんたちにぶつかられてな。それで、肩を怪我しちまったんだが、お詫びの印に、ここでちんぽをしゃぶってくれるって言うんでな。それで、順番を決めてお願いしているところだ」
さらにひとりがいった。
一番身体の大きい男の隣にいる、少し小柄な男だ。
いずれにせよ、五人の身なりは傭兵だ。
ゼノビアも、シズも傭兵あがりだから、見れば傭兵としての実力はすぐにわかる。
五人とも最下級というところだろう。
性質もよくないみたいだ。ごろつきに変わりない。
だが、男たちが身に着けている革鎧の紋章にゼノビアは眼をやって、やはり「愚連隊」の連中だと確信した。
男たちのしている鎧にあったのは、グリムーン公爵の紋様だ。つまりは、あの連中は、グリムーン公が雇っている傭兵ということだ。
もともと王都では評判の悪かったグリムーン公とラングーン公というふたつの王都公爵家なのだが、最近、いきなり権勢と資金力を得て、大勢の傭兵を私兵として王都に集め出しているのだ。
ところが、その連中が飼い主の権力を傘に着た程度の悪い連中であり、しかも、公爵の私兵ということで、なにをしても許されるということがわかってきたらしく、最近では、あんな風にやりたい放題というわけだ。
しかも、なぜか王都の警邏隊は、見て見ぬふりであり、取り締まる者もない。
王都の市民は、その二公の私兵連中を「愚連隊」と呼んで、忌み嫌っている。
「嘘です──。あたしたち、ただ歩いてただけで……」
「お願いです。もう堪忍してください」
素っ裸で正座をさせられ、露出した性器を突きつけられている娘たちが泣きじゃくりながら声をあげた。
「二度とは言わないわよ……。服を返しなさい……。そうしたら、あたしが相手をしてあげるから……」
シズが叫んだ。
男たちは一瞬きょとんとした顔になった。
そのときには、ゼノビアは集団のほんの近くの物陰まで接近できた。
「あんたが相手をかい? どうやら女らしいが、まさか、股間に珍棒が生えてはいねえよなあ?」
「まあ、そんなに可愛い顔なら、珍棒が生えていても問題はねえけどな」
傭兵たちがどっと笑う。
ゼノビアは、男たちに毒針を飛ばした。
一瞬で身体を弛緩させる強力な弛緩剤を塗った針だ。
もっとも、ただひとり、娘たちの服を水路にかざしている男だけは避けた。あのまま弛緩させたら、水の中に娘たちの服が落ちてしまう。
「えっ?」
「なに?」
「おっ?」
「あれ?」
男たちのうち、四人がその場に昏倒して倒れる。
ひとりだけ残った男がきょとんとなった。
「あ、兄貴たち、どうした……?」
呆気に取られて、ひとり残った男が水路に伸ばしていた手を戻す。すぐさま、その男の首にもゼノビアは毒針を放った。
その男も倒れて、服が道に落ちる。
「すぐに逃げなさい。素性は知られてないわね?」
ゼノビアは姿を現わしながら、娘たちに声をかけた。
衣服については、拾い集めて、娘たちに渡してやる。
「あ、ああっ、ありがとうございます」
「ああ、ありがとうございます」
娘たちが泣きながら服を受け取る。
「礼はいい。お互いに名乗りもやめましょう。こいつらがどういう者がわかるんでしょう。すぐに立ち去るのよ。面倒事にならないうちにね」
この公爵の私兵に関わって、いまはいいけど、後で面倒なことになるというのは、誰でもわかっている。
だから、いまこの状況においても、周囲の者が遠巻きにするだけで、助けようとしないのだ。
「いいから、早く行って──」
シズが短く言った。
娘たちは、もう一度泣きながらお礼を言って、服を身に着け始める。
そのあいだ、ゼノビアは傭兵たちが動き出さないように見張っている。
意識はある。ただ、動けないだけだ。
ふたりほど効き目が弱い者がいたので、毒針を刺し直した。
それで、全員が完全に痺れて動けなくなる。
「あ、あのう……」
素早く服を身に着けた娘たちのひとりが、ゼノビアとシズに口を開く。
ゼノビアは手で追い払う仕草をした。
「行って──。消えなさい。早く逃げるのよ。こいつらの仲間がどこからか見ているかも」
ゼノビアは言った。
最近、王都を我が物顔でうろうろしている連中だ。
どこで見ているかもわかったものじゃない。
関わり合いになれば、公爵の権力を使って因縁をつけてくるに決まっている。最近では、冒険者ギルドも閉鎖状態なので、クエストをかけられて復讐されることもない。
安心しきっているみたいだ。
「は、はい、このご恩は……」
「ありがとうございます……」
「いいから──」
シズが娘たちを追い払った。
彼女たちの姿が消えていく。
「さて、あんたら、王都でこんな無法は許されないって知らなかったの? ここは冒険者ギルドがある
ゼノビアは道に倒れている傭兵たちを見おろしながら言った。
話しかけたのは、身体が一番大きなリーダー格の男だ。股間から性器を露出したままだ。
「……こ、こ、こんなことをして……。お、俺たちは……グ、グリムーン公の……」
「はいはい、グリムーン公の傭兵なんでしょう。こんなことをすれば、仕返しがある。それを言いたいのね。わかるわあ……。あんたたちの言いたいことなんてね。だから、もう言わなくてもいいわ。続きは次に出逢ったときに話をしましょう。生き残ったらね」
ゼノビアはその男の首根っこを両手で抱えて、水路の柵に身体を乗せた。
男がぎょっとした顔になっている。
「な、なにを……?」
男の顔が恐怖に包まれた。
「あんたが言ったんじゃないの。生きていたら仕返しに来るんでしょう? だから、水の中に放り込んであげるわ。結構、水嵩も多いみたいだから、身体が弛緩されたままでも、溺れない方法があるのかしら? まあ、あんたらみたいな迷惑者を助ける酔狂者もいないだろうし、多分、もう会えないかもしれないわね」
「や、やめろお──」
やっと殺されそうだということがわかったのだろう。
男が悲鳴をあげた。
「うるさいわよ。そうそう、生き残ったときのために、名前を教えておくわ。あたしの名はコゼよ。冒険者ギルドが復活したら訪ねてきて」
「あたしはエリカよ」
シズが柵に胴体が掛かっている大柄の男の脚を持って、水路に放り込んだ。
男が悲鳴をあげて水の中に消えていく。
「ひ、ひいいっ」
「や、やめて……く、くれ……」
「た、助け……て……」
ほかの傭兵たちが顔を真っ蒼にして声をあげた。
構わずに、次々に水路に放り込んだ。
「よし、逃げるわよ、シズ」
「はい、お姉様──」
どこからか公爵の関係者に見られていたら、本当に面倒事に巻き込まれてしまう。
ゼノビアとシズは、一目散のその場を逃げ出した。
*
冒険者ギルドに着いた。
やはり、閉鎖状態だったが、ギルドの入り口の前に立つと、すぐに後ろから声を掛けられた。
「ゼノビアさんと、シズさんですね……。どうぞ、こちらに……」
声をかけてきたのは、頭をフードで隠した小柄な女だった。
「ランかい?」
ゼノビアは言った。
紛れもなくランだ。
まだ少女といえるほどの人間族の娘だが、ミランダの腹心であり、ギルドを動かしている女のひとりだ。
ミランダが捕縛されたことで、主立つ職員もどこかに消えてしまっているのだが、そのランに間違いない。
「はい……。申しわけありません。念のために調べさせてください」
ランはゼノビアたちを建物の陰に連れて行き、懐から出した棒のようなものから出る光をゼノビアとシズに当てる。
「あ、あたしたちへの特別クエストは、本当のことなのね……」
シズが光を当てられながら言った。
ちょっと、シズがどもっているのは、あのロウとの一件以来、彼女が心の底からロウに苦手意識を持っているからだ。
だから、極力、ロウと関わりたくないし、ロウの女にも接触したくないみたいだ。
ランがロウの女のひとりであることはわかっている。
「はい、失礼しました。変身具などは装着してないことを確認しました。話はミランダが説明します。こちらに……」
ランがギルドの裏側に回る方向へ促した。
「ミランダがいるの?」
シズが声をあげたが、振り返ったランに口を閉ざすような仕草をされた。
それで黙った。
ゼノビアとシズはランに付いていく。
ギルドの裏に回る。
ランがなにか特殊で複雑な操作をして、裏口が開いた。
ギルド本部の建物の中に入った。
やはり、建物の内側はがらんとしている。人のいる気配もない。
ランはやがて、廊下の奥の一室にゼノビアたちを案内した。
部屋にはなにもない。
ただ、部屋の中心に大きな姿見がある。
「ついてきてください。おふたりも、ロウ様の精をもらっていますので、潜り抜けられるはずです」
ランが姿見に向かい、そのまま吸い込まれるように姿を消した。
「わっ、なに?」
「なんだ?」
シズもゼノビアも思わず声をあげてしまった。
だが、すぐに魔道具なのだとわかった。
「お姉様……」
シズが不安そうにゼノビアを見た。
ゼノビアは、シズの手を取る。
「大丈夫だろう。行くよ……」
シズの手を握ったまま姿見を抜ける。
果たして、そこは、大きな広間になっている部屋で、十数名の男女が忙しそうに動き回っている場所だった。
部屋の真ん中には、机の前に座っているミランダだ。
姿見の前にはランもいた。
ふと見ると、部屋にいるのはほぼ全員がギルド職員だ。
数名は冒険者もいる。ミランダの子飼いといっていい連中だ。
「ああ、来たかい。ちょっと待っていておくれ。こっちを片付けるから……」
ミランダが一瞬だけ、ゼノビアたちを見て、すぐに視線を横に戻した。
数名いる冒険者だ。
そいつらは、ミランダから紙の束を渡されている。
「一班は今度は貴族街だ。これをあちこちに貼っておいで……。二班は下町だ。下町はこっちの束だね。それと三班はとにかく、酒場に行って、ルードルフ王とテレーズの悪口を言い触らしておいで。重税で集めた金で贅沢三昧をしているという噂を作って来るんだ。操り具で宮廷を支配しているともね──。ほら、軍資金だ」
「いいなあ、三班は酒場かい──。羨ましいぜ。一班は貴族街だぜ。官警と追いかけっこだ」
一班だと言われた冒険者の男が三班で金の入っているらしい包みを渡された男を揶揄っている。
それで気がついたが、ミランダが渡している紙の束は、最近、王都を流言に包んだ発端になった風刺画だ。しかも、それぞれ、まだ、見たことのない風刺画だ。
ちょっと覗くと、ルードルフ王とテレーズという女官長が市民の税金で集めた金の上でセックスをしている絵が描いてある。
「えっ、あの風刺画の看板って、ミランダがやっていたの?」
シズも気がついて声をあげている。
ランがにこにこしながら、椅子を二つ持ってきた。
「ここが作戦本部です。ここがどこにあるかは教えられませんけど、王都のどこかです」
ランが言った。
ゼノビアは呆気にとられたが、なんとなく理解したのは、さっきの姿見は、移動術か何かの転送具だということだ。
それで、ここに跳躍してきたのだろう。
また、ミランダは、やはり捕縛されたものの、脱走したというのも本当だったみたいだ。
それにしても、あの風刺画による国王と女官長への糾弾をしていたのが、ミランダたちとは思わなかった。
「……じゃあ、行っといで。くれぐれも捕まるんじゃないよ。捕まっても……」
「捕まっても、ギルドは一切関知しないし、助けにも行かないだろう? わかっているよ、ミランダ、じゃあ、行ってくる」
一班の男が奥の扉に消えていく。
ほかのふたりも続く。
なんとなくだが、ここはどこかの地下だろうか……?
窓もないし、そんな感じがする。
「待たせたね、ふたりとも……。さて、単刀直入に言うよ。ふたりには王都を出てもらう。もしかしたら、国外かも……。拒否はできない。特別クエストだ。期限は半年。成功報酬は……。支度金もある……」
ミランダがゼノビアたちに振り向き、いきなり語りだした。
成功報酬はかなりの高額だった。
また、支度金というのは、クエストのために使用する資金を前もって払うということだ。成功報酬とは別になる。
それも成功報酬に匹敵するくらいに高額だ。
ゼノビアは驚いた。
「王都を出てもらうって……。あたしらは、どこに行かされるんだい、ミランダ?」
とりあえず、ゼノビアは言った。
「まずは王国の南部に飛んでもらう。あのテレーズの自領のラポルタ領だ。もしかしたら、そこから、カロリック公国に向かってもらうかもしれない。事前のギルドの情報では、そっちに連れていかれた可能性があるということだったからね。もしも、カロリックに向かうようであれば、ギルドの支部経由で伝えておくれ。向こうには、ビビアンという女がいるから、あんたらに協力させることができるかもしれない」
「連れていかれたって……。もしかして、誰かを捜索するクエストかい?」
「探すのはテレーズだよ。本物のね。彼女を探しだすのが、あんたらに頼むクエストだ。それでなにがわかるかわからないけど、それを通じて、見聞きしたことを伝えておくれ。ギルド保有の魔道具もいくつか渡しておく」
「大判振舞いだねえ……。だけど、もう一度言っておくれ。誰を捜索するクエストだって?」
ゼノビアは言った。
「本物のテレーズ=ラポルタ女伯爵──。その娘もだ。王宮にいるのは、テレーズの偽者だよ」
「はあ?」
ゼノビアは思わず声をあげた。
「だから、宮廷にいるテレーズは偽者なんだ。知りたいのは、この陰謀の裏にいる者たちだ。あんたらの行動でなにかが出てくるかもしれないし、出てこないかもしれない、とにかく、見聞きしたことを定期的に送っておくれ。そのための通信用の魔道具と魔石も渡しておくから。また、向こうの冒険者ギルドもあんたらに協力する」
ミランダが矢継ぎ早に言って、机の上に魔道具や魔石の入っていると思われる袋を出した。
中身がそれなら、これだけでひと財産だ。
ゼノビアは唖然としてしまった。
(第55話『混沌の拡がり』終わり、第56話『離宮の王太女』に続く)