※この作品はR-18です。

【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】   作:ドン・ドナシアン

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 第15話  離宮の王太女
330 将軍の謝罪


【ハロンドール王国ノール城】

 

 

 

「度々のお呼び出しに応じることができず、大変に申し訳ありませんでした。多忙であったのは本当ですが、言い訳にはなりますまい。重ねて、王太女殿下の呼び出しが繰り返し来ておったのを部下が伝えておらんかったのです」

 

「ほう……。伝わっておらんかったか……」

 

 イザベラは、目の前で平謝りをする将軍のライスを冷ややかに眺めた。

 

「は、はい――。それが、今日の今朝になって、わかったというわけでありまして……。とにかく、このとおり、このライス、王太女殿下への忠誠は、小揺るぎもしておりません。本当に申し訳ありませんでした」

 

 ノール離宮の警護責任者であるライスだ。

 そのライスが深々と頭をさげている。

 五十歳を少し超える人間族の将軍であり、イザベラからすれば、父娘どころか、孫ほどに年齢が違う。

 その将軍が若いイザベラに深々と頭をさげているのだ。

 片膝をついたままの礼なので、床に頭を付けるということはできないが、それをせんばかりの平謝りだ。

 しかも、武器は抜き、身体の右側に置いている。

 それも武人としては、最大限の謝罪の形式だ。

 まあ、それだけは評価していい。

 だからといって、腹の虫が収まるわけでもないが……。

 

「ならば問う。それは、お前の部下の管理力が無能だからか? それとも、わたしの前で堂々と嘘をついておるのか?」

 

「ひっ」

 

 ライスの身体が恐縮したようにびくりとなる。

 

「呼び出しに気がつくも、気がつかんもあるまい。わたしがここに閉じ込められてから、半月になるぞ。そもそも、お前が警護責任者なら、いの一番にわたしに挨拶をせねばならん立場であろう――」

 

 イザベラは怒鳴った。

 

「は、はい」

 

 ライスが頭をさげたままでもわかるくらいに蒼くなっている。

 半月前からアンたちとともに滞在している王国の東の海岸にあるノールの離宮だ。

 王族用の別荘なので、一応は城ではあるものの、王宮のように謁見の間のようなものはない。

 イザベラがいるのは、客室でもない大きな居間だ。

 一日の大半をすごすための部屋であり、今日の昼前になって、ライスが突然に挨拶にやって来たいというので、とりあえず招き入れた部屋だ。

 そこにあるソファのひとつに、イザベラは腰かけている。

 少し離れた椅子にはアンが座っていて、その横にはノヴァもいる。

 ほかに部屋もあるが誰もいない。この離宮に滞在するのは、正真正銘、ここにいる者だけだ。

 

 いつもなら、シャーラもまた、片時も離れないようにイザベラのそばにいるのだが、シャーラはイザベラの指示で王都の状況を探りに行っているので、いまは離宮に不在だ。

 

「なにがはいじゃ――。半月、一度も顔すら見せず、外に通じる門という門をすべて閉鎖して、それきりとは、わたしたちに対する敵愾心があったとしか思えんな。お前は女であるわたしが王太女であることが不満か?」

 

 嫌味を言った。

 どうして、突然に挨拶を兼ねた謝罪をしにきたのかは不明だが、この離宮にやってきて以来、イザベラたちを完全に囚人同様に扱って、外部との一切の交流を遮断していたのはこいつだ。

 それだけでなく、外側から門という門を閉ざし、扉という扉に兵を配置し、牢番のように見張りを立てさせ、イザベラだけでなく、アンもシャーラも、アンの侍女のノヴァでさえも一切外に行くことを禁止させていた。

 イザベラとしては、謝罪されたからといって、すぐに許す気にはなれない。

 

「そ、そんなことは……。た、ただ、(それがし)は……ただ……」

 

 ライスがさげる顔の下に、ぽたぽたと汗が落ちる。

 イザベラは苛ついた感情を抑えられずに、指でかつかつと木の手摺りを叩いた。

 すると、小さな咳払いがした。

 視線を向ける。

 アンだ。

 にこにこと微笑んで、優し気な顔をこっちに向けている。

 落ち着きなさいとでも言いたいのだろう。

 イザベラは、大きく息を吸った。

 

 こんな男でも、駒は駒か……。

 アンに促されて落ち着いたことで、その言葉を思い出した。

 発言したのはアネルザだったか?

 確か、キシダイン裁判の直後だと思う……。

 そういえば、そのときに一緒に言われたのが、ロウの子を孕めという言葉だった。

 そして、それは本当になった。

 イザベラは、右手を自分の腹の上にそっと置いた。

 椅子に座ったまま、嘆息する。

 

「まあいい……。頭をあげよ。謝罪は受け入れる。なら、わたしたちは、もう虜囚扱いはされんということでよいな」

 

「虜囚などと──」

 

 ライスは目を見開いて驚いた表情になったが、すぐに思い直したように小さく首を振った。

 

「……そうですな……。申し訳ありません。もう正直に申しましょう。王太女殿下とアン様を離宮に閉じ込めて、誰にも会わせずに隔離せよというのは陛下のご命令です。(それがし)は命令の通りにやっていただけです」

 

 ライスが顔をあげ直してきっぱりと言った。

 イザベラもそうであろうとは思っていたので、意外だとは思わなかったが、ライスがはっきりとそれを口にしたことには驚いた

 

「陛下の命令か……。それは……。しかし、それをお前が口にしたということは、陛下のご指示が解けたということでよいのか?」

 

「変更の命令はありません。実際のところ、こうして殿下にそれを伝えることそのものが命令違反です。陛下のご指示は、一切の連絡情報を遮断することですから……。某たちも極力会うなと命じられました」

 

 今度はイザベラが目を見開く番だ。

 ライスが言葉を続ける。

 

「……従いまして、申し訳ありませんが、殿下とアン様については、離宮の外にお出になることはご自重願いたく存じます。実際のところ、警護上の問題もありますし……。ただ、シャーラ殿と侍女の方については、ご申し出があれば、外出にも対応させていただきます。ところで、シャーラ殿は? これからの警備のことなど話し合いたいのですが」

 

 ライスは言った。

 どうしようかと思ったが、とりあえず、惚けることにした。

 

「少し体調を崩しておってな。大したことはないが容態が収まれば行かせよう」

 

「かしこまりました……。いずれにしましても、実際には全員を禁足させることが、陛下からの某への指示ということをわかっていただきたいと思います。王都には、引き続き殿下たちを隔離して監視していると報告しなければなりませんので」

 

「わからんな。だったら、なぜ、それをわたしたちに伝える? 陛下の指示か?」

 

「王都からの新しい指示はなにもありません。今回の謝罪も、陛下のご指示をお伝えしましたのも、某の一存です。最初に申しましたとおりに、某の忠誠は王太女殿下にございます。それを信じていただきたい」

 

 ライスははっきりと言った。

 すると、ライスが床に置いていた剣を鞘ごと持ち、両手でイザベラに向かって捧げ持つようにした。

 イザベラは唖然としてしまった。

 

「……忠誠の誓いか……? だが、お前は陛下の騎士ではないのか?」

 

 皮肉を言った。

 ライスは二十人ほどいる王軍の将軍の中では、序列はそれほど高くないが、ルードルフへの忠誠が篤い男として知られている。

 だからこそ、今回のような役目にライスを選んだはずだ。

 

「忠誠の誓いに、偽りを申すことはできません。なんでもご命令ください……。もしも、某の心にお疑いがあれば、どうかこの剣で首を貫きください」

 

 ライスが首をあげて、無防備な喉を晒すようにした。

 イザベラは溜息をつくと立ちあがり、ライスのところに向かって歩き、捧げていた剣を受け取ると剣を抜いた。

 それをライスの肩に当てる。

 ライスが再び頭をさげた。

 

「ならば、忠誠を受け入れよう」

 

「ありがたき幸せ」

 

 ライスが嬉しそうに言った。

 なんの茶番なのだ?

 

 父に忠義の篤いはずの将軍が、突如としてイザベラに忠誠を誓うとは……。

 ひそかに思ったが、口には出さずに、剣をライスに返す。

 ライスは床ではなく、剣を腰にさげなおした。

 

「ならば、そこに座れ」

 

 イザベラは椅子に戻りながら、長い卓を挟んで反対の側にある椅子を顎で指した。

 忠誠を受け入れた以上、それなりに遇さねばならない。

 そう思ったのだ。

 

「はっ」

 

 ライスが立ちあがり、示された椅子に腰掛ける。

 

「……で、どういうことなのか、もう一度説明せよ」

 

 イザベラは促した。

 

「わかりました……」

 

 ライスが説明を始める。

 ただ、これまでに説明をしたことと、そんなには変わりはない。

 ライスはイザベラとアンの父親であるルードルフ王から、直接の命令により、できるだけひそかに、イザベラとアンを王都から離して、このノールの離宮に隔離するように指示を受けたとのことだ。

 そして、離宮にふたりを移送したら、完全に情報を遮断し、ライスも含めて、誰であろうと一切の面談をさせるなとも言われたそうだ。

 さらに、イザベラを訪ねようとする者がいれば、すべて報告し、怪しい者は必ず捕らえよとも命令を受けているそうだ。

 つまりは、そういうことだ。

 イザベラは、眉をひそめた。

 

「……陛下は、なぜそのようなご命令を? それについてはなにか言ったか?」

 

 理由は予想がついているのだが念のためだ。

 それに、このライスもイザベラ同様に、ずっとここにいるのだ。大した情報は持ってはいまい。

 ライスは首を横に振った。

 

「理由は伝えられておりません。ただ、もうひとつ付け加えますと、王太女殿下とアン様の安全だけは、命を賭けて守れとも命じられております」

 

「それは、どうも」

 

 イザベラは王族らしくない言い回しで応じた。

 それで、思い出したことがあった。

 今回の移送にあたって、将軍の軍に同行していた貴族用の馬車の存在だ。

 シャーラも言及していたが、移動の最中にしても、ここに到着してからにしても、その馬車にはライスを始め、多くの上級将校が出入りしているようだった。

 時には兵も……。

 

 シャーラは、あの馬車が作戦司令部のようになり、王の指示を受けた官吏がいて、そこから指示を出しているのではと推測していたようだったが……。

 

「ところで、移動のときの二日目くらいから同行し、いまでもお前らの天幕の横にある馬車があるな。それには、どういう立場の誰が乗っておるのだ?」

 

 イザベラは訊ねた。

 すると、ライスが眼に見えて動揺しはじめた。

 

「い、いや、あ、あれは、き、極めて、個人的なことで……。そ、そのう……。つ、つまり、個人的な……個人的な訪問なのです……」

 

 ライスは、似つかわしくないくらいに真っ赤な顔になり、しどろもどろに言い訳めいたことを喋り始める。

 イザベラは、眉間に皺を寄せる仕草をした。

 

「なにが個人的な訪問だ──。お前だけでなく、上級将校がひっきりなしに、あの馬車に出入りしていたのはわかっておる。正直に申せ」

 

 だが、イザベラの言葉に、ライスは心底驚いた顔になった。

 

「某以外に──? い、いや、そんなことはありますまい……。某だけのはず……。い、いや、とにかく、個人的な用事で馬車に入っただけです」

 

 ライスは言った。

 イザベラは首を傾げるしかない。

 あそこに大勢の将校が出入りしていたのは、ずっと離れていたイザベラたちでもわかっていることなのに、当のライスからして、そうは思っていないみたいだ。

 ライスからは演技のようなものは感じない。

 どういうことだろう──?

 

「まあいい。それで、その馬車にいるのは誰なのだ?」

 

「そ、それは……」

 

 ライスが言いよどんだ。

 イザベラはまた苛ついてきた。

 

「言わんか──」

 

 声をあげた。

 

「……ピカロ様とチャルタ様です」

 

 些かの逡巡の後、やっと、ライスが言った。

 びっくりした。

 

「ピカロ殿とチャルタ殿というと、陛下の寵姫のか?」

 

 ピカロとチャルタといえば、確か、ロウの愛人である魔族のサキとともに、最近の王のお気に入りの女のはずだ。そのふたりがイザベラたちの監禁を指揮しているのか?

 

「はい」

 

 ライスは頷いた。

 だが、わけがわからない。

 どうして、国王の寵姫がそんな役目を……?

 

「つまりは、今回の総指揮は、彼女たちということか?」

 

 しかし、ライスは首を横に振った。

 

「おふたりは指図はなさいません。命令のようなものを受けたこともありません。某はただ、同行すると告げられただけです。実際、おふたりは同行すること以外のことはなさっておりません」

 

「ならば、お前たちはなんのために、繰り返し馬車に入っているのだ。報告によれば、それなりに長い時間、馬車の中で密談をしている気配だというぞ。わたしがなにも知らないと思って、隠すと身のためにならんぞ」

 

 イザベラはまた腹がたって来て、ばしんと手摺りを叩いた。

 すると、また、咳払いがした。

 アンだ。

 イザベラは息を吐いた。

 

「い、偽りではありません。本当に個人的な用件で入っていただけで……」

 

「ならば言え──。個人的な用事とはなんだ? わたしに対する忠義の誓いは嘘か──」

 

 イザベラは怒鳴った。

 ライスの顔は真っ赤だ。

 ただ、隠し事をしているのは明白なのだが、悪意のようなものは感じない。

 

「な、ならば、ここだけの話で……。じ、実は、なにを……」

 

「なに?」

 

 なにとはなんだ?

 

「で、ですから、なに、でございます。馬車の中で、某とピカロ様とチャルタ様がしていたのは、ちょ、ちょっとした大人の遊びでありまして……。も、もちろん、同意のうえで……。どちらかというと、誘われたというか……。どうか、このことはご内密に……。特に陛下には……」

 

 唖然とした。

 なにというのは、つまりは……なにか……?

 

 だが、ピカロとチャルタというと王の寵姫だ。

 そのふたりと、男女の行為をやっていた……?

 この男、正気か?

 わけがわからない。

 まったく理解できない。

 だいたい、なんのために王の寵姫が同行しているのだ? ライスがなにかを誤魔化している様子はない。

 こいつは、そんな腹芸はできん男だったと思う。

 とにかく、わからないが本人たちにも会ってみるか……。

 

「では、そのおふたりは、まだ離宮の外におられるのか? 離宮側に滞在してはどうなのだ。とりあえず、挨拶もしたいし」

 

 ライスたちの軍は離宮を囲むようにして、外で野営状態だ。

 王の寵姫がそこにいるとすれば、彼女たちもまた野営の中にいるということになる。

 とりあえず、離宮に招くしかないだろう。

 

「おふたりが戻り次第に、申し伝えます。ただ、おふたりは、数日前から離宮を離れておりまして」

 

 ライスは言った。

 どこに行っているのかと訊ねたが、ライスは知らないようだった。

 護衛も断り、ただ、ふらりといなくなったのだそうだ。

 寝泊りに使っていた馬車さえも置き去りだという。

 わけがわからない。

 王の寵姫ふたりが、馬車で半月も暮らしていたというのも驚愕したが……。

 

「と、とにかく、この話はご内密に……。ところで、なにか必要なものとかは……? 可能な限りに手配しますので」

 

 ライスが話題を変えるように、とってつけた感じで言った。

 仕方がない。

 これ以上、追及しても、ライスからはなにも返ってこないという感じだ。

 

「……では王都情勢の情報が欲しいな。わたしたちが出立してから、王都に変わりはないか? なにか変わったことは……」

 

 王がイザベラたちを王都から離したのは、その後になにかの行動を起こすつもりだったと思っている。

 ロウに対する王の苛立ちと怒りは、それなりに激しいものだったからだ。

 それが気になっていたから、わざわざシャーラを抜け出させて、王都を探りに行かせていたのだ。

 いまだに連絡はないが、まだ出立して四日目なので、もう数日すれば、シャーラも戻り、それなりの情報が入るだろう。

 この離宮は、外からの魔道が入り込まない処置が建物自体にされているので、魔道通信は遣えず、情報が入るには、シャーラの帰還を待つしかない。

 正直、王都の情報に飢えている。

 

「情報は某にも……。しかし、王都からではありませんが、近傍の城郭から食料等を運び入れる商人が定期的に参ります。次の訪問は五日後です。そのときには、真っ直ぐにこちらに向かわせましょう。商人だけに、なにかを知っているかもしれません」

 

「よろしく頼む」

 

 とりあえず言った。

 だったら、シャーラの帰還が早いか……。

 まあ、ここは陸の孤島のような場所だ。

 ライス自体に、なにも情報がないというのは本当だろう。

 

 イザベラはアンを見た。

 なにか訊きたいことがあれば、訊ねよという示唆だ。

 しかし、アンは小さく首を振った。

 イザベラが退出を促すと、ライスが一礼をして退出していった。

 

「どう思う、姉上? なんで、突然にいまになって?」

 

 イザベラが呼ぶと、離れた場所に座っていたアンが立ちあがって、こっちにやって来る。

 面白いのは、しっかりとノヴァがアンの手を握っていることだ。

 アンの侍女のノヴァだが、もはや主従というよりは対等の恋人という感じだ。

 それをアンも望んでいて、片時もノヴァを離さない。

 ロウがそれを強要していることもあるが、妊娠がわかってからは、イザベラたちの目をはばからず、堂々と密着している。

 

「さあ、アン様」

 

 アンはイザベラの右側の長椅子に座ったが、腰掛ける前にさっとノヴァが手を伸ばして、背もたれと座る部分のクッションを整え、支えるように腰かけさせている。

 ちょっと過保護じゃないかと思ってくすりと笑ってしまった。

 アンが座ると、さっとひざ掛けをお腹に置き、ノヴァもアンに寄りそうように座る。

 

「なんでというのは、ライス殿のこと?」

 

 アンが小首を傾げた。

 

「そうだ。しかも、忠誠の誓いだぞ。いままで、ずっと顔も出さすに無礼な態度を取っていた男が、突如としての謝罪だけじゃなく、王ではなく、わたしに忠誠を誓うそうだ。なんで、そうなのだ?」

 

「さあ、わたしにはわからないわ、イザベラ。ただ、あなたは王太女で、いずれは女王になるのだし、あなたに無礼なことをするのは、得策じゃないと思ったんじゃないかしら」

 

「だが、昨日と今日とで突然に態度が変わるなど、むしろ不気味だ」

 

「それは確かにそうね。でも、これで少しは王都のことが情報として入るわね。あなたは、そのことで苛ついてばかりだったから、よかったわ」

 

 アンが優し気に笑った。

 その笑顔にイザベラは思わず脱力して、もらい笑みをしてしまった。

 よくわからないが、このアンに接していると、本当に穏やかな気持ちになれる。

 このような優しい女性をキシダインは、乱暴に扱い、自分の客などに性奉仕することを強要したりしていたのだ。

 いまさらにして、柔和に笑っているアンに接すると、死んだとはいえ、キシダインに対する怒りが込みあがる。

 

 そのときだった。

 外に通じる呼び鈴が鳴り、誰かの来訪を伝えてきた。

 

「行って参ります」

 

 ノヴァが立ちあがって出ていく。

 しばらくしたら、戻ってきた。

 

「また、ライス様です」

 

 ノヴァが言った。

 

「ライスだと? なんだろう? さっき出ていったばかりなのに……」

 

 アンを見たが、当然ながらアンも首を傾げるだけだ。

 とりあえず、イザベラは通すように告げた。

 ノヴァがもう一度出ていき、すぐに、ライスとともにやって来た。

 

「さっきの今で申し訳ありません。たったいまのことですが、タリオ公国のエルザ妃からの、お祝いの品物が離宮に届いたと連絡がありました。それで、その品物を届けに来た使者が、殿下たちの面会を求めておるのです。実はおふたりを慰める芸人団というのも祝いの品のひとつでして……。いかがいたしますか?」

 

「まあ、エルザから?」

 

 すると、アンが横で歓声をあげた。

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