※この作品はR-18です。

【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】   作:ドン・ドナシアン

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332 侍女団合流

「姫様──」

「姫様、やっと会えました」

「姫様あああ」

 

 女官長のヴァージニアと九人の侍女たちが一斉にイザベラに群がってきた。

 中には、感極まって泣き出す者もいる。

 イザベラは、彼女たちが華やかで派手な道化師の装束を身に着けていることもあり、圧倒されつつも困惑してしまった。

 いずれにしても、彼女たちがやってきてくれて、こんなに嬉しいことはない。

 なにしろ、彼女たちはただの侍女たちではない。

 キシダインとの抗争の中で暗殺の危険と王宮内で疎外された孤独と戦ってきた同士であり、戦友であり、なによりも、ロウというひとりの男に愛される仲間であり、もはや、家族だ。さらに、最近では、拡大したイザベラの政務を支える優秀な幕僚団でもある。

 

 イザベラが王太女になるにあたり、一介の王女だった生活は一変し、多大な業務をイザベラもこなさなければならないようになった。

 王太女府も正宮殿内に設置され、生活場所もそこに移動して、ティナ宮と呼ばれる王宮敷地内の離宮からこの侍女たちごと移った。

 当初は、本来の官吏がイザベラに付けられる話もあったのだが、やはり、イザベラは、キシダインが専断をしていた時期に、イザベラに見向きもせず、むしろ、キシダインがイザベラを阻害し、あまつさえ、暗殺しようとすることに、積極的、あるいは、消極的に関与してきた彼らを信用して、一緒に業務をする気にはどうしてもなれなかった。

 もちろん、政務を行うには、官吏たちを使いこなすことは必要であり、実際にそうしている。

 ただし、それと生活の大部分を共有する子飼いの部下にするという話は別だった。

 だいたい、ロウそのものが、昼夜を問わずに、“ほっとらいん”で跳躍してやってくるので、事情を知らない者を近づけたくないということもある。

 

 いずれにせよ、イザベラの業務は、ヴァージニアと侍女の彼女たちで十分にやっていけた。

 王太女の業務をするにあたり、ヴァージニアを始めとする侍女たちのかなりの者が、あのロウの精を受けることによって、官吏に必要な能力を突然に発揮できるようになっていたことに気がついたのだ。

 

 それどころか、業務をすれば、そこらの官吏よりも、余程に優秀にそれをこなしてしまう。

 とにかく、イザベラ侍女団は、そのままイザベラの侍女として王女としてのイザベラの世話をしつつ、王太女としての政務業務を行う官吏ということになった。

 

 ロウの精を注がれることにより、見た目の美しさと女としての色香を得た彼女たちは、それだけで王宮から注目を浴びるようになったのに、さらに、本来の官吏たちより業務をこなし、しかも、難しい案件も洗練された解決策を提示し、書類業務も完璧で、なによりも業務処理能力が正確で速い彼女たちは、あっという間に、イザベラが王太女として参加するようになった王宮で確固たる地位を得るようになった。

 本来の業務の担い手の中心であるはずの国王のルードルフがなにもしないこともあり、王太女になるとともに、次第にイザベラがアネルザとともに王国政務の中心ということになったのだが、それにより、イザベラ侍女団もまた、王宮業務の中心という地位になったということだ。

 

 成り手がなく、下級貴族や平民から集めるしかなかったイザベラの侍女たちが、いまや、王宮のもっとも華やかで忙しい政務の担い手だ。

 しかも、全員女である。

 

 いまのハロンドールの王宮は、イザベラの女官長であるヴァージニアと侍女が支える王宮だ。少なくともイザベラはそう自負していた。

 なによりも、彼女たちを頼りにしていた。

 だから、誘拐されるようにして、このノールの離宮に連れて来られたときは寂しかった。

 心細かった。

 なによりも、彼女たちのことを心配した。

 だから、嬉しい。

 再会できて心の底から安堵した。

 

 だけど、なんで道化師の面と装束を?

 しかも、よく見れば、装束の腰から下はズボンではなくスカートであり、随分と丈が短い。

 ヴァージニアでさえも、太腿の半分以上が剥き出しであり、美しい生脚を露出している。

 どうして、こんな格好なのだろう?

 

「あらあら、これじゃあ、話は少し落ち着いてからにした方がいいようね。アン、わたしと、それと同行の者は、当分お世話になるわ。部屋に連れて行ってくれない。それと、タリオからの贈答品は運んでおくわ。どこに持っていけばいいか教えて」

 

 エルザだ。

 彼女は自分が連れてきた女たちに命じて、運んできた贈答品を運び出している。

 

「ふふふ、部屋だけはたくさんあるのよ。案内するわね……。ところで、あなたは、なぜ使者のひとりに紛れてきたの、エルザ?」

 

 アンが声をかけている。

 

「特に意味はないけど、正式の公妃の旅になれば、面倒だからよ。ただの使者なら、公的なしがらみは省略できるもの」

 

「あなたらしいわね……。イザベラ、こっちはいいわよ。あなたは、ヴァージニアさんたちとお話するといいわ……。それと、別室で待機している王兵は外に出すわね。一応は訪問者のことを口にしないようには言っておく……。ノヴァ、一緒に来て──」

 

 アンが声をかけてきた。

 エルザたちを案内するように、部屋の奥側の扉に向かっていく。

 また、見ていると、ノヴァがすかさず寄って、さっとアンの手を握っている。

 アンも嬉しそうに微笑んだ。

 エルザがちょっとだけ奇異の視線を向けるのがわかった。

 仲がいいとは承知していたと思うが、王女と侍女が人前で手を繋ぐのは常識的にはあり得ない。

 だが、アンとノヴァには、他人の視線などまったく気にしないという強い絆と心ができたみたいだ。

 この離宮にやってきてからも、ふたりは始終くっついている。

 

 全員が出ていく。

 部屋はイザベラとヴァージニアと侍女たちだけになった。

 

「ああ、本当に嬉しいです、姫様。よかった。お元気そうで……。どんなに心配したか……。嫌なことはなかったですか? あの酷い将軍に意地の悪いことなどされませんでした?」

 

 イザベラに取りついて、薄っすらと涙まで浮かべているヴァージニアが顔を赤らめてイザベラに声をかけてきた。

 勘がよく、周りに気を使うことができるヴァージニアには珍しく、エルザたちやアンが出ていったことに気がついた感じがない。

 ほかの侍女たちも同様だ。

 それだけ、感情が高まっているのだろう。

 

 イザベラは立ちあがって、椅子からおりた。

 そして、床の上に座ろうとした。

 行儀が悪いが、ロウはイザベラのところに毎夜のように夜這いに来ており、そのときには、椅子ではなく、床の上に全員がロウとイザベラを中心として、車座になるのがもっぱらだった。

 イザベラたちにとっては、慣れた態勢なのだ。

 

「あっ、待ちください。腰を冷やしては……。クッションを……。あれっ、ほかの方は?」

 

 ヴァージニアが慌てたように声を出したが、やっと、部屋からエルザたちがいなくなっていることに気がついたみたいだ。

 イザベラは笑ってしまった。

 

「あ、あのう……。姫様、どうか、これを……」

 

 長椅子からクッションを持ってきてくれたノルエルがイザベラの腰の下にそれを差し出す。

 ノルエルは、もともとは侍女ではなく、下働きとして王宮にやってきた商家の娘だ。年齢は十六歳。

 

 ただ、当時はキシダインだけではなく、王妃アネルザもイザベラを疎んでいたので、主立つ貴族は、たとえ王宮務めであっても、イザベラに侍女を差し出すことを嫌った。

 それで人数集めのために、このノルエルを始めとする幾人かが小間使いや下働きから引きあげられ、イザベラの侍女に抜擢された。

 ノルエルは、とても優しい性格であり、ちょっと大人しい。

 ロウがやって来たときには、元気なトリアと一緒に抱かれるのを専らにしている。

 彼女のゆっくりとした喋り方に接するだけで、イザベラは落ち着いた気持ちになれる。

 それでいて、仕事をさせると、誰も思いつかないような豊かな発想に溢れた案などを口にしたりする。

 侍女としては、特に優秀という感じではなかったが、勘もよくて、官吏としてはかなり優秀だ。

 

「ありがとう」

 

 イザベラは、そのクッションの上に座った。

 すると、わっと侍女たちが、イザベラを囲むように床に座り込んだ。

 

「ところで、お前たちの話を教えてくれるか? わたしとアン姉上については、それほどのことはない。ここに連れて来られて、完全に隔離されていた。外のことはまったくわからん。ただ、ライス将軍とは、たったいま和解したところだ」

 

 イザベラは言った。

 

「まあ、じゃあ、あの意地悪のライスは、やっぱり姫様に酷いことを──? 和解という限りは、それまでは仲違いしていたということですよね」

 

 ヴァージニアが険しい顔をした。

 彼女は、イザベラに向き合うように正面に座っている。ただ距離はなく、膝と膝が密着している。

 

「酷いことというほどでもないな。ただ、閉じ込められていただけだ。実のところ、あいつの顔を見たのは、さっきが最初だ。お前たちが、エルザ姉上と一緒に来たまさに直前だ。重ねて言うが、もう問題ない。ライスからは忠誠の誓いを受けたぞ」

 

 イザベラは笑った。

 

「忠誠の誓い……。剣の誓いですか?」

 

 ヴァージニアは、納得いってないみたいだ。

 しかし、「意地悪のライス」などと呼び捨てにするくらいなので、ひと悶着くらいあったのは間違いないだろう。

 

「ところで、王都のことが聞きたい。わたしが王都を出立してから、なにがあったのか教えてくれないか? 知ってる範囲でいい」

 

 イザベラがそう言うと、ヴァージニアたちが困った顔になった。

 

「どうしたのだ?」

 

「申し訳ありません。そうですよね……。姫様にとっては、王都のことをなによりも知りたいと思うのが当然でした……。ここに来るにあたって、少しでも情報を集める努力をすべきでした……。申しわけありません、姫様……。実は、わたしたちが王都を出たのも、姫様が連れていかれた日とほぼ同日なのです。実際には翌朝ですが……。だから、わたしたちも、王都のことはなにも知りません」

 

 ヴァージニアが頭をさげた。

 だが、イザベラは不思議に思った。

 だったら、半月も前ということになる。しかし、王都からノールの離宮までは、イザベラたちは三日で到着した。

 ほぼ同時に、ヴァージニアたちが追ってきたとすれば、彼女たちはそのあいだ、どうしていたのだろう。

 

「……ところで、シャーラは?」

 

 ヴァージニアだ。

 以前は、ヴァージニアもシャーラも、お互いを“殿”を付けて呼び合っていたが、いまは呼び捨てになった。

 ふたりだけでなく、ほかの侍女たちも、お互いを呼び捨てにするようになったみたいだ。イザベラの侍女たちは、下級とはいえ貴族もいるし、平民もいる。だが、毎夜のように、裸になってロウという男に抱かれていたのだ。一緒に抱かれることは日常だ。恥ずかしいことも、はしたないところも、全部互いに見ている。

 性癖や性感帯まで知っているのだ。

 潮吹きや失禁まで見られている。

 壁を作れというのが無理な話だ。

 

 ただ、さすがに、侍女たちは、シャーラのこととヴァージニアに対しては、丁寧な喋り方をする。

 まあ、それだけだ。

 一方で、イザベラのことは全員が“姫様”と呼ぶ。

 イザベラはもう諦めている。

 もしかしたら、こいつらは、イザベラが女王になっても、“姫様”と呼びそうだ。イザベラは、彼女たちだけには、それを許そうと思っているが……。

 

「後で詳しく話すが、実はシャーラは、外に出している。こっそりとな。四日ほど前のことだ。王都の情報を集めるように指示している。そろそろ戻ってもいい時期だが、戻るのは、まだ数日後かもしれん」

 

「そういうことですか……」

 

 ヴァージニアはが頷いた。

 

「ところで、お前たちのことを教えてくれるか? まずは、その色っぽい道化服はどうしたことだ? こうやって座ると、下着まで見えそうだぞ」

 

 イザベラは笑った。

 そのとおり、正面に崩した正座で座るヴァージニアからは太腿のあいだの下着がちらちらと裾から覗いている。

 

「まあっ」

 

 ヴァージニアが顔を赤くして、裾を引っ張って股間の下着を隠した。

 それにしても、ロウの女になって、一番変わったのは、ヴァージニアだろう。

 色気もなにもなかった中年女が、突如として髪をおろした色香溢れる美女に変わったのだ。

 周囲の者は、ヴァージニアが突然に化粧をして、髪型を変えたからだと思っているだろうが、ロウに精を注がれた影響だ。

 肌は瑞々しくなり、顔も姿態も外観の美しさが加わるように変化したのだ。

 いずれにせよ、あのヴァージニアがいきなり美しくなったことについては、「王太女府の奇跡」と称されて、しばらくのあいだ、王宮の者の口の葉に乗らない日はなかったようだ。

 

「わたしたち、盗賊に襲われたんですよ、姫様」

 

 すると、トリアが口を出した。

 イザベラはびっくりした。

 

「盗賊? 無事だったのか?」

 

「いえ、まったく無事じゃありませんでした。みんなで王都を出て、その日の夕刻に、突然に街道で二十人ほどの盗賊団に襲撃され、結局、全員ばらばらになってしまって……」

 

 トリアがさらに語った。

 彼女は男爵家の出であり、侍女たちの中ではもっとも積極的で好奇心も強い。十八歳。

 考えてみれば、最初に侍女たちがロウに抱かれたとき、イザベラの侍女を続けるのは、ロウの精を受けるのが条件だと申し渡すと、最初に手をあげたのがトリアだった。

 それはともかく、盗賊に襲われたという告白に、イザベラは目を丸くした。

 

「ヴァージニア様とユニクとデセルが捕まってしまって……。連中の根城に連れていかれたんです」

 

「ええっ」

 

 イザベラは声をあげた。

 そして、三人に視線を向ける。

 

「大丈夫だったのか?」

 

 まあ、ここにいるということは大丈夫だったんだろうし、見た感じ怪我もないようだが……。

 

「大丈夫じゃなかったですよう、姫様。連れていかれるや、あっという間に服を剥がされて、全裸にされて、身体のあちこちを見られて……。恥ずかしくて死にそうでしたあ」

 

 ユニクが言った。

 彼女は、子爵家の娘であり、ちょっと甘えた感じで喋る。これで、侍女団では年齢が高い方で二十二歳なのだ。ただ、外見は童顔ということもあり、そうは見えない……。

 しかし、なかなかの調整力も持ち主であり、他部署に跨る面倒な案件でも、彼女があいだに入れば、上手い具合に落としどころを見つけて、案をまとめてくる。

 王太女府の侍女団としては、なくてはならない存在だ。

 

「お、犯されたのか?」

 

 おそるおそる訊ねた。

 だが、それには、ヴァージニアは首を横に振った。

 

「それはなんとか……。というよりは、輪姦されそうになったんですけど、ロウ様の刻印がわたしたちを守ってくれました。何ノスも身体を弄られましたけど、結局、犯されることだけはなく、檻に入れられました……。まあ、闇奴隷として売るつもりだったらしくて、傷つけられることだけはなかったです」

 

「でも、ヴァージニアさんは、頭領に目をつけられて、連れていかれたんですよお。あれ、問題なかったんですかあ」

 

 ユニクがヴァージニアに言った。

 

「問題なくないわよ。思い出させないで……。あの連中、犯せないとわかったら、縛りつけてから、何度も口で……。うう……。ロウ様……。うう……」

 

 ヴァージニアが口惜しそうな顔になった。しかも、思い出したのか涙目になっている。

 イザベラは、慌てて、それ以上訊ねるのをやめた。

 

「それで、どうやって助かったのだ?」

 

「それで、モロッコを中心に連中が寝静まるのを待って、盗賊団の根城に飛び込んだんです。ノルエルの案で根城の一画に火をつけて放火し、連中が慌ててそっちに向かうのを確認して、反対側から……」

 

 トリアが口を挟んだ。

 

「はあ?」

 

 なんということを……。

 

「それで助かったのだな? だが、そういうときには王軍を呼ぶべきであろう。お前たちだけで襲撃するなど」

 

 イザベラは苦言を言わずにはいられなかった。

 なんという危ないことを……。

 

「姫様、わたしたちは王宮を逃亡してきたんです。王宮を出奔する許可は受けていません。実際、盗賊団から逃げだした後、王軍直轄領の城郭まで逃げ、庇護を求めました。でも、なぜか、わたしたちは手配されていたらしく、そこでも逮捕されそうになり……」

 

「なんだと──」

 

 イザベラは声をあげた。

 ヴァージニアたちの手配書……?

 

「姫様、そういう意味では、わたしたちも、どうして手配されるという状況になったのか、まったくわかりません。それは、確かに、王宮から逃げるように、姫様を追いかけてきましたが……」

 

 ヴァージニアが言った。

 イザベラは唸った。

 確かにわけがわからない。

 まあ、シャーラさえ戻れば、なにかわかるだろうが……。

 

「だが、それでどうなったのだ? まさか、捕縛された王軍も襲撃したのではないだろうな?」

 

 イザベラは訊ねた。

 しかし、どうでもいいが、波乱万丈ではないか。

 よく、ここまで辿り着いたな……。

 

「それは、クアッタが一生懸命に自分たちはただの旅芸人だと説明して……。決して、手配されている王宮からの逃亡者ではないと主張を……」

 

 トリアだ。

 イザベラは、クアッタに視線を向けた。

 いまは黙っているが、実は彼女はとてもお喋りだ。

 また、とても説明が上手だ。

 王太女府からの複雑な案件を各部署に説明するときには、いまはクアッタを使う。少なくとも、それで相手に話が通じないということはない。

 

「だが、それで旅芸人の装束を? しかし、なぜ旅芸人などと?」

 

「いえ、姫様、違います。旅芸人は単なる思いつきで、そのときには、本当に旅芸人の恰好をするつもりはなかったんです。だけど、女が十人一緒に歩いてるなんて、女芸人の一座か、娼婦団くらいしか思いつかなかったんです。でも、じゃあ、芸を見せろと言われて、困ってしまって……」

 

 クアッタが自嘲気味に笑った。

 そのときのことを思い出したのだろう。

 

「じゃあ、なんの芸をしたのだ?」

 

 イザベラは、次から次へと出てくる話に、ちょっと面白くなってきた。

 できれば、自分もそっちがよかったと思ってしまった。

 まあ、いまは大切な時期なので、暴れるなどはできないが……。

 

「それは、ヴァージニア様が……」

 

 クアッタが言い淀んだ。

 ヴァージニアだと?

 この真面目女がなにかの芸をするのか?

 

「色仕掛けで、地方軍の警備隊長をたぶらかしたんです。油断させて、昏倒させて、またまたみんなで逃亡を……」

 

 トニアが横から言った。

 ヴァージニアがちょっと顔を赤らめた。

 

「色仕掛けなあ……」

 

 少し前のヴァージニアなら、色仕掛けなど通用しないだろうが、いまのヴァージニアなら、男なら誰でも油断するかもしれない。

 四十女のくせに、二十代でも通用しそうな見た目の若さなのだ。

 

「でも、色仕掛けとは失礼よ、トニア。ちょっと脚を見せて、鼻の下を伸ばして油断したところを蹴りとばして、気絶させただけよ」

 

「蹴りとばした?」

 

 イザベラは思わず言った。

 

「男のあそこですよ、姫様。凄かったですよ。とにかく、そいつがヴァージニア様に手を出そうとしてたから人払いしてたんですけど、そいつを縛って閉じ込めて、裏口からみんなで逃亡して……」

 

 トニアが笑いながら言った。

 

「軍営からか? よく逃げれたな」

 

 イザベラは感嘆してしまった。

 すると、クアッタが再び口を開いた。

 

「まあ、城郭からも、なんとか逃亡はできたんですけど、そのときに、荷を置いていかざるを得なくなって……。わたしたち無一文になったんです。でも、セクトが大活躍だったんですよ──」

 

「セクトが?」

 

 セクトもまた男爵家の娘だ。二十二歳。

 もともと料理好きだったのもあり、ロウに支配されてからは、調理能力が覚醒した。

 宮廷の厨房係は別にいるから、始終ではないが、時折、セクトの料理や手作りの菓子を振る舞ってもらうことがある。

 とにかく、セクトの料理は大変な美味だ。

 王宮料理人でさえも、かなわないだろう。

 

「そのう……。辿り着いた次のサイモンの城郭の城壁外にある庶民用の食堂で、“くれいぷ”というお菓子を作らせて売らせてもらったんです。それが評判になって……」

 

 セクトが言った。

 サイモンは、王国の東側地域の中規模都市だ。ノール城に少し近い。

 だが、くれいぷ?

 なんだ、それ?

 

「くれいぷとはなんだ?」

 

「ロウ様に教えていただいたお菓子です。小麦粉を牛乳、バター、砂糖、卵を溶いて、温めた平らな石の上で焼いて生地を作り、そこに果物を挟んで食べるんです。それがとても評判になって……」

 

「本当に、美味しいんですよ、姫様──。城郭側からたくさん買いに来たりして……。とにかく、店の主人も大喜びでした。アムイゼンという商人があいだに入って、城郭内でも売ることになったんです」

 

「売るって、サイモンの城郭でか?」

 

「はい。それで、わたしたちはそれのレシピを渡す代わりに、ここまで辿り着く路銀をやっと手に入れました。売り上げの一部ももらったし」

 

 トリアがにこにこしながら言った。

 だが、イザベラはちょっとだけ、顔を険しくしてしまった。

 

「そんなものは知らんぞ。ロウに教えてもらったとはなんのことだ?」

 

 イザベラは言った。

 すると、なぜか侍女たちがどっと笑った。

 もしかしたら、食い意地を見破られたのかもしれない。顔に出ていたか?

 

「ロウ様は以前に、仕事でお作りになったことがあるとか……。ほかにも、寝物語でいろいろな料理のことを教えていただきました。くれいぷは、早速、作らせていただきます。材料さえあれば」

 

 セクトが微笑みながら言った。

 

「ライスに申しつけて揃えさせる」

 

 イザベラは断言した。

 

「そして、ここに来る途中に、本当の旅芸人の一座と出逢うことができたんです。たまたま、方向も一緒だったんで、ある程度の事情も打ち明けて、その旅に同行して、こっちに向かってきました。それで各地の関所も通り抜けられました」

 

 ヴァージニアが言った。

 なるほど、手配書が回っていることがわかったので、関所を誤魔化すために、本当に旅芸人に潜りこんだのだと納得した。

 うまいやり方を見つけたものだ。

 

「一座ではこの恰好でみんなで踊りを……。踊るときには顔を隠して、そして、この面を外して、もう一度踊るんです。結構、受けました」

 

 ヴァージニアが笑った。

 なるほど、受けるだろうなあと思った。

 どんな踊りか知らないけど、面をしているあいだは、道化師だと思っていたのに、面を外すと、これだけの美女集団だ。

 こいつらが、いまみたいに生脚を出して踊れば、男客に受けないはずがない。

 

「だけど、結局、その芸人団の団長がとんでもないやつで、わたしたちを逃がさないように服を隠したんです。この道化服だって、いつの間にか、どんどん丈を短くするし……。それでまた逃げ出したんです、姫様」

 

 トリアが憤慨したように言った。

 

「……とにかく、わたしたちの手配書がどれくらい浸透しているのか判断もできず、迂闊に、名乗るのは危険と思い、ノール城の守備をしている一隊には、最初は身元を隠して接触しました。だけど、冷たく追い返されてしまって……」

 

 ヴァージニアが言った。

 

「いつのことだ?」

 

 実はもう少し前に来てくれていたのだ。

 そう思うと、ライスに対する恨みのようなものが沸き起こる。

 

「三日前です……。それで、次いで、今度はわたしとモロッコだけで、ライスを直接に捕まえて、身元を明かし、姫様のところに連れて行ってもらえるように頼みました。だけど、斬られそうになって……」

 

「なんだと──。あいつ、そんなことは申しておらんかったぞ──。それは本当か──。わたしの女官長だと聞いたうえで、斬ろうとしたのか──」

 

 イザベラは激昂して声をあげた

 だが、モロッコが口を開いた。

 モロッコは騎士爵家の娘であり、まだ十五歳だ。

 実家のテンプル家は武門の家であり、代々優秀な軍人を輩出している家柄だ。

 モロッコは、幼いころから剣技の修業に励んで鍛錬を続けていたが、やはり、男にかなう技量を得ることはできずに、騎士になることから挫折して、侍女として王宮にやってきた。

 ところが、ロウの精を受けて、それだけで剣技が格段にあがり、今度はそこらの男騎士でも敵わないくらいに強くなったみたいだ。

 

「でも、なんだか様子が不自然でした。どことなく、心あらずという感じで……。まるでなにかに、取り憑かれていたみたいな感じでした」

 

 モロッコが言った。

 

「取り憑かれていた?」

 

 なんのことかと思った。さっき話したライスからは、そんな印象は受けなかったからだ。

 しかし、もしかしたら、なにかの原因でライスはおかしくなっていて、やっと正気に戻って、イザベラのところに今朝やって来た?

 

 そういうこともあるか?

 イザベラは疑念を抱いた。

 まあいい……。

 これも、後で確かめれば、なにかわかるだろう。

 

「そして、偶然にも、ノール城の外で、エルザ様たちと出逢いました。わたしたちはこんな格好しているので目立つし、エルザ様の顔はわたしも知っておりましたので……。だから、一緒に連れてきてもらったということです。お陰で、やっとライスを出し抜けました」

 

 ヴァージニアだ。

 彼女の王宮勤務は長い。

 当然、ヴァージニアは、エルザが宮廷にいた頃から知ってただろうし、もしかしたら、エルザも飄々とした素振りで、結構注意深いこともあるので、ヴァージニアのことを知っていたのだろうか……?

 いや、ないな。

 昔のヴァージニアと、いまのヴァージニアは見た目が違いすぎる。

 

「いずれにしても、大変な冒険だったのだな。だが、来てくれて嬉しい。なによりも寂しかった。これからも、わたしを助けてくれ」

 

「もちろんです、姫様──」

 

 ヴァージニアが応じ、ほかの侍女も一斉に声をあげた。

 

 







 *


【くれいぷ】


 ハロンドール地方西部のサイモン市が発祥の菓子料理。考案したのは、ハロンドール王国末期時代のアムイゼンという名の商人。
 初期のものは、小麦粉に牛乳とバターと砂糖を溶かした生地を丸い円盤状の鉄盤で薄焼きにし、果実などを包み込んで食べるが、現在では甘いクリームや氷菓子など様々なものを包む。
 伝承によれば、兇王ルードルフの娘であり、ロウ=サタルスの妻にして、ハロンドール副王のイザベラが、王太女時代に兇王ルードルフの命令によってノール離宮に幽閉された際、現地で庶民の料理に偶然に接して、宮廷に取り入れたとされる。
 なお、菓子の名の由来については、伝承が残されていない。


 ユーミール著『世界のお菓子とその由来』より
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