※この作品はR-18です。

【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】   作:ドン・ドナシアン

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334 狂騒の前兆

「……そういえば、お前、アーサーから離縁状を突きつけられたって話だけど、もう、そうなったのかい? それとも、ついに、家出してきたかい?」

 

 突然に、“ほっとらいん”の姿見から、アネルザを始めとして、シャーラとサキが現われ、まずは、エルザがここにいることに気がついたアネルザが声をあげた。

 

「へえ、耳が早いですねえ、王妃様……。だけど、離縁はまだですよ……。現段階では、タリオ大公の公妃です。第一公妃なしのね……。ここにはイザベラ様を説得すると告げて出てきたんです。一応許可もらいました。家出じゃありません」

 

「許可? あのアーサーは、もうお前の帰国を許したのかい?」

 

「そうですね。アーサー大公も、最早、わたしには価値なしと判断したみたいで、勝手にしろという感じでした。意外にもあっさりと里帰りの許可をもらえてしまって……」

 

 エルザが笑った。

 イザベラは驚いてしまった。

 一方で、アネルザが豪快に笑い始めた。

 

「とにかく、もう、戻んなくていいよ。あんな唐変木に、お前なんか勿体ない。二度と帰るんじゃない。男同士で勝手に決めやがって……。イザベラは、あれとは結婚などしないが、お前も戻る必要なんかないよ。タリオとは縁切りだ」

 

「それはいい事かもしれませんね、王妃様」

 

「待って、エルザ──。それはどういうことなの?」

 

 アンだ

 いつも落ち着いているアンにしては、珍しく気色ばんだ口調だ。

 

「……まあ、これから説明しようとしたんだけど、アーサー大公からは離縁を突きつけられたわ。ハロンドール国王も認めていることとしてね……。まあ、わたしとしては、向こうから離縁を言い渡されたことだけが不本意だけど、せいせいしたわ……」

 

「まあ、エルザ……」

 

 アンは唖然としている。

 

「心残りは、エリザベートを残してきたことよねえ。まあ、彼女は彼女で、うまくやってもらうしかないけどね」

 

 エルザがさらに言った。

 イザベラも目を丸くしてしまった。

 

「それはどういうことなのだ、エルザ姉上──。離縁というのは──?」

 

 そして、声をあげた。

 すると、エルザが困ったような表情になった。

 

「うーん、わたしから説明してもいいですけど、さっきの様子では、イザベラ様はなにも知らないみたいだし、ここでは部外者のわたしが、勝手なことを言うよりは、王妃様から、説明を伺った方がいいと思いますよ」

 

 エルザがイザベラに視線を向けていった。

 すると、アネルザが口を挟んできた。

 

「お前は、もう部外者じゃないよ。タリオには戻らないと決まったからね……。しかし、どうでもいいが、あのアーサーは、駄犬となにかを喋ったということで、もうイザベラを手に入れたつもりなのかい?」

 

「まあ、そんな感じですね」

 

「はっ――。そうはいくものかい――。あの馬鹿の約束事なんて無効だ──。いずれにしても、エルザ──。お前は今日からハロンドールの王室に戻るんだ」

 

「まあ、王妃様──。そう言ってくれて嬉しいです。じゃあ、わたし、しばらく病気になりますね。タリオから問い合わせがあれば、とりあえず、そう返し続けてください」

 

「わかった。いずれにせよ、イザベラとの婚姻も、アンの結婚も許すつもりはないからね。そうなれば、慌てて、お前に帰還指示が来るだろうけど、あれの情に絆されて戻るんじゃないよ」

 

「情なんて……。わたしは偽者(にせもの)だそうですから」

 

「偽者?」

 

 アネルザが首を傾げた。

 

「母親が貴族でないわたしは、王女の偽者だそうです。大公からは、これで偽者は不要だって言われました。イザベラ様を説得するくらいなら、役に立つだろうとか言われて……」

 

「あいつ、手に入れた女の扱いはよくないという評判は耳にするけど、そんな失礼なことを言うのかい──」

 

 アネルザが憤慨したように怒鳴った。

 どうやら、アネルザもまた、エルザたちの夫婦仲のことは、ある程度のことを承知していた気配だが、それよりも、いまの会話がどういうことなのか確認したい。

 

「ま、待ってくれ、王妃様、エルザ姉上──」

 

 いきなり喋り出したエルザとアネルザに、イザベラは割って入るように口を挟む。

 

「そうですよ、王妃様。ところで、どうしてここに? タリオ公国では、国王命令で収監されたと耳にしたんですが……」

 

 エルザだ。

 そういえば、さっき、そんなこともエルザが漏らしていた……。

 

「収監? お母様どういうことですか?」

 

 アンも声をあげた。

 アネルザが苦笑した。

 

「体調に障るから落ち着きな、アンもイザベラもね……。まあ、順に話すさ。まずは座ろうか。収監は本当さ、アン……。実をいうと、まだ、わたしは王都の監獄塔の最上階にいることになっている。手っ取り早くいえば、脱走してきたのさ。このサキの手引きでね」

 

「脱走?」

 

 イザベラが声をあげた。

 

「まあ、収監そのものが、こっちの策のようなものだからねえ」

 

 アネルザがまた笑った。

 すると、サキがアネルザを制した。

 

「話はちょっと待て……。こっちを片付ける。おい、チャルタ──」

 

 寵姫のサキが少女に向かって声をあげた。

 イザベラは、普段知っているサキとの口調の違いに驚いた。寵姫として後宮にいるときには清楚で落ち着いた感じだし、イザベラたちとともにロウに抱かれるときには、ロウに甘える感じもあるが、いまはそのどちらとも異なる。

 なんとなく、とても苛立っている雰囲気だ。

 しかし、なんだかこっちが素という感じでもある。

 また、少女がチャルタらしい。このチャルタは、ピカロとともに、彼女も最近の王のお気に入りの寵姫のひとりであり、今日の昼間、この離宮行きの警護隊に同行していたと言われたばかりだ。

 

「はい、サキ様──」

 

 チャルタという少女が直立不動の姿勢になった。

 彼女は、身体にローブ一枚を巻いた姿だ。寵姫の雰囲気は皆無だ。

 

「案内はご苦労だった。もう、王都に戻っていい──。お前もピカロとともに、わしの部下のラポルタの指示を受けろ……。ところで、直接に転送してきたからわからんかったが、ここの警護責任者だというライスという男については、ちゃんと処置したんだろうな?」

 

「もちろんだよ、サキ様──。ところで、ねえ、王太女様、はじめましてだよね。チャルタです」

 

 寵姫──チャルタらしいが、彼女がイザベラを見た。

 

「は、はじめまして……」

 

 とりあえず言った。

 それにしても、随分とざっくばらんで砕けた物言いだ。

 イザベラも圧倒されてしまうものを感じる。

 

「将軍のライスだけど、ちゃんと謝りに来た? そうなるように洗脳し直したんだけどね。もう、王太女様の言いなりだよ。なんだったら、性の相手でもさせたらいいよ。歳くっているけど、その分、ねちっこくていい味出すし、あそこもちょっといいもの持ってるし……」

 

「この馬鹿垂れがあ──」

 

 サキがスカートを舞いあがらせて、もの凄い蹴りをチャルタに叩き込んだ。

 まるで蹴り球のように、チャルタが壁に叩きつけられる。

 イザベラは目を丸くした。

 

「処置したんなら、お前にはもうここに用事はない。さっさと行け──」

 

 サキが怒鳴った。

 

「はい──。じゃあ、皆さん、さようなら」

 

 チャルタが姿見に飛び込んで消えた。

 イザベラは唖然とした。

 一方で、もうひとり小さな童女がいるが、その子はちょっと疲れたように、部屋の隅に歩いていき、そのまま壁にもたれて寝てしまった。

 

「あのう、この方は誰です?」

 

 エルザがサキを見て言った。

 

「んんっ? お前こそ、誰だ──?」

 

 サキがエルザを睨みつけた。

 

「わたしの娘さ。血は繋がってないけどね」

 

 アネルザが笑った。

 とにかく、座ろうということになり、椅子を運び込んだ。卓に新たにアネルザとサキとシャーラが加わる。

 

 まずは、お互いに何者かを紹介し合った。

 サキに対し、エルザについてはイザベラたちの姉妹だと説明し、妊娠のお祝いにタリオ公国からこっちにやって来たのだと説明した。

 エルザには、サキが自ら王の寵姫だと自己紹介し、さらに、やはりロウの愛人だと口にしたので、エルザは目が点のようになった。

 部屋の隅で居眠りをしている童女のことに言及はなかった。

 まあ、後で説明してくれるだろう。

 

 次いで、アネルザが口を開いて、王都の事情を簡単に説明してくれた。

 イザベラは改めて、驚いてしまった。

 それによれば、やはり、ルードルフ王がイザベラとアンのふたりを妊娠させたロウのことに激怒して、全土に手配書を回したことは真実だった。

 それどころか、捕縛次第に王都に連行して、絞首刑にすると息巻いているらしい。

 このことに抗議をしたアネルザは、王の逆鱗に触れた感じになり、監獄塔に収監されたとのことだ。

 しかし、脱走してきたというから、さらに驚きだ。

 また、重なって行われた重税や商家の大量捕縛による流通の混乱などで王都も乱れ、小さな暴動も多発しているらしい。

 それが、アネルザが王都を脱走してくる直前の状況とのことだ。

 暫く不在していたあいだに、なんという事態になっているのだろう。

 

「まあ、問題ない。こっちのことは任せておきな。お前たちは、しっかりと体調を管理することに専念するんだ。ただ、これに絡んで、またルードルフが余計なことを始めたんで、それを教えておこうと思ってね。タリオからもちょっかいが来るかもしれないしね。あっ、もう来てるんだね」

 

「そういうことです。わたしがタリオ公国大公アーサーの名代です。ハロンドール王がイザベラ様と大公の婚姻を認めたことをお伝えするために、わたしが派遣されたということです。説得というか、因果を含めるというか……」

 

「ほう、お前の役目は、アーサーの名代だったのかい? 説得役?」

 

「できれば、イザベラ様についても、気持ちよく承知する方がいいですからね。ちなみに、アーサー大公は、わたしが彼を愛していると思っています。だから、どんなに理不尽なことを要求しても、言いなりになると信じてます。だから、離縁することを決めているわたしをイザベラ様の説得に出すんですよ。まあ、説得したいとわたしから申し出たんですけど……」

 

 エルザが笑った。 

 

「へえ、知らなかったね。あいつとお前は政略だろう。愛だの恋だのというのを信じてるのかい、あの坊やは?」

 

「彼が女を愛することはありませんけど、女が自分に惚れるのは当たり前と思っていますからね……。ところで、まだ、イザベラ様とアンに、ほんの少しだけ聞いて、はっきりと教えてもらえなかったんですけど、もしかして、少し前に、大公がハロンドールの王都に来たとき、あいつ、イザベラ様に振られたんですか?」

 

「アンにも、イザベラにも、こっぴどく振られたというか、相手にもされなかったさ。こいつらには、すでに相手がいるからね」

 

 アネルザが豪快に笑った。

 

「それが、ロウ=ボルグ卿ですか?」

 

 エルザだ。

 とても複雑そうな表情をしている。

 まだ、愛人があまりにもたくさんいることに、わだかまりがあるのだろう。

 そんな顔だ。

 

「おっ、そっちの名は聞いたかい。まあ、そうさ」

 

 アネルザが笑うのをやめて言った。

 

「話は変わるが、アネルザ。以前にも言ったが、もう、お前はこっちにいるべきだ。反国王派のとりまとめなら、こっちからでもできるだろう。通信用の王家の魔石具とやらもあるのだろう? 場合によっては、このスカンダを使え」

 

 そのとき、サキが口を挟んだ。

 

「そうだねえ……。だけど、やっぱり、いまの王都も気になるしねえ」

 

 アネルザが迷っているような口調で応じている。

 

「いや、あのまま、監獄にいては、テレーズがなにをするかわからん。あれは、必要なら王妃のお前でも平気で殺させるぞ。わしも完全に守ってやれる保証はできん」

 

 しかし、サキが諌めるように断言する。

 それはともかく、テレーズだと──。女官長のか──?

 そのテレーズがアネルザを殺す?

 イザベラは疑念を抱いたが、とりあえず、口を挟むのは自重した。

 

「うーん、そうだねえ。まあ、確かに、それがいいんだろうねえ。アンとイザベラのこともあるし、こっちにいることにするよ。まあ、わたしがいるから、なにができるということもないだろうけど……」

 

「なら、そうせよ──。王都のことは任せよ。定期的に情報は入れる」

 

 サキが笑った。

 

「ねえ、お母様、さっきから、わたしたちの結婚とはどういうことなんですか? そして、エルザの離縁というのも……」

 

 アンが言った。

 

「うむ……。王妃殿下、そろそろ、ちゃんと説明してくれ」

 

 イザベラも口を挟んだ。

 

「そうだね。じゃ、説明するさ。だけど、まずは、エルザから話しておくれ。向こうにどういうかたちで話が来ているのかも知りたいんだ……。エルザは、さっきイザベラを説得するのが、アーサーに言われたお前の役割だと口にしたかい?」

 

 アネルザがエルザを見た。

 

「そうです……。それと、説明せよというなら言いますけど、わたしは公妃ですが、公国の中枢には関与していません。情報も十分にもらっていませんし、あまり役にはたたないかもしれないですよ」

 

「それでもいい。タリオがどういう風に、今回の一件を考えているのか参考にしたいんだ」

 

「……わかりました。では、改めて説明します」

 

 そして、エルザがイザベラに向かって真っすぐに姿勢を向ける。

 

「なんでも話してくれ、エルザ姉上」

 

「イザベラ様、ルードルフ王とアーサー大公はあることで、魔石通信を使って話し合いをしました。しばらく前のことです。アンのことについても……。そして、両者のあいだで決定されたのは、イザベラ様とアーサー大公が婚姻を結ぶということです。形式婚です。タリオ大公の妻になるが、お互いに国に留まり、年に限られた期間だけ、お互いに国を行き来して夫婦生活を送るというものです……」

 

「アーサーと婚姻だと? しかし、お腹の子は……」

 

 イザベラは困惑した。

 

「お腹の子は、アーサー大公が認知します。そういう王家と大公家の契約です。おふたりの関係は、先日のアーサー大公が王都を訪問したときからということになるそうです」

 

「こっぴどく振られたくせに、図々しい男さ」

 

 アネルザが口を挟んだ。

 すると、今度はエルザはアンに視線を向けた。

 

「アンについては、相応しい貴公子を紹介するということだったわ。タリオ大公は、自分の部下のうち、見目麗しい優秀な男を選ぶそうです。もう少し落ち着いた状況になれば、アンはタリオ公国に送られて、向こうで子を産み、彼が父親になるということで話が進んでいるみたい……。その相手に興味ある、アン?」

 

「な、ないわ──。お母さま、わたしはタリオに送られるんですか──? 嫌です──」

 

 アンが泣きそうな声で叫んだ。

 ノヴァもなにも言わないが目を丸くしている。

 

「大丈夫だよ。落ち着くんだ、アン」

 

 アネルザが言った。

 そして、さらにエルザが口を開く。

 

「イザベラ様とアーサー大公が婚姻することで、わたしは離縁ということになります。王国から二王女を嫁がせることをハロンドール王が嫌ったんです。ならば、わたしとは離縁をして、国に返すということをアーサー大公が申し出て、ハロンドール王が了承しました」

 

 エルザが言った。

 だが、イザベラも激しく動揺していた。

 タリオ大公と結婚──?

 確かに、形式婚であれば、王太女のままでも、そのまま即位したとしても、婚姻に問題はない。

 問題はないが……。

 冗談じゃない――。

 

「……というわけだ。もちろん、そんなことは許さないさ。だから、イザベラ、お前も腹を括りな。すべて、わたしたちに任せるんだ。あの馬鹿垂れはもうすぐ退位させる。そのために、わたしたちは動いているんだ」

 

「退位?」

 

 声をあげたのは、黙って話を聞いていたヴァージニアだ。

 イザベラもそれで我に返った。

 

「退位……と言ったか、王妃殿下?」

 

「それしかないからね。もちろん、お前たちをタリオ公なんかにやるものかい。こうなったら、ロウに引導を渡して、お前らの正式な夫になってもらう。向こうが大公なら、こっちも大公だ。ロウには出世してもらうよ」

 

 アネルザが豪快に笑った。

 イザベラは呆然とした。

 

「姫様とアン様に宛てた国王陛下の手紙を預かってます。いまのエルザ様と王妃殿下の話を裏づけるものです。今回は国王陛下は本気のようです」

 

 シャーラが王家の印のある手紙をイザベラに差し出した。封は切ってある。イザベラはとりあえず、それを受け取った。

 

「さて、じゃあ、これでいいか。とにかく、これで送り届けたよ。スカンダ、申し渡したことは必ず守れ。よいな」

 

 サキが立ちあがった。

 

「あい、サキ様」

 

 居眠りをしているかと思ったら、目が覚めていたみたいだ。一緒にやってきた童女がにんまりと微笑んで頷く。

 

「おや、もう行くのかい、サキ?」

 

 アネルザがサキを見た。

 

「うむ。わしも忙しいのでな。王都のことについては、必要なことは必ずこっちに入れる。必要なことはな――」

 

 サキが消えた。

 転送術だ。

 

「必要なことは……?」

 

 そのとき、ほとんど独り言のような口調で、アンがそう呟き、ほんの少し小首を傾げた。

 

 

 *

 

 

「ところで、タリオのクロノス様は、あっちの方はどうなんだい? なんだかんだで、クロノスを名乗るんだから、あっちはそれなりに強いのかい?」

 

 アネルザが酒を口にしながら言った。

 イザベラは閉口した。

 ここは、それぞれの寝室のうち、アネルザにあてがった部屋でだ。

 

 サキが戻ったあともしばらく話をしていたが、それもやっと終わり、就寝することになったのだが、久しぶりに集まったのだから、ちょっと乾杯程度の酒を飲もうということになった。

 集まったのは、イザベラ、アン、エルザの三姉妹に王妃のアネルザである。

 また、ノヴァもいるが、もっぱら給仕をしているだけで、酒は飲んでいない。

 イザベラとアンも妊娠中なので自重している。

 また、ヴァージニアとシャーラは、ヴァージニアたちの服をどうにかしようと話し合いをしにいった。そのまま、就寝するはずだ。

 

 つまりは、飲んでいるのは、アネルザとエルザだけということだ。

 しかも、乾杯程度といいながら、ふたりはかなり酒を過ごした。

 ふたりとも顔も赤いし、かなり酔っているように見える。

 

「あっちですか、王妃様……。そりゃあ……。まあ、普通じゃないでしょうか、ひっく……。まあ、最近は……いえ、二年ほどは……お見限りですけど、ひっく……。あっ、アーサーは女には不自由してませんよ。もてるんです。こっちのクロノス様は?」

 

 一方でエルザについては、完全にできあがっている。

 呂律も怪しいくらいだ。

 

「ふふふ、エルザも愉しそうね。こんなに気を抜くなんて、向こうじゃあできないと言っていたから、たまにはいいわよね」

 

 アンが笑った。

 イザベラは肩を竦めた。

 まあ、アンが言うなら、いいのだろう。

 もう少し付き合うか。

 イザベラは、酒代わりの果実水を口にした。

 

「普通ねえ……。おい、お前ら、ロウがどれくらい性に強いのか教えてやりな。まずはアンだ。ロウはお前たちを愛するときには、何回くらいやるんだい」

 

「何回?」

 

 しかし、エルザはその質問そのものに驚いている。

 どうしたのだろう?

 

「回数とはどういうように数えたらよいのでしょう……? わたしたちの場合は、いつもふたり一緒に愛してもらっているので、回数と言われても。ねえ、ノヴァ?」

 

「あっ、は、はい……。回数って……。さ、さあ……」

 

 いきなり話を振られて、ノヴァは顔を真っ赤にしている。

 アネルザはにやにや笑いだ。

 

「じゃあ、お前らは何回くらいいくんだい、アン? ここは女だけだ。しかも、わたしらだけだ。本当のクロノスのすごさをエルザに教えてやりな」

 

 アネルザが笑った。

 

「さ、さあ……。何回? 数えたことなんて……。そもそも、ロウ様のはすごく気持ちよくて……。最後まで意識を保っていたことなんて……」

 

「え、ええ?」

 

 エルザがびっくりしている。

 

「どっちにびっくりしたんだい、エルザ。ふたりいっぺんのところかい? それとも回数かい? こいつのいうことは本当さ。かくいう、わたしもそうでね。あいつと愛し合うとき、わたしも最後まで意識を保っていたことなんてほとんどないね。快感落ちというやつさ。しかも、信じられないくらいの絶倫なんだ」

 

 アネルザが大笑いした。

 

「酔いも醒めたわ。なにそれ? 意識を失うまでって……」

 

 エルザがぶつぶつと呟きだした。

 イザベラは首を捻った。

 

「気絶するまで抱かれるというのは、もしかして、それは普通のことではないのか?」

 

 イザベラは訊ねた。

 すると、エルザが目を細めて、イザベラを見た。

 

「んなわけ、ないでしょう。気絶するまでって、どれくらいやられたら、そうなるんですか?」

 

 エルザが言った。

 イザベラはちょっと驚いた。

 いまのいままで、イザベラはそれが普通だと思っていたのだ。

 それはともかく、やっとエルザが砕けた口調で話しかけてくれた。ちょっと嬉しい。

 

「しかも、あいつは、続けて何人でも抱くよ。二十人くらい同時に相手して、全員に精を放って、しかも、抱き潰したこともあるんだよ。全員だよ」

 

「冗談、言わないでください、アネルザ様。やっぱりからかってるんですね」

 

「からかっているかどうか、あいつが戻ってきたら、相手してもらってみな。ただし、ちょっと特殊な性癖もあるけどね……。女を縛って抱くのが好きなんだ。まあでも、満足させてくれるのは間違いないよ。よければ、本当に考えな。お前のことを偽者なんていう失礼なクロノス殿より、こっちのクロノス様がいいよ。とにかく、毎日毎日、少なくとも、十人以上抱いて、全員を抱き潰すんだ。すごいよ」

 

「やっぱり酔っているんですね。真面目に聞いてたのに」

 

 エルザが目の前の盃をぐびぐびとあおった。

 

「わたしは、真面目だよ。ところで、今日会ったヴァージニアだけど、何歳くらいに見える?」

 

 さらに、アネルザが酒を口にしながら言った。

 

「年齢ですか? まあ、若い感じだけど、王太女付の女官長だし、三十歳くらいにはなってますか? そんなに歳をとってるようには見えませんけど……」

 

 エルザが思い出すような素振りをしながら言った。

 

「四十歳だ。お前が王宮にいた頃から官吏をしてたよ。外観が変わったから思い出せないだけさ」

 

 アネルザが笑った。

 

「えええっ」

 

 エルザが眼を見開いてびっくりしてる。

 

「わたしだって、かなり見た目が変わったと思わないかい? 化粧で逆に歳を老けて見せてるんだ。わたしの立場からすると、あんまり若く見えてしまうと、都合の悪いこともあるんでね」

 

「あっ、それ、思いました。訊ねようと思ってたんです。なにか、特別な薬液のようなものを使っておられるんですか? 肌なんて若いですよねえ。皺も見えないし……」

 

「ロウだよ。あいつに抱かれれば、老婆だって若い美女に変わるのさ。誰にも言うんじゃないよ。馬鹿みたいな騒動になるからね。ほら、興味持ったかい?」

 

 アネルザが高笑いした。

 

「酔ってるんですね」

 

 エルザがぷうと頬を膨らませた。

 すると、アネルザが急に真顔になった。

 

「それはともかく、わたしは、ここから、父の辺境侯をはじめとして、有力貴族に檄文を送りまくる。いまの王都情勢を説いて、一致団結して、退位を迫ってもらうつもりだ。なに、あの駄犬は基本的に臆病なんだ。応じなければ叛乱も辞さないといえば、最終的には降参するさ」

 

 アネルザは真面目な顔できっぱりと言った。

 

「そんなこと、わたしの前で言っていいんですかあ? これでも、まだ、タリオ公妃なんですけど」

 

 すると、エルザが酒を口にしながら、意味ありげに微笑みながら応じた。

 

「好きにしな。情報を洩らすなら、早晩、ルードルフは退位するから、あのろくでなしとの口約束なんて無効だって伝えな」

 

 アネルザが豪快に笑った。

 かなり、機嫌がいいみたいだ。

 

「洩らしませんよ……。あの男は、ああ見えても、謀略をするのが趣味みたいなところがあるんですから……。極力、情報は隠した方がいいんじゃないですか。まあ、どうせ、そんな大きな動きするなら、感づくのは間違いないですけど」

 

「それならそれでいいさ。ところで、イザベラ、そういうわけだから、あちこちの領主に檄文を送りまくるよ。そのとき、お前の名も使っていいかい?」

 

 アネルザがイザベラを見た。

 

「それは了承する、王妃殿下」

 

「場合によっては、わたしが自ら、スカンダを使って有力地方領主のところに乗り込む。あれを使えば、三日もあれば、ハロンドールの端から端まで移動できる。実証済みさ。だから、それも了承しておくれ」

 

 アネルザが白い歯を見せた。

 スカンダの能力については、イザベラも教えてもらった。サキからアネルザに従うように命令されて、ここに置いていかれたことも把握をした。

 

「そのことだが、王妃殿下、実は考えていることがある」

 

 イザベラはアネルザに言った。

 明日にでも話そうと思っていたが、話題が出たので、いま言うことにした。

 アネルザも、なにかを感じたのか、酒の入った杯を置いて、居住まいをただした。

 

「どうしたんだい?」

 

「つまり、これからのことだ。王妃殿下は王妃殿下でさっきのように動いてもらいたい。だが、それとは別に、わたしについては、そのスカンダを使わせてもらい、王都に戻ろうと思う。シャーラも一緒だ」

 

「なんだって? この状況で王都に戻るだって? 冗談じゃない」

 

 アネルザが驚きの声をあげた。

 

「いや、聞いてくれ、王女殿下。ほんの少し耳にしただけでも、王都は大変な状況のようだ。このまま、放っておくわけにはいかない。なによりも、王都の民、そして、王国に住んでいる者のためにも、国をこれ以上乱させるわけにはいかない」

 

「待つんだ、イザベラ。王都はいま、混乱の渦中だ。お前はだめだ。ましてや、妊婦なんだ」

 

「いや、王妃殿下……。しかし、このままでは、王家の争いに疲弊して辛酸を味わうのは、この王国に住む民そのものだ。わたしは、争い事には反対だ。国が乱れれば民が苦労する。わたしは戻って、王陛下に会う。それで話し合う。まずは、国を乱さないのが施政者の義務だ。王妃殿下が諸侯を反国王でまとめる動きは、国王陛下への牽制になる。わたしの話を無視することはできないはずだ」

 

 イザベラは、はっきりと言った。国を乱さないのが施政者の義務だと説いたのは、実はロウだ。伝えてくれたのはアネルザだが、ロウの言葉は、イザベラにとっては大切な言葉だ。

 また、サキが戻った後のことだが、テレーズという闇魔道師のことも聞いた。

 ルードルフが操られている可能性のことも……。

 

 一方で、ヴァージニアたちの手配書が回された経緯は、結局この場ではわからなかったが、ルードルフ、あるいは、テレーズがイザベラを孤立させたいために、侍女たちの合流を阻止しようとしたのではないかということだった。

 そうなれば、イザベラが王都に戻れば、その場で監禁される可能性も高い。

 

 だが、アネルザがここに来る直前の王都の混乱や物価高の話も聞くと、このまま放っておくわけにはいかないという考えにも至った。

 王都に戻りさえすれば、やれることもあるだろう。

 ルードルフとの対話が決裂したとしてもだ。

 

「でも……」

 

 アネルザは困った顔になった。

 騒乱を起こさせて、ルードルフ国王に退位を迫ろうと考えているアネルザたちにとっては、イザベラの決意は、相対する考えだろう。しかし、イザベラはそれが一番いいと思っている。

 対立するのはいつでもできる。

 だが、まずは王家で話し合うことだ。

 

「いや、わたしは決めている。王都に戻る」

 

 イザベラは断言した。

 そのときだった。

 目の前の空間が揺れて、童女の雌妖魔、すなわち、スカンダが出現した。

 

「ごめんなさい。王都に戻ることはできません。王太女さまに、王妃さま、ううーんと、それに、シャーラお姉ちゃんに、王太女さまの侍女の人たち……。その方々は、王都には戻れません。戻ろうとしても、スカンダが全力で連れ戻してしまいます。本当にごめんなさい」

 

 いきなり、スカンダが申し訳なさそうに頭をさげた。

 イザベラはびっくりしてしまった。

 

「どういうことだい、スカンダ? 聞き捨てならないよ。わたしらを王都に戻さないって、どういうことだい――?」

 

 声をあげたのはアネルザだ。

 酔いも醒めた感じで、スカンダを睨んでいる。

 しかし、イザベラも、スカンダの様子から、ちょっとただならぬものを感じ取った。

 

「ごめんなさい。サキ様のご命令です。スカンダには、サキ様からのご命令が解かれないと、そうするしかありません。そう契約してしまいました。王都に戻ること以外は、なんでもしていいです。だけど、王都に行こうとすれば、馬車でも、馬でも、魔道でも、どんな方法を使っても、スカンダはここに連れ戻してしまいます。ずっと、ずっと見張ってます。ごめんなさい」

 

 また、スカンダが頭をさげた。

 見ると、泣きそうな顔だ。契約がどうのこうのと言っていたので、おそらく、スカンダにはどうしようもないかもしれない。

 しかし、このスカンダの能力を聞く限り、スカンダを出し抜いて、王都にこっそり戻るなど不可能な気がする。

 いまの話をまともに聞けば、スカンダはイザベラやアネルザの見張りも、サキに命じられているのだろう。

 

「王妃殿下、いまのはどういうことなのだ? サキ殿とは、どういう話になっているのだ?」

 

 イザベラはアネルザを見た。

 だが、アネルザはかなり困惑している。動揺しているといっていい。

 

「どうなっているといっても……。わたしにも、さっぱり……。ねえ、スカンダ、サキはわたしやイザベラをここに監禁しろと、お前に命じたのかい――?」

 

「スカンダが命じられているのは、王都には戻すなということです。邪魔なので……」

 

「邪魔? なんの邪魔だい? あいつはわたしたちを裏切ったのかい――?」

 

「スカンダにはわかりません。だけど、スカンダは命令に背けません」

 

「話にならないねえ。とにかく、サキだ。じゃあ、話をするからサキを呼んできておくれ。お前が王都に戻って――。わたしの命令に従えと、サキに言われたんだろう、スカンダ――。これは命令だ」

 

「それも、サキ様に禁止されてます。スカンダが戻ることも、王妃さまが王都に手紙を出すのも……。ごめんなさーい。ほかのことは言うことききますから。ごめんなさーい」

 

 スカンダは本当に泣き出してしまった。

 イザベラは唖然とした。

 そのとき、エルザが真剣な表情で口を開いた。

 

「ところで、スカンダちゃん……だっけ? あんたが拘束を指示されている者の中にわたしは入ってないわよね?」

 

「えっ、エルザ……お姉ちゃん……ですか? なにも、言われてません」

 

 泣いていたスカンダがきょとんとした顔で答えた。

 すると、エルザがイザベラに視線を向けた。

 

「だったら、このスカンダちゃんにわたしが送ってもらって、わたしが王都に行きましょう。だから、妊婦さんは大人しくしてなさい。いずれにしても、まずは状況を正しく把握しないとなにもできないわね」

 

 エルザが柔和な微笑みを浮かべた。

 

 

 *

 

 

 ピカロとチャルタは、王都にある小さな廃屋で、ひとりの雌妖魔と向かい合っていた。

 名前はラポルタ――。

 もちろん、ピカロもチャルタも、彼女を知っている。

 サキの腹心のような存在で、サキと同じように、どんな姿にも変えられる。いまは、どこにでもいるような平凡な人間族の若い女の外観をしていた。

 

「サキ様の新しい指示だって?」

 

 ピカロは言った。

 王都に戻ったところで、ピカロとチャルタは、このラポルタの呼び出しを受けたのだ。

 サキからは、王都に戻ったら、極力、サキには会わずに、このラポルタから指示を受けろと言われている。

 どうして、そんなことを命じるのかわからないけど、サキの命令は絶対だ。

 ピカロもチャルタも、一応は神妙にしている。

 

「はい。新しいというよりは、本当のご指示と言っていいでしょう」

 

 ラポルタだ。

 ピカロは首を傾げた。

 

「本当の指示って、なにさ? ぼくは、公爵の私軍と王都にいる将軍を喰って、支配してしまえと言われてるんだけど」

 

「おれは、ピカロの手伝いだ。結構、忙しいんだけど? それとも、あんたも一度おれたちを味わう? 少しなら時間を割けるよ」

 

 ピカロに次いで、チャルタも言った。

 だが、ラポルタは微笑みながら、首を横に振る。

 

「遠慮しときましょう。それよりも、真の任務です。ピカロさんは、そのまま、王都にいる軍を支配してしまってください。チャルタさんは、アネルザ王妃の実家のマルエダ辺境侯の領土に飛んでください。そこに、アネルザ王妃の檄文により、諸侯の軍が集まります。集まらなければ、辺境侯を使って、集めてください。やり方はこちらで教えます」

 

「辺境侯? なにそれ? そんなの支配してどうするのさ?」

 

 チャルタはきょとんとしている。

 辺境候のところに行って、諸侯を集めて喰えなんて、いままでサキに言われてないことのはずだ。

 

「それは、わたしの指示を待ってください。最終的には、戦争ということになるんでしょうね。ピカロさんの支配する王軍と、チャルタさんの支配する辺境侯軍には、全面対決してもらうことになると思います。操って戦争させるんです。しっかりと頼みますね」

 

「ええ? ただ支配するだけじゃないの?」

 

 なにそれ?

 人間族を戦争させる?

 ピカロは思わず言った。

 

「わたしの指示は、状況に合わせて逐次に届きます。ちゃんと実行してください。特に、辺境侯側につくチャルタさんは重要です。定期の状況報告を怠らないようにしてください。お互いの連絡は、専用の飛脚妖魔を使いますから」

 

「そんなの面倒だよ」

 

 チャルタも不満そうに言った。

 

「そうだよ。そんなの、本当にサキ様の命令? そもそも、なんで、あんたの言うことをきかないとならないの?」

 

 ピカロはさらに不平を口にした。

 すると、微笑みを浮かべていたラポルタの顔が一変した。

 額に血柱まで立てた怒りの表情になる。

 ピカロは、その激変にびくりとした。

 

「なんだとう、サキュバスごときが、下手に出てりゃあ、いい気になんじゃねえよ――。じゃあ、お前ら用に、言い直してやる。ぐずぐず言わねえで、言われたことをやれ、この低能ども――。そして、次の指示を待て――。さもねえと、お前らの股ぐらを引き千切るぞ――」

 

 凄まじい剣幕でラポルタが怒鳴った。

 そして、左右の手に先端に金属の刺がたくさんある長鞭を出現させ、ピカロとチャルタの足下を叩いて、大穴をそこに開けた。

 

「ひいっ」

「うわっ」

 

 ピカロとチャルタは悲鳴をあげ、指示に従うために、大慌てで魔道で跳躍した。

 

 

 

 

(第15話『離宮の王太女』終わり)

 

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