【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
そうこうしているうちに、馬車はやっと褐色エルフの里の入口にまでやってきた。
幌の前側から覗くと、里の入り口で、十人ほどの里のエルフが殺気立った様子で警戒をしている。
「とまれ──。何者だ──」
そこから怒鳴り声がした。
馬車の前を進んでいたマーズとコゼが呼びとめられたらしい。
すぐに、イライジャが馬車を近づけてとめる。
「わたしよ。イライジャよ──。久しぶりね、タルト。ユイナの競売に参加する人間族のパーティーよ。約束通りに来たわ。事前の参加届けは、三箇月前にしてるわ」
タルト?
聞き覚えのある名前に、一郎とエリカも御者台側から顔を出した。
「おおっ、お前たちは──」
タルトが声をあげた。
魔道石騒動のとき、ダルカンの一派にさらわれたイライジャとイライジャの義父で元
ほかにも、プルトとかエクトスとかいうエルフ男がいて、一郎が去るときには、里長だったダルカンを追放したあとの、臨時の警備団のリーダーのようなことをみんなでやっていた。
そのうちのひとりだ。
「久しぶりですね、タルトさん」
一郎は言った。
もっとも、あの魔道石騒動のあと、彼らは、恩知らずにも、一郎を魔妖精召喚の罪で死刑にしようとしたということがあったので、一郎としては再会も複雑だ。
タルトもちょっと困ったような顔をしている。
「とりあえず、里に入れてよ──。ところで、この物々しい警戒は魔獣のため?」
「まあな……。このところ、以前にも増して、森に魔獣が多くてな……。とにかく、ちょっと待ってくれ、いま門を開ける」
タルトが一緒にいたエルフ戦士の男女に指図した。
バリケードのようになっていた門が開かれていく。
やはり、以前にやって来たときには、こんな警戒などなかった。
一郎もエリカも、里の入口など素通りして、里の中まで入ったのだ。
「……ところで、イライジャ、その様子では聞いてはいなかったようだが、競売は中止になった。ユイナの競りは行われない。先に来た人間族の奴隷商人たちのグループも、もう立ち去っている。競りはないんだ」
タルトが馬車の下から言った。
一郎はびっくりした。
「えっ、どういうこと?」
イライジャも声をあげた。
「ユイナは逃亡した。脱走したんだ。一箇月ほど前にな……。とにかく、プルトのところに連れて行くよ。あいつは、いま、この里の自警団の隊長なんだ」
タルトは言った。
とにかく、馬車を里の中に入れてもらい、そのままタルトの指示を受けた青年に案内されて、里の中を進む。
やがて、里の中心部に着いた。
かつて一郎が簡易裁判を受けたこともある里の広場だった。
ただ、あのときにはなかった平屋の建物がそこにできている。
「ちょっと待ってくれ」
その青年が一度、平屋の建物の中に入っていき、すぐに戻ってきた。
「プルト殿がお会いになる。こっちだ」
一郎は、ほかの者を幌馬車に待機させて、エルフ族のイライジャとエリカだけを伴って建物の中に入ることにした。
案内を受けて入ったのは、事務所のような場所だった。
そこに大きなテーブルがあり、プルトがいた。また、もうひとり、年配のエルフ女性がいる。
会ったことがあると思ったものの、すぐには思い出せなかったが、魔眼でステータスを確認して、すぐにあのときの裁判を担当した「バロア」というエルフ女性だということを思い出した。
あのときの裁判における扱いは、人間族の一郎には非常に不公平で理不尽なものだった。
しかし、この公平で高潔な女性が裁判官役をやってくれたおかげで、最終的には、一郎は不当な判決を受けないで済んだのだった。
「バロア様、イライジャです。戻ってきました……。プルト、久しぶりね」
イライジャが言った。
ふたりが顔をあげる。
「おお、面会人というのはお前たちだったのか──。イライジャ、ロウ──、久しぶりだ」
プルトが大きな声をあげた。
横のバロアがにっこりと微笑んだ。
「……元気そうでなによりね。あなたに酷いことをした里だから、もう一度来てくれるとは思わなかったわ、ロウ」
バロアも言った。
「イライジャがわざわざ遠くまで来てくれて、俺に依頼をしてくれたんです。いまは、ハロンドールの王都を拠点にして冒険者をやっています。頼まれたのは、ユイナのことだったんですけどね」
一郎は言った。
「まあ、座って」
バロアが言った。
ふたりの前には大きな地図があった。いろいろと記号や文字が書き込んであり、どうやら魔獣に対する警備要領などについて話し合っていた気配だ。
プルトがそれを片付けて、椅子に座るように勧めた。
一郎たちは三人並ぶようにテーブルにつく。ふたりも、その正面の椅子に座り直した。
すると、バロアがすっと手をあげた。
目の前に透明の盃に注がれている液体が出現する。ちょっと盃に触れてみると随分と冷えている。
「この里で獲れた果実の実を溶かした水よ。お口に会うといいんだけど」
バロアがにっこりと微笑んだ。
「いただきます」
まさか、毒のようなものではないだろう。そんなことをしても意味がない。
一郎はすぐに、ひと口飲もうとした。
だが、それを制して最初にエリカが口にする。
毒味のつもりだろう。もちろん、わざわざ、それをするのは、エリカなりの不満の態度の現れなのだ。
エリカは、かつて、一郎を陥れかけたこの褐色エルフの里の行いに対して、いまだに悪感情を抱いているみたいだ。
「あっ、美味しい」
エリカがちょっとびっくりした声を出す。
一郎も口にする。確かに、果実水は驚くほどに美味だった。
これは、馬車で待っている女たちにも、飲ませてあげたいと思った。
バロアはその様子を見守るように、にこにこしていた。
「ロウ、バロア様は、いまは、
イライジャが言った。
「そうか……。よろしくお願いします、バロアさん」
一郎は軽くバロアに会釈した。
しかし、それは、さっきバロアのステータスを確認したときに、すでにわかった。
そのときには、里長は、あのトーラスではなかったのかと一瞬思ったが、すぐに、孫娘のユイナが大変なことをしでかしたために、里長をやめたと事前に説明されていたことを思い出してもいた。
「もう暫定ではない。正式に里長だ。数日前に、女王からの通達も得た」
プルトだ。
女王というのは、馬車の中で話にも出たガドニエルという女エルフのことだろう。
里長ということになれば、一応は女王からの指名という儀礼のようなものが必要なのかもしれない。
「トーラスも、ダルカン時代の乱れを立て直そうと、里のために一生懸命にやっていたんだけどね。今回のことで、正式に引退して隠居するそうよ……。彼には会った?」
バロアの言葉に、イライジャはまだだと返事をした。バロアは、だったら、後で訪ねて元気づけてやって欲しいと言った。
トーラスは、以前、一郎たちが最初にやって来たときに寝泊まりした里外れの一軒家にいるらしい。
「しかし、しばらく会わないうちに見違えるようだ。外見は同じだが、まるで雰囲気が別人だ。威厳があるというか……。一瞬、わからないくらいだった。冒険者とか言っていたが、かなり活躍をしているのだろうな」
プルトが感嘆したように言った。
「そうですか? 自分ではわかりませんが」
一郎は笑った。
「本当にそうね……」
バロアも頷いている。
ふたりして、そう言うのだから、一郎もなにかが変わったのだろうか。
自分では、よくわからないが……。
「エリカ……だったわよね。ロウとは仲良くしてもらっているの?」
「えっ? は、はい」
突然にバロアに話を向けられて、エリカは戸惑ったように応じた。
そして、思い出したように、さらに口を開く。
「それと、いまは、ロウ様は、ロウ=ボルグ……。ハロンドール国王から子爵の爵位をもらってます。貴族です」
「子爵?」
プルトが一郎に視線を向けた。
「そうだったわ……。彼のいまの正式名は、ロウ=ボルグ卿──。冒険者としての功績で、子爵の地位を受けた枢機卿です。ハロンドール王家の王太女殿下や王妃殿下とも親しくされていて、王都でもっとも有名な冒険者といって間違いないと思います。ランクは
イライジャが慌てたように口にした。
そう言われると、大変な人物のように思えるが、単に節操なく女を増やしていった結果として、その女たちのおかげで、そうなっただけだ。
一郎は、子爵といっても名ばかりで、別に王家からなにかの扶持や領地などを得ているわけじゃないと付け加えた。
「それでもすごいな。それは人間族としては、大きな出世なのだろう? とにかく、おめでとう。ロウ……いや、ロウ卿……。里の恩人でもあるのに、あなたには後味の悪い思いをさせただけで終わったからな」
一郎はプルトの物言いに、ロウと呼び捨てでいいと口にした。
イライジャも、「わたしもざっくばらんに話すわよ」と横から言う。
プルトも、じゃあそうするかと頭を掻いた。
それから、一郎がどんな活躍をしているのかという話題になった。エリカが王国内に発生した特異点を幾つも発見してそれを破壊したりして、何度も王家から褒賞を得ていると説明した。
プルトとバロアは感心していた。
「……それはいいとして、ユイナにはなにがあったの、プルト?」
話がひと段落したところで、イライジャが本題を口にした。
プルトが頷いた。
「……そうだった……。そもそも、ユイナのことで来てくれたのだったな……。だが、遠くからやって来てくれたのに、こんなことになって済まなかった。競りの参加に登録をしてくれていた奴隷商たちには、里から迷惑料を支払う。もっとも、里には人間族に渡せる貨幣の備蓄は乏しいので、魔道石で支払うというかたちになるが……」
「それは、なんでも結構です。それよりも、なにがあったのかを教えてください」
一郎は口を挟んだ。
すると、プルトはバロアの顔を見た。
「……言っていいわ。どうせ、わたしたちが説明をしなくても、この後でトーラスのところに行くのだろうから」
バロアが言った。
プルトが頷き、語り始めた。
それによれば、やはり、ユイナは逃亡をしたということらしい。
監禁されていたのは、一郎とエリカも収容されていた里の中心にある塔であり、そこに脱走防止の結界の魔道とともに、見張りをつけて閉じ込めていたそうだ。
しかし、一箇月ほど前に突然に脱走したとのことだ。
どうやって、逃げたのかも不明らしい。
とにかく、簡単には破れないように、幾重にもかけられた塔の結界がことごとく外され、見張りについても、なんらかの手段で全員が眠らされてしまったようだ。
気がついたら、塔や牢の出入り口が外側から壊されていて、ユイナは牢からいなくなっていた。
そういうことらしい。
「……ともかく、そういうわけで、ユイナの処罰としての競りは中止になった。彼女はまだ発見されていないが、すでに、刑が改められて、今度捕らえられれば、不名誉刑の受け入れによる免罪もなくなった為、そのまま処刑となる。わざわざ、来てくれて済まなかった、ロウ……。そして、お前には気の毒なことになった、イライジャ」
「いえ……」
一郎はとりあえず言った。
イライジャも顔色を失って唖然としている。
「もしかして、この魔獣の大発生と、ユイナの逃亡にはなにかの関係がありますか……? つまり、ユイナが逃亡をするために、魔獣を大発生させたとか……」
エリカが口を挟んだ。
まさか、いくらなんでも、ユイナもそんなことまではしでかさないとは思うが、エリカはユイナについても、いい感情を持っていない。エリカにとっては、それくらいのことをやりそうな娘なのかもしれない。
それに対して、プルトは首を横に振った。
「どうなのかな。わからん。ユイナが一度、禁忌の魔道を暴発させて、里の近くに大量の魔獣を出現させたのは事実だが、魔獣の発生の頻発はずっと以前からのことだし、それはユイナが収容されているあいだも変わらなかった……」
「でも、あの娘は、実際に里の近くに魔獣を呼び込んだんでしょう?」
「だったら、もしかして、関係があるのだろうか……? ユイナが逃亡を容易にするために、さらに魔獣を発生させて、俺たちがユイナに関われなくした? 実際に、こうやって、俺たちは里の防護で手がいっぱいで、ユイナに追っ手をかける余裕はないしな」
「いいえ。そこまで大それたことをあの娘がするとは思えないわ。それに、逃亡をしたとしても、彼女の魔道は封印されているわ。まあ、ユイナの逃亡と、いまの魔獣の大発生には関連はないでしょう」
バロアが言った。
「ユイナの逃亡先に心当たりはありませんか?」
一郎は訊ねた。
すると、プルトが首を横に振った。
「……ユイナは里の外に逃亡したということしかわからない。だが、森の外にひとりで出たとすれば、可哀想だがユイナは魔獣に殺されたと思う。バロア殿がいま言ったとおりに、ユイナの魔道は、罪の一環として封印していたしな」
「でも、なんらかの手段で、その封印を解いたのかも」
一郎は言ったが、プルトはそんなことは不可能だと断言した。
しかし、一郎は、不可能なはずの塔の結界を破ったのだから、封印されている魔道を解放することもできたはずだと思う。
だが、なにも言わなかった。
いずれにしても、一郎は、彼らにこれ以上の口を挟む立場ではない……。
*
トーラスのいるはずの里の離れの家は、まったく外見に変化はなかった。
相変わらず、周りにはほかに集落はなく、ぽつんと一軒だけ、その家が建っているという感じだ。
二年近く前に、初めて一郎がここにエリカとともにやって来たときには、実はここが反ダルカンの拠点になっていた。
でも、さすがに、いまはなにもないだろう。
ただ、ユイナのことで里長を辞任しなければならなくなったトーラスが、余生を暮らすだけの場所のはずだ。
馬車でやって来ると、トーラスは庭で庭仕事をしている最中だった。
やって来た一郎たちの馬車に怪訝な表情を向けていたが、そこからおりてきたイライジャ、一郎、そして、ぞろぞろと出てくる女たちに目を丸くした。
「イ、イライジャ……」
トーラスの前にやって来た一郎たちに、絶句している感じのトーラスだったが、やがてやっと口を開いた。
「ご無沙汰しています、トーラス様」
イライジャは言った。
彼女が“お義父さん”ではなく、“トーラス様”と呼びかけたことに、一郎はなんとなく訝しんだ。
「お、おう……」
トーラスはそれだけを言った。
それにしても、ちょっと見ないあいだに、随分とトーラスは老け込んだ感じだ。
少なくとも、二年近く前は、まだまだ、颯爽としていた。
しかし、いまは完全に老人だ。
やはり、ひとりだけ残っている肉親のユイナのことが、余程に衝撃だったに違いない。
「覚えてますよね、トーラスさん。ロウです。いまは、ロウ=ボルグ卿……。ハロンドール王から爵位をもらった貴族様です。ユイナのことは、彼に託すつもりです。それについての考えは、いまも変わりません」
イライジャが言った。
「貴族?」
トーラスがびっくりしている。
とりあえず、一郎は「ご無沙汰しています」とだけ口にした。
それにしても、なんとなくだが、ふたりには、ちょっと険悪な雰囲気がある気がする。
かなり余所余所しい。
やはり、一郎との関係が原因で、イライジャは、トーラスともこの里全体とも疎遠になったのだろう。
「……ともかく、なんと言われようとも、ユイナのことは、このロウに任せるべきです。……もっとも、肝心のユイナが逃亡したというのは、すでに話を聞きましたけど……」
イライジャが溜息交じりに言った。
やはり、ユイナの扱いについては、イライジャとトーラスとでは、意見がわかれていたのだろう。
そんな感じだ。
そのときだった。
突然に、トーラスががばりとその場に平伏したのだ。
土下座だ。
一郎は驚愕した。
「頼む──。ユイナを助けてやってくれ、このとおりだ、ロウ殿。もう、お前……、いや、あなたしかおらん。ユイナを救ってくれ──。この通りじゃ」
トーラスが地面に顔を擦りつけて言った
一郎も目を丸くしてしまった。
「ユイナは死んではおらん。連れていかれたのだ」
トーラスが土下座をしたまま叫んだ。
連れていかれた?
なんのことだ?
しかし、今回のことに関して、トーラスはなにかを知っている気配だ。
だが、建物の方向に人の気配がした。
一郎は視線を向けた。
「……お客様ですか……。あら、イライジャさん──。ご無沙汰しています。そちらはロウ様、そして、エリカ様……。あたしのこと覚えておられますか? どうぞ、お入りください──。それでいいんですよね、旦那様?」
少女の声がした。
下女姿の童女だ。
ちょっと考えて、前にもここにいたメイという娘だと思い出した。
一応、ステータスを確認する。
十二歳か……。
あの時は十歳だったな。
随分と大人っぽくなっている。
まだミウと同じような童女なのだが、こっちは随分と大人の雰囲気をまといかけている……。
だが……。
あれ──?
ステータスが……。
一郎はメイを思わず凝視してしまった。
次いで、まだ、跪いたままのトーラスにも……。
ふうん……。
そういうこと……?
それにしても……。
うーん……。
「そ、そうじゃな。入ってくれ。なにもないが歓迎する。何日でも泊まってくれ。今夜は、せめて、なにか心ばかりの食事を準備しよう。もっとも、こんな生活でなにもないのだが……」
トーラスが腰をあげた。
「いえ、だったら食材は俺たちが出します。食事の支度だって、こっちで……」
一郎は慌てて言った。