【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
「じゃあ、話してもらえますか……? あっ、その前にメイちゃんは、さがらせてください。必要ないでしょう」
トーラスの私室で一郎は口を開いた。
話をするためにやってきたのだが、案内のメイがまだ部屋の隅にいるのだ。
一方で、一郎たちについては、話を聞くのは、一郎とイライジャだけと限定されていた。
ほかの女、特に人間族の女には話を聞かせたくないということについては、ちょっと苛立ったが、まあ応じた。
あとで説明すれば同じことだ。
「メイは問題ない……」
トーラスはぼそりと言った。
「俺の仲間でさえ内容をはばかるものをメイちゃんに聞かせることはないでしょう。さがらせてください」
一郎は強く言った。
トーラスはむっとした顔になる。一郎の主張の内容よりも、一郎の口調が気に入らない様子だ。
「メ、メイはエルフ族だ。信用できる……」
「それがどうしたんです。さがらせてください」
一郎はなおも強く言った。トーラスの顔が怒ったように赤くなる。
「メイ――」
イライジャがメイに視線を向けて睨む。
「旦那様、あたしはさがってます」
メイがトーラスにお辞儀をして部屋を退出していった。
トーラスは、「そうか」と言っただけだ。だが、トーラスがほっとしたように息を吐いたのを一郎は見逃さなかった。
一郎は、収納術で防音の護符をテーブルに出して置く。
宿屋などで、性交の声が外に漏れないように、スクルズに大量に作ってもらって、持ってきたものの一枚だ。
魔道の念を込めたのがスクルズなので、そんじょそこらの魔道や魔道具では盗聴できない。
トーラスが護符の効果と強さに気がついたのか、眼を丸くしたのがわかった。
「これで、この部屋の話は外には出ません。じゃあ、話してください、トーラスさん」
一郎は言った。
すると、トーラスが魔道の杖を出して、一郎に向ける。
「……その前に、これから話すことは、絶対に他言無用だ。まずは、人間族のお前には秘密を語ることのできない魔道を受け入れてもらおう。話はそれからだ……」
トーラスがいきなり、魔道を駆使する姿勢を示し始めた。
一郎はびっくりした。
そして、むっとした。
「もしも、あなたが俺になにかの魔道をかけようとしたら、その瞬間に話は終わりです。ユイナが死のうが、殺されようが、俺には、あいつを助ける義理は塵ほどもないと思っていますからね」
すかさず言った。
もっとも、その手の操りの魔道は、おそらく一郎には通用しない。トーラスは、一郎に自分の魔道が効果がないとは、思ってもいないだろうが、おそらく一郎がトーラスの魔道で操られることはない。
ジョブの違いはあっても、レベルを下回る者が自分よりもレベルを上回る者に操り系の術をかけられないというのは、一郎はこれまでの経験から知っている。
理由は知らないが、そういうものなのだ。
そういう点では、淫魔師のジョブレベルが“99”に達している一郎は、事実上、誰にも操ることはできない。
トーラスは魔道をかけようとしたことについては中止したが、その代わりに頬を引きつらせた。
その顔は泣いているようにも見えた。
「ぶ、無礼な……。ユイナは、わしの孫娘なのだぞ」
「あの生意気娘のね」
一郎は吐き捨てた。
トーラスはかっとなったように魔道の杖を構え直す。
イライジャが、さっと一郎の前に腕を割り込ませる。
「トーラス様、なんでも正直に言ってください。このロウは、ただの人間族の男じゃありません。いまや、ハロンドール王家からも信頼をされている有名な冒険者です。もしも、ユイナになにかあったのなら、彼に頼るべきです。そのために、あんな土下座までしたのではないのですか」
イライジャが叫んだ。
少しだけ、トーラスが冷静になった感じになった。
そして、魔道の杖を投げ捨てて、がっくりと項垂れる。
「す、すまん……。悪かった。謝る……。だが、ユイナは……」
トーラスが息を吐いた。
改めて、トーラスを見た。
元来、エルフ族というのは年齢がわかりにくい。
長寿族とも称されるくらいであり、老いが外見に表れにくい種族らしい。
しかし、トーラスは、わずか二年足らずで一気に年齢を重ねたように見える。
眼に見えて老いがわかるのは、それだけ、ユイナのことが心配なのだろう。
そう考えると、哀れではあるのだが……。
「……まずは話を整理しましょう。ユイナは禁忌の魔道に手を出し、それに失敗して魔獣を里の近くで暴れさせてしまった。そういうことになってますね」
「いや、それは違う。ユイナは禁忌の魔道になど……」
「ユイナは禁忌の魔道に手を出してましたよ。俺はそれを知っています」
一郎はトーラスの言葉を遮った。
すると、イライジャも口を開く。
「トーラスさん、それはわたしも知っています。このロウが裁きにかけられた、あの魔妖精騒動も、実はユイナの仕業だったんです。わたしは、ユイナを問い詰めて、それを告白させました」
トーラスはイライジャを睨みつけるように、視線を向けた。
しかし、すぐに目を逸らせた。
そして、俯いた。
「そうじゃな……。わしも、薄々気がついておった。だが、知らぬふりをしていた。ユイナは、ただ好奇心が強かっただけだ。若いエルフ族であれば、それくらいの方が……」
気がついていただと……?
当時のことを思い出して、かっとなったが、とりあえず怒りは抑えた。
「でも、その結果、魔獣を里に放ったんでしょう」
一郎はできるだけ冷静な口調で言い放った。
「ユ、ユイナは、確かに禁忌の魔道を研究し、魔獣を召喚する魔道を試したかもしれん。だが、実際には、ユイナの行動とは関係なく、いまでも、里の周りには魔獣が発生しておる。もしかしたら、あの魔獣もユイナのせいじゃないかもしれん」
「馬鹿馬鹿しい。ユイナはわたしの前で、自分が魔獣召喚に失敗したとはっきりと言いました。そもそも、裁判でユイナ自身が認めたんでしょう? なにをいまさら……」
イライジャが口を挟んだ。
「いや、あれは冤罪だった可能性がある。嘘を強要されたのかもしれん。とにかく、ユイナは気が弱いし、みんなで寄ってたかって責められれば……」
トーラスが大きな声で怒鳴る。
一郎は肩を竦めて口を挟んだ。
「ユイナが気が弱い? はっ」
さすがに、一郎は笑ってしまった。
ちょっと失礼かなとは思ったが仕方がない。
あのエルフ娘は、これまで一郎が知っている者の中で、もっとも図太くて、したたかだ。
少なくとも、やってもいないことで、嘘の自白を強要されるような娘じゃない。
逆に、信頼すべき相手に平気で嘘をついて、背中で舌を出すような娘だ。
少なくとも、一郎の印象はそうだった。
トーラスは顔に不機嫌さを表したが、今度は言葉には出さなかった。
一郎を鋭い視線で睨んだだけだ。
「わしはユイナを信じる──。ユイナは冤罪だ。それを信じろ、人間──」
一郎はもう反論するのはやめた。
「いずれにしても、それについては、いまとなってはどうでもいいでしょう。結果のところ、その罪でユイナは死刑判決を受けた。そして、人間族に奴隷に売られるという侮辱刑を受け入れることで死は免れた。そういうことですね?」
「不当な判決だ。ユイナが無実だとすれば――」
トーラスは歯噛みするような仕草をした。
しかし、身内として無実と思いたいのはわからないでもないが、本人も罪を認めたものを冤罪だと議論しても仕方がない。
そもそも、もはや、それはどうでもいいだろう。
監獄塔から脱獄した時点でユイナは重罪だ。
一郎は無視した。
「だが、里の広場にある塔に監禁されているあいだに脱獄した。塔は、外からは侵入不可能であり、ユイナは罪の一環として、魔道を封じられていた。それにも関わらずにね」
一郎は言った。
そのとき、トーラスの目がなんとなく泳いだように思った。
一郎は、その仕草で、自分が最初に思った勘が正しいのだと思った。
実のところ、里でバロアとプルトから、ユイナを収容していた里の塔の結界を何者かがどうやって破ったのかわからないと語られたとき、ある人物ならどうなのだろうかと考えたのだ。
一郎なら真っ先に疑う人物だ。
しかし、バロアたちは、その人物を疑った形跡はないようだった。
「……ユイナを塔から逃がしたのは、あなたですね、トーラスさん。少なくとも、あなたはこれに関与している……」
一郎は言った。
はったりだが、口調は質問ではない。断定だ。
トーラスの顔色が真っ蒼になった。
どうやら図星だったようだ。
「ええっ?」
イライジャだ。
一郎の意外な言葉に驚いている。
しかし、トーラスの顔は引きつったような表情のままだ。
その顔が一郎の指摘が正しいことを物語っている。
「簡単な推測だよ、イライジャ……。さっきバロアさんのところで、あの結界がかかっている塔を外から襲って、囚人を脱獄させるなど不可能だと教えられただろう。ユイナ自身だって、魔道を封じられていたと……。だけど、そもそも結界をかけたのは、里の者なんじゃない? だから、かけた者なら解けたはずだ」
「そ、それは確かに……。でも、塔の結界は、
「だからさ……、このトーラスさんは、ユイナのことが起きる前まで里長だったんだ……。もしかしたら、バロアさんたちは、このトーラスさんが手を出すことができないように、結界を作り直す手間さえも、してないかもしれない……。さっきの口ぶりではバロアさんの里長の暫定がとれたのは、最近のことみたいだし」
「そうだとしても、結界はひとりじゃかけられないわ。何人もの魔道に長けたエルフでかけ重ねるのよ。解くことだって、ひとりだけの力じゃあ……」
「そうなんだろうね……。魔道に優れた他のエルフ族の侵入者に結界を破られないようにする仕掛けだ。結界を刻むのは簡単じゃないだろうね。手間もかかる。おそらく、時間をかけて幾重にも結界をする。複数のエルフでね……。そうじゃないの?」
「そ、その通りよ」
イライジャが頷く。
「だけど、里は発生した魔獣対策でそれどころじゃなかった……。だから、塔の結界なんて、時間をかけて張り直す余裕はなかったかもしれない。従って、塔の結界そのものは、手を付けていない状態だった可能性がある……。もしも、結界が以前のままだったとすれば、トーラスさんには、結界を意図的に緩めることもできた。もちろん、ひとりだけじゃあ、不完全だったかもしれないけど、それでも一番重要なところをトーラスさんが握っていたかもしれない」
「そ、それは確かに……」
イライジャがトーラスを見た。
トーラスは恥じ入ったように、顔を真っ赤にしたままだ。
その表情がすべてを物語っている。
イライジャが目を丸くしている。
「手段があり、さらに動機がある……。俺にしてみれば、里の者が真っ先にトーラスさんを疑わなかったのが不思議なくらいだね。いずれにしても、トーラスさんは、この里では、一番の魔道の持ち主なんじゃないの? 内側から結界を破ることなら、トーラスさんにはできたのかもしれない……」
一郎は言った。
すると、トーラスが顔をあげた。
「……ユ、ユイナは冤罪じゃ……。そうに決まってる……。だが、それなのに人間族の奴隷にするなど許せん……。断じて許せん……。だ、だから、わしは……」
「だから、塔を脱獄させたというのですか? まさか、なんということを……。ユイナの競売をすることについて、わたしに同意したじゃないですか──。同意書をもらいに行ったとき──」
イライジャが声をあげた。
その辺りの事情は詳しくは聞いてはいないが、ユイナの侮辱刑が決まったとき、当初は、もっと早く奴隷として売られるところだったみたいだ。
それをイライジャがあいだに入り、里の掟に従って複数の奴隷商による競売を要求したようだ。それによって、ユイナの奴隷化が引き延ばしになって、一郎たちがここに来る時間を確保できたということだ。
その手続きのときに、イライジャはトーラスに同意書を書かせている。
「もしかしたら、その時点で脱獄させることを考えていたのかもね」
「違う──。そのときは、そんなこと思ってなかった」
トーラスが怒鳴った。
一郎はトーラスに視線を戻す。
「でも、ユイナの脱獄に手を出した。しかし、あなただけの仕事じゃありませんね、トーラスさん? 誰が協力したんです? それとも、誰に協力させられたんですか? あなただけにできたとは思っていません。内側から破ったといっても、あなたひとりじゃあ、やはり、できなかったと思う」
「えっ?」
イライジャが小さく声をあげて、また、トーラスを見る。
トーラスは、顔を赤くして、黙ったままだ。
「……少なくとも、バロアさんたちは、塔については外部から破られたと信じきっている状況だった。従って、内側からと合わせて、やはり、外部からの襲撃を装ったと思うんですよね」
一郎は言った。
今度はトーラスは目を丸くしている。
それはイライジャも同じだ。
しかし、一郎には、なぜか、なにが起きたのだろうかということが、まるで見ていたかのように、次々に頭に思い浮かぶのだ。
自分でも不思議なのだが、これも魔眼保持者の「勘」というやつだろう。
「トーラスさん、なにかを知っているなら、隠すべきじゃありません。いまので、わかったでしょう──? ロウは驚くほどに頭がいいんです。もしも、ロウが力になってくれるのであれば、これ以上に力強い助けはありません。わたしたちは、ユイナについて、床に頭を擦りつけてでも、ロウにお願いすべきなんです」
イライジャがトーラスに怒鳴るような物言いで言った。
トーラスは大きく息を吐いた。
「……も、もちろん、なにもかも語るつもりだ……。そのための覚悟をしたのだ……。そうじゃな……。ユイナは……。いや、ユイナもわしも、お前に失礼なことをし続けたのだと思う……。だが、もはや、誰にも救いを求められん。里の者も、わしが真実を語ったところで、信じようともせんだろうし、信じたところで動きはせんだろう……」
トーラスが頭をさげた。
そして、さらに言葉を継ぐ。
「頼む──。なにもかも説明する──。だから、連れていかれたユイナを助けてくれ──。ユイナは奴隷にされて連れていかれたのじゃ──」
トーラスが吠えるように言った。
しかし、一郎は訝しんだ。
奴隷──?
いま、ユイナは奴隷にされて連れていかれたと言ったか?
「奴隷にされたって、どういうことですか、トーラスさん?」
イライジャが口を挟んだ。
トーラスが頭をあげる。
「塔からユイナを連れ出したあと、わしらは手筈に従い、里の近くの森に集まった。しかし、途中で連中は態度を豹変させ、わしを拘束し、わしがそこに辿り着いたときには、ユイナはそこで拷問を受けておった。そして、奴隷の首輪を受け入れさせられた……」
トーラスが泣くような声で言った。
一方で、一郎は思い出していた。
確か、この世界にある「奴隷の首輪」というのは、一番最初に奴隷になるときには、その本人の合意が必要なのだ。
例外もあるが、基本的には、口先だけでなく、心からの同意が必要だ。
それによって、奴隷の首輪の「呪い」のようなものが本人に刻まれるということらしい。
だから、奴隷になるときには、最初に拷問を伴うことが多いと耳にしたことがある。
しかし……。
ユイナを奴隷に?
犯罪奴隷になった囚人をわざわざ大袈裟な襲撃までして脱獄させてまで?
いったいなんのために……?
「それで、協力者は誰なんですか、トーラス様?」
イライジャが当然の疑問を口にした。
「パリスという男だ。そして、アルオウィン殿じゃ……。さ、最初は、アルオウィン殿がそのパリスという男とやって来て……。それでわしも信頼したのじゃ。そして、一緒にいたパリスという男の徒党がユイナの脱獄に協力した」
「パリス? アルオウィン?」
もちろん、一郎は知らない。
イライジャに問うたが、イライジャも知らなかった。
「アルオウィン殿は、エルフ族の女王であるガドニエル様の腹心中の腹心じゃ。ブルイネンとアルオウィン──。このふたりは、ガドニエル様に仕える部下の双璧であり、表のブルイネンに対して、裏のアルオウィン呼ばれておる。そのアルオウィン殿が、この里にひそかにやってきて、ユイナの身柄を引き受けてくれると約束したのだ。そして、パリスとその徒党を紹介された……。だ、だから、わしは……」
ガドニエルというのは、イムドリスの隠し宮殿という場所にいるエルフ族の女王というのは、一郎も知っている。
また、イムドリスというのは、エルフ女王のガドニエルと側近だけが暮らす宮殿であり、魔道によって異空間に建設された場所とのことだ。
すると、トーラスが詳しいことを説明をしてくれた。
そのイムドリスにおいて、ガドニエルを護る役目をするのが親衛隊長のブルイネンであり、一方で、隠し宮殿の外と連絡をしたり、なんらかの諜報のようなことをするときに動くのがアルオウィンらしい。
女王のガドニエルを含めて、ふたりとも若いエルフ女にしか見えないが、それなりの年齢を重ねた実力者だそうだ。
また、ブルイネンのことはほとんどの者が知っているが、アルオウィンの存在は、有力な里長でも一部しか存在を知られていない人物だという。
トーラスは、ダルカン事件のこともあり、アルオウィンに面識があったようだ。
「だけど、なんで、エルフ族の女王が、脱獄なんかそそのかすんです? そもそも、女王だったら、そんなややこしいことをしなくても、ユイナを釈放しろと命じれば済むことなんじゃ?」
一郎は言った。
しかし、それについては、イライジャは首を横に振った。
「エルフ族の女王は、それぞれの里のことについて、介入する権限は持っておられないわ。まあ、直接に、女王様がそうおっしゃれば、バロア様も考慮はするだろうけど……。だけど、禁忌の魔道に手を出した者を釈放しろだなんて、いくら女王様に言われても……」
イライジャはそう言い、トーラスを見た。
「……だけど、どうして、女王様が……? トーラス様、もしかして、まだ、なにか隠しておられます?」
イライジャが眉をひそめている。
まったく信じていない気配だ。
「か、隠してなんかおらん──。本当に向こうから持ってきた話なのだ。だが、ダルカンだって、命を長らえて、ガドニエル様のところで生きておるのだ。だったら、確かに、ユイナだって、ガドニエル様のところでいいはずだ──。アルオウィン様は、ダルカン同様にユイナをイムドリスに匿うとおっしゃってくれたのだ」
「ちょっ、ちょっと待ってください、トーラス様。ダルカンって、ガドニエル様のイムドリスにいるんですか?」
イライジャが大きな声で口を挟んだ。
ダルカンというのは、一郎も関係した魔石事件で追放されたこの里の元長老のことだろう。
「そ、そうじゃ――。それにも関わらず、ユイナを人間族の奴隷にするなど……。わ、わしには、その理不尽さが許せなかった。だから、わしは……」
トーラスは拳をぐっと握ってぶるぶると震わせた。
「まずは、ダルカンのことを説明してください――」
イライジャが声をあげた。
すると、トーラスが語りだした。
話を聞くと、どうやら、ダルカンは刺青刑を受け入れ、この里を追い出されたのだが、その後、縁があって、ガドニエル女王のところのイムドリスで働く人足として、ひそかに引き取られたということらしい。
トーラスは、ダルカンに代わった里長として、それを承知していたようだ。
侮辱刑を受けて追放されたダルカンを女王が受け入れたのかの経緯は謎のようだが、とにかく、そうなったのだそうだ。
それもあり、ユイナがダルカン同様に死刑判決を受けたとき、その代替えとなる侮辱刑として、ガドニエルに引き取られるのではなく、人間族に奴隷に売られるということになり、トーラスは半分は諦めながらも、激しい憤りも覚えたようだ。
だから、アルオウィンという女王の側近がここに部下とともにやってきて、トーラスに協力して、ユイナを脱獄させてやろうという話を持ってきたときに、飛びついてしまったということのようだ。
「じゃあ、なんの問題もないじゃないですか。ユイナをガドニエル様というエルフ女王のところに引き取らせようとしたのはトーラスさんであり、その通り、ユイナは連れていかれた。そりゃあ、奴隷になったのかもしれないけど、ユイナもそれくらいは受け入れるべきでしょう。なにが問題なんです?」
一郎は言った。
「れ、連中は、ユイナを拷問したのだ。裸にして犯し……。アルオウィン様はおらず、パリスという男が笑いながら、首輪の誓いを強要し、ユイナを部下たちにも繰り返し犯させた──。こ、このわしの前で──。わしが怒りのあまり、暴れようとしても、わしの魔道を封じて殴り……」
トーラスが涙をぼろぼろとこぼし出した。
嘘を言っているという感じではない。
しかし、全てを語ってもいない気もする。
まあいい……。
しかし、エルフ族の女王の腹心がそんなことをするか?
イライジャを見たが、イライジャも半信半疑というところのようだ。
むしろ、トーラスの言葉を信じる側が薄いという感じである。
「た、頼む──。なにかがおかしいのだ──。もしかしたら、わしはとんでもない連中にユイナに渡してしまったのかもしれん──。ユイナはガドニエル様のいる“イムドリス”か、あるいは、水晶宮に連れていかれたと思う。ユイナがどんな境遇なのかを確かめてくれ──。そして、酷い目に遭っているようなら救ってくれ──。このとおりだ──」
トーラスが椅子から転がるように降りて、床に土下座をした。
一郎は呆気にとられた。
そして、溜息をついた。
また、水晶宮というのは、エランド・シティにある行政府の宮殿であり、ナタル森林に対する施政は、その水晶宮で行う。
水晶宮には、エルフ族女王のガドニエルの代理である太守がいて、エルフ族の女王は、水晶宮からしか入ることができないイムドリスという隠し宮殿にいて、自ら統治するということはないという。
「さて、どうしたものでしょうねえ……」
この話は、どこまでが真実で、どこまでが嘘なのだろうか……。
また、全部が真実としても、どういうことなのかわからない。
ユイナがエルフ族の女王のところで酷い目に遭っているとしても、トーラスの話をまともに受け入れれば、一郎たちはエルフ族の女王という女エルフとその一党に敵対するということにはなる……。
そんなことまでしてやる義理はあるか──?
いやない──。
絶対にない──。
このトーラスにも、ユイナにも、恨みや反感はあっても、断じて義理などない。恩を受けた記憶もない──。
そもそも、それが必要なのかもわからないが、ユイナを助けるために、一郎だけじゃなく、一緒にやってきた女たちを危険に晒す?
いや、それはない──。
ない話だ……。
イライジャに視線を向ける。
とても困ったようで、そして、途方に暮れた顔をしている。
イライジャにとっては、あのユイナも義理とはいえ、妹のようなものか……。
だから、ハロンドールの王都までやって来て、さらに、イライジャ自身も一郎の女のひとりになることまで受け入れたのだ……。
「ひとつだけ教えてください。なぜ、アルオウィンという女は、ユイナに固執したのですか? 拷問をして奴隷にしてまで連れていきたい理由があったんですか? そもそも、なぜ、エルフ族の女王の部下がわざわざ脱獄なんて物騒な手段を選ぶんです?」
一郎は訊ねた。
トーラスは、それについては、はっきりとはわからないとだけ言った。
「……連中は、ユイナが見つけ出した禁忌の魔道に興味を持っておった。拷問のときにも、それのことばかり、繰り返し質問しておった」
トーラスが付け加えた。
「禁忌の魔道とは、具体的には?」
「魔獣や魔族を召喚するときには、魔獣の大きさや強さに見合う瘴気を発生させる必要がある。瘴気がないと魔獣はやって来れない。しかし、基本的には、発生させる瘴気の量は、魔力の強さに比例する。従って、そんなに大きな魔獣は召喚できない。大きくて強い魔獣の召喚ほど大きな瘴気量が必要なのでな」
「それで?」
「だが、ユイナは、少量の魔力のみで、途方もなく大量の瘴気を発生させる方法を見つけ出したようだ。つまり、巨大な特異点を簡単に発生させる方法だ」
瘴気のことは知っている。瘴気というのは、魔族や魔物が生きるのに必要なエネルギーだ。
だが、特段にほかの人族に害がるわけではなく、基本的に魔族以外の人族には探知することは難しいようだ。一郎は、魔族であるクグルスを使って、特異点を探すのを専らにしている。
瘴気が発生する原因となる異空間との亀裂が「特異点」だ。
特異点という空間の亀裂ができると、そこに結晶のようなものが生まれ、それを核として瘴気が拡散し、それを伝って異界から魔獣が溢れ出てくるのだ。
「……ユイナが発見した瘴気を満ち溢れさせる方法というのを連中は知りたがっていた。わしにもよくわからんが……」
「どうして、エルフ族の女王たちが、瘴気を発生させる禁忌の魔道術を欲しがるんです?」
「そんなことは、さっぱりとわからん」
トーラスは床に跪いたまま、首を横に振った。
やはり、なにかを隠している気がするが、いまは、これ以上は喋りそうにない。
一郎は、トーラスから聞き出すことは諦めた。
それにしても、最初は、ユイナは冤罪だとか騒いだくせに、ユイナが禁忌の術に成功したことを本当は承知していたし、トーラスからしてユイナの罪を認識している雰囲気だ。
だいたい、禁忌の魔道そのものが重罪みたいだから、冤罪もなにもない。
最初に、冤罪だとか騒いだのは、それで一郎を言い込められるとでも考えたのかもしれない。
馬鹿にした話だ。
また、勘だが、トーラスは、まだ本当のことは語ってないと思う。
やはり、このトーラスは油断ならない。
「ユイナのことを引き受けるかどうかは考えさせてください」
一郎はそれだけを言った。