【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
「ぜ、全員を殺せ──。め、命令だ、イット──。命を賭けて阻止しろ──」
アンドレの悲鳴混じりの絶叫が背中から跳んできた。
イットは、襲ってくる
いつも、落ち着いていて、誰に対しても不遜な態度を崩さないアンドレだったが、今日は想像を絶する数の死霊体、すなわち、
奴隷に「命を賭けて阻止しろ」などと“命令”を与えれば、文字通り、イットは死ぬまで戦うしかなく、いかなることがあろうとも、後退することさえ許されない。
そんな初歩的な奴隷扱いをアンドレが誤るとは……。
それとも、あるいは承知のうえで、いまの言葉を使ったか……?
死ぬまで戦えというのが、アンドレの本意……?
イットは死霊体の群れの真ん中に飛びおりた。
全部合わせれば、百? 二百?──。
いや、さらに、数百匹はいるのではないだろうか……。
イットが踊り込んだのは、そのうちの二十ほどの集団だが、その全部が一斉に、生きた血肉であるイットに襲いかかる。
「いしゃああっ──」
雄叫びをあげながら、イットは目の前の三匹の首を刃物のように突き出ている十本の指の爪で切り裂いた。
首が落ちる。
だが、それで死ぬわけじゃない。
それはわかっている。
しかし、方向を失っている死霊体の動きはほんの少し緩む。
その隙にイットは移動している。
前に五体──。
一瞬にして、全部を行動不能にする。
すぐさま反転して、すぐ後ろから襲撃しかけていた二匹を斬り倒す。
また、反転──。
突き進む──。
五匹──。
六匹──。
次々に爪で斬り倒す。
腕を切断する。
脚を裂く。
視界が開けた──。
そのまま走る。
次の集団をめがけて、イットは跳躍した。
イットの周りの死霊体が次々にばらばらの肉片に変っていく。
また、その集団の全部を切り裂くことに成功した。
「来い、化け物──」
イットは自分を鼓舞するように叫んだ。
そのイットに、もう次の集団が集まってきている。
まだまだ終わりじゃない。
たったいま斬り裂いて無力化した
イットは無限に続く戦いの中で束の間の呼吸をした。
あっという間に、またもや、
これが、
腕や脚を失った死霊体は、それでしばらくは動かなくなるが、やがて、ばらばらになった部位が再び動いてひとつの身体になって、一匹の
だから、きりがない。
「イット、こっちだ。こっちを守れ――」
絶叫──。
アンドレではないが、アンドレの率いる隊商で雇われている男のひとりだ。
隊商の人員は全部で二十人──。
その全員は、崖を背にした五台の馬車で応急的な
また、馬車の壁の前を十数個の焚き火が覆っている。
内側でも火を焚いている。
死霊体は火を嫌う。
それがわかっているので、そうしているのだ。
だが、とにかく数が多い。
炎があっても、一定の距離を開くだけで逃げていかないし、少しでも火の勢いが衰える場所があれば、そこから歩き進んで来る。
火の勢いを衰えさせないようにと思っても、そうそう、焚き木や油があるわけじゃない。
すでに、かなりの時間の襲撃を受け続けていて、全部の焚き火を保持するのは難しくなっている。
すると、炎の弱まった場所を死霊体の集団が突破して、馬車の内側の人員を襲うというわけだ。
馬車で作った壁の内側のアンドレたちは、近づく死霊体をその馬車と馬車の壁のあいだから、棒や剣で叩き落したり、押し避けたりしている。
もっとも、その押し返し役のもっとも危険な正面をやらされているのは、アンドレの性奴隷たちだ。
イットの仲間の性奴隷であり、戦闘をする能力はないのだが、今日は特別ということだろう。
アンドレは、彼女たちにも、死霊体と戦うことを命じている。
イットとは異なり、魔物と戦ったことのない彼女たちは、恐怖に号泣しながら、それでも「命令」に縛られて、懸命に腕を動かして、近づく
一匹一匹の
それを唯一、馬車の防護壁の外にいるイットが潰しているのだ。
そういう戦いをひたすらに繰り返している。
だが、脆いものの、斬っても斬っても、身体の部位を集めて復活してしまう死霊体の襲撃に、そろそろイットも押され気味だ。
「イット、なんとかしろ、破られる──。命令だ──」
今度はアンドレの絶叫が聞こえた。
振り返ると、
外側の炎が小さくなり、そこを進んできたようだ。
「どけえ──」
イットは走った。
動きの遅い
また、唯一、炎の壁と馬車の壁の外にいるイットが近づけば、連中は馬車の内側を襲うのを中断して、イットの方にどんどんと近づいてくる。
彼らのほとんどは視力がない。
眼球となるものは、とっくの昔に腐り落ちているものが大部分だからだ。
ただ、生きているものの気配をあの腐った肌で感じることができるらしい。
だから、イットが近づくと、そっちに捉われて、隊商に向かうことを一時的にやめるというわけだ。
馬車越しに感じる生者の気配よりも、なんの隔てもなく接近しているイットの気配を強く感じるからだと思う。
最初は全員がアンドレとともに馬車の外側にいたのだが、アンドレの命令で、ほかの者は後退し、イットだけが馬車と焚き火の防壁の外側に残されたのも、それが理由だと思う。
少しでも、
使い捨てのやり口だが、しかし、簡単には死なないことも求められている。
群がってくる死霊体を跳躍して越えた。
小さくなった焚き火の炎の横から馬車にとりついた集団に背後から斬りかかる。
そのとき、馬車の内側から消えかかっていた焚き火めがけて松明が投げられた。
油でも塗ってあったのか、小さかった炎に当たると、ぼっと焚き火が大きくなった。
これで後ろからやって来る集団は遮断された。
残りは、すでに焚き火よりも内側にいる数匹の個体だけだ。
彼らは、背中側で炎が強くなったことで、逆に怖がって、内側部分に潜り込もうとしている。
「きゃあああ」
悲鳴がした。
イットの声じゃない。
馬車の内側から棒で
イットとは異なり、戦闘能力を持っていない性奴隷たちだが、この襲撃では、内側の焚き火の前側で
引っ掻かれたり、噛まれたりすれば、そこから呪われて、やがて、生きながら
だから、近寄って戦うのは危険なのだ。
従って、馬車の隙間から
アンドレらしいと思った。
可愛がっているようでありながら、性奴隷をただの道具としてしか思っていない男のやりそうなことである。
かつては、性奴隷は三人までと決めていたアンドレのようだったが、商売で成功して、ひとりだけの行商人じゃなく、五台もの馬車を連ねる旅の隊商の主人にまでなると、性奴隷を五人に増やしていた。
もっとも、頻繁に奉仕をさせる性奴隷を入れ替えるのがアンドレの趣味であり、アンドレの性奴隷として一年以上すぎているのは、イットを除けば、馬を避難させるために、最初に馬車の外に命令によって出されたアリアだけだ。
イットは人並み外れた直接攻撃力を買われ、例外的に三年もの長期間にわたって、アンドレに飼われている。
アリアはイットよりも短いがそろそろ二年だ。
だが、飽きっぽいアンドレは、おそらく、今度の旅が終われば、アリアを手放して、新しい性奴隷を仕入れるだろうと思う。
もっとも、イットを手放さないアンドレだったが、特別にイットを可愛がっているのかといえば、そうではない。
イットを手放さないのは、イットには、そこらの護衛を遥かに上回る直接攻撃力があるからだ。
それがただで使えるのだ。
アンドレがイットをどこかに売る道理はない。
しかし、もしも、イットに代わる者が手に入れば、容赦なく、アンドレはイットを切り捨てると思う。
長年にわたってアンドレに仕えて、成功するまでのアンドレを支え続けてきた、かつての一番奴隷のサリーをまるで、石ころを捨てるように売り払ったように……。
アンドレが長年献身的に仕えたサリーを簡単に売ったのは本当に衝撃だった。
まあ、奴隷同士による噂によれば、商売の心得のある奴隷ということで、性質のいい商人にすぐに買われたという話だったので、それだけはよかったと思う。
イットは、獣人差別を全くしなかった、あのサリーが大好きだった。
「離れて──」
イットは首だけの
そして、爪を四方八方に振るう。
この辺りの
次々に蹴飛ばして、焚き火のさらに外側にやる。
「イット、こっちも破られる──」
反対側の馬車の壁だ──。
そこも炎が弱くなって、
イットはそっちに駆けた。
三十匹──?
ざっとは数えた。
イットが近づくと、襲撃をやめて、イットに集まってくる。
跳び落ちる勢いのまま、目の前の
馬車を襲っていた三十匹余りの集団がイットを取り囲んだ。
なにかが肩を掠める。
横から払って、身体に当たった死霊体の腕を弾き飛ばす。
別の腕──。
かわす──。
それも切断する。
前後左右から身体を掴まれそうになり、さっと身体を屈めた。
片脚を軸に回転して、片っ端から四周の
「こ、来ないでえっ──。いやあああ──」
泣き叫んでいる女奴隷の声が聞こえてきた。
さっき反対側で棒で襲撃をかわしていた女奴隷たちだ。
イットの仲間であり、五人いるアンドレの性奴隷の三番、四番、五番奴隷だ──。
彼女たちは、ローム地方からナタルの森を往復する今度の旅の前に加わった若い性奴隷であり、最初の旅で、この
戦う気概も、技術もないが、「命令」には逆らえない。
必死の形相で、
彼女たちに向かいかけた個体を跳躍して斬り飛ばす。
脚になにかが当たった気がしたが、そのまま蹴り飛ばした。
イットは馬車に近いものを全部排除すると、もう一度跳躍して集団の外に立った。
この一画から
すると寄っていた
そして、生者であるイットを追いかけてくる。
生きているものを襲うのが、
だから、追ってくるのだ。
馬車を襲いかけていた集団がイットを追いかけて離れる。
しかし、ほっとする暇はない。
イットを襲いかかってくる死霊体を排除しなければならないし、離れすぎれば死霊体はイットを追うのをやめて馬車に向かう。
だから、イットはそれをさせないように、死霊体の集団がイットを襲わせる距離を常に保ち続けるしかない。
そして、走り回る。
走り回って、すべての
息があがっている。
さすがに、目もくらんでくる。
長時間にわたって駆けまわって跳躍するので、体力も消耗している。
やはり、きりがない。
数が多すぎるし、諦めるという本能を知らない
斬っても、斬っても、離れた身体を集めて復活する彼ら──。
全部を焼き殺す──?
それができれば……。
なにかが腹を裂いたと思った。
爪を振りおろして、横の一匹を切断する。
一瞬だけ目をやった。
切り落とされた手首から先の腐肉がイットの腹に突き刺さっていた。
引き千切って捨てる。
その隙を狙われて、一匹が襲いかかった。
首を噛まれる。
痛みはない。
ただ、視界が白くなる。
それでも、首を掴んで離した。
イットを噛んだ個体は、イットの爪で胴体と首を切断されている。
背中から衝撃が来た。
避けることはできなかったが、振り返って縦に引き裂く。
また、視界が白くなった。
だが、後退はできない。
休むことも……。
死にまで戦い続けろという命令だ……。
イットは身体を回転させて、手当たり次第に周りの
だが、戦いながら思う。
多分、イットはここで死ぬ。
命令によって、死ぬまでここで戦わされてだ。
まあ、性奴隷として生きるよりも、戦士として死ぬのだから、短かったが、幸せな人生だったのかもしれない。
欲をいえば、もう少し生きたかったが……。
肩に激痛が走る。
イットは振り返ることなく、噛みついた首に爪をぶっ刺して、引き離す。血が噴き出すのがわかった。
息が苦しい。
だが、不思議に力は漲っている。
目の前の肉塊に向かって、イットは容赦のない斬撃を加えた。
*
駆けた──。
アリアと名乗った少女奴隷は、横を一緒に走る一郎に、何度も、イットを助けてくれと繰り返した。
イットというのが誰のことなのか、最初はわからなかったが、どうやら、アリアを飼っている主人が保有する奴隷のうちの二番奴隷の少女のことだとわかった。
彼女は、そのイットをどうしても死なせたくないようだ。
アリアはそのために救援を求めて街道を駆けてきたようだ。
しかし、彼女がどのくらいの距離を走ってきたのかわからないものの、すでに限界を越えていることは確実だと思う。
だが、休んでいろという言葉を無視して、アリアは一郎たちと一緒に、
仲間を死なせたくないという必死の思いが、このアリアから伝わってもくる。
「もうすぐです──。どうか、どうか──」
アリアが激しい息遣いをしながら叫んだ。
しかし、本当に、もう限界だろう。
どれだけ走ったか知らないが、この街道を真っ直ぐに進んだところで、隊商の一団が襲撃を受けたということは理解した。
そのとき、遠くに、たくさんの焚き火らしき煙が立ちあがっているのも見えた。
おそらく、あの場所だ。
ならば、もう案内は不要だ。
横を見ると、たまたま、馬の集団が森の中に隠されていた。
「イライジャ、もういい──。ここで、その娘を抱えて待て──。後ろからコゼが馬車で来る。一緒に来い」
一郎は森の中に馬の集団がいるこの場所で叫んだ。
アリアによれば、最初に
それで、本格的な襲撃の直前に、アリアだけ、馬とともに
そして、アリアは馬を森の中に逃げさせた。
そこまでが、主人だというアンドレという男に「命令」されたことだったらしい。
しかし、その後、アリアは自らの意思で、救援を求めるために、さらに駆けた。
この路は、ナタルの森の中心地であるエランド・シティに向かう比較的広い一本道だ。
街道を走れば、救援を求められる旅の一団に出逢えると思ったのだろう。
そして、前方を偵察しようとしていたイライジャとマーズに出くわした。
アリアの訴えに接したイライジャは、アリアの言っていることが本当だと判断して、一郎たちが休んでいた場所まで戻ってきた。
それで、一郎はとりあえず、コゼだけを馬車に残して、準備をしかけていた昼食を片付けてから、馬車で追ってくるように指示し、イライジャとマーズ、そして、アリアという少女奴隷とシャングリアを連れて、その現場まで走っているところだ。
「だ、大丈夫です──」
アリアが走りながら叫んだ。
だが、その顔は駆け続けてきた影響か、汗びっしょりなのに真っ蒼だ。
このままでは、彼女が倒れてしまうのは間違いない。
「いいから──」
一郎の意図を汲んだイライジャが、アリアを抱きかかえるようにして立ち止まった。
一方で一郎は、シャングリアとマーズを連れて、そのまま走る。
少し先で隊商の一団を襲撃をしているという
少しの時間だったが、アリアが語ったことを総合すれば、襲われたのはアンドレという男が指揮をする五台ほどの馬車が連なる隊商だそうだ。
また、アリアは隊商の隊長のアンドレが五人保有している女奴隷のひとりであり、一番奴隷と名乗ったくらいなので、一番古いのだろうと思ったが、最古参はアリアが助けて欲しいと哀願しているイットという少女だそうだ。
よくわからないが、前の一番奴隷が売られたとき、最古参のイットではなく、二番目のアリアが一番奴隷を指名されたそうだ。
その辺りの事情はわからないが、アリアにとって、そのイットがとても大切な存在だというのは伝わってきた。
アンドレの隊商は、ローム地方とも呼ばれる三公国を往来して商売をしている隊商だったが、魔獣の発生により、エラルド・シティに運びさえすれば、なんでも高く購入してくれることに目をつけ、商売に来たらしい。
そして、それも無事に終わり、ローム地方に戻ろうとしている途中で、
奴隷ながらも、アリスはそう説明してくれた。
魔物が異常発生しているナタルの森だけに、往路もかなりの襲撃を受けたようだが、隊商の中には護衛戦士も揃っていて、その都度撃退してきたという。
しかし、復路で
斬っても斬っても、すぐに復活して襲ってくる死霊体である
アリアが知っているのはここまでであり、防壁が完成したところで、アリアは馬を連れて遠くに逃げろと命じられ、イットという少女奴隷は馬車の防壁の外にひとりだけで出て戦うことを命じられたのだそうだ。
また、あと三人の少女奴隷も、馬車の内側とはいえ、剣を持っている護衛よりも前で戦えと命じられていたという。
なんだか、使い捨てのような奴隷扱いに、一郎も少し嫌な気持ちになった……。
「ロウ、見えてきたぞ──」
少し前を進むシャングリアが駆けながら声をあげた。
確かに喧噪が見えてきた。
十数本の煙もたなびいている。
腐臭も感じた。
イライジャとアリア、コゼも残してきたので、いま一緒にいるのは、シャングリアとマーズだ。
ふたりともすでに剣を抜いている。
だが、
完全に焼き払うか、聖霊術で浄化するしかないはずだ。剣で切断しても、ばらばらになった肉片が集まって、すぐに復活して襲いかかってくるのだ。
この世界でまだ二年だが、一郎もすでに冒険者としてかなりの経験を積んでいる。
それくらいの知識はある。
「俺が死霊体を足止めする。あとはそのまま焼き払うぞ」
一郎は声をあげた。
基本的にはそれで大丈夫なはずだ。
そして、いた。
なんという数の死霊体だ──。
一郎はその数量に鼻白んでしまった。
五百匹以上いるんじゃないだろうか。
動きが遅いので対応しているが、百匹が五個ほどの集団を作って馬車と焚き火の防壁の内側にいる隊商の集団を襲おうとしている。
しかし、炎を嫌がってなかなか近づいていけないようだ。
また、焚き火の内側に入り込んで馬車の取りつく個体も、馬車の内側から棒で突かれて、外側に戻されている。
棒で防いでいる者の悲鳴と泣き声から判断すると、棒で戦っているのは少女奴隷たちのようだ。
隊商の隊長とほかの男の護衛たちは、さらに内側にいる気配だ。
「先生、人が──」
マーズが声をかけた。
一郎も気がついた。
馬車に近づこうとしている幾つかの集団とは別に、別の場所でまとまっている死霊体の一群がいるのだが、その真ん中に人がいるようだ。
あれがイット──?
一郎は思った。
アリアが本当に助けて欲しいと願ったのは、あの少女奴隷か……。
ひとりだけ、防壁の外で戦うことを命じられてしまった奴隷ということだったから間違いないと思う。
「蹴散らしてくれ──」
一郎は
地面に粘性体を這わせ拡げ、イットらしき人影を囲んでいる集団を除く
だが、イットという少女を取り囲んでいる集団の方向には、粘性体を伸ばさない。
いま、その一群を拘束してしまうと、イットという奴隷少女は
「どけえっ」
「邪魔だ、死霊ども──」
マーズとシャングリアが残っている一群に飛びついた。
ふたりが近づくと、外側の
次々に手足を切断されて、地面に肉片が落ちていく。
だが、連中の面倒なところは、しばらくすれば、ばらばらになった手足が集まり直して、再び個体として襲いかかってくることなのだ。
もっとも、それまでに少し時間もかかる。
そのあいだに、イットという少女を助け出せればいいのだ。
「マーズ、その子を引き出してくれ」
シャングリアが剣で
「はい」
マーズが剣を収めてから、滅茶苦茶に手と足を動かして、殴ったり蹴り飛ばしたりしながら、
尻尾──?
マーズが
獣人族──?
珍しい……。
だが、一郎はいままでに、ひとりだけ獣人族を見たことがある。
ベーノムというあのキシダインの私兵隊長をしていた男であり、やはり、お尻に尾があり、頭に房耳があった。
そして、怖ろしくすばしっこくて、格段の武術の腕だった。
キシダイン事件のとき、意図的にイザベラを襲わせて、彼が率いてきた傭兵隊ごと返り討ちにしたのだが、そのとき、一郎の女たちが寄ってたかって狙い討ちにして、やっとのこと殺すことができたのだ。
あのすさまじいまでの直接攻撃力を思い出した。
それにしても、すごい怪我だ。
全身が血だらけで、あちこちを切り裂かれたり、噛み千切られたりしている。
それでも、まだ生きている。
しかも、まだ意識さえある。
それで致命傷になる傷を懸命に防ぎ続けていたようだ。
「よし、離れてくれ──」
一郎はシャングリアとマーズに叫んだ。
ふたりがイットを抱えて死霊体から離れる。
一郎は追いかけてきた
「悪いが出てきてくれ」
一郎は全ての
時間の流れを修正して、それなりに休ませたものの、亜空間の中でさえも、まだ二ノス程度だ。うちの魔道遣いふたりを同時に抱き潰してしまったのは、ちょっとまずかったかもしれない。
「ロウ様、これは……?」
「えっ……?」
いきなり、出現させられたふたりが、呆けた声をそれぞれにあげた。
だが、すぐに地面にはり付けられて身動きできなくなっている
「ロ、ロウ様、お怪我は──?」
エリカが駆け寄ってきて、一郎の前に立ちはだかった。
一郎は苦笑した。
目の前にやって来たエリカの足腰がまだふらついていて、まだまだ完全回復には程遠い感じだったからだ。
「問題ない、エリカ……。お前こそ、大丈夫か? ところで、下着をはかせる余裕がなかった。悪いな。暴れると見えるぞ。気をつけてな」
一郎は剣を抜いて一郎の前に立ったいるエリカの耳元にささやいた。
亜空間に放り込む直前まで、下だけ裸体にさせてセックスしていて、エリカもミウも、とりあえずスカートだけをはかせただけなので、ふたりとも少し服が乱れているし、下着ははいてない。
「ロ、ロウ様のばか――」
エリカがはっとしたように、顔を赤くして、ちょっと慌てて、脚を閉じるような仕草をした。
ロウは笑った。
「おう、ミウか――。じゃあ、まずは
マーズとともに、イットを抱えてきたシャングリアが叫んだ。
ミウはふたりが抱えてきた血だらけのイットを見て、ぎょっとしている。
「頼む、ミウ、浄化だ──。次いで、この獣人族の少女を治療してくれ。瀕死の重傷だ」
一郎も言った。
「は、はい……」
ミウは半分以上は、目の前のことが理解できていない様子だったが、それでも、すぐに我に返った感じになり、言われたことに着手した。
「
ミウが叫んだ。
辺り一面の地面から青白い炎の柱が一斉に噴き出し、粘性体に捕らわれていた
そして、束の間、炎が
これだけの死霊体を一気に浄化させるなど、とんでもない大魔道のはずだが、ミウはまだまだけろりとしている。
一郎は
「治療をします」
ミウがすぐに地面に横たわらせられたイットに両手をかざす。
「えっ?」
しかし、すぐに顔をしかめた。
イットの様子に変化はない。
相変わらずの虫の息であり、斬り裂かれた傷もそのままだし、血もだくだくと流れ続けている。
治療術が効かないのか……?
一郎は、ミウの表情を見てそう思った。
「おお、すげえなあ、あんたら──」
馬車の内側から、わらわらと人間が出てきていた。
最初に声をあげて飛び出してきたのは、身なりのいい商人風の男だ。
剣を腰に佩いているが抜いてはいない。
あれがアンドレだろうか。
ほかにも、二十人ほどの男たちも嬉しそうに駆け寄ってきた。
男たちの何人かは剣を抜いているものの、負傷をしている者はいないようだ。
一方で、最後に出てきた三人の少女奴隷は、
その三人については、持っていた棒を放り投げて、馬車のすぐ外に座り込んで、お互いに抱き合って泣きじゃくっている。
三人が治療のようなものを受け始める。
奴隷たち以外は元気だ。問題ないようだ。
「ありがとう──。
やって来た男が言った。
やはり、この男がアンドレだったようだ。ステータスで確認するまでもない。
「……おっと、その前に待ってくれ……」
一郎が口を開こうとしたとき、そのアンドレが地面におろされているイットを一瞥した。
そして、顔を曇らせた。
「……噛まれたのか……」
アンドレがイットを見て呟いた。
そして、大きく息を吐くと、剣をさっと抜いた。
「……すまん。わかっていると思うが死んでくれ。抵抗は許さん。命令だ」
アンドレが無造作に剣を抜いて、イットの首に向かって振りかぶった。
一郎は驚愕した。