【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
最初はなにが起きたのかわからなかった。
あれだけ、しつこく迫っていた
アンドレも、いまは三十人以上の人足を扱う隊商の隊長とはいえ、かつては、ひとりで大陸を歩き回って商売をした行商人の端くれだ。
魔獣や魔物に襲撃をされた経験も何度もある。
冒険者ギルドに属する連中同様に、魔獣や魔物の知識はある。
ひとりひとりの直接攻撃力はまったく大したことはないのだが、頭を跳ねようと、手足を粉砕しようとも、すぐに復活して、再び一個の個体となって、ひたすらに生者に襲いかかってくるのだ。
一度、
それが
一度、消滅すれば、数年間は発生することがないとも言われている。だから、普通の土にしか見えない場所のどこに
運悪く発生の瞬間に近くにいれば、その不死の死霊体の大集団に襲撃されてしまうということだ。
ほかにも、
そして、アンドレたちは運が悪かった。
このナタル森林の中央にある唯一の城郭であるエラルド・シティで、いい商売をして、ロームに帰ろうとしていたところで、偶然にも発生していた
気がついたときには、すっかりと囲まれていて、馬車を逃がすことは不可能になっていた。
アンドレがやったのは、切り立った崖を背に馬車を半円にして防壁を作り、その外側と内側に火を炊かせるということだ。
生者をひたすらに追いかけるのと同じように、なぜか火には近づかない。
それで、とにかく、一日をやり過ごそうと考えた。
もっとも、それは簡単ではない。
なにをやっても死なない死霊体からとにかく距離を開けて逃げ回らなければならない。なにしろ、
だから、奴隷たちを使うことにした。
高い金で集めた性奴隷たちだが、「人」の命には代えられない。所詮は、性欲の解消のために趣味で集めた「物」だ。
物は金で買える。
だが、人の命は金では買えない。
アンドレは、自分の所有物である性奴隷たちに、馬車同様の盾となって、自分の前で戦うことを「命令」した。
奴隷の首輪を使った命令は絶対だ。
心が恐怖で泣き叫ぼうとも、身体は命令に従い全力で戦い続けるしかない。
一応古株だが、獣人族ということで二番奴隷に留めているイットは、性奴隷でありながら一人前の傭兵の十人分以上の直接攻撃力がある。イットには、馬車の防壁よりも前に出て、可能な限り
獣人のイットを使い捨てにすることは、一番躊躇がなかった。
所詮は獣だ。
役には立ってくれたが、まあ、処分のしどころだろう。
一番奴隷であるアリアには、一番最初に馬を集めて、襲撃の輪の外に馬を避難させるように命令をした。性奴隷はさすがに馬よりは高価だが、馬がなければ、襲撃を防ぎ続けて助かっても馬車は動かない。いまの状況では、馬の方が貴重だ。
剣で戦える者全員で馬車の防壁の前で
イットを残して、馬車の防壁の内側に避難したのは、無事にアリアが馬を逃がしたのを確認してからだ。
ほかの三人の奴隷はイットのような直接攻撃力はないので、馬車の内側から接近した
やはり、人が
武術のない彼女たちだって、時間稼ぎくらいはできるはずだ。
そして、数ノスが経過した。
丸一日耐えればいいとはいっても、それは並大抵ではないと思い悟った。
数が凄まじいのだ。
外で動き回っているイットがいい働きをしていたようだが、さすがにたったひとりで放ったらかしていたので、いつの間にか
もっとも、アンドレたちは、馬車と焚き火の防壁のさらに女奴隷たちよりも、さらに後ろ側に隠れているので、よく見えない。
しかし、確認をするために、前に出る気にはなれなかった。
たった四人の性奴隷たちだ。
さすがにアンドレも、それ程の長い時間稼ぎができるとも思っていない。
彼女たちが力尽き、
丸一日ということは、これから夜を過ごし、朝が訪れ、太陽が中天に差し掛かるくらいまでのことになるだろう。
ここには、アンドレたちを始めとして、一騎当千のつわものたちが、何人かは揃っている。
ただ、さすがに延々と繰り返して復活する
そのための
だが、突然に様子が変わった。
しつこかった
ついで、馬車の防壁の外一帯を巨大な炎が覆った。
驚愕した。
それで、やっと前に出て、馬車の外に視線を向けた。
あれだけの
そして、見知らぬ男女がそこにいた。
金髪のエルフ美女──。
凛とした美しい人間族の女──。
筋肉質の大柄な少女──。
そして、ひとりの冴えない男だ。
男はともかく、女たちはひと目見れば忘れられないほどの美貌だ。
どうやら、アンドレたちを助けてくれたようだが、それよりも、アンドレは、その女たちの美しさに目を奪われてしまった。
さらに、ローブ姿の童女──。
大量の
あんな童女が──?
信じられなかったが、アンドレが外を見たときの光景から類推すると、そうとしか思えなかった。
炎が消え去る直前に、その童女からはっきりと浄化の火が噴きあがっている光景をはっきりと見たのだ。
そして、炎とともに
一日経つことなく、強力な聖霊術で一気に浄化した。
あの
いずれにしても、高位神官も真っ蒼の強力魔道だ。
「……ロウ様、やりました」
童女はにっこりと微笑んで、どこかに顔を向けた。
ひとりだけいる男だ。
完全な黒髪で、まあ、どこにでもいるような平凡な男だ。
武骨な印象はない。
この男がリーダー──?
アンドレは首を傾げた。
助けてくれたのが、目の前の男女であり、彼女たちは、なんとなく冒険者のパーティではないかと思う。
しかし、どう見ても、この男がリーダとは思えない。なんの取り柄もなさそうな印象の平凡そうな男だ。
また、冒険者と言えば、武術や魔道に秀でた強者たちというのが定番だ。
この連中が冒険者だとすれば、あれほどの高位魔道を駆使するような魔道遣いが加わっているのだから、彼女たちがとんでもない上級パーティだというのは間違いない。
アンドレは冒険者ではないが、冒険者ギルドの格付けは当然に知っている。
もしかしたら、
現に、あれだけの
そんな連中がたまたま、近くにいて、アンドレたちを助けてくれたとは、なんという幸運だろう。
だが、やはり、あの男に
「よくやったぞ、ミウ……」
そのとき、男がそう返すのが聞こえた。
童女魔道遣いが嬉しそうに微笑んでる。
おや──?
アンドレは首を傾げた。
その童女の表情がなんとも艶っぽくて、なんともいえない色気のようなものを覚えたのだ。
あの年齢で、その表情──?
アンドレは不思議に思った。
「治療をします」
しかし、その童女はすぐに真顔になり、地面に両手を向けた。
その手が向けた対象に、アンドレははっとした。
やっと、その存在を思い出したのだ。
全身を血だらけにして草の上に横たえられているのは、イットだった。
「あれっ」
離れて見守っていたが、おそらく、治療のための魔道なのだろうが、童女が首を傾げている。
アンドレは舌打ちした。
魔道が効果がないのだろう。
一瞬にして
だが、あれこそが、イットの長所であり、欠陥なのだ。
イットを性奴隷にして三年になる。
移り気の激しいアンドレがこれほど長い時間、同じ性奴隷を手元に置いていた対象は数えるほどしかない。
大切にはするが、飽きっぽいのがアンドレの悪い癖であり、ほとんど二年もせずに、新しい奴隷を購って古い奴隷を手放すということを繰り返している。
性奴隷は目の玉が飛び出すほどに高額なのが常識なので、そんなことを道楽にするのは、余程の富豪でなければあり得ないのだが、かつてはしがない旅の行商の見えるアンドレも、いまや、かなりの成功をしている交易商人である。
性奴隷を数名購うほどの財はある。
イットを手に入れた当時──。
獣人族の奴隷は珍しくはないが、性奴隷という触れ込みにも関わらず、彼女がかなりの武術ができるということに気がつき、それにもかかわらず、どうやら、奴隷商がそれを知らないということも悟り、戦闘のできる性奴隷としては破格の安さでイットを買った。
そして、イットは、あらゆる意味で予想外だった。
まだまだ幼さの残る少女のわりには閨では反応がよく、身体も美味だった。それはともかく、直接攻撃力が凄まじいのだ。
一人前の戦士どころではない。
実際に戦わせてみれば、十人、いや、二十人の戦士に匹敵する強さだった。
この戦闘少女が性奴隷扱い──?
アンドレは、奴隷商の浅はかさと、見る目のなさに大笑いしてしまった。
だが、このイットには、唯一の欠点があった。
欠点といえば、欠点なのだが、長所でもあり、実はイットは生まれながら一斉の魔道を受けつけない体質でもあるのだ。
賊徒でも一味の中に魔道遣いを加えている連中も、最近では珍しくない。
そんなときには、魔道を受けつけない体質のイットは重宝する。
まっしぐらに魔道の「もと」に突っ走り始末する。その後は、頼みの魔道遣いを失って狼狽える残りを駆逐するだけだ。
その方法で、幾度イットに助けられたかもわからない。
しかし、その長所こそ、欠点だ。
魔道の効果を受けつけないということは、いまのように、治療のための魔道も受け付けないということだ。
アンドレは、「鑑定」の魔道を発動させた。
これこそ、アンドレのひそかな能力だ。
誰ひとりとして知らないが、アンドレは念じれば、「物」の価値がわかるのだ。それで、こっそりと価値を見抜かれずに世に埋もれている掘り出し物を見つけては、儲けさせてもらっている。
商人にもってこいの特技だ。
イットを簡単に見つけられたのも、この力があったからだ。
“獣人族、女、十五歳、価値E、戦士、瀕死・
溜息をついた。
やはりだ。
アンドレの「鑑定」の魔道で認識する「価値」は、S・A・B・C・D・Eの六段階だ。最高価値は、“S”だが、最低価値は“E”である。
特に、価値Eとは、無価値を意味せず、保有するだけで損をするというレベルのものだ。
瀕死であるということが価値を落とし、さらに、
発症まで数日というところだろう。
魔道薬が効かないイットは、もはや、傷を治して、生き延びたとしても、感染から救出することができない。
イットは生き残れば、
それまでに、「処分」して、発症を防ぐしかない。
そのときだった。
なんとなく、「鑑定」の対象をイットに魔道治療としようとしている童女魔道遣いに向けてみた。
アンドレの「鑑定」の魔道は、「物」にしか発動せず、「人」を鑑定することなどできない。イットが鑑定できるのは、「人」ではなく、「奴隷」だからであり、人としての価値ではなく、「奴隷」としての商品価値が認識されているのだ。
“人間族、女、十一歳、価値S、魔道遣い”
「えっ……」
思わず声をあげた。
なぜか、鑑定ができてしまったからだ。
しかし、彼女の首には、「奴隷の首輪」のようなものはなかった。
だが、すぐに、アンドレは、奴隷の首輪で支配するのが一般的だが、好事家にはそのような武骨なものをよしとせず、身体に紋章のようなものを刻んで、奴隷の首輪の代用にする主人もいると聞いたこともあることを思い出した。
奴隷の首輪に比べて一般的ではないが、首輪を外せば奴隷解放となる「首輪奴隷」に対して、紋章奴隷には、もはや解放の望みなどない。
ただし、紋章奴隷は、金を払えば誰にでも作れるわけではない。一生涯に渡って奴隷を支配するのであるから、主人側にそれだけの信用が必要だ。
一般的には、貴族以上でなければ許されない。
とにかく、あの童女は、紋章奴隷なのだ。
それで、あそこにいる者たちに次々に、「鑑定」の魔道を向ける。
“エルフ族、女、十九歳、価値S、戦士・魔道遣い”
“人間族、女、二十三歳、価値S、戦士”
“人間族、女、十六歳、価値S、闘士”
やはり、次々に奴隷判定が出る。
アンドレはため息をついた。
彼女たちは奴隷だ。しかも、超高級……。
「鑑定術」で識別されないのは、あの男だけであり、つまりは、彼の連れている女たちは、すべて彼が保有する女奴隷ということになる。
あの男が──?
驚いた。
すべて“S”級……。
うらやましい……。
同時に、なぜ──? と思った。
だが、考えられるのはひとつしかない。
彼はそうは見えないが、実は彼は貴族なのだと思う。あるいは、貴族の後継人がいるかだ。
どこかの貴族が金に物を言わせて、護衛代わりの奴隷を与え、人生修行として経験を積ませる──。そんなところか?
そうでなければ、四人ものS級奴隷をあのぱっとしない男が保有できるわけがない。
だが、奴隷か……。
アンドレは荷の中から、ひとつの魔道具を取り出して、胸の内ポケットに入れた。
『セビウスの石』だ。
防御用の魔道具だが、発動させれば数マイス周囲の奴隷を動けなくするという効果がある。
賊徒の中には、奴隷を部下にして襲撃させ、金銭を奪おうとする連中もいる。
そんなときに、これを発動させれば、襲撃しようとする者の中で、「奴隷」である者は動けなくなり、一瞬にして相手の戦力を無効化できる。
繰り返し使用できるし、かなり重宝するものだが、とんでもなく高価な魔道具だ。
だが、アンドレは手に入れてよかったと思っている。
それはともかく、これがあれば、あの男の周りにいる女奴隷たちは動けなくなるし、魔道だって遣えない。
周りを女奴隷に守られているあの男が、急にひとりだけになれば、どんな反応をするだろう。
助けてくれた相手ではあるが、分不相応な高級奴隷を侍らせているというのが悪い。
あれほどの女奴隷たち……。
それを周りに連れていいのは、アンドレのような経験を積んだ一人前の男だけだ。
あんな未熟そうな男が連れ歩いていい品物じゃない。
絶対にだ──。
アンドレはもう、あの女奴隷たちを奪ってやろうと決めた。
特に難しいことじゃない。
百戦錬磨のアンドレだ。
欲しいと思ったものは、必ず手に入れる。
あんな男から、持ち物を奪うことなど造作もない。
まあ、これも、あいつも人生勉強というものだろう。
「おお、すげえなあ、あんたら──」
込みあがった黒い欲望を隠して、アンドレは隠れていた馬車から出て、男に声をかけた。
彼に近づきながら、ちらりとアンドレの三人の女奴隷に目を向ける。
強要された
しかし、体液は被っているし、傷もあるが、こっちの三人は、感染していないようだ。
念のために、魔道の治療薬と万が一感染していた場合の解呪薬を与えるように、部下に指示した。
「ありがとう──。
近くに寄ると、やはり大した男じゃなさそうだ。
武芸者でもない。魔道遣いでもない。
そんなものは一発でわかる。
やっぱり、S級の女奴隷たちに周りを囲ませて、特段に働くことなく、自分はなにもせずに報酬だけ手に入れている貴族冒険者というところだろう。
躾の行き届いたような行儀よさが証拠だ。
この男には、滲み出るような品のよさがある。
多分、育ちがいい。
本当に今日は運がいい日だ。
アンドレは、内ポケットに入れている『セビウスの石』を服も上から確認しながら、商売用の笑みを浮かべて、男に近づいた。
そのときだった。
血だらけのまま横たわっているイットの姿が目に入った。
このイットの処置をしなければならないということを思い出した。
それは、奴隷を主人に持つ者の責任だ。
「……おっと、その前に待ってくれ……」
男に断ってから、イットに向き直った。
剣を抜く。
「……すまん。わかっていると思うが死んでくれ。抵抗は許さん。命令だ」
イットに声をかける。
呼吸は乱れているが、意識はあるし、思っていたような深手は少ない。これなら、獣人族の回復力なら、数日もすれば動けるようになると思う。
おそらく、放っておいても死なないと思うが、生き残っても、ここで死んでも、数日以内に発症する。
だから、
イットの眼が大きく見開かれた。
もしかして、処分されるということに思い足らなかったのだろうか……。
しかし、
それはイットも認識していたはずだ。
一瞬で殺して、できるだけ楽に死なせてやろう。
それが、イットに対するアンドレのせめてもの感謝の気持ちだ。
「なにすんのよ──」
そのときだった。
突然に振りかぶった剣が弾き飛ばされた。
驚いて顔を向けると、目の前に憤怒の形相をしたエルフ女が細剣を向けていた。
「えっ?」
痺れる手を押さえながら、呆気に取られて目の前の女を見た。
「殺すって、どういうことよ──? この娘はあんたの仲間であり、しかも、ひとりで死霊体と一生懸命に戦ったんでしょう──。それをいきなりなにすんのよ──」
エルフ女が怒鳴った。
アンドレはわけがわからなかった。
「こいつは俺の奴隷だ。しかも、
とりあえず言った。
「わけのわかんないこと言わないでよ。
エルフ女が声をあげた。
アンドレは溜息をついた。
「……それができていれば、価値のある性奴隷を処分したりしないぜ。しかし、あいにくとこいつは、特異体質でな。なぜか、あらゆる魔道に耐性がある。魔道具であろうと、魔道薬であろうと、まったく効かないんだ。呪いを解く方法はないんだ」
アンドレは言った。
そして、エルフ女ではなく、男に視線を向けた。
まったく、奴隷扱いのなっていない男だ。
自分の奴隷が他人に剣を向けていながら、それをとめようともしない。
ちょっとむっとした。
「エリカ、やめろよ……」
男がやっとエルフ女を留め、次いで、アンドレに顔を向けた。
「……確かに、この少女は呪いに感染しているようであり、あなたの言うとおりに、魔道耐性が強いようですね。でも、助ける方法はなくはないですよ。俺に任せてくれませんか、アンドレさん」
男が初めて口を開いた。
「……ところで、あんたは?」
アンドレは男に言った。
「ロウといいます。旅の冒険者です。彼女たちは俺の仲間です。いきなり失礼しました。でも、俺もあなたが自分の奴隷をいきなり殺そうとして、ちょっと驚きましたよ」
ロウか……。
そして、冒険者……。
物言いも威張ったものはないし、やっぱりこの男自体は大したことはない。
もしかしたら、貴族かもしれないが、高位貴族ということはないだろう。
アンドレは、自分の勘が完全に的中していたことに、内心でほくそ笑んでしまった。
「ねえ、アンドレさん、殺すくらいなら、彼女は俺が引き取ります。俺なら助けられる」
すると、突然に男がそう言った。
アンドレは驚くとともに、むっとした。