【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
「ちょっと、待ったあ──」
ばさりと幌をまくり開く音が背中でした。
その声に聞き覚えがあるような気がしたが、一郎にはなにも頭に思い浮かばなかった。
ただ、ぼんやりとするだけだ。
しかし、何気なく振り返った視界に、短いスカートで片脚をあげている女の姿が入ってきた。
スカートの中に見える真っ白い下着に目をやっていると、風のようなものが通り過ぎて、その女の足が向かい側に座っている男の顔面にめり込んだ。
どうやら、一郎に剣を向けていたらしい、その男はそのまま後方に吹っ飛んでいった。
「な、なんで……。どうやって入ってきた──? 結界で封印していたはずだ……。しかも、セビウスの石で動けないはずじゃ……」
呆然と呟いたのは、蹴り飛ばされなかった、椅子に座っている側の男だ。
だが、どうしても、その男が誰なのかわからない。
一郎は、ただ、ぼんやりとしたままでいた。
「エリカ姉さん、コゼ姉さんこれです──。少しでいいので、息をとめてください。いま、魔道でこの馬車の中の毒煙を外に追いやります。ロウ様の回復も任せてください」
続いて声をかけてきたのは、ローブを身にまとっている可愛らしい童女だ。
すると、突然に突風のようなものが沸き起こり、辺り一面が吹き飛んだ。続いて、さっきの童女の指がとんと頭に触れる。
途端に、頭にかかっていたもやのようなものが消滅して、急に思考力が戻ってきた。
はっとした。
たったいままで、停止していた思考が突然に戻ってきたのだ。
それとともに、背中に冷たいものが一気に流れた。
危なかった……。
催眠剤の毒煙の効果に影響されてしまっていたようだ。
そして、思い出した……。
薬煙のために一時的に自意識を失って、アンドレに対して、奴隷の刻みを認める発言をしたような……。
なるほど……。
それで、こういうことだったか……。
まあ、だけど、こういう危険も予期はしていたし、そうなっても問題ないように処置していたんだが……。
「これが、ご主人様をおかしくした草ね」
後ろから手を伸ばしてきたコゼが風で床に飛ばされていた魔草を手に取って、外に放り捨てる。
また、馬車に入ってきたのは、エリカ、ミウ、コゼだ。
ほかの女たちは、まだ、馬車の外にいるのだと思う。
喧騒のような音は、ずっと聞こえてくる。
それはともかく、こうもタイミングよくやってきたということは、防音をしておけとミウには命じたものの、実際には中の様子をミウの魔道でうかがっていたかもしれない。
「お前は動くな、アンドレ──。コゼ、グラフを頼むわ……。それと、魔道遣い、お前は外に出なさい」
エリカがさっと剣をエルフ男に向けた。
「ひっ」
エリカがいきなりのことで頭が働かないエルフ男の襟首をむんずと掴んだ。
そのまま、片手で馬車の下に放り投げた。
すごい力だ。一郎は感嘆した。
もしかしたら、身体強化系の魔道かもしれない。
「うわっ」
エリカに投げ飛ばされたエルフ男がいなくなり、馬車の下で肉が潰れたような音と、エルフ男の呻き声がした。
馬車の外はまだ騒がしいが、馬車の間近については、すぐに静かになる。
一方で、コゼが「あいよ」と軽口を口にしながら、ひらりとテーブルを飛び越えて、馬車の奥に転がっていったグラフに向かう。
もっとも、グラフは、エリカに顔を蹴られてぶっ飛び、そのまま寝台の壁に頭を打ちつけられて、完全に気を失っているみたいだ。
また、たったいままで、一郎に突きつけられていたグラフの剣は、床に転がっている
「覚悟しなさい、アンドレ――。もう終わりよ。外はほとんど片付いたわ」
エリカが剣先をアンドレに向け直す。剣先には、血も滴っていた。抵抗するアンドレの手下を幾人か斬ったのだろう。
「うわっ、なんだ、その血は?」
エリカに剣を突きつけられたアンドレが、悲鳴をあげて椅子から立ちあがりかけた。
さっきまでの傍若無人の態度が完全に消え失せて、顔に恐怖が浮かんでいる。
「動くなって、言ってんでしょう――」
エリカがテーブルに跳びあがり、中腰の段階でアンドレを切りつけた。
腰の剣帯が切断されて、そのまま剣が床に落ちる。
「ひいいっ」
アンドレが顔を蒼くしたまま、尻餅をつくように椅子に座り落ちた。
「ロウは? ロウは大丈夫か?」
馬車の外から声がした。
一郎は首を回して、馬車の外に視線を向ける。
声はシャングリアだ。
一郎が「問題ない」と手で合図をすると、明らかにほっとした表現になる。
ふと見ると、さっきのエルフ男の襟首を片手で持っている。
エルフ男は、シャングリアに殴られたのか、鼻血を流して気絶している。
「よかった。じゃあ、こっちは任せておけ。マーズとふたりで、抵抗する者は、容赦なく叩きのめす。こっちは心配するな。イットもいるしな」
シャングリアがにっこり笑う。
一郎が「頼む」と返事をすると、嬉しそうに馬車から離れていった。
一方、立ちあがって視線を向けると、少し離れた幌馬車の下では、マーズが立ちはだかっているの見えた。
その向こうに大勢の男たちが地面に横たわっているのも見える。
ここからではよくは見えないが、派手にやったのだろう。
見える範囲の何人かの男たちは、鼻や口から血を流していたし、おかしな方向に腕が曲がっている者もいる。
いずれにしても、アンドレの部下たちは、もはやほぼ制圧されているようだ。
「ほら、もう、あたしらを襲う者はいないのか──? このマーズは丸腰だよ。かかってこなくていいのかい──?」
マーズの挑発するような大声が聞こえてきた。
一郎にはほとんど見せない迫力のある啖呵だ。
あんなに元気な怒鳴り声があげられるくせに、一郎の前に来ると、まるで借りてきた猫のように大人しくなってしまう。
一郎はほくそ笑んでしまった。
「ロウ様──。ほらっ、まんまと罠に嵌まったじゃないですか──。もう二度と、ロウ様の“大丈夫”は受け入れませんからね。奴隷の首輪まで嵌められてしまって──。危ないところだったじゃないですか」
アンドレに剣を突きつけているエリカが、テーブルから降りてから、一郎に向かって怒鳴り声をあげた。
「だから、これは作戦だし……。いや、なんでもない」
一郎は自嘲するように笑おうとしたが、憤怒の表情で一郎を睨むエリカを見て、慌てて笑みを引っ込めた。
アンドレが罠を仕掛けようとしているのは知っていたが、一郎は、「あんな小者くらい、自分ひとりで問題ないから、エリカたちは馬車の外で待っていろ」と言って、こうやってひとりだけでアンドレたちと対面をしたのだ。
罠にかけるならかけさせておいて、それを口実にアンドレに仕返しをしようとしたからだ。
女たちは一郎がひとりで対決するなど危険だと反対し、特に、エリカは、最後まで抵抗した。
しかし、一郎は、最後には多少、卑怯な手段でエリカを黙らせ、一郎ひとりでアンドレの馬車に乗り込むことを承知させた。
だが、その結果として、一郎は、あっさりと、その罠に嵌まって、奴隷の首輪を嵌められてしまった。
あのまま、エリカたちが乗り込んでこなかったら、朦朧としていた頭では、アンドレに抵抗できなかっただろう。
それこそ、なにをされていたかわからない。
危ないところだった。
まあ、実際には、手は打っていたので、まったく問題はないのだが、エリカは、一郎が危険に陥りかけたということだけで、気に入らないみたいだ。
「な、なんで動けるんだ……。セビウスの石が発動していないのか……?」
アンドレは呆然としている。
エリカがさっとアンドレに視線を戻す。
「うるさいわねえ──。ロウ様を嵌めようとするなんて、わたしは激怒してるのよ──。遠慮なく抵抗しなさい。そうすれば、あんたの顔を切り刻む口実ができるから」
エリカが怒鳴った。
彼女の怒りの大半は、エリカのいうことを受け入れず、その結果、危険に陥った一郎に対する苛立ちだろうが、この際、目の前のアンドレにそれを発散してもらおうと思う。
「……ついでながら、あんたの……なんとかの石は発動しているわよ。ひっくり返っているのは、あんたのところの奴隷だけだけど……。可哀想だから解除してあげたら……?」
コゼがグラフの首を掴んで、外に向かって歩かせながら、アンドレに言った。
意識が戻ったばかりという感じのグラフは、鼻から血を流しながら、首を前側に倒した格好でよろよろと歩いていく。
首を倒したままでいるのは、縄がグラフの首に巻き付けられ、その端末がさらに両膝をまとめて括った縄に結ばれているからだ。その縄が短いので、グラフは前屈みの状態から首をあげられないというわけだ。
さらに、コゼはグラフの親指の付け根を細い糸で縛っている。
グラフは、まだエリカに蹴り飛ばされた余韻が残っているのか、足元が怪しい。
しかも、膝から下だけで歩いているので、完全によちよち歩きだ。
そして、エリカに蹴り飛ばされただけのわりには、顔だけでなく、全身のあちこちに痣や傷が増えている気がする。
暴れるような物音はしなかったから、余程に一方的にコゼが痛めつけたのだろう。
「ほら、降りなさい」
幌馬車の出口のところに辿り着いたときに、コゼがグラフの後ろから言った。
だが、グラフが鼻血を流したままの顔で戸惑っている。
無理はない。
膝を縄で縛られているグラフには、歩くことくらいはできても、階段もない幌馬車から降りることはできないだろう。
眼が途方にくれたようになっている。
「降りるのよ──」
コゼが容赦なくグラフを蹴りあげた。
「ひぎゃあああ」
グラフが頭を下にして馬車の外に落ちていく。
大した高さではないので、死ぬことはないと思うが、顔面を強打することは免れないだろう。
「ふぎゃあ」という悲鳴と、肉が地面に叩きつけられる音がしたが、それきり呻き声さえもしなくなった。
「マーズ、引きずって、さっきのエルフ男と一緒に、そこら辺の樹に縛りつけておいて」
ひらりと馬車を降りたコゼの声がした。
マーズの返事と、ばたばたと人が動く物音も……。
「な、なんてことをしやがる……。そ、それにしても、どうして、お前ところの奴隷には、この魔石の効果が……」
呆然と固まったようになっていたアンドレが、やっと口を開いた。
奴隷の動きをとめるという奇妙な魔道具であるらしいセビウスの石だが、一郎の女たちは、淫魔術で支配しているとはいっても、隷属の魔道をかけられている「奴隷」ではない。
だから、効果などあるはずもなかったのだが、アンドレは、一郎の女たちが、一郎に隷属していると信じきっていたようだ。
まだ、当惑の表情のままだ。
しかし、その眼がぱっと開かれた。
なにかをやっと思い出したという表情だ。
「そ、そうだ。お前に命令する。すべてのお前の女たちに、降伏を命令しろ。その場に這いつくばらせるんだ──。命令だ」
アンドレが一郎に向かって叫んだ。
一郎は、アンドレたちに奴隷の首輪を嵌められて、奴隷の誓いをした。
普通だったら、一郎はすでに奴隷状態だ。
「這いつくばりたいのか、アンドレ? 床の上に這いつくばれ。命令だ──」
一郎は叫んだ。
アンドレがぎょっとした表情になる。
だが、すぐにアンドレの身体が動き出す。
アンドレは、一郎の命令に従って、床にうつ伏せになった。
「うわっ──。な、なんでだ──?」
アンドレが驚愕したような悲鳴をあげた。
だが、アンドレはすでに一郎に対して、奴隷状態にある。
一郎は、アンドレのステータスを読むことで、すでにそれを確認していた。
「な、なにしやがった──。なんで、俺の命令がお前に効かない? それどころか、なんで俺が──?」
アンドレが眼を白黒させている。
……とはいっても、仕掛けは簡単だ。
一郎が服の下にしている首飾りだ。
イザベラやアンの父親であり、アネルザの夫であるハロンドール王が持っていた国王伝承の魔道具である『王家の宝珠』だ。
悪意を持ったあらゆる魔道や呪い、死に至る可能性のある物理的な攻撃でさえも跳ね返し、そのまま、相手に対する攻撃として、効果を及ぼすというものだ。
つまりは、アンドレによって、隷属の魔道が刻まれた瞬間に、それが跳ね返って、アンドレが一郎の奴隷になってしまったということだ。
実際に効果があるというのは、これで確かめられたが、別段、一郎もこれがあるから、油断して安心していたわけじゃない。
本当は、どんな操り魔道であっても、一郎の淫魔師レベルから考えて、絶対に操られることはないと思ったのだ。
それに、大抵の物理的な攻撃や魔道攻撃だったら、粘性体を身体に覆わせることで、ほとんどを防護することもできる。
まさか、朦朧とされて、意思を失わされて、奴隷の誓いを口にさせられるとは考えもしなかった。
あのときは、真剣に動揺した。
いずれにしても、こいつが色々なものを持っているのは確かだ。それなりに顔が広いのは確かなのだろう。
自信の拠り所も、それだったのだと思うが……。
まあ、とりあえず、身ぐるみ剥いでおくか。
この男はなにを持っているかわからない。
「おい、アンドレ、立っていい。とりあえず、セビウスの石を寄越せ。ほかになにかを持っていれば、それもだ。そして、その場で裸になれ。身につけているものの一切を身体から剥がせ。脱いだら、直立不動の姿勢で動くな。命令だ」
「えっ?」
一郎の言葉に、アンドレがぎょっとした声をあげた。
そして、その顔が真っ赤になり、すぐに真っ蒼になった。
だが、一郎に隷属されているアンドレは、すぐに立ちあがって、一郎の言葉に従って、どんどんと服を脱ぎ始める。
エリカは不潔なものを見るような視線を向けながら、アンドレが身体から剥がした衣服を一枚一枚、剣先ですくいあげては、幌馬車の外に投げ捨てていっている。
アンドレの顔が屈辱で曲がるのがわかった。
それとともに、ミウが手を伸ばして、セビウスの石を手に取った。
「ロウ様、とりあえず、効果を停止させました」
ミウが一郎にそれを渡した。
一郎は亜空間に、その石を格納する。
そのあいだに、アンドレは完全な素っ裸になっている。
「さて、アンドレ……。どうやって、やったかはわかっていないだろうが、状況は理解しているだろう? お前は、俺に対して奴隷状態に陥っている……。そういえば、俺を奴隷として売り払うと言っていたんだったな……。どんな仕返しして欲しい? 去勢なんかどうだ? 一切の抵抗を禁じる命令をしてやる。手を後ろに組め。抵抗を禁じる。命令だ」
「ひっ」
顔をひきつらせたアンドレが立った状態のまま、手を後ろに組んだ。
アンドレの性器が露わになる。
一郎はエリカに目くばせをした。
エリカは、アンドレの男根を剣の腹でひょいとあげた。
「ひいいいいっ、や、やめてくれええっ、許してくれ──。なんでもする。なんでもするから──。悪かったああ──」
アンドレが絶叫した。
一郎はもう一度、エリカに合図を送る。
エリカが剣を引く。
だが、アンドレの身体はがくがくと震えたままだ。
また、一物も怯えきってしまい、すっかりと縮こまっている。
「別に謝らなくていいですよ、アンドレさん。ただ、これだけは言っておくけど、俺は女に守られてる男だけど、それだけじゃない。手は打ってたんだ。だけど、俺を殺そうとしなくてよかったな。そのときはあんた、死んでたぞ。隷属しようと思っただけだから、俺に隷属するだけで済んだんだ」
一郎はにやりと微笑んでみせた。
アンドレが顔をひきつらせる。
「な、なんでだよ……。お、お前……なんで……、い、いや、あんたは、何者……」
「何者でもいいだろう。いまは、お前のご主人様だ。試しに、息をとめて死ねと命令してやろうか?」
一郎はアンドレを睨んだ。
アンドレの顔に本物の恐怖が浮かんだのがわかった。
「そ、そんな、許してくれ……。た、頼む……、お願いだ……」
アンドレが涙を流しだす。
案外、意気地のない男だ。まさか、フルチンにしただけで泣くとは思わなかった。
「ロウ様、これは、もう外しますね」
そのとき、ミウが一郎の首に手を伸ばした。
一瞬後には、ミウの手には、一郎から外した奴隷の首輪が握られていた。
とりあえず一郎は、ミウからそれを受け取って、亜空間にしまった。
「あら、やってるわね」
イライジャが馬車にあがってきた。
中の状況に視線をやって、苦笑を浮かべる。
そして、アンドレを一瞥する。
「あんたも、鑑定術なんてもので、意気がってるからこんなことになるのよ。この人に敵対して、無事でいた者はいないらしいわ。王族でも、大商人でも、みんな支配下に陥ってるようよ。見る目がなかったわね」
イライジャがアンドレに皮肉を言った。
「そんなあ」
アンドレがまたもや、泣き声をあげた。
一郎はイライジャに視線を向ける。
「イライジャ、イットたちを連れて来てくれ」
「わかったわ」
イライジャが外に声をかけた。
ただし、アンドレは素っ裸で後ろ手で立ったままだ。
すでに外の喧騒は終わっている。制圧が終わったのだろう。
すぐに、アンドレの性奴隷たちがぞろぞろとやってきた。
イットに加えて、四人の性奴隷たちは、素っ裸のアンドレを見て、目を丸くしている。
「さて、アンドレ……。これから俺と契約をしてもらおう。どうやら、お前は、口約束は守るに値しないという商人らしいからな……。契約書にする。拒否は許さん。断れば、股間で小さくなってるものを切りとってやる」
「えっ?」
アンドレの顔が恐怖で染まる。
「返事は“はい”よ。それ以外、喋るんじゃない――」
しかし、エリカが再び、剣の腹でアンドレの性器を二度三度と持ちあげる。
アンドレが悲鳴をあげた。
「さて、イライジャ、これからいうことを全部、契約書に直してくれ……。まずひとつ、このアンドレは、俺に命を助けられた代償に、五人の奴隷を解放する」
「えっ?」
アンドレが一郎の物言いに驚いている。
その表情は、完全に呆気にとられている様子だ。
「嫌なら……」
エリカが剣をアンドレの股間に向ける。
「ひいいいっ、わ、わかった。わかりました――」
アンドレが慌てて叫んだ。
「待って……」
一方で、イライジャが馬車にあった棚から羊皮紙を取り出して、テーブルに向かって椅子に腰掛け、さらさらとなにかを書き始めた。
一郎の言葉を文書にしているのだろう。
「えっ、どういうこと……?」
アリアが呟いた。
ほかの女奴隷たちも、なにがなんだか、わかっていない気配だ。
「あなた方の意思を確認しないままで悪いけど、こんな卑劣男の奴隷にしたままでおくわけにはいかない。今日で、このアンドレと、あなたたちは縁切りだ。解放奴隷になってもらう」
一郎はアリアたちに言った。
彼女たちはただただ驚愕している気配だ。
もっとも、嫌がっている感じじゃない。
ただ、半信半疑……、というよりは、ほとんど状況を理解していない感じである。
「な、なんで、そんなことを……」
アンドレがはっとしたように声をあげた。
しかし、その瞬間に、エリカの剣が一閃した。
「ひいいいっ」
アンドレが文字通り泣き声をあげた。
エリカの剣は、アンドレの股間のすれすれを掠り、かなりまとまった陰毛が床にぱらぱらと落ちていっていた。
「あんたは、ロウ様に言われたことをやればいいのよ。この外道──」
エリカが怒鳴った。
本当に、エリカは一郎以外の男には容赦ない。
そういえば、男嫌いだったな……。
一郎は、改めて思い出した。
「アンドレ、俺の命令には逆らえないが、契約書に書かれたことを実行しない場合は、まずは、ふたつある睾丸を自分で切り落として食え。命令だ。いやなら、命懸けで実行しろ」
「ひっ」
一郎が言うと、アンドレはぼろぼろと涙をこぼし始めた。
「命令」が心に刻まれたのがわかったのだろう。
「返事は――」
エリカがもう一度怒鳴った。
「は、はい……」
アンドレは観念したように、泣きながら返事をした。
「とりあえず、すべての命令を解け。今後、新しい命令を与えることは許さん。それと、奴隷解放を宣言しろ。命令だ」
一郎は言った。
「全部の命令を解いて、お前たちを奴隷から解放する」
アンドレがすぐに言った。
女奴隷たちは、呆然としている。
なお、一郎の後ろに並んでいる四人の女奴隷たちの首輪はまだあるが、イットの首には、すでになにもない。
グラフが嵌めた首輪には、隷属魔道はかかっておらず、あれはミウの暗示により、エルフ男が隷属をかけた気になってただけだ。
隙を見て、すり替えもしたし、イットには万が一にも隷属はかかっていないのを、ここに来るまでに確認済みだ。
それでも、アンドレやグラフを油断させるために、ここに来るまでは装着したままにさせていたが、いまは、もう外れている。
馬車の外で大暴れしたとき、さっさと外してしまったに違いない。
「ミウ、お前の魔道で、彼女たちの奴隷の首輪を外せるか?」
一郎はミウを見た。
魔道の基礎だけは、スクルズに叩き込まれてきたミウは、一郎の淫魔師の恩恵により魔道力が跳ねあがってからは、万能に近い。
そこらの奴隷商が扱うような隷属魔道遣いよりも、ミウの魔道遣いレベルがずっと上なのは予想できるので、多分、外せると思う。
アンドレによる隷属は、いま解除させたから、あとは単純に首輪を外す作業だけなのだ。
「やってみます」
ミウが言った。
次の瞬間、全員の首輪が呆気なく外れた。
アリアたちは、驚いている。
「あ、あのう……」
アリアたちが一郎に喋りかけようとした。
しかし、一郎はそれを制した。
「アンドレ、ふたつ目だ。契約書の第二項目……。さらに、イットを含めた五人に、奴隷奉公明けの謝礼金を出せ。ひとりあたり、金貨十枚」
「じゅ、十枚──?」
アンドレが悲鳴のような声をあげた。
金貨十枚といえば、まあ、一郎の元の世界の感覚だと、百万円というところだ。全部で五百万だが、アンドレがここにそれだけの金貨を持っているというのは、すでにわかっている。
この男は、一郎たちが向かおうとしているエラルド・シティで大きな商売をして、かなりの大金を手にしている。
それは、遠耳具による盗聴でわかった。
「いやなら、やめるのね」
エリカが剣をすっと動かした。
「は、払う──。払います──。払わせてください」
アンドレが絶叫した。
一郎は、アンドレにその金を持って来るように命令した。
アンドレは、寝台に向かい、ひと抱えある箱を寝台の下から取り出してきた。
一郎は、それを開かせた。
中にはびっしりと金貨が充満していた。
一郎は、アンドレに指示して、そこから、十枚ずつ合計五十枚の金貨を取り出させ、五個の布の袋に分けさせた。
それに手を伸ばして、イットを始め、五人のアンドレの「元」性奴隷たちに、強引に渡していく。
五人はまだ唖然としている。
一方で、箱の中はまだかなりの金貨が残っていた。
やることをやらせたアンドレは、また、エリカの前で後ろ手に股間を晒した格好にさせた。
「次だ……。シャングリア、お客さんにあがってもらえ」
一郎は叫んだ。
馬車の外が少しだけ騒がしくなる。
やがて、シャングリアに案内されて、ひとりの女が入ってきた。
イライジャが、昨夜のうちに近くの里で雇ってきた冒険者だ。
“赤い情熱”という女五人のパーティであり、イライジャが絶対に信用できると太鼓判を押したチームである。
イライジャが、エランド・シティを拠点にして、冒険者をやっていたときの知り合いということであり、ここの商業ギルド支部を拠点にするように移動し、護衛などで雇われていたのをイライジャが覚えていて、イライジャが見つけて、来てもらったのだ。
五人のうちの三人が女エルフで、残りが人間という構成だ。
一郎も事前に挨拶をしている。
まあ、信用ができるという印象を一郎も持った。
また、あらかじめ、このアンドレが一郎たちを罠に陥れようとしているということは知らせてあった。
だから、ここで仕返しをするということは、すでに承知している。
そして、依頼の内容もイライジャが説明済みだ。
「うわっ」
馬車の中に入ってきたのは、“赤い情熱”の五人組のうち、リーダーのエルフ女だけだが、素っ裸で立たされているアンドレの姿に驚いて声をあげた。
「じゃあ、さっきも頼みましたけど、この四人をそれぞれの故郷に連れていって欲しい。家族のもとにね。大所帯の移動になるけど、ちゃんとひとりひとり送り届けて下さい。さあ、値段を決めてください。宿賃や食費のことも含めてね」
一郎は言った。
アリアたちがさらに当惑の声をあげた。
だが、一郎は、イットとは異なり、この四人には、帰る故郷があるということを承知している。イットに事前に聞いていたのだ。
ただ。家族の借金などの事情により、泣く泣く売り飛ばされた少女たちばかりだ。
一郎の言葉に、いままで押し黙っていたアリアたちが、喜色を顔に浮かべ始める。
どうやら、本当に、家に帰れるのだということがわかってきたようだ。
「そ、そうね……。ほかならぬ、イライジャの頼みだし、解放された彼女たちを、それぞれに送り届けるというのは、やりがいのある仕事だしね……。不当に余分にもらうつもりはないわ……。だけど、あたしたち五人に、四人のこの娘たち……。まあ、ひとり頭、金貨一枚はもらいたいわね。それに、宿賃と食糧代を全員分で金貨二枚……。それだけ、貰えれば恩の字かな……」
女リーダーはアンドレの情けない姿にちらちらと目を向けながら、赤い顔をして一郎に言った。
一郎は肩を竦めた。
「面倒な計算はいいさ。じゃあ、すべて込みで金貨五十枚といこう……。これで、彼女たちの護衛を引き受けてくれますか?」
「ご、五十枚──? そんなにもらえるなんて、こんなおいしい仕事、絶対にもうないわ。もちろんよ──」
女リーダーの眼の色が変わった。
一郎はそれに満足し、再びアンドレに視線を向ける。
「じゃあ、アンドレ、その金を出せ」
一郎は言った。
アンドレはさらに泣きそうな顔になる。
「そ、その金も俺持ちか?」
「当り前よ──。嫌なら……」
エリカが叫んだ。
アンドレは慌てて。「払う、払う」と声をあげた。
一郎は、アンドレに五十枚を支払わせた。
「さあ、出発だ。悪いけど、半日ばかりは急いでください。イライジャが保証したチームだから、大抵の危険は打ち払えるとは思いますが」
一郎は女リーダーに言った。
「任せておいて……。じゃあ、行くわよ、あんたら。とりあえず、ナタルの森を抜けて、ロームのカロリック公国に向かうわよ。あんたたち、ひとりひとりの実家はだいたい教えてもらってるけど、詳しいことは歩きながら聞くわ。時間も惜しいし、出発よ……」
女リーダーがアリアたちに言った。
すると、イライジャが女リーダーに声をかける。
女リーダーは、「任せておけ」というように親指をイライジャに立ててみせ、にっこりと微笑みかけた。
また、女奴隷たちは嬉しそうだ。
やっと奴隷解放されたのだということが実感になってきたのか、お互いに抱き合って笑い合っている。
しかし、アリアだけは、複雑そうな表情だ。
そして、そのアリアが、イットにさっと駆け寄ってきた。
「イットは行けないの? ねえ、行くところがないんだったら、あたしのところにでも……。あのう、親切なお方……。イットは、あたしたちと一緒に解放されることは許されないんでしょうか?」
アリアが言った。
「違うの、アリア……。あたしも解放されているわ。このご主人様は、あたしにも自由にしていいとおっしゃったのよ。だから、あたしは、今度はこのご主人様のもとで生きていくことを決めたのよ」
すると、一郎が口を開く前に、イットがアリアにそう言った。
アリアは、少しだけ泣きそうな顔になったが、すぐににっこりと微笑んだ。
「……そう……。あなたがそう決めたなら仕方ないわね……。でも、ちゃんとご飯を食べるのよ。悲しいときやつらいときがあっても、食事さえちゃんとしていれば、絶対に心が潰れないわ」
アリアが意味ありげに笑いながら言った。
すぐに、イットが噴き出した。
よくはわからないが、ふたりにとって、意味のある言葉のようだ。
一郎はアリアたちに、視線を向けた。
「もしも、故郷に戻って困ったことがあれば、マア商会を頼れ。カロリックにも支部があるだろう。いまは出先なので、連絡がとれないが、俺が王都に戻ったら、おマアには手紙を書く。あんたらが商会を頼ってきたら、力になるように伝えておくよ」
一郎はあらかじめ準備しておいた文書をひとりずつ手渡す。中身は、一郎の持つボルグ子爵家の紋章の入った彼女たちの身元を引き受けるという一郎の手紙だ。代筆はエリカだが……。
アンドレが横でびっくりしている。
「マア商会って……もしかして、タリオを拠点にする自由流通のマア様か? どういう関係なんだ?」
思わずというかたちで、アンドレが言った。
一郎は白い歯を見せてやった。
「おう、よく、訊いてくれたな。そのおマアだ。俺は顔が広いと言ったろう。おマアもまた、俺の女だ。覚えておけ」
アンドレが驚愕している。
一方で、イットとアリアが、今度こそ別れをした。
女リーダーとともに、アリアたち四人が降りていく。
「さて、じゃあ、とりあえず、書類にサインをしてもらおうか」
一郎はアンドレに椅子に座るように言った。
イライジャが立ちあがりながら、一郎にできあがった書類を渡す。
書類は同じものが二枚あった。
ペンを受け取った一郎は、その二枚の書類に対し、イライジャが指を挿した場所に自分の名前を署名する。
アンドレはもう逆らう気力もないようだ。
特に「命令」という言葉を使わなくても、大人しくサインをした。
「ほら、あんたの控えよ」
イライジャが二枚のうちの一枚をアンドレに押しつけた。
アンドレはがっかりした様子でそれを受け取った。
「これに懲りたら、ふざけたことはしないことだ。命をもらわないだけ、ありがたいと思え……」
一郎は言った。
少なくとも半日は、ここで足止めをするつもりだ。
万が一にも、このアンドレがアリアたちを追いかけないための処置である。
もっとも、アンドレには奴隷の刻みがしてある。それで禁止するので、やろうと思ってもできないはずだが、念のためだ。
「お前はそこに立ってろ、アンドレ。命令だ……。それと、エリカとミウは来いよ。こいつの前で見せつけてやろう」
アンドレが素っ裸で立ちあがる。
「はい、ロウ様」
また、ミウが嬉しそうに一郎の膝に乗ってきて、抱きついてきた。
エリカも剣を収めてから、ちらりとアンドレを気にしつつも、ミウの反対側から一郎に乗ってくる。
一郎は、エリカの乳首のピアスを服の上からぎゅっと押す。
ミウはこのところ、だんだんと敏感になってきたお尻だ。下着の上からすっとお尻の穴を擦る。
「あ、あんっ」
「んふっ」
エリカはたったいままでのアンドレへの態度が嘘のように、甘い声をあげて、身体を身悶えさせた。そして、ぎゅっと一郎にしがみつく。ミウをまた、身体を弓なりにして震わせた。
横でイライジャが苦笑した。
「もう許してくれよ。俺が悪かったよ」
そのとき、アンドレが言った。
「お前が悪いのは、当たり前だ。この悪党――」
一郎は、一瞬にして亜空間から短銃を手の中に出すと、女たちを膝に乗せたまま、アンドレの眉間に向かって、引き金を引いた。
がしゃんと引き金が鳴った。
「ひぎいいい」
アンドレは絶叫して、ぴゅっと小便を漏らしだした。
「情けないやつだ。出したのは弾の入ってない短銃だぞ」
一郎は苦笑したが、またしても泣き出したアンドレの股間からは、しばらくのあいだ、放尿が続いた。
(第17話『捨てられた獣人族』終わり)