【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
「と、逃亡?」
救出にやって来たアスカのふりをして拘束を解いてやりながら、エマに、このアスカ城からの出奔の計画を告げると、さすがに、エマは目を丸くした。
だが、ノルズは、これが嘘でも冗談でもないことをはっきりと告げた。
すると、さすがにエマも、アスカの悪ふざけではないことを悟ったのか、神妙な表情になる。
そして、すぐに納得したような顔つきに変わった。
もちろん、エマは、アスカの置かれている哀れな状況について、しっかりと認識しているはずだ。
いつの時点で、エマが本当のアスカの境遇のことを悟ったかは知らないが、ノルズがエマに変身してアスカに接触を始めると、アスカは、エマがパリスのことを真の支配者であるとをエマが知っているという前提で「エマ」に語りかけてきた。
だから、ノルズは、アスカが実際にはこの城塞の女王などではなく、単なる「奴隷」に過ぎないことをエマが知っていることがわかった。
ただ、あれだけアスカが、エマを大切にしているところを考えると、信頼し合った関係を築いていると考えていいと思う。
だから、この女は使い道がある。
もしも、このエマが城塞からさらわれたとなれば、おそらく、アスカはこのエマを追いかけて、城塞から脱出して追いかけようとするだろう。
それがノルズの狙いだ。
そして、アスカをこの城塞から脱出させることは、あのパリスに大きな打撃を与えることに通じる。
ノルズはそれを知っている……。
実は、アスカは、有り余る魔力の吸収力を買われて、この数十年続ける召喚術によって発生する瘴気の吸収体にされている実験動物のような立場なのだ。
その目的は、かつて封印された冥王の復活であり、パリスたち一派は、冥王を復活させ、その力を操って、この大陸を席巻し、すべての人族を支配して、巨大帝国を建設しようとしているのだ。
その一派とは、「帝国」だ。
冥王を封印した英雄の家系であり、かつては、この大陸における唯一の国家でありながら、いまは、ローム三公国と呼ばれる分裂国家の庇護のものとに、辛うじて生存が許されているひとつの消滅寸前の人類史上、もっとも尊い貴族家──。
それが、皇帝家だ。
いまの皇帝は、何代目になるのか……。
もちろん、ノルズのような立場の者が皇帝に会ったことがあるわけじゃないが、ノルズは、三卿と称されている三家臣のうち、マハエル家という代々の皇帝に仕える一族に飼われている刺客だ。
いや、「犬」か……。
犬だった……。
パリスもまた、そのマハエル家の手の者だ。
もっとも、パリスが真実、何者であるかを知る者はほとんどいない。
パリスが、いまのマハエル家の当主の家臣になったのは、現在のマハエル家の当主がまだ少年時代のときであり、その頃、パリスはどこからともなくやって来た風来坊の旅の少年に過ぎなかったという。
旅の途中で病に倒れ、道端で飢えで死にそうになっているのを偶然に見つけたマハエル家の少年がパリスを助けたのが縁という。
そして、その貴族の少年は成長し、零落した皇帝家に仕えるマハエル家の当主となり、いまは、すっかりと老人になっているが、パリスは、いまだに「少年」の姿のままなのだそうだ。
パリスが、もはや、ただの人間でないのは明白なのだが、パリスについては、マハエル家当主にしても、現皇帝にしても、絶対の信頼を寄せている。
そのパリスが企てたのが、このアスカを使った『冥王復活』だ。
冥王は、すべての魔族や魔獣を従わせることができると言われている絶対無敵の悪鬼であり、こんなものを復活させるなど、狂喜の沙汰だが、パリスはそれをやるという。
皇帝家には、代々伝わっている、冥王を支配できる指輪があるとかいうことで、その指輪を使えば、冥王を自由自在にできるのだそうだ。
つまりは、この一連の陰謀は、残りの寿命か短くなった気位だけは異常に高い老人たちの狂業ということだ。
そもそも、冥王を討伐し、異界に封印をしたロムルスの末裔が、冥王を支配できる指輪を保有しているという話は怪しい。そんな指輪があれば、なにも、伝承にあったような大変な冥王戦争を起こさなくてよかったはずだ。
しかし、実際には、それはできなかった。
また、英雄ロムルスの力をもってしても、冥王を殺すことはできず、封印するしかなかったのだ。
それを復活させるという。
途方もないこととは思ったが、パリスはそれを不可能ではないことと三卿に告げたらしい。
まずは、この大陸のどこかに、冥王復活の拠点となる場所を選び、そこに冥王たちの力の源である「瘴気」を充満させる。それもとてつもない密度と範囲でだ。
次に、同じような高濃度で広範囲の瘴気の「大発生地」をこの大陸のところどころに作りあげる。それにより、この世界全体の安定度をぐらつかせるのだそうだ。
それで、冥王が復活できる特異点、すなわち「大特異点」が最初に作った拠点に発生し、異界の封印が破れて、無数の眷属とともに、冥王は復活する……。
その「大特異点」の拠点として選んだのがアスカ城であり、「大発生地」となる候補地が、魔道王国エルニア王都であり、ハロンドール王都であり、いま、パリスが工作を開始したナタルの大森林なのだ。
それを知ったとき、ノルズは、なんという阿呆たちだろうとは思ったが、まあ、その阿呆に飼われる身だ。
この連中が、復活をさせた冥王に食い殺され、その挙句に、人類が冥王に支配されたところで、どうでもいい……。
そう思っていた……。
ただ、言われたことをするだけだと……。
パリスがかつて、マハエルに助けられて、その恩に報いるために歳月を使っているように、ノルズもまた、パリスには恩がある。
この世には、なんの未練もなかったし、これっぽちの希望に抱いていなかったが、一宿一飯程度の恩のために、世界を滅ぼすことを手伝ってもいい。
そんな心境だった。
だから、パリスに、ハロンドール王国の王都に、一派の足掛かりを作れと言われて、かつての親友を利用することを思いつき、王都三神殿の筆頭巫女になっていたスクルズたちを次々に罠にかけて、それが最終的には、彼女たちの生命を奪うと知っていながら、体内に魔瘴石を埋め込んでやった。
どうせ、お互いに、いつか死ぬ命だ。
なんのためらいも覚えなかった……。
だが、いまは違う……。
生まれて初めて、命が惜しいと思っている。
彼が気違い連中の遊戯に巻き込まれないようにするために……。
生涯で最初で最後の愛しい人が、彼を愛する女たちと、いつまでも笑って生きることができるように……。
そのために、パリスのところに戻ってきた。
絶対に冥王など復活させない……。
あの人がいるこの世界を狂人たちの玩具などにさせやしない……。
そして、それは難しいことじゃない。
あのアスカをこのアスカ城から離せばいいだけだ。
なにしろ、これまでパリスがやって来た多くの工作の中で、もっとも重要視していたのが、アスカ城に、アスカを置いておくことなのだ。
当のアスカはわかっていないが、アスカ城の周囲に拡がっている瘴気は、アスカそのものを核とすることで成立している。
だから、アスカがこの城塞を離れれば、それだけで核は消滅する。
核を失った瘴気など、どんなに集めようと簡単に発散してなくなってしまう。
そのために、アスカは常にルルドの森の真ん中に建設したアスカ城に存在する必要があるということだ。
つまりは、アスカ城こそが、アスカというパリスが選んだ「大特異点」の核そのものなのであり、この城塞は、そのアスカを閉じ込める巨大な牢ということだ。
従って、パリスの陰謀を潰すには、アスカをここから連れ出すだけでいい。
そうすれば、一年もすれば、この瘴気は完全になくなり、もう一度アスカを連れ戻して、瘴気を集め直しても、冥王が復活するまでの瘴気を集め直すのに、数十年はかかるはずだ。
ただ、アスカをここから出すだけで、それだけのことができる。
しかし、問題はアスカ自身だ。
アスカは、いまはここを出ることを望んでいない……。
ここには、アスカの望むすべてのものが揃っている。
狂い魔女が欲しがるものは全て与えられ、権力もあるし、彼女の好きな魔道の実験設備も材料も、彼女にかしずく者も、すべてが存在する。
淫乱度の高い彼女の好きな淫行だって思いのままだ。
ここを出ても、アスカにはなにもないし、必要があれば、「影」の魔道で自分の分身を外に出すこともできるので、そもそも、アスカがここを離れる理由がない。
それだけでなく、パリスは、アスカには、もしも、アスカ城から本体が離れれば、アスカの魔道は弱体化すると思い込ませていもいるので、アスカは、自ら望んで、ここを出ることはない。
だが、もしも、アスカがアスカ城からいなくなれば……。
それで、ノルズは愛する人を将来の災厄から守ることができる。
ノルズが考えているのはそれだけだ。
本当は、アスカをあっさりと殺してしまうのがいいのだろうが、さすがに、あのアスカを殺すなど、ノルズには不可能だろう。そもそも、面白くない。
パリスは、特殊な誓いの呪いで、自分を含む一部の存在については、アスカが魔道を行使できないようにしているが、それでも、殺すということまではできないと思う。
だから、せいぜい、監禁しているだけなのだ。
ましてや、ノルズには不可能だ。
従って、次の手段……。
数日のうちに、アスカをアスカ城から連れ出す……。
このエマを使って……。
「そうだ、エマ……。今夜のうちに逃亡する。お前も、知っているはずだ。あのパリスの目的を……。パリスは、このわたしを使って、このアスカ城を中心とするルルドの森に瘴気を密集させて、怖ろしいことをやろうとしているのだよ。あいつの企てが成功すれば、わたしは死ぬだろう。だが、そんなことはご免だ」
ノルズは、アスカの声で言った。
すると、ただでさえ驚いていたエマの眼が、さらに驚愕のために開かれた。
「ま、まさか……し、死ぬだなんて……。で、でも、どうして、それを……」
エマが声をあげる。
しかし、その表情に、ノルズは不審を抱いた。
もしかして、この女は、深いところまで知っているのか……?
この城塞で行われていることが、いつの日か、アスカを冥王復活の生贄として殺すことを前提として行われている大きな陰謀であることを……。
そうだとすれば、この女は、アスカに愛されていながら、パリスがやっていることを知っていて、それでも、それをアスカには教えずに黙っていたことになる。
アスカに気に入られた少女だということを除けば、どうして、一介の侍女程度の立場でしかないはずのエマが、パリスの隠している陰謀のことを知ったのかはわからないけれど……。
いや、間違いない……。
エマは知っていた。
とにかく、これで、ノルズの心は少しだけ軽くなった。
どうやら、遠慮がいらないということがわかったのだ。
もしかしたら、パリスたちの、ちょっとした会話を隠れて耳にしたり、それとも、パリスの手の者が、アスカのお気に入りであるエマへのからかいのような気持ちで、脅し混じりで、喋ったのかもしれない。
パリス自身はともかく、パリスの使う者たちは、ノルズの目から見て、質はともかく、品はない。
あの連中なら、エマに感づかれるようなことを口にしても不自然じゃない。
実のところ、アスカの本当の立場を知っている者は、この城では少なくない。
どちらかというと、一定の一部においては、公然の秘密に近い。
それでも、アスカにそれが伝わらないのは、この城には絶対に破れない、ある広域魔道がかかっているのだ。
すなわち、「真実」をアスカに伝えてはならないという魔道だ。
どんな方法でもそれは不可能だ。
だから、アスカは自分が、いずれ死ぬ運命であることはわからない。
さすがに、それを知れば、逃げ出すと思うが、ノルズも直接には、それを告げられない。
従って、ほかの手段で、アスカが自発的に、このアスカ城を逃亡しようとさせないとならないのだ。
それはともかく、エマは知っていた。
知っていて、アスカにそれを教えなかった。
いや、教えるのが不可能だとしても、なにもしようとはしていない。
知っていたとすれば、もがき苦しむという気配があってもおかしくはないが、ノルズの観察の範囲では、それはなかった。
それだけで、このエマが「罰」を与えられても仕方がない……。
「いいかい……。今夜はやっとやって来た逃亡の機会だ。このまま、外門の外に行くよ。すべての手筈は整っている……。なにも心配はいらない。わたしと一緒なんだからね……。その後は、しばらくは逃避行になるからね……。まあ、このわたしがいれば、どんな連中が追いかけてきても、捕まることなどないけどね。とにかく、わたしの魔道が制限されているこのアスカ城の外にさえ出れば……」
苦々しく言葉を紡ぐ素振りをしながら言った。
このアスカ城内では、パリスによって、主にアスカの逃亡に関わる魔道が封印されていることは確かだ。でも、なによりも、アスカがここから離れられないのは、それを必要としていないアスカ自身の意思だ。
従って、アスカが、心の底から、ここから脱走したいと考えれば、いくらでもやりようがある……。
たとえ、どんな封印をパリスがしたとしても……。
「えっ、本当に逃亡を……?」
「そう言ったろう……。もう少しの辛抱だ。結構は夜だよ。もう一度、迎えに来る……。そのときに、一緒に逃げよう」
有無を言わせぬ強い口調で言った。
だが、エマが、ノルズの言葉を信用して、この魔城の外に出れば、ノルズが潜ませている盗賊たちが、エマの身柄をさらうことになっている。
悪鬼の彷徨う悪名高いルルドの森の夜をものともしない連中だ。
その連中に、金を払ってエマをけしかけている。
エマがアスカ城から出ようものなら、森で待機しているノルズの手の者が、本当にエマを誘拐するという計画だ。
そして、エマは、奴隷にされて、ハロンドールに売られることになっている。
性質の悪い連中のことだから、エマの貞操が無事で済むということはあり得ないが、まあ、エマも殺されないだけましと思ってもらうしかない。
後は面倒なことはない。
頃合いを見て、ノルズは、すべてをパリスの手の者の責任ということにして、アスカの大切なエマが奴隷として売り飛ばされたと教えてやる。
アスカは怒り狂って、本気で追いかけようとするだろう。
なにしろ、エマはアスカのいまのお気に入りなのだ。
アスカさえ、心の底からアスカ城を出ようという気になれば……。
そうそう……。
いま、ちょっと思いついたが、これから悪党どもに容赦なく輪姦された挙句に、奴隷として売り飛ばされることになっているエマに、些細な悪戯でもしておくか……。
どうにも、このエマは被虐がよく似合う。
「……それにしても、小便臭いね、お前……。罰として、ここで下着を脱いで、そのまま、城外に出るよ……。その後はわかるね……。逃避行とはいっても、お前の調教は続けるよ、せいぜい、覚悟してな」
しかし、エマのところに現れるのは、乱暴な盗賊たちだ。
盗賊どもも、この美少女が下着をはかずに連中の前に現れれば、せいぜい、驚くに違いない。
ノルズはほくそ笑んでしまった。
そして、一度は、エマの下着を出してやろうとした荷を収納魔道で隠した。
「収納魔道」というのは、持っている魔力に応じて、荷を異空間に格納できるという便利な魔道だ。もちろん、高等魔道である。
かつて、ノルズはそんな魔道は遣えなかった。
だが、あのロウに抱かれてから、なぜか、魔道の力が飛躍的に向上して、それが遣えるようになったのだ。
収納魔道だけじゃない。
高位魔道師の象徴ともいわれている「移動術」だって、いまは遣える。
本当に、あのロウは……、彼は何者なのだろう……?
一方、エマは、ノルズの言葉に顔を真っ赤にしながらも、なにかの期待を込めるような仕草でおずおずと下着を脱ぎ始めた。
*
アスカの顔はばれる……。
このままじゃ、城を歩けないからと断ってから、ノルズは、エマの目の前で、アスカへの変身を解いて、ノルズの姿に戻った。
エマは、アスカがノルズに変身していると思い込んでいるはずだが、実際は、ノルズが元の姿になっただけということだ。
魔城の外に出るのは簡単だった。
呆気ないくらいに簡単に、ノルズはエマを連れて、アスカ城の外に出た。
魔城を出れば、そこに拡がるのはルルドの森だ。
夜だが、今夜は月が四個だ。
随分と明るい。
薄っすらと月明かりに照らされるルルドの森に、魑魅魍魎どもの気配が迫るのを感じる。
しかし、ノルズは、悪霊避けの特殊な護符を持っている。
それが、連中をノルズたちに近づけない。
手筈の場所で待っている盗賊団たちも、同じものを渡している。
だから、ルルドの森の夜を動くことができるのだ。
「ア、アスカお姉様……」
それでも、やはり、ルルドの森は怖ろしいのか、歩きながらエマは、しっかりとノルズの腕を両手でしがみつくようにしてくる。
「問題ない……。問題ないさ……」
ノルズは、力強く腕を握りしめてくるエマの手を軽く撫ぜながら言った。
やがて、打ち合わせの場所に辿り着いた。
しかし、違和感があった。
強い血の匂い……?
そして、焦げ臭い……。
しかも、新しい……。
「えっ?」
ノルズは、思わず叫んだ。
夜目だったので見つけるのが遅れたが、少し離れた場所で屍骸があった。
ノルズが手配した盗賊たちのひとりだ……。
いや……。
ひとりじゃない……。
あそこにも……。
向こうにも……。
どういうこと……?
なぜ、死んでいるの……?
その瞬間だった。
草のあいだから、突然に四、五十人が姿を現した。
背後にもいる。
城塞の魔道衛兵たちだ。
すっかりと包囲されている。
「アスカはここよ──。この女よ。逃亡しようとして、姿を変えているの──。さあ、早く、捕らえて」
すると、腕を握りしめていたエマが、大声をあげて衛兵のところに駆け込んでいった。
「えっ……?」
呆気にとられたノルズは、はっとした。
たったいままでエマが握りしめていた腕に、なにかが嵌められていたのだ。
そして、愕然とした。
これは、魔道封じの環だ。
いつの間に……。
「エ、エマ?」
叫んだ。
とっさに外そうとした。
これでは、移動術で逃亡することもできない。
「きゃあああああ」
しかし、突然に全身に痺れが駆け巡り、気がつくと、ノルズは地面にうつ伏せにひっくり返っていた。
四方から電撃を浴びせられたとわかったのは、ほんのすぐそばまで衛兵たちがやってきたときだった。
ノルズは必死に置きあがろうとした。
だが、中腰になったところで、顎をしたたかに膝で蹴りあげられていた。
奥歯が折れる音がして、ノルズは今度は仰向けに昏倒してしまった。
「そいつが、アスカよ──。絶対に監禁してね。アスカ様を裏切ったとわかった以上、アスカ様を自由にしたら、今度は、わたしが殺されるわ。パリス様の命令に従ったんだから、約束通りに安全な場所にわたしを移して──。絶対よ──」
衛兵の外からエマの気が狂ったような声が聞こえてくる。
しかし、ノルズは愕然としていた。
まさか、エマがアスカを真の意味で裏切っていたとは……。
エマがパリスに命じられて、密かにアスカを見張っていた……?
いや、ノルズの調査において、エマは絶対にアスカを諜報するためにパリスから送り込まれた者じゃなかった……。
パリスの手の者については、ノルズはかなりの顔を知っている。
それに、エマは諜報員としては、無能に近い。
パリスが選ぶ配下は、エマのような女ではない。
彼女をパリスが自分の配下にするわけがないのだ
それとも、エマは、最初こそ、純粋なアスカの愛人だった?
しかし、そのエマをパリスは、いつかの時点で篭絡して、自分の道具のひとつとして使っていた?
もしかして、そういうこと……?
とにかく、アスカの「ネコ」だと思っていたエマが、実はパリスの「犬」だったのは明白だ。
騙したつもりが、すっかりと騙されていたとは、なんという迂闊……。
そもそも、どうやって、エマが「逃亡」を城塞の者に報せたというのだ。
そんな機会はなかったはずだ。
「残念だったわね、アスカ──。実はあんたが戻って来る直前に、あたしは一度助けてもらってたのよ。だけど、あんたの思惑がわからないから、あえて、そのままに拘束されている芝居をすることになったのよ。お生憎様──」
エマが勝ち誇ったように叫んだ。
事前に発見された?
そんなことはないだずだ。
少なくとも、ノルズの魔道では、結界が破れたことに気がつかなかった。
しかし、実際にこうやって出し抜かれたことを思えば、それは正しいのだろう。
そのとき、エマの周りに集まった男のひとりが首を横に振った。
「いや、この女は、アスカ様ではない、エマ……。本物のアスカ様は、まだ、自室におられる。それは確認した」
全身が脱力しているノルズの右腕を隊長らしき男が掴みながら言った。
このあいだも、複数の魔道の光線がノルズに注ぎ続けられている。
それがどんどんとノルズから魔道と筋力の両方を奪い続けている。
「えっ? 偽者?」
エマの呆然とした口調の声が聞こえた。
「おそらく、この女は本物のノルズだろう……。さあ、どういう企みだったか、白状してもらおうか、ノルズ……。お前の連れてきた盗賊どもの半数は殺したが、残りは捕らえている。そいつらを拷問すれば、まあ、多少のことはわかるとは思うけどね……」
掴まれていた右腕があり得ない方向に、強引に曲げられた。
ぼこりと大きな音がして、右腕が完全に叩き折られたのがわかって、ノルズは絶叫を月夜にとどろかせた。
「残りの腕と脚の骨を折れ。それで逃亡も自殺もできなくなる」
隊長が無造作に言った。
衛兵たちが一斉にノルズの身体に掴みかかった。