【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
「おげえええっ」
火で炙られたかと思うような激痛が腕に走った。
左腕に続いて、右腕も肘と肩の中間付近が強引にへし折られたのだ。
股間が熱くなる。失禁をしたかと思ったが、まだ体液は股間からはできていないようだ。
「ノルズ……? ノルズっていうんですか、この女?」
いつの間にか、ノルズの周りには二十人近い衛兵が集まっていた。
ゆっくりとした口調で訊ねたのはひとりの兵だ。
その男がどこからか持ってきたひと抱えある石をノルズの太腿の下に置くのがわかった。スカートが完全にめくられて、股間まで露わにされた。
しかし、羞恥を感じる余裕はなかった。
別の男が石に置かれているノルズの腿の部分を別の石で叩きつけたのだ。
「んがあああ」
ノルズは絶叫した。
ぼこりという大きな音がノルズの耳にはっきりと聞こえた。
脚の骨はいまの一撃で完全に砕けただろう。
今度こそ、本物の尿が股間から洩れていくのを感じた。
「ああ、確か、パリス様のところで動いていた女間者だな。しばらく行方不明になっていたが、まさか、顔を魔道で変えて戻ってきたとはな」
ノルズの手足を砕くように命じた隊長が笑いながら言った。
どうやら、この男はノルズの顔を知っていたらしい。
ノルズ自身は知らないが、考えてみれば、元はといえば、ノルズはパリスの部下だ。
アスカ城には行ったことはなかったが、共通の雇い主だったのだから、ノルズの顔を知っている者がいても不自然じゃない。
まあ、だからといって、なにか変わるわけじゃないが……。
「あんた、アスカ様じゃなくて、ノルズだったのね。まあいいわ。いい気味よ、ノルズ──。わたしを長いあいだ嬲った酬いだわ。せいぜい、苦しむがいいわ」
そのとき、人壁の向こうから少し興奮気味のエマの声が聞こえてきた。
ノルズは、そっちに向かって顔を向ける。顔は見えないが、声は届きやすくなるはずだ。
「……む、酬いは……そっちだろう……。アスカと思って……おかしな腕輪をつけたくせに……。ア、アスカを……裏切ったのは……いつからだい……? パ、パリスの……犬に……なったのは……や、やっぱり……女同士よりも……男がよかったかい……?」
ノルズは激痛の苦しさに耐えて、精一杯の皮肉を込めていった。
アスカの愛妾のくせに、パリスの息のかかった監視役になっていたとは見抜けなかった。しかし、ここまで完全に裏切るのは予想外だった。
だが、考えてみれば、一番効率のいい見張りだろう。
それにしても、気の弱い女なのかと思っていたが、意外にしたたかな女だったようだ。
もっとも、それはともかく、どうやってノルズの監禁から、解放されたのだ?
しかも、逆に罠をかけて待ち受けるとは……。
「あ、あの人のことを悪く言うと承知しないわよ──。この馬鹿女──」
エマの金切り声がした。
本当にパリスに抱かれたのかい……。
ノルズは笑いそうになった。
だが、新しい激痛がノルズの全身を焼いた。
もう一方の脚の骨も石を叩きつけられて砕かれたのだ。
「あがああああっ」
ノルズは絶叫した。
激痛で跳ねあがりかけた身体を上から胸を踏んづけられた。
足を乗せたのは隊長だ。
その隊長が酷薄な笑みを浮かべながら、ノルズを見下ろして口を開く。
「この女は以前、任務に失敗して、パリス様の前から行方不明になっていた女だ。死んだと思われていたが、まさか、アスカ城に潜入していたとはな……。なにをしようとしていたか吐かせろ。どんな方法を使ってもいい」
「じゃあ、とりあえず、身体検査といきますか……。服を脱がすか。なにかおかしなものを持っているかもしれないからな」
衛兵のひとりが言い、複数の手が一斉にノルズに伸びてきた。
どいつもこいつも……。
衛兵たちの顔はどの顔も卑猥に歪んでいた。
男はみんな一緒だね……。
ノルズは笑いたくなった。
まあ、あいつも、好色にかけては凄かったけどね……。
こんなときにと思ったが、ロウの顔が不意に浮かんだ。
すると、なぜか泣きたい気持ちになってきた。
そのときだった。
不意に周囲が歪むような感覚が襲った。
激痛による影響なのかとも思ったが、ノルズだけでなく、周りの衛兵たちも驚いたように、顔をあげて辺りを見回し始めた。
しかし、一瞬後、ノルズはなにが起きているのかを悟った。
これは、結界だ。
この周囲一帯が、大きな結界に包まれようとしている。
それがわかった。
同時に、喧噪も起こった。
騒がしいのは、後ろのアスカの魔城だ。
なにかの警告音のようなものが一斉に響きだしている。
今度はなに?
瞬時にノルズは合点がいった。
だが、鳴り響いている警告音は、おそらく、アスカを監禁しているこの城塞の結界の封印が解けてしまったということだと思う。
おそらく、間違いない……。
だが、どうやって……?
確かに、ノルズはすぐにアスカを監禁から解放させて、城塞の外に連れ出す算段はしていたが、まだ、最終的な処置はしていなかったのだ。
「な、なに? なにが起こっているの?」
不安そうなエマの声が聞こえた。
得体の知れない雰囲気に警戒をしようとしている周囲の衛兵がノルズか離れて、違和感に対処しようとする。
彼らがこちらに背を向けて広がりもしたので、その隙間からエマの顔も垣間見ることができた。
「くくく……。あんたが……、裏切ったから……、この魔城の……女主人が……怒ったんじゃ……ないのかい……? この……アスカ城が……あの魔女の……根城だと……いうことを……忘れたかい……」
とにかく、ノルズはうそぶいた。
苦しい息の下からノルズはエマに向かって言う。
すると、エマがきっとノルズを睨みつけた。
その怒りは、エマを監禁し続けてきたノルズに対する恨みつらみだろう。苛めれば苛めるほど、被虐の色香を醸し出す可憐な野菊という印象だったのだが、立場が変われば、こんな気の強い一面もあるのだと悟った。
いずれにしても、どうにもこうにも、まだまだ、自分も人を見る目がない……。
ノルズは苦笑しそうになった。
「あんな、あばずれになんの力があるもんですか──。パリス様こそ、この魔城の支配者よ。そんなことも知らないの、ノルズ──」
エマが大きな声をあげた。
「へえ……。あんたって、そんなに……大きな声も出せるのね……。せっかくだから、監禁のあいだ、もっとなぶってやればよかったよ……」
「あ、あんたも、アスカ様もろくでなしよ──」
エマが激昂して叫んだ。
次の瞬間、はっきりとわかる感じで、目の前の空間が歪んだのがわかった。
「……どうやら、飼い猫に噛まれるのは、わたしの癖のようだね……。しばらく前からパリスをはじめ、何人もの男の精の匂いをぷんぷんさせていたエマが、突然に男の匂いをさせなくなったから、入れ替わっていたのはわかってたけど、やっぱり裏切ってたかい、エマ……」
大きな笑い声がした。
アスカだった。
移動術で出現したのだ。
エマとともに、衛兵たちが引きつったような声を出した。
「な、なんだ? なんで、アスカが──?」
「封印の紋で部屋に閉じ込められていたはずじゃ……」
衛兵たちの呟き声がする。
ここに集まっているのは、パリスに直接仕えている兵たちで、どちらかといえば、アスカを見張る役目を負っていた者たちらしい。
表向きだけとはいえ、この魔城の女王のアスカに遠慮がない。
しかし、アスカ?
いや、影か?
だが、影であっても、まだ出てこれるわけが……。
「うっ」
そのとき、全身に熱いものが一気に流れた。
魔道だと思ったが、不快感はない。
気がつくと、身体の痛みが消滅している。
砕かれたはずの骨が元に戻ったようだ。
それとともに、パチンと金属音が鳴って、エマに装着させられた腕輪が弾け飛んだ。
アスカがノルズに対して、治療術をかけるとともに、魔道で腕輪を外したのだとわかった。
凍りついていたように動かなかかった魔力が復活した。
「
ノルズは飛び起きると、地面に両手をついて、魔力を叩きつけた。
土に混ざる妖魔の糸を手繰って一気に活性化させる。
辺り一面に巨大な触手が無数に発生する。
普通の魔道も遣いこなせるが、自然の中に溶け込んでいる妖力を妖魔として引き出す術は、ノルズの得意中の得意だ。
ほかにも、妖魔を呼び出して眷属として使いこなすという能力もあるが、いずれにしても、どの力も、ロウに抱かれて以来、怖ろしいほどに上昇した。
正直にいえば、目の前のアスカにだって、魔道で引けを取らない気さえする。
「ぐあっ」
「ひいいっ」
「うわああっ」
周りで衛兵たちの悲鳴が沸き起こる。
ノルズが発生させた無数の触手が衛兵たちの手足を掴み、胴体に絡み、そして、首を絞めつけ始めたのだ。
数十人の衛兵たちが、ほとんど抵抗できずに触手に絡み取られて、土に向かって引っ張られる。数名は剣で抵抗しようとする者もいたが、そいつらもすぐに別の触手が土から出現して、剣ごと腕を絡み取ってしまう。
首を絞められて苦しむ男たちの悲鳴はしばらく続いたが、それもだんだんと小さくなり、やがて、まったくなくなった。
周囲には体液や汚物を垂れ流した状態で、血の気を失って横たわる衛兵たちの死骸だらけになる。
「ひっ、ひいいっ」
エマが恐怖に引きつる声を出したのがわかった。
視線を向けると、真っ蒼な顔をして尻もちをついている。
しかも、だらしなく開いている脚のあいだから、どんどんと尿が流れて、小さな水たまりも作りだした。
つくづく、失禁の好きな女だ。
さっき出したばかりのはずなのに、まだ洩らす尿があったとは驚きだ。
「こいつらは、前々から気に入らなかった連中だけど、パリスの忌々しい呪いのおかげで、ずっと手を出せないでいたからね。代わりに殺してくれたとなれば、それだけで好きになりそうだよ、お前」
からからと明るく笑う声がした。
アスカだ。
顔をあげる。
さっき部屋で別れたときのままの服装だ。
ノルズの魔力が遮断されたことで、部屋に施されていた結界が緩んで、魔道による跳躍や、周囲の探知が可能になったのだと思う。
それで、魔城の外壁のすぐ外で騒ぎになっていたここに気がついたのだろう。
よくわからないが、これは影でもない。実体だ。間違いない。どういう状況か理解不能だが、なにかのきっかけがあり、アスカは封印の外に出てこれたのだろう。
とにかく、予定変更だ。
「……だったら、一緒に逃げようよ、アスカ……。このままじゃあ、あんたも、あたしもパリスに殺されるだけだ……」
ノルズは顔をあげた。
計画とは異なったが、この気紛れ魔女は、いま、この瞬間については、このアスカ城の縛りから外れて、魔城の外にいる。
そうだ……。
いま、この瞬間なら……。
「ここから逃げてどうすんだい……。ここに、あいつの呪い玉が入ってんだ……。いつ破裂するかわかんない爆弾を抱えて、どうしたら暮らせるっていうんだよ。あいつは、これをいつでも破裂させることができるし、わたしには、あいつを攻撃することはできないんだよ」
アスカが冷笑気味に言った。
ノルズは愕然とした。
アスカが知っているとは思わなかったのだ。
しかし、どうやら、パリスが本当はなんのために、アスカをここにいさせているのかを承知しているようだ。
もしかして、ここにいれば、いつか死ぬ運命しかないことも……?
「……知ってた?」
ノルズは呟くように言った。
すると、アスカの片側の頬がふっと上にあがった。
まるで、なにかを愉快がっているような表情だ。
「なにを知っているのかと訊ねているのは知らないけど、わたしがこの魔城のことで知らないことなどあるものかい。ところで、このわたしをお前がちまちま結界に細工をしてたのはわかったけど、なにかの罠かと思っていたけど、わたしを逃がそうと思ってたのかい?」
アスカが呆れたような表情をノルズに向ける。
「気がついてたのかい?」
「当たり前さ。誰だと思っているんだい。このアスカ城の女王さ。魔女だよ。この魔城のことで、わたしが知らないことなどないね。言っておくけど、逃げようと思えば、いつでも逃げれるのさ。わたしを閉じ込められる結界なんかないよ」
アスカがけらけらと笑った。
「自力で逃げれたって、本当に?」
ノルズは思わず言った。
そうであれば、いままでのノルズの苦労はなんだったのか……。
「パリスがわたしを閉じ込めようと監禁のための結界を刻んだけど、本当はそんなものじゃあ、わたしを封じることなんかできないさ。わたしがここから逃げないのはわたしの意思さ。ただ、面倒だから、放っているだけだよ──」
「そ、そうなのかい?」
「ああ、実際に必要なら、いつも部屋の外にもいくさ。教えとくけど、お前の魂胆がわからなかったから、パリスの部下に扮してエマの監禁を解いたのはわたしだよ。お前を待ち受けて罠を張るのを促したのもね。思ったより愉快な結末になったけどね」
「ええっ?」
ノルズは驚いてしまった。
「それよりも、答えな──。お前は誰だい? この一箇月、エマに変身していたのがお前だというのはわかってる。肌の匂いでわかってたさ。だけど、あれはあれで面白いから、そのまま、いたぶってやってたのさ。寝台でいたぶられるお前は、なかなかに可愛い子ぶっていたけど、その喋り方が素かい。だけどそっちの方がいいねえ」
アスカが大笑いした。
ノルズは、顔がさっと赤くなるのを感じた。
工作のためだとはいえ、このアスカの責めを受けて、本気でのたうち回ったし、淫らにいき狂った。それを改めて知られてしまうと、羞恥で地面を転がりたくなる
「おやおや……。さて、訊きたいことは山ほどあるけど、時間切れかい。どうにも、騒がしくなったようさ」
そのとき、アスカがすっと顔をあげた。
なぜか、気がつかなかったが、いつの間にか、大勢の魔城の衛兵で周りがごった返していた。だが、ずっと遠い位置で阻まれて、そこから近づいて来れないらしい。
アスカの結界で接近を封じられているのだろう。
「ねえ、このまま、どこかに行こうよ、アスカ……。一緒に……。助けてやるから……」
ノルズは言った。
脈略もなにもない。
しかし、いまのほんのちょっとの会話だけで、ノルズには、思ったよりも、アスカが自分の境遇について承知しているのがわかったし、しかも、完全に厭世的になっているのも感じた。
わかっていて、なにもかも受け入れて、諦めて、そして、快楽に溺れている……?
ノルズは、アスカに対する認識ががらがらと崩れていく気がした。
「助ける……? お前が? なにを言っているかわかってんのかい? どうやら、なにか魂胆があって、エマに化けて、このわたしに接近してきたようだけど、誰を敵に回すかわかってないんじゃないかい? とにかく行きな。一箇月間、お前がエマを入れ替わっていたことについては見逃してやるよ。久しぶりに、溜飲のさがることをしてくれたしね。そして、とっとと消えな。そして、二度と関わるんじゃない。わたしにも、アスカ城にもね」
アスカが吐き捨てるように言った。
ノルズは、地面につけたままだった膝を立ちあがらせて、アスカにちょっとだけ近づいた。
「あたしは、ノルズ……。これでも、上級魔道遣いだと自負している。妖術遣いの技もある。あんた、ひとりを連れて、追っ手から逃げおおせるなんてわけないさ。それに、あんたの身体にある……魔瘴石……。それを取り除ける技を持っている男も知っている……。あんたは自由になれるんだよ……」
「魔瘴石のことも……」
アスカが唖然としている。
だが、驚くのはこっちの話だ。
やはり、どこまでもアスカは承知していたようだ。
すると、姑息な手段でアスカを無知の状況に追い込んでいたと思い込んでいたらしいパリスが滑稽だ。
「あたしは、これでも、元パリスの部下でね。実のところ、結構、このアスカ城のことは知っている。あんたのこともね……。ねえ、本当に一緒においでよ。悪いことにはしないさ。あんたがパリスの裏切り者になるなら、このあたしも一緒だよ。一度は逃げおおせたけど、今度こそ、八つ裂きにされるだろうね。言葉通りの意味で……」
ノルズはにやりと笑って、視線で周囲に転がっている衛兵たちの死骸をアスカに示した。
実際のところ、これだけのことをした以上、パリスは、今度こそ、本気でノルズの始末を部下に命じるだろう。
少なくとも、アスカを連れていこうが、連れていくまいが、ノルズが完全にパリスの敵になることは間違いない。
アスカもそれを理解したようだ。
すっと眉をひそめる。
「わからないねえ……。目的はなんだい? どうして、お前がわたしを助ける必要があるんだい。まあ、確かに、上級魔道師だというのは認めるけどね……。こいつらを一瞬にして殺す技も確かに凄かった……」
「わからないかい、アスカ? あたしは、あんたが気に入ったんだよ。実のところ、パリスに殺されそうになって、それで恨みを持っていてね……。それで、あいつの弱点を探ろうとして、ここに忍び込んだ。だけど、どうにも、あんたに情が移ってしまった。それで、助けることにしたのさ。なんだかんだと言っても、あんなに抱き合った仲じゃないかい……。一緒にいようという誘いに理由を訊ねるなんて酷いじゃないかい……」
ノルズは、わざとらしくしなを作る仕草をした。
柄にもないが、アスカには受けたようだ。
ぶっと噴き出して、笑い出した。
「思ったよりも、面白い女だったんだね、ノルズとやら……。本当にその気があるなら、一緒に行ってもいいさ。確かに、わたしは、なんとか、ここを脱出したいとは思っていた。その手段もないし、逃亡先の当てもない。それで諦めてはいたけどね」
「諦めることなんてないさ。さっきも言ったけど、あたしは、あんたの身体の魔瘴石を取り除ける男を知っている。その男に頼もう。そうすれば、あんたは自由だ。パリスにかけられている呪いだって、解けるはずだ」
ノルズはアスカをじっと見た。
アスカも、笑うのをやめて、真顔に戻って、ノルズをじっと見る。
「……本当に、この身体から魔瘴石を外して、あいつの呪いを解けるのかい……。それが本当なら、あたしは、誰にだって、魂を売ってやる……。それに、言っておくけど、わたしは、パリスやその部下については、なんの力もないよ……。魔道を封じられているんだ」
アスカはローブの袖を手繰って、片側の二の腕を露わにした。
そこには、薄っすらとだが、複雑な模様の紋様が刻まれている。何度も身体を合わせているから、ノルズも知っている。
あれは、パリスが、自分たちにだけは、アスカに逆らえないようにした呪い紋だ。
それがある限りに、アスカはパリスには逆らえない……。
「あたしが、あんたを守るって言ったろう……。とにかく、あたしのことは信用していい。五人の妻を持つクロノスに誓うよ……。なんだったら、奴隷の誓いをしてやろうか。それだったら、あんたを騙してもしてないし、裏切りもしていないことがわかるはずさ……」
「奴隷に……?」
アスカの目が大きく見開いた。
だが、動機を与えてアスカを連れ出すときには、どういう状況であろうと、ノルズが一緒に行かないとならないとは思っていた。
逃避行になっても、アスカにはパリスたちには、魔道が遣えない。
誰かが、守ってやる必要がある……。
しかし、このアスカに信用をされるためには……。
……ノルズのことをアスカに受け入れてもらうため、アスカによる隷属の魔道を受け入れるということは、最初から想定にしていた。
「ああ、あんたの奴隷になるよ。逆らえない人形になってやる。このノルズの隷属だよ。安いもんじゃないと思うけどね……」
ノルズはにやりと笑った。
アスカはほんの少し戸惑ったような表情になったが、すぐに顔を綻ばせた。
「……面白いねえ。随分と気が強そうだけど、いったん、奴隷になれば、容赦はしないよ。街の真ん中で自慰をしろって命じるかもしれないよ。それとも、薄物一枚で、ひと晩で十人以上の男を相手にして来いって命令するかもね……。毎日毎晩、媚薬漬けの飯を食わせようかな……。この狂い魔女の奴隷に本気でなるつもりかい」
アスカが笑った。
「好きにしていいよ。だけど、パリスの追っ手を防ぐには、このあたしの魔道が必要ということは忘れないでおくれよね」
しっかりと釘を差す。
なんとなく、早まったかなとも思った。
「いいだろう。隷属の魔道を受け入れな。そうすれば、一緒に行ってやる。よくわからないけどね……。まあ、いつか、逃亡してやろうと思っていたのは本当だし……」
アスカが言った。
さっと、両手が伸びる。
アスカの身体に魔力が集まるのがわかった。
さっそく、隷属の魔道をかけようと思っているのだろう。
ノルズは、それを手で制する仕草をした。
「ただし、ひとつだけ、条件がある。このあたしと魔道の誓いをしておくれ。お互いに逆らうことのできない契約をするのさ。あんたは、あたしの申し出を受け入れる。その代償として、あたしは、あんたの奴隷になる。あんたの身体から魔瘴石を取り除けるまでね……。契約魔道にも加えてもらう。奴隷の誓いは条件付きで解除だ。それは、魔瘴石があんたの身体から外れたときだ」
「ふうん……。まあ、それは受け入れてもいい。だけど、このわたしのすることだ。それまでに、しっかりと、お前を調教して、このわたしから逃げることなどできない身体にしてやるかもしれないね」
「しっかりと、ふたりの愛妾に逃げられたんだろう。エリカに、エマ……。あんたには、ご主人様の役目は無理さ。実際のとこを、結構、マゾっ気も強いしね。道中で余裕ができれば、たまには、立場を逆にするかい? あんたが受けで、あたしが責め……。どっちかというと、そっちの方が得意なんだけどね」
「ほざきな──。まあいい。条件を受け入れてやるよ。隷属を受け入れる代償は、魔瘴石がなくなったときに、お前を解放する。これでいいのかい──」
「冗談じゃない。それは単なる時限条件じゃないかい。逆らえない魔道契約を結ぶにあたっての要求は、あんたの魔瘴石を取り外すことができる男……。そいつを魔道で攻撃しないこと。そして、一度、男女のまぐわいをすること……」
「まぐわい?」
アスカの目が大きくなる。
「ああ、それだけが条件さ。それだけだ。まあ、以前に、このあたしも世話になった男でね。ちょっと……いや、かなりの好色なんだが、まあ、あんたほどの美貌であれば、一度身体を許すだけで、呪いを外す大魔道を遣ってくれるさ。だけど、少しばかり、顔が気に入らないからって、いきなり、魔道で攻撃されても困るしね」
ノルズは言った。
見知らぬ男に身体を差し出せと言っても、アスカは怒りはしなかった。
ただ、不審そうな顔をしただけだ。
「……顔を見ただけで、このわたしがそいつを攻撃するだって……。どんな醜男なんだい──。まったく……。まあいい。そのくらいなら誓ってやろうさ。そいつが、本当にこのわたしから、魔瘴石を取り除き、呪いを解除する能力があればの話だよ」
アスカが言った。
ノルズはばんと両手を打った。
「よし決まりだ。ハロンドール王国のロウ・ボルグ卿があんたの呪いを解除する力を持っている限り、あんたは、その男を攻撃しない。そして、そのボルグ卿に求められれば、一度に限り、身体を許す。その申し出をアスカが受け入れる代償として、あんたの身体から魔瘴石が取り除かれる瞬間まで、このノルズはあんたの隷属の魔道を受け入れる──」
アスカがノルズに手を伸ばした。
ノルズはアスカの手を握れるくらいの距離に近づき、アスカが伸ばす手を握る。
「誓う──」
「誓う──」
ノルズとアスカの声が同時に響く。
お互いの身体に魔道契約が刻まれるのがわかった。それとともに、アスカの支配を受け入れる隷属の魔道が全身を刻むのもわかった。
ノルズは、内心で歓声をあげた。
これで、あの人に、アスカの身体を差し出せる。
アスカは、契約魔道を受け入れているので、そのロウ・ボルグ卿がかつて、自分のところから逃亡したロウだとわかっても、身体を許すしかない。
ロウのことは、あの別れのあとも、しっかりと、状況は把握している。
女たちの支配を通じて、ハロンドールの王都の神殿界、王族、冒険者ギルドまでを次々に支配し、裏から王都を牛耳る大物になっていく過程には、面白いものがあった……。
まあ、それはともかく、あのロウがアスカに身体に精を注げば……。
「さて、じゃあ、そろそろ、行こうか、ご主人様……。けっこう、賑やかになってきたしね。あたしも移動術を遣える」
ノルズは結界の境界に視線を向ける。
解除の魔道を集めろだとか、魔道具を持って来いとか大騒ぎをしている。
「ご主人様かい……。ぞくぞくしていたね。じゃあ、責任をもって、このアスカを逃がしな。そして、安全に、そのロウ・ボルグとかいう醜男の魔導師のところに連れていきな。命令だ」
アスカが言った。
ノルズはアスカととにも跳躍で逃亡する魔道をかけようとした。
「ま、待って──。わ、わたしは、どうなるんです。ア、アスカ様に逃亡され──。そ、そしたら、それを阻止するように命令をされていたわたしは──」
すると、真っ蒼な顔をしたエマが平伏すように、ノルズたちの前に飛び込んできた。
ノルズは呆気にとられた。
アスカが口を開く。
「もう、お前なんて知らないね。この場で、わたしの手で殺さないだけ、ありがたいと思いな、エマ──。ぜいぜい、残酷にあのパリスにお仕置きされな。じゃあね。お前のことは、結構、気に入ったけど、わたしには、この面白そうな新しい玩具が気に入ったんだ。達者にしな……。パリスに処刑されるまでの短いあいだ」
アスカが冷酷に言った。
エマが地面に身体を突っ伏して、号泣し始めた。
まあ、考えてみれば、アスカを連れ出せば、その罰として、エマは死ぬしかない。
すでに、数十人も衛兵も死んでいる。
ひとりだけ残ったエマは、見せしめの意味もあり、およそ、考えられる限り残酷な仕打ちで処刑されるとは思う。
アスカの逃亡に、エマが責任がないということなど、パリスたちに関係などない。
ひとり残ったという一点だけで、処刑の理由としては十分だ。
パリスはそういう男だ。
「み、見捨てないでください、アスカ様──。裏切ったことは謝ります。このとおりです。どうか、お許しを──。連れていって──。なんでもします──。なんでもしますから──」
エマが泣きながら叫んだ。
ノルズは、軽く肩を竦めた。
「ねえ、アスカご主人様……。じゃあ、連れていくかい。考えてみれば、裏切り者への罰を与えずに、放りだすというのもなんだしね。このあたしよりも下の階級奴隷として連れていこうよ。あんたと、あたしの共有の奴隷にするのさ。細い身体だけど、荷担ぎくらいはできるだろうしね。路銀がとぼしくなれば、そこら辺の男に抱かせて、金を作らせてもいい」
「奴隷になります──。荷物持ちでも、売春婦でも、本当になんでもします。ですから、どうか、置いていくのだけはお許しを」
エマが震えながら言った。
さっきまで怒っていた様子のアスカがちょっと機嫌を直したのがわかった。
エマの謝罪よりも、自分を裏切ったエマをとことん嬲り抜くという想像に、持ち前の嗜虐心が刺激されたのかもしれない。
「いいだろう、エマ……。その代わり、お前はノルズよりも下の最下級の奴隷だ。隷属を受け入れな。今度は、わたしの恋人なんていうしゃれたものじゃないよ。ただの雌犬だ。犬同然に扱ってやるよ。それでよれば、ついておいで」
アスカが言った。
「あ、ありがとうございます──」
エマがアスカの脚に縋りついた。
ノルズは、身体を動かして、エマの頭を勢いよく踏んづけた。
エマは悲鳴をあげたが、頭を避けようとはしなかった。
ただ、泣きじゃくるだけだ。
余程に、ここに置き去りにされることが怖いのだろう。
ノルズは移動術を遣った。
目の前の風景が一瞬にして、別の光景に変わり、同時に一切の喧噪も消滅した。
(第18『虜囚魔女』終わり)