【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
378 ふたりの公爵
【ハロンドール王都・グリムーン公爵家の王都屋敷】
暗い家だな。
ラングーンの感想はそれだ。
別に照明が足りないわけじゃない。実際には美しい燭台があちこちに灯されており、部屋全体が光り輝いている。
屋敷そのものも、豪華で荘厳なたたずまいだが、どうしても暗いという印象を抱かせる。
前王の弟にして、公爵の地位を持つグリムーン公の屋敷である。
同じ公爵だが、ラングーンは前王の「兄」の息子になる。
だから、ラングーンはグリムーンの甥ということになり、王家の家族としての位置づけは、グリムーンよりも下かもしれない。
ただ、既に鬼籍に入っているが、ラングーンの父親は、グリムーン公爵に比べれば、かなりの年長であり、同じ王族の公爵位でも、ラングーン公爵家は、グリムーン公爵家よりも、格上として扱われてきたという。
だから、その公爵家を継いだ自分は、老害そのものになり果てているグリムーン公よりも、地位が高いといっていい。
少なくとも、ラングーンはそう思っている。
あの叔父はもう六十だ。
ラングーンも四十歳になったので、これくらいの年齢になれば、年齢で上下は決まらないだろう。
しかし、あの男の嫌なところは、いつまでもラングーンを格下と扱うことだ。
だが、まだ父が生きていた時代から、あの男は無能で下劣な若者だったし、それが年齢を重ねて、無能で下劣な初老になっただけだ。
それに比べれば、ラングーンの父は、もともと前王の兄なのだ。
この国のおかしな法である、魔道力が皆無であれば王位継承者になれないというしきたりのせいで、ラングーンの父は早くから王位継承者から外れ、公爵の養子として王族を出されていた。
それがなければ、ラングーンの父親が王であり、いまごろは、ラングーンこそが王位にあっただろう。
「ようこそ、お待ちいたしておりました」
玄関で出迎えたのは、グリムーン家の執事の老人である。
ほかの家人はいない。
すでに人払いがされており、この執事以外の人の目には、この訪問が触れないようになっている。
それが、ラングーンとグリムーンたちの取り決めであり、ラングーンもまた、ひとりしか家人を連れてきていない。
傭兵で武術の腕もあり、頭のいい男であり、機転も利く。
平民なので身分はないが、ひとりしか連れてこないということであれば、貴族であっても役立たずの者たちよりは、この平民を選ぶ。
なによりも、身体に隷属の紋様を刻んでいる。
だから、信頼できる。
「グリムーン公はいつもの部屋だな?」
ラングーンは連れてきた男にフード付きの外套を手渡しながら言った。
この屋敷に赴くのも、もう五度目になる。
勝手は知っている。
ラングーンは、出迎えの執事を横に従えて奥に向かって進んだ。
いつもの部屋に来る。
密会の場所はいつもここだ。
執事が扉を叩くと、中から返事があった。
木製の脚卓があり、グルムーンはこちらに身体を向けるようにして、卓の向こうの椅子に座っていた。
ただ、その股のあいだに、背で腕を革布で束ねて包まれている女が正座でうずくまっている。
女の口はグリムーンの股間で動いていて、グリムーンはその女に奉仕をさせながら、酒を口にしている。また、女の目には目隠しがされていた。
女は服は着ていない。
腰の下着だけを身に着けている。
「奴隷女ですかな?」
ラングーンは扉に近いグリムーンに向かい合う席に座りながら訊ねた。
顔が向こうを向いているので、女の顔がわからなかったのだ。
ただ、背中を見ている限り、若いという感じではない。
ただ、肌は真っ白であり、体形は美しかった。
「貴族よ。貧乏子爵の妻だ。ただ持ち崩してな。すっかりと財を失い破産寸前だ。しかし、夫人は美しいという評判だったから、助け船を出した。余に妻を数日差し出せば、助けてやってもいいと告げれば、これを差し出してきたということだ。さっそく、味見をしているところでな」
グリムーンは笑った。
ラングーンは鼻白んだ。
「無用心ではないですか? わしらがこうやって会っているのを余人に教えるのか? どこからか、話が洩れたらどうするのだ。そもそも、彼との約束が……」
グリムーンの執事とラングーンの護衛は、部屋の壁で置物のように立っているが、このふたりはいいのだ。
さすがに、公爵たるラングーンやグリムーンがただひとりだけで、家人もなしに余人に会うわけにはいかない。それでそれぞれにひとりずつの随行人は認められている。
だが、それ以外の者は別だ
グリムーンも、お互いに家人でさえも寄せることがないように気を配る約束であり、ラングーンもまた、人目を避けながら、この屋敷までやって来ている。
それなのに、この会合に、慰み女を同席させるとは……。
「約束がどうした。次の王の余に、何者が文句をいうのか。そもそも、この女は問題ない。手は打っている」
グリムーンは言った。
どうでもいいが上機嫌だ。
すでに王位を奪った気でいるのか。
気に入らなかったが、とりあえず感情は隠した。
「手を打っているとは?」
「耳は潰しておる。声は聞こえんのだ。ただ、眼は美しいのでな。勿体ないから潰さずに、目隠しをさせている。とにかく、この屋敷から出すことはないし、飽きれば処分する」
グリムーンが手を伸ばして、夫人の顔をほんの少し動かした。
女の悶えるような声がその口からこぼれる。
だが、今度は竿の部分ではなく、睾丸を口に含んで舐め始めた。
「さっき数日だけ差し出させた言ったと思いますが……?」
「そういう約束だな。無論、飽いたら返すわ。屍骸にしてな」
グリムーンは大笑いした。
卓の下の子爵夫人とやらが、びくりと身体を一瞬震わせたと思った。
耳を聞こえなくしているのであれば、自分を殺すと言われたのはわからないはずなので、グルムーンが笑って身体を動かしたので、それに反応してしまったのかもしれない。
それに、こうやって卓の反対側にラングーンが座っても、まったく反応がなかった。
もしかしたら、この部屋に他の者がいることに、気がついていない可能性もある。
それなら、問題はないかと思い直した。
しかし、それはそれで、気になることもある。
「……その女……子爵夫人とやらは、今日やって来たと言いましたか?」
確か、そんなことを口にしていた気がする。
だが、脅されているとはいえ、最初の一日目にこの従順さは不自然だ。
さっきはちらりとしか見えなかった女の姿を卓の下から覗く。
女の下着はまるで尿でも洩らしたかのように濡れている。しかも、愛液が床まで垂れ出ている。
異常だ……。
「はあ、はあ、はあ……。く、薬を……そ、そろそろ……んああ、ああ……」
夫人が睾丸を舐めながら喘ぎ声混じりに言った。だが、掠れたようなか細い声だ。
しかし、薬……?
「んひいい……」
夫人が悲鳴をあげた。
しかし、その悲鳴でさえも小さい。
悲鳴をあげたのは、グリムーンが夫人の乳首を力いっぱいに
だが、随分と苦しそうではある。
「興味があるのか? 実は声も潰しておる。一生ささやき声しか喋れんように薬物を飲ませた。おかげで悲鳴も静かでいい」
「女に薬物を使っておるのですか?」
「強い媚薬をな。夫に言いつけられて、今朝方にやって来たものの、簡単には股を開かんでな。それで正気を失わせるような中毒性のある媚薬を投与してやった。おかげで、これよ。薬が欲しくて、夢中で奉仕をしよるわ。まあ、飽きたら、殺さずに、頭を毀してから、子爵に返納してもいいかもしれんな。妻子を借財のために差し出すような下衆には、いい酬いだ」
「どうせ、その子爵とやらを追い詰めたのは、グリムーン公なのでしょう? それを下衆とは気の毒だ」
ラングーンも苦笑した。
それはともかく、やっとラングーンは、この夫人の正体がわかった。
ローダム家のロレーヌ子爵夫人だ。
夫の子爵は下衆男ではなく、ただのお人よしだったと思う。王族の派閥としては中立派であり、この一年で急激に財政が傾いたのだ。
そして、噂では、目の前の男が詐欺師を使って、ローダム子爵に投資に手を出させて破滅させたということのはずだ。さらに、屋敷に盗賊が入ったりして、大きな話題になっていた。
そういえば、ロレーヌ夫人は三十に手が届くくらいだったはずだが、美貌の賢夫人として有名だ。
どうやら、この夫人に手を出したくて、わざと手を回して破産寸前に追い込んだのだろう。
ついこの間まで、ラングーンもそうだが、グリムーンも王族公爵とは名ばかりで、王家から年金をもらうだけの限られた財しかなかった。いや、それはそれで、それなりの年金なのだが、財というものはこれだけあれば足りるというものではない。
いくらでも必要だ。
それに、王家の紐付き金というのは、なかなかに自由になるものではない。
ところが、タリオ公国の者たちに便宜を図り、受け入れてやったことで、急に金回りがよくなった。
信じられないくらいの財力を得るようになり、私兵を集めたり、実入りのいい投資に出仕したりと、一気に羽振りがあがった。
そうやって生まれた自由になる財で、目をつけた小さな子爵家を一個潰したのだろう。その夫人を手に入れるために。
好色なこの男のやりそうなことだ。
まあ、そういうところが、ラングーンとしても、グリムーンを信頼できるところであるが……。
同じようなことは、ラングーンもやっているし……。
「下衆比べなら、お前も負けておらんだろう。また、女奴隷を増やしたらしいな。しかも、年端もいかぬ童女だそうではないか」
グリムーンが笑い声をあげた。
ラングーンは、すぐには応じずに、軽く微笑んでから、指を二回鳴らす。
壁にいた護衛が寄って来て、横にある台から氷で冷やしている葡萄酒を手に取る。
そして、ラングーンの前のグラスに注ぐ。
同席している家人は、決して主人ではない相手の世話を焼くことはない。
これも約束事だ。
護衛が入れたばかりの葡萄酒のグラスを取り、匂いを嗅ぎ、ひと口だけ飲んだ。
毒味ということだ。この護衛は毒にも精通していて、遅効性の毒でも、ほぼ間違いなく見抜く。それだけの能力があるから、連れてきているのである。
また、当たり前だが、いまはこうやって手を組んだとはいえ、お互いに信用などしていない。毒への警戒は当然でもある。
ラングーン自身も、いまは王家の権力を奪うという共通目標があるから、目の前の愚物と協力しているが、それが終われば、さっさと手を下すつもりだ。
グリムーンは、いまのルードルフを追い落とせば、代わりに王位につくつもりだ。ラングーンもそれには同意している。
約束しているのは、グリムーンが王位につき、ラングーンを「副王」という地位にするということだ。
副王というのは、王が死ねば、副王が王位につくということだ。
つまりはそういうことだ。死ねばいいのだ。
護衛が小さく頷いて、ラングーンの前に、そのグラスを置く。
問題ないということだ。
ラングーンはグラスを手に取る。
「奴隷とはいっても、平民の子です。しかも、孤児ばかりだ。大きくなれば、金のために娼婦になるような者たちだし、それを引き取って育ててやっている。多少のことは、あの子たちもやってもらわんとね。まあ、これも人助けですよ」
ラングーンは酒を口にした。
どんな女でも抱くが、ラングーンはどちらかというと童女趣味の癖がある。
無垢で幼い子供の股間に、勃起した性器を無理矢理にねじ込んで精を放つ。もちろん、苦しんで泣き叫ぶが、それがいいのだ。
だから、孤児院などを調べさせたり、十歳未満の子が奴隷に売られたりということがあれば、手に入れて屋敷に連れてこさせたりはする。
だが、これは合法的なものだ。
余人に迷惑をかけているようなことではないし、自分の性欲のために、れっきとした貴族を罠にかけるような行為とは異なる。
一緒にしてもらいたくない。
「そうか? 実は土産を準備しておるぞ。この女の娘だ。美貌の夫人の子らしく、見目は整っている。おそらく、育てば大変な美人になるだろう。ただ、まだ九歳だがな、人質代わりに、地下に監禁しているが、持って帰ってもいい」
グルムーンの目に皺が寄って和らいだ。
「九歳?」
この夫人に娘がいるとは知らなかった。
だが、九歳か……。
ラングーンは途端に股間に血が集まるのを感じた。
「媚薬で狂わせる前のときには、娘には手を出すなと泣き叫んでおったが、いまはどうであろうな。こうやって話していることは聞こえんが、視力は残しておるので、目の前で娘が犯されれば、さすがに泣き叫ぶと思うぞ。あとで一緒に犯すか?」
「やめてくれ。わしには、多少悪趣味だ」
「ならば、連れていかんのか? 余の嗜好ではないから、興味はないので、不要なら返すぞ」
「連れて帰る。見合ったものは支払おう」
ラングーンははっきりと言った。
グリムーンが笑っている
だが、見目の可愛らしい九歳の貴族娘──。
愉しみだ。
しかし、わざわざ、それを手渡すのだ。
なにかも見返りを求めてくるだろう。
まあいい……。
なにを妥協しても、最後の最後で、目の前の男を殺してしまえば、それで終わりだ。
口約束など、いくらでもしていい。
そのときだった。
目の前の空間がぐにゃりと曲がった。
魔道だ。
ラングーンは視線を向けた。
すると、そこに老人が現われた。
一応、公爵ほどの屋敷なのだから、魔道で跳躍して入り込むことができないように、処置してあるのだが、この男については自在に入っているのだそうだ。
屋敷の持ち主である、グリムーンは気にしていないみたいだが……。
「来たか、マルリス……」
グリムーンが言った。
マルリス……、すなわち、タリオ公国の大公アーサーに仕える魔道師マーリンだ。
そのマーリンがちらりとグリムーンの股にいる女に目をやったのがわかった。
マーリンの顔が不快そうに歪んだ。
「そのような女は、この話し合いに相応しいとは思いませんな、グリムーン公」
マーリンが面白くなさそうに言った。
だが、グリムーンは素知らぬ顔だ。
「そう言うな。朝から開始して躾の途中だ。最初で一気に堕とさねば、調教というのは面倒でな……。それに、この女の目には目隠しがあり、耳は潰しておる。秘密を漏らす声も失わせた。これは、ただの物よ」
「耳を……。うう、確かにな……。しかし……」
「余は分をわきまえよと言っておるのだ──。ここは余の屋敷であり、余の立場からすれば、タリオごときの一介の魔道師が口を出していいことではない。お前が能力のある魔道師なのはわかっておるが、ハロンドールの由緒正しい貴族の前では、虫に等しい」
「……わかりました……」
マーリンが小さく呻いた。
いずれにしても、かなり不満気だ。
だが、マーリンといえば、貴族の身分こそないが、魔道については一流だという。
それに、これだけの強気でいけるとは、グリムーンも気が強いことだ。
まあ、あれは胆力というよりは、ただの馬鹿なのだろうが……。
公爵である自分に、身分が低い者が逆らうということが想像ができないだけだろう。
もっとも、これだけのことをする限りにおいて、ラングーンとグリムーンも、一応は手を打っている。
裏切ることができないという魔道の「誓詞」を交わさせた。
「誓詞」というのは、魔道の誓いであり、呪術だ。
誓いの内容を紙に署名ともに書き、血判を押す──。
それで、魂に約束事が刻まれるのだ。
そして、マーリンがラングーンたちを害そうという心を抱けば、その時点で心臓が締めつけられて死ぬという呪いになっている。
マーリンがラングーンたちに接近したときに、マーリンを受け入れる条件として、ラングーンが提案したものであり、マーリンはあっさりと受け入れた。
それがなければ、ラングーンは今回の話になど、乗ったりはしなかった。
そして、当然であるが、そんな呪術を事実上、身体に刻んだのは、マーリンだけだ。
こんなタリオの犬ごときに、命を握り合うつもりはない。
実は、あの誓詞において、なんらかの約束事を誓詞に刻んだのは、マーリンだけなのだ。
誓詞は紙に書いたものを燃やしてしまえば効力がなくなり、お互いに持ち合うのが約束なので、三枚の誓詞を作成して、三人で持ち合っているが、その内容において、なんらかの「義務」があるのはマーリンのみになっている。
事実上、ラングーンとグリムーンは署名をしただけで、なにも誓いなど約束していないの同然のことになっている。
その代わりに、マーリンに渡したのは、マーリンが個人的に自由に使える大金であり、マーリンの地位であれば近づくことも許されないような貴族女だ。
マーリンは、タリオではその実力と功績のわりには、大公のアーサーには評価されておらず、公国の中における正式の役職もなければ、爵位ももらっていない。
今回の企てについてが、アーサーの息がかかっているということはわかっているが、ラングーンが手を回して、マーリンが欲を刺激しそうなものを準備しつ。
それが金と高貴な女であり、存外あっさりと、マーリンはラングーンたちと誓詞を結んだ。
また、それだけでなく、マーリンには、事が終われば、ハロンドールの伯爵の地位を与えると伝えている。
ハロンドールにおける伯爵は、タリオのような小国の貴族の地位とは比べものにならないほどに高い。
これで、マーリンはこの申し出に感涙さえした。
そして、完全にラングーンたちの軍門に下った。
タリオ本国からの指示で接近したのが切っ掛けだったが、いまでは、ラングーンのために働くと約束している。
「まあいいでしょう。では、本題に入りましょうか。その女のことは確実に殺してください。念のためです」
「まあ、少し愉しんでからな」
グリムーンは愉快そうに頷いた。
「ところで、どこまで話が進んでいる、マルリス?」
ラングーンは口を挟んだ。
マーリンについては、マルリスという偽名を使っているということであり、決してマーリンの名を出さないように釘をさされている。
ラングーンたちの家人も、この男の正体は知らない。
ただ、得体の知れない協力者としてしかわからないはずだ。
この男と企てているのは、いまの国王であるルードルフを廃位させ、グリムーンとラングーンが王位を継ぐということだ。
そのために、必要なことをマーリンがするというのだ。
代償は、タリオが望む国益をラングーンたちが国王の権力を握ったときに与えることである。
タリオに有利な複数の商品の関税権や、王家で管理している幾つかの鉱山をタリオ公国の推す事業者に引き渡すというものとかだ。
タリオ人を王宮の高官として数名受け入れるというものもあった。
ああ、あと、ルードルフの娘であるイザベラをタリオに引き渡すというものもあったか……。
まあ、問題ない。
いまは、王太女ではあるものの、ラングーンたちが王になれば、当然に邪魔者になるが、処刑してしまうよりは、タリオ公国に引き渡してしまった方が、罪悪感がない。
ルードルフが気まぐれで子爵にした流民の子を孕んだような恥知らずの王女だが、あんなのを渡すだけで、ラングーンたちの王位乗っ取りに、手を貸すというのだから、安いものというしかない。
「ルードルフの人気は、いまや底辺です。王都を混乱させる重罪や流通の施策で、民衆が疲弊に喘いでおる。もっと王都の民の不満を
マーリンが静かに言って、立ったまま頭をさげた。
「もっと、
「テレーズという女官長……。かの者は役に立ちましょうな。欲に際限がない。現王の今の一番のお気に入りのようですが、金のかかるものばかりを欲しがる癖がある。すでに、テレーズには手の者を近づけ、あの女の欲を揺さぶるようなささやきを続けさせています。かの女は、それらを次々にルードルフに
「なるほどな。だが、王の金はいずれは余のものになるのだ。失っては困る」
グリムーンがちょっと面白くなさそうな顔になった。
マーリンは柔和な笑みを浮かべた。
「なんの。ただ、テレーズという女に預けるだけこと。あなたが王になったときに、搾り取る民の財を、先に集めさせていると思えばよろしい。ルードルフ王とともに、テレーズを失脚させたのち、テレーズの集めた財をとりあげれば、すべて公爵たちのものです。しかも、正王と副王であるあなた方の名は汚さない」
「なるほど、知恵者だな──」
グリムーンが膝を叩いた。
股間にいた女がびっくりして顔をあげた。
グリムーンが夫人の髪を掴んで、自分の股間に押しつけ直す。
また、「正王」、「副王」というのは、今回の企ての取り決めだ。
ルードルフを退位させた後に、とりあえず、王につくのはグリムーンだ。その代わりに、ラングーンは「副王」として、王家の権力の半分を分ける。
また、グリムーンの次の王には、ラングーンがつく。
ふたつの公爵家の間に入って、それを約束させ、今回の計略を持ち込んだのは、ほかならぬ、目の前のマーリンだ。
それだけでなく、マーリンは、マルリスという市井の老人に成りすまして、王宮や王都の擾乱を引き起こす計画の陣頭指揮をしているのだ。
ラングーンたちのために──。
馬鹿な男だ。
こうやって、利用できるあいだは、利用してやるが、我々が権力を握れば、タリオとの約束など、必ず守るとも限らぬものなのに……。
「だが、そろそろ王位が欲しいのう。いまや、ルードルフの評判は底辺以下だ。あの臆病者がどうしたか知らんが、貴族令嬢を手元に集めては凌辱のし放題というのではないか。娘を手込めにされた貴族たちは、怨念になるほどの恨みをルードルフに抱いているということであるぞ」
グリムーンが微笑んだ。
その話は耳にしている。
ここ最近のことだ。
ルードルフは、もともと好色者で、性交のことしか考えない怠け者だったが、臆病者であり、権力を乱行するような王ではなかった。
言わば、好色で無能なのは王として失格だが、逆に、人畜無害で政務に口を出さないのは、御しやすい王でもあったのだ。
ところが、最近は、テレーズという女伯爵を女官長として寵姫に侍らせたのをきっかけに、人が変わったように、
しかも、いまは、無辜の乙女を犯すのがお気に入りとかで、王命により娘を王宮に差し出させては、凌辱しているという。
あの男が失脚するのは時間の問題という状況だ。
「まあ、そうでしょうね。とにかく、王位という果実は、いまや枝から落下する寸前です。無理に動かずとも、勝手に落ちましょう。どうぞ、落ちた果実をお拾いください。そうすれば、簡単に王位は両公爵の手に入ります」
マーリンが恭しく頭をさげた。
しかし、なんとなく、わざとらしい。
グリムーンは愚か者だから、なにも感じないようだが、ラングーンには、この男が極端に道化のようにふるまうときには、心の底にラングーンたちを軽んじている態度が見えているようで仕方ない。
だが、相変わらず、相手は下手に出れば出るほどに、図に乗るのがグリムーンだ。
操りやすいといえばそれまでだが、いまは、相好を崩して、マーリンに満面の笑みを向ける。
「だが、余に早く欲しいものがあってな。ルードルフの評判をさらに落とし、そして、余が欲しいものを手に入れる策がある。王位が転がって来るまでには、いま少し時間が必要かもしれんが、まずは、それを欲しい」
グリムーンが言った。
策はともかく、なにを欲しいと口にしているのだろう?
「欲しいものとはなんですか、グリムーン公?」
ラングーンは訊ねた。
「監獄塔に監禁されている王妃アネルザよ。あの王妃には、以前、ある闘女奴隷のことで煮え湯を呑まされたことがあってな。いつか恨みを返そうと思っていたが、早くもその機会がやって来た。マーリン、お前に王宮を動かす伝手があるなら、王妃の裁判を速めさせよ。あの王妃を犯罪奴隷に落とすのだ。その奴隷を余が飼育するであろうよ」
グリムーンが嬉しそうに言った。
ラングーンはびっくりした。