【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
【ハロンドール王国・ノール離宮】
「はあああ──? あ、り、え、な、いいい──」
エルザがすっとんきょうな声をあげた。
イザベラはその姿に苦笑してしまった。
ノールの離宮において、イザベラがあてがわれている部屋だ。
この部屋が一番広く、また、十数人は話し合いができるような肘掛け付きの長椅子が並べられているからだ。
イザベラのいる居室は、もともとここに送られた王族が最低限の会議などを行うことができるような造りになっているのであり、寝台のある私室は隣接してほかにある。
つまりは、ここは居室に連接する執務室のような場所なのだ。
ここに、イザベラのほか、王妃アネルザ、姉のアンとエルザ、ノヴァにシャーラ、さらに、イザベラ付きの女官長のヴァージニアがいる。
数日前に突然にやってきたマアと改めて話をするためだ。
マアの連れてきた男装の女護衛であるモートレットはいない。
アネルザが、これはロウの女たちだけの会合なのだと、立ち合いを拒否したからだ。
そういう意味では、イザベラの侍女たちも、ここに入る権利があると思うが、さすがに全員が入ると狭くなるので、給女を兼ねて、トリアとノルエルのコンビがお茶の道具とともに、文字通り立会している。
ほかの侍女たちには、必要なことをあとでヴァージニアが説明することになっている。
それにしても、改めて考えると大勢いるものだ。
この全員がロウの女であり、しかも、ロウに惚れ抜いている。
ロウの旅に同行した者と王都に残っている者を加えれば、この倍はいるのだから、ひとりの男に侍る
ただの女の数としてのハレムであれば、歴史にはもっと大勢の女を囲った王は幾人かいるが、ロウには、亜空間術かなんだか知らないが、時間の経たない不思議な空間に連れ込むことで、自分の女の全員を毎日のように愛することができ、そして、女の全員を満足させることができるのだ。
その絶倫ぶりは、とんでもないと言える。
そもそも、イザベラが知る限り、歴史に伝わっているハレム集団における女の争いは醜いものだ。
ハレムというのは、力のある男が作るものなので、そこに集まる女たちは、そのひとりの男の寵を競い合い、男の持っている力を得ようとする。
お互いに牽制し合い、争い合い、ときには殺し合いにまで発展するものらしい。
イザベラも、書物の中の知識でしかないので、真実なのかどうかを見極める力はないが、確かに歴史上のハレム主の女の関係はそんなものだ。
しかし、ロウの集団は違う。
王女であるという立場こそあるものの、発動しない程度の魔力しか保持しないイザベラなど問題にならないくらい、ロウの女たちは、誰も彼も、ひと癖もふた癖もある実力派集団だ。
力のない女が集まって、男の力を得ようというのではなく、女側がしっかりとした能力を持ち、ロウに尽くしている。
男の力を借りたいという女などほぼいない。
イザベラもまた、この中で一番になろうという気にはならない。
自分など、身分こそ、最も高いかもしれないが、それだけのことだ。
際立った能力もないことは自覚があるし、小娘もいいところだ。あの女集団を相手に、ロウの寵愛を独占しようなど夢にも思わない。
そもそも、あんな絶倫男の相手をひとりですれば、間違いなくイザベラは早死にする。
体力が続かない。
どの女もそう思っているだろう。
だからこそ、競い合うこともない。
また、やっとわかってきたが、ロウの抱き方は少し……いや、かなり特殊らしい。
ごく普通の男女の性愛には、「調教」などないし、玩具や媚薬、あるいは、縛ったり、余人の視線のある前で淫らなことをされたりということはないうようだ。
性に初心なイザベラは、ロウのすることは「普通」だと信じ込んでいたが、最近になって、やっと変わっているということを知らされた。
でも、もはや、どうでもいいし、ロウがしたいなら、悦んで受け入れてあげたい気もするが……。
それはともかく、いまのことだ。
この集まりは、やっとエルザの毒が身体から抜け、さらにシャーラによるエルザの侍女たちの「訊問」がひと段落したこと受けての情報交換の場だ。
そして、その最初に、マアがエルザに対して、自分は実はエルザの知っている女豪商のマアであり、ロウに精を注がれたときの不思議な術によって、見た目が二十代ほどに若返ったのだと説明した。
エルザは全く信じなかったが、化粧を落としたアネルザやヴージニアもまた、かなり若返っていることを知っているし、マアにしかわからないエルザとの関係のことも、マア自身から説明されて、やっといま半信半疑に近い状態になったみたいだ。
その叫びが、さっきの悲鳴混じりの声というわけだ。
「あたしに言わせれば、エルザ様の態度こそ、信じられないですね。タリオ公国にいるときのアーサー大公に対する乙女の態度が、まったくの芝居だったなんて驚きです。あたしも人を見抜く目はあると思い込んでいたんですけど……」
マアが溜息をついた。
「こいつは昔から、猫を被るのが得意だったしね。ああやって、破天荒な姫の態度も、ある意味演技だよ。王都の王宮時代では、平民の血が半分混じっているなんて揶揄されていたけど、こいつは王宮生まれの王宮育ちだ。生粋のお姫様なんだ」
アネルザがからからと笑った。
どうでもいいが、ロウの女だけの集まりを宣言して、モートレットを追い出したくせに、アネルザは、エルザは拒まなかった。
おそらく、先日から口にしているように、エルザをロウの女にする気満々なのは間違いないと思う。
だから、ロウの女の集まりというわけだ。
「天真爛漫の野性味のあるお姫様も、恋に狂う嫉妬深い大公妃も、それとも、放埓な肉惑的な旅の踊り子にも、なんだってなりますよ。これはわたしの武器ですから」
「なにが武器だい、エルザ。お前には“肉惑”なんて言葉は早いよ。そんな言葉は男の性器を二十人でも、三十人でも股で咥えてから口にするものさ」
アネルザが言った。
「お母さま、お下品ですよ。エルザが驚いています。それに、ご主人様以外の殿方と愛し合うことを勧められるというのは、いけませんわ」
柔和で優しそうな笑みを浮かべているアンが口を挟んでたしなめた。
どんなに殺伐していても、アンが喋ると、途端に場が和むから不思議だ。
こういうアンだからこそ、ロウはとことん性に狂わせて、正体を無くすまで快楽漬けにしたいのだという。
そんなことをロウが口にしていたのを覚えている。
「確かにそうさ。取り消すよ。お前の相手はロウだけだ。あいつが戻ったら、とにかく、すぐに抱かれるんだよ。心配しなくていい。お膳立てはわたしがするよ。別に結婚しろとか言ってないんだ。抱かれな。それで全部わかる」
「また、その話ですか? まあ、いまさら貞操にこだわるわけでもないので、考えておきます」
エリザが呆れたよう言った。
「いいから抱かれるんだよ。お前もこれでわかっただろう。このマアがこんなに若くなるんだ──。わたしにしても、イザベラにしても、あいつに抱かれる前と後では、まったく違う。信じられないくらいに頭が冴えて、物事を深く考えられるようになった。記憶力もあがっている。ほかの女もそうだ」
「そうですね……。わたしだけでなく、侍女たちも同じです。そこにいるトリアもノルエルもそうですし、ほかの者もなんらかの一芸について飛躍的な能力向上がありました。業務処理能力、記憶力、剣技、料理の力、それぞれの女がなにかしらの能力が突然に上昇しました。あのお方は、抱いた女の能力を向上させるお力があると思います。わたしについても、こんなに外見が変わりました……」
ヴェージニアだ。
壁に待機しているトリアとノルエルも大きく頷いている。
「信じられないですけど……」
エルザは、それでも半信半疑みたいだ。
「まあ、他所で喋るんじゃないよ。だから、この集まりなんだ。とにかく、年増の女を若返らせたり、女の持っている能力を底上げするだなんて、こんなことが世間にばれたら大騒ぎだ」
「そりゃまあ……。だけど、この若い女性が、あの老獪狡猾で商売をすれば鬼からでも金をむしり取ると悪評高い女商人のマア様だなんて、そっちこそ驚きです。金にあかせて、若造りしたという方が信じられますね。変身魔具使ってます?」
エルザがまたもや、静かに首を横に振る。
「使ってないよ。それよりも、随分とタリオの大公宮とは口調が違うじゃないかい。まあ、悪くはないね。じゃあ、ざっくばらんといこうじやないかい、お姫様……。正真正銘にあたしだよ……。というよりも、あたしが本当に若いときだって、こんなに肌は瑞々しくなかったね。あの男は女にとっては神様さ。アネルザ殿の言い草じゃないけど、ロウ殿はなにかを持っている。英雄の器かもね。だから、あたしは、そのために必要な財を作る。それしか取り柄がないしね」
「ふうん、ひとりの男に
エルザが肩をすくめた。
よくわからないが、タリオでは、公国を代表する豪商のマアと公妃の関係だから、それなりに交流があったのだろう。姿かたちが変わっても、それなりに感じるものがあるのかもしれない。口ではお道化ているが、とにかく、マアであることを受け入れたみたいだ。
そういえば、エルザはハロンドールにいるときから勉強家であり、やたらに流通に政務の仕組みなどに詳しかった。その関係で国を相手に商売をするような女豪商のマアと付き合いもあったに違いない。
この場のように打ち解けたものではなく、公妃と出入り商人という堅苦しいものだろうが、関係は関係だ。
また、そういえば、考えてみれば、タリオ公国が自由流通に成功し、一気に国の力を伸ばしたのは、エルザがタリオ公国に嫁いでからだ。
表には出いていないものの、あるいは、タリオの国力を一気に向上させた、あの流通改革にエルザは絡んでいたりするのか?
なんか、やっていそうな気がする……。
そもそも、あの当時は意味さえもわからなかったが、商業ギルドを破壊して、新しい流通制度を作らなければならないというのは、王女時代のエルザの持論だった。
ハロンドールのような大国では、エルザの主張に耳にを傾ける者は皆無だったみたいだが、タリオは新興国のようなものだ。
いや、エルザが絡んでいないということなどありえないだろう……。
後で訊ねてみるか……。
「それはともかく、シャーラ、じゃあ、わかったことを教えてくれ。すでに説明してもらったことも含めてだ。全員が揃うのは、あれからは、これが最初だしな」
イザベラは言った。
シャーラが頷く。
話を向けたのは、例のエルザの侍女たちへの訊問の結果のことだ。
あれに関わったのは、シャーラだけなのだ。マアも一日目以外は立会してない。
「わかりました……。とは言っても、得られたことは多くはありません。ハロンドールの王都に、マーリンという男が入り込んでいて、なにかの謀略を仕切っている。彼の命令で、エルザ様の侍女たちは、姫様のお腹の子を堕胎させる役目を持っていた。それくらいですね。ベーレというのは、本物の侍女ではなく、本当は女官。それで間違いないですね、エルザ様」
「……間違いないわ」
エルザが溜息をついた。
自分の連れてきた侍女たちがまさか、イザベラに毒を盛る役目を担っていたということに、エルザは意気消沈しているし、随分と衝撃を受けたようだ。
また、ベーレが本物の侍女ではないことを黙っていたことについても、ばつが悪そうだ。
違う身分を偽装していることをシャーラに伝えていれば、シャーラももっと早くベーレに注視していたと思う。
結果的に、イザベラこそ無事だったが、エルザはいつの間にか毒を飲まされ、しかも、無理矢理に意識のない重病人に仕立てられるところだった。
それを免れたのは、神がかりなアンの「勘」というのが働いたからだ。
アンとノヴァは、特段の能力もないし、類いまれな知識などを持っているわけじゃないのだが、奇妙なくらいに勘がいいときがある。
これも、ロウと愛し合うようになってからのことだし、女の能力を飛躍的にあげるというロウの能力に関係があるのかもしれない。
ロウも、判断に迷えば、アンの言葉に耳を傾けろと、不思議な忠告を残している。
いずれにしても、ベーレたちの犯罪を未然に防げたのは運がよかった。
とにかく、あれからベーレたちがどうなったのか、イザベラは知らない。
シャーラは殺しはしなかったと言っていたので、処断まではしていないのかもしれないが、それですら、真実なのかわからない。
問い質せば教えるだろうが、イザベラはあえて訊ねないことにしている。
必要だと思えば、シャーラは口にするだろう。
エルザにしても、侍女たちのことを一切シャーラに訊ねないのは、自分はもう関与すべきでないと考えているのかもしれない。
イザベラは王太女であり、いずれは王になる。
実のところ、イザベラが見本としているのはロウだ。
ロウは、自分などなんの能力もないとうそぶき、なにか解決しなければならないことがあれば、それができる女に全部任せてしまうというところがある。
それでいて、肝心なところについては頑固なところもあるし、的確な指示さえする。
あんな風になりたいものだ。
あのキシダイン裁判のとき、ルードルフに変身していたロウは、実に王らしかった。
「タリオのアーサーがなにを考えているのか、もう一度洗った方がいいかもしれないねえ。あの男は陰謀好きさ。表では戦上手ながらも、品の言い貴公子を気取っていながら、陰では色々と企んでいるのさ。エルザ様の夫を悪く言って申し訳ないけどね……。実をいうと、あたしはあの坊やが好きでないのさ。そんなことは本国では口にはできなかったけど」
マアが含み笑いのような表情を浮かべて言った。
「奇遇ですね。わたしもそうですよ。好きじゃないです。そんなことはタリオでは言えなかったですけど」
エルザも笑う。
すると、マアが生真面目な顔になり嘆息する。
「さっきも言ったけど、本当にあたしは見る目がないよねえ……。タリオ公国でアーサーを見て、しおらしくしていたのが演技だったなんて……」
「好き勝手するための知恵ですよ。アーサーのことなんて、三箇月で見限ってましたよ。わたしはともかく、エリザベートへの扱いなんてひどいものだし、あれに接しただけで、あの男の薄っぺらがわかりました」
エルザが少し怒ったように言った。
時折、名が出るが、エリザベートというのは、エルザとともに、アーサーの大公妃である若い女だ。
タリオ公国内には、スクルズたちも所属しているティタン教会の総本山である大神殿があり、その教皇の孫娘である。
調べてはみたが、教皇クレメンスには、ふたりの孫娘があり、エリザベートは姉妹のうちの妹であり「出来の悪い方」といわれているのがわかった。
「出来がいい方」の姉は、アマーリエといい、魔道力が高く、大神殿では「聖女」の称号を持っているはずだ。
エルザに言わせれば、アーサーはエリザベートの扱いが悪いのだというが、エリザベートがアーサーに嫁いだのは、エルザが嫁いだ時期よりも早く、まだアーサーがタリオ国内の古い貴族と勢力争いをしていた頃であるみたいだ。
つまり、アーサーは大公になったばかりの若い自分に権力を集中するにあたり、エリザベートを
だが、大公として確固とした地位を得た今では、その教会の権威も必要なくなり、用済みということなのか?
だとしたら、ひどい話だ。
「だけど、まさか、あの男はこのハロンドールを侵略するつもりなのかい? 王都にいる能無し王が突然に暴れ出したのは、アーサーのせいなのかい? あれはお前やアンに婚姻話を持ってきたけど、そういうのは、あいつの征服欲のひとつなのかねえ?」
アネルザだ。
エルザとマアに視線を送っている。
ふたりとも、タリオ公国からきているので、アーサーについてはイザベラたちよりもよく知っているはずだからだろう。
実のところ、アーサーという男について、イザベラも知っていることは少ない。
ついこの間まで、キシダインの魔の手から生き延びることしか考えていなかったし、外国の情勢についてを詳しく考える余裕はなかった。
アーサーの後宮の状況についても、エルザが話をここに運んでくるまでは、まったく知らなかった。そもそも興味もなかった。
イザベラがアーサーについて知っているのは、世間で知られている経歴だけだ。
つまりは、アーサーは、本当は大公になるような立場じゃなく、本来は傍系の血筋だということだ。
だが、前大公の息子たちが相次いで不審な死に方をし、大公の後継者のひとりに数えられるようになると、あっという間に大公の後継者に指名された。
考えてみれば、もうそこから陰謀のようなことをして、のし上がったのかもしれない。
そして、すぐに前大公が急死し、大公の地位を得た。
だが、国が割れた。
アーサーの台頭を望んでいない勢力がかなり多かったのだ。
しかし、アーサーはそういう門閥貴族たちをひとつひとつ片づけていき、最終的には内乱のような騒動に発展したものの、それに勝利して、誰ひとり並ぶもののない権力集中の地位を得たのだ。
ところが、アーサーは、それからがすごかった。
もともと、タリオ三公国の中で抜きんでた国力があったわけじゃない。
ましてや、アーサーが大公になったことで、国がふたつに分かれて騒乱にもなっている。国力は低下した。
しかし、アーサーが大公になり権力が集まるや、旧態依然の古い制度を一蹴して、画期的な施策を断行し、強引に公国の中の理不尽な習わしや、悪しき慣習を排除していった。
自由流通だってその一環であり、その結果として、タリオはこの数年で急成長し、大国ハロンドールや魔道王国のエルニアと肩を並べる力を身につけたのである。
タリオ国内の人の暮らしは、以前とは比べものにならないくらいに活気づき、アーサーの人気はすごいのだという。
また、見目が麗しく美男子であることも、タリオでは人気に拍車をかけているとのことだ。
まあ、イザベラからすれば、ロウだっていい線いっているし、アーサーには引けはとらないとは思うのだが……。
「ハロンドールに手を出すつもりがあるかどうかまでは……。まあ、前にも言いましたが、公妃とはいっても、わたしはまったく政務には関わってません。情報もないし、なにも知りません……。領土欲の強い男というのはあるでしょうけど……。あのう、今度は隠してませんから」
エルザが言った。
「そうかい?」
アネルザが軽く肩をすくめる。
すると、マアが口を開いた。
「物の流れを見れば、どんなに隠していても、国がどこを目指しているのかというのはわかるものさ。そういう意味では、タリオ公国がいま見ているのは、カロリックだろうね……。武器や兵糧をカロリックの境界付近に大量に集めさせている。ひそかにね……。もしかしたら、戦をしかけようとしているかもしれない……。あたしはそう見ている」
イザベラはマアを見た。
「タリオ公国がカロリックを?」
そういえば、アーサーがハロンドールを訪問したときに、ロウが強引に女にしたビビアンというタリオ国の女諜報員は、ハロンドールの王都ハロルドの担当を外れ、カロリックに向かうことになったと言っていたか……。
イザベラは一度、ロウに紹介されただけなので、それ以上の記憶はないが……。
「カロリックは荒れている。あそこは獣人族が多く、極端な差別施策のために、いくつもの獣人族の反乱が多発しているのさ。それに、いまのカロリックの大公のロクサーヌは若くて力がない。それがカロリックの混乱をさらに悪化させている。古い貴族の力が強すぎるのさ」
「ロクサーヌは若くで誠実だとは耳にするけど、施政者というタイプじゃないみたいだねえ。本来は大公になる血筋じゃないけど、思いがけずに地位が転がり込んできたというのは、アーサーと似ている。でも、アーサーのように野心家じゃない。大人しくていい
マアの言葉に続いて、さらにアネルザが言った。
「ロクサーヌ大公は、わたしよりもひとつ上だったな……。まだ、独身でもあったか……」
イザベラは思い出しながら言った。
アネルザが言及したのは、一度ハロンドールの公式行事で、当時のカロリック大公が訪問したときのことだろう。
その中の随行員に、ロクサーヌがいたはずだ。
行事はキシダインが取り仕切り、イザベル自身は離宮に閉じこもって、一切関与していないので、顔も見ていないが……。
「いまのカロリック大公家など沈みかけている船さ。だから、あえて、ロクサーヌ公を支えようとする者もない。だからこそ、アーサーが手を伸ばして、乗っ取ってやろうと思っているのかもしれないねえ。アーサーという男は欲深そうだったし。いずれは、三公国を統一する英雄も気取っているかもだ」
アネルザが言った。
「しかし、ハロンドールに手を出そうとしているのは本当なのだろう? わたしとの婚姻工作のことだけで、マーリンを乗り込ませはしないだろう。ベーレが自白したマーリンというのは、あのアーサーの腹心である、マーリン魔道師のことだとすればな」
イザベラは言った。
アーサーが表の人間だとすれば、マーリンというのは間違いなく、タリオ公国の裏の顔だ。
マーリンが王都に乗り込んで謀略をしているのであれば、短い期間で王都が荒れてしまったのもわかる。
あるいは、ルードルフ王の性格の激変についても、一枚噛んでいるのかもしれない。
「カロリックに手を出し、次はハロンドールということかい? 欲深いことだねえ。だけど、あいつのいまの狙いがカロリックなら、なんでハロンドールに手を出すんだい? あいつはこの国とカロリックを一緒に相手したいのかい? だったら、本当にどうしてくれようか」
アネルザが憎々し気に言った。
そして、テーブルの茶に手を伸ばそうとしてやめ、トニアたちに酒を準備するように告げた。
「お待ちください。ほかに、お酒のお方はおられますか?」
ノルエルが声をかけると、マアとエルザが手をあげた。
さらに、ヴァージニアもだ。
「お前たちもよければ、座って参加せよ。飲みながらでも給仕はできるであろう」
イザベラがふたりに声をかけた。
身分も立場も違うが、ロウの女であるということでは全員が対当だ。
少なくとも、そう思っている。
だいたい、侍女たちとは、あの亜空間で一緒に裸になって抱かれているのだ。痴態を見せ合っている間柄だし、取り繕ろうのもばかばかしい。
「そうだな。もういい。どうせ、最後には、ここにはいないロウの愚痴話になるんだ。お前たちも参加するといい」
アネルザも言った。
「やったね──。ノルエル、お酒をもらおう」
物怖じしないトリアが嬉しそうな顔になる。
だが、逆にノルエルは、顔を蒼くして激しく首を横に振っている。
「と、とんでもないです」
それをトリアがなだめている。
とりあえず、ふたりが支度をはじめる。
「アーサー殿は、ご主人様……いえ、ロウ様にとても恨みを抱いてしまったみたいでした。イザベラに手を出そうとしているのは、彼のロウ様への悪感情からきているのかもしれません。それが全てではないでしょうけど」
すると、突然にアンが口をはさんだ。
どうでもいいけど、相変わらず、アンとノヴァは仲良しだ。いまも、アンとぴったりとくっついて、アンと同じひざ掛けにくるまっている。
本来は、ノヴァも侍女なのだから、給仕をする立場だが、そうすべきとは誰も思わないし、ノヴァもアンのことしか見ていない。
あの絆の強さは羨ましくなったりする。
「あいつがハロンドールに手を出しているのは、理性ではなく、感情によるものということかい?」
アネルザがアンを見た。
アンは微笑みながら首を傾げた。
「そんな気もしただけです……。根拠はありません、お母さま」
アンはもともと、こういう話に口を挟む性質ではない。ただ黙って聞いているだけの人だった。
だけど、ロウが少しずつ自信をつけるようなことをしていき、旅立つ直前には、アンになにかの直感が働いたときには、遠慮せずにみんなに教えてあげて欲しい頼んだりしていた
アンは、ロウには逆らわない。
だから、言ったのだと思う。
そういうアンの変化をイザベラは好ましいと思う。
ふと見ると、ノヴァがアンのことを愛おし気に、髪をなでている。言葉には出さないが、頑張ったと褒めているような表情だ。
あからさまな甘え合いに、こっちまで恥ずかしくなる。
「感情ねえ……。アンの物言いも当たっているかも。あいつって、極端に自尊心が高いのよねえ。そのロウという方に恥をかかされたと思っているなら、結構、ねちっこいかも」
エルザが言った。
そのときには、トリアとノルエルが、アネルザたちに酒の支度と摘まみ、ちょっと離れて自分たちの席も作り、そこに着席した。
エルザとアネルザがさっそく酒に手を出す。
「……ところで、アネルザ殿、さっき物の流れで、アーサー大公がカロリック相手の戦支度している可能性があると伝えたけど、それはこの国にもいえるね。戦支度を思わせるような不自然な物流の流れがハロンドールにはふたつ出来あがっている。それ把握しているかい?」
マアが言った。
「ふたつ?」
イザベラは横から言った。
戦支度のひとつは、アネルザの実家であるマルエダ辺境侯だろう。
王妃アネルザは、ロウの捕縛命令を出し、さらにアネルザを逮捕させたルードルフを見限り、このノールの離宮から、あちこちの貴族に檄を飛ばし、反ルードルフで団結するように呼び掛けている。
その動きだろう。
アネルザとしては、本物の内乱までは避ける心つもりみたいだが、反乱も辞さない行動をさせることで、ルードルフを退位に追い込む腹である。
当然に、辺境候のところでは、戦支度の動きもしているはずだ。
さもないと、脅しの効果はない。
辺境侯の領土はハロンドールの最西部であり、タリオを含む三公国に隣接している。
戦準備の兆候といえば、そこのはずだ。
しかし、ふたつ?
「実家には反ルードルフ王で結束してくれと手紙を書いている。賛同する貴族も集まっていると手紙を返してもらっている。だけど、戦にはならない。あの弱虫は、辺境候が叛乱の旗をあげたというだけで、恐れおののいて退位するよ。あいつはそういう男なんだ……。だけど、ふたつだって?」
アネルザだ。
「ひとつはこの国の西側……。その辺境候を中心とするものだね。でも、もうひとつは南だ。南に物が集まっている。兵糧と武器と人もね……。むしろ、こっちの方が大きい」
「南だって? なんだい、それ? 南がどうしたっていうんだい?」
アネルザが飲みかけていた酒を離してきょとんしている。
「ここでわかることは、それだけさ。とにかく、あたしも王都に行くよ。エルザ妃が一緒に行くというのであれば、同行もしよう。聞いたところによれば、あんたらは、ここから離れられないようだし、しっかりと見極めるよ。できれば、サキにも会おう。会えればね……」
「悪いね」
アネルザが申し訳なさそうに言った。
「あと、王太女殿下が懸念していた王都ハロルドの物価のことだけど、そっちは手筈は整っている。大量の食糧を一気に王都に入れる。それで物価はすぐに安定しますよ」
さらに、マア。
イザベラとしては、よろしく頼むと言うしかなかった。