【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
「ス、スクルズ──。こ、これはどういうことなのだ?」
ベルズは声をあげた。
生きていた──?
生きているのか?
つまりは、あの広場に晒されているのは偽物──?
どういうこと──?
どういうことなのだ──。
脱力するほどの安堵が全身を包むとともに、わけのわからない激怒がベルズの全身を席巻する。
「だ、だから、サキさんと相談して……。わたしが死ぬことで……国王を追い詰めようと……」
スクルズはしどろもどろだ。
ミランダも今回のことは知らなった様子であり、おそらく、たったいままで、ここでミランダにも追い詰められていたのだろう。
そんな気配だ。
「とりあえず、逃げないで言い訳しなさい、スクルズ」
ミランダも口を挟む。
「いいから、とにかく説明せい、スクルズ──」
ベルズは怒声を浴びせた。
「うわああっ、けんかしちゃ、いやあああっ」
すると、スクルズに抱きついていたウルズが泣き出した。
しまった……。
ベルズはウルズに駆け寄った。
「け、喧嘩なんてしておらん。しておらんぞ、ウルズ。べーままは、ちょっと驚いてな。まさか、ここにすーままがおると、思わんかったし……。それに、髪も違っておるしな……。それだけだ」
必死で宥めた。
「そうよ、ベルズ。落ち着いて話をしましょう。ねっ?」
そして、スクルズはさっとウルズに向き直った。
「わたしは、落ち着いている」
ベルズは怒鳴りそうになったが、なんとか声を荒げることだけは抑えた。
スクルズが逃げるように、ウルズのところに寄っていく。
「……さあ、ウルズ、ちょっとここで座って待っていてね。お菓子があるわよ。貰ってあげるから」
スクルズはウルズを部屋の隅に連れていき、魔道で敷布のようなものを出現させる。
そこにウルズを座らせると、部屋の隅からお菓子を持って来て、そこに置く。
「そうだ。ぱぱにお手紙書きましょうか。このあいだ、少し字も教えたでしょう? 思い出せる? 持っていってあげるわ。すーままは、これからぱぱをお迎えに行くのよ。だから、ちょっといなくなるけど、その代わり、きっとウルズが大好きなぱぱを連れてくるからね。すーままがぱぱに会ったときに渡すから、なにか書いてごらん」
スクルズが羊毛紙を一枚出し、さらに羊毛紙用の筆記具を出す。いずれも収納魔道だ。
だが、ロウのところに行く?
これから?
それはともかく、スクルズがウルズをだしに使って、ベルズの怒りをかわしたのは明らかだ。
しかし、ベルズとしても、腹の虫が収まらない。
「ぱぱに? うーんとねえ。ウルズ、ぱぱにまんまんしてほしい。まんまんしてって、かきたい。それで、かえってきてって──。でも、すーまま、ぱぱのところにいくの?」
「そうね、行ってくるわ。そのあいだ、べーままの言うことをきいてね。いい子でいられる?」
「うん、すーまま。じゃあ、ぱぱにおてがみかく……。んんっと……。でも、まんまんしてって、じ、わかんない」
「だったら、お絵かきでもいいわ。ぱぱに絵を描きましょう」
スクルズがにこにこと微笑んだ。
それにしても、ウルズは気にならないようだが、髪の毛が変わったことで、随分と印象も違うと思った。
しかし、いい感じではある。
真っ白く長い髪は、スクルズの美しさを神々しいまでに惹きたてている気がした。
これまでの髪も悪くなかったが、普通ではあり得ない青みのかかった白い髪は、スクルズを神秘的にも見えさせもする。
「だったら、ウルズがぱぱと、まんまんしている絵を描く──」
「わかった。じゃあ、まんまんの絵を描きましょう。大人しくしててね」
スクルズがウルズに筆記具を持たせた。
それにしても、なんという絵だ……。
ウルズの教育上どうなのだろう?
まあ、どうせ、丸っこいものが幾つか並ぶだけの不思議な絵になるのだろうが……。
ウルズは床に羊毛紙を置いて、上体を覆いかぶせるようにして絵を描き始めた。
こっちから見ると、お尻があがっていて、おしめが見えている。
ウルズが身に着けているスカートがかなり短いためだ。
スカートはロウがウルズのために持ってきたものであり、ベルズなら、ちょっと外には出ないような短いスカート丈だ。
もちろん、ウルズはロウにもらったものは、全部お気に入りなので、何着かあるロウからの贈り物の服ばかりを着たがる。
ロウはロウで好色なので、ちらちら下着が見えるほどの服をウルズに着させて、それを眺め愉しんでから、悪戯をしてウルズを抱く。
ウルズはいつも大喜びだ。
とにかく、中身は幼児だが、姿かたちは大人の美女なので、かなりきわどい扇情的な姿である。
すると、スクルズがウルズに軽い結界をかけた。
こっちの話をウルズによく聞こえなくするためだろう。
逆に、ウルズの声はそのまま聞けるという結界のようだ。
「さて、じゃあ、座りましょう。おふたりとも落ち着いてね」
スクルズがにこにこと微笑みながら椅子に座り直す。
この微笑みだ。
スクルズは、この笑みでなんでも誤魔化してしまうという嫌な癖がある。
しかし、そうは許さない。
「話次第だな……。いずれにしても、つまりは、あの広場の屍体は偽物なのか? だが、なんなのだ、あれは? そなたの身体の精緻に至るまでそっくりで……」
陰毛がないところまで一緒だったと口にしようとして、さすがに自重した。
だが、ロウの女たちの股間は、ベルズも含めて、ロウの悪戯ですっかりと童女のように剃りあげられてしまっており、しかも、ロウの淫魔術とやらで、生えないようにされていて無毛なのだ。
そんなところまで、そっくりの偽物などあり得るのだろうか。
「あれは、ンングル族という妖魔の脱皮体というんだそうよ。一度身体に憑依してもらうと、ンングル族は一瞬にして、身体を分裂して複製し、すぐに外に出てしまうの……。ただ、ほとんど一瞬にして外に出てしまうので、別に操れるとか、動かせるとかはないの。サキさんは、なんの役に立つ能力かわからなかったけど、屍体を作るのに役に立つとは思わなかったと笑っていたわ」
スクルズがころころと笑った。
しかし、ミランダとベルズがむっとした表情のままなのに気がついたのだろう。
すぐに笑みを隠した。
まったく、この女は……。
だが、考えてみれば、ちょっと前までのスクルズはこんなにも肝が据わった感じでもなかったし、ベルズとミランダに追い込まれて、笑って誤魔化そうとすることができるような女でもなかった。
もっとか弱い女だったのだ。
それが、いまは、ころころとした笑いで相手を煙に巻き、どんな相手にも動じない姿は、風格のようなものさえ感じさせる。
これも、ロウの女になってからだ……。
しかも、ンングル族か、なにかは知らないけど、妖魔を準備して憑依させた?
つまりは、ロウが王を見張るために寵姫として送り込んだ、サキも関与しているということか……。
ロウから、以前に説明があったことだが、人間の美女にしか見えなかったが、サキは魔族であり、姿を変えているだけだという。
魔族の女まで愛人にするとは、どれだけ女たらしなのかと呆れてしまった。そもそも、魔族などどこで見つけてきたのか……。
「……ベルズはあまり承知してないのかもしれないけど、サキさんは、本当にたくさんの妖魔を眷属に従える上級妖魔なのよ。そのサキさんとアネルザ様とミランダに、わたし……。この四人で、ロウ様を捕縛して処刑しようとしているあの王を退位させて、イザベラ様に王位を継がせようと計画しているというわけよ」
スクルズはあっけらかんと言った。
ベルズは驚いてしまった。
「それは反乱も同じであろう。本当か、ミランダ?」
なにかをしているとは予想していたが、そこまで明確な王への反乱とは思わなかった。
ミランダに視線をやる。
「まあね……。四人で王を退位させようと誓ったわ……。それが今回の騒動の発端……」
ミランダが言った。
そして、さらに説明を続ける。
ベルズはその内容に唖然とした。
まさか、アネルザ捕縛から始まる一連の騒動の多くが、彼女たちが引き起こしたことだったとは思わなかった。
いや、アネルザの捕縛そのものが、ある程度の計算によるものだったという。
しかも、よくよく聞けば、すでにアネルザは、監獄塔にはおらず、数日前に脱走して、イザベラとアンたちのいるノールの離宮に行っているらしい。
いつの間にか、そんなことになっていたのだ。
「……もしかしたら、このところ急に始まって、民衆を苦しめている重税も、そなたらが関係あるのか?」
もともと、そんなに人気のある王ではなかったが、その評判が急降下したのは、新しい女官長に贅沢をさせるためだという噂の、突然に始まった重税だ。
だが、考えてみれば、あれは王妃が捕縛された前後から開始された。
スクルズたちの活動が王妃捕縛の時期から開始されているなら、それも彼女たちが一枚噛んでいる可能性が高い。
「さああ……」
「まあ、よくわからないねえ……」
スクルズは微笑んだまま小首を傾げただけだが、ミランダはちょっと動揺したように視線を逸らした。
スクルズはともかく、ミランダは嘘は下手だ。
どうやら、そうなのだろう……。
ベルズは溜息をついた。
「ミランダ、お前ともあろうものが、どうしたのだ? 目的のためには手段を選ばんのか? この重税で相当に王都の者は難儀をしておるのだぞ。もしかしたら、王都の商人たちを処断し、さらに二公爵を晒させたのも、お前らが噛んでおるのか? あんな残酷なことを──」
ベルズは声をあげた。
しかし、ミランダが必死の様子で首を横に振った。
「違う──。商人たちのことは、あたしだって、驚いているところなんだよ。公爵たちだって、まさか殺すだなんて」
ミランダが思わずという感じで口走った。
そして、はっとした表情になる。
「ならば、それ以外のところでは関与しているということなのだな……。なんでだ? ロウ殿のためか?」
ベルズが言うと、ミランダはばつの悪そうな表情になった。
答えがなくても、ほかに理由などないだろう。
「ベルズ、わたしたちは、ロウ様に命をもらったわ。幸せにもしてもらった……。そのロウ様が困っている。だったら、ロウ様を助けないとならない。それは当然のことだと思うわ」
そのとき、スクルズが口を挟んできた。
いつの間にか、スクルズの口元からは笑みが消えている。彼女は真剣な表情だ。
「それはもちろんだが……。しかし、やりようというのが……」
「いいえ──。だって、いまの国王がいなくならないと、ロウ様は絞首刑にされるのよ。あるいは、もう二度と王都に戻ってこられない。わたしは、そんなのいや──。ロウ様に手を出そうとする国王には我慢できない──。あなたは、そうじゃないの、ベルズ──?」
「そりゃあ……」
その気持ちは理解できるが、だからといって、なにしてもいいというわけじゃない。
ベルズはそう言おうとした。だが、スクルズを見ていると言えなくなった。
それほどまでに、スクルズが思いつめている表情だったからだ。
ちょっと驚いた。
スクルズはなにかに挑むかのように、ベルズを睨んでいる。
しかし……。
なんだ?
こんなに余裕がない雰囲気を出すスクルズは久しぶりか……?
ロウに出会ってからのスクルズは、いつものんびりとした笑顔をしていて、つかみどころのない飄々とした大人物の風格さえあった。
だが、目の前のスクルズは違う。
落ち着いているようでも、まったく落ち着いておらず、悟ったようでなにも悟っていない。
なにかをとてつもなく焦っている。
それを必死になって笑顔で隠しているだけだ。
しかし、なんとなくわかってきた。
スクルズとベルズのあいだの温度差ともいうべき、感覚の違いだ。
ロウが旅に出かけ、そのあいだにあったロウへの捕縛命令──。
まあ、なんとかなるだろうし、そのうちどうにかしようと思ったベルズとは異なり、スクルズにとっては、それは魂を揺るがすほどに驚愕する出来事であり、とても許されないことだったのかもしれない。
そして、ふと思った。
ベルズは、最近のスクルズのことをとても成長したと考えていたし、まさに神殿長に相応しい頼もしさを身につけたなと評価していた。
それがロウにもたらされたものなのはわかっていたが、少し前のスクルズがどちらかというとか弱き少女の印象だったので、よい影響だと思っていた。
しかし、スクルズがそう振る舞えるのはロウがいるからであり、もしかして、ロウがいなければ、やはりただの弱い女に過ぎない?
ロウがいるから、あんなに自信にみなぎるスクルズでいられる?
「ベルズ、あなたになにを批判されてもいいし、ロウ様を助けるためになら、なにをしてもいいというのは、間違っているというのはわかるの……。でも、わたしは本当に我慢できない。ロウ様がいなくなるなど……。その可能性を考えることさえ、いや──。絶対にロウ様は助けるわ。ロウ様に手を出そうとする者なんて許せない。それが国王でも……。ロウ様をお助けするためなら、たとえ、地獄に落ちたって、なんの悔いもない。ロウ様のためなら、百万遍でも地獄に落ちてみせる」
スクルズが毅然として言った。
「スクルズ……」
ミランダが驚いている。
ベルズも目を大きく見開いた。こんなスクルズに接するのは初めてだったのだ。
そして、大きく息を吐いた。
「……そうか……。スクルズは既に腹を括っているのだな。わかった。もうなにも言わん。わたしも協力しよう。よければな……。それに、わたしもウルズも、ここに置いてもらわねば困る。もう神殿は家出してきた」
ベルズは微笑んだ。
スクルズがぱっと破顔した。
「そう言ってくれると思ったわ。じゃあ、ロウ様を困らせる国王など、みんなでやっつけて、退位させてしまいましょう。そして、ロウ様をお迎えするのよ。きっとお叱りなさると思うわ。そしたら、仲良くお仕置きを受けましょう、ベルズ」
スクルズがベルズの手をがっしりと両手で握った。
「お、お仕置き?」
ベルズは困惑した。
「……まあいいわ。とにかく、話を戻すわよ、スクルズ」
ミランダが口を挟む。
「……とにかく、今回のことは、サキとあんたが仕組んだ。これはそうなのね? わざと王にあなたを殺させるように仕向けて、王の失脚の材料を作ったということね?」
「そうよ、ミランダ」
スクルズはあっけらかんと言った。
「……映録球の記録を見たと思うけど、心配ないわ。毒杯なんて効いていない。そもそも、魔道だって封じられていなかったし……。でも、媚香はつらかったかな……。あっ、それと、わたしと脱皮体が入れ替わったのは、サキさんたちの眷属たちの協力よ。映録球の回収も……。とにかく、わたし自身の魔道で仮死状態になったわたしと憑依体による複製とは、宮殿外に運び出される前に入れ替わったのよ。だから、晒されているのはわたしじゃないわ」
「わかっているよ」
ミランダが半分呆れたように言った。
ベルズもそういうことなのかと思った。
「……つまりは、王の失脚を決定的なものにするために、自分の死を映録球に保管して、あちこちに配ったということだな、スクルズ。わたしも見たが、確かに、あれは衝撃的だった。王の資格なしとされても仕方ないかもしれん」
ベルズは言った。
「アネルザが貴族工作を続けているよ。さっきも言ったけど、ノールの離宮でね」
ミランダが言った。
「ノールの離宮か……」
「とにかく、色々と不祥事をさせてやったけど、今回の事件が決定的になって、貴族が一斉に王の退位要求を付けつけると思うよ。アネルザの実家のマルエダ辺境侯家が中心となってね」
「辺境候を動かしているのか?」
「そう聞いているね。まあ、これだけ王都が騒ぎになったら、国王といえどもそれを受諾するしかないだろう。いまは、後宮に引っ込んで好き放題やっているつもりだろうけど、一斉に貴族の反発を受ければ、慌てふためくさ。それで終わり。イザベラ姫様の王位継承に反対する貴族もないだろうし、めでたく、ロウは王都に戻れるよ」
「お前らの狙い通りにか?」
ベルズの言葉に、ミランダが肩を竦めた。
「まあ、そうだね。今回のスクルズの毒杯死のことをなにも知らされちゃあいなかったのは気に入らないけどね……。まあ、でも、終わったことは利用するよ。どんどん、ルードルフ王の国王失格の運動をさせてもらう。圧倒的な反王の世論を作ってみせるさ」
ミランダが言った。
「頑張りましょう、ミランダ」
スクルズが言った。
ベルズは溜息した。
「だけど、大丈夫なのか、ミランダ? 火をつけるのはいいけど、制御できなくなるんじゃないのか? わたしは、たったいままで広場にいたのだ。おそらく、万に近い人間が集まっていたぞ。いまにも暴徒化しそうだった。そもそも、先日、王都の豪商を殺して流通に影響が起こっている。王都では品不足が発生し、ただでさえ重税のところに、物資不足が重なって、王都の物価は跳ねあがっている。そこに、スクルズの晒し刑だ。大暴動が起きてもおかしくない」
「大暴動? 大騒ぎになっているのは承知しているけど、そんなになっているのかい? あたしは、ここから出られないんで、実際には見てないのさ」
ミランダが困ったような表情になる。
「暴力は困るわねえ……」
スクルズは言ったが、どことなく他人事の響きもある。
おそらく、スクルズ自身も、自分の人気をわかっておらず、あの映録球の映像がどれだけ人々にとって、衝撃的かわかっていないのだろう。
ベルズは再び嘆息した。
まあ、それよりも、これからのことだ。
「……それにしても、これでスクルズは死んだことになるのか? それで髪型と髪の色を変えたのだろうけど、これからどうするのだ? 神殿長の役目は?」
ベルスはスクルズに言った。
スクルズは、ちょっと小首を傾げた。
「さて……。どうしましょう。最終的には、ロウ様をお迎えに行くわ。ただ、とりあえず、サキさんのところに滞在することになるわ。向こうに隠れるの」
「王宮にか?」
「とにかく、ロウ様たちと接触を果たさなければならないわ……。それと、万が一にも、入れ違いにならないように手を打たなければならない。だって、ロウ様が思ったよりも早く戻って、地方の王軍にでもロウ様を身柄を拘束されては面倒なことになるわ。幸いにも、シャングリアの実家のモーリア男爵家がナタルの森に繋がる街道に近い土地を領土にしているわ。そこに協力を依頼するの。その手配は王宮側にいるサキさんでしてもらえることになっているのよ」
「モーリア家を?」
シャングリアのモーリア家といえば、男爵家だが、いまの代になって領地の経済開発に大成功し、大変に力のある貴族だ。
あそこは、並の伯爵家以上の力があるだろう。
「実は、そっちには、サキさんが手配して、話が通っているの。わたしはわたしで、ロウ様を探すつもりよ。長距離転送施設もかなり伸びているから、それを使えば、かなり時間も節用できるわ。とにかく、ロウ様たちが国境を越えて戻る前に、なんとか捕まえる……。そのときにはわたしの魔道も役に立つでしょう……。ベルズには、わたしが王都からいなくなってから、ミランダに協力して欲しいわ」
長距離転送施設か……。
ロウの長期クエストが決定してから、憑りつかれたようにスクルズが取り組んでいたやつだ。
教団からも、ベルズが主催している魔道研究会のサロンからも、金をむしり取っていき、狂ったように、ロウが向かったナタル森林に向かって伸ばしていっていた。
まさかとは思うが、そのときから、ロウの後を追いかけるつもりだったのではないだろうな……。
ベルズは嘆息した。
「まあ、やれることはやるけどね……ところで、無事にロウ殿と合流して、こっちの工作もうまくいって、いまの王を退位させて、姫様が王位についたとする……。でも、その後は、スクルズはどうするのだ? 死んだと見せかけていたけど、実は生きていましたということにでもするのか?」
「そんなことは無理よ。仕方がないので、ロウ様のお屋敷で暮らさせてもらおうと思うわ。地下に監禁されて、雌犬として飼われるなんてどうかしら。ぞくぞくするわ、ベルズ」
スクルズが満面の笑みを浮かべた。
ベルズは呆れた。
「なにが雌犬だ。馬鹿か──。神殿長職はどうするのだ? 天空神に誓ったのだろう?」
「天空神様なんて……。とにかく、そんな役目についていたから、ロウ様の旅についていくことができなかったのだわ。もういい──。こんなに寂しい思いをするなら、わたしは神殿をやめる。冒険者になって、ロウ様の横から離れない。ロウ様のために神殿長になろうとしたけど、やっぱりもっともっとお役に立てる立場でいたい。神殿長については、今回のことで世論工作に役に立つと思うし、もういい潮時よ」
「呆れたのう。信仰よりも、ロウ殿か──」
「いまだから言うけど、ロウ様に出逢ってから、ずっと、わたしの信仰の対象はロウ様に変わっていたのよ。神殿長であるか、どうかは、ロウ様に尽くすのに、どっちの方が都合がいいかで決めるの。悪いけど、神殿界のことはよろしく。史上最年少で王都三神殿の神殿長になったスクルズは死んだの」
「ええ? いいの、それで?」
ミランダも驚いている。
「新しい名前は、そのうち考えるわ……。でも、すーままでなくなると、ウルズが混乱するかなあ……。スクルドなんてどう? そんなに印象変わらないし、ウルズにも混乱がないと思うわ」
「勝手にせい」
ベルズは吐き捨てた。
それにしても、神殿長をやめる?
もしかして、これはもっと計画的だったか?
事前に知らせれば、ベルズに反対されて、違う計画に変更させられたから、ミランダにもベルズにも教えずに実行に移したか?
まさかとは思うが……。
そのときだった。
ばたばたと地上から誰かが階段で降りてきた。
「ミランダ、大変よ──。あっ、ベルズ様?」
駆けおりてきたのは、確かマリーという冒険者ギルドで働いているミランダの部下の女だ。
スクルズの存在に驚かないところを見ると、スクルズの生存のことは知っていたのだろう。
それにしても、血相を変えている様子だ。
どうしたのだろう──?
「なに、マリー? 王都の広場になにかあった?」
ミランダが言った。
どうやら、ミランダはこのマリーに指示をして、あの広場の状況を見守らせていたみたいだ。
あれだけの群衆だったので、ベルズも気がつかなかったが……。
「ありましたとも──。暴動です──。集まっていた群衆が柵の一部を壊してしまい……。それを王兵が剣で追い払おうとして、それであっという間に──」
「なんですって──」
ミランダは声をあげた。
「警備の王兵は群集に飲み込まれて……。もう、なにがなんだか……。とにかく一報と思って、護符で跳躍してきました。暴動発生はたったいまのことです」
ベルズは舌打ちした。
やっぱりか……。
しかし、だったら、間に合うか?
立ちあがる。
「ミランダ、スクルズ、ここはわたしに任せろ──。ふたりは、いまは人前には出られんだろう。とにかく、暴動はとめられんかもしれんが、偽物の屍体だけは片付けてくる。妖魔の憑依体などと知れたらまずい。それに、遺体をうまく処置すれば多少なりとも落ち着く可能性はある……。だが、これだけ言っておくぞ──。ロウ殿を連れ戻すため、工作をするのはいい──。わたしも協力する。でも、制御できる範囲でとめておかんと、大変なことになるぞ」
ベルズはフードを被り直して、転送術を刻んだ。
とにかく、現場に飛んで、スクルズの屍体ということになっている妖魔体を発見する。
見つけ次第に、魔道で空に浮かべて、目映いほどの光とともに焼却するつもりだ。
群衆はスクルズの身体が天に召された奇跡とでも思うだろう。
そんな風に装う……。
それで、少しは収まってくれればいいが……。
「んん? べーまま、どっか、いくの?」
ウルズが気がついてこっちを見た。
「ちょっと用足しだ。すーままと待っておれ、ウルズ」
ベルズは声をウルズを包む結界の中に魔道で送り込み、次いで、自分の身体を転送させた。
魔道の効果発現の直前に見たのは、ミランダとスクルズの苦虫を噛み潰したような、ばつが悪そうな、不安そうな、とにかく複雑な表情だった。
(第23話『女神殿長の処刑』終わり、第24話『女官長退場』に続く)
*
【スクルズの昇天】
スクルズの昇天については、当時のいくつかの書物に記述があるが、第一の資料は、ランジーナ=ロウセウルス(注:ロウセウルスは洗礼後の共通姓)の『ランジーナの福音書』である。
それによれば、兇王によって処刑されたスクルズは、その屍体を磔刑によって辱められたが、眩い光とともに昇天し、天空神の使徒に出迎えられて、天空にある女神の座についたとある。
そのとき、王都の民衆は、スクルズの処刑と晒し刑に怒り、騒乱を発生させていたが、スクルズの神々しい昇天の光景に我を忘れ、心の落ち着きを取り戻して、動乱は収まったと記述されている。
また、クロノス正教会の『聖伝』によれば、スクルズが兇王ルードルフに処刑されたのは、王の失政を諫言したためであり、そのため毒杯を飲まされたとある。
この際、ルードルフは、スクルズの屍体から服を剥ぎ、全裸を王都の広場に晒して辱めさせた。
こちらにも、そのとき、それに激怒した民衆の一部が暴徒化し、警備の王兵を襲撃するという事件が発生したが、暴動発生直後にスクルズの屍体が天に召喚されて、光とともに消滅したとされ、さらに、この昇天により暴徒が沈静化したとある。
さらに、マリア=ロウセウルス(マリアは、スクルズとともに処刑されたグリムーン公爵家の息子の妻。ロウセウルスは共通洗礼姓)には、天界に昇天したスクルズが復活した話が詳細に記述されていて、スクルズは天空への昇天後、すぐにこの地に復活したとあり、クロノスへの愛をマリアたちに解くとともに、信仰のための秘術を伝えたとある。
この際、復活したスクルズは神具を信仰心の篤い「しもべ」たちに残したと伝えられているが、その神具は現存しており、クロノス正教会の大神殿に厳重に保管されている。
ボルティモア著『万世大辞典』より(*)
* ここに記録した引用文は、国際統一図書館に貯蔵されている初版本から、許可を受けて採録したものである。