※この作品はR-18です。

【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】   作:ドン・ドナシアン

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396 老魔道師の最期

「どうした、俺だ」

 

「マ、マーリン様……」

 

 マーリンがテレーズのところに出現したときには、驚いた半面、予想が的中したことに安堵もした。

 ただ、はっきりとした殺意を持ってやってきたマーリンに、テレーズは恐怖した。

 

 しかし、準備もしていた。

 いや、むしろ誘ったのだ。

 こっちから動いて、マーリンを呼び寄せた。

 

 二公爵に手を出し、スクルズのことで騒乱を起こせば、驚いたマーリンは動くと思った。自分が知らないところで予想外の事が発生し、それを放置できるような男ではない。

 基本的に小心者なのだ。

 なにもかも、自分の手の上で事が進んでいないと気が済まない。

 案の定、マーリンは動いた。

 自分に対する情報が事前に来なかったことでも慌てふためいたかもしれない。

 そして、調べれば、マーリンの部下たちがおかしな感情操作がなされていることがわかる。

 そうなれば、必ずマーリンは、テレーズを詰問に来ると思った。

 従って、マーリンがテレーズのところに今夜来るというのは、想像の範疇だった。

 

 だから、わざと裸身が透けるような薄い夜着を着ていた。

 年齢は重ねているとはいえ、男は男だ

 魅惑的な女に面すれば欲情をする。

 犯したくなる……。

 征服したくなる……。

 一瞬でも、マーリンが欲情すれば、テレーズはそれを増幅できた。

 実際にそうなった。

 マーリンは、うっかりとテレーズの罠に嵌まった。

 

 闇魔道の神髄は、人の心の悪意を支配することだ。

 虚栄……。

 強欲……。

 嫉妬……。

 憤怒……。

 色欲……。

 暴食……。

 怠情……。

 人の心には、様々な悪感情があるが、その中で特に「色欲」は操りやすいものになる。人の本能と直接結びついているだけあり、性癖は様々で個人差もあるが、色欲の全く湧かない者は稀有だ。また、男女で色欲の発生度合いに差はないが、男は攻撃的な色欲を起こす傾向があり、征服欲を煽ると、男は色欲を活性化しやすい。

 

 幸いにも、マーリンに変身することを強要された、このテレーズ=ラポルタはかなり女として魅力的な外見をしている。

 殺意を抱いて現われたマーリンに対し、彼の心にほんの少し宿った好色の意識を最大限まで増幅してやった。

 すると、少し驚いたが、マーリンは嗜虐的にテレーズをからかうことに決めたらしく、媚薬を使ってテレーズを弱めることを強要した。

 

 マーリンはとても用心深くて臆病な男だ。

 殺意を抱く相手と話すのに、なにも「処置」しないで会話をすることはない。

 なにかをするだろうとは思ったが、「欲情」を増幅されたマーリンが、まさか強力な媚薬を股間と尻に塗らせて、さらに指を挿入されるというような破廉恥なことをするとは思わなかった。

 まあ、これか、テレーズがマーリンに眠る淫欲の感情を劇的にまでに開放してやった結果と考えれば面白いかもしれない……。

 

 あとは、テレーズに刻まれている隷属魔道とマーリンに浸透している闇魔道の戦いだ。

 つまりは、実は、マーリンにはテレーズの闇魔道が浸透している。

 テレーズは、マーリンに隷属の支配をされながらも、逆に闇魔道により感情の支配を施していたのだ。

 

 テレーズが、あの逃避行の最中に行き倒れ、全く自覚のないままに、一汁と引き換えに、魂を売ってしまったのは、もう三年くらい前だろうか……。

 テレーズは、それを昨日のことにように後悔している。

 意識が戻り、正気が戻ったときには、すでに隷属を受け入れたあとだった。

 あのときは愕然とするとともに、絶望に襲われた。

 しかし、あのとき、自分が隷属支配に陥っているのを悟った直後、テレーズは即座にマーリンに闇魔道を打ち込んだ。

 まだ、隷属をされたばかりであり、「命令」で一切の危害を加えるなという言葉を与えられる前だったのだ。

 闇魔道は危害を加える魔道ではないが、もしかしたら、感情を操るというのは、マーリンの感情からすれば、危害を加えるということに入ったかもしれない……。

 だが、闇魔道を打ち込めてしまった。

 それから、テレーズの闇魔道は、マーリンにずっと注がれたままだ。

 従って、マーリンの感情はある程度、テレーズが動かせる……。

 

 マーリンには気がつかれていない。

 それは、テレーズが死んでいないことからわかる。

 もしも、それを知られれば、マーリンは、テレーズのことを危険そのものだと認定して、即座にテレーズを殺すことは明らかだ。

 いくら闇魔道で感情を支配しているといっても、闇魔道は操心の術ではない。

 マーリンがテレーズを明確な意思で殺すと決めれば、それを闇魔道だけで防ぐことは難しい。

 そもそも、テレーズには、マーリンに対する隷属の魔道が刻まれている。

 死ねと言葉で命令をされれば、自分の手で自分を殺すしかない立場だ。

 犬であり、人形……。

 道具……。

 それがテレーズだ。

 

 だから、テレーズは、マーリンに闇魔道がかけていることがばれないために、テレーズに興味を抱かないように、マーリンの感情を動かし続けた。

 なにしろ、マーリンにしているのは感情支配だけなので、万が一、マーリンに、闇魔道を自分に掛けているのかという質問をされてしまえば、それで終わりである。

 隷属の魔道で支配されているテレーズは、マーリンに嘘を言うことはできないのだ。

 だから、テレーズは、マーリンの心をテレーズに対する怠情で満たし続けた。

 興味を抱かれて、闇魔道がマーリンに届いていることを疑われないように……。

 できるだけマーリンがテレーズに関心を寄せないように……。

 闇魔道をかけていることがばれれば、殺されることを知りつつ……。

 それでいて、決して闇魔道を解くことなく……。

 

 だが、それは大変だった。

 マーリンは、テレーズが闇魔道の遣い手だと知り、さらに魔族のことにも精通していると悟ると、それらについて、異常なほどの興味でそれを知りたがったからだ。

 だが、なにがきっかけで、テレーズの闇魔道がマーリンにも浸透しているのが発覚するかわからない。

 もしも、それが知られれば、マーリンは必ず、テレーズを即座に殺すのはわかっていた。

 テレーズは、マーリンがテレーズに興味を持つのを阻むため、闇魔道で感情を動かし続けるしかなかった

 闇魔道の能力があることがわかっているテレーズが、マーリンに闇魔道をずっと仕掛けていることが決して発覚しないように……。

 そして、三年……。

 ずっと機会を待っていた……。

 

 しかし、マーリンとの関係は限界だった。

 マーリンは、ぼんやりとくらいなら、テレーズを疑っていたのではないだろうか?

 あるいは、それは杞憂であり、実際にはなんの問題はなかったのかもしれないが、少なくともテレーズは近いうちに、マーリンとの関係は破綻すると思っていた。

 実際のところ、テレーズは、マーリンに闇魔道を打ち込むというかたちでマーリンを裏切っている。

 一方で、無論、隷属の支配をされている相手に、逆らうこともできないし、命を狙うことはできない。

 感情を操作するだけで、危害を加えること不可能だ。

 もちろん、命令にも従う。

 従わなければならないし、もうひとつ打ちこまれている「死の呪文」により、任務に失敗しても、テレーズには死が訪れる。

 ただ、テレーズは、命令されたこと以外は、なにもやらなかった。

 嘘をつくなと言われない限り、マーリンに不都合な情報を入れ続けた。

 それでいて、任務は成功させた。

 

 今回もそうだ。

 テレーズは、マーリンに王宮内の国王を操り、王国に大騒乱を起こさせろと命じられている。

 その範疇で動き、忠実に役割を果たし、それ以外のことはしない。

 それどころか、最終的には、マーリンに不利なように推し進める。

 サキのことだ。

 任務を遂行するためにサキを支配し、一方でサキがテレーズの支配から脱するには、テレーズの支配者であるマーリンを殺さねばならないことを言外に繰り返して仄めかした。

 それがテレーズの「反乱」だ。

 

 だから、テレーズはマーリンの「怠情」を増幅し、可能な限り、テレーズとサキに興味を抱かせないようにし続けた。

 知り取った真名について隠すことは難しかったが、テレーズに任せておけば、自分では積極的にサキに接触する必要がないという感情を保たせ続けた。

 幸いにも、マーリンは用心深い男なので、心の奥底で魔族という存在に積極的に接触することを嫌がっていた。

 とりあえずは、マーリンがサキに直接には関わりたくないという感情を作ることには成功をしていた。

 

 だが、もう限界だ。

 テレーズは、この綱渡りのような関係がすでにぎりぎりであることを悟っていた。

 近いうちに、マーリンは、ついには自分が闇魔道の影響を受けていることを悟る気がした。

 そもそも、あれほどまでに、テレーズという女になんの興味も抱かず、闇魔道のことも、テレーズという人間がどういう人物なのかということも知りたくはならないということが不自然なのだ。

 無論、それはテレーズがマーリンにかかっている闇魔道で、そういう風に心を誘導しているからなのだが、いずれ近いうちに破綻する。

 その予感があった。

 

 そして、いま……。

 マーリンの訊問は続いている。

 

「……二公爵の処断を勝手に遂行させたのは、お前の独断だな?」

 

「そ、そうですが……べ、別に……さ、裁量の枠外とは……」

 

「そうか……。だが、意図的に情報を遮断したな?」

 

「い、意図的? あ、あたしは……ひ、必要以上の……接触を……んくうっ」

 

 のらりくらりと応じる。

 それにしても……。

 股間が熱い……。

 なんという強烈な媚薬だろう。

 これだけは計算外だった。

 とにかく、指を挿入させられたまま応じることを強要されたマーリンの質問には、巧みに言葉を曖昧にしたり、ぼやかしたりして、嘘をつかない範囲で都合の悪い情報を告げないようにし、どうしてもそれができないときは、自分で指を動かして、淫らな反応をしてみせ、マーリンに興味を向けさせることで、その感情を闇魔道で拡大して、そもそものマーリンの質問への意識を外したりもした。

 

 だが、かなりきつい……。

 前後の穴に指を深く挿入させられているので、ちょっとした自分自身の身悶えだけで、突き抜けるような刺激が襲い掛かってくるのだ。

 こんなことをさせられる異常なまでの羞恥と屈辱で、テレーズはかなり疲労困憊になっていた。

 

「真名を支配された魔族は、支配したものに隷属し、その命令には逆らえない……。これは間違いないな?」

 

 寝台に座ったままテレーズの痴態をにやにやして眺めているマーリンが言った。

 はっとした。

 ついに、サキへの関心を心に抱かせてしまったと思った。

 闇魔道でこれを避けさせ続けたが、やはり限界か……。

 まあ、テレーズを処分するには、それよりも先にマーリンがサキを支配する必要があるのは当然なので、さすがに闇魔道による「怠情」の感情の拡大でも、質問を回避させるまでのことはできないか……。

 

「は、はい……」

 

 テレーズは仕方なく言った。

 これは誤魔化しようがない。

 

「ならば、真名を支配した者がふたりいて、相反する命令を受けた場合、どちらの命令に従う?」

 

「そ、それは……、め、命令は絶対……。ど、どちらも実行しようとして……。ほかに相反されていても……」

 

 なんとか言い回しを工夫してみる。 

 とにかく、可能な限り、誤解を与えるような言い方を……。

 それにしても、あいつ……。

 いつになったら……。

 

「余計なことを言うな……。相反する命令を同時に与えられている場合、どちらを優先する。先に与えられた命令か、それとも、後に与えられた命令か……? 答えよ、命令だ」

 

 マーリンが質問を明確にしてきた。

 テレーズは内心で舌打ちした。

 仕方がない。

 テレーズは股間の中の指をゆっくりと動かす。

 マーリンの関心をサキ以外に……。

 別に命令に逆らっているわけじゃない。

 媚薬のせいで股間が爛れるように疼くのは確かなのだ。

 股間のむず痒さは我慢できないものになっている。 

 

「はあ、はあ、はあ……、か、身体が……あ、熱くて……」

 

 テレーズは哀願するように言った。

 

「……テレーズ……、お前……?」

 

 しかし、一瞬、マーリンの顔が真顔になった。

 支配していた「色欲」が薄くなる。

 自分が色欲に支配されている可能性を考えたか?

 駄目だ──。

 マーリンの欲望を誘うのだ。

 もっと恥態を晒さなければ……。

 テレーズは、咄嗟に股間とお尻の指を激しく動かした。

 熱い疼きと掻痒感に襲われている場所を強く刺激したことによる法悦は峻烈だった。

 

「んふううっ、もうだめええ」

 

 そこまでは予想しなかったが、一気に絶頂感に襲われた。

 身体ががくがくと震えて、あっという間にテレーズは気をやってしまっていた。

 

「はははは、我慢していた分、逆に激しく達したみたいだのう。別に指を入れろとは命令したが、動かせとは言わんかったぞ。媚薬で股間が熱くなりすぎて、じっとしておられんかったか」

 

 すると、マーリンが大笑いを始めた。

 瞬間に、マーリンの心の「色欲」が戻る。テレーズは危うく失いそうになったマーリンへの闇魔道を握りなおした。

 だが、一方で、テレーズは絶頂による虚脱感に襲われもした。

 そして、それに浸ることもできないまま、すぐに媚薬による疼きと痒みが戻って来る。

 

 本当にあいつって……

 だが、テレーズには、絶対に「命令」はできない。

 あれは、まったくの自由意思に委ねるしかない。

 わかってくれているとは思うが……。

 隷属されているテレーズには、マーリンに危害を加える「命令」を口にすることはできないのだ。

 

「そ、相反する命令がある場合は……ま、魔族は、こ、好む命令を……い、意図的に選択できる……可能性が……う、生まれます……。だ、だから、決して、魔族の支配は、複数ではしません……。し、支配があやふやになります……」

 

 しばらくすると、テレーズの口がそう言っていた。

 わざと破廉恥な姿を見せて、マーリンの闇魔道の支配を取り戻すためにやった行為の直前に与えられた「命令」への回答だ。

 激しく達するあいだは、物理的に命令に応じることができなかったので保留になっていたが、喋れる状態に戻ったので、テレーズの口が質問に答えたというわけだ。

 

 すると、マーリンが少し考える表情になった。

 さっきと同じように、身悶えをしたりして、痴態を演じてみる。

 しかし、さっきほどの効果はない。

 マーリンの顔から好色の色が薄くなり、だんだんと真顔に近くなる。

 

「指を抜いていいぞ。命令を解いてやろう。もう休んでよい。後は、心おきなく自慰でもしてよい」

 

 なにが自慰だ……。

 テレーズは心の中で悪態をついた。

 

「……け、結構です……」

 

 指を抜く。

 股間もお尻もただれるように疼いているが、あいつが自慰をして癒せというのであれば、なにがなんでもそれはしない。

 あいつに従うのは、隷属の支配の効果によって、「命令」という言葉で律せられたときだ。

 それ以外は、とことん逆らい続けてやる。

 まだ、鋭い刃物のように襲い掛かる官能の刺激に戦いながら、歯を食い縛って媚薬の疼きに耐えた。

 

 だが、もうこれ以上は不可能か?

 マーリンは、ついに意思を固めたと思う。

 懸命に闇魔道で感情を動かそうとしたが、会話の最後のときに湧き続けたテレーズに対する殺意の感情を「怠情」で消すことはできなかった。

 テレーズは感情は読めるが、心を読めるわけではない。

 だから、実際の意味で、マーリンがなにを考えているかをわからないが予想はつく。

 おそらく、マーリンはテレーズを殺すことに決めたのだと思う。

 最初にここにやって来たとき、マーリンから感じた、はっきりとしたテレーズに対する殺意が固定化された。

 「怠情」でも「色欲」でも、もうだめか……?

 おそらく、自分を裏切っている者……。

 裏切る可能性のある者……。

 そういう者として認定したのだろう。

 まあ、遅かったくらいだ。

 

 それにしても、あれは、まだ動かない?

 ここまでくると、わざとやっているとしか思えない。

 いや、わざとやっているのだろう……。

 あいつ……。

 

 悪態をつきたいが耐える。

 時間を作るため、マーリンの好色の心を増幅しようと、絶頂で脱力している身体を艶めかしく動かしてみる。

 心に色欲の悪感情がかすかに戻った。

 闇魔道を繋げ直すと、マーリン口元が卑猥に曲がり、そこから笑い声が出た。

 

「自慰をせんのか? もう一度、すっきりしてからでいいのだぞ。とにかく、終わったら、やったもらうことがある。その前に、少しは発散した方がいいのではないか」

 

「……は、発散? や、やることとは……?」

 

「サキのところに案内してもらう。わしは隠れておるから、わしに抵抗しないように命令せよ」

 

「そ、そして……、サ、サキを支配する……つ、つもりですか……。あ、あなたが彼女の……ま、前に……しゅ、出現した……時点で殺されるかも……しれません……よ」

 

 テレーズは荒い息をしながら言った。

 はっきりと、状況を説明した。

 もう、これがぎりぎりだと、いくらなんでもわかるはずだ。

 

「だから、お前が先に行って、魔族女を無力化するのだ──。これは命令だ──。とにかく、これ以降、命令された以外の行動をするな──。お前がするのは命令されたことだけだ」

 

 マーリンが言った。

 「命令」を与えられれば、いまこの瞬間でも、テレーズはサキに命令をしてしまう。

 サキは逆らえなくなる。

 あいつはわかっているのか……?

 

「よ、用心深い……ですね」

 

「わしの性分だ──。余計なことを喋るな──」

 

「……わ、わかりました……。わたしについては……命令されたこと以外のことは……しません……」

 

 テレーズは言った。

 しかし、その瞬間、どうしても笑みをこぼすことを耐えられなかった。

 背中側にあったはずの「影」が床にすっと伸びて、座っているマーリンの後ろまで達したのだ。

 サキだ──。

 ずっと、テレーズの影に隠れていたのだ。

 やっと、動くか……。

 

 サキには、テレーズの影に隠れることを別に命じていたわけじゃない。

 テレーズには、二公爵を勝手に処断させたことで、テレーズを飼っている「犬」が、テレーズを殺しに来るかもしれないという予想を告げただけだ。

 これに対し、サキには、テレーズが死ねば、即座に自殺をしろと命令しているので、サキはテレーズが殺されないように動くしかなくなる。

 ところが、一方で、サキには、その「相手」にサキの真名を教えていることを告げている。

 だから、サキはテレーズのそばにいて、護衛をするわけにもいかない。

 そんなことをすれば、その「相手」がテレーズを襲撃にきたときに、真名で呼びかけられて、支配に陥る可能性が高いのだ。

 だから、サキはテレーズの「影」に隠れて、こっそりと見張るしかなくなるということだ。

 実際に、今夜、サキはそうやっていた。

 テレーズは「命令」はしていない。隷族の支配は、テレーズにそれを禁じている。

 だが、これは、禁止をしなかっただけで、サキの自発的な行為だ。

 そうやって、サキを動かした。

 

 また、サキには、ずっと「犬」としか表現しなかったが、何度も何度も、王都に潜伏している何者かが、テレーズを操っていると仄めかして刷り込んだ。

 そして、サキが守りたいと思っているロウやその愛人たちを守るには、それを排除するしかないということを、しつこいくらいに間接的に訴えた。

 テレーズは、直接には、サキに命じることも、頼むこともできないが、それこそ、何度も繰り返して、ロウを陥れる方向に動いているテレーズの行為はテレーズの意思ではなく、タリオの諜報員、つまり、マーリンの意思でしかないと教え続けた。

 隷属の魔道で与えられた「命令」に逆らわない範囲で……。

 

 だからサキは、ずっと以前から、タリオの諜報員のことは把握していたはずだ。

 また、テレーズを支配している者を殺して、テレーズを開放すれば、ロウに対する憂いはなくなると理解したはずなので、サキは条件さえ揃えば、サキの意思でマーリンを殺してくれると思った。

 それしか、サキ自身とロウという男を守る手段はないからだ。

 サキが自発的に、マーリンを暗殺してくれる土台は、準備できていた。

 

 とにかく、マーリンが失敗していたのは、サキにはマーリンのことを教えるなと、テレーズに命令していたことだ。

 そうなれば、テレーズはサキに、マーリンに危害を加えるなと命令できない。

 存在を伝えることができない相手を特定して、殺すなと命令するのは不可能だ。

 

 問題は、マーリンをサキがどこまで特定できたかだ。

 この男を殺せばいいのだということは絶対に口にできないので、テレーズとしては、これまでの仄めかしで、サキがわかってくれたと信じるしかない。

 

 そして、今夜──。

 

 「犬」がやってきてテレーズを殺すという情報を与え──。

 その犬は、サキを支配しようとするだろうという諭し──。

 犬さえ殺せば、テレーズは別にサキたちの敵ではないのだと繰り返して仄めかし──。

 さらに、サキをテレーズの影に隠れさせるという状況も強要した。

 テレーズは、マーリンに隷属されているという状況で、これだけのことをした。

 あとは、サキが実行に移すだけだ。

 自発的に……。

 

 マーリンが立ちあがって、テレーズに歩み寄ってきた。

 その瞬間、伸びた影からサキが姿を現して、マーリンの背後に立つ。

 気配を感じたのか、テレーズのそばまできたマーリンが立ちどまり、マーリンは後ろを振り返りかける。

 次の瞬間、サキの手が動き、マーリンの頭が首から離れて床に落ちていった。

 

「や、やった……」

 

 無言のまま転がり、動かなくなったマーリンの首を見て、テレーズに歓喜が襲った。

 咄嗟に、胸に手をやる。

 テレーズにはふたつの呪術がかかっている。

 ひとつは隷属の魔道であり、もうひとつは、任務失敗のときにテレーズの命を奪うように仕組まれた「死の呪い」だ。

 隷属の魔道については、マーリンが死ねば開放されるのはわかっていたが、「死の呪い」については未知数だった。

 だから、賭けだった。

 

 苦しくない……。

 やった……。

 解放されている……。

 自由だ……。

 

 テレーズはしゃがみ込んだ。

 部屋中にマーリンの血があふれているが構わなかった。

 テレーズはついに自由になれたのだ。

 

「ああ、やったわ──。やった、ああああ──」

 

 テレーズは感極まった。

 心の底から歓喜の声を叫びたくなった。

 

「嬉しそうじゃのう、テレーズ。そんなに犬から人間になれたのが喜ばしいか」

 

 サキが手を振る。

 どうなっているかわからないが、マーリンの死骸が血糊とともに消滅した。そういえば、亜空間術の遣い手だったから、そっちにしまったのだろうか。

 

「あ、あんた、お、遅いのよ──。あいつがやって来た途端に、首を切ればよかったのに──。そうしたら、あんなに苦しい思いを……」

 

 ほっとしたら媚薬の掻痒感と疼きが蘇る。

 掻き毟りたくなるのを必死に耐える。

 

「そう思ったが、面白いことを始めたからな。ぎりぎりまで見物することにしたのだ。お前が媚薬で悶える醜態は、なかなかに面白い見世物だったぞ。わしも多少はお前への溜飲がさがった」

 

 サキが笑った。

 テレーズは床にしゃがんだまま、恨みっぽくサキを見た。だが、嬉しすぎて笑いしか出ない。

 嬉しい。嬉しい。この魔族女にキスしたいくらいだ。

 

 もっとも、サキが最後の切り札というわけでもなかった。

 最後の切り札は、もう一枚あった。

 どうしても、今回の罠がうまくいかなければ、強引に助けてくれと頼んでいた。

 彼女を呼び出す魔道具は懐にあり、それを握れば、一瞬で彼女がやって来る手筈にもなっていた。

 遣う必要のない結果に終わったが……。

 スクルズ……いや、今度からスクルドと呼んで欲しいと言われたか?

 とにかく、愉快な女だった。

 自分を殺して、死骸を王都に晒す協力をしてくれなんて頼むなんて……。もちろん、実際に晒すのは、サキの準備した替え玉の肉体なのだが……。

 それが、切り札としての協力の対価ということになっていた。

 

「あ、あなたには、か、感謝を……。貸しがあったと思うけど、すべてをチャラにするわ」

 

 テレーズはサキに言った。

 股間とお尻が死にそうに痒くて熱い。

 気がつくと、いつの間にか、テレーズの手は股間に置かれ、ぎゅっと股を押さえるようなかたちになっていた。

 サキがちらりとそれを見て、蔑むような視線を送ってきたと思った。

 

「貸しだと? なにが貸しだ。わしの貸しだ──。まあいい。それでどうするのだ? お前を支配していた男は始末してやった。これからどうするのか訊きたいのう──。言っておくが、タリオの間者はもうおらんぞ。さっきのマーリンとやらが、この部屋に到着した瞬間に、王都につれてきている眷属たちに指示を送った。あちこちで間者狩りをさせておる。正確な人数は知らんが、明日の朝までには六十人以上の男女が王宮と王都で死ぬ。それでタリオの犬どもは一掃される」

 

 サキは言った。

 ほっとした。

 むしろ好都合だ。

 

 テレーズは、このまま王都から逃して、タリオから完全に離れることを考えているが、マーリンがいなくなっても、テレーズを見張っているマーリンの部下たちがいた。彼らをなんとかしないと、タリオの諜報組織から逃亡できなかったところだったのだ。

 また、やらなければならないこともある。

 とりあえずの行き先はカロリックだ。

 

「ありがたいわ。あたしは、明日には王都から去る。あたしを殺せば、あんたも死ねという命令は解除しないけど、それ以外は好きにしていいわ…」

 

「ほう?」

 

 サキの眼が大きくなる。

 口許には余裕のようなものを浮かべているが、彼女の内心に心からの安堵があるのがわかる。

 そして思ったが、真名で隷属させているのに、そういえば、サキに闇魔道を打ち込むことは、ついにできなかったなと思った。

 マーリンには可能だったが、テレーズとサキとでは、本来の魔道力の差がありすぎるのだろう。

 本当なら、テレーズとサキとでは、全く格が違う。

 そんなサキを嗜虐して遊ぶのは愉しかったな……、と思い出した。

 

「ルードルフの支配もあんたにあげるわ。支配具でもなんでも使って、好きにやって。射精管理用の毒剤も全部渡す。園遊会とやらをするんでしょう。挨拶できないけど、愉快な神殿長さまにもよろしく」

 

 テレーズは言った。

 

「旅に出るか──。そして、わしを開放するか……。よかろう。ならば、首をねじ切るのは勘弁してやろう。いまはな……」

 

「そりゃあどうも」

 

「ところで、だったら、お前の悪名はしばらく便利に使うぞ。王宮にはしばらく、悪女テレーズは残り続けるからな。わしが二役する。悪名は全部お前に押しつけてやろう」

 

「それは好きにやって」

 

 テレーズはそう言ったが、よく考えれば、テレーズそのものが、借り物の姿だ。

 悪名とやらは、そのまま、あの気の毒な女伯爵に行くんだけど……。

 サキに、本当の女伯爵でないことを伝えていただろうか?

 まあいいか……。

 そして、思い出して、サキに対して口を開く。

 

「ところで、これは忠告よ、サキ。そもそも、あたしがあなたを支配に置くために使った“魔族封じの薬”はタリオ公国の公国薬方所で、古文書をもとに開発された秘薬よ。マーリンがそれを取り寄せたということは、あんたの存在がタリオ本国には入っているということと思う。同じ手にかからないよう気をつけるのね」

 

「ん? そ、そうだな」

 

 サキが神妙な顔をして頷いた。

 

「あっ、そうそう。彼女たちはもらうわ。もう仲良しなの。生き残ったら、明日の朝に出立するとは伝えているし、三人で旅に出るわ」

 

「ふたりとは誰だ?」

 

「ケイトとミリアよ、あたしの侍女にしたの。当然、これからも一緒よ」

 

 ケイトとは、先日ルードルフがエリザベスという公爵令嬢を強姦しようとしたときに、身を挺して守った侍女であり、ミリアは庭師に化けてルードルフの腹を刺した少女だ。

 いまはふたりとも、テレーズが保護して匿っていた。

 闇魔道の支配も遣って、ふたりについては、テレーズに忠誠を誓うように仕込んだ。

 ふたりを同行させることは決定事項だ。

 ちょっとした性調教の途中でもあり、いま一番愉しいところなのだ。

 連れていかない選択肢は、テレーズにはない。

 

「そうか、まあ、なんでもいい。好きなものを持っていくがいい。金子でも、宝石でも、魔道具でもな」

 

「王家の宝具を金子と持っていくわ。もう準備もできている。結構便利そうな亜空間収納具もあったし、それに必要そうなものは格納している。変身具とかはまとめて持っていくわね……。あとは出発するだけかな。まあ、それについては、気にしないで」

 

「気にするか──。まあ、わしの前から消えてくれるなら、こんなに嬉しいことはない」

 

 サキがにやりと笑った。

 なにか不気味だが、サキはこのまま、テレーズを許しそうだ。

 もっとも、テレーズとしては、サキは恩人でもあるし、これ以上を拘束も支配もするつもりはない。

 これからは、タリオの抜け間者狩りからの逃避行になるが、それにサキを巻き込むほど、恩知らずではない。

 まあ、いまだに真名により隷属は有効なので、連れて行こうと思えば連れて行けるし、そうすれば、護衛としては最高ではあることはわかっているが、これで別れよう。

 サキは、テレーズを救ってくれたのだ。

 愉しい「玩具」ではあったから、彼女の痴態が見れなくなるのは残念かもしれないが……。

 

「なにか失礼なことを考えておらんか?」

 

 サキがむっとして言った。

 

「失礼なことじゃないわ。最後に愛し合っていく? 実をいうと、あたしって両刀なのよね。あなたみたいな女性をいたぶるのが大好き──。あなたって、本当は苛められるのが好きでしょう? また、スカートめくってじっとしなさいって命令していい?」

 

 テレーズは笑った。

 すると、サキの顔が怒りで真っ赤になった。

 

「抜かせ──。やっぱり、殺す──」

 

 サキが大声で怒鳴った。

 

「残念ね。次に会ったら遊びましょう。よければ、あなたのご主人様も一緒でいいわよ。ふたりがかりで、あんたを苛めてあげるわね」

 

 テレーズは笑った。

 そして、怒りで喚きだしたサキをそのままにし、股間とアナルの油剤を洗い落とすため、立ちあがって洗面所に向かった。

 

 

 

 

(第24話『女官長退場』終わり)

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