【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
「戦争? 辺境候のことか、王妃殿下?」
一瞬驚いたが、イザベラはすぐに冷静になった。
食事を再開する。
実のところ、アネルザが、この件でこうやって頭をさげるのは二度目になる。
こっそりと持ち出していた数少ない王家の通信連絡用の護符で遠い実家と連絡を取り合っているようだが、またしても、望む返事を得られなかったに違いない。
とにかく、王都の状況がミランダとベルズ、そして、この離宮から出立して王都に入ってくれているマアからの、それぞれの手紙で知ることができたのは五日ほど前だ。
サキの役割は、王宮にいる国王のルードルフを操り、監禁したうえで、テレーズという女官と組んでやりたい放題の悪政を強要して、悪王として断罪されるように導くということだ。
まあ、それはアネルザたちの思惑のままのようだが、サキはひとりで暴走して、勝手に内乱を起こそうとしているという。
つまりは、あのチャルタとやらをアネルザの実家の辺境候のところに派遣し、ルードルフに対する叛乱軍を集めさせているということだった。
ロウへの捕縛命令を出したことに起こったアネルザとサキが、ミランダやスクルズと結託して、ルードルフ王を王位から引きずり落とすという算段をしたというのは、すでにわかっている。
肝心のイザベラを抜きにして、おかしな企てを開始したということに対しては、驚くとともに唖然としたものだったが、一応は腹を括りはした。
しかし、あれから王都に戻ったサキは、いまは、ミランダやベルズと決定的な仲違いをして、単独で王宮に籠城している状況なのだという。
一応は、表向きには、王宮は機能していることになっているのだが、ミランダたちからの手紙によれば、いまや外からの連絡を完全に遮断し、サキが呼び込んだ魔族の眷属たちとともに、王宮を占拠しているという。
さらに、王都にいた貴族の令夫人や令嬢を「人質」という名目で集め、日夜、性奴隷の調教を継続しているらしい。
サキの言葉によれば、ロウが王都に戻ったときに、性奴隷として差し出すのだそうだ。
とても、本当のこととは信じられない。
なんで、そんなとち狂ったことになったのか知らないが、サキはロウをハロンドールの王位につかせる気満々らしく、しかも、アネルザが王位を、譲渡させるための連判状の作成のために動かした有力地方貴族集団をそのまま反王の呼びかけにもとに集める叛乱軍にしたてあげてしまったとのことだ。
その辺りには、妖魔将軍こと、サキの集める眷属たちの力が及んでいる可能性が高いだろう。
確かに、いまのルードルフ王の行いは、貴族たちを失望させ、反王ののろしをあげさせるのに十分なものだ。
相次ぐ流通の破壊施策で王都を食糧難に陥らせ、王都及びその周辺住民を大混乱に陥らせた。
また、テレーズという新しい寵姫を喜ばすために、臨時の重税をかけまくり、王都の住民の生活を一気に苦しくさせた。
まだ、イザベラが王都から離れさせられた短期間のことであるのだが、いまや王都から逃散する者が跡を絶たないらしい。
そして、二公爵の処刑に始まるスクルズ処刑の茶番だ。
スクルズが王に殺されて、死体が王都広場に晒されたという第一報には度後も抜かれたが、続く第二報で真相が伝わり、完全に呆れてしまった。
とにかく、おかしな芝居のために、大勢の死人が出てもおかしくなかった暴動が起こった……。
ベルズの機転で、奇跡的にもすぐに鎮静して収まったらしいが、イザベラからすれば、なにをしているのだと非難したい気分だ。
そして、そのスクルズは、“スクルド”と改名したという言葉を残して、いまや、サキとともに王宮側に閉じこもっているという。
スクルズ、いや、スクルドにも、ミランダやベルズたちは連絡が取れないらしい。
まったく、どうなっているのか……。
「そうだ……。わたしのつまらない思いつきで、とんでもないことになりそうだ。まさか、戦争など……」
いつもの闊達さが消えて、アネルザはすっかりと意気消沈している。
国王を王位からおりさせることは考えていても、内乱を起こすつもりなど、毛頭なかっただろう。
それは、イザベラもわかる。
ハロンドール王国で最後に内乱が起きて、七十五年はすぎている。
そのときには、二十以上の上級貴族が消滅し、王族に連なる多くの家系が途絶えた。
いまのハロンドール王家の王族が極端に少ないのも、それが影響だ。
多くの国民が悲惨な憂き目に遭った。
外国との防衛戦争であれば、自分たちの土地や家族を守るための戦いなのだから、まだ救われるかもしれないが、内乱はお互いの殺し合いだ。
そんな内乱を好んでやろうなど馬鹿げている。
アネルザも騒動を起こそうとしても、内乱に発展させようなどと夢にも考えていなかったというのは当然だろう。
しかし、いつの間にか、サキが独走して、一気におかしなことになってしまった。
だが、だからといって、サキを責める気には、イザベラにはならない。
サキはロウの愛人のひとりであり、ロウはその魔族のサキをイザベラたちとまったく同じように扱い、同様に愛の行為をしていた。だから、慣れてしまっていたということもあっただろうが、やはり、サキは魔族なのだ。
一般に魔族は、強い肉体と魔道力を有するが、権謀術数には不慣れで、強者が弱者を支配するという単純な社会構造だ。
そのことで、好戦的な種族と見なされるらしいが、サキなどを見ればわかるが、根は単純で素直だ。
サキは素直にロウを慕っているし、妖魔としてはかなりの格上の存在でありながら、ロウのためにルードルフ王の寵姫として後宮に潜入したりするのだ。
なにしろ、いまの王の後宮といえば、寵姫といっても性奴隷同様であり、王の寵愛があるあいだは大切に扱われるが、気儘な王が心変わりすれば、すぐに放逐される奴隷でしかない。
サキのような性格であれば、その立場だけで屈辱ではないだろうか。
だが、サキはロウからの頼みということだけで、気にしていないみたいだったし、それなりに愉しく過ごしている感じであった。
それについては、イザベラはひそかに感嘆もしていた。
いずれにしても、人間族とは異なる思考を持っているということだ。
そのサキをよりにもよって、宮廷工作を担当させたというのは、どう考えても人選の失敗だろう。
イザベラとしても、今回の一件に対し、受動に徹して、主動的に関与しなかったということに大きく後悔をしている。
まあ、イザベラが積極的に加わったとしても、事態に変化があったとは思えないが……。
「王妃殿下、気に病むことはないと言いたいが、いまは謝ってもらっても仕方がない。とにかく、どうするかを考えよう。だが、辺境候を手紙で説得するのは無駄だろう。おそらく、サキ殿の手が伸びているだろうしな」
イザベラは溜息とともに言った。
ミランダたちからの情報で、サキの暴走を知ったアネルザは、すぐに辺境候に軽はずみな行動はやめるように、魔道を遣った緊急の手紙で諫めたらしいが、辺境候の返事は、悪王ルードルフに正義の鉄槌を下すの一点張りらしい。
おそらく、二度目の手紙の返事も同じだったのだろう。
「とにかく、すまない、イザベラ。わたしたちの軽はずみが大きな騒動になりそうだ」
「国王を引きずり落とすという最初の計画の時点で十分に大騒ぎだがな」
イザベラは苦笑した。
アネルザはきまり悪そうな顔になる。
「ところで、二通目の手紙は?」
イザベラは訊ねた。
アネルザが手にしていたのは、二通の手紙だ。
ひとつは、辺境候からの返事だとして、もう一通ある。
アネルザがシャーラに手紙を手渡し、それをシャーラがイザベラに渡した。
もう一通はマアからだった。
さっと目を通したが、王都情勢の近状を伝えるものであり、目新しい情報はない。強いてあげれば、スクルズを改めスクルドが捕まらないという話くらいだろう。
サキとの交渉を一方的に打ち切られたミランダたちは、強力な魔道で王宮自体を封印して外部との接触を立っているサキと、なんとか接触をしようと努力しつつも、一方でスクルドを見つけようとしている。
ところが、サキ同様にスクルドもまた、身柄を捉えられないみたいだ。
「いまのところ、サキ殿の暴走を抑える手立てが見つからないということか」
イザベラは手紙をシャーラに戻した。
「とにかく後宮については完全閉鎖だよ。王宮の中までは出入りの業者や官吏に扮して潜入できないことはないけど、官吏には国王の名で一方的な命令が届くだけで、後宮に入れる者はないみたいさ」
アネルザが困惑した表情で言った。
「余計な話は耳にしたくないという態度なのだろうな。ベルズとミランダは、余程にサキ殿を怒らせたのだろう」
イザベラは言った。
「やはり、わたしが乗り込む方法を考えるよ。なんとかしてね……。わたしなら、後宮に強引に入れる。もともと、後宮は王妃の管轄なんだ」
「王妃殿下は、監獄塔に収檻されていることになっているのであろう。王宮に姿など出せるものか」
イザベラは呆れて言った。
もっとも、このノールの離宮そのものも、サキの手配で、スカンダという幼女姿の妖魔の能力によって、イザベラやアネルザたちと侍女たちの全員が敷地外に出られないように結界を掛けられている。
実をいえば、シャーラたちに命じて、普段は姿を隠しているスカンダを捕縛させ、それができなければ、可哀そうだが処断するように指示をしたこともある。
離宮周囲に駐屯しているライスに命じて、妖魔の能力を封じる『魔族封じの秘薬』というものを離宮内に持ち込ませもした。
手配をしたのは、一時ここに立ち寄ったマアだ。
マアがそういう正面の研究開発が進んでいるタリオから入手して、ここに運ばせるように処置していったものだ。
ライスにはそれを受け取り、離宮に届けさせた。
だが、駄目だった。
姿を見せないものの、スカンダは離宮に近づくものをすべて見張っていたようであり、突然に出現して、「サキ様から命令を解除されない限り、離宮の外に出すことはできないから、罠にひっかかることはできないの。ごめんなさい」と悲しそうに語りながら、イザベラたちの目の前で、秘薬の瓶を消滅させられてしまった。
あのときは唖然としたものだった。
しかし、逆にスカンダのおかげで助かったこともあった。
この離宮を賊が襲ったのだ。
二度もだ。
かなりの熟練集団らしく、軍隊で囲んでいる離宮の警備をものともせずに、十人ほどの集団で建物内に潜入しかけたのである。
ところが、それを阻んだのが、スカンダの結界だ。
透明の膜にとらわれるように胴体を宙に固定されて動けなくなっているのを発見されたときは驚愕したものだ。
ただ、全員が身動きできなくなった時点で毒で自害をしていた。
いずれも身柄を発見されたときには、死体の状態だった。
このことでも、熟練集団だと断定できはしたが……。
なんのために離宮に潜入しようとしたかはわからないが、推測できるのは、イザベラかアネルザの誘拐だ。
この離宮にいる重要人物といえば、王太女のイザベラか、王妃アネルザだからだ。
ただ、アネルザがここにいるのは、ほとんど知られていない事実である。
だから、短期間で二度にも及んだ賊徒の目標は、イザベラだと思っていい。
そうであれば、その目的は何か?
いまの情勢でイザベラを誘拐しようとする勢力はどこか?
任務に失敗した瞬間に、全員で命を絶つほどの集団だ。
まあ、これについてのイザベラたちの見解は概ね一致している。
いま、国内の情勢でイザベラを狙う勢力があるとは考えにくい。
おそらく、タリオのアーサーだ。
もともと、イザベラを形式婚で婚姻を結ぼうと考えていたくらいであり、そのために、ルードルフ王の求めに応じて、エルザと離縁をして送り返しもしている。
まあ、堕胎などというとんでもない陰謀付きであったが……。
王宮でサキがルードルフ王を監禁状態にしてからは、外交交渉なども完全に中断しているだろうから、タリオからすれば、要求に応じてエルザを返したのに、肝心のイザベラとの婚姻話については、一方的に断ち切られているかたちだろう。
だったら、警備の薄い離宮から強引にイザベラの身柄を確保してしまおうくらいは、アーサーであれば考えるのかもしれない。
そして、賊徒の潜入騒動により、命を狙われる可能性を考えたとき、イザベラはまず第一にお腹の子の安全を考えてしまった。
タリオの手の者からすれば、イザベラを
タリオがいまイザベラの命を奪うことで、得するものなどない。
しかし、誘拐をされてしまえば、お腹の子の安全は確保できない。
なにしろ、彼らはエルザの侍女たちを使って、イザベラとロウの子供を殺そうと考えたくらいなのだ。
そう思ったとき、イザベラは、いま無理に危険を冒すことを考えなくなった。
サキの送り付けたスカンダは、イザベラの行動の自由を奪ってはいるが、安全も確保してくれている。
とにかく、ほっとした。
だから、現段階においては、イザベラはスカンダを積極的に排除しようという意思はなくなっていた。
「とにかく、サキをなんとかしないと……。あいつは、迎え撃つ王軍の指揮を無理矢理に国王にでもさせるつもりかもしれない。辺境候軍側でロウを担いでからね……。ロウが王軍を壊滅させれば、ロウが王になるくらいの頭しかないのよ。姫様が王になるということと、ロウが王になるということの違いも理解してないみたいだ」
アネルザが溜息をついた。
「時間はある。サキ殿もロウ殿の身柄を確保する前には動くことはない。つまり、サキ殿よりも早くロウ殿を確保できれば、辺境候軍が動くことはないということだ。ロウ殿なしで戦を起こしても、目的は達成できないしな」
イザベラは、シャーラに手で合図をした。
空になった食器をシャーラがさげて、代わりに麦を煎じた温かい茶が目の前に置かれる。
イザベラはそれを手に取る。
「なんとか、暴走しているサキ殿との話し合いを実現することを目指すとともに、ロウ殿を先に押さえる算段を探すべきですね」
シャーラだ。
すると、アネルザが大きく頷く。
「ロウを確保する役目はスクルズが担うことになっているみたいだ。あたしにもわからないけど、神殿長としてのスクルズの存在を抹消したのは、その狙いがあったみたいだしね」
「そのことだが、スクルズは信頼できるのか? 今回のことでは全く信頼できないぞ、王妃殿下。そもそも、むかしから、スクルズはロウ殿のことになると、常識のたがが外れることが多かった」
イザベラは口を挟んだ。
アネルザも困った表情になる。
「そうは言ってもねえ……。まあ、ロウについては、ミランダが冒険者ギルドを動かして、連絡をつけようとしているみたいだけど、ナタル森林には冒険者ギルドがほとんど入ってないんだ。支部は、エルフ族の首都のエランド・シティくらいらしいし……」
アネルザが言った。
ロウが向かったのは、確か、「褐色エルフの里」という肌の黒いエルフ族の集落だったはずだ。
エランド・シティは、その里からさらに奥地のはずだから、ロウを冒険者ギルド系統で捕らえるのは難しいだろう。
だとしたら、やはり、ロウを捕まえられるのは、もう一度ハロンドール王国の国境に戻るときということになるか……。
「あのう……」
そのときだった。
ずっと黙っていたアンが口を挟んできた。
「んっ、どうしたのだ、アン姉上?」
イザベラはアンを見た。
「みんなが困っていること……。どうしていいかわからないこと……。どうしようもないこと……。やっぱり、全部、ご主人様……いえ、ロウ様なら、なんとかしてくれると……。だから、わたしたちはただ待てばいいと思うわ。いまは、ただ待つ……。それが一番いいと思う。動いても仕方がないときもあるわ」
アンが言った。
「ただ待てばいい?」
イザベラは、なんと言い返せばいいか困ってしまった。
この状況でなにもしないということはありえない。
ハロンドールという王国の行く末と、国民の安寧がかかっているのだ。
「あ、あの、あたしも……同じ意見です……。どんなことでも、ロウ様ならなんとかしてくれると思います。ロウ様はすごい人ですから」
今度はノヴァが言った。
「まあ、とにかく早く帰ってきて欲しいものだよ。だが、戦になるのは避けないとねえ。ロウに合わせる顔もないし」
アネルザが言った。
「でも、いまは任せましょう、イザベラ。王都にはエルザも行ったし、ミランダもいる。そして、ロウ様は信頼できる……。いまのイザベラは、ロウ様の子供を守ることを第一に考えるべき……。わたしもそうするわ」
すると、アンが柔和な微笑みを浮かべて言った。
「任せることが必要か……?」
イザベラは大きく息を吐いた。