【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
「マーリンがハロンドールの王都で死んだ」
アーサーは、タリオ公国の大公宮の会議室で部下に向き直って言った。
円卓を囲む三人の部下の眼が驚愕によって大きく開かれた。
伯父である前大公の時代には、この場所は会議室とは名ばかりであって、大公の部下が報告をして、大公が命令を与えるためだけの場所だった。
だが、地位を継いだアーサーは、自分が部下の意見に耳を傾ける大公であることと、ここが話し合いをする場所であることを示すために、テーブルを円卓にさせた。
円卓を囲む者に上下はないという意味だ。
また、上座と下座を不明確にするために、アーサーも毎回異なる場所に座っている。
今日の会議の場にいるのは、ガラハッド、ランスロット、タゴネットだ。
彼らはアーサーが使っている大公顧問官であり、現在のタリオ公国は、アーサーと彼らが国を動かしている。
いま集まっているこの四人ともうひとり、ここにはいない公国の筆頭魔道師のマーリンで国のすべてを決めていた。
しかし、マーリンを除いて、全員がまだ若い。
ランスロットが最も若くて二十七歳で、ほかも三十代だ。
また、貴族出身は、ランスロットだけであり、ほかの三人は庶民出身である。
貴族であろうと、なかろうと、庶民であっても、そうでなくとも、使える者は使い、使えない者は切り捨てる──。
これがアーサーのやり方だ。
先代の大公も私的な相談役として、能力のある庶民を活用していたが、アーサーがそれを引き継いで、さらに発展させたかたちである。
つまり、アーサーは自分の代になってからすぐに、彼らを「大公顧問官」という正式の役職とし、公国の重鎮にしたのだ。
それとは反対に、貴族であるからという理由で、能力に不相応な役職にある者は、これを閑職に回して権利を奪い、あるいは理由をつけて排斥し、貴族そのものの数を減らしたりもした。
これには軋轢もあったが、時間をかけてアーサーは、伯父の代まで巣食っていた公国の「無駄飯くらい」たちを排除した。
無能はアーサーが一番嫌いな害虫だ。
特に、金のかかる無能はすぐに排除しなければならない罪悪だ。
しかし、七年かかった。
だが、成功した。
また、権力を奪ったのは、古い貴族たちだけではなく、実力のない顧問団もそうだ。
顧問官にしても、先代の代から使っているのはマーリンだけだった。
ほかはアーサーが能力を見込んでとりあげた連中である。
先代の手垢のついているものは、ほとんど入れ替えてやった。
とにかく、アーサーは無能が嫌いだ。
例えば、先代のときに諜報要員をまとめていたビビアンだ。
優秀という評判だが女だ。
アーサーは重い役職に女は使わない。
女というものは、ただ男に媚びを売り、やかましくまとわりつくだけの存在であり、一般に頭はよくない。
しかし、ビビアンという女は、例外的に有能な女だった。
功績もあり、ずっと部門の長として使っていて、先代時代から功績もあり、それなりの評価されていた人物を、女だという理由だけで排除はできない。
だから、アーサーは機会を狙っていた。
なにしろ、女というものは、優秀な男を飾るための装飾のようなものであり、必要だとは思うが、装飾品を使って仕事をしようとは誰も思わないだろう。
しかも、あの女の股の緩さは有名だ。
アーサーがもっとも嫌う女の手合いだ。
そして、やっと、先日、重鎮からビビアンを排除することに成功した。
以前、屋敷妖精を連れてこいという特殊命令を与えて、その失敗を理由に顧問官の立場から降格をしたのだ。
もちろん、あんな任務、成功しないのは最初からわかっていた。
即ち、失敗を前提とした任務だ。
いまは、この円卓会議にビビアンの席はない。
直属の重鎮からは外し、ビビアンがまとめていた諜報員もマーリンとガラハットに分けて管理させていた。
もっとも、ひとりの諜報員としての実力はあるので、実行部隊の組織の長としての立場は、いまも与えている。
とにかく、国の運営の実体はこの円卓だということだ。
マーリンを含めた五人で話し合ったことを、指示としてそれぞれの役割の者にやらせているだけだ。
ほかの連中は手足であり、単なる道具である。
国の運営については、すべて五人で決定する。
正式の会議もあるが、あれは単なる儀式にすぎず、意味のないものだ。
この円卓会議こそ、タリオのすべてなのだ。
そして、それぞれに役割もある。
ここにはいないマーリンは、筆頭魔道遣いでもある上級魔道遣いだ。
貴族工作を担当し、ほかに、さまざまな特殊工作を任せていた。
最近は、ハロンドールに潜入し、あそこの王宮を監視し、裏から支配をしてしまう企てをやらせていた。
ガラハッドは民事だ。
特に種族問題。タリオ公国にも増えている獣人どもの排除についての処置もやらせている。
一方で、カロリック内において獣人どもを暴れさせて、種族問題を扇動し、国を傾けさせたのも、ガラハッドの手腕だ。
あの国はもはや、風前の灯だ。
政権争いも激しく、老いた大公が死ぬと、男子の後継者たちがお互いに殺し合い、若い大公女が地位を継いだ。
種族差別で荒れる国内を統治する能力などあるわけがなく、あの国は早晩、タリオが吸収する予定である。
ランスロットは、デラク伯爵家の者だが、爵位相続に関係のない五男である。
軍事全般を担任し、特に、いずれ併合する予定のカロリックについての侵攻準備の中心的な役割をやらせている。
アーサーが軍事行動を起こす次の対象として、カロリックを考えているからだ。
そして、アーサーの腹心でもある。
常に一緒に行動し、通常は護衛の役割も任じている。
そして、タゴネットは流通だ。
こいつの最大の功績は、タリオ公国にあった商業ギルドを廃止させて、自由流通制度を導入したことだろう。
二年前のことであり、その劇的な改革を、タゴネットはギルド商人たちに利を示して説明し、根気よく説得することで受け入れさせた。
いまや、タリオ公国だけでなく、カロリック公国やデセオ公国、大陸の西側にあって大陸の外とも商売をしている西海岸諸国にまで自由流通は拡がっている。
これにより、タリオを含めた三公国及び西海岸諸国間の流通は活発になり、結果的に税収も飛躍的に上昇もしている。
特に、自由流通により西海岸諸国の利益を呼び込めたのは大きかった。
この数年における最大の功績がタゴネットだ。
国力もうなぎ昇りとなった。
理由があって中断させているが、ハロンドールの旧態依然の商業ギルド態勢に、自由流通を送り込んで、あそこの流通を支配してしまう企てを実行させていたのも、このタゴネットだ。
見た目はぱっとしないし、喋るのが得意ではなく、こういう会議の場での発言になると説明が下手になるが、流通についての能力はすごい。
この数年で、ここまでタリオの国力があがったのは、間違いなくタゴネットの力だ。
今日、三人の全員を集めたのは、ハロンドール王国で起こったことを説明するためだ。
「い、いまなんと?」
ガラハッドが代表するように、最初に声をあげる。
「マーリンは殺されたようだ。ハロンドール王国に潜入して、王宮支配の工作を実施させていたが連絡を断っていた。だが、やっと複数の情報から、殺されたことが確認できた。それだけでなく、王都に潜入していた諜報員は、ほとんどが殺害されている。一夜にしてほぼ当時にだ」
アーサーは言った。
全員が唖然としたままだ。
「それは確かなことか?」
ガラハットに次いで、ランスロットが声をあげた。
タゴネットは、まだ信じられない顔で絶句している。
「事実だ。そういうことには鈍い国だと思っていたが、今回はしてやられたな。こっちが大勢の諜報員を送り込んでいることを察知していて、泳がされていたと判断していいのだろうな。いずれにしても、マーリンのやってきたあっちの宮廷工作は失敗した。そして、今後の対応を決めなければならん」
マーリンのことは残念だ。
しかし、それよりも重要なのは、今後のことだ。
マーリンを殺した以上、アーサーがやっていたことは見抜いてしまったと思っていいだろう。
だが、現段階で、なんの抗議のような行動はない。
完全に黙殺し、あっちの宮廷は沈黙を保っている。
詳細は承知していないが、マーリンは、あのハロンドール国王のルードルフの寵姫として、マーリンの息のかかった女を送り込んで、ルードルフを闇魔道で支配しようとしていたはずだ。
定期報告では、その工作は完全に成功し、操られたルードルフの悪政によって、あそこの王都は大変な状況に陥っている様子だった。
こちら側の仕掛けで混乱をさせた流通の悪化による物価の高騰と、それに重なった重税などにより、王都では暴動も起きている。
そして、国王と貴族の溝も発生し、地方貴族たちが堂々と反王の旗を掲げ、まさに内乱勃発寸前という状況になった。
アーサーが仕掛けたハロンドール工作は、想像以上の効果をあげていた。
カロリックに仕掛けている謀略と近似のものであり、カロリックの併合が終わった段階で、本格的にハロンドールに相対するために、弱らせるだけ弱らせる算段だった。
それに、いま考えているカロリック侵攻に介入されないための措置でもある。
だが、マーリンは失敗した。
こうなった以上、ハロンドールは断固たる報復をするのは間違いないと思う。
いまは、離間工作が効いて、国内が内乱寸前になっているから、タリオに対しては静観の対応であるのかもしれないが、それが収まれば、全力で牙を向けてくるのは間違いない。
そうなっても負けるとは思わないが、カロリックへの侵攻を考えている現状では、下手をすれば二正面作戦になる。
さすがに、カロリックとの衝突の途中で、ハロンドールに後ろから侵攻されれば、アーサーにも打つ手はない。
むしろ、その状況を待っているのか……?
無能だと断定していたルードルフ王だが、実は隠れた策士でいるのだろうか?
とにかく、大勢の諜報員を潜入させ、国王に闇魔道をかけたことまで知っていて、完全な沈黙は不気味すぎる。
まさか、タリオの謀略を見抜かぬまま、マーリンをはじめ、一網打尽にしたことはあり得ないだろう。
なにを考えているのか……?
「ハロンドールへの宮廷工作は露呈したと考えていいだろう。それを前提に対応を考える」
アーサーは言った。
三人が頷く。
「ハロンドールからはなにか?」
ガラハットだ。
アーサーは首を横に振った。
「なにもない。気味の悪いほどな。いまは、マーリンが殺され、諜報員が一度に処断されただけだ。ほかに動きはない。表向きはハロンドールの王宮は、まるで眠っているかのようになにも動いていない。外交上の連絡にも、まったく反応はない」
「向こうは内乱寸前の状況です。王妃が捕らわれたことで、王妃の実家のマルエダ辺境候が反王の旗を挙げて、諸侯の兵を集めています。その状況で闇魔道遣いや大勢の諜報員を王宮に送り込んでいたことが発覚したのですから、当然になにかの対応をするのが当たり前です。だが、なにもないとは……?」
「なにもない。完全に沈黙だ、ガラハッド。俺は時機を待っているのだと考えている」
「面倒ですな」
「面倒だ。だが、相手に主動をとられるのは性に合わん」
アーサーは静かに言った。
状況を打破しようと、工作部隊をイザベラ王太女のいるノールの離宮に送り、身柄の誘拐を図ろうと考えたが、そっちも完全な失敗に終わった。
王都に比べれば、遥かに警備の低い離宮だとわかっていたので、失敗はないと思っていたが、二度の襲撃はいずれも失敗に終わっている。
タリオの特殊兵は全員が捕らわれる前に自害したようだ。
「こうなってしまっては、エルザを早々に返したのは失敗だったな。連絡をして、タリオに戻すか。あんなのでも、人質の価値はある。不本意だが恋文もどきでも送るか」
アーサーは苦笑した。
エルザとの離縁に応じて帰国させた段階では、イザベラとの形式婚がほぼ決まりの状況だった。
ルードルフ王は、アーサーとイザベラの婚姻に応じて、国同士の条件を練っている状況だったのだ。
そのハロンドール側の条件が、すでにアーサーと政略婚で嫁いでいたエルザの返還だった。
アーサーは承諾し、別れたくないとすがるエルザを突き放し、ついでに、ある工作を指示して、イザベラのところに送った。
ただ、アーサーがエルザに指示した工作も防がれたのかもしれない。
失敗してもともとのことだったので問題はないが、エルザにつけていた見張り役の女工作員との連絡が切れている。
こっちも見破られて、処分されたのかもしれない。
エルザそのものの居場所もわからなくなった。
離宮襲撃前に送ってきた特殊工作部隊の報告では、離宮にはエルザもエルザの侍女もいなくなっているということだった。ただ、それが正確な情報かどうかも、その部隊そのものが全滅させられたので、現時点で不明である。
アーサーが声をかければ、あいつはまだ未練があるようだから、祖国を裏切ってもこちらに戻るとは思うが、居場所がわからないことには、連絡がとれない。
とにかく、ハロンドール工作は、マーリンに一手に任せていたので、情報が寸断されてしまった。
「エルザ妃が自発的に戻ることはないだろう、アーサー」
ランスロットがぼそりと口を開いた。
貴族社会の中で昔から知っていたということから、アーサーは、ランスロットにだけは、対等の口調で物言いをすることを要求していた。
それはともかく、ランスロットは、以前から、アーサーがエルザやエリザベートに冷たすぎると批判をしていた。
だから、今回のことも、突然にエルザを国から追放するように、ほとんど身ひとつでハロンドールに戻したことに不満気だった。
だが、エリザベートはともかく、エルザは完全にアーサーに惚れている。
従って、ハロンドール工作員のひとりとして、早々に向こうに送ることにしたのだ。
ランスロットは、それがわかってない。
「向こうで監禁されているか? だが、あれの取り柄はなかなかに、あざといことだ。俺がタリオに戻ることを望んでいることを知れば、隙を見つけて脱走するだろう」
アーサーは笑った。
しかし、ランスロットは首を横に振る。
「タリオにおいて、エルザ妃の扱いはよくなかった。好んで帰国などするわけがない。ましてや、ハロンドール王宮の意思に逆らって? ありえない」
「それが女というものだ。まあいい。エルザのことはしばらくいい……」
いずれにしても、ランスロットは表側の武人だ。
謀略のような仕事は向かないし、嫌悪している。
女を誑かして、言いなりにするということさえ、ランスロットは嫌がる。
アーサーは、改めて円卓を見回した。
「いずれにしても、ハロンドールのことは、謀略のやり直しだ。タリオ公国として、いまはカロリック併合が正面の攻略目標だ。そっちが片づくまで、ハロンドールにはタリオには目が向かないようにする。都合よく、マーリン工作が効いていて、いまだに内乱寸前であっちの貴族が割れている。だが、もっと分裂させる……。ガラハッド」
「はっ」
名を呼ばれたガラハッドが緊張した感じで短く返事をする。
「ハロンドールの王都に潜入させていた工作員は処分されてしまったが、まだ、地方に潜り込ませた組織は健在だ。マーリンに代わる者を推挙せよ。マーリンは、いま起きかけている辺境侯の謀叛とは別に、地方における騒乱工作を準備していた。それを任せる。ハロンドール内で内乱を拡大させるのだ。それを担任させる」
「新しい円卓の要員ですか……。しかも、ハロンドール工作を……。ビビアン殿を戻しては?」
ガラハッドが思案するように首を傾げながら言った。
「女は使わん。ビビアンを使うなら、お前が推挙する男の下につける」
アーサーは一蹴した。
「彼女を御しえる男がいるとも思えませんが……。ならば、トリスタンでは?」
トリスタン……。
名は知っている。武芸に秀でるが、なかなかに目端も利く男という印象だ。なるほど、確かに謀略のような任務に向いているかもしれない。
確か、年齢はランスロットよりも若かったはずだ。
「いいだろう。トリスタンには次の円卓会議に参加させよ」
「わかりました」
ガラハッドが頷く。
とりあえず、ハロンドール正面については、これで終わりだ。
トリスタンには、地方反乱の勃発に加えて、がたがたになったハロンドール内の諜報組織の建て直しをさせることになるだろう。
「ところで、老人たちの様子はどうなっている? エルフ族に手を出そうとしているのは変わらないのか?」
カロリックとともに皇帝家の動向を監視しているのも、ガラハッドの役割だ。
「そちらは順調です」
ガラハッドがにやりと微笑む。
皇帝家の連中がこのところの陰謀の矛先をナタルの森の水晶宮に向けているというのは、少し前からわかっていた。
アスカ城と称しているルルドの森に近い城館がその陰謀の本拠地だ。
そのアスカ城が皇帝家の陰謀の隠れ蓑ということもわかっている。
皇帝家の陰謀を報告してきたのは、当時はビビアンが使っていた女諜者だ。
名は……、ノルズか……。
とにかく、連中が考えているのは、冥王を復活させて、皇帝家の権威を取り戻そうという企てらしい。
冥王というのは、かつて魔族を率いて、人族と全面戦争をした魔王であり、その冥王に敵対する人族を率いた英雄ロムルスが手下の魔族と冥王を異界に封印したのだ。
しかし、皇帝家の連中は、その封印を解く手段を発見したらしく、まずは封印を解いて冥王を現世に復活し、ロムルスの秘宝を用いてそれを操り、かつてのローム帝国の支配のすべてを取り戻そうとしているいう。
その陰謀工作の端緒が、ルルドの森のアスカであり、また、エルフの女王ことガドニエルが支配するナタル森林らしい。
まさに、狂人のすることとしか思えないが、アーサーはこれを利用することにした。
いまはすっかりと権威を失い、存在しているだけの老害だが、名目的にはタリオやカロリックの宗主であり、目障りな連中だった。
しかし、今回のことは、連中を歴史から抹殺するのに、文句のない大義名分だ。
ノルズという諜報員が皇帝家の陰謀について報告してきたとき、アーサーは放っておくように指示した。
いや、必要なら、ひそかに助けるようにさえ指示した。
いずれにせよ、そのアスカはすでに、アスカ城から消えているようだ。
ガラハッドによれば、内部抗争により殺された可能性が高いという報告だったが、それを報せてきたのも、そのノルズらしい。
そのノルズとやらも、かなり有能のようだが、残念ながら女だ。
まあ、こいつのもたらした情報により、長年にわたって、最大の無駄飯くらいだと思っていた皇帝家の連中を排除できるのだから、いまのところ、功労者に違いないが……。
とにかく、あんな陰謀など失敗するに決まっている。
そのときこそ、数百年も続いた冥王を封印した偉大な英雄ロムロスに繋がる王朝の終焉だ。
しかも、人類の敵というかたちで終わるだろう。
タリオ公国の軍は、人類の敵という名分により、皇帝家に侵攻する。
さらに、その軍はカロリックにも侵攻する。
皇帝家の陰謀をカロリックが援助したという宣伝工作に基づいてだ。
皇帝家が冥王復活に失敗したとき、カロリックが協力していたという証拠が一斉に発覚するように準備している。
もちろん、ガラハッドのでっち上げだが、カロリック併合の名目としては十分だ。
こっちは、ただ待てばいい。
それにしても、冥王を封印して皇帝となったロムロスの子孫が、その冥王を復活させようとして滅亡するというのは、なんという歴史の皮肉だろう。
「アーサー、カロリックの併合には大きな軍は必要ない。だが、この数十年、国境は安定している。タリオ軍がカロリックとの国境を越えただけでも、ハロンドールが危険を抱くのに十分だ。繰り返しになるが、万が一、ハロンドールの介入ということになれば、それこそ脅威だ」
ランスロットだ。
陰謀は好まないが、軍を率いて戦うということになれば、ランスロットは誰よりも信頼できる。
「そのためにも、あの国は内乱で疲弊させる。しかし、いずれにせよ、カロリック侵攻が長引けば、介入の余地を連中に渡すことになる。だから、ランスロット、カロリック戦はできるだけ短い時間で終わらせろ。電撃的にな」
「わかった。だが忘れないでくれ。国としての力は、まだハロンドールは巨大だ」
ランスロットが言った。
「わかっている」
アーサーは言った。
表の軍事的な施策の責任者であるランスロットは、各国の軍事状況について常に分析している。
ランスロットは、アーサーがいずれは、ローム三国を統一し、さらにハロンドール王国を含めた大きな帝国を作りたいという野望を持っているのを知っている。
だが、それを実現するには、まずは少なくともカロリックを征服して、さらに、軍としての力を大きくすべきというのがランスロットの主張だ。
従って、アーサーはハロンドールに対しては、ずっと朝貢に等しい懐柔施策を続けてきた。
庶子腹のエルザという第二王女だって受け入れた。
それにより、ずっとハロンドールとタリオとは友好な関係を築いてきた。
まあ、とにかく、ハロンドール王は楽な王だった。
好色であり、彼が興味を抱くような女を貢いでいればそれでよかったからだ。
しかし、今回の失敗で、それも終わりだろうか。
まあ、とりあえず、奴隷女を見繕って、贈ることだけはするつもりだが……。
「ところで、エルニア王国の動きも気になるな。エルニアが動くとすれば話は別だ。なにか掴めているか、ガラハッド?」
エルニア王国は、魔道王国とも称されていて、女王姉妹が魔道で統治する国である。
だが、閉鎖的であり、一切の移民も、外国との貿易も認めない鎖国主義だ。
魔道で堅く国を閉ざしており、旅人の往来もなく、あの国の国境内でなにが行われているのか、ほとんどわからない。
ただ、いまのところ、諜報員でさえ、入れる余地がないらしい。
潜入させた諜報員はことごとく、国境の向こうに向かったきり、連絡を断ってしまっている。おそらく、殺されたのだと思う。
「なにも……。少なくとも動きはありません。ローム地方やハロンドールの騒乱に介入するとも思えません」
「なら、当面は静観だな。だが、せめて内乱が勃発するように、混乱の誘発くらいはしたいところだが、あの国は硬すぎる……。ところで、そういえば、ハロンドールの流通妨害工作はどうなっている? 自由流通を撤退してから、ハロンドールは自国の商業ギルドも事実上解体してしまったりして、王都に入る物資の流通はとまったんじゃなかったか? 軍があっても、兵糧がなくては軍は動かせない。ハロンドールの動きは、流通の妨害でも阻止できる」
流通施策全般の責任はタゴネットだ。
タゴネットが口を開く。
「こ、混乱は一時期的なものに終わりそうです……。いまは、ハロンドールの王都は急速に復帰しています。物価も沸騰していたんですけど、少し落ち着きつつあって……」
タゴネットがちょっと怯えたように言った。
この男は、タリオを始めとする三国の流通を、かつてのギルド経済から、自由経済に移行させたくらいに流通に通じているくせに、アーサーに話すときには、いつも自信なさそうに、おどおどと語る。
もっと自信を持てばいいのにと思う。
「なぜだ? 自由流通とギルド商人がいなくなれば、あの王都の流通はとまる。人口の多い都市にとって、食料不足は致命的だ。重税で物価も上がっているはずだし、暴動が起きてもおかしくはない。前回の報告では暴動も発生したということだったが?」
「いまは、なぜか城郭から消えかけていた食料が王都に戻っているんです……。それで王都の騒乱は、以前ほどでも……」
「食料が戻っている? 邪魔をしろ」
アーサーは怒鳴った。
「や、やろうとしてます。でも、流通の動きが掴めなくて……」
タゴネットが頭をさげた。
アーサーは舌打ちした。
流通が自在に動かないのは、ギルド経済から自由流通に移行をしている弊害か……。
これがギルド経済だったら、ギルド長に命じるだけで流通の流れは支配できる。
だが、自由流通の場合は、下手に介入をすると、複雑に色々なものに影響して、思わぬ情勢を呼んだりする。
複雑なのだ。
アーサーも、この流通施策についてだけは苦手だ。
「じょ、情報を掴みます……。き、期待に添えるように……」
「わかった。とにかく、ハロンドールの流通はとことん妨害しろ。そのために必要な措置をとれ」
「そうします……。ところで、大公陛下……」
なにか、タゴネットが主張したいことがありそうな素振りだ。
しかし、タゴネットの方から、なにかを言ってくるのは珍しい。
この男は訊ねれば答えるが、自分からはなにかをアーサーに語るということがあまりない。
いや、そもそも、円卓会議で積極的に発言することそのものが珍しい。
「なんだ?」
アーサーはタゴネットを見た。
「あ、あのう、さっきの話です……。エルザ様がタリオにお戻りになることで……」
「エルザ?」
意外な言葉を聞いたと思った。
エルザのことと言えば、さっき、アーサーがハロンドールからタリオにもう一度戻すと言ったことだろうか?
だが、あれは、軽口に近いものであり、そもそも、エルザの状況がわからない。
「戻したいとは思うがな……。だが、情報が錯綜していて、エルザのこともよくわからん。エルザが気になるのか?」
しかし、アーサーはそれで思い出したことがある。
そういえば、タゴネットは、流通に関してエルザの家庭教師もしていたのだ。
エルザのたっての希望であり、公妃にそんな知識など必要もなく、ただ女は子を孕み産めばいいだけと思っているので、アーサーとしては乗り気ではなかったが、珍しくエリザが強く求めたことであるし、当のタゴネットが是非教授をさせてもらいたいと言ってきたので、許可した。
そんな関係もあり、タゴネットはエルザと仲がよかったのだ。
無論、不倫関係ではない。
あんな庶子腹でよければ、不倫をしてもらってもいいのだが、密かに監視させていても、普通に流通の話をしているだけらしい。
いずれにしても、タゴネットとしては、弟子のようなエルザがいなくなりそうで寂しく思っているのかもしれない。
「実際のところ、あれは戻らん可能性もある。俺としては、正直に言えば、戻す必要はないと思っている。戻りさえすれば、多少は人質の価値はある。しかし、庶子腹だし、その価値も高くはない。だから、どうでもいいのだ。あれが戻りたいと思っているのは間違いないがな」
アーサーは笑い声をあげた。
とにかく、アーサーは、エルザはあまり価値のない女だと思っている。
政略婚の当時は、まだタリオ公国はいまのように自由流通に入る前で、国内の旧勢力も残っている時期であり、タリオ公国の力も弱く、アーサーも強い姿勢で臨むことはできなかった。
それで、ハロンドールとの関係構築のために、婚姻を受け入れた。
しかし、あれからタリオ公国の国力は増大し、その頃とは比べものにならない。
だからこそ、ハロンドール王にも、三年前にはできなかったイザベラとアーサーとの婚姻を打診できた。未婚のイザベラの妊娠という出来事が契機だが……。
まあ、あのまま、イザベラとの形式婚が成立すれば、イザベラは次期女王の王太女であり、血の尊さということでは申し分もなく、アーサーの妻に相応しかった。
イザベラを通じ、軍の動きなしに、ハロンドールの実効支配を成立させる芽も出てくる。
別の男の子を孕んでいる女だが、アーサーと婚姻ということになれば、最終的には女をアーサーになびかせる自信はある。
腹の子をアーサーの種として認めるという条件で打診し、ルードルフ王も気に入って、そのまま進めようと思っていたのだが……。
複数の罠を掛けようとして、闇魔道師まで送り込んだのが失敗だったか……。
もしかしたら、アーサーとしても、あのロウという生意気な冒険者の排除にこだわりすぎたかもしれない。
闇魔道師によるルードルフの支配という手を使ったのは、ルードルフ王や王妃などが妙に気に入っていたロウを失脚させたいという感情が強かったからというのは否定はしない。
「それはともかくとして、タゴネット──」
「は、はい」
タゴネットはびくりと身体を竦ませたような仕草をした。
やはり、能力はあるくせに、妙におどおどとしている。
この男の欠点だ。
アーサーは小さく溜息をついた。
「タゴネット、ハロンドールに戻ったエルザとは子弟の仲だろう。その伝手で連絡が取れないか? いずれにしても、あいつが俺に未練があるのは確かだ。俺がエルザとの復縁を望んでいると仄めかして、流通とともに流せ。あれの耳に入れば連絡もしてくるだろう」
にやりと笑ってみせた。
アーサーは絶世の美男子と称されていて、自分でいうのもなんだが、堕とせない女はいないと思っている。
大公になってからは自重もしているが、若いときには女遊びもかなりやった。
なにしろ、アーサーが言葉をかければ、令嬢であろうと、人妻であろうと、どんな女でも簡単に股を開くのだ
その分、孕ませたこともあったが、あとで面倒になることも多々あるので、マーリンが堕胎させて片付けてくれたりしたものだ。
「と、とにかくやってみます……」
タゴネットが小さく頭をさげた。
「それはともかく、婚姻といえば、エルフ族女王のガドニエルだな。今回のことで、エルフ族の女王こと、ガドニエルが世に出てくる可能性がある。かつて、ローム帝国の皇帝とエルフ女王の形式婚の例もある。いずれは、俺は三公国を統一して、ローム皇帝となる男だ。俺よりもガドニエルに相応しい男もいないだろうさ」
「それについては、マーリン殿が色々と調べさせていたようですが、その情報ごとマーリン殿が亡くなってしまったので……」
対外的な工作を担任しているガラハッドが困ったように言った。
まあ、これも仕方ないだろう。
いずれにせよ、エルフ女王のガドニエルは、絶世の美女という評判だが、その姿に接した者はほとんどいないとも言われている。
結界で包んだ隠し宮に百年近くも引きこもって、表に出てきたことはないはずだ。
エルフ族の統治は、ガドニエルが指名した太守が間接的に行っている。
とにかく、ガドニエルのことは、実際に彼女が表に出てきてからでもいい。
皇帝家の陰謀がナタル森林に及ぶのであれば、ガドニエルに恩が売れる時機を狙って、タリオとして介入してもいい。
とにかく、俺はクロノスなのだ――。
アーサーは思った。
一流の男には、一流の女が飾りとして必要だ。
エルフ女王ガドニエル……。
大国ハロンドール女王イザベラ……。
まさに、アーサーの妻の座に相応しい。
アーサーはさらに必要な指示をして、円卓の会議を解散させた。