【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
温かいものが身体を包んでいった。
治療術の魔道が全身に注がれているのだ。
コゼは、とりあえず最低限動くだけの力が戻ってきているのを感じた。
「……お前、なにをそんなに頑張っておるのだ……? それとも、奴隷としての命令で、本当に情報を喋れないのか……。だったら……」
コゼに魔道をかけているエルフの若者が心配そうに言った。
「いや、奴隷ではないな……。隷属の魔道はかかっていない」
別のひとりが言った。
「だったら、もう頑張るな。どうせ自白させられる。それだけだ。なにをやったのかは知らされていないが、処刑まではしないと聞いている」
さらに別のひとり……。
どうでもいいけど、この三人はおよそ、拷問には向かない性質だろう。どうも、コゼに対する残酷な仕打ちが耐えられないようだ。
おそらく、拷問については、あの拷問師と自称した人間が受け持っているのであり、その拷問師に、手慣れていないエルフ兵が混じっているのだと判断した。
あまりにも、ぎこちなさすぎる。
そのあいだも、コゼの傷ついた身体はゆっくりと回復していく。
ただし、それだけであり、コゼが残酷な木馬責めから解放されるわけじゃない。
肩に背負わされている丸太棒は、コゼを木馬側に押しつけんばかりにしているし、足の甲から足の裏に貫かれている金具に繋がった鉄球は、コゼの股間を三角木馬にぎりぎりと喰い込ませている。
むしろ、治療術で負傷が癒されたことで、麻痺していた激痛が改めて蘇ってきた感じだ。
治療術が進むにつれて、逆につらさが拡大し、コゼは泣くような呻き声をあげた。
「ど、どうした?」
治療術をかけているエルフ兵の隣の兵が焦ったような声をあげた。
あの小男の拷問師が一時的にいなくなったことで、部屋にいるのは頼りなさげな若いエルフ兵が三人だ。
この三人は、小男に言われて、コゼの拷問を手伝っていたものだが、やっぱり基本的には残酷なことは好きではないようであり、コゼに対して同情的だ。
いまも、拷問が再開できるように最小限の治療をしろと捨て台詞を言い訳に、可能な限りの治療をしてくれているように思える。
優しいのだ……。
……三人とも……。
「ちょ、ちょっとでいいの……。く、首輪を……。首輪から重みを外して……。首が締まる……。痛くて……。い、息が……。し、死んでしまう……」
コゼの肩には天井からの二本の鎖で吊られている丸太棒が乗っていて、それが首輪によって首の後ろ側に接続されている。
鎖は、コゼにしっかりと重みがかかるくらいに緩められていて、それが小さなコゼの身体を折り曲げて潰していた。
コゼの悲痛な願いに、エルフ兵たちは顔を見合わせたが、「首も治療する必要があるだろう。このままでは困るしな」と口にして、首輪との接続だけを外してくれた。
それだけでなく、ほんの少し丸太棒が引きあげられて、肩にかかっていた重みがなくなる。
その丸太棒に手のひらが直接に釘で打ちつけられているために、丸太棒はコゼから離れないが、それだけで随分と楽になった。
「……ち、治療してくれて……ありがとう……。か、感謝するね……。首輪も……」
コゼは荒い息をしながら言った。
「あ、ああ……」
いまだに治療術をかけ続けているエルフ兵が当惑したように言った。
コゼから感謝の言葉など戻ってくるとは思わなかったのかもしれない。
それくらいで困惑するなど、余程に性質がいいに違いない。
だが、間抜けだ。
「だから、謝っておくわ。ごめん」
コゼは治療術により回復をした力を限界まで振り絞って、丸太棒を一閃させた。
「ぶぐっ」
「あぎっ」
「ふがあっ」
三人ともコゼのすぐ近くまで接近していて、ものの見事に三人の頭を吹っ飛ばすことができた。
同時に、丸太棒に打ちつけている釘を強引に抜く。
反撃の機会を狙って、拷問を受けながら、痛みに耐えてこね回し、ずっと緩め続けていたのだ。だから、簡単に抜けた。
しかし、釘はまだ手に刺さったままだ。
さっき丸太棒で頭を殴って、倒れかけていたエルフ兵の首を両手で掴む。
「んぐうっ」
首に抱きつくと同時に、手のひらに刺さった釘を男の急所に突き刺している。
抱きついた男が脱力して倒れていく。
そのまま首にしがみつく。
丸太棒が身体から外れたので、木馬の上から離れることも可能になっている。
コゼは、抱きついている男が倒れていく力を利用して、なんとか三角木馬から落ちることに成功した。
男の首に刺さった釘を抜く。
エルフ兵が絶命したのがわかった。
「う、うう……」
「あ、あたた……」
残りはふたり……。
まだ、両方のエルフ兵とも呻き声をあげたままで、動けないようだ。
そばのひとりに押し乗った。
その男の腰に、コゼの首輪の鍵があることを確認している。
「あがっ」
コゼは、そいつの腰の鍵を掴むとともに、その男の首にも釘を刺して絶命させた。
「う、うわあああっ」
残りひとり……。
そいつが悲鳴をあげて、立ちあがった。
しかし、まだ頭を打たれた影響があるのか、足元がふらふらだ。
コゼは下敷きになっているエルフ兵の腰から剣を抜くと、その背中に投げつけた。
「あぐうっ」
背中に剣が突き刺さってエルフ兵が倒れる。
「うう、痛たたた……」
コゼは鍵束から鍵を特定して、なんとか首輪を外した。
やっと自由を取り戻せた。
しかし、まだ剣が刺さったままのエルフ兵は絶命には至っていない。
か細い息が続いているのがわかる。
とどめを刺すために、エルフ兵に近づいていく。
足に金具が刺さったままなので、鉄球が繋がったまま、四つん這いで這い進んだ。
「はあ、はあ、はあ……」
やっとエルフ兵のところに辿り着いた。
ほとんど虫の息だ
コゼは両方の手から釘を引き抜くととともに、背中に刺さっていた剣を抜いて、そのエルフ兵の喉を掻き切った。
「す、好き勝手やってくれたわね……」
次は足の金具だ。
「んがああああ」
これはねじになっているだけなので、自力で外せたが、金具を強引に外したので、血とともに肉の破片も飛び散る。
そして、エルフ兵から上着だけを脱がせて、とりあえず、それを着た。
血で汚れているのが気になるが、裸よりもましだ。
さらにシャツを剣で切断して、出血をしている足に巻きつける。
最後に殺したエルフ兵からも、腰の剣の鞘ごと抜く。
それを杖代わりにして、なんとか立ちあがった。
「う、ぐううっ」
立つと、穴の開いている足と裂けている股間から、意識が飛ぶような激痛が走る。
コゼは歯を喰いしばった。
そのときだった。
扉の外から人が近づく気配がした。
コゼは、扉の影に身を隠した。
「おお──? な、なんだこりゃ──?」
戻ってきたのは、拷問師の小男だ。
小男は、扉を開いて目に入った部屋の惨状に絶句している。
コゼは扉の影から小男に飛びついて、剣で首を裂いた。
こいつを一瞬で絶命させるなど、優しすぎるとは思ったが仕方がない。
小男は、声を出すこともできずに、その場に崩れた。
「ざ、ざまあみろ……」
コゼは激しく息をしながら呟いた。
そして、床にもう一度うずくまると、小男からめぼしいものがないかと、屍体を探った。
服の下に小さなポーションのようなものが数瓶あった。
どうやら、拷問用の薬物のようだ。
ほとんどは、見た目では正体はわからなかったが、ひと瓶だけは低級の治療薬だとわかった。
拷問をしすぎて、相手が衰弱死しかけたときに、使用するものだろう。
コゼはそれを飲んだ。
穴の開いた足の穴が白い光に包まれたと思ったら、痕は残っているものの、穴が塞がる。
股間や手のひらについても、完全ではないが傷は消滅した。
「こ、これなら……」
コゼは息が整うのを待ち、剣を杖にして、廊下に出る。
幸いにも、廊下には誰もいない。
やはり、ここはどこかの地下のようだ。
一方の廊下の端に、上にあがる階段があり、奥は行き止まりだ。
どうやら、ここは階段に一番近い部屋のようであり、廊下には四個の部屋があった。
そこから、人の気配と女の泣き声がする。
コゼは、壁伝いに、そっちに向かって進んでいった。
*
「そろそろ、真実を思い出したんじゃないかな、イライジャ……。それと、そろそろ理解できたと思うけど、お前は豚だよ」
ジェロフが耳元でささやいた。
イライジャを拷問し続けているジェロフは、イライジャの目と鼻の先にいる。
だが、四肢を彼の魔道で空中にはり付けられているイライジャには、彼の息が耳に当たるのを避けることさえできない。
イライジャは、四肢を大きく拡げたまま、いまは頭を上にして固定されていた。
床はイライジャの足先の拳ひとつ分下にある。
まき散らしたイライジャの汚物は洗浄処理されているが、そこにはイライジャの身体から流れる脂汗が小さな水たまりを作っていた。
そして、下腹部は小さく膨らんでいる。
繰り返し腸内に転送される浣腸液のせいだ。
いまは、痒み効果のある媚薬入りの浣腸剤を大量挿入されていた。
全身がばらばらになるほどの痒み剤とともに、気が遠くなるようなお尻の痒みと疼きに襲われている。
「な、何度、言われても……答えは……同じよ……。し、知らないわ……」
脂汗の流れる顔を歪めて、イライジャは唇を噛みしめた。
すでに排泄欲の地獄は始まっている。
「じゃあ、自分は豚だって言ってくれるか? せめて、尻の穴の痒みを鎮める中和剤を次の浣腸球に加えてあげるよ。さもないと、尻の穴の奥の痒みなんて、どうやったって癒すことはできねえぜ。特に、あんたの身体には、男避けの結界がかかっているだけみたいだしね」
「わ、わたしは……エルフ……よ。ぶ、豚じゃない……」
イライジャは声を絞り出した。
「人前で大便をするような女は豚に決まっているよ。豚のくせに、なに一人前に黙秘なんてしてんだよ。とっとと喋んなよ、豚──」
ジェロフがイライジャの膨らんでいる下腹部をぎゅっと押して、揉むように刺激をしてきた。
「うわあっ、い、いやああ、や、やめてえっ」
イライジャの意思とは無関係に、イライジャの身体は汚物を床に垂れ流してしまっていた。
もう腹の中には固形物はない。
水流が床に垂れ流れ続ける。
「おうおう、汚いなあ。また、糞か? 人前でするのに、もう慣れたのか? だから、豚なんだよ。まともなエルフ族なら人前で糞はしないもんだ」
汚水が身体に跳ね返って当たるのを避けるために、ジェロフが笑いながら離れていく。
口惜しい……。
口惜しい……。
もう、浣腸液に屈して、こいつらの前で排便するのは四度目になる。
だが、回数が増えれば慣れるというものじゃない。
イライジャの気力は尽きようとしていた。
「おい、洗浄しろ」
イライジャのお尻から排便が終わると、ジェロフが椅子に座ったまま、壁際に待機しているエルフの衛兵に声をかけた。
魔道が飛んでくるのがわかった。
風のようなものがイライジャを包み、あっという間に床に撒き散らされた水便と身体の汚れもきれいになる。
「うっ、ううう……」
身体がきれいになるとともに、排泄を耐えることで小さくなっていた痒みが戻ってきた。
しかも、今度はお尻の中が痒いのだ。
イライジャは知らず、腰を必死になって振り続けていた。
「さてと、真実を喋るつもりなら、これが最後の機会だよ。そろそろ、エルフ族の誇りも砕け散ったみたいだし、本当の訊問を開始するつもりだしな」
相変わらずの人を小馬鹿にしたようなジェロフの物言いに、イライジャの腹は煮えた。
「もうじき、お前は嫌でも情報を洩らすことになる。これから行う拷問で、お前は最終的にはどんなことでも喋る。人間として耐えられる限界を越えて、豚のように告白してしまうんだ。それがいやなら、まだ、自分がエルフ族だと思えるうちに喋ることだ」
ジェロフは、歪んだ笑顔を向けながら、針のようなものを数本持って、近づいてきた。
そのうちの一本を無造作にイライジャの乳首に突き刺す。
「んごおおおっ」
激痛に、イライジャは身体を跳ねさせた。
しかし、乳房を掴んだままのジェロフは、反対の乳首にも横から針を貫かせる。
「んぎいいいっ、がああああっ」
イライジャは絶息するような悲鳴をあげた。
しかし、地獄のような激痛はそれで終わりじゃなかった。
ジェロフは、さらにもう一本の針を股間のクリトリスの上から突き刺したのだ。
「ぎゃああああああ」
イライジャは絶叫した。
「始めるか」
ジェロフはイライジャから離れながら無造作に言った。
そして、ジェロフが背中向きのまま、ぱちんと指を鳴らすと、その指から電撃が飛んできて、身体に刺さった三本の針に当たった。
「ひぎいいいいっ」
不快な電撃がイライジャを襲った。
イライジャは、限界まで身体を反り返らせる。
「いまのは最弱の電撃だ。その針に向かって、いくらでも、どこからでも電撃が注げる。やめて欲しければ、ロウの居場所を喋ることだ」
ジェロフが椅子に座り直した。
すると、やっと電撃が止まった。
「もう一度、やろう。今度も同じ強さだ」
電撃が発生する。
しばらくのあいだイライジャの股間と乳首に電撃が流される。
「いぎゃあああ、ぎゃああああ」
電撃が終わるまでのあいだ、イライジャは喉が枯れるほど声をあげ続けた。
そして、電撃が終わるとともに、身体を脱力させた。
しかし、次の瞬間には、電撃が再開する。
それが繰り返す。
「も、もう、嫌ああっ──。喋る──。なんでも話す──」
電撃の回数が十回を超えると、イライジャの意思とは別に、そう叫んでいた。
イライジャの顔からは、汗に混じった涙と鼻水と涎がぐしょぐしょになって垂れ流れる。
「ほら、話せ──」
気がつくと、ジェロフはまたもや、すぐ近くにいた。
髪の毛を掴まれて、顔を引きあげさせられる。
「ああっ、な、なんでもない……。話せない──。話せないわよ」
イライジャは必死になって顔を横に振った。
そして、愕然とした。
たったいま、イライジャは、思考が吹き飛んでしまって、ロウの居場所を思いつくままに話そうとしてしまっていた。
それが信じられない。
「電撃を強くするぜ。時間も長くしてやろう」
ジェロフがにやりと笑うのがわかった。
すぐに電撃が再開する。
「あがあああっ、ああああああっ、んぎいいいい、ああああああ」
耐えられない不快な衝撃がイライジャを襲い続ける。
足のあいだからじょろじょろと小水が垂れ落ちた。
気がついたときには漏れ出ていて、イライジャにはどうしようもなかった。
電撃が終わる。
「今度は小便かい。豚だから、余程に人前でするのが好きなんだな」
「も、もう……や、やめて……」
イライジャは泣きながら言った。
しかし、すぐに電撃が始まる。
「今度は長いぜ」
ジェロフが言った。
だが、それはイライジャ自身の悲鳴で、よく聞こえなかった。
ゆばりに混じって、お尻に残っていた薬液も流れ出た。
「んっ?」
そのとき、目の前のジェロフが、なにかに気をとられて、振り返るのがわかった。
それとともに、電撃も中断される。
そして、イライジャは気がついた。
この拷問室の扉が開かれていて、壁際にいた四人ほどのエルフの衛兵が血を流して床に倒れていたのだ。
剣を持った侵入者は、ジェロフのすぐ背後にまで迫っていた。
「お、お前は──」
その驚愕のひと言がジェロフの最期の言葉になった。
コゼの持っている剣が一閃して、ジェロフの喉を引き裂いたのだ。
「んぐっ」
ジェロフは呻き声とともに床に崩れる。
そのジェロフの絶命とともに、イライジャの魔道も解けた。
イライジャは床に崩れ落ちた。
「コ、コゼ……」
コゼの身体には、あちこちに血の痕があった。
余程に惨いことをされたのだろう。股間だって裂けて、いまだに血が流れている。
だが、かなりぼろぼろではるものの、それでも最低限の治療はした気配はある。
「た、立って、イライジャ……。立てなくても、立って……」
コゼがその場に座り込んだ。
剣を置いて、立ったいま殺したジェロフから上衣を剥ぎ取ろうとしている。
イライジャも、乳首と局部に刺さっている針を抜いてから、手を伸ばして、それを手伝う。
なんとか、その血だらけの上衣で身体に覆った。
「これ、どれかが、首輪の鍵じゃない?」
そして、さらにジェロフの屍体を探っていたコゼが、ジェロフのズボンに掛かっていた鍵束を見つけた。
それを受け取ったイライジャは、鍵を試していき、何本目かで、首輪の鍵に当たった。
首輪が外れて、魔道も回復していく。
「い、行くわよ……」
コゼがよろめきながら立ちあがり、イライジャの肩を持って引きあげさせた。
イライジャも力を振り絞って、なんとか立つ。
「た、助かったわ……。だ、だけど、こ、ここは……どこよ……?」
コゼとともに、扉に向かいながら訊ねた。
「し、知らないわ……。あ、あたしも、さっきまで隣で拷問されていたのよ……。た、多分、どこかの建物の地下よ。軍営かもね……」
「軍営──?」
そうだとすれば、とても逃げられないだろう。
しかし、逃げないと……。
「何百人いても突き抜けるしかないわ……。突き破るのよ」
コゼが呻くように言った。
イライジャも頷く。
ふたりで、廊下に出る。
誰もいない。
右を見ると階段があった。
コゼの言うとおりに、ここは地下なのだろう。
石の階段をあがったところが、地上に通じる方向のような感じだ。
あがる。
果たして、そこには見張りのようなエルフ兵がふたりいた。
あがってきたイライジャとコゼを見て、ぎょっとした表情をしている。
「ああっ、なんだあ──?」
警笛のようなものを掴もうとした衛兵にイライジャは、火弾を飛ばした。
その身体が燃えあがる。
もうひとりについては、コゼが剣を投げていた。
その衛兵の胸に剣が吸い込み、壁にぶつかる。
「はあ、はあ、はあ……」
ほかに人影はない。
イライジャはその場に座り込んでしまった。
全身の痒みがいまだに襲い続けているのだ。
我慢できなくて、服の上から乳房を鷲掴みにする。
お尻も痒い。
指を挿し込もうとして、なにかの力で阻まれてできなかった。
ロウの結界だ。
掻けないと思うと、一層痒みが増大する。
イライジャは呻き声をあげた。
すると、くすりというコゼの笑い声がした。
「媚薬を塗られたの、あんた?」
コゼが苦笑している。
そのコゼも壁にもたれて荒い息をしていた。
ここにいたのは、目の前で死んでいるふたりの衛兵だけであり、外に出る出口はすぐ前にあった。
外は閑散としている。
また、この一階部分には、地下に通じる階段しかない。地下への階段があるだけの小さな部屋だ。
「こんなところで、自慰をしないでよね……。ところで、なんだか知らないけど、随分と警備が緩いわね。とにかく、外には人の気配はないわ……。行こうよ」
コゼが出口に向かっていく。
イライジャも立ちあがる。
「で、でも、か、痒いのよ──。お、お尻の穴に掻痒剤を入れられたのよ。い、いま、こうしているあいだだって、お尻に指入れて掻きむしりたいわ」
イライジャは、コゼに悪態をついた。
とにかく、なにか喋ってないと気が狂いそうだ。
コゼは無視して歩いていく。
悪意はないだろう。
イライジャもそうだが、コゼもいっぱいいっぱいまで、追い詰められていると思う。
本当はイライジャに余裕はないのだ。
「……やっぱり、ここは軍営の中ね。だけど、この周囲については人影はないわ。軍営の端っこのようよ。もしかしたら、あそこの壁を越えたら、逃げられるんじゃない」
少し前を歩いて外に出たコゼが振り返って言った。
イライジャも外に出た。
エルフ族として、夜目の効くイライジャには、遠くにある営舎や軍庭のようなものがはっきりと見えていた。
確かに、目の前にあるのは、軍営を包む外壁だ。壁沿いの遠くに監視塔のようなものもある。
ただ、この辺りは、ちょうど近傍の監視塔からの死角になるのか、警戒の目は薄いようだ。
また、確かに、ここは軍営の端になるのか、近くに建物のないひっそりとした一角になっている。もしかしたら、拷問室とかいうのは、ほかの建物とは離して設置していたのかもしれない。
「や、やっぱり、ここ軍営? わたしたちって、エランド・シティのエルフ兵に捕らわれていたの?」
イライジャは思わず言った。
「不自然ね……。まるで、逃げなさいって、誘導しているみたい……」
しかし、コゼから戻ったのは、その小さな呟きだ。
ふと、横を見ると、コゼは険しい顔をしていた。
だが、イライジャもやっと気がついた。
「……もしかして、罠……?」
コゼの耳元でささやく。
痒みで集中できないが、なんとか、頭を正気に戻す。
そういえば、不自然だ。
隙がありすぎる。
「なにがあったかわからない……。でも、ご主人様を捕らえようと、エルフ兵が動いているのは本当かも……。それで、あたしたちが、ご主人様のところに行きつくのを待っているのかも……」
「後をつけて?」
イライジャは首を傾げた。
「それとも、あたしたちの身体には、居場所を追えるような、なにかの魔道具が埋め込まれているかもね……」
コゼが言った。
はっとしたが、筋は通る。
わざわざ、衛兵を犠牲にして、そんな罠を張るかとも思うが、コゼとイライジャが逃亡に成功したとすれば、一目散にロウのところに戻ろうとするというのは、当然の考えだ。
それを利用して、ロウの居場所を特定しようとしているというのは、あり得ることだ。
「……どっちにしても行こう、コゼ……。罠だとしても、連中にもう一度訊問されるよりは、逃げ回った方がましよ。それに、あんたの推測が正しければ、こっちが動いているうちは、連中は隠れたまま、わたしたちを自由にしてくれるじゃない?」
イライジャは言った。
「そうね……。だったら逃げ切ることは不可能よ……。そして、ご主人様のところに向かうわけにはいかない。あ、あたしたちができるのは……時間稼ぎだけよ……」
「じゅ、十分よ……。い、異変に気がつけば……ロウは勘がいい……。逃亡をしてくれるわ……」
「だ、だとしたら……あ、あたしたちが……わ、わざと出鱈目に動いているということに気づけば……。つ、つまり、自由にさせても、ご主人様のところに向かっていないということに気がつけば……」
「もう一度、捕まえるかしら……。拷問をやり直すでしょうね……。人質にもなるし……」
「い、いやな……予想ね……」
「そうかも」
イライジャは自嘲気味に笑った。
とにかく、お尻が痒い──。
死にそうだ。
「そ、それと……、ご主人様が……あ、あたしたちを見つけに来れないように……、魔道で遮断を……。来させてはいけない……。あたしたちそのものが……罠だから……」
コゼが言っていることをイライジャは、すぐに理解した。
イライジャたちに施された「見えない貞操帯」とやらには、他人や刻まれた本人が股間に手を入れるのを遮断するだけでなく、ロウが女たちの居場所を特定することもできると口にしていた。
だったら、こっちに来させるわけにいかない。
エルフ軍は、イライジャたちを自由にさせて、ロウと接触するのを待っているのだから……。
「ロウがしたことを……あたし、程度の魔道でなんて……。あれ? できた?」
試しに魔道を使ったら、あっという間にイライジャとコゼから魔道的な信号が外に出ないように封印できてしまった。
もちろん、貞操帯そのものの無効化はできないが、追跡機能のみは遮断に成功した。
ロウがそうできるように意図的にそうしてあったのか、それとも、性調教に関してしかロウの能力が発揮できないのかは、わからない。
とにかく、処置できた。
イライジャにはそれがわかる。
おそらく、これで、ロウに対してだけでなく、拷問をした者たちがイライジャたちに、なにかの発信源を埋め込んだとしても、それを探知することはできないはずだ。
イライジャはコゼに説明した。
「な、ならいいわ……。いずれにしても、追手を巻くのは無理と思うけど……やるだけ、やろう……。い、行こう……」
コゼがさっと壁に向かって駆けていく。
いつもの風のような動きではないが、それでも素早い。
イライジャは、風魔道を遣って、コゼの身体を浮き上がらせた。
ふわりと浮かんだコゼは、壁の上に音もなく着地をした。
「手を伸ばして」
コゼが壁の上で腹ばいになり、イライジャに向かって手を伸ばす。
イライジャは、その手をがっしりと握りしめた。
そのまま、やはり魔道も遣って、なんとか壁の上に着く。
壁の向こうの真下には、エランド・シティの都市部が拡がっていた。
ただの幸運なのか、罠なのかは知らないけど、眼下には人の目はない。
夜の街だ。
また、壁は高いが、降りれない高さじゃない。
「三で飛ぼう」
コゼだ。
「一、二、三」
イライジャとコゼは手を繋いで飛び降りた。
地面に叩きつけられないように、魔道で風のクッションを作り、イライジャたちの身体の下に入れる。
一方で、離れた場所で、なにかの気配が一緒に落ちてくるのをイライジャは宙で感じた。