【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
時系的には、スクルズ(スクルド)がエランド・シティに入るよりも、少し前の時期にさかのぼります。
*
425 王都からの来訪者(その1)
「お待たせしました」
応接室に入ったユンゲル=モーリアは、男爵家を訪ねてきたという女ふたりを見て驚いた。
その女たちが随分と美しかったからだ。
特に、ひとりは神々しいまでの美しさだ。
しかも、思っていたよりも若い。
王都から、しかも、国王の使者という触れ込みだったので、なんとなく、もっと年配の女性を想像した。
しかも、女ふたりだけであり、男の護衛を連れている気配もない。
家人からも、訪ねてきたのは、このふたりのみだと説明を受けている。
「お時間を作っていただきありがとうございます」
立ちあがって優雅に頭をさげた女は、ユンゲルが美しいと感じた方の女だ。
その女性は、別段着飾っているというわけでもなった。ただ白いフード付きのローブを身につけているだけだ。
化粧だって、特にしている感じではない。
それにも関わらず、彼女は本当に美しかった。
それでいて、滲み出る艶かしい色香がある。
なによりも、青みがかった真っ白い髪が彼女を神秘的にさえ見せさえする。
ユンゲルは彼女のような色の髪を見たことはない。
とにかく、彼女の訪問を伝えにきた家人が興奮していた理由が十分に理解した。
その一方で、もうひとりの女は面白くなさそうに座ったままである。
挨拶をした女とは反対に、にこりとも笑わない。
不満そうに腕組みをして、余所を向いている。
いずれにしても、なんという無礼な態度なのだろうと思った。
すると、立ったままの女がくすりと笑った。
「彼女は人見知りなのです。失礼をお許しください……」
「人見知り……ですか……?」
人見知りというよりは、傍若無人という感じだ。
すると、座ったままの女が口を開いた。
「私のことはいないと思え。交渉役はこの女だ」
その女がきっと睨んだ。
立っている側の女が微笑んだまま溜息をついた。
「ジャスランさん……、邪魔をしないという約束よ……」
「邪魔などせん」
「男爵様に失礼な物言いをしているわ。そのせいで、男爵様が怒って、話し合いがうまくいかなかったらどうしましょう? きっとあなたのせいになるわね」
「なっ──。だ、だから、黙っていると言っているだろう。いいから放っておけ」
座っている女が怒鳴った。
たしなめられて、顔が赤くなっている。
よくわからないが、物言いは挨拶をしている女が柔らかくて丁寧であるものの、主導権は乱暴な側ではなく、優しい口調の側が持っているらしい。
とにかく、よくわからない組み合わせだ。
いずれにしても、挨拶をした女については、名乗りこそしなかったが、仕草も美しい。洗練された彼女の挨拶の仕草は、きちんとした教育を施された上流階級の者を思わせた。
なによりも品がある。
それにしては、ふたりは王都からやってきたということだったが、やはり、従者のような者はいない。
家人によれば、やってきたのは彼女たちだという。
しかも、荷物らしい荷も持っていなかったそうだ。
何者だろう?
「とにかく、どうぞ……。それと無礼など感じてはいませんよ。辺境の田舎貴族ですし……。お気楽にしてください」
座るように促すと、立っている女が静かに腰を下ろした。
その所作にも美しさを感じる。
「ところで、そちらはジャスラン殿ですね。では、あなたをなんとお呼びすれば?」
ユンゲルは訊ねた。
いまだに、彼女は自分の名を名乗っていない。
ただ、国王の使者だと告げただけだ。
しかし、その身分を保証する紋章具を保持していたし、また持参した手紙にも、しっかりと王家の紋章が刻んである。
彼女たちが確かな人物なのは間違いない。
ユンゲルの質問に対し、女はちょっと小首を傾げる仕草をした。
「名乗り……。では、ヴェーネと」
ヴェーネ……。
古い言い回しで、「魔女」の意味である。
「ヴェーネだと?」
ジャスランが眉間に皺を寄せて言った。
その表情には、不審の色がある。
つまりは、偽名ということだろう。本名でそんな顔をするわけがない。
「では、陛下からの手紙は拝読しましたよ、ヴェーネ殿」
「そうですか。それで?」
彼女がにっこりと微笑んだ。
笑うと驚くほどに可愛いらしい顔になる。
ユンゲルは思わず、惹き込まれそうになった。
「確かに読みましたが、些か当惑しております。当家は一介の男爵家。陛下直々の手紙など畏れ多い。ましてや内容が内容。たかが、男爵家に国の大事に関われなどと……。いやあ、冗談がお上手だ。もちろん、モーリア家の王家に対する忠誠はまったく揺るぎません。王家あってのモーリア家だと思っております。しかし、これはどうしたものですかな」
ユンゲルはわざと笑い声をあげた。
だが、ヴェーネはまったく動じた様子もなく、ユンゲルに微笑みを向けたままだ。
ジャスランに至っては、小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
ユンゲルは、笑うのをやめた。
ヴェーネに視線を向け直す。
「安心しましたよ、男爵様」
すると、ヴェーネが口元に微笑みを称えたまま言った。
その言葉は、ユンゲルの意表を突いた。
「安心?」
「はい。どうやら、男爵様は正常な判断力をお持ちのようです。わたしの眼から見て、誰かの操りを受けているということはありません。感知しにくいように注意深く刻まれた洗脳魔道でも、感情を露わにするとどうしても、魔道的な揺らぎが発生して、術がかかっていることが魔道遣いにはわかってしまいます。だから、逆に強すぎる洗脳魔道がかかっていると、まるで感情の一部を失っているかのようになってしまうことがあるくらいです」
「洗脳魔道?」
いきなり物騒なことを口にしたヴェーネに、ユンゲルは当惑してしまった。
「王都のことはお聞きおよびでしょう? 王陛下が急に人が変わったように悪政を始めたということを……」
「ここは王都からは距離があるものですからな。情報の入るのは遅いのですよ。しかし、陛下には、わしらのようなに愚昧は及びもつかぬ、深いお考えがあるのでしょう」
ユンゲルは肩を竦めたが、もちろん、王都の騒動については知っている。
王都屋敷を持つような上級貴族ではないが、領地経営をするために情報は重要であり、金子をばらまいて、様々な情報がこのモーリア領にも入るように処置していた。
このところ入ってくる王都情勢については、ユンゲルの度肝を抜くものばかりだ。
そして、その国王がなんのつもりかしらないが、わざわざ使者をユンゲルに寄越してきたのだ。
まったくわけがわからない。
いずれにしても、この状況で国王に従うなど、悪手以外の何物でもない。
どんな内容でも拒否するつもりだ。
すると、初めて、ヴェーネの口元から笑みが消えた。
「男爵様、時間が限られております。腹の探り合いはしたくありません。王都情勢はご存知ですよね。もう一度、お訊ねしますが、王陛下が急に人が変わったように悪政を始めたという情報を知っておられますね?」
少し強い口調でヴェーネが言った。
ユンゲルは溜息をついた。
「腹を割った話がしたいというなら、そうしましょう。最初に言っておきますが、当家は王家の勢力争いに関わりたくありませんな。国王陛下と王妃殿下──。どちらに忠誠を尽くすのかと問われるなど、ご勘弁願いたい。当家は男爵家ですぞ。里を数個管理するだけの小さな領主です」
王家の騒動はいまや、この国全体を震撼させる大きな騒乱に発展している。
ユンゲルにも関わりのあるひとりの男について、国王が捕縛命令を出したことに抗議した王妃が捕らわれ、その王妃が獄中から地方貴族に対して、悪王に叛旗を揚げよと檄を飛ばしたのだ。
その旗頭になっているのが、王妃の実家であるマルエダ辺境候である。
そして、辺境候のもとには、檄文に応じる貴族たちが続々と兵ととにも参集している──。
いまは、そういう状況である。
また、国王の人が変わったような悪政が王都で続き、相当の大騒ぎらしい。
実のところ、辺境候からの兵の誘いについては、モーリア男爵家にも届いている。
男爵家といえども、モーリア家は魔獣の頻出する地域に接する武門の家だ。傭兵も大勢囲っており、王都にいるような官職貴族や戦いとは無縁の都市貴族とは全く違う。
「ご謙遜を……。里といっても随分と発展した人の多い場所でしたよ。都市といっても不自然ではないですね」
ヴェーネが微笑んだ。
ユンゲルも苦笑した。
まあ、里とはいっても、この数年で産業開発や商家の招き入れに成功して、男爵領全体が信じられないくらいに発展して、人口も多い。
男爵家とはいいながらも、その領土は並の伯爵家ほどの力があると称されているのも知っている。
通用しないか……。
「しかし、男爵家です。政治的な関わりになど無縁だった家です。繰り返しますが、当家は関わりたくない。その力もない──。確かに、王家からの手紙には、あなたの要請に従って兵を出して欲しいとありました。冗談じゃありません。王都になど兵は出せません。辺境を守備する我々には魔獣から領土と国境を守る義務があるのです」
ユンゲルは言った。
王家からの手紙は、いま口にしたとおりの内容であり、男爵家から兵を出せという要請だ。
細部はこのヴェーネに従ってもらいたいと……。
「王家の命令に逆らうということですか?」
ヴィーネは面白い話でもしているかのように、にこにこと微笑んでいる。
屈託のない笑みだ。
引き込まれそうになる。
ユンゲルは気を引き締めた。
いずれにしても、あの国王に従うつもりはない。
王妃も人気はないが、国王の不人気はそれ以上だ。
どんな思い付きで、一介の辺境男爵に声をかけるつもりになったのか検討もつかないが、一緒に破滅させられるのはたまらない。
反逆罪を適用するならそればいい。
そのときには、ユンゲルも迷いなく、マルエダ辺境候のところに馳せる決心がつく。
王国の国境守備に任じているマルエダ辺境侯からも檄文が到着したのは数日前のことだ。
マルエダ辺境侯の長女はアネルザ王妃であり、その王妃の捕縛の影響なのか、辺境侯からの檄文の内容はとにかく過激だった。
はっきりとした叛旗の呼びかけであり、叛乱への出兵を呼び掛けるものだ。
いずれにしても、こっちにも返事はしていない。
するつもりもなかった
返事などしなくても、なんだかんだいっても、どうせ一介の男爵家だ。気にしないと思っていた。
だが、王家からの使者がやって来てしまった以上、どうやら、無関係を装うわけにはいかないのだろう。
ユンゲルはしらず、溜息をついていた。
「王国に対する忠義を求められているのですよ」
「モーリア家は王に対する忠誠を尽しますとも。叛乱には与しません。わしは軍人あがりでしてね。単純なのですよ。王に忠誠を尽くします。こうやって辺境を守るのも忠義です。それを疎かにすれば、それこそ忠義に反します」
はっきりと言った。
叛乱に参加しないと明言したことで、将来において不利になるかもしれないが、それでもいい。
ユンゲルの腹は決まった。
叛乱側につく。
いまの王家には忠誠を尽くせない。
「王に対する忠義とは申しておりません。王国に対してと申しております。はっきりと申しましょう。いまの国王は操られております。洗脳魔道です。わたしが最初に安心したと申しあげたのは、あなたにその気配がないからです。でも、王宮はほとんどの者は、なんらかの洗脳魔道を刻まれております。もはや、どうしようもないのです」
ヴェーネが言った。
ユンゲルは驚いた。
もしかして、彼女たちは叛乱側なのか?
ヴェーネが続ける。
彼女によれば、王宮にやって来たテレーズという女官長は、おそらく闇魔道の遣い手であり、国王の寵愛を受けることで、まんまと王の操りに成功したということだ。
そして、テレーズに操られた王は、王家の宝物を使って、王宮に近侍する者を次々に洗脳していき、逆らえないようにしたそうだ。
突然の王の人が変わったような悪政はそれが原因であり、もう闇魔道を解いたところで、どうしようもない状況なのだという。
とにかく、手を打たなければ大変なことになるとヴェーネは言った。
ユンゲルは唖然とした。
「闇魔道? 禁忌の術のことか……。まさか、それを……信じろと?」
「ここで証拠は出せませんが、この最近の王の行動──。それを考えれば、理屈が通っていると思いますが? 二公爵に対する仕打ちはお聞き及びですか? 商業ギルドの重鎮たちが十人ほど残酷に処刑されたことは? 第三神殿のスクルズの死は? こんなことは、これまでの王がやることとは思えませんよ?」
そのとき、一瞬、ジャスランがなぜか鼻で笑うような仕草をした。
だが、ヴェーネが微笑みをジャスランに向けると、そのまま黙り込む。
さらに、ヴェーネはユンゲルに返事を促すように視線を向け直した。
ユンゲルは仕方なく口を開く。
「それが本当であれば、確かに王都の異常は説明できるが……。しかし……」
「本当です。わたしの眼を見てください」
「眼を?」
ユンゲルは見た。
すると、ヴェーネの眼が次第に大きくなっていくような錯覚を覚えた。
「じっと目を離さないでください……。眼がどっちに動きましたか?」
ヴェーネの眼が右にすっと動く。
右だなと思った。
すると、左に……。
左だ。
「……今度は指です……。目を離さないで……」
視線の前にヴェーネの指が入り込んだ。ヴェーネが顔の前に指を立てたのだ。
それが右に動く。
左……。
上……。
下……。
ユンゲルはじっとヴェーネの指を見ている。不思議な気持ちだった。急に気持ちが楽になり、無心になった心地だ。
「もう一度、眼を……」
ヴェーネが指を引く。
見た。
また、ヴェーネの眼が大きくなる。
どんどんと……。
どんどん……。
目の前がヴェーネの巨大な目で覆われる。
ユンゲルは悲鳴をあげそうになった。
「男爵様?」
突然に声をかけられた。
はっとした。
目の前にいるのは、相変わらずの柔和に微笑みを浮かべているヴェーネだ。
あれっ?
いま、なにをしていた?
「どうしましたか、男爵様? とにかく、信じてもらうしかありません。王陛下は闇魔道にかけられています。もうどうしようもないのです。男爵様が動いていただくことこそ、王国への忠誠を示す行為です。どうか、協力してください」
ヴェーネが言った。
確かにそうだ。
いまこそ、忠誠を尽くすときかもしれない。
男爵家といえども、できることはあるはずだ。
「わかりました。微力を尽くしましょう。だが、つまりは、王家からの伝言については、その言葉通りではないということですな」
「そのとおりです。王家は王家でも、従うのは王太女殿下です。王太女殿下はいまの状況を憂いておられます。陛下ではなく、王太女殿下にお従いください」
ヴェーネが微笑んだまま言った。
すると、横のジャスランが抗議するようにびくりと動いた。
「おい、それは──」
「ジャスラン……約束でしょう……。わたしに任せると……。そして、わたしに任せよという指示のはずよ」
ヴィーネが顔をユンゲルに向けたまま、ジャスランに囁くように言った。
ジャスランは不満そうだったが、それで再び口を閉ざす。
「つまりは、王太女殿下に対して兵を出すということですか? どこに? いずれにせよ、わかりました。モーリア家は王太女殿下に従います」
ユンゲルは決心した。
モーリア家は王太女に従う。
まあ、そうなれば、そもそもあのシャングリアは、王太女と仲がいいと耳にするし、むしろよかった。
慎重な性質のはずの自分が、いきなり言われて、その場で、ほとんど下情報なしに決意するのは珍しいと思ったが、後悔はない。
このヴェーネに従うべきだと、いまこそ思う。
「まあ、男爵様なら、そう言っていただけると思いました。王太女殿下は、きっと男爵様の忠義を忘れないでしょう」
ヴェーネが破顔した。
やはり、笑うと驚くほど可愛らしい。
ユンゲルはちょっと落ち着かない気分になった。