【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
「まあ、男爵様なら、そう言っていただけると思いました。王太女殿下は、きっと男爵様の忠義を忘れないでしょう」
ヴェーネが破顔した。
やはり、笑うと驚くほど可愛らしい。
ユンゲルはちょっと落ち着かない気分になった。
「だが、すべてに応じられるわけでもない。王太女殿下はどこに?」
王太女のイザベラは王都にはいない。
その所在は秘密とされているが、実のところ、ユンゲルはイザベラの居場所がノールの離宮だとは知っている。
だが、このモーリア領からは、王都を挟んで反対側になる。
さすがに遠い。
また、イザベラ王太女の居場所を訊ねたのは、味方をすると口にしたモーリアに、どれだけ腹を割るのか試したかったのだ。
「王太女殿下は、東の海に面するノールの離宮におられます。ライス将軍の軍が守っております」
ヴィーネはあっさりと、イザベラの居場所を教えた。
意外だった。
まあ、いずれにしても、ユンゲルは王太女に味方をすると決心した。
どうして、こんなに簡単に決めたのかということが、我ながら不思議だが、ユンゲルはもう決めてしまったのだ。
「ノールの離宮……。遠いですな……」
ユンゲルは言った。
兵を出すと言っても、ノールの離宮となると、流石に王都を通過できないだろうから、大きく北か南に迂回することになるだろう。
しかし、北への迂回ルートは、マルエダ辺境候領を通過することになり、必然的に南に迂回するということになる。
だが、あのキシダインの失脚以来、彼の支持基盤だった南部地域は荒れており、治安も悪化している。
そこを通過するのか……。
どのくらいの勢力を連れていける?
いや、むしろ、どれくらいを期待されているのだろう。
腹を探るよりも、直接に訊ねるか。
「実際のところ、モーリア家の動員可能数はそれほど期待はできませんぞ。すぐに動かせる動員数は二百人というところでしょうか」
すぐに声がかけられる傭兵団の伝手もさらにひとつかふたつはある。
だが、辺境侯のマルエダ家が王への叛旗を掲げているということは、すでに主要な傭兵団には、そっちから声がかかっていると思う。
とりあえず、出動すると決めた以上、全力を尽くすが、代金に多少上乗せするにしても、どれくらいが応じてくれるか……。
しかし、あの南部地域を通過して進むとなれば、それくらいが限度かもしれない。
おそらく、糧道を繋ぐことは無理だろう。
ならば、兵が携行できる分だけで行軍するということになる。
「十分です。別に戦うわけではありませんから。遠方に進むわけでもありません」
すると、ヴェーネが言った。
「戦わない?」
意外な言葉だった。
出兵を求められた以上、その目的は戦だと思った。
戦わないとはどういうことだろうか。
しかも、遠方ではない?
「まあ、絶対というわけではありませんが……。モーリア男爵にお願いしたいのは、ある冒険者の一行を探していただくことです。彼らはナタルの森におります。でも、もうすぐハロンドール側に帰国をすると思いますが、彼らが国境を越える前に、その身柄を押さえたいのです。王国側に捕らわれる前に……」
「えっ、ある冒険者の一行? 捕らわれる前? あっ、もしかして……」
いまの説明で思い当たる人物がある。
一箇月半ほど前に、国王から最重要案件として、王命が届いていた。
その内容はロウ=ボルグ卿という人物を見つけ次第に捕縛して、捕縛した領主や軍は、必ず、罪人として王都に届けよというものだった。
ロウ=ボルグという男には会ったことはないが、些か、モーリア家に関係のある人物でもあるので、しっかりと名前に記憶がある。
すると、ユンゲルの表情から、なにかを悟ったののだろう。
ヴェーネがにっこりと微笑んだ。
「おそらく、思い浮かべた人物が身柄を確保していただきたい人物に間違いないと思います。ロウ=ボルグ卿──。いまは、王命により手配を受けておりますが、そのお方が王国の危機を救うために、重要な役割を果たします。ロウ殿を助けなければなりません」
ヴェーネが言った。
ユンゲルは首をひねった。
実は同じような依頼が、軍の派遣とは別に、マルエダ辺境侯からも届いていたのだ。いや、むしろ、そっちを優先し、それによっては参集しなくてもいいともあった。
つまりはは、マルエダ家からも、ロウ=ボルグ卿が国境を越えたら、絶対に身柄の安全を確保し、兵を率いて、ロウ=ボルグを守りながら、マルエダ辺境侯の指揮する叛乱軍に合流して欲しいとあった。
しかも、マルエダ辺境侯から送られたものから判断すれば、驚くことに、辺境侯は、彼をもって叛乱軍の旗頭にしたい気配なのだ。
マルエダ辺境侯の娘であり、王妃のアネルザがそのロウと親しいことは知っていたが、だからといって、いきなり叛乱軍が彼を担ごうというのは、変な感じだ。
冒険者として成功した男であることはわかっているが、爵位も子爵であり、しかも成りあがりだ。
どうして、辺境侯のような古い家柄の大貴族が、彼を担ぐのだろう?
ユンゲルは、そのロウという人物に関わりが深いものの、まったく面識はない。
だから、不思議に思うだけだ。
ユンゲルとロウという人物の関わりは、モーリア家の一族のひとりであるシャングリア嬢とロウとの繋がりによるものである。
シャングリアは、先代の男爵の娘であり、もしも、シャングリアが男だったら、このモーリア家は、ユンゲルではなく、シャングリアが継いだはずだ。
しかし、モーリア家は昔から男性至上主義の家柄だった。
だから、女が一族の長になるのを嫌った一族の者は、シャングリアではなく、ユンゲルを当主として担いだ。
まだ、シャングリアが成人前のことであり、シャングリアにしてみれば、自分の土地と屋敷を突然に、あまり親しくもない親族に奪われたような気持ちだったろう。
そのことをユンゲルも、ずっと申し訳なく思っていた。
一度は、シャングリアに良縁をあてがい、その婿にモーリア家の男爵位を渡そうかと思ったくらいだ。
だが、逆にそれを嫌ったのか、シャングリアは自らが別の家を立てると宣言して、王都に向かい騎士の爵位を手に入れた。
数年前のことだ。
しかし、そのシャングリアが突然に戻ってきて、ある男と残りの人生を一緒に過ごすと決心したので、どうか認めてくれと、土下座をせんばかりに頼み込んできたのだ。
自尊心の高いシャングリアが、そこまで頭をさげるということに驚愕したものだった。
そのとき、シャングリアが見込んだ男というのが、いま話に出ているロウである。
とにかく、ユンゲルの先代の男爵の娘であり、本来はこの男爵家を継ぐべきだったかもしれないシャングリア嬢の希望は、そのロウを慕って冒険者になりたいということだった。
最初は、そんな眉唾物の男に、死んだシャングリアの父から預かっているつもりの、大切なシャングリアのことを認めるのは気が進まなかったが、なによりも、シャングリア自身が熱望していたし、ユンゲルが本来は彼女が継ぐはずだった男爵家を継いで以来、ずっと悶々として鬱積したような感情を抱えるだけだったシャングリアが、あんなにも生き生きと彼のことを語り、笑い、そして必死に、そのロウと一緒に生きたいと訴えたこともあり、ユンゲルは、とりあえず、話を聞くことにした。
しかし、よくよく聞けば、その男はシャングリアだけではなく、たくさんの愛人がいるのだという。
ますます認めたくなくなったが、とにかくシャングリアが心からそのロウを慕っているのがわかったので、最終的には渋々ふたりの付き合いをモーリア家の家長として認めた。
すると、そのロウは、驚いたことに、やがて、王妃アネルザと昵懇になり、国王にも気に入られ、あれよあれよといううちに、あっさりとモーリア家よりも上位爵位である子爵の爵位をもらい、さらに王太女の相談役の枢機卿という権威のある地位についたのだ。
驚いたものだった。
しかも、王都からの情報によれば、ロウの活躍は大変なものであり、さらに、王妃が本当にロウのことを気に入っていて、王太女の夫にすることまで考えているという信じられない噂まであった。
そうなると、シャングリアがどういう扱いを受けているか気にもなったが、彼についてはいい噂しか入って来ず、シャングリアについても、ほかの女にしても、本当に大切にされているということだった。
だったらいいかと思った。
シャングリアを政略結婚の道具のように考えるのは意に沿うものではないが、地方男爵の女が望み得る相手としては、シャングリアはかなりの大物を引き当てたと言っていい。
でも、なぜ、ロウという男なのだろう──?
国王がロウのことを突然に捕縛指示を出す──。
マルエダ辺境侯は、自分自身が集めている叛乱軍に、ロウという男を旗頭として考えている──。
いま、王国の使者だと自己紹介をした魔女は、王太女に味方し、さらに、ユンゲルにロウの身柄を確保させて、彼の安全を確保することを手伝えという。
すべてがロウを中心に事態が推移している?
どうして──?
「教えてもらえますかな? そのロウという人物をどうして、皆がこだわるのでしょうか? 彼になにがあるのですか?」
訊ねた。
すると、にっこりとヴェーネが微笑んだ。
「彼は、これぞ英雄というお方です……。すなわち、クロノスです。でも、王太女殿下が彼にこだわるのは簡単な理由があります」
「簡単な理由?」
「つまり、王太女殿下のお腹の中には子供がいるのです。ロウ殿との……」
「ええっ?」
ユンゲルは驚愕した。
王太女が妊娠?
本当に?
つまりは、ロウ=ボルグ卿は、次の王太子の父親?
そして、それは王太女の夫に最も近い男ということになる……。
これは……。
シャングリアは、そんな男の愛人なのだ……。
ちょっと唖然としてしまった。
ヴェーネが咳払いした。
「それよりも、具体的な相談をしましょう」
そのとき、ヴェーネが机の上に小さな布袋を出し、じゃらじゃらとたくさんの指輪を出した。
ただ、どこから出したかわからない。
魔道か?
しかし、収納魔道は、相当の上位魔道遣いでなければ遣えないはずだが……。
「……まずはモーリア家の兵を国境を越えさせて、ナタルの森からハロンドールに繋がる主要な経路を全て押さえてもらいます。そして、ロウ殿一行が通り次第に、事情を説明して、彼らを保護してください。ただ、あまり大きな動きをすると、国境警備の王軍を刺激するかもしれません。彼らは逆の立場でロウ殿を捕えようとしていますので、わたしたちがロウ殿を保護しようとしていることが知れると、阻止するように動くかもしれません。だから、これを使います」
ヴェーネは卓に拡げた数十個の指輪からひとつを取り出した。
「それは?」
おそらく、魔道具だろう。
だが、もちろん、どんな効果があるのかわからない。
「口で説明するよりも、実際に見てもらうのが早いでしょう。どなたか、数名呼んで頂けますか?」
ヴェーネが言った。
言われた通りに、呼び鈴で侍女を呼んだ。
ふたりほどやって来る。
「指輪をしてください」
ヴェーネがふたりに指輪を渡した。
侍女たちが指輪を嵌めると、ヴェーネがユンゲルに視線を向ける。
「魔道を注ぎます」
次の瞬間、ふたりの侍女の姿が消滅した。
「えっ?」
びっくりして、ユンゲルはその場で腰をあげてしまった。
「指輪を外してください」
ヴェーネが言うと、すぐに侍女の姿が出現した。ふたりとも、指輪を外したばかりの格好だ。
「どうかしたのですか?」
「旦那様?」
侍女たちは不思議そうな表情だ。
なにが起きたのかわかっていない感じなので、指輪をして姿を消滅させた側には、特段の変化はなかったのだろう。
「どこか、身体に異常は?」
ヴェーネが訊ねたが、ふたりとも、なんともないと返事をした。
ユンゲルはふたりをさがらせた。
「この指輪をして、森の中に隠れてもらいます。兵の皆さんへの魔道の供給はこちら側やります。それなりの広範囲でも問題ありません。やっていただけますね?」
「これは驚いた──。なんということだ。これがあれば、数十人であろうとも、一万に等しい活躍もできるかもしれん。だが、あなたはここにある指輪の全部に魔道を注げるのか?」
ユンゲルは言った。
「もちろんです……。また、ここには五十しかありませんが、二百名の動員であれば、もう百五十個は三日以内に準備します。四日目に出動ということでいかがでしょう? その程度であれば、十日分くらいの兵糧は準備があります。収納魔道で格納しているのです。それ以上になれば、補給のことをお頼みしなければなりませんが……。もちろん、兵糧の確保に必要な軍費は王太女側で後日補填します」
「三日? 兵糧の十日分──? 驚きました。もちろん、問題ありません。四日後に出動ということで準備をしましょう。補給も大丈夫です」
「では、そういうことでお願いします。現地での細かい指示はこっちのジャスランがします。彼女はとても指揮をすること慣れてます。彼女の指図にお従いください」
「おいっ」
ジャスランが声をあげた。
だが、ヴェーネはジャスランににっこりと笑みを向けた。
「あら? それとも隊の指揮はできない?」
「そんなわけあるか。私を馬鹿にしているのか――」
「ならば問題ないわね」
ヴェーネが言った。
そして、再びユンゲルに身体を向け、座ったまま頭をさげた
「では、男爵様、改めてよろしくお願いします……。このジャスランが四日後に来ます。彼女に従ってください。万が一、彼女が来ないときには、この話はなかったことにして、すべてを忘れてください……。……絶対です……」
「わかりました。お約束します」
モーリアはきっぱりと言った。
ヴィーネが“絶対”という言葉を口にしたとき、得体の知れない強烈な衝撃が心臓を掴んだような錯覚に陥ったが、すぐになくなった。
また、気にならなくなった。
それよりも、四日後に再来する目の前のジャスランの指揮に従う……。
その言葉が繰り返し頭に響いている。
彼女がやってこなければ、すべてを忘れる……。
「もちろんです。でも、あなたは一体全体何者ですか?」
目の前の彼女がそこまでの魔道遣いという認識はなかったが、この期に及んではったりはないだろう。
彼女は本当にそれだけの力のある魔道遣いなのだ。
おそらく、ヴェーネというのは偽名だろうが、これほどの魔女が世に埋もれているわけがない。
多分、すでに相当に有名な魔道遣いない。
「わたしですか? そうですねえ。わたしは何者ということになるのでしょう……。まあ、確かなことは、これから探していただくロウ様のことを大切に想っている女のひとりということでしょうか……。ロウ様に飼育される雌犬ですわ──。きゃっ」
ヴェーネが突然に顔を真っ赤にして、無邪気な声で両手を頬にあてた。
「はっ、なんだ? 突然に色呆けか?」
黙っていたジャスランが呆れたように言った。
さすがにユンゲルも、すっかり呆れてしまった。