【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
結局のところ、エビダスに入ってきた情報の中から確信的なものは得られなかった。
ロウ=ボルグという男は何者なのか?
わかっているのは、彼がハロンドール王国の王都から派遣された
特段に犯罪歴などはない。
そもそも、犯罪歴がある時点で、
なかなかの人物といっていい。
ただ、人物として、わかったのはそれくらいだ。
さすがに、それ以上のことは調べられなかった。
エルフ族の行政府長である太守夫人のカサンドラが、いかなる理由により、ロウ=ボルグたる冒険者を捕らえようとし、戒厳令まがいの大捜索網を敷いて、ほぼひと晩のあいだエルフ軍を大量動員までやったのかは、一切が不明だ。
エビダスが知りうる限りにおいて、ロウ=ボルグという冒険者は、ナタル森林との接触はない。
もっとも、エビダスが知ることができたのは、ロウがハロンドールの王都で冒険者となった、二年足らず以降のことであるので、それ以前の行いがもたらすものということであるのかもしれない。
エビダスは、溜息をついた。
つまりは、あれから集めまくった情報においては、ロウという人物について、なんの落ち度らしきものを見つけられなかったということなのだ。
コゼとイライジャのふたりに申し訳ないことをやった後、エビダスは、ロウという男が悪人なのか、それとも、本当に庇護すべき対象だったのかを調べようとして、ギルドにある通信具を使って記録を集めまくった。
だが、結局、ロウがなんらかの犯罪行為をやったという情報は得られなかった。
それは、エビダスにとって、愉快なことではない。
エビダスが、冒険者ギルド法に反して、
だが、調べた限りにおいて、エビダスの今朝の決断というのは、正しかったのか、それとも、正しくなかったのかわからない──ということだ。
コゼとイライジャと名乗ったふたりの女……。
明け方前に突如として、この冒険者ギルドにやってきて、保護を求め、さらに、ロウという男の救援に協力をするように依頼してきた。
だが、エビダスは、拒否した。
このナタル森林において、水晶宮の権威、そして、エルフ女王のガドニエルは絶対だ。
それに逆らえば、いなかる組織も、個人も存在し得ない。
だから、水晶宮に追われているロウという男をギルドで助けるなどというのは、あり得ることではない。
既存の権力から独立する国境を越えた巨大な互助組織というのが、冒険者ギルドの存在意義だが、ナタル森林内で成立したばかりであり、ひとつの地方支部も持っていないナタル森林の冒険者ギルドでは、力が弱すぎる。
エビダスは、水晶宮と敵対する決断をすることができず、ギルドにやって来たコゼとイライジャというふたりの女を傷だらけのまま、転送術が刻まれている護符で、まだ水晶軍の捜索隊が徘徊している下層地区の広場に騙し送った。
エルフ軍の捜索隊の捕縛対象には、ロウのみならず、彼のパーティメンバーも含まれているのは当然なので、おそらく、彼女たちはあのまま水晶軍に捕らわれたのは間違いないだろう。
なにしろ、回復薬だと嘘をついて、睡眠剤を服用させたうえに、広場に転送したのだ。
万が一にも、逃亡に成功したはずはない。
その証拠に、あれだけ動き回っていた水晶軍は、陽が昇ってシティが明るくなる頃には、軍を引きあげて、下層地区にはいつもの平穏が戻っている。
つまりは、水晶軍の目的が、ロウにしろ、コゼとイライジャだったかにしろ、すでに捕らえたということに間違いないと思った。もしも、彼女たちがまだ捕らわれていなければ、いまだにエルフ兵が下層地区を動き回っていたに違いないのだ。
それで、上級貴族への伝手や行政府に入り込ませている情報屋を総動員して、確認したところ、ロウらしき男が水晶軍に捕らえられたという情報は得ることができた。
たったいまのことだ。
引き続き、情報を集めて、有益なものを得次第に、この下層地区の冒険者ギルドにいるエビダスに送らせる手筈になっている。
エビダスは、ギルド長としての執務室を出て、普段は冒険者が集まっているロビーに向かった。
そこでは、ギルド職員数名が勤務をしている。
もっとも、冒険者はまばらだ。
今日においては、クエスト終了報告以外の受付は中止をして、新たなクエスト斡旋や、素材買取などの業務は実施しないという旨を達しているからだ。
さすがに、昨夜の今日だ。
あれが、なんだったのかわからないうちは、ギルドとして冒険者をシティ内で動かすわけにはいかない。
「なにか、新しい情報は?」
残っているギルド職員にエビダスは声をかけた。
通常業務がない代わりに、職員には、昨夜の顛末に関する情報収集をするように命じている。
外に出ている職員も、そのために動いている。
「特には……」
残っていた職員がエビダスに応じた。
「そうか」
エビダスは頷き、そのままギルドの建物内にある厠に向かった。
ナタル森林以外の場所では、厠は建物外にあることが多いと耳にするが、ナタル森林でしか製作できないクリスタル石、すなわち、魔法石がふんだんにあるエランド・シティでは、魔法石を埋め込んで作った魔具により、糞尿を水流によって送り流すという設備が大抵の場所では整っている。
だから、厠を建物内に設置できるのだ。
厠に入り、戸を閉める。
エビダスは、小尿をするために、男の小尿用の便器に向いて、放尿を始めた。
すると、用を足し終わると思っていたときに、不意に天井に気配を感じた。
顔をあげると、天井の板が外されて黒い穴が覗いている。
エビダスは首を傾げた。
「動くんじゃないわよ。叫ぶこともね……。そのままにしてなさい」
いきなりだった。
ズボンから出ている男根の下に、すっと小刀を差し入れられたのだ。
「ひっ、なっ」
さすがに声をあげそうになったが、小刀ですっと一物を持ちあげられて、慌てて声を呑み込んだ。
竦みあがりそうになったが、当てられていたのは刃の背の部分だった。
「両手を壁につけなさい。その粗末なものは、そのまま出してなさい」
若い女の声──。
エビダスは、その声の持ち主が誰であるのかわかった。
確か、コゼ……。
生きていたのか……。いや、捕らわれなかったのか……。
言われたとおりにする。
すぐ後ろにいるのにコゼの気配は全く感じない。
ただ、小刀を持つ腕だけが、にゅっとエビダスの股間に突き出されているのみだ。
「コ、コゼ殿か……。い、いや、あ、朝のことは……そ、その……」
「まだ、喋らなくてもいいわ……。ただ、もしも、あんたのここをちょん切ってもらいたければ、いくらでも叫ぶといいわ……。とにかく、よくもやってくれたわね。もちろん、仕返しされる覚悟はできてんのよね」
「そ、その……許してくれ……。ギ、ギルドを守るために仕方なく……」
「仕方なきゃ、なにやってもいいの? ギルド資格を剥奪される覚悟はしなさい。それと、あんたのそこがなくなるのもね」
「うわっ、か、勘弁してくれ。た、頼む──」
エビダスはさすがに恥も外聞もなく哀願した。
背中に冷たいものが流れ続けている。
いずれにしても、コゼたちはエルフ兵たちから、うまく逃げ延びたのだと悟った。
怒るのも当然か……。
「この建物には、警備のための結界が張ってあるわよね。解除しなさい……」
警備の結界?
確かに、このギルドの建物には、侵入者防止のための探知結界が張ってある。もちろん、ギルド長であるエビダスは、その警備結界の解除も展張もできる。
「だが……」
エビダスは戸惑った。
すると、一物の下に置かれている小刀が刃の側が上になるように、裏返る気配を示した。
「うわっ」
慌てて、指の魔道リングを通じて、警備の結界を除去をする。
エビダスたちドワフ族は、全員が魔道を遣えるが、この魔道リングを通じて魔道を発揮する。
その直後に、厠の外に誰かが現われる気配が発生した。
転送術?
そんな感じだ。
「結界を戻していいわ……。警備結界を解除したままだと、ほかの職員が怪しむものね」
コゼの声……。
エビダスは再び警備のための結界を張り直す。
「指輪を外して渡しなさい……」
小型を持っていないコゼの手が前に来た。
エビダスは、壁に手を付けたまま指から魔道リングを外して、その手に載せる。
手が引っ込む。
股間の下の小刀が引っ込み、素早く喉に移動する。
「しまいなさい。ゆっくりとね……。ちょっとでもおかしな動きをすれば、喉を引き裂くわ」
コゼが言った。
エビダスは口の中に溜まった唾液を呑み込んだ。
コゼの言葉に嘘はないだろう。
彼女が凄腕のアサシンだということは、完全に理解した。
いまこの瞬間にありながら、エビダスともあろうものが、彼女の気配を背後に感じない。
まるで、小刀をつけつけている腕だけがここに存在するかのような錯覚に陥る。
それだけのアサシンなのだ。
コゼたちをひどい目に遭わせたエビダスを殺すことを躊躇うとは思えない。
とにかく、外に出したままの一物をしまった。
すっかりと縮こまっているが、とりあえずほっとした。
殺されるとしても、性器を露出したままの情けない恰好で死にたくない。
「両手を頭の上に……。こっちを向いて床に座って……」
言われるとおりにする。
コゼは明け方のときとは違い、しっかりとした服装を整えていた。負傷をして弱っていたが、どうやら完全に回復している。
険しい視線でエビダスを睨んでいる。
小刀の刃はしっかりとエビダスの喉に突きつけられたままだ。
すると、コゼが厠の戸をこちらから開いた。
戸の外には、ふたりの女がいた。
ひとりは黒い肌のエルフ族であり、ここから追い出したとき、コゼと一緒にいたイライジャだ。
もうひとりはわからない。
美しい青白い髪をしており、耳が外に出ていないので判別できないものの、多分、人間族だと思う。
ただ、エルフ族かもしれない。随分と整った顔立ちだ。
すると、イライジャが口を開いた。
「あんたがやったことは、ギルド法違反よ……。わかっているわね。報復の対象として、ギルドから追放されて、賞金がかけられる。つまり、死刑ね」
冒険者ギルドは、その建物内に限り、どんな王や領主にも治外法権の協定を結んでいることがほとんどだが、大抵は一歩建物の外に出れば、その土地を支配する権力者の布く法が適用される。
だから、通称ギルド法と称する決まり事も、ギルドから抜けて逃亡してしまえば、適用はされないのだが、冒険者ギルドは、ギルド法を犯した者に対して、罪に応じた賞金を懸けて放逐してしまうのだ。
しかも、武器を持つ者なら剣が握れないように腱を切って……。魔道を遣うものであれば、取り外し不可能な魔道防止の首輪を嵌めて……。
すると、その賞金目当ての賞金稼ぎたちが、命を奪うというわけだ。
これがギルド法を犯した者への処置である。
「ギ、ギルドを守ろうとして……。す、すまない……」
エランドはそれだけを言った。
「ギルド内では、わたしたちについては、どういうことになっているの? 庇護を求めた冒険者を不当に権力に渡したことを知っているのは? あなただけ? それとも、ほかの職員も共犯?」
さらにイライジャが言った。
コゼが小型の背の側でエビダスの喉をぐいと持ちあげた。
嘘をつくなということだろう。
いずれにしても、エビダスには、もう誤魔化す気はない。
逆らってはならないということは、強く認識できた。
「お、俺の独断だ……。あ、あんたらは勝手に出ていったということになっている……」
エビダスは言った。
すると、もうひとりの女が前に出てきた。
「ならば、こっちですね。では、この丸薬を飲んでください。問題ありませんわ。致死性の毒ですけど、効果が出現するのは、丸一日後です。魔道の膜をしています。一日以内に解毒剤を飲めばどうということはありません」
「ど、毒?」
さすがにびっくりしたが、丸薬を出しだす女は、にこにこと無邪気そうに微笑んでいる。
「拒否できる立場?」
コゼがすごんだ。
エビダスは、丸薬を受け取って、口に入れる。
なんとか唾液で喉の奥に流し込む。
すると、やっとコゼが刃物を引いてくれた。さらに、さっき取りあげた魔道リングを投げ渡される。
「返すわ。どうせ、あんたが魔道を遣うよりも、あたしがあんたの喉を引き裂く方が速いしね」
「じゃあ、改めて、話をしましょうか。こんなところじゃなんだから、移動しましょう。あなたの応接室でいいわね。言うまでもないけど、人払いをしてよね」
コゼの言葉に続いて、イライジャが言った。
エビダスは黙って頷き、床に落ちている魔道リングを拾いあげた。