【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
「つまりは、ご主人様……ロウ様は、水晶軍に捕らわれてしまったということ?」
コゼが強い口調で言った。
イライジャもまた、その横で内心で歯噛みした。
逃げ回って、追跡者を誘導するよりも、やはり、ロウとの合流を図るべきだったか?
だが、最初に軍営から脱したとき、イライジャたちに尾行がついているのは明白だった。
だから、ロウにところには向かわずに、下層地区を逃げ回って、わざと追跡者を関係のない場所に連れまわした。
追っ手を本当に巻いたのは、このギルドに入り込む直前だ。
まさか、ギルド長ともあろう者が、提携されているギルド法を無視して、庇護すべき冒険者をそのまま当局に渡す仕打ちをするなんて、計算外だったが……。
イライジャは、視線を机越しの椅子に座っているエビダスに向け直す。
ドワフ族特有の小さな身体が、ますます小さくなっている気がした。
エランド・シティの下層地区の冒険者ギルド──。
そのギルド長の執務室に接する応接室だ。
エビダスを連れて、ギルドのロビーに戻ったとき、イライジャたち三人を訝しむ職員は、イライジャの観察でもいなさそうだった。
厠から戻る途中で、どこからかやってきて、エビダスと合流したとでも思ったのかもしれない。
エビダスが、スクルドに急遽準備してもらった時限付きの毒を飲まされて脅されているとは、夢にも思わないだろうし、エビダスもほかの職員に助けを求める素振りもしなかった。
職員たちには、奥に行くので構わないでいいと告げただけだ。
ただ、ロウ=ボルグに関する情報があれば、構わずに告げに来いとも指示をしていた。
イライジャたちを追い出したものの、エビダスはエビダスで、情報だけは懸命に集めさせていたみたいだ。
いまは、応接室のソファに座り、エビダスが現段階で集めた情報を聞いているところである。
イライジャたち三人は、長いソファに横並びに座り、エビダスは向かい合うひとり掛けに腰をおろしている。
いずれにしても、今朝方のことは、イライジャたちはギルドに庇護を求めた後、自発的にギルドを去ったということになっているようだ。
だから、再び戻ってきても、怪しむ者はいなかったということである。
それはさておき、エルフ族の都と称されているエランド・シティの冒険者ギルド長だけあり、さすがにエビダスは、そこそこ情報通だった。
あれから、半日程度の時間しか経っていないのに、それなりの情報を集めていた。
まずわかったのは、すでにロウが水晶宮に捕らえられてしまったという事実だ。
エリカも一緒らしい。
だから、イライジャは愕然としてしまった。
そして、夜のあいだ逃げ回っているあいだに、結局、ロウとエリカが捕らわれてしまったのだと思うと、口惜しさに腹が煮え返った。
自分の判断は間違っていたのか……。
むしろ、危険を冒しても、ロウと合流し、水晶軍がロウを捕らえようとしていることを伝えるべきだったか……。
後悔が走る……。
だが、あのまま、ロウたちのところに戻れば、イライジャたちを追って、捕縛の手がロウたちに結びつく危険があったのも確かなのだ。
だから、あえて、ロウのところには戻らず、夜のあいだ追っ手を引き回して、この冒険者ギルドに逃げ込んだ。
実際、すでに、スクルドによって外してもらったが、イライジャとコゼの身体には、居場所が魔道で追えるような探知具を身体に植えつけられていた。
拷問のときに、ひそかに装着されたのは明白だ。
「水晶軍の軍営は、水晶宮そのものの一部だ。ロウ殿と連れのエルフ女性は、そこに連れていかれた。いま現在、そのふたりが水晶宮にいるというのは間違いないみたいだ」
イライジャたちの苛つきが伝わるのか、エビダスは申し訳なさそうな表情をしている。
「行くしかないわね……。覚悟はいい、淫乱巫女?」
すると、コゼが呟くように言った。
イライジャとは、コゼを真ん中にして反対側に座っているスクルドが反応する。
「もちろんですわ。いつでも大丈夫です。でも……」
スクルドがコゼの言葉に頷いたものの、なにか言いよどむような様子を示した。
だが、イライジャは、コゼが水晶軍に突入するつもりだということを悟った。
しかし、無策に飛び込むのは危険だ。
その場所は、この世でもっとも強い防御結界がかかっているとしても過言ではない水晶宮だ。
いくらコゼでも、あっという間に捕らわれて終わりだろう。
「待って、コゼ。その前に策を……」
しかし、言葉を続けようとして、イライジャは口をつぐんだ。
横のコゼは、これまでの時間で接したことのないような怒りの表情をしているのだ。顔色は蒼いどころか、真っ白だ。
「だけど、ご主人様とエリカは、水晶宮にいるのよ……。だから、ちょっと行ってくるわね、イライジャ。あんたはここで待ってて。スクルドは来なさい」
「待ちなさいよ、コゼ──。ちょっと行ってくるって……」
まさか、捕らわれたロウたちを救出するため、無策で水晶宮に飛び込む気か?
自殺も同じだ。
しかし、すでにコゼは部屋を出ていく気配で、スクルドとともに扉に向かおうとしている。
イライジャは慌ててその腕を掴んだ。
「待ちなさい。無茶よ──。とにかく、もっと情報を集めよう、コゼ……。水晶宮で捕らわれたとしても、そこにいるとは限らないわ……。それで、ロウたちは、水晶宮のどこに? 軍営? それとも行政府側? いえ、……というか、ふたりに怪我は? どういう状況で捕らわれたの?」
イライジャはコゼの腕を掴んだまま、エビダスに視線を向ける。
一方で、コゼの腕を掴んで気がついたのだが、コゼの身体は怖ろしく熱いし、身体が小刻みに震えている。コゼが見かけ以上に、頭に血が昇っているということがイライジャにはわかった。
「捕らわれたというのは数ノスも前のことだし、まだ詳しくは……。ただ、場所は水晶宮の中庭の庭園のようだ……。少なくとも、その場で殺されたりはしていない。それだけは確かだ。いまはどこかに監禁されているということまではわかっている。それが水晶宮の中であるかも、まだわからん……。待ってくれ。詳しい場所は捜索させる」
「水晶宮の庭園? そんなところで捕らわれたの?」
エビダスの言葉に、思わず、イライジャは問い返した。
てっきり、昨夜の大捜索隊によって、宿屋でも急襲されて捕まったと思ったのだ。
しかし、ロウとエリカが捕らわれたのは水晶宮だという。
「ご主人様たちは、水晶宮に潜入しようとしていたということ?」
コゼが不審そうな口調で言った。
一方で、掴んでいたコゼの腕の力が緩んだので、イライジャはコゼから手を離した。
ちょっとだけ落ち着いた気配だ。
少なくとも、すぐにでも飛び出していきそうな様子は消えている。
「目撃者の話だと、突然に水晶宮のど真ん中に出現したのだということだ……。まるで、魔道で転送されてきたみたいにな。しかし、衛兵の詰め所のすぐ近くの庭園だ。捕らわれたのはあっという間だったらしい」
エビダスが言った。
イライジャは首を傾げた。
随分とおかしな話だ。
ロウは、イライジャの依頼により、エルフ族の女王のガドニエルにさらわれたというユイナを探してくれていた。
ガドニエルがいるのは、イムドリス宮と称される強い結界に包まれている奥地であり、そこに到達するには普通の方法では不可能で、このエランド・シティの水晶宮の奥にある転送門でなければ入ることはできないと言われている。
だから、ロウも水晶宮に潜入する方法を探ろうとしていたのだ。
従って、その水晶宮にロウが現われたとすれば、なんらかの意図をもって、潜入したということは考えられる。
でも、なぜ……?
しかも、どうやって……?
魔道であれば、移動術という手段もあるが、まだミウは遣えない。
ましてや、エリカでは無理だ。
そもそも、あの魔道は、転送先の場所を術者が頭に思い浮かべなければ、転送はできない。
つまりは、魔道で出現したとすれば、それはミウではないということである。
そうなると、ロウたちは、自発的に水晶宮に転移したのではないということになる。
しかも、場所は水晶宮だ。
外部から魔道で入り込めないように、強力な結界は張ってある。
不可能だ。
「だけど、どうして、たった数ノス前に起きたらしい水晶宮の出来事が、こうやってすぐに情報として伝わるの?」
イライジャはエビダスに訊ねた。
すると、エビダスが初めてにこりと微笑んだ。
その表情で、なんとなくわかった。
おそらく、水晶宮に務める者の中に、何人もの手の者を潜入させているのだろう。
今朝のことで信頼感は皆無だが、ギルド長としては、そこそこ抜け目もないらしい、
「ちょっと待って──。そういえば、捕らわれたのは、ご主人様とエリカだけ? ほかのみんなは?」
コゼが口を挟んだ。
イライジャも感じた疑念だ。
これまでの話の中では、シャングリアやミウやマーズやイットのことは出てこなかった。
エビダスは、これまでで掴んでいる情報によれば、ロウとエリカ以外の者の話はないと断言した。
「いずれにしても、まずは方法を考えましょう」
イライジャは言った。
だが、コゼがかぶりを振る。
「そうも言っていられないわ……。とにかく、どんな状況であろうと、ご主人様が捕らえられた……。だったら、取り返しに行くだけよ。こいつを使うわ……。スクルド、あんた、移動術でわたしを水晶宮の内部に転送しなさい」
「待ってくれ。もう少し待て……。もっと詳しいこともわかる。今更信用できんかもしれんが、こうなったら罪滅ぼしに協力する。情報を集めさせているのは確かなのだ。だが、いまのいまでは、その場所も不明だ。水晶宮の中にいるのであれば、しばらくすれば情報も入る。それまで、待ってくれ──。少なくとも、殺されたという情報はない。だから、死んではいないと思っている……」
エビダスが割り込むように言った。
だが、“死”という言葉が、イライジャの心を冷たくする。
昨夜、不用意にもイライジャはコゼとともにエルフ兵たちに捕らわれてしまった。
やはり、ロウたちを巻き込むべきではなかったのだ。
ユイナの救出に関わらせたことが、昨夜の大捜索に繋がっているのだとすれば、考えていた以上に大きなものが背景にあるということだろうし、ユイナのことをロウに依頼してしまったことに大きな後悔が襲う。
「なにを悠長なことを……」
そのときだった。
ずっと、余裕のあるような態度で、時折、微笑みさえ浮かべていたスクルドがむっとした口調で呟くのが耳に入った。
視線を向けると、明らかに怒っていた。
イライジャは当惑した。
「そうよ。情報は情報で集めればいいわ。ただ、あたしは行く。準備しなさい、スクルド」
だが、コゼは再びすぐにでも立ちあがらん態勢だ。
そのとき、スクルドがそれを押しとどめた。
「いつでも。ただ、そのことなんですけど、コゼさん……。おふたりは、上層地区から下層地区に逃げてきたのですよね。どうやって、降りて来られたのですか? 上層地区との移動は、移動用の塔を使うしかないと思いますが、逃亡中もそれを? そこには見張りがいるのでは?」
そして、訊ねた。
もっともな質問と思った。
このエランド・シティは、この下層地区と、浮遊都市と称される上層地区に分かれている。本来のシティというのは、上層部のことであり、そこに向かうには、シティのあちこちにある移動用の塔を使うしかないことになっている。
ただ、そこには必ず警備の者がいて、エルフ族以外の者が上層地区に勝手に行くのを監視している。
だから、逃亡をしていたイライジャとコゼがどうやって下層地区に辿りたのかと疑問に思ったのだろう。
「貨物用のチューブを使ったのよ。ただ、それは向こうは、知っていて見逃したのだと思うわ。あたしたちには、尾行がついていた。向こうとしては、あたしたちが下層地区に戻るのを待っていたんだから」
コゼが言った。
すると、スクルドが眉間に皺を寄せて、少し考え込む仕草になった。
「どうしたのですか?」
イライジャはスクルドに言った。
コゼは気安い口調で接するが、イライジャからすれば、ハロンドールの王都第三神殿の神殿長といえば、雲上人に等しい。
まあ、一郎の屋敷に集まり、王妃、王女などと混じって羽目を外した記憶はあるが、性宴の酔いのようなものが醒めれば、やはり、お互いの社会的地位というのを思い出す。
それにしても、ロウを追うために、処刑を装って死んだことになっていると教えられたものの、本当のことだろうか?
「だったら、どうやっても、移動用の塔を使うしかないかもしれません。多分、あれは単なる昇降設備ではありません。移動術の跳躍設備が組み込まれていると思います。このシティの上には、上層地区と呼ばれるものなど存在しません。おそらく、どこか、別の場所にあるのだと思います。そこがどこにあるのかがわからなければ、魔道でも、ロウ様を追いかけようがないのです……。ああ、どうしましょう。こんなときに、お役に立てないなんて……。でも、どうやって、ロウ様のところに行けばいいのか……」
スクルドがぶつぶつ言い始めた。
イライジャは口を挟んだ。
「待ってよ、スクルドさん……。あのう……。このエランド・シティは特別で……。空中浮遊都市という二つ名もあるのよ……。上層地区は見えないけど、結界に包まれているだけで、実際にはそこにあって……」
おそらく、スクルドは、エランド・シティの秘密を知らないのだと思った。
なにしろ、下層地区からは上層地区は見えず、知らない者は、下層地区のあちこちにある塔が空に溶けるようになっているのを見て困惑するのだ。
だが、上層地区は確かにある。
下から見えないだけなのだ。
下層地区からは、上級エルフ族たちの仕掛けにより、上の空まで見えるが、実際には、そのあいだに、水晶宮を含む上層地区が存在する。
実際、上層地区にあがれば、眼下の下層地区を眺めることもできる。
イライジャも、冒険者としてこのシティに登録していたので、数回程度上層地区に行ったことはある。
しかし、スクルドは、イライジャの言葉を途中で遮った。
「浮遊都市の噂は、わたしも承知しています。でも、実際にここに来て、噂とは異なるということがわかりました。この下層地区と呼ばれる場所の上層にはなにもありません。眼に見えないように結界が張られているのではなく、逆に、なにがが存在するように魔道で覆っているだけですね。水晶宮は、このシティの上ではなく、どこか別の場所にあると思います。あの塔は上層への移動装置ではなく、隠されているシティに通じる転送装置です」
スクルドは断言した。
イライジャはびっくりした。
そして、エビダスを見た。
エビダスは、スクルドの言葉に接して、とても困ったような表情になっていた。
もしかしたら、スクルドの言葉が真実?
イライジャは、エビダスを促すように視線を向けた。
「……そのような噂もあります。見えない都……、見えない宮殿……。だが、このお方の言う通り、移動用の塔を使わなければ、上層地区に辿りつく手段はないとも言われております。これまで、移動の塔や貨物用チューブ以外の手段で、上層地区に到達した者の話は聞きません。結界で隠されているとはいえ、確かにそこにあるはずなのに……」
エビダスだ。
「だったら、どうするのよ──。いま、こうしているあいだもご主人様は──」
コゼが苛立ったように声をあげた。
イライジャは、エビダスを指さした。
エビダスが困惑した表情になる。
「だったら、やっぱり、こいつ、エビダスを使うしかないわ……。エルフ族であれば、塔を使うことができる。だけど、わたしは、すでに手配をされているので塔には近づけない──。だったら、こいつよ。こいつに行かせましょう。スクルドさんは手配は受けてないので、随行者として同行すればいい。わたしとコゼは、大きめの鞄の中にでも隠れるわ。荷物として運んでもらう」
イライジャは言った。
「なるほど、それなら、大丈夫かもしれませんね。おふたりが隠れた鞄は、わたしの魔道で浮かばせます。軽々と持っていれば、まさか人間が隠れているとは考えないでしょう。それでいきましょう」
スクルドが膝を打った。
「じゃあ、さっそく準備をして、あんた──」
コゼだ。
だが、エビダスは顔色を変えた。
「ま、まさか、そんなことうまくいくわけが……。それに鞄を調べられたら……」
「うまくいかせなさい。失敗すれば、明日には毒が解凍されて死ぬだけよ。今日死ぬのと、明日死ぬのとどっちがいいのよ──。今日を選べば、生き残れるかもしれない。うまく上層地区まで辿りつけば、その場で解毒剤をあげるわ」
コゼがまくしたてた。
「そんなあ……」
エビダスが泣き声をあげた。
「仕方ありません。拷問しましょう。お任せください。言うことをきかせましょう……。ところで、コゼさん。ロウ様をお助けしたら、わたしも“ご主人様”とお呼びするご褒美が欲しいんですけど……」
「勝手にしなさいよ。なに言ってんのよ――。いま、言うこと?」
コゼが怒鳴った。
一方で、スクルドはにこにこと笑みさえ浮かべている。
だが、イライジャは気がついてきた。
スクルドは、ああやって微笑んでいるが、実は笑っていない。目元が厳しい。もしかしたら、冷静なように見えて、まったく冷静でない?
そんな感じだ。
だったら、どうしよう。
このまま、ろくに準備しないで、突進しそうだ。
そのときだった。
突然に目の前に、透明の球体が浮かびあがったのだ。
言玉だ。
通信連絡用の魔道であり、魔道で伝言だけを運んでくるのだ。
エビダス宛であり、エビダスはその場で言玉を開いた。
すると、声はギルド職員だった。
どうやら、来客だという。しかも、ロウからの伝言を運んできたと言っているようだ。エルフ族の女だという。
ただ、名は名乗らないようだ。
イライジャはびっくりした。
「ご主人様の──? すぐに寄越して」
横で聞いていた、コゼが声をあげた。
「待って、危険よ。怪しいわ。そもそも、ロウの伝言って、なによ──? 彼は水晶宮で囚われているんでしょう? そのロウがどうして、伝言を運ばせることができるのよ」
「怪しければなによ──。そいつを締めあげて、なんでも吐かせればいいのよ」
コゼが言った。
「賛成です、コゼさん。締めあげて、ロウ様のところに向かう方法を喋らせましょう」
スクルドも大きく頷いている。
まったく……。
イライジャは、内心で嘆息した。
とにかく、対応を話し合い、コゼとイライジャについては、この応接室の中にある茶器室に隠れることになった。
残るのは、エビダスとスクルドだ。
対応するのは、エビダスだが、顔の割れていないスクルドは、その見張りということだ。
エビダスが来客をこっちに寄越すように、言玉を返した。
イライジャとコゼは、茶器室に移動して隠れる。
向こうからこっちは見えないが、もともと、給仕をする者が待機する場所なので、こちらには、向こうの様子を見守れる覗き穴があった。
そこから、コゼとともに室内を観察する態勢になる。
しばらくすると、ひとりの職員がエルフ族の女らしき者を連れてきた。
フードで顔を隠しているが、フード越しでも、とても端正な顔をしていて、ひと目で美女とわかる。
身体つきは武術で鍛えられているという印象だ。
「ここに、コゼとイライジャという女性がいるはずだ……。あなたが、そのどちらかか?」
案内の職員はすぐに去ったが、そのエルフ女は、エビダスが勧める椅子に腰をおろすことなく、スクルドに向かって言った。
なぜか、無意識のようだが、しきりに腿を擦り合わせるような仕草を続けている。
まるで欲情しているかのように……。
イライジャは怪訝に思った。
「いや……、あなたは、スクルズという方なのか……。ハロンドールの王都の神殿長……なのか? そんな人がなぜここに?」
エビダスとスクルズが対応する間もなく、その女が自分でそう言った。
イライジャは驚いた。
なぜ、スクルドのことを知っていたのだろう。
隣のコゼを見る。
コゼもわけがわからないという様子だ。コゼにも、その女性との面識はないようだ。
「スクルドといいます……。ところで、どこかでお会いしましたか?」
スクルドも不思議そうにしている。
やはり、面識はないのだろう。
何者?
「そうか……。エビダス、コゼとイライジャという女性に会わせて欲しい。わたしだ──」
すると、その女がフードを外して、エビダスを見た。
「ええっ、ま、まさか──。し、しかし、な、なぜここに──」
すると、エビダスが驚きの声をあげた。
一方で、やはり、イライジャには面識がない。
だが、凛とした美人だ。
顔が上気している。
また、まるで欲情をしているかのように、目元が潤んでいる。
イライジャは首を傾げた。
「エビダス──。ふたりの居場所がわかっているなら会わせてくれ。ふたりの敵ではない。わ、わたしはロウ殿の指示を受けて、ここに来たのだ」
「ロウ様はどこに? いまどうしているのですか?」
スクルドが一転して、厳しい口調で言った。
だが、女がそれを制するような仕草をした。
「す、すまない……。スクルド殿だな……。あ、あなたはいてもいいと言っている……。だが、エビダス……。お前は席を外せ。そして、コゼ殿とイライジャ殿をここに……。彼女たちに説明する」
女が毅然とした口調でエビダスに言った。
ちょっと驚いたが、これは明らかに命令することに慣れた者の物言いだと思った。
しかし、いてもいいと言っている?
誰が?
「しかし……」
エビダスは当惑した表情になった。
「わたしは問題ない。事は急を要しておる──。いいから、出ていけ。そして、コゼ殿とイライジャ殿を──。わたしは、彼女たちだけに話があるのだ──。ロウ殿を助けなければ──」
冒険者ギルドのギルド長といえば、それなりの権力者である。
そのエビダスに対して、これだけの態度ということは、この女がそれなりの立場の存在であることを示している。
「……俺は彼女たちの安全を保障する立場にありますので……」
エビダスが小さく言った。
すると、女は不快そうに鼻を鳴らした。
イライジャも、なにを偉そうにと思った。安全を保障するどころか、追われているとわかっているのに、エルフ軍の前に放り出したのはこいつだ。
もしも、時限付きの致死性の丸薬を飲ませていなかったら、答えは変化していただろう。
イライジャは苦々しく、エランドの言葉を聞いていた。
「だったら、縄を持って来い。鎖でも枷でもいい。わたしを拘束しろ。ほら、これも持っていけ。わたしの剣だ──。とにかく、おふたりを連れてこい」
女は腰の剣をさっと抜いて、エビダスに差し出した。
イライジャは呆気にとられて覗いていたが、女は自ら両手を背中に回して、それをエビダスに向けるようにした。
「縛る? 本当に? あなたを?」
エビダスも驚いているようだ。
「早くしろ。いくら、わたしでも縛られていては危害など加えられん。手枷でもいい。手でも足でも、好きなように拘束しろ。身体検査もするがいい。なにも連絡手段はない。その代わりに、ふたりをここに」
女がさらに言った。
そのとき、コゼが身体を動かしたのがわかった。
「……もういい。行くわよ、イライジャ」
コゼが茶器室を出て応接室側に行く。
イライジャも続いた。
女がはっとしたように、こっちを見た。
「コゼ殿と、イライジャ殿? ああ、そうか……。おふたりか……。わたしはブルイネンだ。話の前に拘束をするがいい。最初から信頼をしてはもらえないだろうからな」
女が言った。
だが、ブルイネン?
聞き覚えが……。
「拘束はいいわ……。エビダス、いいわ。出ていって。彼女の言うとおりに……。スクルド、エビダスが出たら、この部屋に防音の結界を……」
「わかりました、コゼさん」
コゼの言葉にスクルドが頷く。
「……お気を付けください、このブルイネン親衛隊長は、剣も魔道も超一流の達人……。油断なさらぬように……。俺が心配するのもおこがましいですけど……」
エビダスが部屋を出ていきながら言った。
イライジャはそれで思い出した。
彼女は、ブルイネン隊長──。エルフ族女王のガドニエルに直接に仕える若き女親衛隊長だ──。
そのブルイネンがこの女──?
まさか……。
そもそも、なんの目的でここに──?
この女が本当にガドニエルの親衛隊長のブルイネンだとすれば、ロウやユイナを捕えて連れていった敵のひとりということになる。
それが、どうして?
エビダスが部屋を出る。
四人になる。
コゼが用心深い態度で、イライジャを庇うように前に出た。
「どういうこと……? あんたは、エルフ族の女王の親衛隊長なの? 親衛隊長って、イムドリス宮という隠し宮殿で、エルフ女の女王に仕える隊長よね?」
ブルイネンと称する女にコゼが言った。
だが、さっきまでの毅然とした態度が嘘のように、女の表情が緩んだ。
しかも、半泣きの顔になる。
「ああ、もう許して──。ちゃんと、言うこときいたじゃないのよ──。いい加減に悪戯をするのはやめてよ」
ブルイネンがその場に崩れ落ちるようにして、床に落ちる。
イライジャは呆気にとられた。
「なに?」
コゼは驚きながらも、さっと身構えた。
あまりの異変に、なにかの罠なのかもしれないと思ったのかもしれない。
「ははは、ちょっとばかり、乳首と肉芽を内側から揺らしただけじゃないか。だけど、お前、面白いな。あんなに股を弄られながら、あんな風に威張った感じで怒鳴れるんだから。まさか、あのドワフもお前がぼくに悪戯されて、絶頂しそうになっているなんて、夢にも思わなかっただろうね」
ブルイネンからなにかが飛び出した。
「クグルス──?」
コゼが声をあげた。
イライジャも驚いた。
魔妖精のクグルスだ。
ロウが操る淫族の妖精であり、魔道を駆使し、あるいは、他人の身体に憑依して淫情を操るというなんとも迷惑な存在だ。
でも、どうして、ここに?
「まあ、魔妖精さん」
スクルドも声をあげた。
「おう、淫気の多い神殿の性奴隷巫女だな。久しぶりだな。とにかく、みんな、ご主人様の伝言だよ。こいつと一緒に、エリカを助けろってさ。エリカのところからこっちに一目散に来たんだけど、うまくこいつを見つけてね……」
「エリカのところから来た? エリカは水晶宮じゃないの?」
コゼが言った。
「エリカは、こいつの手配で下層地区に移されたんだ。ご主人様はまだ水晶宮だけどね……。でも、こいつに案内させれば、ご主人様のいるところにだって辿り着くよ。なにせ、エルフ族たちのところの偉い隊長のようだからね。エリカを助けたら、みんなで水晶宮に行くよ。ご主人様が待っている」
クグルスが言った。
イライジャは呆然としてしまった。
「どういうこと……? 説明しなさい、クグルス──」
コゼが大きな声をあげた。
しかし、クグルスはけらけらと愉快そうに笑った。
「どうしたも、こうしたもないのさ。こいつは、ご主人様の唾液と精液をたっぷりと飲まされてしまったのさ。それで、どうしても、ご主人様を助けたくなり、それで裏切ることに決めた。そうだね、お前?」
クグルスが言った。
ブルイネンが苦しそうに首を横に振る。
「もう、なにがなんだがわからない……。でも、わたしは、ガドニエル様を裏切った……。いや、ガドニエル様は裏切ってはいないが、水晶宮の連中は裏切った。どうしても、あの男を助けたかったのだ。どうして、そんな気持ちになったのか、さっぱりとわからないが、あの男が殺されたり、傷ついたりするのは我慢ならない──。それに、水晶宮は変だ。お願いだ。とにかく、一緒に水晶宮に来てくれ──。その前に、一緒に捕らわれたエリカというエルフ女を……。わたしが手配して、警備の緩い場所に移した。なあ──」
ブルイネンが泣き声のような口調で叫んだ。