【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
「くっ」
もう一度立ちあがろうとしたが、やはり力が入らない。
手を見る。
薄っすらだが、手首から先にあの紋様が浮き出ている。
パリスの刻んだ死の呪いか……?
顔をあげる。
周りにいるのは、五十人ほどのエルフ兵だ。いつの間にか、かなり増えている。
一郎の周りをユイナとイットとミウが囲んでいる。
イットとミウについては抵抗することもできるだろうが、魔道封じの紋様を刻まれているユイナには戦いの手段がない。
どうするか……?
ミウもイットも戦える態勢を取りながら、一郎の指示を待っている。
暴れるのは簡単だ。
一郎だって、亜空間から短銃を取り出して撃つくらいのことはできる。
しかし、すでに完全に包囲されているし、剣だけじゃなく、魔道も弓矢もしっかりとこちらを向いている。
少しでも抵抗の素振りをしただけで、間違いなくそれらは一郎たちに向かって放たれるだろう。
「抵抗は無意味だ。私が指示をすれば、全員がここで死ぬ」
包囲をしているエルフ兵の中の指揮官らしき男の声がした。
一郎はそっちに視線を向ける。
「大人しく捕まってやっても、全員が処刑されるんじゃないのか? それこそ、無意味だ」
一郎はうそぶいた。
息は苦しくない。
ただ、身体の力が抜けている。
そんな感覚である。
空腹……。
……とは違うが、なにかの飢餓感が襲いかかっていた。
それが一郎から生存の力そのものを奪っている感じだ。
なんだこれは……?
「我々は無意味には殺さない。なにをやったのか喋ってもらう。そのうえで、お前らのしたことが死に値することであるならば、そうなるだろう。すべてはカサンドラ様が裁定なさる」
「……わかっていると思うけど……カサンドラは太守夫人……。パリスの女よ……。怒りまくって、わたしたちを八つ裂きにするに決まっているわ……。絶対にだめ……」
耳元でユイナがささやいた。
一郎もそう思う。
太守夫人には会ったことはないが、パリスの愛人だというのだがら、首を切断された屍体を目の当たりにすれば、半狂乱くらいにはなるだろう。
実際には、パリスの隠された「命の
「……一応、訊ねるけど、パリスの命の欠片をカサンドラが持っているということは?」
一郎はユイナにささやいた。
そうであれば、あえて、わざと捕まるという手もある。
かなり危険ではあるが、近づかないことには、パリスの命の欠片を破壊できない。
「……ないわね。話半分でも、パリスは太守夫人をまったく気にしてなかったわ……。いじめ抜いて遊んでいた気配だけど、その辺にある路傍の石と一緒ね……。命の欠片を預けたとしても、その相手が死ねば、命の欠片も一緒に喪失するわ……。どうでもいい相手には隠さないわ」
ユイナが呟くように応じる。
命の欠片は、それを預けた相手が死ねば、そのまま消失する……。
そういうものか……。
だったら、一度、預けたらしっかりと監禁して、絶対に死なないようにする……。あるいは、殺しても死なないような相手に隠す……?
そして、はっとした。
パリスに関与する者で、条件にぴったりな存在を思いついたのだ……。
ただの勘だが……。
しかし、ついこのあいだまで、一郎はアスカこそが、一郎を召喚したルルドの森に囲まれた城の支配者と思い込んでいたが、褐色エルフの里にいたピエールという
そうであれば、パリスが自分の命の欠片を隠すのに、アスカほどぴったりな存在はない気がする。
あの魔女なら、まさに殺しても死なないだろう。
そもそも、魔術遣いレベル“99”なんてステータスを持つあいつを殺す方法を思いつかない。
「……もしかして、アスカ……か」
小さな声で言った。
すると、ユイナの視線がぴくりと動いた。
どうやら、正解か……。
一郎は確信した。
支配しているとはいえ、ユイナの前でパリスがそんな大事な秘密を暴露するわけもないが、なんだかんだで勘がいいようだし、ユイナは自分の前で行われた会話で、そのことに気がついたのだと思う。
つまり、一郎と同じように推論したのだ。
だが、アスカか……。
いや、そういえば、いま思い出したが、最初にパリスと相対したとき、アスカが逃亡したとか口走っていたか?
すぐにひと悶着あったので、忘れていたが……。
「……わたしはアスカという魔女は知らない……。だけど、アスカがどっかから逃亡したとパリスに伝えられたとき、パリスの怒りは異常だった……。それと、勘違いしていると大変だから、これだけは教えとくわ……。仮体側のパリスが命を散らしたいまでは、アスカという女を殺しちゃだめよ……」
「殺してはいけない……? なぜだ? 死ねば、命の欠片はなくなるのだろう?」
「そうじゃなくて……」
ユイナが首を横に振る。
だが、突如として目の前が真っ白になる。
「くうっ」
衝撃が発生して、一郎を守るように立っていたミウが、両手を前に出したまま、がくりと膝をついた。
「ミウ──」
イットが水の中にしゃがみ込んだミウの前に出る。
「だ、大丈夫か」
一郎も声をあげた。
だが、身体が異常にだるい。
シャングリアたちのような急速な拡がりではないが、さっきよりも、呪術の斑紋は大きくなっている。
「気絶させるつもりだったが、いまの集団魔道をひとりで防ぐとは、人間族の子供のわりには、高い魔道力があるようだ。しかし、一度だけで、かなりの魔道を遣ったはずだ。二度目はないだろう。降参することだ」
さっきのエルフ族のリーダーが再び声をかけてきた。
いまのは魔道だったのか……。
それを、ミウが咄嗟に魔道で防護したということか……。
「……大丈夫です……。すぐに魔力は集まります。いまは、びっくりしただけで……」
ミウが小声で言った。
この旅で魔道を発眼したミウは、
だから、ミウのいうとおり、さっきは驚いたので膝をついたのであり、同じことをもう一度できるのかもしれない。
しかし、いまのは向こうも脅しという感じだった。
本格的になれば、どれだけ防げるか……。
なによりも、魔道遣いの数が違う。
ミウだけでは……。
「どうした? もう一度、やるか? 大騒ぎして乱暴に捕まえてもいいし、大人しくてくれるなら、静かに連行してやる。どうするんだ──?」
エルフ男の声──。
本当にどうする……?
「うわっ」
「なんだ──?」
「ぐあああ」
そのときだった。
不意にエルフ兵の一面が崩れた。
魔道の光が飛び交い、ばたばたと倒れだす。
一郎と会話を交わしたエルフ指揮官が、背後に視線を送り、驚いたように目を見開かせた。
「──ミウ、もう一度、結界だ」
一郎は身体を水の中に倒すとともに、亜空間から短銃を抜く。
上体が水に浸かるときには、さっきの指揮官の胸を撃ち抜いていた。
糸が切れたようにそのエルフ男が崩れる。
死んだかどうかわからないが、とにかく、この場で指揮をすることはできなくなったろう。
集団に混乱が走ったのを感じた。
「な、なに?」
ユイナが動顛しながらも一郎と一緒に倒れ込む。
「うっしゃああっ」
一方で奇声をあげながら、イットがまだ崩れていない側のエルフ兵に飛び込んだ。
前後で殺し合いが始まる。
ミウは魔道の防護膜とともに、一郎に覆いかぶさるようにしている。
いずれにしても、一郎に向かう攻撃はない。
突然に一郎たちとは別のところで、戦いが始まった。
白い光が飛び交う。
だが、圧倒的だ。
エルフ兵たちも魔道を放つが、どこからかやって来る白い光線は、そのエルフ族たちの魔道を跳ね返し、貫き、エルフ兵たちに次々に当たっていく。
あちこちで、糸の切れた操り人形かのように、ばたばたとエルフ兵が悲鳴をあげて、水に倒れていく。
一郎たちは唖然としてしまった。
「うわああっ」
「来たぞ──」
「魔道が効かん──。ぎゃあああ」
いきなりはじまった前側における何者か襲撃に対して、後ろ側はそれに乗じたイットの大暴れだ。
こっちも次々にエルフ兵が倒されていく。
「ロウ様──」
なにがか飛び込んできた。
「エリカ──」
声をあげた。
確かにエリカだった。
手には細剣を持ち、剣も身体も血で汚れている。
一郎たちを包囲したエルフ兵から、一郎たちを救援するために突然に襲撃してきたのは、エリカたちだったようだ。
「うわっ、エリカさん」
ユイナだ。
なぜか、その顔は引きつったようになっている。
「確保──。確保よ──。みんな──。ロウ様を見つけたわ──。イットも戻ってきて──」
エリカが叫んだ。
「エリカ姉さん、コゼ姉さんも──」
ミウがエリカに抱きついた。
前側のエルフ兵を割るようにコゼと、そして、覆面をした女戦士と青白の髪の女が全力で駆けてくる。
「ほら、ぼくのおかげだよ。だけど、水晶宮が移動術じゃないと来れないところにあるなんてね。ブルイネンが案内した門を通過した途端に、ご主人様の居場所がわかったよ。ぼくがみんなをここに連れて来たんだよ──」
そして、クグルスだ。
魔妖精のクグルスがさっと宙を飛んで一郎のところにやって来た。
クグルスには、一郎と別れてエリカの救出をするように命じていたうえで、一郎に再合流できるように、一郎の淫魔力を一時的に分け与えて能力を増幅させていた。
その力でエリカを連れてきたうえに、一郎を見つけてくれたのだろう。
コゼも一緒だということは、コゼとともに行方不明になっていたイライジャとも無事に合流できたに違いない。
とにかく、これで全員が揃った。
一郎もほっとした。
だが、あれ?
もうひとり──。
「ロウ様あああ──。お、お久しぶりでございますうう──。スクルドは……、スクルドは、ロウ様にお会いしたかったのですうう──」
がっしりとすごい力で抱きつかれた。
なにがなんだかわからないが、一郎に抱きつきながら泣きじゃくっている。
それにしても、一瞬しか顔がわからなかったが、まさか、スクルズ?
いまは、完全に一郎の胸に顔を密着させているので判然としないが、髪の毛の色がまったく違うものの、これはスクルズなのか?
だが、そうだとしたら、王都にいるはずのスクルズがなぜここに?
念のために魔眼を使う。
“スクルド(スクルズ)
人間族、女
元ハロンドール王都第三神殿神殿長
預言者(偽装死者)
年齢26歳
ジョブ
魔道遣い(レベル60)
生命力:50
魔道力:800
攻撃力:10
経験:男4、女3
淫乱レベル:S
快感値:100
状態
一郎の性奴隷
淫魔師の恩恵
性奴隷の刻印”
やっぱり、スクルズみたいだ。
だが、名がステータス上でも、スクルドに変わっている。
そして、“元”神殿長?
預言者? 偽装死者?
なにをやらかしてきたんだ?
突っ込みどころの多いステータス表記に、一郎も戸惑ってしまう。
「あああ、ロウ様のお匂い……、ロウ様のお汗……。ロウ様のお肌……。もう、スクルドは離れません。なにがあろうとも、スクルドはロウ様の雌犬として、一緒に暮らしとうございます。どうか、一生、おそばに置いてください。なんでもしますから──。本当になんでも──」
スクルズ、改め、スクルドがぎゅうぎゅうと一郎にしがみついてくる。
まるで、小犬みたいだ。
申しわけないが、一郎はそんなことを思ってしまった。
「スクルド……なんだな? なんで、ここに? 神殿長をやめたのか?」
ステータスで“元”という限りは、そうなのだろう。耳元でささやいて訊ねる。
だが、どうして?
「さすがは、ロウ様です……。ところで、お許しが欲しいのですけど……。ずっと、ロウ様とご一緒させていただくことについて……。いえ、やっぱり、いりません。スクルドは、なんと言われようとも、ロウ様につきまとわせていただきます。これからは、“ご主人様”とお呼びして……」
「スクルド、いまは後よ──。ところで、ご主人様、シャングリアとマーズはどこですか──?」
コゼだ。
「いる……。しかし、時間を制止して、ここに封印してる」
とりあえず、それだけを言って胸を叩いた。
それで亜空間に封印したことは察したろう。
コゼが頷く。
なにかがあったということは理解したようだが、とりあえず、置き去りにされているわけではないとわかって、コゼだけでなく、エリカもほっとしている感じだ。
「ご、ご主人様、どうしたの、それ?」
そのとき、クグルスがびっくりしたように叫んだ。
一郎の手に浮きあがっている紋様に気がついたのだろう。
「本当……ですね……。そ、それに、
スクルドも一郎の様子が不自然であることに気がついたようだ。
「話は後よ──。イット、戻って来て──。さあ、ブルイネン、いいわ──。そして、あんたどいて」
コゼがスクルドを押しのけて、一郎に飛びついて抱き締めてくる。
覆面をした女──魔眼により、一郎には彼女がエルフ軍の女隊長のブルイネンであることがわかったが──彼女が一郎たちの傍で魔道を練りだす。
移動術か……。
黒いもやのようなものが目の前に出現した。
イットがやっと戻る。
すると、混乱を抜け出しつつあったエルフ兵の残兵が焦ったように攻撃しようとする気配があった。
しかし、すぐ様、エリカとミウが前後に電撃を放って威嚇する。
さらに、スクルドが一郎たちの周りに結界を張ったのがわかった。
エルフ兵たちの魔道が、遮られて跳ね返り始める。
「ご主人様から分けてもらった力を喰らえ──。来るなら、来てみろ──。おい、淫乱巫女、道を開け──」
クグルスが一郎の目の前で小さな両腕を大きく拡げた。
「どうぞ、魔妖精さん」
すると、次の瞬間、一郎たちの前後に巨大な炎の壁が出現した。
以前、シャングリアと初めて出会ったクエストで、粘性生物使いを撃退するために使った炎の壁の魔道だ。
ただ、あのときと比べて格段に厚みもありそうだし、なによりも火の勢いが凄まじい。
それが、炎の壁になって、前後のエルフ兵たちに迫っていく。
あれでは、とても生半可では炎の壁を抜けられないだろう。
案の定、エルフ兵たちが逃亡し始めた。
「どうぞ、こちらに──」
ブルイネンが叫んで、自分自身で作った黒いもやに飛び込んで姿を消す。
「俺を抱えてくれ」
一郎もコゼとスクルドに両側から抱えられて、空中に浮かんだ黒いもやの亀裂に飛び入った。
続いて、イット──。
さらに、ほかの女たちも雪崩れ込むように追ってきた。
(第32話『淫魔師と死の呪文』終わり、第33話『淫魔師大復活』に続く)