※この作品はR-18です。

【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】   作:ドン・ドナシアン

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462 お騒がせ娘の小さな反乱

「なんという無礼な人間族でしょう──。恩人といえども、やっていいことと悪いことがあります。ガドニエル様に対するあの態度は無礼です──」

 

 ヒルエンは憤慨して声をあげた。

 

「まったくです。ガドニエル様がお優しいから、それを許したとしてもです──。イムドリス宮を取り戻すために、あの人間族たちの力が必要だとしても、許容できることと、できないことが……」

 

 すると、ギルリーズもまた、憤慨したように洞窟にいる人間族の男のことを詰った。

 洞窟の外である。

 すでに、夕暮れであり、狭間の森も夜の時間を迎えようしていた。

 もっとも、狭間の森はガドニエルの結界に包まれた特別な場所なので、夜でも快適さに変化はない。

 

 それはともかく、ヒルエンは面白くなかった。

 ガドニエルから、許可が出るまで洞窟の外にいろと命じられたので、ほかの四人とともに仕方なく出てきたのだが、ヒルエンはどうしても納得ならなかった。

 確かに、あのロウとかいう人間族の男は自分たちの命の恩人である。

 しかし、だからといって、人間族風情が、あそこまで増長していいという理由にはならないし、女王に対するあの態度は、全エルフ族への冒涜といっても過言ではない。

 

 一介の人間族の男がエルフ族の至高の存在であるガドニエルを「犬」のように扱うなど……。

 無論、ヒルエンにも、あれが男女の睦事(むつごと)の上の戯れであり、男が本気ではないことくらいはわかる。

 ガドニエルも、本心では人間族の態度に腹も煮えてるかもしれないが、恩人という引け目があるのか、男に合わせるような感じだったし……。

 だから、男女の営みの戯れ程度で、外野からとやかく言うことではない……。

 

 わかっている。

 わかっているのだ。

 しかし、わかっていても納得いかない。

 

「許されることではないですわ、ヒルエン様」

 

 同調の声をあげたのは、やはりギルリーズだ。

 

「そうでしょうか……」

 

 だが、そのとき、いままで黙っていた三人のうちのひとりであるマリレンドが不満そうに口を開いた。

 

「そうでしょうかとは、どういうことです?」

 

 ヒルエンは問い返した。

 

「ヒルエン様とギルリーズ様は、恩人に対して相応しい態度と思えませんでした。あの人間族の男が怒るのもわかります」

 

「なんですって」

 

 まさか、あの人間族の男の肩を持つとは思わなかったので、ヒルエンは驚くとともに、腹がたった。

 しかし、マリレンドは、むしろ、ヒルエンとギルリーズの態度をさらに批判した。

 すると、ほかのふたりも、ヒルエンとギルリーズへの不満を口にした。

 すなわち、ロルリンドはガドニエルがあの人間族に好意を向けているのは明白であり、しかも、むしろ、人間族の男に罵倒されて、悦んでいるみたいに見えたと、見当違いの勘違いを堂々と口にして、ヒルエンを飽きれさせた。

 また、イザベリアンに至っては、最後の人間族の男の傲慢な態度に、逆に興味を抱いたらしく、ヒルエンとギルリーズのせいで、まとめて追い出されてしまったと、残念そうに嘆息までついた。

 まったく、信じられない。

 

 そのときだった。

 洞窟に向かって、誰かが遠くからやって来る気配がしたのだ。

 それが何者かというのは、すぐに思い出した。

 

 あの人間族から、まだ、同行の仲間がいて、ひとりはユイナという褐色エルフ族の娘であり、さらに魔妖精が一匹いて、いずれも後で来ると告げられていたのだ。

 魔妖精と聞いて、魔族ではないかと驚愕したが、ガドニエルはあっさりとそれを受け入れ、ヒルエンたちに、温かく迎えることさえ、指示を出していた。

 

 エルフ族の女王に仕えるヒルエンともあろう者が、事もあろうとに、人間族はおろか、魔妖精を歓待しなければならないというのは恥辱だ。

 それが魔物化を助けてくれた恩人だとしてもだ──。

 

 ここが狭間の森という特別な場所であり、ガドニエルとともに魔物化されて、なにもかも失って逃げ込んでいたという状況でなければ、絶対に許されないことである。

 

「なにか、おかしな感じですね。誰かと喋っているみたいで……。それに、随分と遅いですね」

 

 マリレンドが呟いた。

 確かに、だんだんと近づいてくるユイナというエルフ族の娘らしき者は、なんとなく様子がおかしかった。

 マリレンドが指摘したとおり、怖ろしく歩みが遅いのだ。

 しかも、人影はひとりなのに、しきりになにかを喋っている。

 

 やがて、遠目だったので体形の影しかわからなかった人影がだんだんとはっきりしてきた。

 やはり、褐色エルフの娘だ。

 ユイナというロウの連れだろう。

 だが、宙を飛ぶと教えられていた魔妖精の姿はない。

 少なくとも、ユイナの周りを飛んでいるなにかの存在はないようだ。

 

 しかし、そのまま見守っていると、やっと、その魔妖精がどこにいるのかがわかった。

 地面を歩いているのだ。

 

 とても小さな身体で、しかも地べたを這うように動いているので、すぐには気がつかなかったのだ。

 そして、その魔妖精はなにか重い物を引きづっているように見えた。

 しかも、小さな身体に、自分の身体の何倍もの大きさの木の枝を紐で結ばれていて、それを必死になって引きづっていたのだ。

 そのため、異常に進みが遅いのだとわかった。

 ヒルエンは、その異様な光景に唖然としてしまった。

 

 そして、さらに近づいてきて、夢中になって喋っているユイナらしき娘の言葉も聞こえてくる。

 

「ほら、日が暮れるわよ、ベルルス──。もっと、速く進まないと、また罰を与えるわよ。そうねえ……。もう一回、あんた自身の魔道で、自分の全身に痒み剤をまぶしてもらおうかな……。もちろん、さっきと同じで、今度も自分で掻くのは禁止ね。のたうち回って、地面に擦りつけて痒い場所を掻くのは許すけど」

 

 笑い声もした。

 

「ち、畜生──。ま、真名(まな)を堂々と呼ぶんじゃないよ──。そ、それに、こ、こんなの……む、結びつけやがって……。し、仕返し……。仕返ししてやるからな……。ご主人様に言いつけて……」

 

「ふん、いくらでも言いつけなさいよ──。できるならね……。どっちにしたって、あいつは、わたしのことを嫌っているんだから、これ以上、嫌われることなんてないわ……。まあ、だけど、一番最初のとき、身体の中で与えた命令のとおり、あいつにばれないように、わたしに悪態をついたのは上手だったわよ。これからも、ばれない努力をしなさい、ベルルス」

 

「だ、だから、真名を堂々と呼ぶなっていってるじゃないか」

 

「ああ、気持ちいい。どっちにしても、わたしは、あんたに仕返しをすることができた、今のひと時があれば十分よ……。いつかのときとは違うのよ。あんたの真名くらい読み取るのは簡単なのよ。それと生意気言ったから、さらに重しを追加ね。魔道なしで歩きなさい。命令よ、ベルルス──」

 

「くそうっ──。真名で支配するなんて卑怯者──。が、眼球紋を使った鑑定術ってなんだい……。ち、畜生……。ぜ、絶対に仕返しを……」

 

 真名……?

 

 そういえば、知能の高い魔族は、真名という隠し持っている生まれながらの名前を知られると、その知られた相手に、完全に支配されてしまうと耳にしたことがある。

 あのユイナは、同行の魔妖精を真名で支配しているようだ。

 つまりは、あの魔妖精の真名は、“ベルルス”というのだろう。

 だが、魔妖精は完全な裸だ。

 しかも、全身が泥だらけになっている。

 

「それと大切なことだから、よおく、聞きなさい──。もう一度、念押しで命令しとくわ。わたしへの仕返しは禁止よ、ベルルス……。わたしに真名を呼ばれて、支配されたことをあいつらに教えることもね……。あいつのところに着いたら、わたしになにをされたのかを喋るのは絶対に禁止……。うまく誤魔化すのよ。そして、次はもう少しいつものように、へらへらと笑ってなさい──。いいわね、ベルルス。命令よ、ベルルス」

 

 ユイナの嘲笑の声が聞こえた。

 

「ひ、卑怯者──」

 

 ふたりの言葉が聞こえるくらいの距離になると、そのユイナと魔妖精が罵り合いながら、進んでいるというのがわかってきた。

 ただ、主導権を握っているのは、ユイナという褐色エルフの娘だ。

 それに対して、魔妖精については、どうやら、魔道を禁止されて、自分の身体の何倍もの大きさの木の枝を引きづって歩かされているらしい。

 そしていま、さらにユイナが木の枝に別の木の枝を繋げて、魔妖精が引っ張る木の枝の重しを追加した。

 

 それだけでなく、長い棒を持っているユイナは、汗びっしょりになって木の枝を引きずっている魔妖精の股間やお尻の部分を棒の先でつついたり、わざと足を引っかけて転ばしたりしている。

 しかし、抵抗してはならないと命令でもされているのか、魔妖精は悪態と抗議の声をあげるだけで、棒そのものは避けないで、されるがままだ。

 ヒルエンは、ほかの侍女たちとともに、その様子に見入ってしまっていた。

 

 しかし、やっと、向こうも、こっちに気がついた。

 ヒルエンたちを認めると、慌てたようにこっちに走り寄って来た。

 そして、頭をさげる。

 

「あっ、こ、こんばんわ……。わ、わたし、ユイナと言って……」

 

 魔妖精については、置いてかれたかたちだが、さっきの感じだと、なにかの強い支配的な「命令」を与えられていて、ユイナに逆らえないのだろう。

 置いていかれても、小さな身体に不相応の太い木の枝を三本も身体に繋げられ、汗まみれになって、こっちに這い続けている。

 

 一方で、ユイナはユイナで、そばにきてわかったが、その首に魔道的な首輪を嵌められている。

 どういう効果のある魔道具なのかまではわからないが、ただの首輪ではなさそうだ。

 ……とはいっても、隷属の首輪というわけでもないように思う。

 感じたことのない不思議な魔道の波を感じる、

 

「……ヒルエンです。あなたのことは後で来ると教えられていました。歓迎しますわ……。わたくしたちは、エルフ族の女王のガドニエル様に仕える侍女です……。ところで、あれは、なに?」

 

 ヒルエンは、ユイナが自己紹介しようとするのを途中で制して、とりあえず自分だけ挨拶をすると、好奇心を抑えきれずに魔妖精について訊ねた。

 しかし、ユイナという娘はそれどころじゃなさそうだった。

 ヒルエンがガドニエルの名を出したことで目を丸くして驚愕している。

 

「ええっ? ガドニエル様って、もしかして、じょ、女王様──? えっ、えっ、えっ、どういうことですか──。で、あいつはどこに? ほかの女たちは?」

 

 そのユイナが声をあげた。

 どうやら、ユイナはまったく事情を承知していない気配である。

 ここにエルフ族の女王のガドニエルがいることさえ、知らなかったようだ。

 もちろん、ヒルエンたちのこともわかっていなかった。

 

 ガドニエルに仕える五人の侍女だと説明すると、すぐに恐縮するような態度になって、儀礼に従い頭をさげた。

 このユイナの態度こそ、ガドニエルやヒルエンたちに面したときに取るべき、本当の態度というものだ。

 ヒルエンは満足した。

 やはり、物知らずの人間族の男とは違う……。

 

 とりあえず、ヒルエンは簡単に事情を口にした。

 ヒルエン以外の四人も、話の途中で、それぞれに自己紹介をする。

 さらに、ヒルエンは、ガドニエルを含め全員がここで魔物化の呪術にかけられていて、それをロウに救われたこともちゃんと説明した。

 ユイナは驚愕している。

 

「……それで、そのう……。その女王様はどこに……? それと、あいつらは……?」

 

 ユイナは信じられないという表情のまま、疑念を口にした。

 どう説明したものかと思ったが、このユイナがロウの仲間である以上、隠すようなことでもないと思い、洞窟の中で男女の営みをしているのだと正直に言った。

 

「はああっ──?」

 

 すると、ユイナが馬鹿みたいな大声を発して、口をあんぐりと開いた。

 そして、その表情が険しいものになり、小さな声で悪態のようなものまで口にした。

 ロウの連れている女は、誰も彼も無条件にロウを慕う様子を示していたので、そのロウの連れであるはずのユイナのその反応は、ヒルエンには意外だった。

 ユイナの顔には、はっきりとロウに対する侮蔑と嫌悪の感情が浮き出ている。

 

「呆れた女たらしね。あいつは自分の術で女を操るのよ──。人でなしなのよ──。きっと、女王様のことも支配したに違いないわ」

 

 そして、ユイナは言った。

 ヒルエンは愕然とした。

 

 女を術で操る──?

 

 びっくりしたが、そういえば、ガドニエルはロウのことを「淫魔師」だと呼んでいた。

 ヒルエンは淫魔師という存在がよくわからなかったのだが、いまのユイナの言葉で、そういえば、淫魔師というのは、精液の力で女の心を支配する存在だと耳にしたことがあることを思い出した。

 

 まさか、ガドニエルが淫魔術の支配に──?

 怖ろしい話だが、それで全ての辻褄が合う。

 エルフ族の女王ともあろうものが、いきなりの変心というか、一介の人間族の男に恋愛感情を抱くなど、不自然すぎるのだ。

 

 しかし、これでからくりがわかった。

 あの人間族は、ガドニエルに操りの魔道を遣ったのだ──。

 

 信じられない……。

 

 魔道化の呪術を解呪してくれた恩人といえども、エルフ族の王の心を支配して操るなど許されるものではない。

 

「そうであれば、許せることじゃないですね。イムドリス宮のこともあるけど、こっちも、なんとかしないと……」 

 

 ギルリーズも眉をひそめた。

 さっきは、ロウについて好意的意見だったほかの三人も、ガドニエルが淫魔師の操りにかけられているという話には、さすがに嫌悪感を顔に浮かべている。

 

「とにかく、ガドニエル様に掛けられている術を解くのです。すべては、それからです。ガドニエル様はやっぱり、あの人間族に操られていたのですよ。そうであるなら、ガドニエル様をお守りするために、わたくしたちがなんとかしないと……」

 

 ヒルエンは声をあげた。

 

「でも、どうしていいか……。わたしたちの魔道はまだ遣えないですし……」

 

 だが、マリレンドが不安そうにそう言った。

 しかし、ヒルエンにも、あのロウという人間族の淫魔師を出し抜く妙案はない。

 黙り込むしかなかった。

 

 そのときだった。

 ユイナが口を開いたのだ。

 

「……ねえ、お姉さま方……。よくはわからないけど、あの男に一矢報いるというのであれば、協力しますよ。まあ、わたしも、ちょっとばかり恨みもあるし……。恩もあるけど……。殺すとか、怪我をさせるとかいうのでなければ、一緒にあいつを懲らしめましょうか?」

 

「なにか方法が?」

 

 ヒルエンは言った。

 すると、ユイナがにやりと微笑んだ。

 しかし、すぐにその微笑は消えて、ちょっと不安そうな顔になった。

 

「……だけどねえ……。あんまり、やり過ぎると、あの男はともかく、エリカさんたちが怖いし、そもそも、わたしを隷属って……。いや、信じられないけど、やっぱり淫魔術とかいうやつで……」

 

 そして、なにやらぶつぶつとひとり言を呟きだす。

 

「ねえ、お姉様方って、女王様にお願いして、ロウがわたしに刻んでいる隷属の魔道を解くように、ロウに命令してもらうことはできますか? 状況によっては、ロウの女たちから、わたしを保護してもらいたいんです……。その代わり、あの男が女王様に刻んでいる淫魔術の支配は解くことができると思います」

 

「本当? そんな方法があるのですか?」

 

 ヒルエンは声をあげた。

 そうであれば、すべてのことが解決する。

 ガドニエルに、ロウが刻んでいるに決まっている淫魔の支配さえなくなれば、ガドニエルがロウに恋慕のような感情を向けることはあり得ない。

 むしろ、自分が操られたことを逆に怒るだろう。

 魔物化の解呪をしてくれたことはありがたいが、その代償として、精神を支配し直すなど、やっていいことではない。

 

「あります。多分ですけど……。あいつから、淫魔の力を消し去ります。神通力のようなものが消滅すれば、わたしの予想だと、すべての支配から女は解放されるはずです……」

 

「本当ですか――?」

 

「はい。もっとも、あいつの能力はまだまだ必要なので、魔道契約かなにかの強い縛りで、二度とエルフ族に手を出さないことを約束させて、淫魔術は戻さないとならないけど……」

 

 ユイナは言った。

 よくはわらないが、なにかの手段をこのユイナは思いついているらしい。

 だったら、利用すべきだ。

 ガドニエルに掛かっている支配のようなものは、なんとしても解かないとならないのだ。

 

「問題ありません。ガドニエル様に掛かっている支配さえ解ければ、もはや、ガドニエル様があの人間族の男に肩入れすることはあり得ないし……」

 

 ヒルエンははっきりと言った。

 

「……だったら、大丈夫か……。見境のない淫乱男のあいつだって、エルフ族の女王に手を出したとしても、その権威には、それなりに敬意くらい払うだろうし……」

 

 ユイナが満足そうに頷いた。

 だが、いまのユイナの呟きが事実と異なるということをヒルエンは知っていた。

 あの人間族の男は、ガドニエルに敬意を払うどころか、口汚く罵倒さえしていた。

 おそらく、エルフ族の王という立場がどれだけの権威であるか知らないし、人間族のどの王家であっても、その存在に頭をさげるほど敬われているということさえ、わかってないと思う。

 あの感じだと、ロウはガドニエルのことをエルフ族の女王であることを全く気にしておらず、ただのひとりの女エルフくらいにしか考えてなさそうだ。

 

 しかし、黙っていた。

 このユイナには、ガドニエルに掛かっているなんらかの魔道を解くことに協力してもらわないとならないのだ。

 ヒルエン以外の四人も、いまの言葉に対して、ユイナになにかを語る様子はない。

 

「……ベルルス、新しい命令を与えてあげるわね」

 

 ユイナは、視線を地面に向けて、魔妖精に声をかけた。

 魔妖精が疲労困憊の様子で、ちょうどここまで辿り着いたところだったのだ。

 魔妖精は、目の前までやって来て、ばったりと地面に倒れ込んだままだ。

 

「こ、今度は、なんだよう……?」

 

 魔妖精が恨めしそうな表情で、汗だくの顔をあげた。

 疲れすぎていて息も荒いし、なにより、顔も全身も泥だらけだ。

 ユイナのことを怨念さえこもるかと思うような視線でじっと見ている。

 

「わたしがこれから、あんたに教えるやり方で、ある薬を作りなさい……。あっ、言っておくけど、それを作り終わったら、一度帰りなさい。そしたら、しばらく、こっち側に来るんじゃないわよ……。もしも、来たとしても、わたしに真名を知られて、仕返しをされたことは他言無用──。特に、絶対にあの男に言わないのよ、ベルルス」

 

「い、いちいち、真名を呼ぶな、尻女──」

 

 魔妖精が怒鳴った。

 すると、ユイナがにやりと微笑んで、いきなりうつ伏せになっている魔妖精の顔を上から踏みつけた。

 容赦のない踏みつけであり、顔を地面に押しつけられて息ができないのか、奇声をあげて魔妖精はもがいている。

 だが、それも、時間が長くなるにつれて、魔妖精の暴れ方が弱くなり、さらにしばらくすると、あまり動かなくなった。

 

「ちょ、ちょっと、あなた……」

 

 さすがに、自分たちの目の前で、ガドニエルが受け入れると命じた魔妖精が死ぬのは困ると思って声をかけたが、それと同時に、ユイナはやっと魔妖精の顔から足をどけた。

 ただ、その足は今度は胴体の上に軽く乗せられる。

 

「ぷはっ、はあ、はあ、はあ……」

 

 魔妖精が盛大に息をする。

 なんとか死ななかったようだ。

 とりあえず、ほっとした。

 

「空を飛ぶのを禁止し、魔道も勝手に使えなければ、お前なんて虫以下の存在よ。今度、尻女って呼んだら、もう一度、蜂蜜を全身にまぶすことを命じて、蟻塚に放り込むわよ。さっきは愉しかったわね」

 

 ユイナが酷薄に笑った。

 魔妖精は、うつ伏せのまま、呪詛のような言葉をぶつぶつと呟いている。

 しかし、もう抵抗の気力を失ったのか、ユイナには言い返そうとはしていない。

 

「いいから、言うとおりにしなさい、ベルルス。それとも、身体にあんたの真名を字で描いて、それを消すなと命令してあげようか? 魔妖精仲間に真名を知れ渡ってしまったら、あんたってどうなるのかなあ?」

 

 ユイナが倒れている魔妖精の背中に置いている足に、だんだん力を入れていっているのがわかった。

 魔妖精が悲鳴をあげた。

 

「わ、わかったよ──。やる──。やるよお──。なにをすればいいんだよお──?」

 

 魔妖精が泣き声をあげる。

 

「まずは、一度私に入りなさい。わたしの頭を読むのよ。お前の作らせたい薬の調合法を思い浮かべるから……。ふふふ、わたしを舐めんじゃないわよ……。あらゆる魔道古典学に精通しているわたしよ……。伝承の淫魔師の弱点くらい読んだことあるわよ」

 

 ユイナは、ひとり事のような言葉を口にしてから、やっと魔妖精の背から足をどけた。

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