※この作品はR-18です。

【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】   作:ドン・ドナシアン

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47  小さな宿屋の歌姫

 長く尾を引くような悲鳴が続いた。

 

 牡馬の巨大な陰茎が深々とドルニカの股間に突き挿さっている。

 ドルニカを縛っている小さな台だけでは、馬の巨体を支えられなかったので、馬が前脚を置くことのできる台替わりに手頃な高さの家具を配置していた。

 その家具に前脚を置き、牡馬は狂ったようにドルニカの股間を犯し続けている。

 

 クグルスの魔道だ。

 クグルスはこの屋敷で飼育している牡馬を発情させ、さらに、ドルニカの股間から雌馬のフェロモンを発生させて犯させているのだ。しかも、まだ牡馬に射精を許していない。だから、本来であればすぐに大量の精を発して終わるはずの牡馬による強姦がいつまでも終わらないというわけだ。

 

 ドルニカはほとんど虫の息だ。

 途中まで雄叫びのような悲鳴をあげていたが、いまは呻き声に近い。

 また、股間の下の床は、ドルニカの膣が裂けて滴っている血溜まりができている。

 

 結局のところ、ドルニカはドラクスの油剤を受け入れることだけは拒否したので、ドルニカは、まったく乾いている股間に股間を貫かれることになった。ドルニカは挿入の瞬間に「お母様」と絶叫して気を失い、そして、興奮しきった牡馬がドルニカにのしかかったまま激しく腰を動かしだしたときに、再び激痛で覚醒した。

 

 その惨い光景に耐えられなくなったのか、コゼとエリカは、少し離れた位置で途中で真っ蒼な顔して眼を反らせた。

 ただ、エリカの魔道でドルニカが拘束されている卓とドルニカの身体についてはしっかりと床に密着させている。さらに、ブルドにも、ドルニカの身体を押さえるように命じている。

 

 暴れる牡馬に犯されているドルニカを女ひとりで支えるのは大変のようだが、ブルドは必死の形相で、つい数刻前まで自分の女主人だったドルニカが牡馬に犯される手伝いをしていた。

 その姿には、ドルニカに対する忠誠心は微塵も見られない。

 

 一郎の淫魔術の完全な支配下に陥っているし、自ら股間に塗りつけたドラクスの毒に侵されていて、正常な判断力を保てない屍同然になっているのだ。もはや一郎の命じたことを黙ってこなすだけの生き人形だ。

 

 また、少し離れたところで性交に及んでいたトーイとニーナは、しばらくは引きつった顔でドルニカが巨大な馬に犯されるのを凝視していたが、いまはふたりとも、恐怖の顔を浮かべて完全に眼を閉じている。

 

 ただ、一郎だけがじっと、女伯爵が馬に犯され続けるのを見つめていた。

 

 一方で、この状況を作っているクグルスは、いまは一時的に姿を消している。

 一郎の指示でいまはニーナの身体の中にいるのだ。

 ニーナが侵されたドラグスの薬の影響を消すためだ。

 

 一郎は完全支配したドラクスの毒を中和する能力を事前にクグルスに付与していた。

 それで、クグルスはトーイと性交を始めたニーナにひそかに入り込んで、毒の中和にいそしんでいるというわけだ。

 つまり、クグルスはその力で、ニーナの身体の中でニーナを「治療」している真っ最中ということだ。

 

 もともと媚薬を操るのはクグルスのような魔妖精の最大の能力でもある。

 一郎が自分の得たドラクスの魔毒の知識をクグルスに与えると、クグルスはすぐにドラクスの毒を自分の扱う媚薬能力のひとつにした。

 新しい媚薬を扱えるようになったクグルスは狂喜していた。

 

 ついでに、クグルスには、ニーナが男奴隷たちの子を宿しかけていたら、それも消滅させろと指示はしていた。

 

 だが、それは必要なさそうだ。

 

 一郎は魔眼の力で、ニーナが受胎をしていないことを確認していた。

 ニーナがドルニカによって、男奴隷たちの精で孕ませられようとしていた時期はまだ十日だ。

 たまたま、その十日にニーナが妊娠できる時期が重ならなかったに違いない。

 それについては、一郎はほっとしていた。

 

 さらに、クグルスには、ドルニカに惨い目に遇わせられ続けたこの十日のニーナの記憶をできる限り封印しろとも言った。

 それは魔妖精の専門能力とは異なるので、どこまで可能かはわからないが、とにかく頑張るとクグルスは応じた。

 

 いずれにしても、一郎がドラクスの薬を支配する力を得るのは難しいことではなかった。一郎は淫魔術で支配した女の身体を淫魔術の力で淫情に耽らせたり、性感を高めたりとさまざまなことができる。淫具でなぶっているのと同じ刺激を自在に与えたりもできる。

 その淫魔の力の中で「媚薬」に関する能力は、魔妖精のクグルス同様に、もっとも得意なものだ。

 自分の体液を媚薬に変化させることもできるし、支配している女の身体に媚薬を与えたのと同じ影響を与えたりもできる。

 支配したブルドを通じて、ブルドの身体に汚染させたドラクスの毒を自分の扱う媚薬として吸収することは簡単だった。

 それだけでなく、ドラクスの持つ「禁断症状」効果だけを抜き出して応用する能力まで、ほんの少しの時間で身につけることもできた。

 

 試しに、ブルドには、一度汚染させたドラクスの毒の効果を打ち消し、「男に小便を顔にかけられる行為」に対する禁断症状を与えてみた。

 だから、今後の人生において、ブルドは一日に一度、誰でもいいから男に尿を顔にかけてもらわないと、ドラクスの毒と同じような禁断症状に苦しむことになる。

 これはブルドの作ったドラクスの毒ではないから、ブルドにも解くことは不可能だ。

 

 そして、この一件が片付いて、ブルドを放り出すときには、一郎たちに近づくと死ぬような苦しみがやってくる暗示も与えるつもりだ。淫魔力で支配されているブルドが一郎に逆らうことはあり得ないと思うが、それにより、万が一にも仕返しはできないだろう。

 

 そのとき、ニーナの背中からクグルスがぱっと飛び出してきたのが見えた。

 ニーナに対する処置が終わったのだろう。

 しかし、ドルニカが牡馬に犯されている光景に恐れおののいて目を閉じているトーイとニーナは気がついていない。

 クグルスは嬉しそうに一郎に向かって飛んできた。

 

 よかった……。

 うまくいったのだ。

 

 クグルスの力で無理だったら、ニーナが侵された毒を癒すには、一郎がニーナを性奴隷として支配することが必要なところだった。

 この性悪の女伯爵によって、十日に及んで男奴隷たちに犯され続けたニーナをさらに一郎の精で汚したくはなかったのだ。

 

 トーイには、ニーナを毎日愛してやれば、ニーナが侵された毒の禁断症状は発生しないと説明している。

 それを信じて、トーイは毎日、ニーナを抱くのだと思う。

 それで、ニーナの傷ついた心は少しずつ癒されるはずだ。

 あとはふたりの絆を信じるしかない。

 

「クグルス、そろそろ終わらせろ」

 

「わかったよ、ご主人様。でも、その前にご褒美ちょうだい」

 

 クグルスがぱっと一郎の手の中に飛び込んできた。

 一郎はクグルスの肌を柔らかく擦ってやる。

 小人のクグルスと一郎は性交はできないが、クグルスは一郎に愛撫をされると途方もない愉悦を感じるようだ。

 

「ううっ、うううっ、うふううう──」

 

 クグルスがたちまちに絶頂して、股間から可愛い尿のようなものを噴き出させた。

 潮噴きだ。

 一郎は蜜でねっとりとなっているクグルスの股間をさらに指で揉んだ。

 

「はひいい──。そ、そんにゃに──」

 

 絶頂中だったクグルスがさらに絶頂を重ねて悶絶するような声をあげた。

 そして、ほんの少しだけ脱力したようにぐったりとしていたが、すぐに元気に飛びあがった。

 絶頂による淫気はクグルスのエネルギー源だ。

 達すれば達するほど、クグルスは元気になる。

 クグルスがほとんど呻き声に近い悲鳴をあげ続けているドルニカの上を舞う。

 すると、発情していた牡馬がさらに大きく腰を動かした。

 

「ひぎゃあああ──」

 

 ドルニカが大きな声をあげて全身を動かす。

 クグルスが牡馬に射精を許したのだ。

 

「うあっ」

 

 ドルニカを押さえているブルドも声をあげた。

 牡馬とドルニカが暴れ出したので、ひとりでは支えられなくなったのだ。

 エリカが慌てたように、杖を伸ばして、魔道で卓や家具を強く固定する。

 

 馬の射精は長い。

 そして、量も半端なものではない。

 それを子宮に注がれ続けているドルニカは白目を剥いている。

 しばらくして、やっと射精が終わった牡馬がドルニカから離れた。

 牡馬の巨根が外れると、ドルニカの膣から、さらにまとまった血と逆流した牡馬の精液が垂れ流れた。

 

 エリカが馬に駆け寄って手綱を掴んで、馬を部屋の隅に移動させた。

 興奮状態だった牡馬からは、クグルスによる発情が消滅していて、さっきの暴れぶりが嘘のように大人しくなっている。

 一郎は長椅子から立ちあがると、ほとんど放心状態のドルニカに向かい、その顔の前で、ズボンから一物を取り出して突きつけた。

 

「舐めろ。そして、精を飲め。一滴でも外に出したら、次はもうひとつの穴もあの馬に犯させる」

 

 一郎が言うと、ドルニカの顔が真っ青になった。

 慌てたように、一郎の怒張に顔を伸ばす。

 しばらく、ドルニカに奉仕をさせてから、一郎はドルニカの口の中に精を放った。

 ドルニカはそれを懸命に喉に押し込んでいる。

 

「また、出すぞ──。飲めよ」

 

 一郎はそう言うと、一度目の射精に引き続き、すぐに二度目の射精をした。

 ドルニカはそれを飲む。

 もう一度やった。

 一度でも飲めば、一郎の呪術に支配されてしまう精液を三回分飲んだのだ。

 一郎はドルニカの心と身体が完全に自分の支配に陥る感覚を味わった。

 ドルニカの口から怒張を抜く。

 一郎の股間は淫魔の力でいまだに勃起状態だ。

 背後に回った。

 両手で尻たぶを持って左右にぐいと開く。

 ドルニカの肛門に怒張の先を当てた。

 

「息を吐け」

 

「は、はい……」

 

 ドルニカがすぐに返事をして、尻の力を緩めた。

 淫魔力で支配されたというのもあるが、牡馬をけしかけられた衝撃で、もう一郎に逆らうという感情がまったくなくなってしまったのだろう。

 

「んんっ」

 

 一郎がドルニカの尻穴に怒張を貫かせ始めると、ドルニカは背をのけ反らせて全身を硬直させた。

 

 きつい──。

 

 油剤代わりにドラクスの薬を怒張の表面から大量に放出させているが、それでもドルニカの尻は一郎を拒否するように圧迫してくる。ドルニカが尻を犯された経験がないのは明らかだ。

 他人に尻で自慰をすることを強要するような女が、自分ではなにもやったことがないというのがなんとなく面白い。

 

「力を抜け──。それともやはり、牡馬がいいか?」

 

 一郎は大声をあげた。

 

「お、お許しを……お許しを……」

 

 ドルニカが懸命に言った。

 力が抜けるのがわかった。

 ついに、一郎の怒張は根元までドルニカの尻に突き挿さった。

 

「出すぞ」

 

 一郎は言った。

 

「は、はい」

 

 ドルニカが返事をする。

 しかし、出すのは精ではない。

 

「ひっ、ひいいっ」

 

 ドルニカが奇声を発した。

 一郎は貫いている男根で放尿したのだ。

 しかも、ドラクスの薬剤効果と同じ禁断症状が襲いかかる成分を混ぜている。本物のドラクスに多少のアレンジを加えているが、禁断症状の苦しみはそれ以上だ。

 

「ドルニカ、よく聞け──。これでお前もドラクスの魔毒に侵された。毎日、お前が集めた男奴隷たちに種付けをされろ。それで禁断症状は収まる。禁断症状から抜け出したければ、頑張って孕むんだ。そうすれば、ドラクスの毒は嘘のように身体から抜ける」

 

 一郎は放尿を続けながら言った。

 ドルニカはただ空気が抜けるような声を出すだけだ。

 放尿の終わった一郎はドルニカの尻から一物を抜き出した。

 

 一郎は合図をした。

 呆けたように眺めていたコゼが、ドルニカが拘束されていた縄を急いで切断しにきた。

 コゼがドルニカを卓から自由にする。

 拘束から解放されてもドルニカは、もう逃亡の素振りもない。

 ただ、ぐったりと座り込んでいるだけだ。

 完全に腰が抜けたようになっているドルニカに、一郎はまだ露出したままの男根を突きつけた。

 

「舐めろ──。お前の尻で汚れた道具だ」

 

「は、はい──」

 

 ドルニカの顔が恐怖に包まれた、

 余程に怖かったのだろう。

 急いで一郎の性器を口にした。

 ついている汚れを気にした様子もない。

 

「馬車を準備しろ、ドルニカ──。いますぐに出るぞ。ニーナが着る服を持って来い。それとこの屋敷にある金貨と宝石類も馬車に積め。ニーナは歌姫を引退する。その退職金だ」

 

「な、なんでもします……。で、でも、お腹が……」

 

 ドルニカが手で下腹部を押さえた。

 一郎の魔薬混じりの放尿が尻にたっぷりと注がれたのだ。

 それが浣腸液の効果を生み、ドルニカは腹痛を感じてきたのだろう。

 

「俺の命令を実行する前に、自分の欲求を優先するのか、ドルニカ?」

 

 一郎はわざと威すような口調と表情をドルニカに向けてやった。

 

「ひっ」

 

 ドルニカが叫んで、言われたことをやるために、這うように動き始めた。

 

 

 *

 

 

 王都ハロルドは別名、不夜城とも称する。

 その賑わいは夜になっても終わることはなく、その外門が閉じられることもない。

 

 その中でも噴水広場と呼ばれる市民広場は、貴族と一般市民が入り混じって、たくさん並んでいる屋台で購った酒や食べ物を口にしながら、鳴り止まない音楽で歌やダンスに興じるような場所だ。

 身分の隔てなく若者たちが愉しめる場所として、夜ともなればたくさんの男女が集まり、賑やかな時間がやってくる。

 

 彼は数名の仲間とともに、いつものようにそこで愉しい時間を過ごしていた。

 

 そのとき、突然に一台の馬車が広場の隅に停まった。

 何気なくそこに目をやっていると、ひとりの女がよろよろと馬車から降りてきた。

 

 歳は四十くらいだろうか。

 ただ肌の色が白く、結構美人だ。

 そして、なぜか素足だ。

 さらに身体を大きな布のようなものでまとっている。

 

 女は助けを求めるような表情で、馬車の下から馬車の中の人間に、なにかを喋ったが、ここからではその声は聞こえない。

 馬車から男の手が伸びた。

 女が身体にまとっている布を掴む。

 そして、引き剥がした。

 

「うわっ」

 

 彼は声をあげてしまった。

 自分だけでなく、周囲からも一斉に声があがった。

 その声でさらにほかの者も女に注目して眼をやった。

 布を奪われたその女は素っ裸だった。

 女は必死になって両手で裸身を隠して立ち尽くしている。

 その女を置いて、馬車は立ち去ってしまった。

 それにも驚いた。

 

「な、なにあれ?」

「どうしたの?」

 

 いきなり出現した裸の女に周りが騒然となった。

 

「あれはドルニカ夫人じゃないの?」

「そ、そうよ──。ドルニカ伯爵夫人よ──」

 

 すると、若い貴族の女の集団から声がした。

 ドルニカ夫人──?

 

 無論、彼は貴族には縁がないから顔も知らないが、名くらいは知っている。

 芸術家好きで多くの芸術家を世話していることで有名な女貴族であり、しかも、気性が激しいことでも知られていた。

 

 だが、なんで、そんな貴族夫人がこんな場所に素裸で──?

 

 驚いている彼の眼に、さらに驚愕することが起きた。

 ドルニカ夫人がよろよろと逃げるように数歩向こう側に進んだかと思うと、いきなりしゃがみ込んで尻から糞便をし始めたのだ。

 

 王都の広場が大騒ぎになった。

 

 

 *

 

 

 素晴らしい唄だった。

 小さな宿屋の酒場に、ニーナの声が響き渡っている。

 ステファンはそれを大勢の客の集まっている酒場の隅で聞き惚れていた。

 

 やはり、彼女の唄はいい……。

 最高の芸術だ……。

 

 あの唄がなくならなくてよかった。

 ステファンは満足している。

 

 やがて、唄が終わった。

 一斉に拍手が起き、唄を披露したニーナに客たちの大喚声があがった。

 

 ニーナがマイムに戻ってから三日ほど経っていた。

 ステファンは王都を離れて旅をする決心をしている。

 いろいろと旅立つ前に片づけることもあり、出立が今日になってしまった。

 だが、ステファンは、どうしてもニーナのことが気がかりでマイム市に立ち寄らずにはいられなかった。

 そして、ニーナが、トーイと働きながら店で唄を昨日から始めたというのを耳にして、いてもたってもいられなくなり、その唄を聴くために、この宿屋に近づいたのだ。

 

 本当は、ニーナがまだ心に傷を負っているような感じだったり、立ち直っていなかったりしたら、なんとか元気づけるようなことをしてやりたいと思っていた。

 

 だが、店の外からこっそりと垣間見たニーナは元気そうだ。

 あんな酷い拷問に毎日遭い続けたというのに、いまではそれもなかったかのように愉しく笑っていた。

 それを見届けた以上、ステファンはもう素通りするもりだったが、旅の前に、もう一度ニーナの唄を聴くという誘惑に負けた。

 宿屋から聞こえてきたニーナの歌声に誘われるように、ステファンはここに立ち寄ってしまった。

 

 トーイがやってきた。

 肉の料理とビールを持っている。

 それをステファンがひとりで座っているテーブルに置いた。

 

「頼んだ覚えはないけどね」

 

 ステファンは苦笑した。

 

「あんたから代金なんかとるものかい──。それよりも、ステファン殿、寄ってくれてありがとう。それに、今回のことでは、あなたにも助けてもらったと聞いた。なんとか、礼をしたいと考えていたんだけど、もうニーナを王都には近づけたくはないし、まだ、ニーナをひとりにはできなくて……」

 

 トーイが言った。

 

「ニーナ様が元気そうで安心した……。あんなことがあったのにね……。やっぱり、ニーナ様はお前のところに戻るべきだったんだろうね。あんなに愉しそうな顔は王都ではすることがなかった……」

 

 ステファンは言った。

 

「それが不思議でね……。ニーナはこの十日のことをよく覚えていないらしいんだ。思い出そうとしても、夢の中の話だったように、ぼんやりとしかわからないらしい。ニーナが覚えているのは、この宿屋の前で俺が毒針で倒れるまでのようなんだ。ドルニカという夫人のこともほとんど忘れている……。なにが起きたのかわからないけど、こんなにも早くニーナの笑顔が戻って俺も嬉しい」

 

 トーイは言った。

 ステファンは少し驚いた。

 あんなに激しい性拷問のことや、ドルニカ夫人のことを忘れるというのは信じられないことだ。

 だが、トーイが雇ったあのロウとかいう冒険者は、不思議な呪術を使っていた。

 また、ステファンには秘密にしてくれと頼まれたが、魔妖精を(しもべ)にしたりして、その魔族の力でも不可思議な現象を起こしたりしていた。

 きっとその力で、ニーナから苦しみの記憶を消し去ったりしたのだろう。

 不思議で頼もしい冒険者だ。

 

「ステファン、来てくれたのね──。突然に王都の仕事をやめたりしてごめんなさい。あなたにも迷惑をかけたでしょう?」

 

 ニーナも来た。

 身体に前掛けをしてきて、板についた宿屋の若女将という感じだ。

 屈託のない笑顔だ。

 本当によかった。

 

「王都のことはなんの問題もありません、ニーナ様。すべて片づけておきました。あなたが引退したことで問題となるようなことはもうなにもありません。ご安心ください」

 

「ゆっくりしていってくれるんでしょう? よければ店が終わるまで待っていてくれない? トーイと三人でここで飲みましょう? いいでしょう?」

 

 ニーナが言った。

 

「残念ですが、そうもいかないんですよ。別に宿を取っているんです。これで戻ります。俺は別れの挨拶に来ただけなんです」

 

「別れ?」

 

 トーイが訊ねた。

 

「旅に出ることにしたんだ。ニーナ様のことも終わったし、いい機会だ。以前から、もっと見聞を広めたいと思っていたんだ」

 

 ステファンはトーイに言った。

 だが、本当はニーナのことを忘れるために旅に出るのだ。

 いまにして思うと、自分はニーナに恋をしていたのだと思う。ニーナの唄を愛し、その唄を歌うニーナを愛していた。

 

 そのニーナはトーイと結婚をする。

 ニーナのことをすっぱりと心から消し去るには、旅にも出ることが必要だと悟った。

 

「そ、そんな──? 旅だなんて──。どっちにしても、水臭いわよ。宿屋なんて引き払ってよ。ここも宿屋なのよ。ここに泊まって──。お母さんに頼んで部屋を準備してもらうから」

 

 ニーナが声をあげた。

 トーイも口を揃えてそう言った。

 

 さらに、トーイはステファンに渡したいものがあるとも言った。

 それを聞いて、ステファンはもしかしたら、それは冒険者たちがドルニカからとりあげた財ではないかと思った。

 あの冒険者たちは、ドルニカの屋敷を出るときに、屋敷にあった財を馬車に積ませ、それを全部をトーイとニーナに渡したらしいのだ。トーイは、その一部をステファンにも分けたいと思っているのではないかと考えた。

 

 しかし、ステファンは首を横に振った。

 そんなものは欲しくない。

 ステファンが望むのはもっと別のものだ。

 だが、それはもう手に入らない。

 

「……だったら、お願いがある。それをかなえてくれたら、ひと晩、ここに厄介になる」

 

「なに、ステファン──。なんでも言って」

 

 ニーナが言った。

 

「あなたが、最初に俺の前で歌った唄が聴きたいですね。報われない恋をする男の唄です……。それを聴かせてください」

 

 ステファンはにっこりと笑った。

 

「お安いご用よ。あなたのために一生懸命に歌うわ」

 

 ニーナが前掛けを外して、その場で歌い始めた。

 美しい唄が宿屋に流れ始めた。

 

 

 

 

 

(第8話『女伯爵と寝取られ男』終わり)

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