※この作品はR-18です。

【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】   作:ドン・ドナシアン

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 第36話  イムドリスの狂宴
473 太守夫人の衝撃


 目が醒めた。

 

 カサンドラは、すぐにはどういう状況なのかわからなかったが、ここが私室であり、寝台に寝かされていたようだということを理解した。

 寝台の横にある椅子には、三人の侍女が腰かけ、カサンドラのことを見守っている。

 

「……わたしは……どうしたのだ……?」

 

 起きあがろうとした。

 だが、その動きに気がついた侍女が、心配そうにそれを拒む仕草をした。

 しかし、それを制して、カサンドラは寝具に包まれたまま、寝台の上で上体だけを起こした。

 

「昨日、お倒れになったのです……。それで運びました。眠っておられるあいだに、気分がよくなる魔道を重ね掛けするとともに、薬湯をお飲みいただきました……。ご気分はいかがですか……?」

 

「気分か……」

 

 悪くはない……。

 しかし、よくもない。

 

 カサンドラは、記憶を思い起こして、どうやら、あのとき気を失ってしまい、そのまま眠ってしまったのだということを理解した。

 倒れたときには、政務用の装束だったので、いま身に着けている寝着は、侍女たちが着替えさせてくれたに違いない。

 

「どれくらいの時間が経ったのだ?」

 

「カサンドラ様はひと晩中、意識を戻されませんでした。いまは昼です」

 

 侍女が言った。

 時間にして、ほぼ丸一日近くも、気を失ったままでいたようだ。

 

 昨日のことだった……。

 

 最初に襲ったのは、血が沸騰するほどの激怒の感情だった。

 信じられなかった。

 パリスが死んだというのだ。

 殺されたのだと……。

 

 最初にその報に接したとき、報告をしてきた将校に対して、馬鹿なことを喋るなと怒鳴った。

 将校は、パリスのことをカサンドラの息がかかっているローム三公国の商人としか思っていないはずなので、どうして、水晶宮の太守夫人ともあろうカサンドラが、これほどまでに動顛をして衝撃を受けているのが当惑しただろう。

 だが、カサンドラにとって、パリスは愛人だ。

 カサンドラを調教し、辱め、吠えるような屈辱と最大の快感を与えてくれる大切な「ご主人様」だ。

 そのパリスが死んだ。

 しかも、殺されたという。

 

 ただの囚人に──。

 

 パリスが死んだのは、水晶宮の最下層の地下牢らしい。

 重犯罪者専用の拷問室を兼ねた囚人室であり、長い間、使われてもいなかった。

 パリスは、そこにロウという人間族を収容して、訊問を行ったのだ。

 もちろん、ほかの囚人はいなかった。

 監守さえも……。

 

 ロウを訊問するために、パリスがほかの誰にも邪魔をされない隔離された場所を欲しがったので、そこを使うのを許した。

 それだけでなく、パリスの言葉に従い、カサンドラの水晶宮の関係者には、許可なく、そこに近づくのを厳禁したため、地下牢の牢番や衛兵たちは、最下層よりも上の詰め所で、パリスのやることに最小限の便宜を図っていただけだった。

 だから、囚人がパリスに襲いかかったときに、誰も助ける者がいなかったのだ。

 

 一応はパリスには、カサンドラの相談役という立場を与えていたものの、表向きの実態はほとんど部外者であり、一介の商人だ。

 その水晶宮に出入りするただの一介の商人に、なぜ囚人の訊問を許すのか──。

 なぜ、地下牢を自由に闊歩させるのか──。

 そもそも、太守夫人として事実上、水晶宮を支配しているカサンドラが、なぜパリスという得体の知れない男に従うのか──。

 大規模に軍を動かしてまで捕らえさせたロウという冒険者は何者なのか──。

 部下たちは疑念に思ったことだろう。

 だが、カサンドラは一切の質問も諫言も許さなかった。

 パリスの自由にさせろと強く命令しただけだ。

 

 第一、カサンドラそのものが、そもそもロウのことについて何も知らなかった。

 パリスは、カサンドラが理由を訊ねることを許さなかったのだ。

 もっとも、さすがに水晶軍を総動員して、たったひとりの冒険者を捕えろと命令されたときには抵抗した。

 水晶宮の太守代行として、水晶宮の指図とともに水晶軍の指揮を任されているカサンドラではあるが、パリスの指示はエランド・シティに戒厳令を敷き、全軍を出動させるというものだったのだ。

 だが、結局、押し切られた。

 それどころか、その一件については、イムドリス宮にいるガドニエルまで事前に承知していて、カサンドラの預かりらぬところで方針が決定していた。

 その捕縛の対象がロウだったのだ。

 

 カサンドラとともに、イムドリス宮に赴いたパリスだったが、カサンドラについては、先に返された。

 それ以前においては、パリスとガドニエルのふたりが昵懇であったということさえ知らなかった。そもそも、ガドニエルは、イムドリスという異相空間にとじこもって、この数十年、一度も水晶宮側にすらやって来たことはない。

 そのガドニエルとパリスがどうやって、親睦を深めていったのか、さっぱりとわからない。

 

 いずれにしても、ロウという名を告げられたのは、パリスがイムドリス宮から戻って来たときだ。

 当然のことであるが、カサンドラは、そのロウが何者であるかを訊ねた。

 質問をしたのは、ふたりきりになったカサンドラの執務室だったが、疑念の言葉を口にした途端に、火の出るほどに頬を叩かれ、狂ったように身体を蹴りまくられながら、身に着けているものをすべて破り奪われた。

 髪の毛を掴まれ、部屋中を引きずり回された。

 素っ裸で四つん這いになりながら、部屋の床を隅から隅まで舌で舐めさせられた。

 鞭で打たれ、電撃でのたうち回され、息もできないほどに徹底的に犯された。

 両手を縛られ、足を限界まで開かされて、陰毛をむしられた。

 そして、また犯された。

 膣だけでなく、尻穴も、口も、あらゆる場所を強姦された。

 魔道と媚薬で、何十倍もの感度にした状態でである。

 限界を越えた苦痛と快感に身動きもできなくなったカサンドラに、さらにパリスは、ここで犯されながら、カサンドラに全軍の指揮をとることを強要した。

 カサンドラは、パリスの肉棒を股間に咥えたまま、嬌声と嬌声のあいだを縫うようにして、魔道通信で軍に指示を送らされ続けた。

 

 あんな恥辱と苦痛にまみれた快感など、これだけの人生の中で初めだと思った。

 戦慄した。

 あまりの快楽に、なにもかも捨て去って、パリスの完全な奴隷になることを渇望する自分がいたからだ。

 パリスの言うことに無条件で従えばいい……。

 心の底に、その気持ちは深く刻まれた。

 

 それが、パリスによる最後の調教になった。

 

 パリスは激しい男だった。

 そして、なによりも、女に指図されるのを激しく嫌悪した。

 

 すべてを支配し、隷属させ、完全に屈服させなければ済まない男だった。

 だから、パリスの命令に、疑念のような物言いをすれば、烈火のごとく怒るのは、ある程度予想していた。

 

 しかし、カサンドラは知りたかったのだ。

 ロウとは誰かということを……。

 いつも連れまわしているユイナという褐色エルフの奴隷娘と関係があるんじゃないかとか……。

 

 ユイナという小娘は、このところのパリスのお気に入りだった。

 パリスは、この一箇月ほど、そのユイナに固執していて、朝から晩まで調教を続けて完全な性奴隷に仕立てようとしていた。

 そのこだわりは異常なほどであり、ユイナという小娘は、ありとあらゆる屈辱的で冷酷な仕打ちを受け、パリスの完全な支配下に落とされようとされていた。

 だが、ユイナは言葉と態度ではパリスに従いながらも、心の根底ではパリスに完全屈服には至っていなかった。

 あれだけの調教を受けているにもかかわらずだ。

 パリスに完全に落とされた自分だからこそ、ユイナの屈服が偽物であることがわかった。

 ユイナの心がまだ落ちきっていないことは、パリスも気がついていただろう。

 だから、もしや、パリスがロウにこだわるのは、ユイナを自分のものにする材料にしようとしているのではないかと勘繰った。

 

 最初にロウについて訊ねたとき、パリスは一切を教えなかったが、カサンドラは独自の捜査により、そのロウが、奴隷の競売にかけられるはずだったユイナを購うために、このナタル森林にやってきたということだけは知った。

 ロウはユイナの関係者だ。

 そのロウをパリスは、異常なこだわりで捕えようとしている。

 ユイナに与える調教と同じように激しい執着で……。 

 カサンドラは、その女奴隷のユイナにも、パリスの粘着の対象になったロウに嫉妬した。

 

 そして、パリスは、カサンドラを通じて動かした水晶軍によって、一緒だった女とともにロウを水晶宮で捕えて、そのまま、あの地下牢に連れていった。

 連行してからは、パリスは最下層の地下に、自分の子飼いの部下以外が近づくのをカサンドラに禁止させた。

 カサンドラは、パリスに便宜を与えよと、水晶宮内に指示を与えさせられただけだ。

 

 そして、パリスは死んだ。

 なにが起きたのかわからない。

 

 ただ、騒乱に気がついた衛兵隊が降りていくと、最下層の牢に監禁していたはずのロウはおらず、首を切断されたパリスの死骸が血まみれになっていたのだという。

 ロウは逃げおおせたようだ。

 カサンドラも知らなかった最下層の地下牢から通じる自然の地下洞窟に逃亡し、追いかけた衛兵を撃退して、逃亡の途中で合流した仲間の女とともに、転送術でどこかに跳躍してしまったという。

 いまは、もうどこにいったのかも、一切が不明だ。

 ロウが逃亡するとき、獣人族の娘や魔道を遣う少女も一緒だったという報告だったが、誰も近づけないはずの地下牢に、彼女たちがどういう手段で潜入したのかもわからない。

 脱走経路となった地下洞窟は、彼らが逃亡する直前に魔道で通路を作っただけだったようだし、そこは脱出路であって侵入路ではなかったと報告を受けた。

 すると、唯一の進入路はひとつ上にある衛兵の詰め所から降りる階段だけになるのだが、そこから入り込むなど不可能だ。

 

 いずれにしても、パリスは殺され、パリスを殺したロウは行方不明だ。

 それが将校が報告してきた内容だった。

 

 パリスが死ぬなど信じられない──。

 あの男は殺されても、死ぬような男じゃない。

 自分を殺すのは不可能だとも、いつもうそぶいていた。

 

 カサンドラは報告を受けるとすぐに、最下層の地下牢に向かった。

 そして、パリスの死を確認した。

 

 死んでいるパリスは、パリスであって、パリスではないただの肉塊だった。

 やっと、パリスが死んだという認識が沸き起こった。

 

 パリスの屍体に面した瞬間、身体の底から叫び声が出ていた。

 まるで他人の声のような絶叫だった。

 報告を受けているあいだは、パリスの死を心のどこかで否定していたのかまるで実感がなかった。だから、冷静でもいられた。

 しかし、首が切断されたパリスの死骸を目の当たりにすると、激しく悲鳴をあげ続け、やがて、意識が消滅した。

 

 それからどうなったかわからない。

 

 気がつくと、カサンドラは水晶宮にある寝室で寝かされていて、三人ほどの侍女がそばについていたというわけだ。

 気分を落ち着ける魔道を重ね掛けされ、薬湯も何度も飲まされたらしいが、そのおかげか、もうかなり落ち着いている。

 しかし、パリスがいないという心の空虚さと、かけがえのない恋人を失ってしまった強い悲しみは消えていない。

 

 とにかく、やることをやらねば……。

 

 まずは、パリス殺害のロウの捕縛の陣頭指揮か──。

 

 次いで、水晶宮の施設の再調査──。

 魔道の結界に包まれておきながら、容易に不審者を許すような警備の欠陥がどこにあったのか……。

 

 そういえば、このところ、パリスにかまけていたので、なおざりになっていた政務もある。

 最近のナタル森林では、異常なほどの量の魔族や魔獣が発生して、各地のエルフの里の安全を脅かしている。その原因の追究と対策──。

 

 また、数箇月前だが、エルフ族の女王のガドニエルが暮らす絶対結界に包まれているイムドリス宮に、醜鬼獣(オーク)が侵入して、ガドニエルを襲い、そのまま逃げてしまうという事件もあった。

 その魔族を捕らえよという厳命も、ガドニエルから与えられていたのだった。

 調査をしたが、魔族はイムドリス宮にあった脱出用の転送具を操作して、そこからエランド・シティ周辺のどこかの森に逃亡しており、そこまではわかったものの、どこにその魔族が消えたのかもわからない。

 また、イムドリス宮に魔族が入り込んだ侵入路も発見できなかった。

 そして、いまに至っている。

 あれも片付けねばならないだろう。

 

 カサンドラは、もう大丈夫だと説明して、侍女に指示をして着替えをした。

 着替えの途中で、カサンドラはふと自分の腹に目をやった。

 そこには、パリスが刻んだ『隷属の紋章』があったはずなのだ。

 

 なくなっている?

 いや……。

 カサンドラとパリスにした見えない特殊な遮蔽魔道がかかっていた隷属の紋様だが、かなりうっすらとなっているものの、辛うじて紋様が見える気がした。

 だが、あり得ない。

 

 隷属の魔道の主人側が奴隷を譲渡することなく死ねば、主人の死とともに、奴隷が死ぬというような特別な魔道を重ね掛けしていない限り、隷属の魔道は解除され、紋様は消滅する。

 カサンドラの目にまだ、紋様が見える錯覚があるのは、パリスに対するカサンドラの未練だろう。

 パリスが死んだ以上、ここに紋様が見えるはずがないのだ。

 

 とにかく、政務用に装束を身につけ直す。

 すると、着替えが終わるのを待っていたのか、すぐに侍従長が部屋に入ってきた。

 

「カサンドラ様……。もう落ち着かれたようですな。安心しました」

 

 侍従長はカサンドラの政務と生活のすべてを取り仕切っている男であり、カサンドラに最も長く仕えている部下でもある。

 

「昨日は済まないな。醜態を見せた。それで、なにかわかったか?」

 

 カサンドラは、昨日のパリスの死に関する報告を求めた。

 あるいは、カサンドラが寝ているあいだに、捜査になんらかの進展があったのかと思った。

 しかし、侍従長は滔々と説明したものの、その内容はカサンドラが気を失う前まで承知したものと変化はなかった。

 

 パリスの死は事実であり、その手段は不明──。

 殺害をしたのはロウという囚人に間違いないと思われるが、彼及び彼の逃亡を助けたと考えられる女たちの行方も不明──。

 

 それだけだ。

 カサンドラは失望した。

 

「ブルイネンを呼べ」

 

 カサンドラは言った。

 ブルイネンは、本来はガドニエルの傍に仕える親衛隊長であるが、ガドニエルの指示があったらしく、戒厳令によって出動する軍の指揮の支援のために水晶宮側に来ていた。

 また、もともと、イムドリス宮への魔獣襲撃事案の調査のために、このところ頻繁に水晶宮側にやっても来ていたのだ。

 ロウが水晶宮に侵入してきたときにも、偶然にその場にいたのだが、そのとき一時的だが人質となったということがあり、ブルイネンが解放されたあと、パリスの指示でそのまま水晶宮に与えられている客室で謹慎になっていた。

 だが、パリスの殺害と、イムドリス宮における女王への魔族襲撃は、あるいは偶然のものではないのかもしれない。

 

 これまでは、カサンドラは、パリスにあまりにもかかりきりだったので、あまりブルイネンと関わっていなかったが、いまはブルイネンの持っている情報を共有したいと考えたのだ。

 しかし、侍従長は困惑顔になった。

 

「ブルイネン隊長は昨日から行方不明です。どこに行ったのかわかりません。それどころか、今回の囚人脱走に関して、ブルイネン隊長が関与しているという報告も……」

 

「ブルイネンが? あり得ん──」

 

 カサンドラは驚くとともに、断言した。

 ブルイネンは堅物だ。

 呆れるほどに真っ直ぐな性根を持ち、一切の不正、不道徳、不法を嫌う。

 あれが、ガドニエルや水晶宮に背いて、ひとりの囚人に与するとは考えられない。

 潔癖な女なのだ。

 だが、カサンドラの言葉に侍従長は首を横に振った。

 

「しかし、ブルイネン隊長が裏切っているのは、やはり疑いのない事実のようです。少なくとも、ロウという人間族と一緒に捕らえられたエルフ女の脱走には、ブルイネンの指示が働いています。裏も取れました。ブルイネン隊長が意図的にエルフ女を警備の薄い下層地区に動かして、そこで、脱走させたのです」

 

「あのブルイネンがか?」

 

 カサンドラはそれだけを言った。

 実のところ、ロウと一緒に捕らえた美貌のエルフ女のことなど忘れていたが、そういえば、そんなのが存在していたと耳にした。

 ロウ同様に逃亡していたとは知らなかったが……。

 しかし、その脱走にブルイネンが手を貸したなど、信じられるものではない。

 

「そもそも、ブルイネン隊長は行方不明です。少なくともさらわれたのではなく、自らの意思で失踪しているのです。それは残っているあらゆる痕跡から明白です……」

 

「まさか……」

 

「確かです。それに昨日の事件で地下牢から繋がっていた地下洞窟で、エルフ隊を襲撃してロウを救出した女たちの中にいた仮面の女がいて、その女はブルイネン隊長に間違いないと、その場にいた何人もの兵が証言もしております。ロウの逃亡を許した転送術の魔道の痕跡にしても、ブルイネン隊長の普段の魔道の波動と一致しました」

 

「し、信じられんぞ」

 

「そもそも、知られていなかった地下洞窟とはいえ、位置的にはまだ、エランド・シティの結界の範囲内でした。その結界の中で転送術を遣えるのは、女王様、カサンドラ様、アルオウィン様、そして、ブルイネンです。他にも証拠はあります。間違いありません」

 

 侍従長がさらに言った。

 カサンドラは唖然としてしまった。

 そして、侍従長はブルイネンに敬称を使わなかった。それがすべてを語っている。

 

「……それが事実であれば、ガドニエル様に報告をしなければな……」

 

 カサンドラはそれしか口にできなかった。

 ブルイネンほどの堅物女が突然に裏切って、ひとりの男囚を逃亡させただと──?

 そんなことがあり得るのか……。

 

「それについてですが、実は女王様から、カサンドラ様に緊急の出仕の命令が届いております。まだ、カサンドラ様の体調が優れぬので、落ち着いてから出頭しますと、一応、イムドリス宮側には返事をしましたが……」

 

「ガドニエル様が?」

 

 カサンドラは少し驚いた。

 エルフ族の女女王のガドニエルは、基本的にはあまり俗世には関与せず、大抵のことは水晶宮のカサンドラに全てを任せている。

 だから、緊急の出仕命令というのは珍しかった。

 

「直ぐにいく。整えよ」

 

 カサンドラは言った。

 侍従長は一礼をして、退出していった。

 

 

 *

 

 

 イムドリス宮に繋がる仕掛けのある水晶宮の場所は、『鏡の間』と称されている。

 壁一面に透明の「鏡」が張り巡らされているからだ。

 もっとも、これはただの鏡ではない。

 鏡に見えるほどの透明度の高い大きな水晶の板壁なのだ。

 それが大きな部屋の壁一面に設置されている。

 

 カサンドラはひとりだけで鏡の間に入ると、鏡の間の中央に立ち、光の道を解放する術式を呟いた。

 すぐに壁から一斉に光が発生して、カサンドラは真っ白い光に包まれて視界を失った。

 そして、束の間の光の輝きののち、だんだんと光が薄くなっていく。

 視界が完全に戻ったときには、水晶宮の鏡の側ではなく、イムドリス宮に移動していた。転移によって、イムドリス宮側のどこに跳躍するかは、イムドリス宮側で操作するのだが、どうやら直接に謁見の間にやってきたようだ。

 

「カサンドラ、先日ぶりですね」

 

 澄んだ女の声がした。

 カサンドラは頭をさげた。

 正面側の離れた場所に、水晶の飾りについた豪華な玉座に腰掛けているガドニエルがいる。

 後ろには五人の男の護衛兵が立っている。

 ほかには誰もない。

 

「ガドニエル様におかれましては、つつがなくお過ごしの事、嬉しく存じます。ガドニエル様のご尊顔を拝顔できましたのは、この上ない喜びで……」

 

「挨拶はよい──。顔をあげなさい──。こっちに」

 

 ガドニエルの苛立った声がカサンドラの言葉を遮った。

 いつにないガドニエルの感情的な物言いに、カサンドラは困惑した。

 とりあえず、言われるままに前に進む。

 カサンドラは、ガドニエルの腰掛ける玉座のすぐ前に立つかたちになった。

 

「パリスが殺されたというのは本当ですか?」

 

 ガドニエルはいきなり言った。

 カサンドラはびっくりした。

 確かに今回の事件は、水晶宮に不審者の侵入を許して、地下牢で殺人を許すという前代未聞の事件である。

 しかし、パリスはカサンドラの私的な愛人という以外は、特段に水晶宮の政務に関与させているわけでもない部外者だ。

 ガドニエルの名を使って相談役にしたが、それには実態がないし、ガドニエルには無断でやったので、パリスの名はイムドリス側には伝わっていなかったはずである。

 表向きには一介の外部商人にすぎない。

 そのパリスの死については、普段は俗世に関与してこないガドニエルが、どんな興味があるというのだろう?

 やはり、パリスとガドニエルはそれほどに親しかったのか?

 

 しかも、これが、わざわざカサンドラを珍しくも呼び出した理由?

 そもそも、水晶宮で発生した殺人事件のことを外部との関係を断っているガドニエルがどうやって知ったのだ──?

 疑念が次々に沸き起こった。

 

 

「な、なぜ……」

 

「答えなさい、カサンドラ──」

 

 なぜそれを問うのかと口にしようとすると、いきなり怒鳴られた。

 やはり、このような感情的なガドニエルには、初めて目の当たりにする。

 

「……じ、事実です。昨日のことで……」

 

 ガドニエルの権幕に困惑しながら、カサンドラは簡単に事件の経緯を説明した。

 ……とはいっても、説明できるものはほとんどない。

 カサンドラがただの外部商人のパリスに、あり得ない便宜供与を与えていたというのは説明しにくいし、ましてやカサンドラの愛人だったなどとは口にできるものではない。

 だが、ガドニエルは詳細を訊ねなかった。

 ただ、パリスの死について説明するにつれて、目に見えてガドニエルは動揺を示しだした。

 常に表情を崩すことさえないガドニエルにしては珍しく、落ち着きなく指を動かしたり、何度も息を乱して、恐怖に怯えている様子さえ示す。

 

 ガドニエルにとって、パリスがただの存在でないのは明白だが、どんな関係なのだろう?

 カサンドラとパリスのように男女の関係ということはあり得ないが、パリスの死に対するガドニエルの動揺は異常な反応だ。

 どういうこと……?

 

「わ、わかりました……。事実なのですね……。では、派遣しているブルイネンとともに事態の収束を図りなさい。パリスを殺した者は必ず捕らえるのです──。生きてね。同行の女も一緒です。男については手足を失ってでもいいですが、女は五体満足で捕えるのです。よいですね──」

 

 カサンドラはさらに当惑した。

 捕らえるのは当然だ。

 だが、生け捕りにせよと……?

 しかも、女については五体満足で……?

 

「五体満足というのは、女たちの全員を……?」

 

 報告の限りにおいては、そのロウという男よりも、取り巻きの女たちの方が一騎当千の女傑たちのように聞いている。

 無傷で捕えるというのは難しい気もする。

 

「何人もいるのですか? 金髪のエルフ娘のほかに?」

 

 ガドニエルは驚いている。

 しかし、カサンドラは、ガドニエルが驚いているということに驚いている。

 なぜ、ひとりだと思ったのだろう。

 しかも、金髪のエルフ女?

 どの女のことだ?

 ガドニエルが固執するのは、ロウではなくて、そのエルフ女?

 

「……まあよい……。美女なら、なおさらです。とにかく、連れてくるのです」

 

 ガドニエルは言った。

 カサンドラは首を傾げた。

 心なしにか、ガドニエルの顔に卑猥な表情が浮かんだ気がしたのだ。

 しかし……。

 

「は、はい……。確かに」

 

 とりあえず、カサンドラは頷いた。

 そして、はっとした。

 

「そ、そうだ──。実は先ほど名前のあがったブルイネンのことですが……」

 

 カサンドラは、ガドニエルの親衛隊長のブルイネンが裏切った兆候があり、現にいまも行方知れずだと説明した。

 これには、ガドニエルは驚愕したようだ。

 

「ブ、ブルイネンが──?」

 

 絶句している。

 しかし、すぐに眉間に皺を寄せた。

 

「まさか、ロウという男と接触したとか……? ふたりきりになったとか……?」

 

 ふたりきり……?

 しかし、カサンドラはロウという囚人に一瞬だけは人質にはなっているが、ロウとブルイネンがふたりきりで接触する機会があったかについては承知していない。

 それについては、わからないと返事をするしかなかった。

 

「まあよいでしょう。ブルイネンについても捕らえるのです。無傷でね。ここに連れてきなさい。拘束して、魔道を完全に封じたうえにですよ」

 

「はい」

 

 カサンドラは頷いた。

 ガドニエルがにやりと笑った。

 なんともいえない、下衆めいた表情に感じて、カサンドラは違和感を覚えた。

 

「……それと、もうひとつ、大切なことがあります」

 

 さらにガドニエルが口を開く。 

 

「なんでしょう?」

 

「アスカ城のアスカのことは知っていますね?」

 

 ガドニエルは言った。

 もちろん知っている。

 知らないわけがない。

 そもそも、ガドニエルに対して、アスカ城のアスカという魔女こそ、「彼女」だということを教えたのはカサンドラだ。

 

「お前の持っている全ての能力と権力を使って、その女を殺しなさい。アスカはいまはアスカ城にはいません。失踪しています。全土のエルフ族というエルフ族、すべての森エルフと街エルフに、アスカへの死刑命令の指示をするのです。アスカを見つけ次第に殺せと、全エルフ族に触れを出しなさい。捕らえ次第に殺すのです。できる限り惨たらしく……」

 

 ガドニエルははっきりと言った。

 

「アスカ様を? ガドニエル様の実のお姉様ですよ──。ガドニエル様もそれを知っているはずでは?」

 

 カサンドラは衝撃を受けた。

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