【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】 作:ドン・ドナシアン
一郎たちが荷を馬車の前に並べだすと、すでに集まっていた女たちがわっと声をあげて品物に群がった。
行商人を装っている一郎たちが馬車に積んできたのは、女たちが悦ぶ飾り物や衣類だ。エリカとコゼが王都の商家を回って、流行のものを揃えたのだ。それだけに、女心をくすぐるらしく、里の女たちが嬉しそうに品物を選んでいる。
「……ご主人様の考えは大当たりですね……。本当にこれを仕事にしてもいいんじゃないですか? きっと儲かりますよ……。ねえ、エリカ、冒険者なんてやめて、これを仕事にしようよ──」
売り子として、女客をさばいているコゼが行商人となっている一郎と同じ売り子に扮しているエリカに寄ってきて、悪戯っぽくささやいた。
「駄目よ、コゼ──。ハロンドール国では、商売をするには商人ギルドに入って、行商の許可をもらわないとならないのよ。もしも、闇で商売をしていることがわかれば、商人ギルドからの闇討ちだってあるし、なによりも、里長がわたしたちを受け入れないわよ。商人ギルドでない行商人を受け入れたことがわかったら、この里は商人ギルドと交易ができなくなる。ここの里長は、わたしたちがクエストの一環だとわかっているから、里で行商をすることを許したんだから……」
エリカがその言葉を耳にして、慌てたように叱咤の声をコゼに小さく発した。
「わかっているわよ、エリカ……。あんたって、本当に真面目ねえ……」
コゼがけらけらと笑った。
からかわれたとわかったエリカが顔を赤くしてむっとなった。
よかった……。
いつものコゼだ。
一郎は安心した。
夕べは発作のようなものが起こり、コゼの心の中にある闇のようなものが表に出かけた。
そんなときは昨夜のように激しく抱いてやるのだ。
それでコゼは心の闇に捕らわれなくて済む。
いつもの明るいコゼでいられるのだ。
だが、そのことですっかりと静かになった女もいる。
シャングリアだ。
一郎がコゼを、そして、その後、引き続いてエリカを激しく抱くのに接して、あの小生意気な女騎士が今日は大人しかった。
馬車の中ではずっと無口だったし、いまも少し一郎たちからは距離をとるような感じで馬車から離れている。
どうやら、昨夜の激しい淫行に、すっかりと驚いてしまったようだ。
気性の激しいシャングリアだが、男女の営みに関しては、まったく知らないただの生娘だ。
つまりは、本当の性行為を目の当たりにして、完全に圧倒されてしまったようだ。
一郎は、ちらりちらりと遠慮がちに覗き見するように、こっちに視線をやるシャンゼリアに思わず笑みをこぼしてしまった。
ここは、今回のクエストで与えられた退治すべき盗賊団がいるというジーロップ山の麓の里だ。
この里から先はすでにジーロップ山であり、盗賊団が出没するという山間道となる。つまりは、この里から一歩進めば、すぐに目的の盗賊団の縄張りということだ。
朝に野宿をしていた場所から出立して、この里に到着したのは夕方に近かった。
一郎たちは、まずは里長のところに向かい、実は行商人ではなくて、クエスト実行中の冒険者であるが、それを隠して行商人として、ここで女物の衣類などを売りたいと申し出た。
最初は訝しんだ里長だったが、クエストの目的がジーロップ山の盗賊団退治だと説明すると、大いに喜んでくれた。昨日立ち寄った里とは異なり、この里では、盗賊たちが棲みつくようになってから、入会地の山にも入れなくなっていて難儀をしていたらしい。
また、それ以外にも奇怪な事件が数日前から村で発生するようになっていて、それで当惑していた矢先のことだったようだ。
王軍に討伐を頼むとしても時間がかかるだろうし、あてにはならない。
それよりは、冒険者ギルドに依頼することも考えていたらしく、そんなときに、一郎たちの側から盗賊退治という名目でやってきてくれたのだから、里長としては渡りに舟の話というだけでなく、タイミングのよさにびっくりもしていた。
里長は是非とも聞いてもらいたいことがあるということだったが、とりあえず、一郎は行商を始めさせてもらいたいと頼んだ。ぼやぼやしていれば、陽が暮れそうだったからだ。
一方で、一郎からのもうひとつの申し出には、もっと里長は喜んだ。
行商によってこの里で得た代金の始末のことだ。
商売が目的ではないので、里の女たちの支払った金子は最終的には不要だし、商人ギルドに入っていないので、儲けるわけにはいかない──。
だから女たちから売りあげて得たものについては、すべてを里長にまとめて渡し、その代わり、それに見合う農産物でももらえないかと頼んだのだ。
あとで商人ギルドともめないためのエリカの知恵だが、里長はなにもしなくても、女たちが支払った金を手に入れ、この里で得た産物で余ったものを渡せば事足りるというわけだ。
一郎たちにしても、得られたものを王都に持って帰れば、いくらかのものにはなるし、たとえ大した額で売れなくても、クエスト報酬で十分に必要経費を賄える。
喜んだ里長は、一郎たちに宿も提供してくれるということになった。
里長の家だ。
今夜は野宿はしないでい済みそうだ。
一郎は賑やかな女たちを相手に、衣類などを売り捌いているエリカとコゼに視線を戻した。
ふたりは品物を売りながら、巧みに女たちに「明日にはジーロップ山に進むのだが盗賊は出るのか」というようなことを訊ねている。また、それとなく、商売のためのまとまった買付金を馬車に積んでいるというようなことも匂わせてもいる。
もしも、この里に盗賊団の耳目になる者が隠れているなら、一郎たちの馬車を恰好の「獲物」だと考えるはずだ。
それに対して、女たちも、エリカとコゼに対して、この半年くらいのあいだに出没するようになったというジーロップ山の盗賊団についての話をしてくれている。
それなりの情報が集まりそうな感じだ。
「……あの盗賊団といえば、なんか仲間割れがあったんじゃないかという噂だねえ」
そのとき、ひとりの中年の女がそう口にした。
「ああ、あの奇妙な男のことだろう? おかしな死に方だったけど、まあ、所詮は盗賊をするような連中さ──。碌な死に方はしないのは当然か」
すると、それに同調する女たちが何人が出てきた。
「それは、どういうことなんですか、奥さん?」
コゼが訊ねている。
すると、女たちが語りだした。
それによれば、ほんの五日前くらいのことらしい。
左肘から下の腕を失った男がジーロップ山の方から、里に彷徨い歩いてきたという事件があったそうだ。
どうやら、その男は盗賊団のひとりのようであり、同じ盗賊団の者に襲われたと口にしていたようだ。
ただ、口にすることは常軌を逸しており、失った腕も自分で切断したと言っていたようだ。とにかく、大きな恐怖に襲われるということがあったらしく、ほとんど狂っている状態だったという。
里の者で手当てをしようとしたが、結局はそのまま衰弱して死んだようだ。
そんなことがあったのだそうだ。
仲間割れ……?
それとも、なにかの裏切りや失敗をした仲間を自分たちで処分した……?
そんなところだろうか。
また、女たちの話から、その盗賊団が根城にしていそうな洞窟の位置もわかった。
山の中腹に大きな洞窟があるらしく、盗賊たちがそこを隠れ処にしているようだということは、里の者たちもすでに察していて、特にそこには近づかないようにしていたようでもある。
「エリカ、コゼ、俺は、もう一度里長のところに行ってくる。こっちを頼む」
頃合いを見計らって一郎は言った。
到着したのが夕方だったので、とりあえず、行商人として品物を並べるのを優先させてもらったが、さっき、里長が話したがったことについても、いまのうちに聞いておこうと思ったのだ。
「わかってます、ロウ様──。こっちはお任せください」
「わかりました、ご主人様──」
女客たちをあしらいながら、エリカとコゼが元気に返事をした。
「行こう、シャングリア──。ついてきてくれ」
一郎はこっちを見守るように離れて立っていたシャングリアに声をかけた。
「あっ、ああ……」
シャングリアが一瞬びくりとし、そして、慌てたようにこっちに来る。
そのおどおどとした態度には本当に笑ってしまう。
気の強いシャングリアだが、やはり、昨夜の一郎たちの性行為は衝撃的だったようだ。
特に、一郎に対する態度が急に余所余所しいような遠慮がちになったのは笑える。
一郎はエリカとコゼを抱くときには、本当に容赦なく抱き潰す。
その光景にシャングリアは、すっかり度肝を抜かれてしまったようだ。
また、一郎は、一郎がコゼとエリカを抱き始めたとき、すぐに馬車に隠れてしまったシャングリアが、ひそかにずっと一郎たちを覗き見していたのを知っていた。
それだけでなく、シャングリアは馬車の中で一郎たちを見て、我慢できなくて、こっそりと自慰をしたようだ。
一郎には、魔眼で見えるシャングリアのステータスの変化でそれがわかった。
もちろん、そんなことを一郎が察しているなどということは黙っている。
ただ、男勝りのシャングリアにも、男女の営みを覗いて、こっそりと自分の股間に手を伸ばすというような可愛いところがあると思うと、ちょっと可笑しくなるだけだ。
一郎は、気後れしたようなシャングリアともに、もう一度里長のところに行った。
「冒険者殿、お待ちしておりました。実は見て頂きたいものが……」
一郎たちが里長の家に着くと、待っていたらしく里長が入口で出迎えてくれた。
「冒険者ではない。わたしは王軍騎士だ。このロウたちは冒険者だが、それは今回の任務のために、わたしが雇っているのだ」
そのとき、シャングリアが口を挟んだ。
「お、王軍騎士?」
里長が驚いた表情になった。
一郎は嘆息した。
それは事実なのだが、クエストを受けてやってきた冒険者パーティが盗賊退治をしようとしていることについては、特に説明を要することではないが、王軍騎士のひとりが、軍と離れて単独でやってきたということには説明が必要だ。
それが事実だとしても、余計な勘繰りを里長にされては、必要な情報を得難くなる。
こういう田舎の里では、軍に対する警戒心が強い。軍というものは盗賊と同様に厄介なものと思っているのだ。
短い期間だが、王都から離れた場所では王軍や領主の軍などあまり信頼されておらず、むしろ、金で動く冒険者こそ、一般の人間が信頼を置いているものであることを一郎は肌で感じ始めていた。
軍が動けば、徴発による兵糧の接収、宿泊場所の提供、場合によっては畠は荒れ、不良軍人による婦女子の強姦というのもある。いつの時代の、どこの軍でも同じだが、軍の入来というのはトラブルそのものだ。
それに比べれば、数名でやってきて困難を解決してくれる実力者集団という位置づけの冒険者に、世間の人々が頼りたくなる気持ちは理解できる。
「クエストの一環です。これは王軍の仕事ではありません、里長。それよりも見せたいものとは?」
一郎は里長を促した。
里長は当惑気味の表情で首を傾げながら、家の裏に一郎とシャングリアを案内した。
「……シャングリア、ここは任せてくれ。こういうことは、俺たち冒険者の専売だ。あんたの役目は盗賊たちを一網打尽にすることだ……。情報収集なんていう下働きの仕事は、俺たちのすることだ。王軍の女騎士様ともあろうものが正面に立たなくていい」
一郎は歩きながらささやいた。
「わ、わかっている」
シャングリアは横を向いて言った。
「見てもらいたいものは、とりあえず、ここに運ばせたものなのですが……」
里長の家の裏は大きな広場になっている。
そこには、里で収穫した産物を置いておく倉庫も幾つか並んでいた。一郎たちが連れて行かれたのは、その広場からもずっと奥であり、里を横切っている道路のさらに向こうだった。
そこに縄で囲んである場所があり、そこに得体の知れないものがあった。
「ひっ、な、なんだ、これ?」
シャングリアが大きな声をあげた。
一郎もその異質さに顔をしかめた。
縄の中には、大きな家畜のウシの死骸が数頭あった。
だが、奇妙なのはその家畜の死に方だ。
全身の水分をすっかりと抜き取られたかのように骨と皮だけになって萎んでいる。それが数体だ。
一郎はそんな奇妙な死に方というのを見たことがない。
「この数日、連続して、夜になると一頭ずつ里で飼育している家畜がこうやって死んでいくのです。男衆が交代で番をしているのですが、なにかが里に夜に侵入しているという気配はありません。でも、朝になると、こうやって必ず一頭がやられてしまっているのです」
里長が途方に暮れた表情になった。
一郎も驚いた。
これはとてつもなく異常だ。
つまりは、この里に夜な夜な侵入しては家畜を骨と皮だけにして、中身を喰らっていく何物かが存在するということなのだろうか? だが、里長は侵入者はいないという。
死んでいるウシは大きい。
これだけのものとなると、なにが襲ったとしても、とても大きなものになると思うのだが、男衆の不審番がなにも発見できないでいるというのも奇妙だ。
一郎は嫌な予感がした。
とても、危険なものの匂いがする。
ただの勘だが……。
「どうでしょう? これをクエストとして受けては頂けないでしょうか、冒険者殿? 里には大きな蓄えもないのですが、金貨二枚くらいは準備できます。収穫した産物でよければ、それに匹敵する物も準備できます」
里長が言った。
「ギルドを通さない臨時クエストというわけですか……?」
一郎は言った。
ギルドから与えられる一定数のギルドをこなせば、ギルドを通さずに直接に依頼を受けることも可能だ。ギルドを通すクエストからは、依頼者が支払う報酬の数割を調査費としてギルドが天引きしているので、直接に受けた方が冒険者にとっては実入りがいい。
その代わり、クエスト終了後の報酬支払のトラブルなどについては、冒険者が直接に解決しなければならないし、クエストに潜む危険性について、事前にギルドから情報を受けられるということもない。
「だめだ。お前たちへの依頼はわたしが優先だ。ジーロップ山の盗賊団の退治に協力するのが約束のはずだ」
シャングリアが横から声をあげた。
一郎は里長に視線を向けた。
「……というわけです。俺たちは盗賊団退治のクエストを遂行します。家畜を襲撃するものについての調査は、別のクエストとして、ギルドを通すのがいいでしょう」
一郎は言った。
「そうですか」
里長は少しがっかりした表情になった。
ただ、そうは言ったものの、この家畜の変死とジーロップ山の盗賊団は無関係ではない気もする。
そして、とても危険な匂いもする。
これは、もしかしたら簡単な盗賊退治ではないかもしれないぞ──。
一郎は思った。
さらに一郎は、女たちから耳にした彷徨ってきた盗賊のひとりという男の話について、里長に訊ねた。
里長の話も、女たちの話に合致していた。
自分で腕を切断したと口にしたこと。
仲間に襲われたと言ったこと。
なにかの恐怖で半分狂っている状態だったということ。
そして、すぐに衰弱して死んだということ。
全部一致した。
それから、盗賊団の住み処としていると思われる洞窟の場所も里長は承知していて、それについては、あとで地図を描いて渡してくれることになった。
「……これで連中の居場所もわかった。明日の朝、さっそく出発しよう、ロウ。いずれにしても、盗賊退治はあっさりと終わることができそうだな」
シャングリアが嬉しそうに言った。
果たして、そうだろうか……?
一郎は一抹の不安が心に過ぎるのを感じた。
*
「洞窟だ」
シャングリアが小さな声で言った。
一郎は茂みに身体を潜めながら頷いた。
視線の先には、麓の里で入手した情報から盗賊団の隠れ処だとわかっている洞窟がある。
ジーロップ山の麓の里を朝に出立した一郎たちは、とりあえず、当初の予定に従って、馬車でゆっくりと山間道を進んだ。そこで盗賊団が襲ってくれれば、逆に返り討ちにして、そのまま連中の根城にやって来るという策だったのだ。
だが、しばらく進んでも、目の前に盗賊たちが出現する気配はなかった。
それで、第二の策として、途中で馬車を放置し、連中の根城とわかっている洞窟にこちらから向かうことにした。
その洞窟の場所も明白だ。
昨夜のうちに、麓の里の里長に地図を描いてもらっていたので、簡単にそこに辿り着くことができた。
洞窟の入口まで、特に警戒をしている様子もないし、罠のようなものもなかった。
あっさりと洞窟の前に到着して、いまは草むらに隠れて、その入口を覗いているところだ。
入口では、武器を持った賊徒がひとりで座り込んでいる。
見張り役だろう。
ただ、なにか顔色が悪い気がする。
「よし、行くぞ、ロウ……」
シャングリアが剣を抜いて、茂みから出ようとするのを一郎は片腕を横に伸ばして制した。
「まて、シャングリア、ちょっと様子が不自然だ」
一郎はシャングリアを留めたまま、魔眼を使った。
少し距離があるが、ここからなら、ぎりぎり洞窟の前にいる男のステータスくらいはわかると思う。
“……
人間族、男
年齢25歳
ジョブ
盗賊(レベル1)
生命力:30
直接攻撃力:65(剣)
状態
オーヌよる支配”
オーヌよる支配……?
なんのことだ……?
人の名前か……?
「……ロウ様、確信はありませんが、あの洞窟には魔力以外の魔力の流れを感じます。もしかしたら、瘴気かもしれません」
エリカがささやいた。
「瘴気?」
一郎は思わず言った。
だが、確かに、一郎自身も、あの洞窟にはおかしなものを感じる。
洞窟内から瘴気がこぼれているすれば、すでにあの洞窟は「ダンジョン化」しているということになる。
そうであれば、あまりにも危険だ。
ダンジョンというのは、瘴気が洞窟や地下迷宮のような密閉された場所で発生し、異常な濃さになっている場所のことだ。そして、瘴気があるということは、奥に特異点が存在するということになる。つまりは、そこから異界に封印された魔獣がこちら側に侵入している可能性が極めて高いということだ。
エリカはそこそこ高い能力の魔道遣いだ。
だから、瘴気のような邪悪の気を感じることできる。
ただ、実際のところ、エリカには完全に瘴気の存在を感知する能力はない。魔道遣いであるエリカが感じることができるのは、魔道の源となるエネルギーである魔力だ。エリカは、魔力とは異質のものが流れているのを漠然と感じているだけのはずだ。
魔族であるクグルスを呼び出して調べさせれば、すぐにわかるとは思うが、シャングリアのいる前でクグルスを呼び出すのはまずい。
「……オーヌというものに心当たりはあるか、エリカ?」
一郎はささやいた。
「オーヌ……? さあ……」
エリカは首をかしげた。
わからないようだ。
しかし、一郎の心には強い不安がよぎっている。
「ここまできて、なにをまごまごしておるのだ、ロウ──。目的の盗賊団はあの洞窟の中だ──。一気に行くぞ。洞窟の中なら連中は逃げ出せん。袋のネズミだ。一緒に連中を一網打尽にしよう」
シャンデリアが焦れたように言った。
「いや、シャングリア、やめよう……。もしかしたら、あの洞窟はダンジョン化しているかもしれない。この数日間、里の家畜を襲撃しているというおかしな事件も、あるいは、この洞窟から抜け出している魔獣が関与している可能性もある……。一度、麓の里まで戻って、出直そう──」
一郎は決断した。
おそらく間違いない。
夕べこそ出なかったが、それまで数日続いていたという謎の家畜の襲撃事件は、かなりの確率で、あの洞窟から抜け出している魔物の仕業だと思う。
無論、それは、あの洞窟がダンジョン化していて、洞窟がダンジョン化し、内部が魔獣の住み処になっているとしてのことだが、間違いない気がする。
とにかく、一度出直して、シャングリアのいないところで、もう一度、クグルスを呼び出して確認させたい……。
それで確かなことがわかるはずだ。
「や、やめる──? ふ、ふざけるな、ロウ──。この期に及んで臆するのか──?」
囁き声ながらも、シャングリアが憤慨した様子で言った。
「臆するさ……。あそこがダンジョンだとすれば、俺たちでは荷が重い。最悪、クエストの中止も考えなければな……」
一郎がそう言うと、シャングリアが盛大に舌打ちした。
「わかった……。所詮は冒険者だな──。やはり、あてにはならんか……」
シャングリアがすっと立ちあがった。
一郎は驚いた。
「お前たちはここにいろ──。盗賊退治はわたしひとりでいい──」
「わっ──。馬鹿──」
一郎は叫んだ。
しかし、止める暇もなかった。
シャングリアは草むらを飛び出すと、洞窟の入口に向かって駆け出してしまったのだ。
気がついた見張りの盗賊は、すぐに洞窟の中に逃げ込んでいった。
シャングリアは、そのまま洞窟に駆け入っていく。
「あ、あいつ──」
エリカも声をあげた。
「ご主人様、どうしますか?」
コゼが一郎に視線を向けた。
さすがに躊躇した。
しかし、一郎の勘が正しければ、里で大きなウシを襲って骨と皮にしたような得体の知れない魔獣が洞窟内に存在するはずだ。
そこに、シャングリアは無鉄砲にも飛び込んだのだ……。
すぐに連れ戻さないと危ない……。
「くそうっ──。仕方ない──。追うぞ──」
一郎も立ちあがった。
「コゼ、先頭を行け──。なにか不審な気配があればすぐに言うんだ──。俺は魔眼で周囲を探知しながら真ん中を行く。エリカは後ろだ──。罠の予感もする──。とにかく、シャングリアを見つけて連れ戻すぞ──。エリカ、シャングリアが引き返すのを拒むようなら、魔道でもなんでもかけて、大人しくさせろ──。とにかく、あの無鉄砲な女を早く連れ戻さないと──」
「わかりました、ロウ様」
エリカが右手に細剣を持つとともに、左手で杖を構える。
コゼが無言で両手に短剣を握った。
一郎は燭台を持つ。
その燭台にエリカが魔道で火を灯した。