※この作品はR-18です。

【2025.9.5コミック発売】異世界で淫魔師ハレム【完結】   作:ドン・ドナシアン

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 幕間 タリオ公国
518 忘れられた公妃【エリザベート】


 公妃エリザベートの邸は、大公城の庭園の隅にある。

 平屋の粗末な建物であり、飛ぶ鳥を落とす勢いで覇権を拡大しているタリオ大公のアーサーの最初の妃が住む館にしては随分と小さく、また豪華さの欠片もない造りであると思う。

 

 ランスロットも、かねがねもっと公妃に相応しい場所に移すべきだとアーサーにも進言しているのだが、無駄を嫌うアーサーは、女に金を使うのが何よりも無駄だと思っており、いつまで経っても改善されないまま、歳月だけが過ぎているという感じだ。

 

 アーサーの腹心という立場のランスロットだが、アーサーからは、これについては家庭の話だと断言されてしまい、エリザベートの件に限っては、あまり強くは諭すこともできない。

 

 なによりも、滅多にアーサーがやってこないような大公城の敷地の隅にあるこの小宅を本人のエリザベートが気に入ってしまっており、ここを動きたくないと、エリザベート自身が強く主張しているのだ。

 だから、余計にランスロットも口の出しようもないのである。

 

 エリザベートにすれば、ここがあまりにも大公城の隅にあるので、アーサーがエリザベートの存在を忘れてくれるのに、都合がいいというのだ。

 面と向かって接すれば、エリザベートもアーサーへの対応をしなければならないし。間違って、あれが伽を要求すれば、エリザベートとしても性の相手をしないわけにはいかない。

 だから、こうやって、忘れられた公妃という存在にしてくれるのは、嬉しいという。

 

 完全に冷え切っている夫婦といえば、それまでなのだが、ここまで両者が拗れた関係になってしまったのは、一から十までアーサーのせいだ。

 ランスロットも、アーサーに公妃の扱いを翻意させることができないでいるのは、腹心である自分のせいとも考えており、こうやって、アーサーの代わりに、様子伺いをするのがせめてもの罪滅ぼしという気持ちだ。

 

 そのときだった。

 不意に風の音がして、ランスロットは咄嗟に剣を抜いていた。

 飛んできたものを剣で切ったと認識したのは、二つに切断された矢が身体の横に落ちたときだ。

 視線を向けると、矢先は潰されてあり、当たっても刺さらないようにはされている。

 

「誰だあああ──」

 

 すると、まだ少し距離があるエリザベートの平屋邸から、剣を抜いているひとりの少女が飛び出してきた。

 年齢は十二歳──。

 頭に耳があり、房毛の尾がある可愛らしい顔をした獣人族の少女だ。

 アーサーがエリザベートにつけている侍女であり、この大公城の中にいる唯一の獣人族でもある。

 

 名はギネビア──。

 外見だけはあどけない顔をしている少女だが、獣人族らしく戦闘力は並みの人間族の男戦士に引けは取らない。とにかく、エリザベートに忠誠を誓っている頼もしい護衛役だ。

 また、あまり知られてはいないが、アーサーは獣人族嫌いである。

 その獣人族をエリザベートにつけるというのは、自分になびかないエリザベートに対するアーサーの嫌がらせでもあるのだが、ギネビアはエリザベートのお気に入りだ。

 そして、いまや、たったひとりのエリザベートの侍女である。

 

「ああ、ラン様か。罠が作動したから賊かと思った。怪我はなかったか?」

 

 ギネビアは悪びれる様子もなく、剣を収めてあっけらかんと言った。

 ランスロットは嘆息した。

 

「ギネビア、お前の仕掛けか? 矢先を潰しているようだが、これでも当たれば怪我をする。間違って、負傷をさせれば、咎められるのは、ギネビアとギネビアの主人であるエリザベート殿だぞ。もうやめることだ」

 

「だが、ここには、ギネとエリ様しかいないのだ。罠くらい仕掛けないと、エリ様を守れない。それに、矢は当たらない。ぎりぎりかするくらいに方向を調整している」

 

 ギネビアは憤然と言った。

 獣人であるギネビアは、部族の言葉ではない人間族の言葉が得手ではないのだ。敬語は使えず、長い名前も発音が難しいらしい。だから、エリザベートのことを“エリ様”、ランスロットのことを“ラン様”と呼ぶ。

 

 しかし、本人には、決して軽んじるつもりなどなく、いたって真面目だ。

 だが、マナーも覚えられないギネビアのことを、大公城内の者は馬鹿にする傾向があり、本人はなにも口にしないが、ほかの侍女たちなどから嫌がらせもされているみたいだ。

 しかし、エリザベートの唯一の侍女のギネビアが意地悪されるということは、エリザベートが不便な思いをするということでもある。

 これもまた、ランスロットがこの小邸を気にかける理由のひとつだ。

 

「それでもだ――。前にも説明したけどな。確かに、ここには直接の護衛はいないが、大公城全体がしっかりとした警護体制の中だ。それよりも間違って警備兵などに当たれば大変な騒ぎになる」

 

 ランロットは諭すように言った。

 すると、ギネビアが不満そうに鼻を鳴らした。

 

「ここに警備兵は近づかない。近づくのは、嫌がらせをしにくる女たちとラン様くらいだ。だから、罠をかけて近づかないようにするくらいでちょうどいい。ラン様にはこんな緩い罠なんて意味ないしな。実際、簡単に避けた」

 

「嫌がらせをされるのか?」

 

 ランスロットは、自分のことについてよりも、いやがらせという言葉に、びっくりした。

 そんなことは知らなかったのだ。

 

「なにもしないとされる。さすがに直接にエリ様を襲うことはないけど、罠を仕掛けるまでは、動物の死骸や腐った食べ物を表に捨てられるということがたくさんあった。どうということもないけど、片付けるのは面倒だ。警戒用の罠矢で脅すようにしてからは平和だな。エリ様も喜んでいる」

 

「それは知らなかった。だけど、やはり、矢はよくない。侍女たちのことは、新しい侍女長によく言っておく。これからは、罠矢を仕掛けることはやめてくれ」

 

「侍女長なんてあてにならない。それに、ラン様が口を出せば、もっと面倒くさいことになる。ラン様はもてるからな」

 

「もてる? どういう意味だ? なんの関係がある?」

 

 ランスロットは困惑した。

 もちろん、ランロットは自分が女性に人気があることくらいは自覚はある。アーサーの腹心という立場であり、さらに、ランロットの顔立ちがそれなりにいいことも認識はしており、身分を問わず、たくさんの女性に言い寄られることは日常茶飯事だ。

 正直、女性には辟易しているといっていい。

 しかし、それと、ギネビアが意地悪されることとなんの関係がある?

 

「鈍いラン様に説明しても仕方がない。ただ、エリ様はギネが守るから問題ない。女たちのことに、ラン様が口を挟むとややこしくなると言っているだけだ」

 

 ギネビアがはっきりと言った。

 ランスロットはますます困惑した。

 

「俺が鈍いだと?」

 

「鈍いじゃないか。だから、こうやって、エリ様のご機嫌伺いによく来てくれる」

 

「俺がエリザベート様の機嫌を伺うことが、俺が鈍いということになるのか?」

 

 全くなにを言われているのかわからない。

 だが、ランスロットしては、この大公城に嫁いできて、アーサーに軽んじられて気の毒な待遇のエリザベートが少しでも、嫌な思いをしないように、心を配っているのだ。

 本来であれば、夫であるアーサーがするべきことだが、アーサーはそれをしない。

 だから、ランスロットしては、腹心として、アーサーの代わりに、せめて生活に不自由をしないように心を配っているつもりなのだ。

 鈍いなどとは心外だ。

 

「鈍い。ラン様はとても鈍い。美男子で自分がどう見られているのかわかっていない。ラン様に優しくされれば、誰だってラン様を好きになる。なんといっても、ラン様は優しいからな。だから、もっとここを訪ねて欲しい。エリ様も喜ぶ」

 

「もしかして、俺がここに来るから、侍女たちが嫉妬して意地悪をするというというのか? つまりは、俺はここに来ない方がいいということか?」

 

 なんとなくだが、やっとわかってきた。

 多分、そういうことなのだろう。

 だが、ギネビアは激しく首を横に振ってそれを否定した。

 

「ほかの女なんてどうでもいい──。とにかく、ラン様は鈍いままでいい。そして、これからも、エリ様の機嫌伺いをしてもらわないと困る。絶対に困る──。そうだ。また、食べ物がなくなるかも。ラン様が来なくなれば、絶対にそうなる。だから、これからも来るんだぞ。そうでないと、エリ様ががっかりする」

 

 ギネビアが言った。

 食べ物がなくなるというのは、前にそういうことがあったのだ。

 絶世の美男子であり、しかも、英雄願望の強いアーサーは、婚姻というのを完全な政略目的でしか考えておらず、最初の公妃であるエリザベートを娶ったのは、まだアーサーのタリオ公国内の地位が盤石ではなく、エリザベートの祖父であるローム教皇の後ろ盾が政治的に必要だったからだ。

 それが五年ほど前のことであり、エリザベートがまだ十六歳のときである。

 

 しかし、五年にして、アーサーの立場は激変した。

 反アーサー勢力の追放に加えて、国力拡大の諸改革にも成功し、タリオ公国を大国ハロンドールに匹敵するような強国に引きあげたアーサーは、すでに国内基盤を固めるための教皇の後ろ盾など必要としていない。

 いまでは、教皇側がアーサーに気を使うくらいだろう。

 

 そもそも、あの当時に、アーサーが教皇クレメンスに打診したのは、クレメンスのふたりの孫娘のうち、魔道力が高い姉のマリアーヌの方だったのだ。

 ところが、クレメンスは、アーサーの能力は認めていたものの、マリアーヌについては神殿界に残して、いずれは自分を継ぐ教皇の地位を考えており、マリアーヌではなく、妹のエリザベートならば応じると伝えてきた。

 実際、マリアーヌは、現在、クロノス教会において、巫女の最高位であることを示す“聖女”の地位にある。

 

 ともかく、あの頃には、アーサーも、タリオ国内に多くの旧勢力の敵を抱えており、どうしても神殿側の後押しが欲しいこともあり、妥協によりエリザベートとの婚姻で納得したのである。

 そういう経緯もあり、また、アーサー自身の性格もあって、アーサーはエリザベートが自分には相応しいとは思っておらず、最初から軽んじていた。

 閨にエリザベートを呼んだのも、数回あるかどうかだという。

 それすらも、抱いてはいないという噂もあるらしい。

 

 しかし、エリザベートも、アーサーからの冷遇を嘆いて泣くような女ではなく、ある日、ついに爆発してアーサーから距離を置くことを決め、この小さな邸を見つけて引きこもった。

 

 アーサーについては、自分がエリザベートに冷たくしたくせに、相手から冷たくされるのは気に入らなかったらしく、エリザベートの扱いを低くして、経費も最低水準に制限した。

 侍女たちを引きあげさせて、まだ幼くて言葉さえもうまく操れない獣人少女のギネビアを唯一の侍女にしたのもこのときだ。

 

 いずれにしても、アーサーが公妃のエリザベート軽んじると、どうしても、ほかの侍女たちにも、それがうつってしまう。

 だから、エリザベートを構う侍女もなく、減額されたエリザベートの経費を横領し、さらに食材まで奪ってしまうという嫌がらせが横行し、一時期はエリザベートとギネビアが食べ物にも困るような事態にまで陥った。

 

 それに気がついたのがランスロットであり、さすがにアーサーに問題があると強く言って、事態を改めさせた。

 このときばかりは、アーサーもまさか公妃を飢えさせるまでのことはするつもりはなかったのだと悔悟の言葉は口にした。

 そして、エリザベートを蔑ろにした者を一斉に摘発し、エリザベートに渡るはずだったものを着服した当時の女官や侍女たちは捕縛され、重罪人として処分された。

 

 釣った女を顧みないというのはアーサーの悪癖だが、アーサーは不正や無能者には苛烈な男だ。

 直接の担当でなくても、大公家に仕えるなら、侍女たちにはエリザベートの面倒を看るという義務がある。それを怠った者たちというのは、アーサーにとっては切り捨てるべき怠け者であり、ましてや横領などをアーサーが許すわけがない。

 エリザベートへの苛めを主導したとされた侍女長は毒杯を飲まされた。

 関与の侍女たちも、公都広場で裸にされて辱しめられ、鞭打ちの末に、公都から追放となった。

 これが三年ほど前の事件である。

 

 そんなことはあったが、それを契機に、エリザベートに対するアーサーの態度が変わるわけでもなし、それからもずっと、アーサーの口の端から大公城の隅にいるエリザベートの名が出ることはない。

 ランスロットとしては、あの事件をきっかけとして、エリザベートがこの大公城で幸せになるのを期待していただけに、非常に残念な気持ちになったものだ。

 

 あれから、三年……。

 大公妃とはいえ、肝心のアーサーから見捨てられているような大公妃に、媚びを売るような者もなく、こうやって訪問をするのは、ランスロットくらいものだろう。

 大国ハロンドールから、エルザ妃が大公妃として嫁いできたこともあり、ますます、エリザベートは忘れられた存在のようになっていった。

 もっとも、エルザ妃とエリザベートは、なかなかに仲がいいようだが……。

 

 まあ、そのエルザ妃についても色々なのだが、あっちはアーサーとはよい関係を築いているようであり、それについては安堵していたが……。

 ところが、急遽帰国を許したりして、アーサーもなにを考えているのか……。

 エルザ妃よりも、ハロンドールについては、イザベラ王太女が自分に相応しいとか口にするが、本当に入れ換えなどするつもりなのだろうか?

 これについては、ランスロットは蚊帳の外なので、わからない。

 

 いずれにしても、あの事件以降、なんとなくだが、ランスロットもエリザベートのことを気にかけるようになり、以前のようなことがないように、こうやって不自由をしていないのか確かめるために定期的に訪問をしている。

 ランスロットほどの立場の者がすることではないと、たしなめられるかもしれないが、どうしても、エリザベートのことが気にかかるのだ。

 

 しかしながら、ランスロットは、むしろ気を使っているつもりであり、ギネビアに鈍いと言われることはないと思っている。

 無論、エリザベートの面倒を看ることは、アーサーにも許可を受けている。

 アーサーからもエリザベートのことは託されてもいるのである。

 もっとも、アーサーは、あまり興味がなさそうな感じだったが……。

 

「こら、ギネビア、なにを表で喋っているのです。ランスロット殿が来たのでしょう? 早く伝えに来ないとだめではないですか」

 

 そのとき、扉が開いて、エリザベートが現われた。

 驚いたことに農婦が身に着けるような作業衣を着ている。

 ランスロットは驚いた。

 

「エリザベート様、どうして、そんな恰好を……」

 

 ランスロットは驚いてしまった。

 仮にも公妃だ。

 それが、どうして農作業姿を……。

 だが、そんな恰好も似合っている。

 ランスロットは、なぜか自分の心臓が激しく鼓動を開始するのがわかった。

 しかも、心なしか身体が熱いような……。

 よくわからないが、エリザベートに接すると、このところ、妙にランスロットは落ち着かない気持ちになる。

 なぜなんだろう?

 

「ギネビアと畑仕事をしていたのです。大公城の隅の一角は、日当たりだけはよくて、しかも土もいいのです。それで、ギネビアと話して、先日から野菜を植えているのですよ。今日はタロの実が収穫できて、それで焼いて食べようとしていたのです。すると、いつまで経ってもギネビアが戻って来ずに……」

 

 エリザベートがギネビアを睨んだ。

 だが、ランスロットはどっから突っ込んでいいかわからない。

 公妃が大公城の土地を使って畑仕事?

 しかも、タロの実?

 よく見れば、手は土だらけだし、顔も汚れている。

 それでいて、その汚れすらも、エリザベートの可憐さをほんの少しも損なっていない。

 ランスロットは、ますまず落ち着かない気持ちになった。

 

 そもそも、エリザベートに接するだけで、自分がこれほどに心が乱れるの理由がわからない。

 だったら、会うのを避ければいいのかもしれないが、それもまた落ち着かない。

 そもそも、ランスロットはアーサーの腹心であり、アーサーの代わりに、エリザベートが不自由をしていないか気に掛ける必要がある。

 必要があるのだ──。

 

「あっ、ごめん、エリ様──。ラン様、お茶の支度するから、中に入ってよ。それとも、やっぱり中には入らずに庭がいいか?」

 

 ギネビアが早口で言った。

 ランスロットは苦笑した。

 

「そうもしていられなくてな。ここには円卓の会議の前に立ち寄っただけだ。少しばかり早く着いたんでね……」

 

 ギネビアに声をかけて、ランスロットはエリザベートに身体を向けた。

 

「エリザベート殿、不自由はありませんか? なにか不足するものは? 残念ですが、もう行かねば……。ですから、なんでも俺に申しつけてください」

 

「えっ、も、もう、戻るのですか? いま、来たばかりではないですか」

 

 エリザベートが眉間に皺を寄せて、ランスロットを咎めるような顔になる。

 ランスロットもなんだか、申し訳ないような気持ちになった。

 それに、ランスロットも、この小邸の訪問は心地よい。

 もっといたいとも思ったりする。

 しかし、仮にも独身男のランスロットが足しげく公妃と侍女だけの別宅を訪問するのは外聞も悪いし、こうやって立ち話を越えるようなことはしないように気をつけている。

 せいぜい、数回に一度、短時間だけ、庭で茶に応じるくらいだ。

 あくまでも、ランスロットがしているのは、気の毒な立場のエリザベートの機嫌伺いなのだ。

 

「いや、それも仕方なくて……。いつもと同じことですけど、不自由されていることはありませんか? なにか運ばせるものは? それとも、なにかの手配とか……。ギネビアからは、ほかの侍女たちがここに迷惑を与えているようなことを言われたのですが……」

 

「まあ、ギネビアがそんなことを……? 余計なことを……。とにかく、ランスロット殿にはいつもお世話になっていますから……。望みといえば、できればもう少し、時間の余裕のあるときに訪問して欲しいということですね。ギネビアのいうとおりに、たまには中で接待をしたいですわ。ここを訪ねてくださるのは、ランスロット様くらいですし……」

 

 エリザベートが柔和な微笑みを浮かべて言った。

 また、ふと思ったが、エリザベートからはとてもいい香りがする。

 化粧っ毛などなく、香ってくるのは、土の匂いとエリザベートの汗の匂いだと思う。それがとても心地いい……。

 なんなのだろう……。

 それで気がついたが、エリザベートの頬が赤くなっている。

 熱いのか?

 

「こ、今度、ゆっくりと……。とにかく、なにも不自由がなければそれいいんです。それでは……。それと、これも詳しくは話せませんが、しばらくは来れません。そのう……。演習で……。おそらく短くても一箇月は……」

 

 ランスロットは一礼をした。

 

「ええ? そんなに?」

 

 エリザベートが眼を大きく見開いた。

 

「そんな、ラン様。エリ様ががっかりしている。もっとたくさん来て欲しい。それに、今日はもう戻るのか? いま来たばかりじゃないか。だめだよ、ラン様。もっといてくれないと」

 

 すると、ギネビアが驚いたように声をあげた。

 

「だ、だめよ、ギネビア……。仕方がないのよ……」

 

 すると、エリザベートが悲しそうに溜め息をついた。

 ランスロットは、このままいたのでは、どうしても離れられなくなる気持ちになりそうで、挨拶もそこそこに、エリザベートの前を辞去した。

 

 

 *

 

 

 その日の円卓の会議には、ランスロットのほかには、いつもの要員が集まっていた。

 すなわち、大公のアーサー、流通の責任者のタゴネット、そして、死んだマーリンに代わって調略と謀略全般を仕切るようになったガラハッドである。

 

 その会議の冒頭に告げられたのは、皇帝家の陰謀と、それを会議名分にしてタリオ公国が皇帝領、次いで、カロリック公国に侵攻をするという計画の発動のことだ。

 以前から話し合っていたことであり、皇帝家の老人たちが冥王の復活というとんでもない謀略を企ているという兆候は掴んでいた。

 それを阻止するということも話し合っていた。

 

 ただ、ランスロットたちは、これを以前から企てているカロリック領への侵攻作戦に繋げることを考えており、皇帝家の謀略をカロリック侵攻への大義名分に発展させることを予定していた。

 ガラハッドを中心として、カロリック侵攻の謀略を様々なかたちで浸透させていて、すでに軍事行動は一連の工作の最終段階の状況である。

 

 あの国は、獣人族の叛乱で治安が乱れに乱れており、そして、新しい大公のロクサーヌは、施政者の器ではない。タリオ軍が国境を越えれば、カロリックの貴族たちは雪崩を打ってタリオ軍に降伏し、熟れた実が落ちるように、公国の全土がアーサーのものになる手筈を整えている。

 それだけの準備を整えてきたのだ。

 また、全軍の指揮をするのは、ランスロットということになっている。

 エリザベートには、教えることはできなかったが、次の訪問は今回の戦のあとになると思い、だからこそ、無理をしてひと目だけ顔を見に行ったのだ。

 

「これは軍事行動というほどではないな。ただの軍事的な散歩のようなものだ」

 

 アーサーは上機嫌だった。

 このカロリック侵攻は、皇帝領への侵攻を切っ掛けに行われる。

 その準備も整っている。

 ついに、アーサーの悲願だった三公国統一の先駆けだ。

 アーサーが喜んでいるのも当然だ。

 

「流言についてもお任せください。皇帝家とともに、カロリックの新大公は希代の悪女として喧伝してみせます。タリオ軍はただ進むだけで、カロリックの全土を得るでしょう。今回についてはランスロット殿の武勇は必要としませんよ」

 

 ガラハッドが言った。

 ランスロットは、ガラハッドがわざと挑発的な物言いをしたことに気がついた。

 なにしろ、この円卓の要員の中で、ランスロットの功績は抜群だ。

 これまでのタリオ公国内の内乱において、最大の活躍をしたのがランスロットだ。だからこそ、ランスロットがアーサーの腹心と言われているのだ。

 だから、ガラハッドは、自分の功績を大きく誇りたいのだと思う。

 

「いや、窮鼠猫を噛むということもあるから油断はしないことだ。いや、むしろ、国が亡びるのだから、多少の気概は期待したいものだ。まあ、ランスロットが軍を率いるのだから、カロリックの弱兵に劣ることなどあり得んけどな」

 

 アーサーが口を挟んで笑った。

 当面の作戦は、当初はあくまでも皇帝領への侵攻であり、カロリックへの侵攻は隠されている第二段作戦なのだが、すでにカロリック侵攻の話になっている。

 この円卓の会議においては、それが既定路線だったからだ。

 

「お任せください」

 

 ランスロットは軽く頭をさげた。

 

「問題はハロンドールの動きだ。あそこは、王都の混乱と大貴族たちの離反で、タリオのカロリック侵攻に対応する余裕はないと思うが、貴族レベルでは、カロリックと深く繋がっているところもある。念には念を入れて、向こうにも仕掛けをする。まあ、マーリンの工作だったが、呆気なく死んだしな。まったく、あのマーリンが失敗するとは、あの国の底力も侮れん」

 

 アーサーだ。

 すると、再びガラハッドが口を開く。

 

「そっちについても捨て駒を準備しております。カロリックの侵攻と同時に発動させます……。三公国に目を向ける余裕は与えません。お任せを……」

 

「頼むぞ、ガラハッド」

 

 アーサーが大きく頷いた。

 そして、幾つかの確認をしていく。

 何度も話し合っていたことであり、状況に合わせて手直しをするのはほんの少しだ。

 やがて、今日の円卓会議も終盤となってきた。

 すると、アーサーが口を開いた。

 

「……事が落ち着いたら、エルフ国女王のガドニエル、もしくは、突然に登場した姉のラザニエルとの婚姻工作を進める予定だ。まあ、あの引きこもり女王は無理かもしれんが、これまで失踪をしていたラザニエルなら、タリオ公国からの招待にも応じるだろう。なにせ、こっちは皇帝家が謀ったナタルの森への謀略を阻止した恩義があるしな」

 

「おう、エルフ族王家から公妃をですか? それはすごい」

 

 ガラハッドが媚びるような物言いをした。

 アーサーが大きく頷く。

 

「まあ、それを強く押せば、ガドニエルは姉のラザニエルのタリオへの訪問を断れまい。一度、俺に会いさえすれば、エルフ族の王女くらい、簡単に落とす」

 

「確かに、アーサー様に靡かぬ女はいませんな。なあ、タゴネット?」

 

 ガラハッドがずっと黙ったままのタゴネットに声をかえた。

 

「えっ? あ、ああ、勿論」

 

 タゴネットは慌てたように言った。

 

「まあ、どんな理由で失踪していたかは知らんが、血だけは一流だ。俺の妃として恥ずかしくはない。もっとも、一度、見極めてからだな。とんだ醜女の可能性もある」

 

 アーサーが笑った。

 やはり上機嫌だ。

 アーサーは、自分に相応しい妃を得ようと、ハロンドールのイザベラ王太女や、エルニア魔道王国の王女姉妹などに、形式婚の打診を続けていた。

 しかしながら、イザベラについては、向こうの王都の混乱により、交渉そのものが頓挫していて、エルニアに至っては返事そのものが無視だ。

 

 とにかく、どこからも色よい返事は得られていないのだが、皇帝家の陰謀を暴くという歴史的な功績を得る予定であり、特に、その謀略の矛先だったエルフ族王家には、大きな貸しができると考えている。

 だからこそ、ずっと表に出なかったガドニエルがついに姿を出したという情報と、女王の姉のラザニエルというエルフ族の王族が現われたと知って、今度こそ、絶対にどちらかをものにすると息巻いている。

 そして、少なくとも一度会いさえすれば、アーサーはそのどちらでも落とせると自信を持っており、カロリック併合が現実的になったのと合わせて、アーサーは機嫌がいいのだ。

 

 だが、ランスロットは、そうなったらエリザベートはどうなるのだろうかと、ぼんやりと考えていた。

 あの無邪気で可憐だが、アーサーに認められないことで、公妃とはいえない境遇にあるエリザベート……。

 エルフ女王家などから、新たな公妃を迎えるなら、ますます、彼女が蔑ろにされるのではないか?

 

 そんなことは、あってはならないのに……。

 なぜか、ランスロットには、エリザベートが向ける屈託のない笑顔が頭から離れては消えないでいた。







【作者注】名に意味はありません。ランスロットとギネビアが不倫関係になる予定はありません(笑)。
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